Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/05/28 09:25 投稿番号: [14492 / 18519]
te2222000さん、有難う御座いました。
>「此州」の解釈が田中さんとは異なりますが
貴殿のような解釈があることも承知しております。しかし隠州視聴合記を読むと
「北西方面に二日行ったら竹島があって、更に一日行くと鬱陵島がある。俗に磯竹島って呼ばれていて、竹、魚、アザラシが多いんだよね。じゃ、この島が国境だよね」と言った場合、「この島」とは、文章の流れからして鬱陵島であると思います。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/ryukyu36.jpg上記は林子平が書いた『琉球三省其三十六島之図』ですが、子平は中国の文献・中山伝信録を参考にして書いております。中山伝信録では、中国本土から沖縄本島の手前にある久米島を見たとき、やっと琉球に着いたと言って船員が喜んでいたという下りがあります。そこに至るまでの全ての無人島は赤色で塗られています。
ひるがえって『隠州視聴合記』では「二日一夜有松島、又一日程有竹島」と書かれていて更に「俗言磯竹島多竹魚海鹿」と鬱陵島の詳細まで書いているのに、隠岐を国境と認識するでしょうか?通常であれば中国人(及び中国の文献を基に書いた子平)のように、無人島と他民族が住んでいる境をもって国境とみなすと思います。
実際、「出雲から隠岐が見えるように、鬱陵島から朝鮮が見える」と、他民族が住む「朝鮮」という地名・国名をわざわざ記載しているのですから、ボーダー(国境)は、ここ(鬱陵島)と朝鮮半島の間にあると斉藤豊仙も認識していたと思います。
これは メッセージ 14491 (te2222000 さん)への返信です.
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