◆コリア関連書籍◆
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
極めて利己的で邪悪なウジ虫国
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/05/20 19:10 投稿番号: [3201 / 3669]
超賎奴のお前らがやったことへの反省は?
これは メッセージ 3200 (ukkine88 さん)への返信です.
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極めて利己的で邪悪な倭が国
投稿者: ukkine88 投稿日時: 2007/05/20 18:53 投稿番号: [3200 / 3669]
「拉致、拉致した北朝鮮を糾弾するにだ。いや、
朝鮮人は皆一緒だから南も糾弾するにだ!」
そうか?他国を糾弾するほどならお前ら倭は
過去も現在も正しくやって来たとのことか?
例えば南京大虐殺、強制慰安婦、石井部隊の
丸太問題、海南島虐殺、ベトナムでの虐殺には
真相究明や謝罪、弁償ないし賠償に関心と誠意を
みせたことがあるのか?
「それはそれは・・・この問題と性格が違うにだ。
とりあえずはやってない。というよりやってないと
否認しつつあれば、そのうち被害者らが一人、
二人死んでいって最終的には証人は全員消える
わけなので、それを狙っている。頭ええでしょう、
我々倭って?」
それは頭がええんじゃなく、お前ら倭がケーセッキ
だとのええ証拠というのだ。二度と拉致云々と
吠えるとあの臭いサル口にうんこをいっぱい
入れてやるから。
これは メッセージ 3197 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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Re: 騎馬民族は来た!? 来ない?!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/05/16 22:17 投稿番号: [3199 / 3669]
>「カレーライス」の話
その部分で、ワタシの江上氏に対する疑いは、確信的なものになりました。
それ以前に、総連の機関紙朝鮮新報のウェブ版(氏の発言と記者の記述が自分の中で混同されていましたが)を読んだ時から、「おや?」とは思っていましたが…。
>「騎馬民族というのは、好奇心が旺盛で、文化的なことが好きなんだ。働くのが嫌いでね、そこが僕と合うんだ」。
↑「カレーライス」発言と、ほとんど同じノリだと、改めて思いました。
「じゃあ、なぜ騎馬民族の子孫である日本人は欧米から働きバチと呼ばれたんですか?」と質問したら、きっと「騎馬民族は移住した地に順応するんだよ!」と答えていたかも。
ttp://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2002/11/1120/52.htm
これは メッセージ 3198 (toapanlang さん)への返信です.
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騎馬民族は来た!? 来ない?!
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/16 00:48 投稿番号: [3198 / 3669]
江上波夫・佐原真
「騎馬民族征服説」で有名な江上波夫に、新進気鋭の若手(当時)である佐原が挑んだ対談集。
ぱっと見は、饒舌な江上氏が優勢に立っていなし続けているように見えるが、「カレーライス」の話は抱腹絶倒もの。私が紹介するのももったいないので、ぜひ読んでください(宣伝宣伝♪)
江上氏の持ち出す定義って、あやふやな流動的なものが多いんですよねぇ。だから、佐原氏の追及に対しても変幻自在、適当な言説で逃げられるんですなぁ。そのへん、佐原氏の攻め方も甘いというか…ま、あれだけ饒舌な人間を相手にするだけでも大変なんでしょうけど。
それに、江上氏はモンゴルなどに赴いて実地調査をしているものの、見たいものしか見てないし…
今は江上・佐原両氏とも鬼籍に入られました。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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Re: 私たちの幸せな時間
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/05/11 21:35 投稿番号: [3197 / 3669]
それ、翻訳が蓮池さんだという事を、全く言及していませんね。
意識して蓮池さんの名前を出したくないのかな。
↓ノムタソがこれだからかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・
盧大統領「北の日本人拉致」 議長声明採択をけん制
フィリピンのセブで15日に開催された第2次東アジア首脳会議で、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領らが北朝鮮による日本人拉致問題を議長声明に含むことに強く反発したと読売新聞が複数の関係者の言葉を引用して19日、報道した。
盧大統領は首脳会議で「韓半島の歴史は長く南北関係は重要だ」と明らかにするなど議長声明で拉致問題が言及されることを間接的に牽制したと関係者たちは伝えた。
12日に開かれた首脳会議出席国家外相による夕食会でも宋旻淳(ソン・ミンスン)外交通商部長官が「拉致された日本人は10人余りにすぎない。韓国には数百人がいるが、何も言わない」と日本の態度に疑問を表示したと新聞は伝えた。
結局、拉致問題は議長声明を取りまとめるアロヨフィリピン大統領の判断によって「安全保障と人道上の憂慮」という表現で落ち着いたと新聞は付け加えた。
2007.01.19 10:06:30
(中央日報)
これは メッセージ 3196 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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私たちの幸せな時間
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/05/11 21:26 投稿番号: [3196 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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あげ ついで
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/05/07 01:29 投稿番号: [3195 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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再)日本雑誌 モダン日本と朝鮮1939
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/05/03 03:13 投稿番号: [3194 / 3669]
これは メッセージ 3190 (red_mangou さん)への返信です.
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朝鮮の歴史と文化
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/05/02 02:29 投稿番号: [3193 / 3669]
姜在彦 著。
「意識構造上から見た韓国人」にも載っていますが、
妓生の詩なんかも紹介されていて、
「ほんとのキーセンって、教養があったんだなぁ」
というのが、分かります。
アゲついでに。(重複もありますが)
これは メッセージ 3192 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 韓vs日 偽史ワールド
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/04/29 17:02 投稿番号: [3192 / 3669]
>真実を知りたい!
というのは無理な話でしょうか?
えーっと、何についての「真実」でしょうか?具体的にお話しいただければよろしいのですが…
アゲついでに♪
これは メッセージ 3191 (kaja911 さん)への返信です.
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Re: 韓vs日 偽史ワールド
投稿者: kaja911 投稿日時: 2007/04/26 23:43 投稿番号: [3191 / 3669]
真実を知りたい!
というのは無理な話でしょうか?
アゲついでに
これは メッセージ 3188 (toapanlang さん)への返信です.
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日本雑誌 モダン日本と朝鮮1939
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/04/22 23:29 投稿番号: [3190 / 3669]
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/04/13/2007041300798.html
日本語版をどこかで見たのですが、無くなった(?)ので原文を。
文芸春秋社(やっぱ社長は菊池寛?)が出した雑誌の「朝鮮特集号」。
妓生に関する記述がものすごく多いとのことですが、翻訳者のユン・ソヨン
教授は「記事を詳細に見ると、(妓生は)当時の先端を行く専門芸能人だったと、
知識人たちは見ていた」ことが分かる…みたいなことも書かれています。
妓生とは「専門芸能人」というか、歌舞音曲はもとより、詩歌や書にも優れて
初めて「妓生となる」ことを現代の韓国人は知らないのでしょうか?
