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sampom337さんへ

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/12 09:10 投稿番号: [3296 / 7270]
>ROMしていて私の感じたのは、
>『こいつ喧嘩売ってんの?』でした。
>例えば、『はあ?』の使い方とか・・・

先に相手の投稿あってのレスです。
わたしは丁寧な投稿に対しては礼をもってレスしているつもりです。
少なくともわたしのほうから先に非礼なレスをつけた覚えはありません。
一連の議論の中にはただ感情的な怒りをぶつけるだけの投稿や
バカだのチョンだのと非礼な投稿が数多くありました。
もし丁寧な投稿に対してわたしの非礼があったのならお詫びします。

>軍人の「役人化」

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/12 08:43 投稿番号: [3295 / 7270]
>↑軍人の「役人化」なんていう表現もありかなと思いました。

戦後はいざ知らず(?)、軍人は公務員のひとつですから。(苦笑)
「役人化」「官僚化」というのは、日本に限らず近代国家ではよくある話だと思います。

「日本軍に打撃を与えるには、部隊長のはんこを盗めばいい」なんて冗談を聞いたことがあります。
部隊が移動して補給を受けるだけでも、移動命令の作成・補給物資の伝票を作成して部隊長が決裁のはんこを捺して、と繁雑な事務手続き(今の役所とそう違わないのではないでしょうか)があったようです。

軍人も公務員(お役人)である、ということは、知識としてはあっても、戦史を考えるさいには意外と盲点であることが多いかもしれません。

Re: ミレーの落穂拾いには

投稿者: black_dragon_fm 投稿日時: 2006/01/12 04:49 投稿番号: [3294 / 7270]
「嫌韓野郎死ね」さんですか・・・

たいそうなHNですねw

Re: ミレーの落穂拾いには

投稿者: kenkanyaro_sine 投稿日時: 2006/01/12 03:30 投稿番号: [3293 / 7270]
う〜〜〜ん、すごいですね〜。
さすがですね〜〜〜。
ちょっと尊敬ですね〜〜〜。

でもね、もう少し付き合ってくださいね。


tydkemvoさんが「皆に馬鹿にされ始めた」という自分の意見が、

事実なのか

それともぽろっと出た単なる「   出   任   せ   」なのか



どっちなんでしょう?

で、事実だとするなら、それが事実だと証明してみてもらえます?

Re: れRe: >後智恵なら

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/12 03:13 投稿番号: [3292 / 7270]
>食いつぶす前に南方資源を確保するということではないでしょうか

>前もって攻撃目標の選定は2ヶ月前の長門艦上での会議などでやったようですが
>船舶修理施設、油槽等の攻撃の必要性をかなり説いたらしいのですが、この席でも南雲等は消極的だったようです

  なんだか、地元の破綻した○殖銀行での融資会議とだぶって見えるような気がしてしました。orz

>これらの意見にたいし、「それこそ後智恵だ。攻撃の主目的は敵の太平洋艦隊を破壊することだった。第二次攻撃は奇襲ではなくて、強襲になる。損害は増える」

  ↑軍人の「役人化」なんていう表現もありかなと思いました。

   奇襲が強襲になろうが初戦で出来うる限りのダメージを与えなければ後が無い戦闘のはずではなかったのかしらん。

   まあ、「損害は増える」ということは、部下を大事にする人達だっただけかもしれないです。

 
  私の投稿は2,3日ごとで遅いですが

  kuuboakagiさん、tydkemvoさん、mikenekonomanmaさん、他の皆さんもまたよろしくお願いします。

>この場合の意図としては

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/12 03:05 投稿番号: [3291 / 7270]
>最後通牒ではないものを最後通牒のようにみせかけたのだという主張ならば。

  そういう疑惑だと思います。(そう見せかける必要が外務省側になければ成り立たない主張ですが)


>対米開戦を影でテクニカルに操っていたのは外務省という帰結を生みそうです。

  ドラマのシナリオならうけるかと・・

  私はそういった大掛かりな「○○陰謀説」のような帰結は疑ってかかる癖がついてまして    

  「小役人(根性)」の辻褄あわせの積み重なりみたいなのがあればそっちの方に説得力を感じます。


ミレーの落穂拾いには

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/12 03:03 投稿番号: [3290 / 7270]
馬糞は描かれていないんだろうな。

馬糞くらいあると思うが。

芸術では馬糞は描かない、写実主義でも。と、高校時代の教師がいっていた。

馬糞があってこその農場。

Re: そろそろ皆に馬鹿にされ始めた

投稿者: kenkanyaro_sine 投稿日時: 2006/01/12 02:36 投稿番号: [3289 / 7270]
皆とは誰なんでしょう?

女性トピに参加している皆ってことですか?

具体的に「どこの皆」に馬鹿にされ始めたのでしょう?

「皆」と言ったからには、本当に皆なんですよね?

もし「皆」じゃないとしたら、

>そろそろ皆に馬鹿にされ始めた
>ということを気付いたか、気付かずか。

という発言は成り立ちませんよね?

で、皆って誰?

れRe: >後智恵なら

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/12 02:27 投稿番号: [3288 / 7270]
>開戦すれば余計早く食いつぶすと素人判断では思うんですが、開戦後の見通しはどのようなものあったのかなあと勉強中です。

食いつぶす前に南方資源を確保するということではないでしょうか。(平時運行よりも戦時運行の方が油をたくさん使うのはあたりまえですが、開戦時には海軍には焼く800万トンの備蓄がありましたから、これを食いつぶす前にということでしょう。

>思いつくのは三つくらいで・・・

  1、米軍の守りが堅かった

  2、燃料タンクのある場所を間違えた(見つけられなかった)

  3、燃料タンクの存在を知らなかった(これはなさそうですけど)

1は少しはいえるかもしれません。第一波攻撃隊も結構被弾したようですから。
2、3は考慮しなくていいとおもいます。

守りが堅かったについては、アメリカ軍の油槽は地下深く保護されていたので、攻撃できなかったのだ、とか、攻撃しても効果が少なかったからしなかったのだ、と言う人もいますが、もしそうなら、ニミッツの言ったこと自体が意味をなさなくなるはずです。

