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Re: バスク捕鯨

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/24 09:40 投稿番号: [37448 / 62227]
D.マサチューセッツ沿岸(つづき)
Period _Long Island___US whalers N. Atl____20th C, NE Atlantic
期間__ロングアイランド_US捕鯨北大西洋____20世紀北東大西洋__計
ソース_(SC/35/RW24)_(Appendix 12) (SC/35/RW23)_(SC/35/RWS)_Total
1820-4___20_______0____________−_____20
1825-9____2_______0____________−_____2
1830-4____6_______0____________−_____6
1835-9____6_______0____________−_____6
1840-4____1_______0____________−_____1
1845-9___20_______0_____________−____20
1850-4___25_______0_____________−____25
1955-9____5______24_____________−____29
1860-4____7______45____[65]______−____52
1865-9____7_______8_____________−____15
1870-4____4_______4_____[3]______−____8
1875-9____8_______39_____________−____47
1880-4____2_______19___[38ー43]____−____21
1885-9___18_______30_____________−____48
1890-4____3_______0_____[28]_____−____3
1895-9____2_______6______________−____8
1900-4____0_______0_____[6]______7____7
1905-9____4_______0___________82−83__86−87
1910-4____1_______−___________38?40__39−41
1915-9____2_______−_____________1_____3
1920-4____1_______−_____________5_____6
1925-9____−_______−_____________1_____1
Total____144______175__[140−145]_134−137_433−456

Re: バスク捕鯨

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/24 09:38 投稿番号: [37447 / 62227]
(つづき)

3.スピッツベルゲンおよびアイスランド周辺(SC/35/RW13)
この数値はフランス捕鯨者の航海最低数とセミクジラ最低捕獲数
を示す。
9回の航海の平均最低「セミクジラ」数は4頭であった。
スピッツベルゲンおよび氷海での主要捕獲種はホッキョククジラ
あるいはr Grand Bay whalesだった。しかし船を満杯にできな
かった時には、彼らはアイスランド周辺で Sardes(セミクジラ)
を捕った。後にわれわれが60−35漁場と呼ぶところである可能性
が強い。一定程度の捕鯨者がホッキョククジラのみを捕ったので、
1613年から1718年にかけての一航海あたりのセミクジラ推定数
は3頭とする。
この数値に加えて少数のスペイン船と、オランダ、ドイツ、英国
捕鯨者の捕獲数が追加されるが、Dr C. de Jong (個人的コメント)
によるとオランダ人が捕っていたのはほとんどすべてホッキョク
クジラだった。

期間_航海数_捕獲数
1613-18_10_30
1619-28_8_24
1629-38_32_96
1639-48_45_135
1649-58_19_57
1659-68_78_234
1669-78_202_606
1679-88 _143_429
1689-98_68_204
1699-1708_40_120
1709-18_93_279
Total__738_2,214

4.デイヴィス海峡
この数値はフランス捕鯨者による正確な航海数とセミクジラ
捕獲推定数を示す。
1718年以後、フランス捕鯨者によるセミクジラ捕獲数は
はるかに少ないものとなり、おそらく帰路に捕っていた
もので、Appendix   4 (in (SC/35/RW13)が示すとおり、
1737ー1754年の18回の航海での平均セミクジラ捕獲数は
1.2頭である。
従ってこの平均値を1719年から1758年にかけて適用し、
1758年以降はセミクジラの捕獲が無かったものとする。
オランダ、ドイツ、デンマーク、英国の船の捕獲は知られて
いない。
期間__航海数_捕獲数
1719-28_193_231
1729-38_230_276
1739-48_55__66
1749-58_21__25
1759-66_4__0
Total__503_598


B.17世紀から19世紀にかけてのオランダ、デンマーク、ドイツ捕鯨

グリーンランドからスピッツベルゲン海域、後にデイヴィス海峡、
付随的にアイスランド周辺。セミクジラとホッキョククジラを
区別するデータは得られない。捕られたのはほとんどホッキョク
クジラと推定できる。

C.ロングアイランド(ニューヨーク)捕鯨

1650−99年の年間捕獲数は1700ー25年より、
20ー25。捕鯨は続けられたが1759ー1820年については
データが得られない。
年__捕獲数
1656__1
1669_12-13
1687_100
1688_8-9
1699_12-13
1707_111
1708_17
1711_ca 27
1721_40
1732/33_11

D.マサチューセッツ沿岸
記録はわずかであり不正確であるが、沿岸ベースのセミクジラ捕鯨が
マサチューセッツ海岸で始まったのは17世紀初期であり、ピークを
迎えたのは18世紀初期である。
シーズン最高記録は1726年、ナントゥケットでの86頭である。
Allen (1916) は1800年から1850年までの沿岸沿いの記録として
9頭のみを見いだしたが、1850年から1900年にかけては少なく
とも63頭の捕獲があった。存在する記録により、1620年から
1913年までの平均を導くと年間3頭の鯨を捕獲したことになる。
表1に加え、20世紀にはマデイラで1959年に1頭、1967年に
2頭が捕獲された。

バスク捕鯨

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/24 09:31 投稿番号: [37446 / 62227]
>16−17世紀の北大西洋捕鯨をバスク捕鯨と称するんは欺瞞だろ。
>大量捕獲の主役はイギリスとオランダだぜ。

バスク捕鯨の定義は1986年IWC発行のセミクジラ特集号を見ればはっきり
書いてあります。Appendix 7のA−1から4まで。

A−1のバスクとその周辺沿岸捕鯨だけで、年間捕獲数100頭以下でも
セミクジラが減るということをアギラーは説明してたですね。

商業的な拡張意欲の存在、子クジラを先に捕るというやり方、捕鯨を
ハラスメントと感じた鯨が湾岸に寄り付かなくなるという問題等で、
同じバスク人がラブラドルやアイスランド方面に遠征してセミクジラを
捕ったという要因なしでも資源は枯渇するということをアギラーは
書いてます。1980年代ですでに、遠征バスク人が北方で捕ってたのは
セミクジラじゃなくホッキョククジラだったという疑いが濃厚だった
ですからね。
=====
REP. INT. WHAL. COMMN (SPECIAL ISSUE 10、1986年刊)   27頁
1983年6月17ー23日ワークショップ報告
Appendix 7
HISTORICAL CATCHES OF RIGHT WHALES BY AREA
セミクジラ、エリア別歴史的捕獲数
以下の捕獲数は記録された捕獲数と鯨油および得られた髭板
の利用推定の統合であり、情報源に依存する。
たとえばほとんどの「U.S. Whalers」捕獲数は鯨油産出量から
の推定であるのに対し(see Appendix 12 および特にその使用に
関する注記)。フランスの捕獲数はその実際に得られた捕獲の
記録である。この情報の利用者は、一覧表にあるソースにより、
推定の詳細について検討されたい。

T. Du Pasquierによって作成された表の要約

[11世紀以来の北大西洋セミクジラ捕獲]
A   バスク捕鯨 /Basque Fishery
1.ビスケー湾/ Bay of Biscay   (ソース:SC/25/RW1)
フランスバスク地方   1059-1688年、ピークは1251-1300年
スペインバスク地方   1150-1893年、ピークは 1451-1600年
サンタンデール   1190-1720年、ピークは1601-1650年
アストゥリア   1232-1722年、ピークは1601-1650年
ガリシア   1371-1720、ピークは1601-1640年

想定される捕獲数(Possible catch):年間数十、100以下
(20世紀になって捕獲されたのは4頭のみ)

2.   ニューファウンドランドとラブラドル
1530年頃から1610−20年頃まで、更に少数の捕獲で1713年まで。
スペイン人捕鯨者の推定捕獲数:一航海あたり10ー12、あるいは
1シーズン300?500頭。ラブラドル半島Red Bayのバスク捕鯨
ステーションで発見された17個体の骨という少数サンプルで、
約50%がホッキョククジラ、他の50%がセミクジラであることが
示された()。<#これはその後の研究の拡大でほとんどがホッキョク
クジラという結論が出てます。cf.エンサイクロペディア2009年版968頁>
1530年から1610年までの総捕獲数推定値は25,000ー40,000頭
である(このうち不詳だが著しいパーセンテージがホッキョククジラで
ありうる)。

Re: 帆船捕鯨の解体法

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/24 09:07 投稿番号: [37445 / 62227]
>当たり前だよ、帆船式捕鯨のキャッチャーボートはみんなオープンボートだよ。