わざわざ
そんなインタビューの内容を載せるなんて。
日本人だったら、芸者と枕芸者の違いは分かっていますけどねぇ。
私ぁ芸事好きなんで、記事もその部分だけ紹介しました。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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韓日間の秘史
投稿者: ukkine88 投稿日時: 2007/04/21 09:48 投稿番号: [3189 / 3669]
俺様がこの韓国掲示板に書いてきたのが
そのまま両国間の秘史だが。w
写楽がだった10ヶ月だけ絵を画いては
幽霊のように消えたのは、実は
朝鮮の偉大な当代の王様、正祖の密命を受け、
倭の軍事施設を情探しに倭の潜入した
金弘道が、本然の任務を遂行しながら生計の
ために自分の画風を基に倭の風俗画を
製作し、市場で売って生活をしたという。
10ヶ月で消えたのは勿論、任務を終えて
朝鮮に帰ったからだし。
これは メッセージ 3188 (toapanlang さん)への返信です.
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韓vs日 偽史ワールド
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/04/16 11:57 投稿番号: [3188 / 3669]
水野俊平
小学館
「韓国人の日本偽史」の続編のような内容。今回は、豊臣軍の武将を道連れにして投身自殺したとされるキーセン論介の伝承や、「ジュリアおたあ」「写楽=金弘道」「ボシタ=朝鮮滅ぼした」伝承など、日韓双方に伝わる伝承の発生・発展や村おこし・観光などにそれらを利用する人々についてふれている。
ネット世界ではおなじみの「大百済帝国」や「百済書紀」にもふれてますよ。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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Re: ◆コリア関連書籍◆
投稿者: ukkine88 投稿日時: 2007/04/13 13:31 投稿番号: [3187 / 3669]
犬鍋さんは行方不明か?
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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東史綱目
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/04/10 18:46 投稿番号: [3186 / 3669]
安鼎福著
朝鮮群書大系
続々第15輯に収録
朝鮮古書刊行会
大正四年刊行
本来は李朝後期の儒学者である安鼎福が、数多くの史書をあたり、朝鮮の歴史を考証してまとめた書物。
檀君神話についても興味深い分析と扱いをしていることで、日本のごく一部の檀君ファンの間では有名な書物。(笑)
国会図書館に行かれたさいはぜひお読みください。漢文ですけど。
1巻の12ページ、4巻の291ページ「附巻
上
考異」、335ページ「附巻
中
怪説弁証」がお薦め♪
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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ブルースー30話-エジプト人の歩き方-II
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/04/06 14:15 投稿番号: [3185 / 3669]
(前回から引続き)
最初のエジプト人の歩きの話へ戻り、手型をコブラみたいにしているのはやはりコブラを表現するためだと推測する。その理由はパラオの石像をみると額の正中からコブラが頭を引っ張り出し攻撃するような姿勢をとっているのをみて、当時、身分の高い者たちが護身用でコブラを体に巻いて通ったのではないかという連想をさせる。手型でコブラを作り、振るのも外出時に敵から自身を保護したがる本能からそういう姿勢をとらせたのではなかろうか。
天下のあらゆる男らを美貌で曲げて掴んだクレオパトラがアントニウスと同盟を結んでオックタビアヌスとの最後の決戦のアクティウム海戦で死闘を開いたが結局負けてしますと、常に愛玩用で所持していた毒蛇の入っていた壺に手を入れて自ら噛まれて死ぬ場面が浮かぶのに、そういう事実から判断するには当時、蛇を護身用で育てるのが日常的だったじゃなかろうかと推測もできるのではないか。
東西洋を問わずに最高権力者の周りにはいつも多数の女たちがうようよしたのに昼夜にその女たちと情事をしながら政事もみなければならないので最も近いところにおき、護身用または愛玩用に育てては、たまにはBBQやスープに料理し食っては陽気を摂取し、気力を回復、し国を治めたというと想像にすぎないだろうか。今日のように精力剤や高麗人参を手安く求められない時代に陽気回復に蛇ほど良い食材料も他になかろう。(終)
これは メッセージ 3053 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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Re: 「日韓大討論」 西尾幹二・金完燮
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/04/03 17:42 投稿番号: [3184 / 3669]
あいつは売国奴だが、その百済の領土の話は
正しいにだ。
当時の三国は其々中国の東海岸を包むように
占領し植民地を形勢していて、百済房、新羅房などの
地名が残ってるほどだ。せまーい島を本拠地に
しているどっかの海賊らとはスケールが
全然違うぞ。www
これは メッセージ 3183 (nash_8242002 さん)への返信です.
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「日韓大討論」 西尾幹二・金完燮
投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2007/04/01 00:59 投稿番号: [3183 / 3669]
これは メッセージ 3181 (nash_8242002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/3183.html
朝鮮民族と国家の源流
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/03/30 06:30 投稿番号: [3182 / 3669]
在日本朝鮮歴史考古学協会
編訳
雄山閣出版
1995年発刊
1993、4年に平壌近郊で行なわれた発掘調査とその研究成果をまとめたもの。
ようは、檀君って実在したんだよ。遺骨も出土したし、考古学の点からも裏づけられたもんねー。って本です。(笑)
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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朱蒙 とは中国風の名前ですね
投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2007/03/24 23:21 投稿番号: [3181 / 3669]
高句麗の建国者ですか。
それが中国人ということになりかねない。
まあ、どっち道、高句麗は漢民族の土地ではない。
この事は、ハッキリしている。
これは メッセージ 3180 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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Re: 稲葉君山
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 16:12 投稿番号: [3179 / 3669]
>>文中に「アイス」という言葉が出てきます。意味がわかる方、
>「金色夜叉」(尾崎紅葉)のなかで高利貸・高利を「アイス」とルビを振っています。『高利→氷→アイス』だそうです。
なるほど高利からアイスですか、納得しました。ご教授感謝します。
toaさんもありがとうございました。
これは メッセージ 3177 (hjnioui さん)への返信です.
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Re: 稲葉君山
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/03/16 16:02 投稿番号: [3178 / 3669]
>>文中に「アイス」という言葉が出てきます。意味がわかる方、
>「金色夜叉」(尾崎紅葉)のなかで高利貸・高利を「アイス」とルビを振っています。『高利→氷→アイス』だそうです。
先を越されましたか。(苦笑)
おっしゃるとおり、高利貸し(こうりがし)→こおりがし→氷菓子、で「アイス」です。
これは メッセージ 3177 (hjnioui さん)への返信です.