前もって攻撃目標の選定は2ヶ月前の長門艦上での会議などでやったようですが、やはり主目的は空母中心の艦船だったようです。南雲が戦果に結構満足したからというのがおおきかったのではないでしょうか。(この会議で山口等は船舶修理施設、油槽等の攻撃の必要性をかなり説いたらしいのですが、この席でも南雲等は消極的だったようです)。

山口多聞は第一派攻撃隊が帰ってきたとき、すぐに第二波攻撃隊を出して、自己の主張した作戦をやるつもりだったようですが、南雲が聞き入れませんでした。このあたりのことは、トラトラトラあたりにも結構でてきますね。「攻撃隊収容後、反転、帰路につけ」の旗信号を見て、淵田少佐は「そんな馬鹿な」といいましたし、源田参謀は南雲に攻撃の繰り返しの必要性を主張しますが、南雲は聞き入れませんでした。

長門艦上では、第一次攻撃終了を聞いたあと、油槽、船舶施設破壊のための再度攻撃をやるべしの意見が主流だったのですが、山本は「それをやれば満点だが、現場は南雲に任せてある。ま、南雲はやらんだろう」と言ったとのことです。この点で山本の不十分さを指摘する声もあります。前もって決めておけばよかった、との意見です。

南雲側の草鹿参謀長は、これらの意見にたいし、「それこそ後智恵だ。攻撃の主目的は敵の太平洋艦隊を破壊することだった。第二次攻撃は奇襲ではなくて、強襲になる。損害は増える」等のことをいっていたようです。ま、他にも色々言っていますが。

が、やはり山口は、南雲のネルソンや東郷とのあまりの違いにがっかりして、二次攻撃をやらなかったことは将来に悔いを残そう、というふうに肩を落とした、ということがいわれています。

れRe: れRe: >提出したハルノートは一部を

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/12 01:56 投稿番号: [3287 / 7270]
>ということは下記の部分については大した問題では無いと考えてもかまいませんか?

>「この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。そして東郷茂徳外相は嘘の上奏を天皇に行ったのだ。外務省はこの経緯を明らかにすべきである。」

>ときによって「削除したり、しなかったり」していたとすれば何らかの意図を疑われても仕方が無いこと思います。

この場合の意図としては、「外務省は開戦に持っていきたかったので、その箇所を削った」とうことになりませんか。最後通牒ではないものを最後通牒のようにみせかけたのだという主張ならば。とすると、対米開戦を影でテクニカルに操っていたのは外務省という帰結を生みそうです。

>後智恵なら

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/12 01:46 投稿番号: [3286 / 7270]
>その間に日本側は自動的に石油を食いつぶす。

  開戦すれば余計早く食いつぶすと素人判断では思うんですが、開戦後の見通しはどのようなものあったのかなあと勉強中です。


>真珠湾で61万トンの燃料タンクを破壊しておけば

  無知をさらしてお恥ずかしいのですが、何故破壊しなかったのでしょう?

  思いつくのは三つくらいで・・・

  1、米軍の守りが堅かった

  2、燃料タンクのある場所を間違えた(見つけられなかった)

  3、燃料タンクの存在を知らなかった(これはなさそうですけど)

Re: れRe: >提出したハルノートは一部を削

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/12 01:26 投稿番号: [3285 / 7270]
>commitment、without commitmentなどの語が重要な意味をもつのは合意文書(契約書、外交文書等)の場合のみです。一方の提案の場合はあまり意味をもちません。

  解説ありがとうございます。
  英文に限らず契約文書・外交文書というのは専門家以外には判り難いものがあります
  (役場と代書業者の陰謀じゃないかと思うこともあり・・)

>従って、ハルノートが「実質的に」最後通牒に等しいもの、という点を変更する必要はありません。without commitmentが付いていようが、いまいが、関係のないことです

  ということは下記の部分については大した問題では無いと考えてもかまいませんか?

「この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。そして東郷茂徳外相は嘘の上奏を天皇に行ったのだ。外務省はこの経緯を明らかにすべきである。」

  こういった「付いていようが、いまいが関係の無い」一節は削除して提出されるのが慣例であったなら大した問題ではないですが

  ときによって「削除したり、しなかったり」していたとすれば何らかの意図を疑われても仕方が無いこと思います。






Re: 初心者は無茶なチャレンジをする

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/12 00:52 投稿番号: [3284 / 7270]
>今とは違うであろう、世界の中の日本を構築するifもありなのでは?

  ご賛同ありがとうございます。m(_   _)m(深々)

  (トピ主のyusuraさんhontoさんの了解は得ていないのが少々気になってます)

>当時の日本の外交が音痴だったかそうでないかというお題がありましたが>〜その中で最高の成果のひとつが日英同盟だと思うのですが、

  日本海海戦は英国製の新鋭艦での戦いだったとか、バルチック艦隊は旧装備の上、

  英国領では寄航できないのでインドシナあたりでもうヨレヨレ状態だったとか・・

  う〜ん、同盟関係ってのはすごいですね(初心者は当り前の事に感心する)

  で、日露戦争のときは戦力を使い果たす前、開戦から一年位(?)で
何とか講和にこぎつけ「勝利」したのに、
なぜ日中戦争ではそれが出来なかったのかって疑問があります。


>ハルノートの要約としては以下でよいでしょうか。

>1.日本軍・警察の支那、仏印からの無条件撤退
>2.支那における蒋介石政権以外の政府の否定
>3.日独伊三国同盟の日本による一方的解消・死文化

  判りやすく要約して頂きありがとうございます。

  こうして並べてみると、3の受諾はさほど困難とも思えないんですが、ナチスと縁が切れたとなれば、米国に別の交渉口ができたかもしれません。

  ↓タラレバの根拠はこちらです
  「6.米国ユダヤ人指導者の反日姿勢転換」「7.ユダヤ人の日本支援案」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog260.html




トピずれ

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/01/11 18:17 投稿番号: [3283 / 7270]
おもしろい考察がありました。
筑紫哲也を見ていて力が抜けていく理由がなんとなくこの考察で納得した気がします。

ttp://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20060109#p01

Re: ちゅどーんさんの言うことは

投稿者: sampom337 投稿日時: 2006/01/11 18:14 投稿番号: [3282 / 7270]
>日米開戦についても、ちょっと何か言っただけで怒濤のレス、そのうち冷静な投稿もありましたが、感情むき出しの罵倒も多かった。なんであそこまで拒否反応があるのかわかんないんですよね。


だいぶ、ちゅどサンの言いたい事とはズレルと思いますが。ROMしていて私の感じたのは、
『こいつ喧嘩売ってんの?』でした。
例えば、『はあ?』の使い方とか・・・

仮に生身の会話でしたら、上記の例の蓄積でぶん殴ってるところです。
改めてみては如何でしょうか?



