南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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>相変わらずここの連中はいい加減

投稿者: p_sama16 投稿日時: 2004/05/18 12:55 投稿番号: [5200 / 29399]
ラーペ日記、ベイツの回状自体がいい加減です。

>Re^2:百人斬り競争を裏付ける

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/18 07:33 投稿番号: [5199 / 29399]
>それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。

私は、「たとえ」「もし」と言う意味でお話しました。
どうせ、負けるんだから、裁判は無意味だ、迷惑だ、と言う考えでしょうか。結果は判りません。


>「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。

残された家族にとっては、「名誉回復」したい、というのは自然。家族にとって、この件について「歴史探求の自由」というのは他人事でしょう?もちろん、支援者の中のそれぞれの思想信条はわかりませんが。

後、watanabe1937さんが述べられていることについては、今は時間が無いので、後ほど、レスつけさせていただきます。

>「鬼が来た」とアジアの映画

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/18 03:44 投稿番号: [5198 / 29399]
  >どんな映画にしても事実に忠実に描けば日本などで公開できるわけがない。

あ、それは本当ですね。   でも、実現できれば意義深いですね。

例えば、史実に忠実に中共政府が超大作「ドキュメント・天安門」を作ったり、改めてブラピとギアの共同制作で「1949 in Tibet」なんかできちゃったらワクワクしますね♪

日本側としては「実録   通州事件」なんかぜひ企画に挙げて欲しいものです、ハッハ。失礼、   つい茶化しました。   ・・緊張してるんです。なんせ有名人相手ですから。

>まあ私がアジアの映画を見ろ!ていうのは、歴史の勉強ばかりじゃない。無惨に殺された一市民の顔や生活全般を想像する助けになるか是非必要だということだ。

戦争とはまったく関係のないぼくたちまで、無残に殺されたアジア良民の顔を思い浮かべなければならないとは、日本軍は当該地において想像を絶する、例えばナチのユダヤ人虐殺に値するような罪を犯したものと認識されているからでしょうか?

そういうあなたは、無残に殺された血まみれの生首を常に想像されているのですね。

無駄な人生を送っているような・・・。

ぼくなら(血まみれでない)美女の首を想像する。あ、首から下もついてる分です。

>そこの日本に私は含まれる?少なくともお前は含まれるわけだ。日本など背負い込むなよ、アホ。

ぼくが背負わなければ誰が背負u!!
なーんちゃって。

>生憎私はそれを読んでいないので、「・・・未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。」なんて言う“お前の恐ろしい発言”に答える事はできない。

いやぁ、たいした筆力ですよ。250ページで2段です。
俳優ですからあからさま罵ったりしませんが、シナ文化を愚痴と皮肉で消化しようとしてならず、反抗を試みても肥溜めにうで押し、ついには強制的「達観」に至るまでの、彼の心境が切々と綴られています。
完全にシナ文化に酔っ払ってしまったみたいです。すごく可哀想。

>議論の参考にもなる適当な映像なら『日本鬼子』ビデオ『天皇の名のもとに』とかがあるが、その種の映画が日本で広く一般公開されるか?

「日本鬼子」は評論を読んで興味を持っています。右翼の妨害が有ったとか。でもあれは嘘じゃないと思う。南京事件以後のことだけど、ぼくは子どものころ大人が話しているのを聞いた。たった1件の例だけど押して知るべし、と言う他はない。

>しかしもしお前が中国の一般映画を見ながら、なおかつ中国を「シナ」と呼ぶなら、ちょっと驚きだな。

相手が嫌がるのがわかっているので中国人の前ではなるべく使いません。会社に数十人いるんです。たまたま良い人ばかりですが。
でも、中国大陸の歴史や文化を語る場合、中国というのはやはりおかしいです。
そんな国は近代までなかったのですから。

では、またおじゃまします。

Re^2:百人斬り競争を裏付ける

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/18 02:15 投稿番号: [5197 / 29399]
toitatoiさん:>少なくとも100人斬りは事実で[な]かった、または、事実と考えるには疑義がある、ということが認められれば、成果があった、考えるのではないでしょうか。

  それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。
  100人斬りは、野田、向井両氏が自分で言っていたことで、本多氏が言い出したことではありません。また、東京日日報道は、3人の記者がそれぞれに、両氏の語ったことを記事にしたと言っているわけです。
  次回、佐藤振壽氏が証言をするようですが、すでに『南京戦史資料集Ⅱ』などで発表されたものと、内容に大きな違いはないものと思います。
  私自身は、人数が100人かどうかは分かりませんが、競争自体はしており、実態は他の兵士がしていたような捕虜の斬首で、当時の一般的状況から非戦闘員も含まれていたと判断しています。

>手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。

  手紙が存在したこと、また一部に編集者の手が加わっているにしても宛先が実名になっている手紙は、ほぼそのまま内容が掲載されたことを疑う理由はありません。
  これは、特派員の取材によるものではなく、本人が書いたという点で重要な意味を持ちます。少なくとも「百人斬り競争」記事が「記者の捏造」と主張することは難しくなりました。
  もっとも、大阪毎日新聞が、当時、他人の手紙を勝手に創作していたことを、他の事例で示すことができれば別です。しかし、常識的にそんなことは考えられません。一般的に、当時(1937-1939年)の新聞は規制の範囲内で事実については比較的正確で、歴史の資料として十分価値があります。

>歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。

百人斬りの歌の存在は、指摘しましたように、阿羅健一氏が『正論』の記事で述べています。まだ歌を憶えている人もいますので、歌詞が大阪毎日の新聞のものか調べることは可能です。作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。
  裁判の争点は、死者対する名誉毀損ですから、本多氏が新聞記事や証言などの資料によって記事を書いたことを論証すれば十分です。ただし、本多氏側は積極的に事実を述べる道を選択しましたので、従来の主張を新たな証拠を交えて繰り返すことになるでしょう。

>戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。

  記事では「敗残兵掃討」になっています。これは、無抵抗な敗残兵を狩出す場合の当時の常套句です。実際、南京では9連隊第3大隊は敗残兵掃討をしていましたが、銃火を交えることはほとんどなかったようです。
  それが戦闘行為、捕虜殺害、両氏のホラ話しのいずれか、あるいはそれらの混じったものなのかは、証拠によって論じればよいことで、「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。

http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/jcrqrf.html#jcrqrf
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/lqnqrf.html#lqnqrf

やあ!醤麺狂師クン(にこにこ)

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/18 00:34 投稿番号: [5196 / 29399]
【守れ!!木造日本家屋   台北に残る“古跡”   住民が保護運動】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040517-00000030-san-int

  【台北=河崎真澄】再開発の波が押し寄せる台北市で、昭和十(一九三五)年ごろに当時の台湾総督府が職員住宅用に建てたとみられる「日本家屋」を“古跡”として保護するよう、付近住民が台湾当局に働きかけている。官庁や駅舎、神社など日本統治時代の歴史的建築物が古跡指定されたケースは多いが、住宅を保存するよう市民が求める動きは異例だ。
  この日本家屋は、台湾師範大学(旧台北高等学校)に近い大安区錦安里に残された十三戸の木造住宅。現在も林務局(林野庁に相当)が職員住宅として使っている。ところが同局が「都市林業展示館」に建てかえる再開発計画を打ち出し、付近住民が相次ぎ反対の声を上げた。
  地元の黄志焜・錦安里長(町長に相当)は「日本式の木造住宅は外観や構造などに生活の知恵が詰まっている。再開発で過去を消し去るのは誤りだ」と訴えた。住宅の周囲に生い茂る樹木の保護も求めている。
  地元の活動を支援している師範大の王順美助教授は「自国の一部として台湾を統治した日本人の真剣な姿勢を、懐かしい木造住宅を通じて知ることができる」と、古跡指定の意義を強調した。
  市民からの陳情を受けた文化局(文化庁に相当)では、古跡審査委員会を開くなどして十三戸の日本家屋に対する審査を行う方針。師範大では、日本家屋に近接する大学構内に「外国学生交流センター」をつくり、日本をはじめとする海外の学生との交流の場をつくる構想も練っている。(産経新聞)
[5月17日16時4分更新]


「台湾人と日本精神」①
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a2a34z9qbg9a5a4ada4jbfmbd8a4dea4l&sid=1143582&mid=1325
「台湾人と日本精神」②
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a2a34z9qbg9a5a4ada4jbfmbd8a4dea4l&sid=1143582&mid=1326


なんとも感慨深い話だなあ(しみじみ)
なぁ醤麺狂師クン(藁)

で、
アジアの映画が   どうかしたのか?

