竹島

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

アヒルさん、じゃじゃんさん

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/30 02:03 投稿番号: [14520 / 18519]
ありがとう。

<石門洞>
標準語:seok mun dong
全羅訛:dol-mun?
韓国水産誌(1909)では、ソクムンの読みを表記

<亭石浦>
標準語:jeong seok po チョンソッポ(poは息を強く出す)
全羅訛:jeong-deul-po?
奥村碧雲著の「竹島及鬱陵島(1907)」ではチョンドロポとしている。
韓国水産誌(1909)では、チョンボトンとチョンソクボの2つの読みを表記

「ドル」は良いとして、「ドク」になったというシンヨンハの理屈が全然わからん。日本人でもちゃんと「ドル」と「ソク」が同じく「石」と判断してるのに。
もともと無理な解釈をしてるから理解しにくいんでろうけど。

Re: あひるさん。

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/05/29 23:13 投稿番号: [14519 / 18519]
全羅道訛りは手に負えませんが・・・
把握している情報を投稿します。

石門洞   seok-mun-dong
ただし、http://www.ulleung.go.kr/organ/02/sub2_1.html
に現在の地名として dol-mun の記載があります。(②の部分)

亭石浦   jeong-seok-po
ただし、http://obs.yonsei.ac.kr/nhj/ko_tr/ulleung.html
に現在の地名のsoek-po(石圃)の異名として   jeong-deul-po   の記載があります。(写真の下3行目)

ローマ字表記は   http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/6540/man/romajja.html
に沿ったつもりですが、あまり自信はありません(^^;

Re: あひるさん。

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/05/29 23:11 投稿番号: [14518 / 18519]
石門洞 seok mun dong ソンムンドン
亭石浦 jeong seok po チョンソッポ(poは息を強く出す)

が韓国標準発音です。全羅道訛りの発音はこうした地名からは判断をしようがありません。

よく分かる『隠州視聴合記』・悪魔の証明♪

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2006/05/29 22:19 投稿番号: [14517 / 18519]
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
サイモン シン (著), Simon Singh (原著), 青木 薫 (翻訳)

3以上の自然数nに対してXn+Yn=Znを満たすような自然数X、Y、Zはない。
17世紀にフェルマーが残した超難問を、数学者ワイルズが1995年に完全証明した。


◇ ◇ ◇


中野董夫著「相対性理論」(岩波書店)
「慣性質量と重力質量は本来同一のもので、加速度によって生じる見かけ
の力と重力とは原理的に区別できないものである。」これを等価原理という。


◇ ◇ ◇


te222000氏の証明・・・・・♪

>隠州視聴合紀の文章全体を検討すると、島を指すのに「此州」という言葉が使われることはあり得ないことが分かります。

>隠州視聴合紀では、一度言及した島を指す場合に「此」「其」「此島」「此嶋」が使われ、「此州」が使われる例はないことも述べておきます。

>私は、「無人島で朝鮮が見える程に近い島を日本とは言い難いので、隠州が日本の北西限界だ」という解釈に何ら不自然なところは無いと思います

>・「此州」を日本の北西の地の限界としている。
>・「此州」が「隠州」以外を指すことはあり得ない。

>だから「通常であれば…無人島と他民族が住んでいる境をもって国境とみなす」ということであれば、「隠州視聴合紀では通常とは異なる判断がされている」ということになります。


◇ ◇ ◇


はがねの錬金術師のいう等価交換なみのレベル・・・♪

Re: 『蔚陵島事蹟』以後の竹島=独島認識1

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/05/29 22:08 投稿番号: [14516 / 18519]
>認識したかどうかは、この資料からでは判断出来ないと思います

私は判断します、、と言う意味です。距離的に獨島しかありえないですからね。

問題なのは、獨島を見ても于山島だと言わなかったと言うことであり、
つまり当時の人も獨島=于山島だとは思わなかったことを示唆すると言えます。
やはり于山島は近傍の島に比定していたのでしょう。

少なくとも、獨島をみてあれこそ于山島だと思うような読み方を当時の人もしてないということですね。

あひるさん。

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/29 20:46 投稿番号: [14515 / 18519]
石門洞と亭石浦の韓国標準語発音と全羅道訛りの発音を
ご存じじゃないででしょうか?

Re: 『蔚陵島事蹟』以後の竹島=独島認識1

投稿者: puracyaka2006 投稿日時: 2006/05/29 20:36 投稿番号: [14514 / 18519]
>>朝鮮政府が公式に竹島=独島を確認したことや、
>方角が大いに疑問ですが、距離からいって認識したと思います。

認識したかどうかは、この資料からでは判断出来ないと思います。

>しかし、半月城通信の資料では朝鮮政府がこれを于山島に比定したとも言えないです。

同意します。

>>民間人である安龍福が竹島=独島へ結果的に二度も渡航し、二度目は日朝両国で「松島はすなわち子山島、これまた我が国の地」であると強く主張したことにより、朝鮮では于山島に対する認識が一変しました。

↑だからどうした?これ見てもの言え(大爆笑
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/mapdaikan.html