>こういうふうにも考えられないかって。
ただそれは二者択一式の一方を全面否定する議論じゃなく、多面的にとらえたいというのがあってのことです。


良い事だと思います。頑張ってください。

初心者は無茶なチャレンジをする

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/01/11 18:11 投稿番号: [3281 / 7270]
初心者板にそうそうたるお歴々がお見えになっての議論ですが。
ハルノートをもって日本が戦争に踏み切った歴史は正しいかどうかというのは頭では正しいと
したくない部分があります。
ハルノートをつきつけられてなお、戦争を回避し、今とは違うであろう、世界の中の日本
を構築するifもありなのでは?
さて、ハルノートの要約としては以下でよいでしょうか。
1.日本軍・警察の支那、仏印からの無条件撤退
2.支那における蒋介石政権以外の政府の否定
3.日独伊三国同盟の日本による一方的解消・死文化

まず、当時の日本の外交が音痴だったかそうでないかというお題がありましたが、
日本は当時の大国と肩をならべる上で彼等のルールにのって対応していたのですよね。
その中で最高の成果のひとつが日英同盟だと思うのですが、これが第一次大戦後に
冷えていきますね。国際連盟での人種差別撤廃案も欧米からみたらその経済規模から
あまりにも時期尚早なのではなかったのでしょうか?
そうして、ナチスとの同盟とは支離滅裂ととられるでは?
石油資源の70%を米国に握られていながら具体的な対米対策はなされず、日中戦争に
ついても一向に終結目途がたたず、米国の介入を許してしまいました。
東南アジアからの物資供給についても通商外交上の成果が得られなかったための
進軍ですよね。
日本の外交の質は充分だったのでしょうが、分不相応に拡大した軍に引きずられっぱなし
だったように思います。
ハルノートはしっかり内政をコントロールして「日本おちつけ」って感じにも読めます。
日本の外交はこの時点で欧米のルール上信頼されてなかったと私は考えます。

Re: 赤城さんの言うことは

投稿者: WD84c_4T_GTEU 投稿日時: 2006/01/11 12:55 投稿番号: [3280 / 7270]
こんにちは。普段ROMしている者です。

個人的な感想ですが、tydkemvoさんは量子力学に対するアインシュタイン
(EBRパラドックスなど)ではなく、相対性理論に対するコンノケンイチに
なっているんですよ。
コンノケンイチのままでは、同調しては貰えないと思いますよ。
アインシュタインになるためには、相手を納得させるだけの資料を出すのは
当然ですが、相手に自分の意見を理解させる(別に相手の意見を変えさせる
必要は無いです)だけのプレゼンテーション能力も必要ですので、難しい
ですけどね。

>一面(一部分)のみを強調しすぎているのではないかと思うのです。

赤城さんは赤城さんの意見を、それを補強する資料と共にプレゼンテーション
しているだけだと思いますが(違っていたらごめんなさい)。
多面的な議論をしたいのなら、別の方がそのプレゼンテーションをすれば
済む話で、赤城さんが複数の意見をプレゼンテーションする必要は無い
ですね。

赤城さんの言うことは

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 09:37 投稿番号: [3279 / 7270]
一面(一部分)のみを強調しすぎているのではないかと思うのです。
赤城さんの言うことはAかBか、○か×か、白か黒か、右か左か、みたいなとこあるでしょ?
歴史って二者択一みたいなAかBかどっちか、みたいなことじゃないと思うんですよ。
Aという側面もあったがBという側面もあったというような、歴史はいろいろな側面をもった多面的なものであると思っています。
日韓併合は日本の持ち出しのほうが多く慈善事業であったと、たしかに収支の面でとらえれば日本の持ち出しが多かった、教育にも力を注いだ、今で言うODAみたいな面はあったと思います。皆さんの言うようなことはわかっています。でもそれだけですか?純粋に善意だけで、慈善事業だけで国民の血税を注ぎ込んだのですかと。
何度もお断りしているように、みなさんのおっしゃることはわかるが、それだけだったのだろうかということを敢えて言いたかった訳ですよ。
日米開戦についても、ちょっと何か言っただけで怒濤のレス、そのうち冷静な投稿もありましたが、感情むき出しの罵倒も多かった。なんであそこまで拒否反応があるのかわかんないんですよね。
ハルノート云々についてはたしかに石油をアメリカに握られているというところは弱いかなあとも思っていました。
先に石油の禁輸を解除させるにはなにかエサをやらないとだめですね。
満州の権益を半分やるからとアメリカと個別交渉するとか・・・?
ま、済んでしまった歴史にIFを言うのは後知恵でしかないといえばそれまでですが、ここは自由にいろんな議論をしてよいんじゃないでしょうか。
ぼくはぼくのバランス感覚で、右よりの意見が多いところでちょっと左よりからモノを言ってみることはあります。
こういうふうにも考えられないかって。
ただそれは二者択一式の一方を全面否定する議論じゃなく、多面的にとらえたいというのがあってのことです。

>本当にハルノートの受諾は

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 05:23 投稿番号: [3278 / 7270]
「日本の自殺」を意味し、日本は自衛上戦争する外なかったのであろうか?