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Re: 稲葉君山
投稿者: hjnioui 投稿日時: 2007/03/16 15:27 投稿番号: [3177 / 3669]
>文中に「アイス」という言葉が出てきます。意味がわかる方、
「金色夜叉」(尾崎紅葉)のなかで高利貸・高利を「アイス」とルビを振っています。『高利→氷→アイス』だそうです。
経済についての文脈のなかで語られているところをみると、「金貸」で意味が通るようです。そうなら、現在のカード破産者の多さも昔と酷似と言うことです。
これは メッセージ 3170 (monju_jz さん)への返信です.
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朝鮮文化の将来 六(完)
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 11:24 投稿番号: [3176 / 3669]
(六)
そこには、宗孫と称して、一門中の宗家がある、家廟もある、他姓のものは、殆ど雑居せない。しかし、日本内地に見る如き村落共同の祭りを受ける村社とか郷社とかいったものは見あたらない。もしあるとしたら、それは、特定したある一姓の祀廟であるのであるから、あたかも、日本の中古時代に繁昌した氏神や氏寺のごとき性質を示している。姓氏を異にした人々が、共同に奉祀しようとするものは、寺院以外には見あたらぬ。支那の古典に、『神は非類を喜ばず』ということがあるが、非類は異姓をいうのである。同一血族が共同して祖先を祀るというのが、本旨であり、他姓はこれに加わることは出来ない。朝鮮の社会が、如何にして、こうした旧態を支持しているかは、別に研究を要することではあるが、かかる世相が、今日の政治文化の上に効益あるものとは、聊かも思われない。朝鮮人でも、識者は、『これら家族主義の支持は、いつまでたっても、民族の統一を促成するの障碍である』と気付いている。
家族主義に密接なる儒教について一言しようと思う。日本も半島もかつて儒教を以て道徳の基礎としたから、儒教提唱は、一般人民に受けがよかろうと解釈するのが普通であるが、これらは、半島の儒教と内地のそれとに、著大の差別あることに気づかぬという嫌いがある。日本の儒教には、礼が伴っていない。家族倫理は、ただ理論のみであるから、生活の様式には格別影響せないが、半島では、朱子の『文公家礼』によりて組織づけられたのが儒教である。『文公家礼』の作者については、支那の本国で既に議論があり、四庫全書にも収められていない。それだのに半島にては、冠婚葬祭即ち四礼の様式は、一つでも『家礼』の形式に背馳することはならぬとしている。支那本国にて輓近孔子教に反対する学徒の多いことは、ここには影響せないとはいわれぬけれども、今の朝鮮青年で、儒教解放を叫ばぬものはない。
今一つとの差異とは、儒教は五六百年の久しき、両班の護符であり、それ以外の階級には、適用されていないのである。両班たちの考えでは、孔子教は、仕大夫の礼で、士分以外には及ぼすべきものでないとする、ゆえに三年の喪のごとき長期の忌服は、ひとり両班のみ採用すべく、一般人民はそれにあずかるを得ないことになっていた。かかる歴史のもとに発達して来た儒教をもって、なお溌溂たる生命ありと思惟するならば、それは錯誤である。日本は、儒学を、復興するの意図があるそうだが、儒教は着古した衣類であるではないか、ほり出さなければならぬ運命のもとにある、古着をひろい上げて、再びわれ等にかぶせようとするなど、迷惑至極であると、一朝鮮の学者は述べている。半島に居住してから、僅に一年有余にしかならない、それに職業の性質上、古書堆裡に没頭しているから、外界のことは日々に疎遠になりがちだけれども、ささやかなる書意をすかしても時々さしこんでくる光りがないではない。今はただそれらの一二をかいつまんだまでである。(完)
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これは メッセージ 3175 (monju_jz さん)への返信です.
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朝鮮文化の将来 五
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 11:19 投稿番号: [3175 / 3669]
(五)
朝鮮人ばかりではない、他の外人でも、そうした真相を認めずにある。ただただ日本国民の領土慾から発生した戦いである、併合の野心は既にその際から現れていると一概に断定するのであるが、しかし、かかる誤解を致した近因をしらべて見るに、日本人側において、負うべき責任が多大である。近代の日本の国民教育方針が、国家主義にのみ偏し、尚武の精神に資せんがため、役にも立たぬ自負心やら自尊心やらを助長したというきらいがある。それがためには、史実を曲解しても、何とも思わない、御用学者の罪は最大である。なかんずく、国史家の責任は、見のがすべからざるものだ、例えば秀吉の文禄役についていえば、秀吉はけだし一世の英雄であり、朝鮮は申すに及ばず、支那本部までをも席捲せんとした、つまり日本国民を代表したものは秀吉であるのだ、秀吉の未完の事業を達成するということは、われ等の責任であるといった工合に説明し、小学児童の唱歌にまで、八道蹂躪を高調せしめたものである。日清戦争の真相が全く直解されなくなったということは、これでは無理とは思われない。
文禄の役の結果した半島の生活については、何れ戦争が前後六七年もつづいたことであるから、悲しむべき事件が発生せなかったとはいわれない。が、しかし文禄の役の起った以前の半島は富裕であり、以後は貧弱になったということは史実では無い。半島には、この戦争の起る十数年前まで生長らえていた政治家で学者であった李栗谷という人がある、この人の宣祖王に進めた意見書を読むに、嘉靖より草暦にわたりて、半島の地方は疲憊の極に達していたことがわかるのであるから、戦役前まで富んでいたとは思われない、ただこの戦争の結果が貧弱の上塗りをしたとはいえるであろう。文禄の役の動機について論述する遑は無いが、秀吉の征服慾からであるという工合に即断することは、危険である。
支那に対しても同様であると思う。秀吉という人は、政治家であったから、宣伝は巧妙であった、従って彼れの遺文で見ると、大明打ち入りということは信ぜられるけれども、秀吉の真意は、足利時代の日支貿易を再開すべく、威嚇的文字を使用したままである。徳川家光の鎖国令以後の学者の頭脳では、秀吉時代の対支思想はわかろうはずはない。英雄なるものは、往往突飛的な気分を出すものではあるが、おおくは時代の産物である朱子が、宋の太祖の批評した言葉に、後人は太祖は前代のまつりごとをすみからすみまであらためたように思うけれども、間違いである。太祖はよくよくの弊をのみあらためた、英雄の手段はこうしたものだと述べているが、これらは参考すべき人物論であると思う。秀吉の主人は、信長であり、信長の主人筋は足利氏であるから、何といっても、あらそわれない伝統的気分がある。明からもらった冠服でも封冊でも、いささかも秀吉は破棄せなかったではないか。画像を見ても、得意げに明冠をいただいているのがある。すべてこうした方面から、彼れの真面目は却てうかがわれなければならぬ。当時の京城政府の彼れに対しての見解のよう、専ら征服慾の権化であるかにみてるのは禁物である。
日本人の皮相な解釈で、識者の笑われものになってる事件は、指摘すれば何ほどもあるが、中にも家族主義に関してである。朝鮮現代の道徳は、家族主義によりて支持されているということを耳にする日本の学者たちは、自国の家族主義に比べて見て、両民族の融和の一致点は、そこに見出さなければならぬと悦んでいるものもあるが、これほど見当違いのものはなかろう。同じく家族主義ではあるけれども、朝鮮のと内地のとは、雲泥の差が生じている。朝鮮のは大体より見て、氏族制度を脱出しかけた位の程度のもので、大家族主義の面影が見出される。半島の田舎への旅行者は、容易に知らるることと思うが、金とか趙とかいう一姓の大家族の聚落は、随所に発見される。
これは メッセージ 3174 (monju_jz さん)への返信です.