>安龍福が獨島に到達した確証はないです。
>本人がそう主張するだけで、供述は信用にたえません。
>証拠能力があるとは思えません。

そのとおりだと思います。証拠能力は恐らくゼロです。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: puracyaka2006 投稿日時: 2006/05/29 20:24 投稿番号: [14513 / 18519]
隠州視聴合記の解釈はte222000様に賛成です。
>・「此州」が「隠州」以外を指すことはあり得ない。
同意です。
>はい、朝鮮国の国境は鬱陵島と朝鮮半島の間に認識されているという解釈が妥当だと思います。
>その点、一部韓国人学者の言う「隠州視聴合紀では鬱陵島と竹島が朝鮮領と認識されている」という主張は誤りでしょう。
そのとおりだと思います。竹島が朝鮮領だとはどこにも書かれていません。また、当時が鎖国中であることを考えると、隠州視聴合記の記述をもって竹島が朝鮮領というのは時代背景をも無視することになります。

ラスク国務次官の書簡を見つけた人がいる

投稿者: hotelarian 投稿日時: 2006/05/29 11:40 投稿番号: [14512 / 18519]
never からのコピペです。
これできまったか?

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1670953

Re: 『蔚陵島事蹟』以後の竹島=独島認識1

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/05/29 10:27 投稿番号: [14511 / 18519]
>朝鮮政府が公式に竹島=独島を確認したことや、

方角が大いに疑問ですが、距離からいって認識したと思います。
しかし、半月城通信の資料では朝鮮政府がこれを于山島に比定したとも言えないです。

>民間人である安龍福が竹島=独島へ結果的に二度も渡航し、二度目は日朝両国で「松島はすなわち子山島、これまた我が国の地」であると強く主張したことにより、朝鮮では于山島に対する認識が一変しました。

安龍福が獨島に到達した確証はないです。
本人がそう主張するだけで、供述は信用にたえません。
証拠能力があるとは思えません。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/05/29 07:04 投稿番号: [14510 / 18519]
田中さん、コメントありがとうございます。

<<<
「北西方面に二日行ったら竹島があって、更に一日行くと鬱陵島がある。俗に磯竹島って呼ばれていて、竹、魚、アザラシが多いんだよね。じゃ、この島が国境だよね」
>>>

この要約は、次の二つの点で不適切だと思います。

(1) 「此州」を「この島」としている。

隠州視聴合紀の文章全体を検討すると、島を指すのに「此州」という言葉が使われることはあり得ないことが分かります。

  理由は #10267 の 3.3をご覧ください。
またそこで挙げた以外に、隠州視聴合紀では、一度言及した島を指す場合に「此」「其」「此島」「此嶋」が使われ、「此州」が使われる例はないことも述べておきます( #9653 )


(2) 「此二島無人之地」の句を省略している。

「此二島無人之地」は文章全体の意味を考える上で重要なので、省略すべきではないと思います。

そもそも、要約のために一部を省略する場合、真っ先に削るべきなのは割注の「俗言磯竹嶋、多竹魚海鹿」です。理由は「割注だから」です。注とはそういうものであり、それ以上の説明は不要でしょう。

田中さんはご自身の解釈に基き、文章の意味を端的かつ簡潔に示すのに適切な部分を取捨選択して上の要約を作られたに違いありませんが、結果として、割注の「俗言磯竹嶋、多竹魚海鹿」が残り、本文の「此二島無人之地、見高麗如雲州望隠州」が削られたということは、田中さんの解釈と著者の意図にずれがある可能性を示唆します。


上の二点を考慮して田中さんと同様の要約を作ると次のようになります。

「隠州から北西方面に二日行ったら竹島があって、更に一日行くと鬱陵島がある。これは無人島で、遠くに朝鮮半島を見ることができる。じゃ、日本の地と言えるのはこの州までだよね」

私は、「無人島で朝鮮が見える程に近い島を日本とは言い難いので、隠州が日本の北西限界だ」という解釈に何ら不自然なところは無いと思います。

<<<
ひるがえって『隠州視聴合記』では「二日一夜有松島、又一日程有竹島」と書かれていて更に「俗言磯竹島多竹魚海鹿」と鬱陵島の詳細まで書いているのに、隠岐を国境と認識するでしょうか?
>>>

現にそう認識してるんですよ。いやしくも、次の事実を認めればそうなります。

・「此州」を日本の北西の地の限界としている。
・「此州」が「隠州」以外を指すことはあり得ない。

だから「通常であれば…無人島と他民族が住んでいる境をもって国境とみなす」ということであれば、「隠州視聴合紀では通常とは異なる判断がされている」ということになります。

そもそも、その「通常」というのは、どの程度の「通常」でしょうか?