別の方が書いていたように、ハルノートは、石油禁輸の先行解除をアメリカ側の義務とはしていませんから、たとえハルノートを受諾したからといって、アメリカがすぐに石油禁輸解除を行なったとは限りません。「日本側の履行を暫時見守る」という態度も取れたのです。その間に日本側は自動的に石油を食いつぶす。

したがって、この主張もピント外れですね。

ま、別の言い方をすれば、「後智恵」という一言で済むことですね。後智恵ならなんとでも言えます。後智恵なら、真珠湾で61万トンの燃料タンクを破壊しておけば、アメリカ側のニミッツが認めるように、アメリカ側は太平洋で半年近く作戦ができなかったのですから、太平洋の戦況もがらりと変ったはずです。

「トラトラトラ」のなかでも、アメリカ側が、「燃料タンクに火がついたら真珠湾がふっとぶぞ」というのが出てきます。

れRe: >提出したハルノートは一部を削除

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 05:05 投稿番号: [3277 / 7270]
tentative and without commitment とは、義務をおわせない、約束をおわせない、という意味ですが、まだ交渉があれば変更される余地があるのですから、この文章から双方の義務が生じるのではない、ということを主にいったにすぎないですね。この文章はアメリカ側の出したものにすぎないからです。アメリカの提案に対する枕言葉みたいなものです。全く当たり前のことです。合意文書ではないのですから。tentative and without commitment のかわりに、without qualifications(無条件、無修正、手直しをしない、留保なし)で日本が受け入れる(Japan shall accept the proposal without qualifications)などがはいっていれば、これはもう「確実に、実質的」な最後通牒です。

その文章の対象は日本ですから、確かに双方に関係がありそうですが、交渉段階の文章だから、without   commitmentを使ったものです。
その文章の中に、Japan shall -- -   とあれば、「日本は -- -するものとする」というように義務を表しますが、tentative and without commitment によって「まだ交渉の余地はあるよ」といいたいようですが、形式に捕らわれる必要はありません。「最後通牒」ではないのですから。

双方の合意文章にcommit、commitmentが使われていれば、それ大変強い意味になります。「我々は・・・を約束する、・・・を義務とする」という意味ですから。金融界でも、ある銀行が借款団に加わって、その合意文章に、commit、commitmentなる語が使われていた場合、それから抜けることは、約束違反となり、以後、その銀行は完全に信用を失います。commitment、without commitmentなどの語が重要な意味をもつのは合意文書(契約書、外交文書等)の場合のみです。一方の提案の場合はあまり意味をもちません。

従って、ハルノートが「実質的に」最後通牒に等しいもの、という点を変更する必要はありません。without commitmentが付いていようが、いまいが、関係のないことです。出したハル自身が、「実質的に」最後通牒ということは知っていたからです。without commitmentがついているから、「実質的にも」最後通牒ではない、というのはあまり意味のないことです。

原文引用文章を書いた人間は、この点についてピントがずれています。
契約文書、外交文書について知らない人間のようです。

>敢えて違う可能性は考えられないかと

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 04:48 投稿番号: [3276 / 7270]
  これだけ様々な分野にわたって詳しい方々のいるカテで

  このようなことを探ってみるというのは、実に実に興味深いことと私は思うです。

  それでですね、


  ここは「想像上の物語」をリアリズムで描いてみるってな感じでやれないでしょうか?

  「〜たら、〜れば」もとことんつきつめて考えて見るとなにか新たな発見がありそうな気がします。

  こちらに描かれてある「可能性」がどの程度リアルかは、私の頭では判断が出来ませんが、

  少し意外なサイトにありましたので貼りました。(全文はリンク先をお読み下さい)

  ↓「東亜連盟戦史研究所」

  ハルノート再考:「我が国政府はハルノートを受諾すべきだった」

http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/halnoterethought.htm
__________________________________

〜果たして本当にハルノートの受諾は「日本の自殺」を意味し、日本は自衛上戦争する外なかったのであろうか?所長は、ハルノート受諾こそ「日本生存の道」であったと考える。〜

__________________________________

>提出したハルノートは一部を削除

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 03:52 投稿番号: [3275 / 7270]
  >こんど探してきます

  先に見たのより少し詳しいものが見つかりました。

  ↓「ハルノートは最後通牒か」
http://ww1.m78.com/question/hall%20note.html
__________________________________

ハルノートは昭和天皇が事実上の最後通牒であると、独白録で述べている。

それではハルノートの原文を見てみよう。
"Tentative and witout commitment"として"Outline of proposed basis for agreement between the US and Japan"と冒頭に明記されている。

つまり「仮のまた約束が成立したという事ではなく」「日米間の合意についての基礎となる提案の概要」と書かれている。これは中学生でもわかる英語だ。

どの角度から見ても、これから話し合いをするけれども、話し合いのもとになる考え方をアメリカから提案すると言うことで、交渉のステップに過ぎない。

この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。そして東郷茂徳外相は嘘の上奏を天皇に行ったのだ。外務省はこの経緯を明らかにすべきである。これはこれ以前からも引き続く外交上の失態の集大成である。吉田茂は、第1次大戦前、グレイが歴史に残る演説を下院でした直前までドイツ大使と話し合いを行っていた例をあげ東郷を非難している。

東郷は、嘘の上奏により開戦にもっていていった経緯が恥ずかしく、米国大使グルーとの面会を拒絶したのだ。

なぜ、東郷はそこまで臣下としてまた官僚としての道をはずしたのだろうか。陸海軍と争うことが出来なかったからだ。国益よりも陸海軍との和を大切にしたのだ。

大筋となる外交を専門外交官に任せてはいけない好例だろう。事実上の最後通牒などあるはずがない。最後通牒とはこれが認められなければ交戦状態に入るということで、交渉過程の条件吊り上げとは本質的に違う。

__________________________________


  >〜これは中学生でもわかる英語だ。

   当時の外交文書にあっても真に受けてかまわない言葉だったということでしょうか?