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朝鮮文化の将来 四
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 11:15 投稿番号: [3174 / 3669]
(四)
日本は、半島の鮮人が部落時代を脱出せない際、早くも統一国家を組織していて、その派遣官は、南鮮にも出張していた。日本は、支那のコロニーなる楽浪帯方から文化を受入れた事実はあるといえるが、それすら軽微なものであり、多くは大陸への直接交通によりてなされてある。かつて、ある大官に対して、こうした見解を述べた際、大官は、それは初耳だと不思議がっていられたこともある。またかつて、『日本の朝鮮文化に感謝すべきことといったら、近代に於いてであるといわねばならぬ、それは退渓李氏の学風が直に我が崎門派に影響したことであるけれども、今人は、それ等に感謝を払おうとはせず、却てせないでもよい古代人に感謝しようとしているではないか、日本人が崎門派の著書を検別し、退渓李氏の学風の、内地においては、いかように発展したかを紹介したならば、鮮人の理解、亦いかばかりか』といったこともある。
併合の行われた際、ロシアの極東局長ツルベッコイ氏は、日韓併合の形式こそおろかなものはない、まるで裁判官と犯人とが、合意のもとに死刑を執行したというふれ出しではないか、その東洋式なることが、看取されるといったことがある。吾人は、今更それ等の批評をとって、答問したくはないが、周囲の事情によんどころなくせられたとはいえ、姑息の譏は、遂に免れないであろう。朝鮮人の歴史的誤解も詮索すれば、畢竟そこから出発するわけである。併合の前提として、第一に指摘せられるのは、日本の併合の野心は、日清戦争の当時において既に決定していたというのである。日本人すらも、この解釈に肯定を与えんとするかたむきがあるから困る。
日清戦争当時における日本の実力に対する国民の自信の、いかようであったかは、少しく注意すればただちに了解されるので、政府にも民間にも、絶対的勝利は愚か半島より清兵を撃退することすら勝算は持たないのであった。つまりあの戦役は、勝算なしに始めたから、成歓牙山で大勝したという報が□舞いこんでも安心は出来ず平壌大捷の報を手にするまでは、官民ともにおっかなおっかなですごした。戦の初めに、堂々たる軍人が家族を日光に避難せしめたことがある。日光なら、敵弾はとどかぬからとの見込みであったらしい。こんな笑話は、何程でもある。
戦争前三年ほどに、清国の水師提督丁汝昌は、堅鋭無比の名を博していた北洋艦隊をひきいて、横浜まで遊弋し、示威をやったことがある。彼れは、帰路長崎に寄港して一夕の宴を張ったものだ。ホンタという芸妓が姿色あったので彼れはお気に召したらしい、彼の女の肩をたたきながら、『こちらに来てから、何にも負けはしないが、お前にはまいった』といったとのことである。丁提督の眼中に日本のなかったことがわかる。既に戦いが開けてから、海洋島で両国の艦隊が衝突した、樺山将軍が、西京丸という仮装艦に乗り込み死に物ぐるいに敵艦隊を突き切ったという話しは、この際のことであるが、勝利はわが艦隊に帰したということを知ったのは、大分後のことで、実は意外に感じたほどであったのである。
海軍の方は、陸軍に比して、一層敵に怖れを抱いたという事実がある。海陸の大捷がつづいてから今までとは反対に、官民とも有頂天になり、北京城頂に旭日旗を立てなければ戦いは休めぬというような誇大妄想に駆られたが、それは患者が熱にうかされたようなもので、思慮ある階級では一日も速に局面を収めたいものと機を窺っていた、例の陸奥伯手記を見ると、その辺の消息は明かであるが、当時日本には、条約改正という開国以来の懸案が、今やワシントンの上院に附議せられていた間際であるから、事を隣邦に構うることを不利とした事情がある、朝鮮併合などとは、以ての外の妄想である。支那が半島より手を引いてくれれば十分であるとした、それに井上伯などが京城政府の改善を企ててみたが、紊乱するばかりで、一向寸効も挙がらない。この戦役の効果を述べるのが主題でないから省略するが、今日の鮮人の想像のごとき、併合の野心が、日清戦争の際からだというのは、全く事実では無い。寧ろ日本の国力に対する買い被りの嫌いがある。
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朝鮮文化の将来 三
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 11:09 投稿番号: [3173 / 3669]
(三)
たとえば、総督政治の初期に移植した街路樹のごときがそれである。ポプラとかアカシヤとかいった樹木の繁茂は、他の植物に比して迅かであるから、期年ならず、旅行者の目をよろこばずには足るが、さればといって、これら樹木の移植によりては、何程の道路の保護にもならず、まして土質変改の用に資すというわけにゆかないから、年一年に残折してしまっている。口さがないものは、あれが総督政治の象徴だなどというものもある。前にも述べて置いたごとく、琉球併合のごときは、明治四年の廃藩置県で、片がついたわけであった、それが、西南戦役後、早くも国籍問題すらひき起こしている。十六七年に米国前大統領グランド氏が来遊した際、政府は、氏を日光にさそい、その地で故伊藤公に問題の解決をいいふくめたものである。
何でも琉球群島を折半し南部を支那に北部を日本に帰するという妥協案であったかと思う。グランド氏は、後北京で醇親王かに説きつけたが、時が時であったから、北京では相手にもせず、ぐずぐずにすんでしまった。しかしすまないのは琉球人で日清役の際、北京に特使して日本との関係から離脱せんとした。日本は、さだめて、負けを取るであろうと予測したからであるが、それが、やっとのこと日露戦役でけりがついたのである。沖縄の始末ですら、そうした長い時日を要したことを思えば、朝鮮問題の経過は何でもないが、しかし、ここには沖縄とは違った事情がある。
おもなるものは、朝鮮人の、われ等日本文化に対しての不理解である。今日のところ、日鮮融和上の障碍といえば、−これより著大なるものはあるまい。朝鮮の智識階級の日本に対しての感想を率直にいえば、日本は、力においてこそ、われ等に勝ってはいるが、文化においては、見るべきものはない、力が強い、金があるから、姑くまけているばかりである。昔支那民族は、匈奴や女真の蛮人に頸を下げさせられたことはあるが匈奴や女真が文化に長じたというのではなく、兵力が強かったというだけである。ゆえにその頸を下げたのは、心服したというわけではない、一時の機宜の処置で覊糜の計ともいうべきである。日本関係とて同様である。われ等が所有しつつあるが如き文化は、日本には望まれない、よい加減にほうって置くがよいといった気分は、おおくの人々の頭脳に徂徠している。かかる解釈は、一見馬鹿らしく思わるるけれども、その馬鹿らしい気分が朝鮮の伝統的であるから、日本人も甘受せなければならぬ事情がある。