「100%そのように考える筈であり、まともな思考をする人間がそれ以外の考えをすることはあり得ない」という厳しい「通常」もあれば、「70%程度の人はそのように考える」という程度の「通常」もあると思います。

無人島に関する国境認識について、前者のような厳しいものにはならないと思いますし、それならば、現に隠州視聴合紀のテキストに書かれている内容を優先して解釈すべきでしょう。

なお、隠州視聴合紀は竹島渡海事業にも触れており、鬱陵島までが日本の勢力圏だという認識はあると思います。例えて言えば、隠州視聴合紀における「日本之乾地」と「竹島」の関係は、現代における領海とEEZのようなものだ思います。


<<<
実際、「出雲から隠岐が見えるように、鬱陵島から朝鮮が見える」と、他民族が住む「朝鮮」という地名・国名をわざわざ記載しているのですから、ボーダー(国境)は、ここ(鬱陵島)と朝鮮半島の間にあると斉藤豊仙も認識していたと思います。
>>>

はい、朝鮮国の国境は鬱陵島と朝鮮半島の間に認識されているという解釈が妥当だと思います。

その点、一部韓国人学者の言う「隠州視聴合紀では鬱陵島と竹島が朝鮮領と認識されている」という主張は誤りでしょう。

しかし、そのことと日本の国境をどこに置いているかということとは別の話だと考えます。


PS.
書名「隠州視聴合紀」の最後の文字は記/紀両方あって、どちらが正しいとも言えないようですが、私は「自分が慣れている」というだけの理由で紀と書いています。

Re: kunitaka氏へ・・・横レスですが

投稿者: torezojp 投稿日時: 2006/05/29 00:29 投稿番号: [14509 / 18519]
>国会図書館の憲政資料室に行ってLOTファイルのreal9を依頼す
ればマイクロフィルムを貸し出してくれますよ。マイクロの
970コマ目くらいからです。

ここまで情報源を教われば、あとは国会図書館より、ご自身で画像を
入手されるべきでしょうな。
その方が、スッキリされていいHPが出来上がるというものです。

期待しておりますよ。

Re: ??? 獨島之稱云曰○?屬地

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/05/29 00:14 投稿番号: [14508 / 18519]
どうもありがとうございます。

韓国海洋水産部の資料が
http://www.momaf.go.kr/doc/%ED%95%B4%EC%96%91%EC%A0%95%EC%B1%85/%EB%8F%85%EB%8F%84%EC%9E%90%EB%A3%8C%EC%A7%91.pdf
「獨島之稱云曰 本屬地」となっていたので、チョット神経質になってしまいました。
該当の字は今のところ私も「pon」としか見えないのですが、他の2箇所が「本」の字を使っているので、文節の区切りが上記の資料のようになるのではと思ってしまいました。

また時間のある時にでも、自分を納得させるために、現物を見てみます^^;

Re: ??? 獨島之稱云曰○?屬地

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/05/28 23:40 投稿番号: [14507 / 18519]
ご提示の写真で見たところでは、活字はやはり「日」で合っていると思いますよ。その次の文字は「pon」すなわち、日本、となりますが、この後ろの文字部分だけどうしてハングルになっているかは不明です。他の部分ではちゃんと漢字で「日本」となっているようですが。

『蔚陵島事蹟』以後の竹島=独島認識2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/05/28 21:33 投稿番号: [14506 / 18519]
   さて、塚本氏は上記の文につづけて「安龍福は朝鮮人として初めて松島(今日の竹島)を実見し」と書きましたが、これは必ずしも正しくないようです。下條正男氏によれば「鬱陵島には初めて渡り、島の地理に詳しくなかった安龍福は、同行の朝鮮人から、于山島の存在を教えられていたのである(注3)」とされました。
   つまり、安龍福が子山島(于山島)を実見する以前に于山島の正しい認識がすでに広まっていたようでした。それが逸書「輿地志」(1656)に反映されたとみられます。
   その後、上記の「松島はすなわち于山島、これまた我が国の地」という認識は官撰書『萬機要覧』(1808)、『増補文献備考』(1908)などに繰り返し記述され(注4)、国家として于山島(竹島=独島)に対する領有意識が持続されたことは特筆に値します。

   なお、官撰書以外の私的な資料では竹島=独島に対する認識が必ずしも正しくない図書もありますが、領有権問題においては官撰書の認識が優先することはいうまでもありません。
   先日、下條正男氏がCSスカパー256ch「ニュースの深層」5月15日放送の番組「竹島問題 現状と今後の課題」で玄采の『大韓地誌』をとりあげ、そこに書かれた朝鮮東端の経度からすると、当時の朝鮮は竹島=独島を認識していなかったと述べていましたが、そうした雑多な私書は枝葉末節であることはいうまでもありません。重箱の隅をつつくようなものです。

   日本の史書であれ、韓国の史書であれ、まず検討すべきは官撰書です。官撰書と私書の資料価値を峻別しないと、外務省のホームページのように「大谷、村川両家が幕府から鬱陵島を拝領し」などと途方もないことを事実であるかのように平然と書くことになりかねません。

(注1)『蔚陵島事蹟』
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/shisho_rok/ulleung_sajeok.pdf
(P1は『獨島研究文獻輯』より引用)
(注2)塚本孝「竹島領有権問題の経緯」『調査と情報』第289号,P3
(注3)下條孝『竹島は日韓どちらのものか』文春新書,2004,P70
(注4)『増補文献備考』巻31「輿地考」
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/shisho_rok/munheon_bigo.pdf

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

『蔚陵島事蹟』以後の竹島=独島認識1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/05/28 21:06 投稿番号: [14505 / 18519]
   半月城です。

   昨年ソウル郊外に移転した韓国の国立中央博物館は、独島特別展に合わせて資料集『行ってみたい我が地、独島』(30,000ウォン)を発刊しました。
   230ページからなる資料集は、貴重な竹島(鬱陵島)渡海免許書の写真など一次資料に近い史料を多く掲載していて目をひきます。