オッさんが貼付けてくれたSC/A06/HW53というpdfファイルの8頁、色付き
世界地図見るとたとえ帆船のログブックに載ってても、岸から直接オープンボート
でいけるとこだけでザトウクジラ捕ってるってことがわかるよ。

そもそもヒゲクジラ類の鯨油はマッコウクジラのマッコウ油より市場価格が
低いし、ザトウの髭板は短くて品質が悪いからセミクジラやホッキョククジラ
みたいに商品化できない。したがって元々マッコウクジラ漁を目的として
太平洋に入ってきた捕鯨船はまともにザトウクジラを捕ろうとしない。

日本からいちばん近いザトウクジラ捕獲地は地図見るとグアム島だね。
ハワイと並んで有数の北太平洋捕鯨船寄港地だ。ここでは欧米人船長が
現地人に捕鯨を教えて捕鯨船の船員にしてるね。そんな中で現地人との
物々交換のためにザトウクジラを捕ったのでしょう。

=============
History of Guam
By Lawrence J. Cunningham, Janice J. Beaty
Chapter 10
Whalers on Guam
1815年にスペインガレオン船は太平洋航海を停止した(#メキシコ革命)
しかし年々西部太平洋を訪れる捕鯨船の数が増した。
捕鯨者たちは赤道の北側に豊かな漁場を見つけた。
これが意味したのは、捕鯨船が半年「線の下(赤道以南)」でマッコウクジラ
を捕鯨し、他の半年を日本及び小笠原諸島の北方漁場で捕鯨したという
ことである。彼らはマリアナ諸島でいくらかザトウクジラを捕鯨した。
この両シーズンの間には多くの捕鯨船がグアムに停泊した。
食糧と水を積む間、船員に休息を与えたのである。彼らは島に新しい
ビジネスをもたらした。補給に金を使った。彼らは沢山のサツマイモ(kamuti)
を買った。サツマイモは劣化が遅かった。1820年から1860年にかけて
多くの捕鯨船が島を訪れた。毎年30隻、時にはそれより多くの船が
アプラ(Apra)港に入った。

グアムの若者で捕鯨手になった者もいた。若い女性もこれの加わったこと
がある。1840年にジョン・ミリンチャンプ(John Millinchamp)は
二人のチャモロ(Chamorro)女性を船に乗せた。彼は小笠原諸島へ
向かい、そこに定住した。彼らの子孫が現在でも父島とグアムに生活
している。
===========
上の訳文で「他の半年を日本及び小笠原諸島の北方漁場で捕鯨」というのも、
オッサッンの貼ってくれたpdfにあるタウンゼント捕鯨チャートDのシリーズ
別シート、AとB見ると明らかにマッコウクジラ漁っだということがわかる。
彼らの言う「ジャパングラウンド」というのではマッコウしか捕ってない。

1840頃になるともっと北方のセミクジラへ関心が高まるけど(コルセットや
スカートの骨用の髭板の需要が増加して値段が上がったから)、1848年に
ベーリング海でホッキョククジラの大漁場が発見されるとセミクジラへの
関心は急速に低下する。ホッキョククジラの髭板のほうが長くて商品価値が
高いから。

米国式捕鯨が日本周辺に関心を持ったのはほんのわずかな期間なんだね。
ちなみに米国式捕鯨(ヤンキー捕鯨)と言っても、米国船籍の船だけじゃない。
REP. INT. WHAL. COMMN 41, 1991、468ページによると1845年に
北太平洋捕鯨の要の位置にあったホノルルへ寄港した捕鯨帆船161隻のうち
21%は米国外の船籍だったそうだ。フランス19、ブレーメン6 、
ニューブランズウィック 3、デンマーク 2 、ハノーヴァー、
ノルウェー、プロイセン、ハンブルクそれぞれ1隻といった具合だね。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/24 08:59 投稿番号: [37444 / 62227]
古式捕鯨では、技術的問題から非常に近海かつ特定海域でしか漁ができないことは異論の余地が無い。
それは、限定的な回遊路を辿って沿岸を通過する極めて少数の鯨しか捕れない事を意味する。

実際問題、全鯨種を合わせても、年間100頭前後しか捕ることが叶わない技術レベルであり、他国の乱獲がまだ開始されていない状況で、現在のRMPの捕獲枠の考え方から見ても、1桁少ない捕獲で19世紀以降の帆船捕鯨、近代捕鯨において乱獲が可能であったほどの資源量が、すでに危機的状況を迎える・・・・というのは説明が付かない、「ありえない」話だ。現実を無視したホラ話といってもよい。

十分な資源量が存在するのに沿岸特定海域では捕れなくなったのは、ありえない乱獲という確証バイアス的なお説に強引に引っ張ろうと不毛な努力を重ねるのではなく、反捕鯨の好きな「鯨の頭のよさ→回遊ルートの変更」にでも進めてもらった方が、まだしも好印象だが(苦笑)。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/24 08:52 投稿番号: [37443 / 62227]
でそのザトウクジラでさえ

いくら原始的で非効率的な古式捕鯨(網取り捕鯨法)であっても

結局は“乱獲”への道を歩むことになり結果、

現在においては「陸上からは見られない」という

様相を呈するわけなのですねえ。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/24 08:40 投稿番号: [37442 / 62227]
>無視していないですよ。
>それほどいたにもかかわらず、米国式大型帆船捕鯨の時代を待たずして、
>北大西洋ではすでに19世紀はじめには壊滅していたという事実をどう
>説明するのか

十分無視してますよ。
アメリカ式捕鯨が大西洋で始まったのは、1746年から。
帆船の大型化が図られ公海漁業型に拡大が進んだのが、1761年以降。

大西洋の乱獲には小規模な沿岸捕鯨だけでは無く、明らかにアメリカ式捕鯨が関わっています。

大西洋では捕れなくなって来た結果、必然的に太平洋に拡大して・・・からの話を我々は進めてきたわけですが。

貴方は、そんな議論も無視して、強引に大西洋に話を持って行く。

さて。

16世紀末にすでに顕在化し19世紀直前までの太平洋が古式捕鯨による乱獲状態であったならば、19世紀以降、アメリカ式捕鯨が太平洋全域で隆盛を極めるのは「ありえない話」です。

しかし、現実には「あった」以上、古式捕鯨に元凶の責任を求めるのは無理です。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/24 08:32 投稿番号: [37441 / 62227]
確かに太地においても

いくら原始的で非効率的な古式捕鯨であっても

“乱獲”ってことになってしまうようです。


“徐々に鯨は減少してきました”