  >この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。

  事実なら、大罪ですね。



>〜(「もしも〜」)亀レスご容赦

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 03:16 投稿番号: [3274 / 7270]
  なんだか、大事になっちゃって・・・滝汗

  「初心者のための〜」トピなんで初歩的疑問のやり取りもし易いかと思っったんですが・・

  皆様方、あまりヒートアップせずゆっくりやりませんか


  >小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。

  >で、日本人は律儀でまじめ

  「律儀で真面目」は国民性みたいなものですし・・・この国民にしてこの外交ありだったとか?


  ここで少し戻りますが、

  >ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども

  tydkemvoさんへのkuuboakagiさんtrip_in_the_nightさんのレスには石油禁輸の問題が出ています(これはもちろん非常に重要な点ですが)

  で、再度、山本翁(当時を体験している世代)の文です。

  「〜ただこの上戦争する力がないことだけはよく知っていた。軍人だって知っていた。」

  「〜蒋介石政権以外は認めないというハル・ノートは日本への最後通牒、宣戦布告ですよ。

   政府はそれを国民にかくして発表しなかった。発表すれば、世論は開戦はやむを得ないと承知したでしょう。」


  当時の国民世論からすると『蒋介石政権以外認めない』アメリカとの開戦なら仕方ないって事のようですが

  何故そこまで蒋介石政権の中国は日本の国民世論が危険視する相手だったんでしょうね。

  「のらりくらり外交」は世論がゆるさない雰囲気だったとか(普通選挙の時代にはいって政府も世論は無視できないし)?
 
   んじゃぁ、そもそも満州事変以降十年たっても講和が出来なかったのは何故なのよ?(また論点を勝手に広げてすみませんです)

  と、考えようとして・・・あり?そういえば「日中戦争」ってどんな戦争だったんだっけ?当時の戦場は?経済は?外交は?

  (太平洋戦争に比べて)具体的なイメージが・・全く浮んでこないのに気付きました(ガーン!!また宿題がふえてしまった。orz)

 
  で、またハルノートにもどって(すみません)

  ハルノートを「最後通牒である」とは、

  どのような場所で、どのような人達が、どのような過程で、どのように判断したのか?
 
  いきなり「御前会議」に持ち込まれるとは考えられないですし、

  検討過程では解釈、対策は複数でる方が自然に思われます。
(最初から一つしかでなかっとしたら、人材に問題があるような気がします)

  以下は本当かどうかわかりませんが(8日の投稿以降に見たんですが)
  ちょっとソースが見つからないのですけど、外務省が御前会議へ提出したハルノートは一部を削除したものだったとかー(こんど探してきます)

  もし、事実なら外交が「律儀で真面目」説とはちょっと違ってきそうです。

大東亜戦争は侵略戦争でした、というのは

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 02:21 投稿番号: [3273 / 7270]
forced choice with no option というやつだな。

朝鮮併合は慈善事業ではありませんでした、というのもおなじ。

大東亜戦争ではパレンバンの油を貰いました(昭和18年のパレンバンの2大製油所の航空揮発油生産はほぼ500万バレル。落下傘部隊はえらい。国内の海軍燃料廠精精製分は130万バレル)。
大東亜戦争は、アジア解放戦争です。

朝鮮併合は慈善事業です。
朝鮮併合は地政学的目的をもっていました。

インパール作戦はビルマ戦線での現状打破を目的としていました。
インパール作戦は、チャンドラ・ボースの求めに応じたインド解放作戦です。

こんなことはとっくの昔から言っている。

赤城さんも

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 01:17 投稿番号: [3272 / 7270]
何そんなにムキになってんの?
日韓併合で日本の持ち出しが多かったなんて何をいまさらおっしゃいます
わかってますよそのくらい
わたしがそれを否定したことありますか
伊藤さんは朝鮮人民がかわいそうだから幸せにしてやりましょうとおっしゃったのでしょう
そういう一面もたしかにあったでしょう
歴史はもっと多面的なものじゃありませんか?
白か黒か、右か左か、○か×か、どっちか一方の2者択一みたいなんじゃなく
歴史をもっといろんな角度から見たっていいんじゃないかな
みなさんのおっしゃるのはわかるけれども、敢えてこうは考えられないかと
ちょっとでもそう言うと怒濤のごとく怒りのレスのアラシ・・・

そろそろ皆に馬鹿にされ始めた

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 00:30 投稿番号: [3271 / 7270]
ということを気付いたか、気付かずか。

ようするに、後だしジャンケンも飽きられてきたということだな。

朝鮮併合は慈善事業なんだよ。何しろ日本の持ち出しなんだからな。植民地支配なんぞといいたければ、台湾みたいに日本の財政に貢献してからだな。こっちが持ち出しの植民地支配なんぞあるか。まぬけ。

Re: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 00:14 投稿番号: [3270 / 7270]
そんなムキになって怒らなくたっていいじゃん
たかが掲示板なんだからさあ
みなさんの言うことはわかるけど
敢えて違う可能性は考えられないかと
問題提起しただけなんだからさあ

たとえハルノートを飲んでも

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/10 01:04 投稿番号: [3269 / 7270]
「その履行を見守る」という態度をアメリカが取り、石油禁輸解禁をどんどん先延ばしにすることも可能(おそらく、そうやったのではという推測が成り立つ。蒋介石との関係で解禁はもはやほとんど不可能)一年で日本は備蓄の半分以上を食いつぶし、にっちもさっちもいかなくなる。それで、堪忍袋の緒が切れたとなれば、アメリカの思う壺。戦うにも石油がない。油の切れかかった日本を戦争に引き込めたということで、ルーズベルトにとっては一石二鳥。

Re: れRe: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/10 00:00 投稿番号: [3268 / 7270]
>ハルノートを飲んでしまえばよかったという連中の取り組まなければならない課題は、では石油の確保をどうするのか、ということですが、これについてはしゃべりませんねー。供給するかどうかはアメリカ次第(at the disposal of America)なんですから。

「なぜ日本は負ける戦争をしたのか」、「なぜ負けると分かっていて開戦を決意したのか」という疑問を設定し、『事実』を追及することは理解しますが、「だったら戦争せずに、ハル・ノートを受諾して適当にやっていれば良かった」というのは、思考の方向が違うと思います。