   また、史料『蔚陵島事蹟』の核心となる文の写真も出版物では初めて見るだけに注目されます(注1)。この史料は「竹島一件」当時、朝鮮王朝の蔚陵島(欝陵島)調査団が竹島=独島を直接確認しただけに資料価値が際立ちます。
   調査団が派遣されるようになった背景や、張漢相が竹島=独島をどのように確認したのかは下記に記したとおりなので、ここでは省略します。
  半月城通信<「竹島一件」と竹島=独島再確認>
http://www.han.org/a/half-moon/hm094.html#No.687

   朝鮮政府が公式に竹島=独島を確認したことや、民間人である安龍福が竹島=独島へ結果的に二度も渡航し、二度目は日朝両国で「松島はすなわち子山島、これまた我が国の地」であると強く主張したことにより、朝鮮では于山島に対する認識が一変しました。
   それまでの古い文献では于山島があいまいだったり、地図でも古いものは于山島が欝陵島の西にあったり南にあったり様々で、于山島認識の実態がそのまま浮き彫りにされました。

   そのため、塚本孝氏は「朝鮮古文献にみえる于山(島)はその実は鬱陵島にあった于山(国)に由来する観念上の存在であった(注2)」と記したくらいでした。
   そうした認識が「竹島一件」を機に様変わりしました。竹島(鬱陵島)をめぐる日朝の領土交渉は寝た子を起こしたようなものでした。朝鮮で東海の地理に関する知識が実際の渡航によりにわかに豊富になった結果、官撰書の『東国文献備考』(1770)などにみられるように「輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり」と明確に認識されるようになりました。
(つづく)

Re: アホやこいつ

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/05/28 20:12 投稿番号: [14504 / 18519]
>方や国際法が適用されないと言いながら、その相手を縛った条約は国際法だろ。
二国間の合意ですよ。

>国際法が適用されるなら、「強制の条約だから無効」。
それなんて国際法?

>国際法が適用されないなら、そもそも条約は無効だろ。(笑)
だから一対一の合意なんだから関係ないでしょう。

Re: kunitaka氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/28 18:30 投稿番号: [14503 / 18519]
日本の国会図書館にあるマイクロフィルムのものです。
「NARA→日本の国会図書館がフィルム購入→国会図書館で複写
→スキャナで読み込み」という流れ。
国会図書館での該当部分を探して複写し、PDFにしたのは私です。

国会図書館の憲政資料室に行ってLOTファイルのreal9を依頼す
ればマイクロフィルムを貸し出してくれますよ。マイクロの
970コマ目くらいからです。

Re: 尖閣諸島は台湾に属さない

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/28 17:07 投稿番号: [14502 / 18519]
>台湾の領有権については、「日本に属する」
  とは、『先住民に台湾全土を将軍へ献上すると言わしめた。』が
  根拠であろう。

ご指摘、有難う御座います。『大清統一志』もオリジナルをGETしたら公開します。

T_Ohtaguroさんは中国の各種資料を入手出来る立場であるなら、もしかして『解放軍報』(1988年3月11日付)もGET出来たりしますか?もしやと思いましたので尋ねました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835368&tid=kl5fe&sid=1835368&mid=2588

Re: kunitaka氏へ

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/28 16:58 投稿番号: [14501 / 18519]
>アメリカ国立公文書記録管理局の米国国務省機密文書のマイクロフィルムです。

ご回答有難う御座います。更に質問です。

アメリカ国立公文書で実際にマイクロフィルムを見てそれを印刷されたものですか?またはアメリカ国立公文書がインターネット上で公開してある資料をコピーしたものですか?

この資料はあなたご自身が入手されたものですか?或いは他人から貰ったものですか?

資料転載には(最近偽装や捏造が多いので)出所もとが明らかでないといけないので、お聞きしました。

Re: kunitaka氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/28 15:11 投稿番号: [14500 / 18519]
ラスク書簡で調べなければならない点として、
・国務省では自国保管用のカーボンコピーに署名を入れるか否か。
・最後にあるFE:NA:RFEAREY:SBの意味。

前者については、マイクロに入っている他の文書も見てみますが。
もし、米国国務省の文書フォーマットについて詳しい人をkunitaka氏が
知っていたら聞いてもらえませんか?

尖閣諸島は台湾に属さない

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/05/28 15:04 投稿番号: [14499 / 18519]
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/2china.html

  も訂正すべきでは?