(大笑い

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/17 16:21 投稿番号: [5195 / 29399]
>少なくとも100人斬りは事実でかった、

「少なくとも100人斬りは事実で無かった、」の間違いです。
「無」が抜けてました。

>Re:百人斬り競争を裏付ける

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/17 11:20 投稿番号: [5194 / 29399]
>なお、被告の毎日新聞については20年の除斥期間がとっくに経過しているので、原告請求の棄却は確実と考えられます。キャンペーンを張る目的で毎日新聞を被告にしたとしか思えません。

遺族にとって、今回の裁判は、もちろん勝ったほうが良いわけですが、少なくとも100人斬りは事実でかった、または、事実と考えるには疑義がある、ということが認められれば、成果があった、考えるのではないでしょうか。それがひろく報道されれば、ある程度目的が達成されたと言えるのではないでしょうか。

>ご指摘の記事を検討しています。

今回の新資料について、結局、当時の新聞記事(やはり日日新聞系)ですので、どの程度の信憑性があるのかは判りませんが、仮に実際に存在した手紙の内容を掲載したとしても、手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。これも本人話ですから。最初の記事の延長線上のものと考えられ、大騒ぎするほどの新資料でもないと考えます。志々目証言や「あった」派の方でも主張の多い、「据え物斬り」ではない、戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。
当時の「新聞記事に書かれている内容」を示す場合は、それ自体が正しいとする物証なり客観的な証拠がないと、説得力はありません。もちろん、今回の場合、「手紙」という物証が出てきても、手紙の内容以外の「手紙があった」との記事の部分証拠でしかないですが。

戦争犯罪と言えば。

投稿者: Good_Life211 投稿日時: 2004/05/17 11:18 投稿番号: [5193 / 29399]
数ヶ月前の虐待事件があんな具合だな。

新事実が時間をおって出てくるし、事実関係の確認はたいへんだ。


下の者は命令で、とか、ほかの者がやった、とか言う。

上の者は知らん、下の者が勝手にやった、と言う。

しかも軍法会議などは実のところアメリカ人内部のけじめに過ぎない。



アメリカは被害者に謝罪し補償を考えると言っている。

涙金で収まるならそれにこしたことはないが、収まるかどうかは被害者の気持ちが決めることだ。

世の中痛みも癒され方も人それぞれだろうが、

「言葉も金もいらん。犯人に報復させろ。」という人にとって、まず腹の癒えることはあるまい。




アメリカでも時間がたつと出てくるのか、それとももういるのだろうか。こんな風に言い立てる連中。

「わが国の捕虜虐待はでっちあげ!   どんな証拠も捏造!   ウソ!」

「補償金めあての自称被害者たち!」

「イラク人はフセインから解放してやったわが国に言いがかりをつけて金をせびる恩知らずトンデモ民族!」




・・・それにしてもみんな(とくにアメリカの人)軍隊に立派ですごいことを期待しすぎてたのではないかな。

「鬼が来た」とアジアの映画を見ること

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/17 08:09 投稿番号: [5192 / 29399]
>あの映画は日本軍の残虐を描写していませんよ。むしろ抑えている。

  抑えてるどうかとじゃなくてね、ありふれたものとして描いているということを読み取ればいいわけですよ。どんな映画にしても事実に忠実に描けば日本などで公開できるわけがない。

  韓国の映画にしても日本の植民地時代を忠実に描いて日本市場を期待できるとはおもわないだろう。ただ南北の戦いを描いた映画は日本市場を期待できる。「韓流」も海外市場を当てにする限りその種の限界はある。

  まあ私がアジアの映画を見ろ!ていうのは、歴史の勉強ばかりじゃない。無惨に殺された一市民の顔や生活全般を想像する助けになるか是非必要だということだ。だから天皇教カルトの馬鹿者というか若者にアジアの映画を見よって口酸っぱく言っているわけだ。それに好きな女優とか男優でもできれば、少なくとも差別主義者ではなくなる。

>最後の日本軍による大殺戮を称して反日映画とするのは、製作者を嘆かせるだけです。

  馬鹿者だね。事実にちかいものを描いた映画はどんな映画でも反日も反天皇も反三菱でもないわけよ。だいたいどういう意味だ?反日。そこの日本に私は含まれる?少なくともお前は含まれるわけだ。日本など背負い込むなよ、アホ。

>この辺のやり取りは主演の香川照之が帰国後「【鬼が来た!】撮影日記   中国魅録」キネマ旬報社   を上梓していて、その中で描かれています。

>そしてシナの未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。

  「シナ」と呼ぶような奴はたいがいイカレタ馬鹿だが、お前は大丈夫か?