百歩譲って、日米開戦なかりせばの「IF」が許されるとしても、「ハル・ノート」以前の日米交渉の全内容と、日本が置かれていた状況を把握したうえで、つまり、それらの諸条件を前提に「IF」を考えないといけません。
それには、「石油」は欠かせない条件ですね。

れRe: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/09 23:16 投稿番号: [3267 / 7270]
ま、ハルノートなんぞ無視しろ、とか飲んでしまえばよかったんだということをさかんにいいたいようですね。あそこのトピで集中砲火を浴びて、ここに逃げてきたということでしょう。

ハルノートを飲んでしまえばよかったという連中の取り組まなければならない課題は、では石油の確保をどうするのか、ということですが、これについてはしゃべりませんねー。供給するかどうかはアメリカ次第(at the disposal of America)なんですから。

以前、映画トピで、「アメリカの石油業界も、御得意の日本市場が無くなって、困ってしまい、アメリカ政府に、石油禁輸措置を解除してくれといっていたのだから、日本ももう少しがまんすればよかった」などという意見が出たのですが。こういうのを典型的な後智恵というんですね。

開戦後は、アメリカ政府そのものが大得意先になったので、石油産業界も文句を言わずにすんだ。

あと、中国からの撤退には満州がふくまれていなかったとか言って、これもみんなの集中砲火をあびていたようですが。

Re: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/09 23:02 投稿番号: [3266 / 7270]
>ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども満州は明言されていないこと。
>いつまでにっていう期限もないザル法みたいなものだったってこと。
>少なくとも日本側が自ら中国には満州も含むと解釈する必要はなかった。
>もうちょっとずるく立ち回って、いったんハルノートを飲んだふりして、催促されたらテキトーに小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。
>で、日本人は律儀でまじめ、外交オンチということが言いたかったんですよ。

①「ハル・ノート」は原則的概略的な要求が書かれているだけで、撤兵時期の実施期限や「満州国」の扱いなど具体的、不明な点はその後の外交交渉で決定されるのが外交常識です。

②「ハル・ノート」を受諾して、後は適当にやっていればよかったというのは、石油を停止されている日本にとっては不可能でした。
この場合、その後の具体的交渉や撤兵実施に不誠実であれば、日本の軍事と産業は停止状態となります。
アメリカは、日本側の対日石油禁輸解除について先履行の提案を拒否しているからです。

したがって、外交オンチとの批判はあたらないと思います。

『昭和16年4月16日日米交渉始まる。米国、「ハル4原則」を表明。
6月25日政府大本営連絡会議、南部仏印進駐を決定。
7月25日米国、在米日本資産を凍結。
7月28日日本軍、南部仏印に進駐開始。
8月1日米国、対日石油輸出全面禁止。
9月4日米国、日本の日米巨頭会談の提案を拒否。
11月5日野村大使を助けるため来栖三郎特命全権大使を米国に派遣。

日本は甲案(①日支間に平和成立すれば在支日本軍は2年以内に全面撤兵。②支那事変が解決すれば在仏印の日本軍も撤兵。③通商無差別待遇が全世界に適用されるなら、太平洋全地域と支那でもこれを認める。④日独伊三国同盟への干渉は認めない)と、
さらに具体的な乙案(蘭印での物資獲得が保障され、米が資金凍結を解除し石油の対日供給を約束すれば南部仏印から撤退、さらに支那事変が解決すれば仏印全土から撤退)を示した。

11月26日ハル国務長官、日本の乙案も拒否し、「ハル・ノート」を提示。

「ハル・ノート」は、当初の「ハル4原則」と基本的には何も変わっておらず、ハル長官は最後まで強硬でまったく譲歩しなかった。
支那・仏印からの無条件撤兵と、支那での重慶政権以外の政府・政権の否定(満州国を含むかについては両論がある)、さらに三国同盟の死文化を要求するもの。満州事変以来の日本の大陸政策を全面否定する明らかな最後通告だった。

その翌朝、ハル長官はスチムソン陸軍長官に、「私は日米交渉から足を洗った。いまやこの問題はあなたとノックス(海軍長官)、すなわち陸海軍の手中に落ちた」(「ルーズベルト大統領と1941年戦争の到来」防衛研修所)と語ったという。』

Re: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/01/09 20:14 投稿番号: [3265 / 7270]
外交音痴なら、日本は明治以前に欧米に植民地化されている。

外交音痴は、寧ろ支那や朝鮮王朝であった。

もっと歴史を大局的に考えられないのかね君は。

日清、日露戦争にしろ遥かに日本の国力の方が貧弱であった。

ロシアの場合国力は10倍以上であった。

それをどう君は説明する。

何時までもサヨクの決め付けイデオロギー的後知恵、一般論で物を言うのは卑怯だね。

いい加減にしろ。見っとも無いこと甚だしい。恥を知れ。

Re: ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/09 19:13 投稿番号: [3264 / 7270]
ウサギガメしゃんっ。
ぼくが言いたかったことはまさにそういうことでした。
ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども満州は明言されていないこと。
いつまでにっていう期限もないザル法みたいなものだったってこと。
少なくとも日本側が自ら中国には満州も含むと解釈する必要はなかった。
もうちょっとずるく立ち回って、いったんハルノートを飲んだふりして、催促されたらテキトーに小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。
で、日本人は律儀でまじめ、外交オンチということが言いたかったんですよ。
いまでも日本は外交べたのまじめ人間が多いような気がします。

一部の日本人には受け入れられない

投稿者: abcdefgtakeda 投稿日時: 2006/01/09 18:44 投稿番号: [3263 / 7270]
それは仕方ありませんが、それはごく一部です。

Re: >このような脈略

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/08 23:08 投稿番号: [3262 / 7270]
>>>しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。by trip

>>また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】by toapanlangさん

>これだと統計分析・解釈の応酬があればなにか新しい展開が見えるかもしれませんね。
>(trip_in_the_nightさんご指摘の部分をもっとねちっこく突き回すとか) by usagigamemaimaiさん