>各歴史書を基に中国は次のように主張している。
>「この当時は小東(台湾)には明朝の統治は現実には及んでおらず、
>基隆(キールン)とその付近は海賊の巣になっていたとはいえ、
>領有権からいえば、台湾は古くからの中国領土であり、
>明朝の行政管轄では、福建省の管内に澎湖島があり、
>澎湖島巡検司が台湾をも管轄することになっていた。
>その台湾の付属の小島が釣魚嶼であると、鄭舜功は明記しているのである。
>釣魚島が中国領であることは、これによってもまったく明確である。

>しかし、中国が主張するように尖閣諸島が台湾に属するのであれば、
>尖閣諸島は明らかに日本領である。
>明王朝(1368-1644)の歴史を記した正史の『明史』は、1679年から着手され、
>60年の歳月を費やして1739年にやっと完成、刊行した勅撰歴史である。
>『明史』はミャンマー、ラオスについて雲南の「土司」(=外蕃)列伝のなかで
>同列に記述しているのに対し、
>「鶏龍国(けいろうこく)」(=台湾)は「日本に属す」
>と外国伝の日本、呂宋(ルソン島)の間に併記している。

>そして清代(1644-1911)の官定史書にも、
>台湾の領有権については、「日本に属する」と公的に記録されている。
>例えば、乾隆版『大清統一志』には、
>「台湾は古より荒服の地であり、中国と通ぜず、名は東蕃。
>   天啓年間(1621-1627年)紅毛荷蘭夷人(オランダ人)に占拠される。
>   (中略)台湾はもともと日本に属する」

>と記述している。

台湾でオランダと戦った浜田弥兵衛

  http://homepage2.nifty.com/tankenka/sub1-47.html

  大航海時代、新興の海洋国オランダは、1600年代に入ると台湾海峡の澎湖諸島を占領する。
  明王朝は、すぐに軍を送って駆逐しようとしたが、
  その過程で台湾なら占領してもかまわないと約束したらしい。

  (中略)

  オランダは、ピーテル・ノイツを台湾長官に任命し、日本に派遣し幕府と交渉することにした。
  1627年7月のことだ。
  問題は、ノイツが浜田弥兵衛ら現場の人間を無視したこと。
  これに怒った弥兵衛らは、先住民14人を連れて、ノイツのあとを追って平戸に入り、
  先住民に台湾全土を将軍へ献上すると言わしめた。

>台湾の領有権については、「日本に属する」

  とは、『先住民に台湾全土を将軍へ献上すると言わしめた。』が根拠であろう。

  オランダは、台湾北部のスペインを追い出し、
  鄭成功は、オランダを追い出し、
  その後、鄭氏は清の軍門に降った。

  釣魚台が台湾に含まれているのであれば、清による台湾編入で清国領土となったことが明白となる。

Re: アホやこいつ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/28 14:04 投稿番号: [14498 / 18519]
そもそも調印した韓国側当事者に脅迫されているという認識がないことは、
5大臣が作成し高宗に報告した文書からわかっちゃうけどね。

反対に李完用は自宅が放火されたりして、反対派から脅迫されていたね。

Re: ??? 獨島之稱云曰○?屬地

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/05/28 12:04 投稿番号: [14497 / 18519]
失礼しました。リンクがうまくいってなかったので再度投稿^^;
こちらで新聞記事そのものを確認してみます
http://www.archives.go.kr/gars/dokdo/sub2-101.html
「獨島之稱云曰?○屬地」(○は私にはハングルなのは判別つきますが・・・・on,mon,ponのどれかかな?)
ともかく「日本」ではないようです。
云曰なら「つたえていわく」で漢文的にも合いますし、日→曰なのはかなり確立が高いと思うのですが、原文を確認された方いらっしゃいますか?

Re: kunitaka氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/28 11:58 投稿番号: [14496 / 18519]
アメリカ国立公文書記録管理局の米国国務省機密文書
のマイクロフィルムです。

NARA:   RG59, Lot54 D423 JAPANESE PEACE TREATY FILES OF
JOHN FOSTER DULLES, Box 8, Korea。

1949年の草案だけは
NARA:   RG59, Lot54 D423 JAPANESE PEACE TREATY FILES OF
JOHN FOSTER DULLES, Box 12, treaty drafts。


Lot54 D423のマイクロは国会図書館の憲政資料室にあります。

??? 獨島之稱云曰○?屬地

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/05/28 11:35 投稿番号: [14495 / 18519]
こちらで新聞記事そのものを確認してみます。
http://www.archives.go.kr/gars/dokdo/sub2-101.html
右下・下から2段目のあたりに該当の記事がありますが、
「獨島之稱云曰?○屬地」(○は私にはハングルなのは判別つきますが・・・・on,mon,ponのどれかかな?)
ともかく「日本」ではないようです。
云曰なら「つたえていわく」で漢文的にも合いますし、日→曰なのはかなり確立が高いと思うのですが、原文を確認された方いらっしゃいますか?

誤植??? 獨島之稱云日本屬地

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/05/28 11:20 投稿番号: [14494 / 18519]
1906年5月1日の大韓毎日申報の記事ですが、愼𨉷廈氏の引用に誤りがあるように見えます。
http://i815.or.kr/media_data/thesis/1997/199712.html

「獨島之稱云日本屬地」とありますが
韓国海洋水産部の資料でも確認して見ました。
http://www.momaf.go.kr/doc/%ED%95%B4%EC%96%91%EC%A0%95%EC%B1%85/%EB%8F%85%EB%8F%84%EC%9E%90%EB%A3%8C%EC%A7%91.pdf
「獨島之稱云曰 本屬地」と書いてあります。

Re: kunitaka氏へ

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/28 09:30 投稿番号: [14493 / 18519]
henchin_pokoider01さん

有難う御座います。質問ですが、これら資料はどのようにして入手しましたか?またこれら資料はアメリカ国立公文書館に所蔵してあったものでしょうか?資料はどこから入手したものなのか明示しなければなりません。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/28 09:25 投稿番号: [14492 / 18519]
te2222000さん、有難う御座いました。