和田忠兵衛頼元の長男、金右衛門頼照は父の捕鯨業を再興させて、元和4年(1618年)に再び尾州知多・小野崎浦より与平次という羽刺(鯨に銛を打つ働きをする人)を雇い入れて、本格的に始めました。この頃より熊野の他の地域でも捕鯨が活発に行うようになり、徐々に鯨は減少してきました。
http://www.cypress.ne.jp/taiji/2.html
和田金右衛門頼照には3人の子がおり、長男は頼興、次男は頼治、三男は頼直といいました。頼興は後に金右衛門を名乗り、弟の頼治は角右衛門、頼直は重郎右衛門(半六)を名乗りました。頼興と頼治・頼直は異母兄弟でしたが仲が良く、暇な時はいつも碁や将棋をしていました。しかし兄の金右衛門頼興は生来病弱だったため、弟の角右衛門頼治は兄が得た捕鯨の家業を補佐しました。ところが、この頃になると、太地浦では兄の金右衛門組とするものの、三組の鯨組(金右衛門頼奥・角右衛門頼治・忠兵衛頼則)となり、また他の地域でも鯨組が多く出来て競合しておりました。そのため、乱獲となり、捕鯨業は衰退しつつありました。
http://www.cypress.ne.jp/taiji/3.html
和田金右衛門頼興は病弱のために、後に弟の角右衛門頼治に家督を譲り、自らは補佐役となりました。
この頃の、寛文2年(1662年)には鯨船は塗り船となり、更に同4年(1664年)には八丁櫓の15人乗りとなって鯨船の高速性が確立され、道具類も発達して、組織も分業化されました。
太地浦周辺20ヶ村を束ねた太田組大庄屋となった角右衛門頼治は、延宝3年(1675年)に太地浦を含む七ヶ浦(太地・森浦・浦神・下里・勝浦・宇久井・三輪崎)の庄屋と、「鯨突き定め」の取り決めを行いました。これは、捕鯨を行う取り決めを行うことで、紛争を無くする目的もありましたが、鯨組が増加した反面、鯨が減少してきたことで競合が激しくなってきたという実態がありました。
http://www.cypress.ne.jp/taiji/4.html
角右衛門頼治は、ある日クモの巣にかかっ たセミの様子を見ていて、一つのアイデアが浮かびました。当時、捕鯨の対象となっていたセミクジラ・マッコウクジラ・カツオクジラ・コクジラが減少していましたが、突き取り捕鯨法では捕獲困難なザトウクジラだけが数多くありました。そこで角右衛門は麻の繊維でできた苧網(おあみ)を使い、鯨を拘束してから銛を打つという網取り捕鯨法を開発しました。延宝5年(1677年)のことでした。
この鯨網は、鯨が網にかかった時、部分部分の網を破れやすくして、網を岩に引っかけたりしても影響されず、鯨の行動を鈍くはするが、網によって鯨が身動きできずに窒息死となるようにはしませんでした。死ねば鯨は沈んでしまい、引き上げることが不可能となるからです。鯨の動きを鈍くしておいてから銛を打ち込み、鯨が弱り瀕死の状態となった時、刺し水主(さしかこ)という人が鯨の鼻にロープを付けて持双船(鯨を曳航する船)につなぎます。   
http://www.cypress.ne.jp/taiji/5.html
網取り捕鯨の技術を確立した角右衛門頼治は、他の捕鯨業者が撤退する中で、一人座頭鯨を捕獲することに成功し、天和3年(1683年)暮れより翌春までにザトウクジラ91頭、セミクジラ2頭、コクジラ3頭を捕獲して一躍「角右衛門組・太地鯨方」を世に知らしめました。この捕獲した鯨の種類を見てもわかるように、セミクジラ・コクジラはわずか数頭、イワシクジラ・マッコクジラの記録が無いのに対し、ザトウクジラは多数捕獲していて、網取り捕鯨が如何に画期的であったかがわかります。ザトウクジラを捕獲の対照としなかった突き取り捕鯨ではそれほど他のクジラが捕獲できなかったことが推測されます。

っていうか

投稿者: kujira111111111111 投稿日時: 2009/08/24 07:34 投稿番号: [37440 / 62227]
>r君と違って真剣にクジラ・イルカの保護に尽力している研究者だよん♪

うすら馬鹿が今までクジラ・イルカの保護に言及したのを見たことないのだが。

公務員試験を落ちた腹いせとGPからのアルバイト代ほしさにエンドレスでやってるとおもってた。(笑)

Re: 北海道大学大学院松石隆准教授さま

投稿者: kujira111111111111 投稿日時: 2009/08/24 07:28 投稿番号: [37439 / 62227]
本人にそうメール入れてみたら?

下手すると名誉毀損だけど。
まあ、正面からぶつかる度胸もないから、こんなところでこそこそとエンドレステープを流しているんだろうけど。

>初耳です。

単に自分の頭の悪さを「初耳」なんて言葉でごまかしなさんな。
そんなことしなくても、ゲイ大先生の頭の悪さは周知の事実ですけど。(笑)

Re: 帆船捕鯨の解体法

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/24 01:29 投稿番号: [37438 / 62227]
>>オープンボートで捕ってたと、文章の説明にも書いてあるし。
>当たり前だよ、帆船式捕鯨のキャッチャーボートはみんなオープンボートだよ。

あのねえ、オッサッン。
自分で貼ったpdfぐらいちゃんと見なさいよ。
http://www.worldwhalinghistory.org/SC.A06.HW53.pdf
この8ページの色付き世界地図、大村秀雄先生も1986年の論文書く時に
参照してる基本資料なんだから。

タウンゼントのチャートDね。上のほうの四角で囲んだカムチャツカ、
アラスカ方面は日本と関係ないホッキョククジラ5114頭の捕獲記録だから
関係ないとして、他の部分、ザトウクジラ2883頭分のプロットだな。

北太平洋で集中的に捕ってるのはマリアナ諸島/グアム島とメキシコの西岸
だけだ。全部日帰り捕鯨できるとこね。他の世界の海域、みんな沿岸だけだよ。

なぜそうなのかだけどね、ザトウクジラが死ぬと沈むからブイを付けて、
浮いてくるかどうか毎日観察して...という遠洋向きじゃないのはもう
説明したからいいとして、もう一つ理由がある。

もともとヒゲクジラ類の油はマッコウクジラの油より値段が安い。
これは特にマッコウ油が温度変化に対する特性変化が少ないという、
機械工業に適した性質を持っているので、欧米先進国ではヒゲクジラ
の鯨油より高い値段がついた。これは江戸時代の日本には関係のない
話だね。

それでヤンキー捕鯨の船長たちはヒゲクジラよりマッコウクジラを
捕りたがった。彼らがジャパングラウンドと呼んでる小笠原諸島から
ミッドウェイ方面へ横へ伸びてる漁場もマッコウ漁場だ。(ヤンキー捕鯨
といってもアメリカ船だけじゃないね。国際捕鯨委員会年報41号, 1991年
468ページ、スカーフ論文によると、当時北太平洋捕鯨の中心になっていた
ハワイで、1845年にホノルル港に停泊した捕鯨船161隻のうち、アメリカ
以外の捕鯨船が21%もある。19隻がフランス、6隻がブレーメン(独)、
3隻がニューブランズウィック、2隻がデンマーク、あとは一隻ずつ
ハノーヴァー、ノルウェー、プロイセン、ハンブルクだ。けっこうドイツ系も
多いな。こういうのも「ヤンキー捕鯨」のカテゴリーに入ってるわけで、
なんでもアメリカ人のせいにするのはほんとーにみっともない。)

で、なんの話してたんだっけ?

そうだ、もともとヤンキー捕鯨も母港は大西洋側だから、パナマ運河ができる
ずっと前の19世紀には南米の南端を廻るか、アフリカ喜望峰を廻って太平洋に
入ってきてた。で、先に南半球で乱獲やるんだね。いいかげん枯渇してくると
北太平洋まで進出する。だいたい1830年頃だ。赤道沿いとフィリピン、
ジャパングラウンドあたりでもっぱらマッコウクジラを捕っていたのだけれど
資源減少が起ってくると、北へ向かってセミクジラを獲り出す。
間違っても寄港地周辺に多いザトウクジラを主目的にしたりはしない。
なぜかって?

ザトウクジラの髭は短いし粗いから市場で値段がつかないの。
日本でも浄瑠璃人形に使うバネとか、奈良時代の装具とか、全部
セミクジラの髭でしょ?

で、マッコウを諦めたヤンキー捕鯨の米仏独英植民地捕鯨船が目指したのは
髭が高く売れるからマッコウ油との価格差をある程度埋められるセミクジラ
なんだね。これが1840年ぐらいの話。

オッさんのPDFファイルにはタウンゼントの地図チャートDはないけど、
これ見ると彼らがどこでセミクジラ捕ってたかよくわかる。
北太平洋でいちばんプロットが多いのがアラスカ湾、次にカムチャツカ
半島両岸から千島列島の両側。狭いけど密度が集中してるのが日本海。
というわけで、太地のセミ流れの周辺では一切捕ってない。
強いて言えば、太地の鯨が北上して千島列島東側からカムチャツカ半島
東岸に行った時捕られたから、太地の鯨が減ったとは言えるよ。

だけどねえ、そういう希薄化した因果関係なら、日本の太平洋岸で毎年
50頭弱を捕っていた(ソーズ:大村1986年論文)というのと、どっちが
影響力強いかというと、もうどっちもどっちだな。

で、沿岸に拘泥しないヤンキー捕鯨たちは、1848年にアリューシャン列島の
北側、ベーリング海でホッキョククジラの豊富な分布が発見されると、
雪崩をうってそっちへいっちゃう。ホッキョククジラのほうがセミクジラより
一匹あたりの油量が多いし、髭板も長くてより高い値段がつくから。

ヤンキー捕鯨が日本の近くに興味を持ったというのはごく短い期間だけなんだよ。
それをねえ、針小棒大にふくらませてウジウジウジウジ恨み言ならべてもねえ

Re: 帆船捕鯨の解体法

投稿者: monnkuii5gou 投稿日時: 2009/08/23 23:24 投稿番号: [37437 / 62227]
>オープンボートで捕ってたと、文章の説明にも書いてあるし。