厳しい指摘ですね。(苦笑)
「理屈と膏薬は何処へでも付く」の諺どおり、反論は可能でしょう。(笑)

たとえば、「『朝鮮土地調査事業史研究』の結論は日帝の土地調査事業によって、韓国で初めて近代的土地・租税制度が確立されたということだ。しかし、朝鮮後期に土地・租税制度が近代化へと移り変わろうとした動きが無かったなら、日帝がそうしようとしてもできなかったはずだ。そういった面から、私の主張は朝鮮社会の自生的発展を裏付ける“内在的発展論”と言える。」という「植民地近代化論」者の元東大教授の韓国・成均館大学宮島博史教授の指摘があります。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/03/13/20020313000040.html

ただし、この論を一般化することはできません。
「日帝によって近代化されたとしても、それを受け入れる朝鮮に近代化の萌芽がなければできない」という論が成立するからです。
「植民地近代化論」と「内在的発展論」はすべてに対立する立場ではないという意味に捉えた方が正しいのでしょう。

しかし、宮島博史教授は、「資本主義萌芽論」が朝鮮後期の商品経済・貨幣経済の発展などを挙げ、「内在的発展」は朝鮮末期にあったと主張するのに対して、「資本主義萌芽論」は受け入れられない。『実証的研究の裏付けが足りないためだ。より大きな問題は、資本主義萌芽論は欧州の歴史発展を韓国に適用しようとする欧州中心的考えであるためだ。商品・貨幣経済の発展が歴史発展の唯一の基準になり得るのか』 という疑問を投じています。
つまり、「資本主義萌芽論」の問題点は、①実証的でない。②基準が曖昧。ということです。
たとえば李栄薫教授は、1990年代に日帝の土地収用の実態を調査をしたところ、韓国の各地に残されている多くの「日帝時代」の関係書類から、韓国の教科書に書いてあるような「虐待と搾取」に反する事実ばかり発見されと述べています。
これは「植民地収奪論」に対する反証ながら、「資本主義萌芽論」「植民地収奪論」を主張する「民族主義実証史学」の実証主義にはほとんど実体がないことを証明しています。

そもそも、「資本主義萌芽論」は、「日帝=悪」という結論から出発した説で、「植民地収奪論」と平行して、韓国の近代化は「解放後から」民族の団結によって築かれたと考える民族主義的主張であります。

【参考】日韓の貨幣経済の発展比較。
韓国の「資本主義萌芽論」の「貨幣経済・商品経済の発展」基準によると、日本はすでに平安末期に近代経済の萌芽があることになる?

-- 村井康彦著「教養の日本史」より抜粋 --
『「百錬抄」の記録によると、平安末期の治承3(1179)年6月ころ、天下に銭の病と称する奇病が流行した。
これは、日宋貿易によって「今銭」、つまり近代渡来銭が大量に流入し、流通し始めたことをいう。
それまで我国にも皇朝銭が鋳造されたが、交換手段として銭を必要とする経済段階ではなかった。
そのため、銭貨は死蔵され、准布・准米と称されて、絹布や米穀が現物貨幣として用いられていた。
そこで、ある研究者が鎌倉時代の土地売買の証文を集めて整理したところ、時期が下がるほど准米に比較して銭貨の使用の普及した様子がわかった。
当然、余剰生産交換の場としての市は貨幣の使用によって一層活発化したことであろう。
それに伴い、銭を出挙(借上)して蓄財する金融業者である「借上」が各地に出現した。』

>>朝鮮経済の反資本主義的性格も指摘している。19世紀末までに、米や麻・木綿などの商品が貨幣に代わり、利子率が年間30〜40%の高率だったという点は、資本蓄積の困難さを示している。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2004091845668

ハルノート(「もしも〜」)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/08 03:18 投稿番号: [3261 / 7270]
  女性トピで盛上がっていたとは・・

  「〜たら」「〜れば」で想像力を総動員してみるのも色々と発見の多いことかと思いますです。
  (私などは、質問と確認ばかりになるんだろうなあ・・ショボーン)

  で、hontoさんの投稿の山本夏彦翁の抜粋を思い出しました
  ↓「この上戦争なんか望んでいなかった 」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=289&thr=289&cur=289&dir=d
__________________________________
  〜略〜
山本:そういうたとえがあるのです。昭和初年のエログロナンセンス時代は聞いているでしょう。

−−言葉だけは聞いています。

山本:今のポルノ時代と同じですよ。往年のエログロ時代が来るべき戦争におびえてのもの
だと言うなら、今のポルノ時代も次の暗黒時代の前兆だと言い玉え。それなら承知する。来る
べき戦争というが、だれもアメリカと戦争するなんて思ってもいなかった。
__________________________________

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0 bel&sid=1835396&mid=290&thr=289&cur=289&dir=d
__________________________________

−−−どうしてです。

山本:国力が比較にならない、日米開戦の昭和十六年は満洲事変以来すでに十年たっている、
この上アメリリカと戦争するなんて出来っこないと、軍国少年はいざ知らず、大人は思っていた。
大衆は戦さに倦んでいた。日清日露、くだって満洲事変だって一年余りで終っている。

−−−大衆は賢かったんですか。

山本:賢くなんかないこと今と同じです。ただこの上戦争する力がないことだけはよく知っ
ていた。軍人だって知っていた。

−−−知っててどうして?