しかと記憶はせないが、数年前に南鮮のある儒生から、万東廟の修繕を総督府に申請して来たことがあった。万東廟は、老論の祖宗尤庵が支那への奉効の為として創建した明の天子の祀廟である。儒生のいうのには、日本の万東廟に責があることは朝鮮と区別はない、足利氏の時、日本も支那の封冊を受たではないかというのである。あの請願を受けとった人々は、あまりに時代錯誤であるとしたけれども、日本の今日あるのは、支那文化の賜であり、西洋のそれでは無い、日本が、今、強国になったからとて、文化の祖先に辜負してはすまないというのが、一般朝鮮人の解釈であり、そうした点においては、憚りながら半島が先達である、日本が支那の弟子なら、半島は兄弟子であるとする。前の沖縄解決の際、松田道之という人が、那覇にのりこんで、琉球が日本に併合されなければならぬことを説いた際、琉球人もこうした解釈を主張した。中山の文化は、支那に負うところがあるからとの理由で、支那への藩属関係を支持せんとした。松田はそれを拒んで、その筆法なら、日本は今西洋の学説を学んでいるから、西洋の属国であるといえるかとへこましたことがあるが、朝鮮人の今日に徴すると、松田道之氏の説明ではへこみそうにもない。こうした点は、総督政治には、深く諒解してもらいたいと毎々思っている。
吾人をしていわしむれば、こうした朝鮮人の誤解を助長した責めは、なかばは日本人の社会それ自らであると思えるので、仔細にわたらずとも、何程も指摘することを得るのである。古代の朝鮮文化の日本に影響した始末を認めて、それに感謝を捧げることは、われ等また人後には落ちないつもりであるが、しかし、普通日本社会に理解されたり、宣伝者などにいい触らされたような解釈は、事実に反するばかりではなく、いたずらに朝鮮人の誤った自負心を助長することになる。どういうことかといえば、日本の文化は、昔朝鮮よりおくれていたから、事ごとに半島に師承したという歴史がある、つまり、日本文化の啓蒙は、鮮人によりてなされたというのが多であるが、これ等は、鮮人と半島にあっ□支那のコロニーとを区別しない浅はかな見解であるといってよい。
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朝鮮文化の将来 二
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 11:04 投稿番号: [3172 / 3669]
(二)
既に、清貧を名誉としたのであるから、ひたすら物慾に打ち克とうとのみつとめた傾向がある。両班はそうした階級の名称である。今日では、だいぶ両班の名称は濫用されて来て、有銭者が両班であるかに思うけれども、もともと、両班は、清貧なることが看板である。朴址源という半島近代の学者があったが、両班伝なる一戯文を書きのこしている。その筋書によるに一人の両班があって、負債に耐えきれず、一人の富者を求めてそれに両班の株を估却した。県の知事は、二人者の間に立ち、株の授受に関しての券文を立てたのである。買方の富者は、かくて、両班になりはしたが、その清苦にして而も利得の薄いことに気づいてから、後といわず即座に券文を破棄して、もとの平民に立ち戻ったというのが、それである。戯文とはいえ、両班の生活をさらけ出すには余りある上、券文が、名高い文選に出ている王褒の僮約に似ているというので、すっかり文壇を騒がせたものだ。両班とて金銭を、離れて存在し得るものではない。
祖先以来の田宅を估却して金銭にかえることは、普通に行わるる手段であるが、しかし、その場合両班のとる手段は振るっている。もともと、金銭はけがれたものという立て前の両班であるから、売買はもとより、現金の授受を好まない、そこで一個の方法が案出せられた。方法とは、まず自分の家奴に一札を下付する、『外ではない、某所の土地や奴婢の売却については、なんじに一任するから、左様心得置くべし』という指令である。家奴は、右の一札をば買方に提示し、官衙でもおなじくそれを認めて憑拠とし、売買は、とどこおりないことになる。しかし、ここで吾人に考えられることは、家奴は、果して上典(主人)の指令に忠実であるであろうが、家奴を通じての売買のことである。家奴ほど主人に反感をいだいていたものはない。掌隷院という中央奴婢局の記録が、文録役に最初に焼きすてられたというのも、信ずべき事実であるまいか。日本の奈良朝あたりに、今述べたようの土地売買形式があったものか、どうかはわからないが、ともかくも、こうした慣習は、さなきだに経済思想にという両班をば、益々迂闊ならしめた。
こうした習慣に満足していた社会に、近代化した日本の社会人が放漫に進出したわけである。およそ健全なる経済戦は双方各の把持する地位の相等しいということに与り、もし他の一方にして、劣勢なる場合そこに悲しむべき事件の起ることは請合である。白人の昔アフリカの蛮人や南洋土人に対して仕むけた態度はまだしも、明治初年における吾等の受けた侮辱の歴史は、古老の茶話にも新である。しかし、それ等は、専ら外人をとがめがたく、省みて警めなければならぬ性質のものである。つまり経済思想においての劣敗者の受くべき自然の径路はどの方面から観ても不快ならざるものはない。朝鮮に進展した新日本の社会的底面が、アイスで築き上げられたということは名誉とはいえぬけれどももし鮮人が、これをもって自責の資となすの明があったら、今少しく現代の経済思想が発達しそうにも思われ、従ってこうした不快事は軽減さるべき筈である。現に鴨緑江ただ一条を隔てたばかりの満洲に、そのことの絶えて聞こえないというのは、支那の社会の経済思想は、堅実にしてアイスの手に乗ずべき間隙が無いからである。反対に悪性の支那人に偽証文などをつかませられて、困りぬいている邦人は、決して少くはない。
総督政治が、そうした社会的底面の上に打ち建てられていることは、何程の苦痛であるかわからない。さればといって、かかる社会上の歴史的疾患ともいうべき性質のものは、頓服薬などでなおし得べきものではないから、根気よくおもむろに時の解決を待つべきものと吾人は思っているが、日本人に通有なる功をいそぐというくせは、何かというと、現れてくる。
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朝鮮文化の将来 一
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 10:39 投稿番号: [3171 / 3669]
(一)