当たり前だよ、帆船式捕鯨のキャッチャーボートはみんなオープンボートだよ。

まあ、出遅れたんで、いまさら俺が改めて突っ込む必要もねえな。

16−17世紀の北大西洋捕鯨をバスク捕鯨と称するんは欺瞞だろ。
大量捕獲の主役はイギリスとオランダだぜ。

Re: 北海道大学大学院松石隆准教授さま

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2009/08/23 23:00 投稿番号: [37436 / 62227]
>r君と違って真剣にクジラ・イルカの保護に尽力している研究者だよん♪

大いに   ワロタ。

Re: 北海道大学大学院松石隆准教授さま

投稿者: maeenntotyau 投稿日時: 2009/08/23 21:53 投稿番号: [37435 / 62227]
r君と違って真剣にクジラ・イルカの保護に尽力している研究者だよん♪

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Re: 北海道大学大学院松石隆准教授さま

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2009/08/23 20:51 投稿番号: [37434 / 62227]
低脳爺の妄想を掲示板に垂れ流しは迷惑なんじゃが!?    (ー。ー;)

北海道大学大学院松石隆准教授さま

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/23 20:38 投稿番号: [37433 / 62227]
>しかし、欧米の捕鯨船がこのセミクジラを取り尽くした。その結果、日本近海のセミクジラはほぼ絶滅した。
>また、セミクジラの回復が遅れている原因の一つには、セミクジラが食べていた餌をミンククジラのような他の小さいクジラが食べてしまっていること。
http://shokuyuu.seesaa.net/article/126270624.html


2004年のIWC科学委員会ジャーナルに載った査読学術論文「J. CETACEAN RES. MANAGE」では

「米国式帆船捕鯨と日本沿岸捕鯨で相乗的に枯渇させ1960年代旧ソ連違法捕鯨で回復が大幅に遅れている」

となっておりますが?



「ミンククジラによるセミクジラ回復阻害」論?

初耳です。

まるで南極海での「激増ミンククジラによるシロナガスクジラ回復阻害」論を彷彿とさせますね。

Re: Emma Tomの主張

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2009/08/23 19:34 投稿番号: [37432 / 62227]
記事ありがとうございます。
いつも   rのアホや   aの頓珍漢で頭がおかしくなりそうなので
口直しに一寸まじめに見てみましょう。


The modest proposal is that knowledge-hungry Australian scientists would be able to hunt and kill several hundred Japanese whale scientists per year to obtain important information such as how old they are, where they live and how their loins taste when marinated, barbecued and served with a feisty shiraz.

イカレ   TOM   は一寸気取ったつもりで言っているのでしょうが
このような発言が頭の悪いAUの国民感情を煽りTVでも見られたように
日本人におもちゃの銛を打ち込んだり日本大使に「貴方を殺していいですか?」
などという程度の低い行動を誘発したのでしょうね。
オーストラリアという国は自然保護とか鯨保護みたいな高尚めいた(高尚ではない)ことを言う割にはやることが程度が低くて困ります。
国内問題を日本人を悪者にしててて自己のガス抜きみたいなことをするような
人種でその点はウイグル人虐殺の中国とレベルが同じですね。

The big problem with this argument is that there are about 1.5 billion cows in the world compared with fewer than 800,000 minke whales. Japan's pro-whalers, on the other hand, are growing in strength and numbers and will have no trouble sustaining the odd slaying.

牛の数が圧倒的に多く世界に80万頭しかいないミンク鯨をとるのはけしからん
というのだろうが・・そのためにIWCが存在するということを忘れていますね
この人。オーストラリアは反捕鯨強硬派だからIWCを完全保護団体にしようと
勘違いしているらしい。もしくはIWCは鯨をとちゃいかん団体にしようと思っ
ているらしい。IWCの保護団体化は無理でしょうに。数の大小はあれど鯨を食
べている国は多いのにね。

オーストラリアは日本人がいままで鯨を食して生活してきた文化に対して無
知蒙昧だからこのような変な事態を招くのでしょう。

環境問題と「環境保護団体」問題。まとめw

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/23 10:50 投稿番号: [37431 / 62227]
続き♪

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36456

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36457

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36458

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36460

ココ↓から更に核心部分・・・♪

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36461

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36464

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36465

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36468

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36471

さて、「環境問題と『環境保護団体』問題」はここまでで一括りかな。

次は「環境詐欺師のNっち=aplzsiaさんについてw」で纏めてみるか♪

環境問題と「環境保護団体」問題。まとめw

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/23 10:23 投稿番号: [37430 / 62227]
>守る必要の無い「守りたいもの」に多大なカネと時間とエネルギーを注ぎ込
>んで、急を要する「守らなければならないもの」への対応はしない・・・
>それどころかそんな問題がある事を知らしめようともしない・・・↓(以下
>「環境保護団体問題」へのループw)

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36417

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36427

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36431

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36441

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36445

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36447

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36448

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36449

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=36450

ふぅ・・・。

残りは後程♪

Emma Tomの主張

投稿者: legal_guardian01 投稿日時: 2009/08/23 09:54 投稿番号: [37429 / 62227]
Emma Tomはオーストラリアのジャーナリストで、オーストラリアの新聞にコラムを書くほどの人物だそうだ。

http://emmatom.com.au/

Emma Tomが「The Australian」という全国紙に掲載した記事がこれ。

A modest proposal: Let's eat Japanese scientists
http://www.tribalwar.com/forums/archive/t-382164.html

あきれてしまうほど程度が低いな。

Re: イルカ漁、米で物議 ヨコ

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2009/08/23 09:32 投稿番号: [37428 / 62227]
おしさしぶり。

しかし   グリンピースの行動は不可解   そのもの。

笑ちゃいますね。

Re: 海洋保護協会(OPS)

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/23 09:19 投稿番号: [37427 / 62227]
>http://www.25today.com/news/2009/07/post_3658.php

>映画上映に立ち会うため来豪したシホヨス監督は、「オーストラリア国民に>もぜひ見てもらいたい。地球を守る戦いでオーストラリア国民は地球の最果>てで前線に立っているのだ」と語っている。

ハハハッ、アハハハハ・・・・・・

今現在世界最大の環境破壊大国であるオーストラリアが「地球を守る戦い」

だってお・・・(^ω^;;;;

同じ漁法で何十年も持続利用出来てる日本のイルカ資源を「守る」ってナニ?w

守る必要の無い「守りたいもの」に多大なカネと時間とエネルギーを注ぎ込んで、急を要する「守らなければならないもの」への対応はしない・・・
それどころかそんな問題がある事を知らしめようともしない・・・↓(以下「環境保護団体問題」へのループw)

LIVESTOCK'S LONG SHADOW

environmental issues and options

http://www.fao.org/docrep/010/a0701e/a0701e00.htm

このFAO報告書にある、「家畜の温暖化ガス問題」以外の部分はこれだけ
あります↓が、これを丸ごと紹介すれば地球環境への畜産の影響が複合的で如何に重要重大な問題であるかが一度に把握できるのに、そうしない理由って一体何なんでしょうか・・・?  
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
しかし、報告は、家畜、特に牛部門のこのような急速な成長は、気候変動、森林、野生動物にとっての最大の脅威となっており、さらに酸性雨から外来種の導入、砂漠化から海洋におけるデッドゾーンの創出、河川や飲料水の汚染から珊瑚礁破壊など、現在も最も深刻な環境問題の最大の元凶の一つになっていると言う。
  この調査は、牛だけでなく、羊、鶏、豚、山羊が引き起こす環境問題も調査している。しかし、ほとんどすべての環境問題への最大の寄与者は、世界で15億頭を数える牛だという。

家畜は、酸性雨の主な原因であるアンモニアを始めとするその他100以上の汚染ガスも排出し、家畜からのアンモニアの排出すべての排出の3分の2を占める。

  牧畜は世界中で森林破壊の主要な張本人となっており、過放牧は世界のすべての草地と放牧地の5分の1を砂漠に変えた。

  家畜は今や地表全面積の30%を使用している。大部分は永年草地だが、これには飼料生産に使用される世界の耕地の33%も含まれる。新たな放牧地の造成のために森林が刈り払われ、特にラテンアメリカでこれが森林破壊の主要な要因になっている。以前のアマゾンの森林の70%が放牧地に変わった(2006年、ブラジルの牛肉輸出額がオーストラリアを抜き、世界第二の牛肉輸出国になるという報道がある→Brazil Beef Export Value Seen Surpassing Australia,Cattle Network,12.11)。

