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Re: 「古式」捕鯨でも鯨は減る

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/23 09:04 投稿番号: [37420 / 62227]
REP. INT. WHAL. COMMN 31. 1981 p. 457 sc/32/PS3 + 21
The Black Right Whale, Eubalaena glacialis,
in the Cantabrian Sea
Alex Aguilar
Department of Zoology (Vertebrates), Faculty of Biology, University of Barcelona, Spain

[序   文]
初期のスペイン捕鯨に関しては、不幸なことに残されている
記録が非常に少ない。
カンタブリア海での初期捕鯨の中心でるバスク地方は繰り返し
市民戦争や正規軍戦の舞台となり、当時の多くの文書が破壊
された。捕鯨統計は稀であり、不完全で異なった地域の捕鯨
活動の記録が残された政府の法、租税関係の記録に見いだされる
のみである。

[初期バスク捕鯨]
確立した捕鯨産業についての最も早い記録は1059年、ビスケー湾
の Bayonaについてのものである。(#これはフランス側バスク、バイヨンヌのこと)

それ以後の記録を見ると、この産業が次第にこの地域から拡大
していったことがわかる。
13世紀末までに捕鯨が確認できるのはビアリッツ(Biarritz)と
サンタンデール(Santander)の間の地域である。
これ以後バスク人捕鯨者は西へ進出し、ガリシアの大西洋岸にまで
至る。

ガリシア人自身は捕鯨者であったことはないが、設備を作り
これをバスク人たちに毎年の捕鯨基地として貸し付けた。
ガリシアとアストゥリアスでの、バスク人に捕鯨を許可する文書が
今日まで残されている。

それぞれの港や捕鯨基地の近くに見張りの塔が建てられた。
ここから見張りがクジラを発見すると手漕ぎボートが出発し、
クジラは銛と槍で捕殺された。

捕獲と利益の配分に関する規則は今日まで多くの記録が残されて
いるが、多岐に渡り複雑である。

大西洋セミクジラあるいは黒セミクジラ(Eubalaena glacialis)
がこの当時の捕鯨対象種であったということは残されている
多くの記録や絵図の示すところであると、一般に認められている。

ナガスクジラ科の鯨類は泳ぐのが速すぎ、死ぬと沈むので、特に
後者が当時の捕鯨にとっては重大な技術上の問題となっていた。

マッコウクジラはカンタブリア海ではそれほど多くなかった
ようである。アゾレス海ではオープンボートで似たような技術
により、マッコウクジラを捕獲していたが、手漕ぎの小ボート
にとってはマッコウクジラは迅速で凶暴すぎるということでもある。(Clarke, 1953)

Graells (1889)はセミクジラ以外の鯨類(マッコウクジラを含む)
の遺物を鯨油抽出に使われていた古い建物から発見している。
彼の論文の挿絵はLequeitio集落の様子を描いており、背びれを
持った大型鯨類が描かれている。しかし彼は結論として、
Eubalaena glacialis(タイセイヨウセミクジラ)が捕鯨の優勢種であった
と記している。

Lequeit?o と Guetariaの捕鯨統計が示すところによれば、カンタ
ブリア海の捕鯨は冬に行われており、このこともセミクジラが
最重要なターゲット種であったということを支持している。
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