>「此州」の解釈が田中さんとは異なりますが

貴殿のような解釈があることも承知しております。しかし隠州視聴合記を読むと
「北西方面に二日行ったら竹島があって、更に一日行くと鬱陵島がある。俗に磯竹島って呼ばれていて、竹、魚、アザラシが多いんだよね。じゃ、この島が国境だよね」と言った場合、「この島」とは、文章の流れからして鬱陵島であると思います。

http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/ryukyu36.jpg
上記は林子平が書いた『琉球三省其三十六島之図』ですが、子平は中国の文献・中山伝信録を参考にして書いております。中山伝信録では、中国本土から沖縄本島の手前にある久米島を見たとき、やっと琉球に着いたと言って船員が喜んでいたという下りがあります。そこに至るまでの全ての無人島は赤色で塗られています。

ひるがえって『隠州視聴合記』では「二日一夜有松島、又一日程有竹島」と書かれていて更に「俗言磯竹島多竹魚海鹿」と鬱陵島の詳細まで書いているのに、隠岐を国境と認識するでしょうか?通常であれば中国人(及び中国の文献を基に書いた子平)のように、無人島と他民族が住んでいる境をもって国境とみなすと思います。

実際、「出雲から隠岐が見えるように、鬱陵島から朝鮮が見える」と、他民族が住む「朝鮮」という地名・国名をわざわざ記載しているのですから、ボーダー(国境)は、ここ(鬱陵島)と朝鮮半島の間にあると斉藤豊仙も認識していたと思います。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/05/28 06:51 投稿番号: [14491 / 18519]
<<<
下記の文章を挿入します。
>>>

まだ、相違がありますね。

>案倭訓海中言遠幾

「案」→「按」

>[俗言磯竹嶋多竹魚海鹿]

この後に「按神書所謂五十猛歟」が抜けています。

>見高麗如自雲州望隠州

「自」が不要ですね。こういうテキストは初めて見ました。「高麗を見ること、雲州の隠州を望むが如し」と読み下して、意味は「自」がある場合と同じというところでしょうか。

>>>
口語訳に関しては、下記の文章をヘルプして頂けると幸いに御座います。
<<<

私の訳でよけば、この掲示板の #10266をご覧下さい。「此州」の解釈が田中さんとは異なりますが、当該部分の訳については特に問題無いと思います。

「按神書所謂五十猛歟」の訳は上にありませんが、「思うに神書に記述のある五十猛の神だろうか」位でしょうか。「神書」が訳としてこなれていないと思うならば、「日本書紀」と意訳してしまっても良いかもしれません。

Re: kunitaka氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/28 02:11 投稿番号: [14490 / 18519]
画質があまりよくないので、解像度をあげたファイルをデータ便
で送っておきます。
p2は、1951年3月草案に対する韓国の要望
p8は、1951年7月19日のダレスの会談記録っぽいが、かすれている
ので確信がもてない。
p12から韓国大使の要請書(これは1951年7月3日の米英草案に対するもの)
p16は、1951年7月19日のダレスの会談記録。
p20は韓国大使の再要望書
p22からダレスの回答書。

もう1つのファイルは、1949年11月29日の米草案で竹島を日本領と書いて
あるもの(以降は短いダレス草案、放棄領土の明記方式になったので竹島
の名前は出てこなくなる)

Re: kunitaka氏へ

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/27 23:52 投稿番号: [14489 / 18519]
henchin_pokoider01さん

どうも有難う御座います。
下記に私のメルアドを記載します。

kunitaka1974@hotmail.com

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/27 23:45 投稿番号: [14488 / 18519]
te2222000さん

>(2) [拡大写真]のリンク先が3枚とも同じになっています。

ご指摘、有難う御座います。早速正しいリンク先に修正しました。



>(1) 写真のテキストと解読文のテキストが一致していません。解読文の方には一部抜けている文がある他、「伯州赤崎浦」と「泊州赤碕浦」のような字の違いもあります。

下記の文章を挿入します。

隠州在北海中故隠岐嶋[案倭訓海中言遠幾故名歟]其在巽地言嶋前也知夫郡海部郡屬焉其位震地言嶋後也周 吉郡穩地郡屬焉其府有周吉郡南岸西觶豊崎也従是南至雲州美穂関三十五里辰巳至伯州赤崎浦四十里未申 至石州温泉津五十八里自子至卯無可往地戍亥間行二日一 夜有松嶋又一日程有竹嶋[俗言磯竹嶋多竹魚海鹿]此二島無人之地見高麗如自雲州望隠州然則日本之乾地以此州為限



>(3) 可能ならば、解読文と口語訳でも本文と割注を区別して示すことが望ましいと思います。

口語訳に関しては、下記の文章をヘルプして頂けると幸いに御座います。

[案倭訓海中言遠幾故名歟]、其在巽地、言嶋前也、知夫郡海部郡屬焉、其位震地、言嶋後也周吉郡穩地郡屬焉、其府有周吉郡南岸西觶豊崎也、

以上、よろしくお願いします。


http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation1667.html

Re: アホやこいつ

投稿者: electric_heel 投稿日時: 2006/05/27 22:58 投稿番号: [14487 / 18519]
----------------------------------------------
合法論は国際法専門のJ・クロフォード英ケンブリッジ大教授らから出され「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は国際法上は不法なものでは なかった」と述べた。
----------------------------------------------
自分で生きていけない国と断定する不思議。
自分で生きていけないから取り込まれたのか。取り込まれたから自分で生きていけなくなったのか。循環論法だね。

方や国際法が適用されないと言いながら、その相手を縛った条約は国際法だろ。
国際法が適用されるなら、「強制の条約だから無効」。
国際法が適用されないなら、そもそも条約は無効だろ。(笑)

正味バカか?