  同時に、牛は世界規模の土地の劣化も引き起こしている。およそ20%の草地が、過放牧、踏み固め、侵食で劣化したと見られる。この数字は適切な政策と家畜管理を欠く乾燥地域ではさらに高まり、砂漠化の進展の原因ともなっている。

  家畜部門は、ますます希少になる地球の水資源への最大の加害者でもある。フィードロットからの廃棄物や飼料生産に使われる肥料は水を富栄養化させ、あらゆる生き物の命を脅かしたいる。家畜部門は、とりわけ水汚染、富栄養化、珊瑚礁破壊の最大の元凶となっている。主要な汚染物質は動物排泄物、家畜の保護と成長促進のために使われる抗生物質とホルモン、製革所からの化学物質、肥料、飼料作物に散布される農薬だ。広範に広がった過放牧が水循環を撹乱、地表水・地下水に戻る淡水の量を減らしている。その上、飼料生産のために大量の取水が行われている。

  家畜は、南シナ海の主要な燐・窒素汚染源と推定され、海洋生態系の生物多様性損失の原因となっている。

  食肉・乳生産動物は、今やすべての陸棲動物バイオマスの20%を占める。広大な土地での家畜の存在と飼料作物需要は生物多様性の損失の原因ともなっている。調査された24の重要な生態系のサービスのうちの15が退化しており、家畜がその一つの元凶と認められた。

  報告は、劇的な変化がないかぎり、家畜部門による環境損害は、肉需要の増大により、2050年までに倍以上に増大すと結論し、改善のための様々な手段を提案する。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「この報告書を丸ごと紹介しない理由」は畜産に温暖化ガス以外にもこの様に多岐に亘る甚大な環境影響がある、という事実が一般人に広く知れ渡ると

「捕鯨問題なんて環境影響も無いどう

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 09:17 投稿番号: [37426 / 62227]
(つづき)
THE TWENTIETH CENTURY
[20世紀]
20世紀はじめにセミクジラが捕獲されていたのはアウター・
ヘブリディーズ で、スコットランドの捕鯨会社によるものだった。
1977年まで、それ以外に捕獲や目撃の記録は無い(下記参照)。

Deva の海岸で頭蓋骨が見つかったことがあるが、これは
より古い時代のものだろうと考えられている(Gonz?iez Echegaray, 1978)

ジブラルタル海峡にある捕鯨基地の記録には、20世紀
はじめにセミクジラにかんする情報が一切無い。
最近Duguy and Aloncle (1974) が、フランス海洋調査船
の北東大西洋についての目視記録を集めたが、セミクジラ
の目撃は報告されていない。

現在、カンタブリア海にセミクジラの安定した個体群が
いると結論することは非常に難しい。

地元漁師たちは異なった鯨種を混同しがちであり、彼らの
目撃記録は種の同定に関して信頼できない。

より信頼のおける情報を私はスペインの捕鯨会社'Industria
Ballenera S.A.'の管理職から得ることができた。この会社は
ガリシア沿岸でナガスクジラとマッコウクジラを捕鯨して
おり、通常フィニステレ岬からスペイン−ポルトガル国境
にかけて操業している。彼らが捕鯨をはじめた1952年以来、
キャッチャーボート乗員によるセミクジラの目視は皆無である。

通常の漁場で捕獲の少ない月には、キャッチャーボートは
時々他の海域へ探索に出る。特にビスケー湾へ向かうのは、
ここで雄のマッコウクジラが比較的頻繁に見つかるから
である。

そのような機会がちょうど1977年9月にあった。この時、
砲手と乗員(すべてが海上での鯨種同定に長けている)が
黒いセミクジラを目視した(ほぼ 43°N, 10°30'Wの海上)。
これが私の知る限り、20世紀(80年までの)この海域での
E. glacialis(タイセイヨウセミクジラ)目視の唯一の記録である。

ACKNOWLEDGEMENTS[謝   辞]
Thanks are given to the management of the 'Industria
Ballenera, S.A.' for the report of the right whale recently
seen. I also thank Dr Robert Clarke for his useful
comments on the subject.
REFERENCES
Allen, J. A., 1908. The North Atlantic rieht whale and its near allies.
Bull. A.M.N.H. 24 (18): 277-329.
Cabrera, A. 1914. Fauna lb?rica, Mam?ftros. Madrid, 441 pp.
Canga Arg?elles, F. Memoria sobre la pesca de la ballena enl?s costas
de Asturias y sus inmediatas. Manuscript. Bib. Real Academia
Historia, Madrid.
Clarke, R. 1953. Sperm whaling from open boats in the Azores. Norsk
Hvalfangsttid. 42 (7): 373-85.
Ciriquiain, M. 1979. Los Vascos en la Pesca de la Ballena. Ed. Vascas
Argitaletxea, San Sebasti?n, 354 pp.
Duguy, R. and Aloncle, H. 1974. Note pr?liminaire a l'?tude des
c?tac?s du Nord-est Atlantique. 62?me r?union statuaire C.I.E.M.,
1o pp.
Fern?ndez Duro, C. 7881. Dissuisiciones N?uticas.5 vols. Madrid.
Gonz?lez Echegaray, R. 197?. Balleneros Ctintabros. Instituci?n
Cultural de Cantabria, Santander, 290 pp.
Graells, M. P. 1889. Las ballenas en las coitas oce?nicas. Mem. Real
Acad. Cien. Exact. Fis. Nat., Madrid, 13 (3): 115 pp.
Harmer, S. F. 1927. Report on cetacea stranded on th? British coasts
from 1913 to 1926. Brit. Mus. (Nat. His.) London, 9l pp.
Markham, C. R. 1881. On the whale fishery of the Basque provrnces
of Spain. Proc. zool. Soc. London, 63:969-76.
R?os Rial, C. 1890. La ballena euskara (Balaena euskartensis). San
Sebasti?n, 101 pp.
S??ez Reguart, A. 1791. Diccionario Hist?rico de los Artes de la pesca
Nacional. Madrid. 5 vols
Soraluce, N. 1878. Memoria Acerca de Or?gen y Curso de las pescas
y Pesquer?as de Ballenas y Bacalaos as? que Sobre e! Descubrimiento
de los Bancos e Isla de Terranova. Vitoria, 52 pp.
Ter?n, M. 1949. La Balaena biscayensis y los balleneros espaioles del
mar Cant?brico. Est. Geog.(CSIC) 37: 639-68.

捕鯨問題、緑豆逃走

投稿者: legal_guardian01 投稿日時: 2009/08/23 09:17 投稿番号: [37425 / 62227]
「資料提供を含め、一切この番組に協力することは断らせていただく」

これが、グリーンピースジャパンの「卑怯千万(哲ちゃん)」な行為の証明ですね(笑)

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 09:13 投稿番号: [37424 / 62227]
(つづき   AGUILAR: THE BLACK RIGHT WHALE IN THE CANTABRIAN SEA)
=Table I=
Catch statistics of Lequeitio, according to Ciriquiain (1979), Graells
(1889) and Markham (1881).
ビスケー湾(カンタブリア海)レキティオ村捕鯨統計
_年__捕獲数
1517__2
1522__2 and 1 young
1531__2 and 1 young
1536__6
1538__6
1542__4
1543__2 and 1 young
1545__3 and 1 young
1546__1
1550__2
1570__1
1576__2
1578__2
1580__3 and 1 young
1608__1
1609__3 and 1 young
1611__2 young
1613__2
1617__1
1618__1
1619__1
1622__1 and 1 young
1649__2
1650__2
1657__2 and 2 young
1661__1
1662__2 young

=Table 2=
Catch statistics of Guetaria, according to Ciriquiain (1979).
ビスケー湾(カンタブリア海)ゲタリア村捕鯨統計
Year Catch
1699
1703__1 and 1 young
1728__1 young
1730__1
1731__1
1732__1 young
1734__1 young
1742__1 young
1743__2
1744__1
1761__1
1773__2 and 1 young
1789__1

THE DECLINE
[減   少]
18世紀はじめに、ガリシアとアストゥリアでの捕鯨は事実上
終止したが (Canga Arg?elles,; Gonz?lez Echegaray, 1978)、
バスク地方でさえ、かろうじて生き延びたという状態だった。

再興しようという試みは失敗におわり(Sanez Reguart, 1791)、
バスクの捕鯨者たちは南アメリカに手を伸ばさざるをえなくなった。
19世紀のカンタブリア海セミクジラ捕獲は、わずかに4頭
を数えるにすぎない。
1805年、Fuenterrab?a (Soraluce, 1878);
1854年、San Sebasti?n (Rios Rial, 1890);
1878年、Guetaria-Zarauz (Rios Rial, 1890);
1893年、San Sebasti?n (Cabrera, 1914).