朝鮮問題は、過般の大震災に出会して、一部の人々は悲観論をしているが、これは容易に与することは出来ない。といって、朝鮮の現状が、吾れ等の希望にそうものとは、思わない。もともと、半島は、南洋や、アフリカの植民地と同一の性質のもとに置かれる筈のものではない、千幾百年かの文化と歴史とを有し、その文化のあるものは、曾ては、吾人の文化に影響したという事実がある。日本人は、とかくに功をいそぐという癖があってならない。今少しくせかず、いそがず、自然の命ずるままに問題の推移を見たらばと思う。琉球問題ですら、数十年の日子を費して、はじめて解決を告げたではないか。
朝鮮問題について、忘れてはならぬことは、併合以前に於いて、日本の社会の、半島に及ぼした実際的経過である。満洲に生活した人々は、朝鮮を訪問して、容易に気づかるることと思うが、朝鮮の日本人の社会はせまくるしくて堪らない。その人々は、とかくにこせこせしている。土地柄であるとのみは申されないと思う満洲には南満鉄道という王国があり、その官庁と称するものは、遥か旅順の片田舎に引きこんでいるからでもあろうが、のんびりした気分は、どこかに溢れている。満洲の社会の、安定的でないということも、自由な空気を助けているのであろうが、しかし、それは全体的では無い。満洲に於ける日本人社会の発展を考えて見ると、日本内地の社会の延長ではあるけれども、日露戦争後、東京の政治経済力が、ただちに大連及びその地方にはたらきかけたのが、今日出来上っている社会の底面である。戦争当時もしくは、その以前より居住した日本人で、新社会に交渉を有するものといったら、幾何もなく、ありとしたら、浪人ぐらいのところであった。
戦争当時、花大人たちの客分であった人々が、時おり酒を被って気をはく、ほどの無邪気さを演ずるに過ぎないから、単調な植民地には、そうした人々の気分は、まんざらではなかったともいえる。朝鮮は、これに反している。併合の批判は、別に述べることとするが、それまでの径路を見るには、重に内地の延長そのものに外ならなかった。大体より見て、長崎、山口等、西南諸県の延長と見れば、大差がない。ただ満洲における日露戦役に相当するものは、半島では日清役であるから、その日本人の地位に影響したことは、著大であるけれども、内地の経済も政治も未だ積極的なるを得ない時代のことであったから、東京という文化の力が、ただちに半島に移植されずにすんだ、移植されたのは、前に述べた西南沿海地方の社会の、自然のままの延長に外ならなかったのである。この点は満鮮両地の日本人社会の底面に差異を生じた原因の重なるものと考えるが、さらに両地の主人側の素質からいえば、軽視されざる事実がある。
日清戦争を終えて数年後のことである。故小村濤太郎侯に従って京城より帰京した吾等の一友人は『京城は、アイスの手中に落ちた』といったことがあるが、その報道は、吾等をして、今にも尚ある強い鋭角的な響音を耳底に感知させずにはやまぬ。アイス跋扈が、内地社会の放慢なる延長に原因することは争われないけれども、しかし、翻って這般不快事の由来を顧みるに、鮮人側の責に負うべきものが多半であるのである。曲解であると思わるるかも知れないが読者にして、満洲にそうした不快事の頻発せないということに気づけば、この事件の真相は容易に諒解される筈であると思う。
低級な経済思想といえば、半島の鮮人ほどはなはだしいものはまれである。それには、種々の原因がある、幾百年かの悪政も、これに結果していよう。生活の程度を高めるということは、寧ろ罪悪であるとした哲学の所有者は、半島の民族である。支那にても、こうした宣伝は、道教や儒者などの口から、かなり発せられているが、それは貧富の懸隔が、あまりにはなはだしく、人々の慾望が、際限なく発展しやすい社会状態であったからである。支那の名君といった人々で、産業の均等主義を宣言しないものはない。唐末五代の周の世宗は、元微之の均田図を見て感服した、朱子は、そのことをほめて、世宗は治世に意があったといっている。長髪賊の首領洪秀全でも、初めは、均田主義で起った西漢末の王莽も、均田主義を標榜したが、その失敗は、おなじく主義に禍せられたので、あの場合は、王莽でなくとも、貧富問題には手を焼いたにきまっている。支那歴代のこうした政治的断面を述べることは目的ではないが、要するに、支那の均田主義は、支那それ自らの対症でなければならない。朝鮮の学者は、それを刻意模倣したわけである。多少の必要はあったが、行りすぎる程に模倣した。清貧哲学の発生したということは実は無理はない。
これは メッセージ 3170 (monju_jz さん)への返信です.
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稲葉君山
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/03/16 10:32 投稿番号: [3170 / 3669]
朝鮮文化史研究
/」 稲葉君山 \26,250 1925
日韓歴史共同委員会における永島広紀のレポート「日本における近現代日韓関係史研究」によれば、
稲葉岩吉(君山)は内藤湖南の高弟にして京城帝国大学史学科教授、後に満州建国大学教授を歴任、また1925年6月発足の「朝鮮史編修会」の修史官も務めた方のようです。
上に紹介した本は古本にして高額。手に入れにくいと思われるので、代わりに大正13年大阪毎日新聞に連載された同氏の論文を紹介します。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00473960&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00473960大阪毎日新聞 1924.2.24-1924.2.29(大正13)
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朝鮮文化の将来
(一〜六)
稲葉君山
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驚くべきことに今の量産型韓国人と同じことを当時の朝鮮人が言っていたことが分かります。
これは初めて知ったことですが、元アメリカ大統領グランド氏が日本に来た時、伊藤博文に琉球を清と分割領有する案を出していたそうです。また琉球人のなかに清に帰属する動きもあったようです。
以下論文の中味を6回にわたってコピペします。
文中に「アイス」という言葉が出てきます。意味がわかる方、教えていただければ幸いです。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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Re: ◆コリア関連書籍◆
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/12 10:42 投稿番号: [3169 / 3669]
揚げないと退出してやるから。
18.