投稿者: j874562387n_chinpo_kusai 投稿日時: 2006/05/27 21:39 投稿番号: [14486 / 18519]
そんな個別の具体例を挙げて論証する気か?

おまえみたいな程度の低いのはこっち行けよ

荒らしだぜ
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=a1zcddega4o4z9qa4na4ba4na4c0a4ca 1aaa1aaa1z&sid=1835563&mid=41


それに文明国、非文明国はおまえが判断することじゃないの

山内進
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%86%85%E9%80%B2

http://hda1.lib.hit-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/AZ00008961/Front/link/ronso1150100190.pdf
------------------------------------------------


彼は、続ける。これ以外の国家に国際法を完全に適用
しうるか否かは、「推定」さるべきことがらではなく、
「証明」さるべき事項である。日本の例がそれである。
日本は、領事裁判権の廃止を1899年(明治32年)
に獲得しているが、「日本が国際法を尊重していること
は、中国との戦争によって、またより大きなスケールで
ロシアとの戦争で12分に証明されている」。

〜〜〜

(4)他の文明圏に所属する諸国は〜(略)〜
ヨーロッパ文明の国際法を真に尊重すると判断された時
に国際法を構成する「国際法団体」への参加が「許される」。

余談

投稿者: electric_heel 投稿日時: 2006/05/27 21:28 投稿番号: [14485 / 18519]
明治政府の師匠である、福沢諭吉先生が文明人の手本を示しています。

こう発言しています。
-------------------------------------- -
「台湾の処分については・・・全島の掃蕩を期し、土人の如きは眼中に認めず、一切の殖産興業を日本人の手に経営して大いに富源を開発すべし。・・・或る外字新聞の如きは早く既に邪説を逞ふし、今回彼の大姑陥地方掃蕩の始末に関し、日本兵が又も屠殺を行ひたりなど蝶々するよしなれども、・・・意に介するに足らず。仮令ひ兵器を執って抵抗せざるも、苟も我政令に従はざる輩は、一日も我版図に差し置くを得ず。・・・苟も我兵に抵抗するものは、兵民の区別を問はず、一人も残さず誅戮して焦類なからしめ、以って掃蕩の功を全ふす可し」
-------------------------------------- -
当時は、これも合法ってことなんでしょうね。

ところが、文明の大家福沢諭吉先生に対してこう意見をする不届き者も
-------------------------------------- -
「駄福沢氏耶蘇教論」吉岡弘毅(元外務権少丞)
「氏ノ漢学者ヲ蔑視シ、耶蘇教徒ヲ嫌悪スル根源ハ、専ラ氏ノ略奪主義ニ在ル事ヲ喝破セリ。・・・此ノ如キハ是レ堂々タル我日本帝国ヲシテ強盗国ニ変ゼシメント謀ル者ナリ。是ノ如キ不義不正ナル外交政略ハ、決シテ我帝国ノ実利ヲ増加スル者ニアラズ。・・・従ラニ怨ヲ四隣ニ結ビ、憎ヲ万国ニ受ケ、不可教ノ災禍ヲ将来ニ遺サン事必セリ・・・支那及朝鮮等ノ如キ唇歯ノ国々トハ別シテ親睦ヲ厚クシ、緩急相好救ヲ良策トス」
-------------------------------------- -

-------------------------------------- -
日の出新聞
「法螺を福沢、嘘を諭吉、・・・このたびの朝鮮事件に付き、頻りに開戦論を主張せられ、恰も西洋の某国が、・・・人の災難に付け込んで、小さな国を横奪せんとする弱い者いじめの顰に倣ひ、・・・先生は萬国公法ぐらひは充分御存知なるべし」
-------------------------------------- -

-------------------------------------- -
「なんの糞役にも立つ者にあらず。・・・又たこのたび朝鮮処分に関して、従らに無鉄砲の大馬鹿論を唱へて・・・一人の信ずるもの在るなし。」『扶桑新誌』
-------------------------------------- -
こんな未文明人が少数ながら日本人にいたんですね〜。(笑)

Re: アホやこいつ

投稿者: j874562387n_chinpo_kusai 投稿日時: 2006/05/27 21:06 投稿番号: [14484 / 18519]
>クロフォード氏は帝国主義国の立場から国際法上の手続きも要らず「強盗しても合法」と判断したんでしょ。その判断で満足?(笑)


満足も何も「国際法」などという高尚なモノは糞尿民族は適用範囲外と判断されたんだけどね・・・・(惨)

こんな恥ずかしい事はないわな



さんざん出回ったoppekepe7さんのスレッド
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=11&nid=1274128&st=writer_id&sw=oppekepe7
--------------------------------------