1870年にGraellsはビスケー湾沿いの町村で漁師たちの組織
から聞き取り調査をおこない、セミクジラは多くはないが
繰り返し目撃はされているという回答を得た。

ガリシアでの似たような調査では、この地方ではセミクジラは
知られていないという結果だった。

その結果、日本近海のセミクジラはほぼ絶滅

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/23 09:12 投稿番号: [37423 / 62227]
北海道大学大学院水産科学研究院 准教授 松石   隆
しかし、欧米の捕鯨船がこのセミクジラを取り尽くした。その結果、日本近海のセミクジラはほぼ絶滅した。
http://shokuyuu.seesaa.net/article/126270624.html

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: legal_guardian01 投稿日時: 2009/08/23 09:10 投稿番号: [37422 / 62227]
>というわけで、大規模遠洋捕鯨(19世紀ヤンキー捕鯨、17世紀バスク人北大西洋捕鯨)ばかりでなく、プリミティブな小規模沿岸捕鯨でも、商業性が強ければセミクジラのような捕りやすい鯨は十分にディプリート(枯渇、低減、商業的絶滅)するという話に戻りたいと思います。



>組織化された商業捕鯨は、875年ごろにはじまったとの記録があるが、12世紀までにビスケー湾の捕鯨は、スペインのバスク地方の主要な産業のひとつになっていた。バスク人は、はじめは沿岸へ回遊するセミクジラを捕獲していたが、乱獲によって捕獲量が減少すると、しだいに漁場は沖合へと広がり、1550年以降は北アメリカのニューファンドランド島(→ ニューファンドランド・ラブラドル州)沿岸やスピッツベルゲン島(→ スバールバル諸島)周辺にまで進出していった。

>17世紀になると、バスク人のこうした活動に刺激されたイギリスやオランダ、デンマークなどが多くのバスク人をつかって本格的な捕鯨を開始し、アイルランドやグリーンランドなどの北極圏を操業海域として、セミクジラやホッキョククジラなどを捕獲した。鯨肉は食料として、鯨油はランプ用の油に、また、ひげは婦人のコルセットやペティコート(→ 下着)などにつかわれた。

http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_761572529/content.html

16世紀にはアメリカ沿岸まで範囲が及んでいる捕鯨が、「16−17世紀バスク人沿岸捕鯨」というにはあまりに無理がある。方法が原始的でも、その規模は江戸時代の日本の沿岸捕鯨とは全然違うな。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 09:10 投稿番号: [37421 / 62227]
(IWC年報1981年版所載、アギラー論文つづき)
[北方への遠征]
14世紀の後半にはバスク人捕鯨者たちは鯨類を求めて北へ
移動し始める。これはスペイン漁業が拡大する一般的傾向と
一致している。彼らは英仏海峡やアイルランドに進出し、Teran (1949)
によると15世紀にはアイスランド周辺に頻繁に出現し、
ニューファウンドランドに永久基地を設置した (1497) 。

セミクジラが特に、15世紀と16世紀の北大西洋全域で集中的に
捕鯨された鯨だった。

バスク捕鯨者たちは毎年イングランド、アイスランド、グリーン
ランド、ニューファウンドランドへ遠征した。
他の国々もこの利益の多い産業に関心を示すようになった。

セミクジラの遺物がフィンマーク(#ノルウェー最北部)と
アイスランドの古い捕鯨サイトで見つかっているが、これら
かなり北の海域ではホッキョククジラが獲られていたという
のがもっともらしい(Allen, 1908)。

しかしカンタブリア海でも、フランスバスクからガリシアに
かけての多くの沿岸村落から盛んに捕鯨が行われており、
これは少なくとも17世紀までは続く。

ゴンザレス・エチェガライ(1978)は各捕鯨基地からの実効捕鯨
範囲は約10マイル(#陸上マイルか海里かわからないので、半径
17Km程度としておきましょう)、カンタベリア沿岸(=スペイン北岸)
は全体としてセミクジラ漁に貢献していたということになる。

この海域での捕鯨操業はおそらく非常に危険なものだったのだろう。
1555年に書かれた記述によると、捕鯨者のストラテジーはまず
子クジラに銛を撃ち、母クジラが子クジラを助けにきたところで
これに銛を撃つというものだった。

このことは小クジラを負傷させた船員がより多く利益の分け前を
得るという事実で裏書きされている。


CATCH STATISTICS FOR THE CANTABRIAN SEA
1500 -1800
[カンタブリア海の捕鯨統計1500−1800]
残されている記録が非常に少なく、不完全なので捕殺された
クジラの数を推定するのは不可能である。

にもかかわらず、過剰捕獲が行われており、系群/資源が
17世紀に減り始めているということは明らかである。

16、17世紀と18世紀のレキティオとゲタリアでの捕獲数
を第1表と第2表で示しているが、これは低めの数値
だろう。フェルナンデス・ドゥーロ (1881)は、16世紀には
毎年4頭から10頭のクジラが捕獲されていたが、これは
17世紀、18世紀には達成できなかった数値だと報告している。

付け加えておくと、16世紀に地域捕鯨産業を保護する新法
が制定されている。減少傾向の別の印である。

1521年と1530年に外国捕鯨者がスペイン沿岸で捕鯨する
ことを禁止している。17世紀はじめには、バスクの銛撃ち
が非スペインの船に乗船することを禁じられた(ケースに
より、罰則は死刑だった!)。1616年と1649年には
外国産クジラ製品をスペインの市場で販売することが
禁じられた(Ter?n, 1949; Ciriquiain,1979; Fern?ndez Duro, 1881)。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 09:04 投稿番号: [37420 / 62227]
REP. INT. WHAL. COMMN 31. 1981 p. 457 sc/32/PS3 + 21
The Black Right Whale, Eubalaena glacialis,
in the Cantabrian Sea
Alex Aguilar
Department of Zoology (Vertebrates), Faculty of Biology, University of Barcelona, Spain

[序   文]
初期のスペイン捕鯨に関しては、不幸なことに残されている
記録が非常に少ない。
カンタブリア海での初期捕鯨の中心でるバスク地方は繰り返し
市民戦争や正規軍戦の舞台となり、当時の多くの文書が破壊
された。捕鯨統計は稀であり、不完全で異なった地域の捕鯨
活動の記録が残された政府の法、租税関係の記録に見いだされる
のみである。

[初期バスク捕鯨]
確立した捕鯨産業についての最も早い記録は1059年、ビスケー湾
の Bayonaについてのものである。(#これはフランス側バスク、バイヨンヌのこと)

それ以後の記録を見ると、この産業が次第にこの地域から拡大
していったことがわかる。
13世紀末までに捕鯨が確認できるのはビアリッツ(Biarritz)と
サンタンデール(Santander)の間の地域である。
これ以後バスク人捕鯨者は西へ進出し、ガリシアの大西洋岸にまで
至る。

ガリシア人自身は捕鯨者であったことはないが、設備を作り
これをバスク人たちに毎年の捕鯨基地として貸し付けた。
ガリシアとアストゥリアスでの、バスク人に捕鯨を許可する文書が
今日まで残されている。

それぞれの港や捕鯨基地の近くに見張りの塔が建てられた。
ここから見張りがクジラを発見すると手漕ぎボートが出発し、
クジラは銛と槍で捕殺された。

捕獲と利益の配分に関する規則は今日まで多くの記録が残されて
いるが、多岐に渡り複雑である。

大西洋セミクジラあるいは黒セミクジラ(Eubalaena glacialis)
がこの当時の捕鯨対象種であったということは残されている
多くの記録や絵図の示すところであると、一般に認められている。

ナガスクジラ科の鯨類は泳ぐのが速すぎ、死ぬと沈むので、特に
後者が当時の捕鯨にとっては重大な技術上の問題となっていた。

マッコウクジラはカンタブリア海ではそれほど多くなかった
ようである。アゾレス海ではオープンボートで似たような技術
により、マッコウクジラを捕獲していたが、手漕ぎの小ボート
にとってはマッコウクジラは迅速で凶暴すぎるということでもある。(Clarke, 1953)