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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Re: ◆コリア関連書籍◆
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/08 14:30 投稿番号: [3168 / 3669]
上げ、18.
これは メッセージ 3167 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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Re: ◆コリア関連書籍◆
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/03 10:41 投稿番号: [3167 / 3669]
age
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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訂正にだ
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/01 13:46 投稿番号: [3166 / 3669]
十ーーー>銃
ほかに又、誤字があるかなぁ。
他人の手落ちに喜んで
鬼ように飛び掛る海賊ら。w
これは メッセージ 3165 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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(特集)朴大統領とKILLING FIELD-III
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/01 12:55 投稿番号: [3165 / 3669]
釜馬事態どき、釜山で大学生たちのデモ鎮圧に動員された空輸部隊の軍人らを目の前で目撃したことがある。軍トラクを包んで1メートル間隔の横隊に並んでは帯剣をつけたM16(半自動小銃)を取り執銃した状態で前方30センチに目の焦点を合わしているのに誰一人も目一回も瞬かないでその焦点を維持するのだ。上官がこいつらにデモ群衆に撃つ様にいえば躊躇しないで引き金を引く形状だった。釜馬事態の激烈さは筆者が目撃したので誰よりもよく知っているが、日さえ落ちると毎晩、市街地は文字とおり戦場へ変った。当時、警護室長の車智哲という奴は口癖のように朴に主張したのが「2百万名を殺して政権を取ったカンボジアのポルポット政権をみてください。何もなく安楽に暮らしているんじゃないですか?釜馬事態ですか?市民・学生合わせて50万名くらい殺しても全然平気です。ご命令を下してください、閣下」だった。
歴史に仮定はないと言うが朴が死ななかったらどんな風に解決されただろうか朴が放送に出演して談話を発表し国民が望むなら下野するといい辞退しただろうか?18年間執権中に起ったあらゆる非違に対し法律の寛容で赦免をうけて実家のある亀尾で静かに余生を過していただろうか?何より軍人がクデターヲ起したのはどこの国によっても銃殺刑に該当する大逆罪なのにその罪を赦免されると思い帰郷できたはずか?結論は「朴は退きたくてもそれができない状況だった」とのことだ。そしたら答えは明瞭になる。朴は車智哲の忠言のとおり釜山、馬山に戒厳令を宣布し戦車で、帯剣で、M16で、機関銃で市民・学生らを掃除したはずだ。いわば韓国版KILLING FIELDになるのは自明な理だった。カンボジアに引き続き、killing field で悪名を轟かしたはずの韓国だった。それでも誰の口から朴への賛美歌が出るだろうか。
経済開発したのも事実で輸出が増えたのも事実だ。独裁政権が民主政権よりある範囲までは効率的なのも事実だ。討論手順を無視して独裁者一人の指示により全国は一糸乱れずに動く。鼠を掴んで皮を抜いてコートを作り輸出するから鼠を掴んで来いと指示し割り当てをくれて、目標量を満たせないならクビだといえば寝なく、鼻血を流しても鼠を掴むだろう。そうやって輸出して国民所得が少し上がり給料が上がったとしたら、自由を全部返納し奴隷になり少しの経済的余裕を持ったので幸せな暮らしをさせてくれたと感謝をすべきか。
韓国が経済発展したなら国民たちが帯を締めて熱心に働いて30万名の軍人がベトナムで死にながら送ってくれた血ついたドラで経済発展したのだ。軍事クデターが氾濫する開発独裁が茂る中南米の令をみても独裁国家が窮極的に経済的に成功した国はない。市長経済を軍隊式に無理往生に適切に動くわけがないことだ。一時的な可視効果をみせるため、既存のざいばつに特恵をやり輸出を伸ばし、それを政府のおかげだと宣伝するのはいいけど、そういう特恵のためにざいばつなど金持ちだけ豊かになり貧乏じゃもっと貧しくなる富益富、貧益貧現状が加速されたのも朴時代の産物だ。財閥は特恵に恩返しに莫大な政治資金を献納して特権を享受する政権と財閥の共生関係、すなわち政経癒着の伝統が確立されたのもその時代であり、これが韓国のこしつ病の総体的不正腐敗で固まった。
朴に学ぶただ一つの教訓があるなら、二度と韓国にクデターが発生してはいけないし政治軍人が生まれてはいけないとのことだ。。アジア人のメンタリティは西洋人とはたいぶ違う。上官の指示が不当でもなんでも上官が撃てといえば撃つ。もし豪州兵士に上官が民間人を撃てといえばどうだろう。おそらくBullshit!