<ケンブリッジ大学Crawford教授>

そもそも当時の国際社会では、国際法は文明国相互の間にのみ適用される。この国際法を適用するまでの文明の成熟度を有さない国家には適用されない。言い換えるなら、文明国と非文明国の関係は、文明国相互においてと同様に国際法において規定されない。それ故、前者(文明国・非文明国間)においては後者(文明国間)で必要とされる手続きは必ずしも必要でない。極論すれば、文明国と非文明国との関係の一類系として登場する、植民地化する国と植民地化される国の最終段階では、必ず「条約」の形式を必要とするとさえ言えない。

当時において重要だったのは、特定の文明国と非文明国の関係が、「他の文明国にどのように受け止められるたか」である。単純化して言えば、植民地化において「法」が存在していたのは、その部分(他の文明国が受容したか?)のみである。この意味において、韓国併合は、それが米英を初めとする列強に認められている。仮にどのような大きな手続き的瑕疵があり、非文明国の意志に反していたとしても、当時の国際法慣行からすれば「無効」とは言えない。

Re: アホやこいつ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/05/27 21:04 投稿番号: [14483 / 18519]
>クロフォード氏は帝国主義国の立場から国際法上の手続きも要らず
>「強盗しても合法」と判断したんでしょ。その判断で満足?(笑)

  なんか微妙に捏造入ってるな。クロフォード教授は「野蛮の国には
手続なんて必要ない」というのが当時の国際法としたわけなんだけど。
  高宗が協約に反対してなかった(御前会議で高宗が、全く拒否する
ことはこれまでの友好からできない、反対派大臣にお互い妥協しつつ
締結しなさいと言ってる)という韓国側史料も提示されちゃうし。

  韓国の財団が金を出して開いた会議でさんざんな自爆会議だったね。

  あげくには、約束していた論文集の発行も未だにされていない。

Re: アホやこいつ

投稿者: electric_heel 投稿日時: 2006/05/27 20:50 投稿番号: [14482 / 18519]
----------------------------------------------
海野教授の「不当だが合法」笹川教授の「不法論」両方とも出されてんだよ


その上で「合法」


たかが一法学者の解釈なんだよ。

自分で白黒つけようとして、国際会議呼びかけて、「合法」と判断されりゃ仕方ないな(哀)
----------------------------------------------
何が言いたいのかわかりませんなぁ(笑)

クロフォード氏は帝国主義国の立場から国際法上の手続きも要らず「強盗しても合法」と判断したんでしょ。その判断で満足?(笑)

アホやこいつ

投稿者: j874562387n_chinpo_kusai 投稿日時: 2006/05/27 20:25 投稿番号: [14481 / 18519]
笹川紀勝は例の国際会議に出席してんだよ。

海野教授の「不当だが合法」笹川教授の「不法論」両方とも出されてんだよ


その上で「合法」


たかが一法学者の解釈なんだよ。

自分で白黒つけようとして、国際会議呼びかけて、「合法」と判断されりゃ仕方ないな(哀)

--------------------------------------




【ソウル26日=黒田勝弘】
日韓の歴史認識問題で大きな争点になっている
日韓併合条約 (一九一〇年)について合法だったか不法だったかの問題をめぐりこのほど米ハーバード 大で開かれた国際学術会議で第三者の英国の学者などから合法論が強く出され、国際 舞台で不法論を確定させようとした韓国側のもくろみは失敗に終わったという。

会議参加者によると、合法論は国際法専門のJ・クロフォード英ケンブリッジ大教授らから出され「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は国際法上は不法なものでは なかった」と述べた。

また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても
「強制されたか ら不法という議論は第一次世界大戦(一九一四−一八年)以降のもので当時としては問題 になるものではない」と主張した。

この学術会議は米ハーバード大アジア・センター主催で十六−十七日開かれたが韓国政府傘下の国際交流財団が財政的に支援し韓国の学者の主導で準備された。これま でハワイと東京で二回の討論会を開き、今回は韓日米のほか英独の学者も加えいわば 結論を出す総合学術会議だった。

日本からは海野福寿・明大教授や笹川紀勝・国際基督教大教授、原田環・広島女子大教授ら五人が参加したが、海野教授の「不当だが合法」論や笹川教授の不法論など見解 が分かれた。

韓国側は「条約に国王の署名がない」ことなどを理由に不法論を主導している李泰鎮・ ソウル大教授はじめ全員が不法論で、会議をリードしようとした。

しかし日本の原田教授は併合条約に先立ち日本が外交権を掌握し
韓国を保護国にした日韓保護条約(一九〇五年)について、皇帝(国王)の日記など韓国側資料の「日省録」や 「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に賛成し批判的だった大臣たちの意見を却 下していた事実を紹介し注目された。

併合条約に国王の署名や批准がなかったことについても、国際法上必ずしも必要なも のではないとする見解が英国の学者らから出されたという。

日韓併合条約については韓国や北朝鮮からはいまなお執ように不法論が出され謝罪 や補償要求の根拠になってきた。日韓国交正常化の際も激しく対立したが、合法・不法の 結論は出さず「今や無効」との表現で国交正常化(一九六五年)にこぎつけた経緯がある。

産経新聞2001.11.27
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)