Graells (1889)はセミクジラ以外の鯨類(マッコウクジラを含む)
の遺物を鯨油抽出に使われていた古い建物から発見している。
彼の論文の挿絵はLequeitio集落の様子を描いており、背びれを
持った大型鯨類が描かれている。しかし彼は結論として、
Eubalaena glacialis(タイセイヨウセミクジラ)が捕鯨の優勢種であった
と記している。

Lequeit?o と Guetariaの捕鯨統計が示すところによれば、カンタ
ブリア海の捕鯨は冬に行われており、このこともセミクジラが
最重要なターゲット種であったということを支持している。

Re: 争いの元になるなら鯨は絶滅した方が良

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2009/08/23 08:59 投稿番号: [37419 / 62227]
おまえって、新種の馬鹿?   (^^;)

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 08:58 投稿番号: [37418 / 62227]
>現実問題、19世紀の世界の海においてセミクジラが10万頭以上も「獲れていた」、
>それだけの生産量を補償する資源量が存在したという事実(通説)を無視して

無視していないですよ。
それほどいたにもかかわらず、米国式大型帆船捕鯨の時代を待たずして、
北大西洋ではすでに19世紀はじめには壊滅していたという事実をどう
説明するのか、というのがアギラーをはじめ、まともな鯨類学者の問題
意識です。

ちなみに世界で10万頭といっても、南半球が圧倒的に多いですがね。

REP. INT. WHAL. COMMN (SPECIAL ISSUE 10)   5ページ
から
7. HISTORICAL CATCHES BY AREA OR STOCK*

Estimated total catches for other oceans, based as they
are on catch histories with more nearly complete
documentation, are:
38,000-39,000 in the South Atlanticfrom 1785 to 1939;
12,000-13,000 in the Indian Ocean from 1830 to 1939;
38,000-39,000 in the South Pacific from 1815 to 1969; and
15,000-16,000 in the North Pacific from 1840 to 1969.
(北大西洋は数が少ないのに煩雑だからとりあえず省略)

この投稿↓と併せて読んでね♪

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/23 08:52 投稿番号: [37417 / 62227]
所謂『「絶滅する!絶滅するっ!!」詐欺』って今後何十年もカネが絞れる良いネタだよねぇ・・・w
Nっちみたいなのに簡単に騙される馬鹿がナンボでも寄付してくれるんだから♪
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
捕鯨が環境的に問題がある、というのはもう完全に通用しない理屈なんで、鯨研も反捕鯨派相手にはそれを最前面に押し出せばいい。それには先ず最も基礎的な事実関係の認知を広げる事から・・・。

・改定管理方式RMPについて。

RMPとは単純に捕獲枠を算出するだけでなく、必ず商業捕獲継続5年以内で資源状態の再評価を行わなければならない決まりがある。
つまり元々極めて安全率の高い、資源に対する脅威になり得ない捕獲数しか算出されないのに、その少ない商業捕獲枠での捕鯨を5年続けない内に対象資源状態が悪化してないかどうかを調べ、仮に悪化が確認された場合は捕獲枠を削るか、商業捕獲を中止しなければならない。
勿論これは資源状態の悪化原因が商業捕獲によるものでも、温暖化などの
環境変化によるものでも無関係に適用される運用上のルールです。

risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2000/whale1.doc -
risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2001/010518.ppt -

常識的に考えて、数十万頭の生息数から数千頭レベルの捕獲を5年続けない内に資源に対し深刻なダメージなど起こりようが有りませんから、仮に資源状態の悪化が見られた場合は環境変化等の影響という事になりますが、当然
そんなものはRMP適用商業捕鯨の可否には関係が有りませんw
そしてその場合でも捕獲枠削減か商業捕獲中止、となるのでこれほど厳しい漁業管理システムは他には無い、と言われています。↓

「しかし、IWCで既に合意された捕獲枠算定方式である改定管理方式(RMP)   を用いて捕獲頭数を算出すれば、10の45乗年ものあいだ捕鯨を続けても絶   滅には至らない(10の45乗年後には、人間が絶滅しているリスクの方が高   いだろう)。生物資源には再生産性があり、ちょうど銀行の預金に利子が   付くのと同じに増加するので、利子の部分だけ使い続ければ元本はなくな   らない。RMPは、そうした生物資源の特徴を考慮して、資源が減ってきたら   捕獲をゼロにする、非常に厳しい管理方式だ。厳しすぎて他の漁業には使   えないほどだ。」

http://www.sof.or.jp/jp/forum/pdf/20_02.pdf

↑はNっちが「卑しい学者」だと言って憎み続けてる松田裕之教授の論文w

これほど安全である、と書くと今度は馬鹿な反捕鯨が言い出す事は、
「それだけ安全な管理方式が完成してるのならば、もう調査捕鯨の必要性は   ない筈!!」なんだけどw

モラトリアムが解除されるまでの間に「より良い資源管理」を目指すのは当
然であって、その「より良い」とは「更に鯨資源に対し安全な」という事だ
けではなく、

「資源に対し充分安全なまま、より多くの資源を利用する為の」という事。

「商業」なんだから限られた条件の中で可能な限り商業採算性を高めようと
するのはアタリマエの事なんだけど、「鯨を殺させない」事しか考えられな
い連中にはこんなアタリマエの事が思いもよらないらしい・・・w

そしてこの「より良い資源管理」に必要な調査項目が全て非致死調査で代替
可能、と言いつつそれを商業捕獲対象主目種であるクロミンクに対してやっ
てる国・団体は何処にも存在しない。唯一ニック・ゲイルズなんて人が鯨糞
を少々集めて食餌内容をアイソトープで調べ、「日本の致死調査と同じ結果
が出た」という「確認行為」をやってるらしいけど・・。w

「商業捕鯨は鯨資源に対し安全で、現在の調査捕鯨にも意義・必要性がある」という説明はコレで充分な筈なんで、コレに反論出来ない反捕鯨ちゃん
が言ってる事というのは結局「捕鯨をしなくてもいい理由」を無理矢理捻り
出してるか、「捕鯨推進・賛成派への単なる悪口・批判」を言って悪印象を
植え付けてるだけにすぎないってわけなんだな。w
どちらも「調査/商業捕鯨をしてはいけない理由」には全くなり得ないから、
調査捕鯨を継続し、捕鯨推進に賛成するのはアタリマエ、という結論になり
ます♪

つってもまぁ、何百回言い聞かせてもまた同じ事を書く、というのは「クジ
ラさんの命を守る」というのが理屈ではなくて連中の宗教的ドグマになって
しまってるからなんだけどねェ・・・(^ω^;;;

<補足>RMP自体は一応の合意を見ていますが、IWC科学委員会が「現在日本が行っているJARPAには髭鯨資源管理の改善可能性あり」と公式文書で正式に認めてますので、RMP合意の存在

海洋保護協会(OPS)

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/23 08:19 投稿番号: [37416 / 62227]
http://www.25today.com/news/2009/07/post_3658.php
2005年、シホヨス監督は、ダイビング仲間のジム・クラーク氏と海洋環境運動団体「Oceanic Preservation Society (OPS)」を設立した。クラーク氏は、インターネット・ブラウザー「ネットスケープ」を起こし、オーストラリア人モデルのクリスティー・ハインズさんと結婚した大富豪。

Re: 争いの元になるなら鯨は絶滅した方が良

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/23 08:06 投稿番号: [37415 / 62227]
そんな難しく考えることはありません。

なぜならこの捕鯨問題というのは単なる“無駄ガネグループ”(無駄な公共事業に巣食う既得権益死守組)を

いかに“絶滅”させるかどうかの問題なのですから。

Re: 土佐浮津地区鯨種別捕獲頭数/大村秀雄

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/23 08:06 投稿番号: [37414 / 62227]
年間数頭〜数十頭の捕獲で「資源量が減って」しまい、持続的利用が不可能なら、現在のホッキョククジラの様な超デリケートな種の持続的捕獲が可能・・・などという科学的お墨付きも不可能でなければ辻褄が合わないが。

Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/23 08:02 投稿番号: [37413 / 62227]
>北大西洋捕鯨ばかりでなく、プリミティブな小規模沿岸捕鯨でも、
>商業性が強ければセミクジラのような捕りやすい鯨は十分にディプリート
>(枯渇、低減、商業的絶滅)するという話に戻りたいと思います。

セミクジラにしてもそういう”非現実論”に戻られてもね(苦笑)。

現実問題、19世紀の世界の海においてセミクジラが10万頭以上も「獲れていた」、それだけの生産量を補償する資源量が存在したという事実(通説)を無視して、それ以前の時代に行われた古式捕鯨に「枯渇、低減、商業的絶滅」の要因(責任?)を議論するのは非現実すぎ。

この投稿↓と併せて読んでね♪

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/23 07:54 投稿番号: [37412 / 62227]
>商業性が強ければセミクジラのような捕りやすい鯨は十分にディプリート
(枯渇、低減、商業的絶滅)するという話に戻りたいと思います。

つまり、「商業捕鯨すれば絶対絶滅しちゃうんだからっ!!」と言いたいんだ?