山本:「ハル.ノート」のせいです。日本軍は中国から全面撤退すべし、蒋介石政権以外は
認めないというハル・ノートは日本への最後通牒、宣戦布告ですよ。政府はそれを国民にかく
して発表しなかった。発表すれば、世論は開戦はやむを得ないと承知したでしょう。

−−−なぜ発表しなかったんですか。

山本:そんなこと知りませんよ。外交べたのまじめ人問ばかりです。僕なら「ハル・ノート」受諾します、そして催促されたら一個師団朝鮮に撤退させます。当時の朝鮮はわが国だと
いうことは世界が認めています。さらに催促されたらもう一個師団右から左に動かします。国
際情勢は猫の目みたいに変ります。わが国に有利に動いた好機を捕えます。

−−−成程「世はいかさま」ですね。

山本:分ったかい。もう一人の山本さん、山本七平さんは十二月八日開戦の日、二階で寝て
いたら下からドンドン天井をつつかれて「オイはじまったぞ戦争が」と言われて「えっ、どこ
とどこが」と聞いたそうです。七平さんはインテリだよ。そのインテリだって「まさか」と思
っていた。あとは推して知るべし。

  〜略〜
__________________________________

>外交べたのまじめ人問ばかりです。

   当時の日本外交は「狡猾さ」が足りなかった?(今もかな)

>僕なら「ハル・ノート」受諾します、そして催促されたら一個師団朝鮮に撤退させます。当時の朝鮮はわが国だということは世界が認めています。

>さらに催促されたらもう一個師団右から左に動かします。

>国際情勢は猫の目みたいに変ります。わが国に有利に動いた好機を捕えます。
 
  確かに、真面目な「優等生」では思いつかなかったかも・・・。

Re: >このような脈略

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/08 02:38 投稿番号: [3260 / 7270]
  trip_in_the_nightさん、toapanlangさん、解説ありがとうございます。


>【イ教授の分析には目新しさがないという主張か、分析の価値を落とす狙いなのか?】
>数値に表れない要素を忘れているニダ

>〜による政治的陰謀ニダ

>【〜列強の「収奪」に原因を求める論陣を期待しているのでしょう。】

  
  統計分析のことは解らないからもっといつも通りの脈絡での論陣を希望・・・してたってことでしょうか   (ガックシorz)  


>しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、   朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。

>また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】

  これだと統計分析・解釈の応酬があればなにか新しい展開が見えるかもしれませんね。
  (trip_in_the_nightさんご指摘の部分をもっとねちっこく突き回すとか)

Re: >このような脈略

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/06 21:02 投稿番号: [3259 / 7270]
兎亀さんの労で、これまでの李栄薫(イ・ヨンフン)教授の研究と韓国の反応の概略が浮かび上がってきましたね。
キチンとした韓国史学界の反論を知りたいところです。


>>しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。また、経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。英国も、産業化の初期に農村経済の崩壊と賃金の下落を経験したし、日本経済も開港を前後して農業生産力の減少と物価の暴騰に直面した。このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。

>???   「このような脈略」、どういう脈略なんだろう・・・

東亜さんの説明と重複しますが、言葉を補って考えると。

李栄薫教授の主張、「朝鮮王朝の滅亡が、ある強力な外勢の作用のためだというよりも、体力が消尽したあまり自ら解体していったと言っていいほど深刻だった。」に対して、

①「しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。」
朝鮮民族の優秀さ、半万年の歴史という数値に表れない要素を忘れているニダ!
②李朝滅亡のはるか以前の「19世紀に朝鮮経済は限界だった」が、李朝は滅亡しなかった。
経済危機だけで、国家が滅亡するものではない。李朝の滅亡は、日帝による政治的陰謀ニダ!
③また、「経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。」
「英国だって、日本だって乗り越えたんだもの」、朝鮮にも経済危機を乗り越える民族的な力が残っていたはずニダ!
との視点(脈略)から、韓国国史学界の反論も期待できる。
という意味でしょう。

つまり、「遁走」で有名な国史学界の李泰鎮ソウル大教授に代表される「内在的発展論」「近代化萌芽論」、つまり、日本に併合される前の李朝末期にも、自力で近代化(内在的発展)をする国力があり、その芽を日帝が摘み取ったという立場からは、数字に表れない朝鮮民族の力をもってすれば、近代化できたはずだ。その兆候はあった。
しかも近代化できなかったのは、日帝など外国が邪魔したセイで、朝鮮が反省すべき点はない。
したがって、朝鮮王朝を滅亡に追い込んだ日帝が悪いニダ!
という反論も成立するという記者の考えなのでしょう。

しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。
なぜなら、「近代化萌芽論」は日韓併合前の数量的根拠のない仮定の話ですから。
また、「近代化萌芽論」を認め、朝鮮に万に一つ近代化の萌芽があったと仮定しても、世界史的に考えれば欧米列強の植民地主義から免れるためには、20世紀初頭までに近代化できなかった時点で、すでにアウトだったのであります。
素直に考えれば、朝鮮が開国して何十年も経ていながら全く近代化していないこと自体、李朝の統治能力や民族的団結のカケラもなかった証拠です。

>このような脈略

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/06 09:54 投稿番号: [3258 / 7270]
>>このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。

>???   「このような脈略」、どういう脈略なんだろう・・・

>もしかして「ストーリー展開」を期待しているって意味?(少し疑ってます)

これはですね、私は以下のように考えます。本文を逐一解釈しながら、私のツッコミは【   】でのべます。

>しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。

統計分析によらずとも、多くの民乱が19世紀に起こったことで、朝鮮経済が限界に達していたということはすでに立証されている。
【イ教授の分析には目新しさがないという主張か、分析の価値を落とす狙いなのか?】

>また、経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。英国も、産業化の初期に農村経済の崩壊と賃金の下落を経験したし、日本経済も開港を前後して農業生産力の減少と物価の暴騰に直面した。
このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。

経済危機があるからといって、社会の活力が衰えていることを意味するものではない。イギリスや日本も産業が発達する直前には経済危機を経験したではないか。
【つまり、朝鮮社会の停滞・衰退について、朝鮮内部の経済的な要因に原因を求めるのではなく、外圧や開国による列強の「収奪」に原因を求める論陣を期待しているのでしょう。
また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】

おめでとうございます

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2006/01/06 09:25 投稿番号: [3257 / 7270]
イ・ヨンフン教授のインタビューなどじっくり拝読しました。イ教授のような知的思考に基づく落ち着いた雰囲気が韓国に広まる事を望みたい。

しかし、まだまだ先は長いようです。都度事実を突きつけ感情的反日思考に対応せざるを得ないでしょう。
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