と十を投げては家に帰るんじゃなかろうか。朴への郷愁はもう彼の墓に再び埋めてやろう。(尾)
これは メッセージ 3164 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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(特集)朴大統領とKILLING FIELD-II
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/01 12:54 投稿番号: [3164 / 3669]
朴が日本の満州軍官学校に志願したとき、日本が戦争に負けるとは思わなかったし、永遠にアジアの盟主になるのを疑ってなかったので一緒になり一身の栄達を図ったわけである。天皇に忠誠を誓い天皇から勲章をもらうのを最大の人生目標にした朴。そういう日本が敗亡したらば失望も大きかったはずだ。そんな彼が南労党員になったのは案外の変身だと思うかも知れないが厳密にいえば思想の転換じゃなく、デグ暴動で警察に射殺された左翼運動家の兄の勧誘が原因だとみるほうが正確だろう。機会が与えられ権力を取り立身揚名できるなら左翼でも反共でも、親米であれ親日であれ朴には理念や思想はどうでも良かったのだ。
朴の在任期間中、経済開発はクデターと独裁を正当化させる手段で使われた。経済開発5ヵ年計画は本来4.19以降、合法的に受権した民主党が立案し実践を目の前にしていたのだ。朴は執権後、その計画書の著者名を民主党から自分の名前へ置換えたのだ。今日、6−70歳おじいさんから3−40歳まで会食で酒を飲むときには、それでも朴時代がよかったと朴賛歌を合唱する。それは朴が徹底的に洗脳教育をさせた結果じゃなかろうか。経済開発で成功した大統領というトレード・マークが朴の全ての不法、違法行為と不正腐敗を隠蔽し正当化させる唯一な手段だったからだ。筆者も当時、韓国で中、高校に通ったとき、3選改憲に維新に釜馬事態(釜山と馬山で起きた反独裁民衆蜂起事件)などの激動期を通ったけど、嫌悪感を持つほど放送、新聞などメヂアは朴の口になり朴への賛美と政治宣伝に日が立ち、日が暮れる日々だった。
政権が危機に逢着するたび突発する間諜団事件。間諜は朴政権が危機のときたび捕まってくれるようであまりにも絶妙に事件が起きた。あとで明らかになったのは大体無実な人たちを取って来ては水拷問にBBQチッキンや七星板に揚げて嘘で白状してもらっては危機のたびに一つづつ爆発させたそうだ。三国志を全部暗記していた朴。軍隊でも情報通で育った彼がそれくらいの術数を駆使したのはおそらく当たり前のことかもしれない。何より彼が容赦されないことは無実な若者たちを逮捕して拷問で「国家転覆目的」の団体を造作し、当時権力の女中だった司法府を動かし死刑宣告をおろしては24時間以内に死刑を執行したのだ。いわば「人民革命党」事件だが10月維新宣布を前にして国民たちに恐怖感を与えて、見せしめに凝らした典型的な間諜造作事件だった。民主主義の原則という牽制と均衡の主体の三軸の行政、立法、司法の3権を手の内に握って絶対権力を行事した朴。それも統一を渇望する国民たちの念願を担保にして維新憲法を発表し国民たちが返納した自由は南北対話が切られても返してくれずに永遠に差圧しようとした者。
これは メッセージ 3163 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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(特集)朴大統領とKILLING FIELD-I
投稿者: xsizepistol88 投稿日時: 2007/03/01 12:53 投稿番号: [3163 / 3669]
時代がおかしい訳か朴大統領を崇拝する奇怪な団体が出来たり記念館を建立しようと発狂をする者たちらがいて経済が難しいからと朴の圧制時節を懐かしがるとんでもないことが起きている。年月が流れると歴史となり月色に染まると神話となると聴いたけど韓国の軍事クデターの元祖ながら民主化を渇望する国民たちの熱望を戦車で轢いたのにかえって救国の英雄で描写され、春の端境期問題を解決した経済開発の始祖で仰がれる朴。果たして彼がそういう賛辞を受ける資格があるのか、ここで暫く点検してみたいと思う。まず朴のクデターは救国の決断だったのかの質問に肯定的に答えるには軍事反乱を起した当時、私心がなかったのかを調べてみたらわかるだろう。
朴は戦後、韓国で南朝鮮労働党(略称:南労党)の軍内組織策として頭の非常に良い天才らを包摂し、それが特務隊(軍内諜報機関、現在の機務司)に発覚され拷問と懐柔をうけた末に自分が包摂した人事らの名前を全部吐いた。自分が生き残るために自分が包摂したものたちを死の場へ追い込んだのだ。当時、韓国社会は極度の理念論争に包まれ政界は勿論、社会各分野、甚だしくは中、高校でも左・右に分かれ頭が爆発するほど戦った。創設初期の海軍士官学校で特に第2期生らの中で左翼思想を持ったものが多いと乗り夕で右翼性向の強い3期性たちが先輩たちを襲撃してバットで叩き殺した事件もあった。そういうわけで海軍士官学校は2期卒業者がほとんどいない。朴は自分の包摂した人たちの名前をはいった代価で生き残り、包摂された人たちは連行され銃殺された。
その事件で軍隊から追い出された朴は朝鮮戦争のお陰で軍に復帰するが南労党という過去行跡のために要視察対象だった。朴が軍生活中、比較的に清廉したのが皆が注視している状況で変なことをしたらばすぐ軍服を脱がなければならないと知っているからだとみられる。4.19学生革命後、張都英が弱冠35歳に陸軍参謀総長になったばすぐ過去行跡に問題があるか自由党時、不正を働いた軍内人事らを除隊させるため粛正作業を断行し、朴がこの除隊予定者リストに載っているのを心服部下が秘密裡に教えてtくれた。朴としてはそのままおいたら軍から追い出される運命になったので自爆の心情でクデターを起したのだ。この部分は朴の養子の全斗換が10.26事態(朴の暗殺事件)以降、当時の陸参総長により閑職の東海岸警備司令部へ左遷されるようになると12.12クデターを起したのととても似ている。歴史は繰り返すのだ。
CIAソウル支局で朴の反乱動きを事前に探知し当時、米国の大統領のケネディーに報告したところ、ケネディーは朴の過去行跡を調べさせては快哉を叫んだ。日本による植民地経験のある韓国人の立場でみれば、自発的に日本軍に志願し、反共国家の韓国で南労党経歴のある者ならそういう弱点を利用してキャロットと鞭で懐柔することでコントロルしやすく、それが米国の国益を図るのにもっと便利だとの結論を下したのだ。そういうわけで朴が反乱を起したとき、当時の張勉総理がカルメル修女院に隠れ込んでアメリカ大使館に3日間電話うぃ数十回かけて鎮圧を要請したが、前もって本国から鎮圧養成を無視するように訓令をもらっていた大使は受話器を下に置いといたし、結局、朴がクデターに成功したのだ。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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れRe: れ: 歴史民俗朝鮮漫談
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/02/28 02:33 投稿番号: [3162 / 3669]
>単なるゴシップっぽい話から民俗学的なヒントがある話まで、けっこう収録されているように思いました。
買い、ですね、私には。
「IKSAL」には、「皮肉」「自虐」その他、いろんな要素が混じってるようです。まぁ
気が遠くなるほど(なってるか)永〜〜く「被支配民族」でしたから、その中で
生まれた「笑い」が「IKSAL」だとか(語学学校の発表で、これについて簡単な
話しをしました。途中から、誰もついて来れなくなりました…涙)。いまも興味
の対象なんですね、「IKSAL」は。
これは メッセージ 3161 (toaniuniu05 さん)への返信です.
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Re: れ: 歴史民俗朝鮮漫談
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2007/02/28 01:53 投稿番号: [3161 / 3669]
>ふむふむ。史料としては、「役立たず」っぽいですが、朝鮮人の笑いの根本(?/ ヨーロッパのウィットやユーモア、日本の洒落にあたる)「IKSAL」について知るには、かなり役立つと思われますね。
他の史料ともつきあわせて記述の信憑性を担保すればいいだけの話なんですけどね。
単なるゴシップっぽい話から民俗学的なヒントがある話まで、けっこう収録されているように思いました。
これは メッセージ 3160 (red_mangou さん)への返信です.
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