じゃあ反捕鯨国は一体何故、それを未然に防げるような条項提案をしないの?

RMSは何の為に作ってる?↓

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

ところで、環境詐欺師のNっちことaplzsiaさんはこの件について釈明しなくていいのかね。w↓(勘違いして書いてた部分を削って再掲♪)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=35932
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
これ↓についても今更ながら、という感じなんだけど、明らかに言ってる
事がオカシイのでね。未だ誰も返してないみたいだし。

>だけど、IWCに加盟してない国が自国海域で勝手に獲ったらどうなるか
>という問題があります。これは現在の捕鯨条約では解決されてません
(国連海洋法条約では一応解決してるのだけれど、日本政府はそういう
>解釈してないように見えます)。

>で、もっと露骨に、IWCの枠内で目一杯捕鯨してる国の捕鯨会社が、IWC
>非加盟国に子会社つくって、枠外でも盛大に捕鯨して自国へ持ち込んだら
>どうなりますか?

これこそRMSの規定に盛り込んで実質上記のような事を捕鯨国が出来なく
なるように縛り付ければいい。

要はココでNっちが開帳してる商業化後の危惧原因なんかは「混獲・
衝突死・座礁」みたいな捕鯨国の生産活動と無関係に起こりうる事象
原因の「ハンデ(実質ペナルティ)」とは違って明らかに脱法的に正規
割り当て捕獲枠を超過して生産数を上げようとする行為なんだから

・商業捕鯨実施国はIWC加盟国名義以外での捕獲によるミンク鯨肉の
  持ち込み・流通・販売を禁ず。
・商業捕鯨実施国はIWC加盟国以外の生産によるIWC管轄鯨種鯨肉の
  輸入・流通・販売を禁ず。

なんてのをRMSに盛り込むだけで完全に解決できる。
IWC加盟国捕鯨会社の海外子会社だろうが、非加盟国の会社だろうが
これがあれば本来算出されたRMP捕獲枠以外の捕獲をしても、捕鯨
会社の利益増にはつながらないし、日本での販売を目論んで勝手に
捕る、なんて宛も外れる。

Nっちがココで言ってるような危惧が反捕鯨国側に有るのならば一体
何故下らない議題ばかりで無駄に時間稼ぎしてないでこの様な条項を
提案しようとしないのだろうね・・・?(^ω^;;;;
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
・過去に海外子会社を作って法の抜け穴的な操業で生産量を上げた、と。

・予防的原則的な事を考えると、モラ解除後にはミンク鯨肉を貿易品目
  として扱えるからIWC非加盟国が勝手に捕ったミンクを日本で捌ける、と。
(現時点で非加盟国が日本市場目当てで密漁「しない」薄い薄い根拠がコレw)

所謂「非合法」ではない故に、行われる可能性が高い、こんなにも
予想し易い、「資源に対する悪影響を及ぼしかねない事例」を未然
に防止する為の「管理制度」がRMSじゃないの?

それが何故この様な実効的な条項についての話し合い・提案を全く
せずに捕鯨国が到底合意する筈も無いような、折角の利益を削らせる
だけような提案ばかりするのかな?
CCAMLRにも国際海洋法にも優先して鯨資源利用を監視できるのがRMS
でしょ?
何故日本に金を使わせる条項ばかりに腐心する?

商業再開時の日本に過剰な費用負担を科す事で実質商業再開を阻むのが
反捕鯨国の狙いである、というのはNっちが言うにはホルトさんはじめ
反捕鯨派・国の本音である、と聞けば全く完璧に腑に落ちる話ではある
けどねぇ・・・(^ω^;;;;w

土佐浮津地区鯨種別捕獲頭数/大村秀雄

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/23 07:50 投稿番号: [37411 / 62227]
当事旧鯨研の所長であった大村氏が1984年のコククジラ特集本に寄せた論文の中に

大村氏が調査した捕獲統計がありそれを改編したものなのですが、太地とは直接的には

関係しないと思われるものの、色々と示唆に富む捕獲統計だと思います。


アメリカ帆船捕鯨が日本近海に進出してきたのが1820年頃からで

ところが浮津地区においてはむしろ1820年頃から1835年頃までは

それ以前の捕獲数よりも増えているように思われます。(セミクジラ)

が、1875以降を見ると、確かに「減っている」。

これをどう見るか・・。


ちなみにコククジラは若干「減っている」ように見えます。


ザトウクジラもまた「減っている」ように見えます。

でもザトウはアメリカは捕ってなかったわけですから

この減少はやっぱ浮津地区における“乱獲”によるものと思われます。



(平凡社加藤秀弘編著「ニタリクジラの自然誌」P192表9)
土佐古式捕鯨,浮津地区における鯨種別捕獲頭数
Omura(1984)を改編
年――――コク鯨―セミ鯨―ザトウ鯨
1800――――5――――2――――4
1801――――0――――1――――5
1802――――5――――2――――6
1803――――1――――4――――17
1804――――2――――4――――29
1805――――0―――11――――17
1806――――3――――3――――23
1807――――2――――5――――15
1808――――5――――5――――29
1809――――4―――11――――11
1810――――3――――2――――11
1811――――1――――7――――20
1812――――4――――7――――14
1813――――6――――5――――10
1814――――5――――8――――5
1815――――6――――3――――41
1816――――2――――4――――8
1817――――4――――5――――13
1818――――4――――8――――12
1819――――4――――3――――10
1820――――6――――7――――6
1821――――4――――5――――9
1822――――5―――10――――3
1823――――5――――7――――18
1824――――3――――8――――20
1825――――3―――11――――27
1826――――1―――16――――8
1827――――4―――10――――17
1828――――2――――5――――12
1829――――4――――9――――15
1830――――7――――9――――25
1831――――6―――10――――21
1832――――7―――12――――16
1833――――6―――11――――10
1834――――7―――15――――4
1835――――8―――14――――10

〜〜

1875――――1――――1――――2
1876――――2――――-――――6
1877―――11――――-――――19
1878――――1――――6――――4
1879――――7――――3――――9
1880――――6――――1――――2
1881――――5――――2――――10
1882――――3――――-――――4
1883――――3――――1――――7
1884――――1――――2――――1
1885――――3――――2――――5
1886――――1――――-――――6
1887――――4――――-――――13
1888――――1――――-――――6
1889――――2――――-――――4
1890――――1――――-――――-
1891――――1――――-――――9
1892――――1――――1――――1
1893――――4――――1――――3
1894――――1――――1――――3
1895――――3――――-――――6
1896――――2――――-――――6

Re: イルカ漁、米で物議

投稿者: crawlingchaos_g 投稿日時: 2009/08/23 01:15 投稿番号: [37410 / 62227]
お久しぶりです〜〜〜^ ^;;;;;;;;

ビデオテープの整理をしていたら、懐かしい映像が出てきたので上げときますね〜〜〜。^ ^;;;;;;;;

皆さんで楽しんでください。^ ^;;;;;;;;


・たかじんのそこまで言って委員会:捕鯨問題、緑豆逃走
http://www.youtube.com/watch?v=jX_JxFobfMQ




相変わらずrちゃんはループしてるんでしょうねえ〜〜・・・^ ^;;;;;;;;

争いの元になるなら鯨は絶滅した方が良い

投稿者: panasonic5159 投稿日時: 2009/08/23 01:07 投稿番号: [37409 / 62227]
人類どおしが争うくらいなら、いっそのこと鯨なんか絶滅すればいい。

鯨以外の争いの起こらない分野で地球環境を手を取り合ってよくしていけばいい。


人間を危険にさらしてまで鯨を守ろうとするカルトが出てくるくらいならいっそのこと絶滅してしまえばいい
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