  生憎私はそれを読んでいないので、「・・・未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。」なんて言う“お前の恐ろしい発言”に答える事はできない。

>推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。

  余程のマヌケだな。議論の参考にもなる適当な映像なら『日本鬼子』ビデオ『天皇の名のもとに』とかがあるが、その種の映画が日本で広く一般公開されるか?中国にも多分あるのだろうが、もちろん日本公開などないだろう。

  しかしもしお前が中国の一般映画を見ながら、なおかつ中国を「シナ」と呼ぶなら、ちょっと驚きだな。まあ世の中のあほ族の矛盾に驚くのはいつものことだが・・・。

相変わらずここの連中はいい加減なこと言う

投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/17 04:29 投稿番号: [5191 / 29399]
「ヒットラーへの上申書」(ラーベ)
  中国側の申し立てによりますと、十万人の民間人が殺されたとの事ですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。 我々外国人はおよそ五万から六万とみています。 遺体の埋葬をした紅卍字会によりますと、一日2百体は 無理だったそうですが、私が南京を去った2月22日には三万の死体が埋葬できないまま、郊外の下関に放置されていたといいます。

ラーベ日記   2月15日
  委員会の報告には公開できないものがいくつかあるのだが、いちばんショックを受けたのは、紅卍字会が埋葬していない死体があと三万もあるということだ。今まで毎日200人も埋葬してきたのに。そのほとんどは下関にある。この数は下関に殺到したものの、船が無かったために揚子江を渡れなかった最後の中国軍部隊が全滅したということを物語っている。

「南京における救済状況」   1938年2月14   (ベイツ)
  当初から委員会は、中国赤十字社の地方組織と大きな無料食堂の運営において、素晴らしい協力を行ってきた。そして紅卍字会とは二つの大きな無料食堂の活動と死体埋葬活動において、協力を行ってきた。この後者の役目は簡単なものではなかった。彼らが一日に200体埋葬しても、まだ、埋葬すべき3万体があることがわかっている

「アメリカのキリスト者へのベイツの回状」
南京で殺された民間人の数についての我々の最終的な合計は、1万2000人です。そのうち9割は当時市内にいて、戦闘行為とは無関係に殺された、多くの婦人や子供、老人が含まれています。この数字は当時南京市内で、4家族にに1人の割合で殺されたことを意味します。
  われわれには居住家族を調査した特別な報告があります。調査にさいして、報復を恐れての若干の非協力や隠蔽もありましたが、その結果五家族につき1人が殺されたか、負傷したか、あるいは拉致されて戻ってこない事が判りました。

メルアドも有ったよ。

投稿者: japanese_judgments 投稿日時: 2004/05/17 03:18 投稿番号: [5190 / 29399]
zhzh66@vip.0451.com

こんなの発見!

投稿者: japanese_judgments 投稿日時: 2004/05/17 03:13 投稿番号: [5189 / 29399]
はじめましえ。
私は中国人留学生のリンと言います。
中国のハルピンより来ました。
できれば関東近辺で30才までで優しい日本の男の人電話ください。

私は22才で深長は161センシで体重が56キロです。
真剣せうので中傷電話とかちないでください。お願いちます。

0333252614 携帯:080-5474-0369

Re:百人斬り競争を裏付ける

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/17 01:01 投稿番号: [5188 / 29399]
dorawasabi5001さん:>今回、当時の新聞記事等を調査した結果重要な新資料を発見した。

  下記 url で、ご指摘の記事を検討しています。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/vrkqrf.html#vrkqrf

  「百人斬り競争」裁判の原告側は、裁判でこの記事が証拠として提出される以前に、その存在を承知していたということです。
  この手紙をどう読んでも、本人が「やっていました」と言っているとしか見えません。まさか、この手紙も浅海記者の「創作」「捏造」という人はいないと思います。
  結局、
  1.東京日日の記事は野田、向井両氏の語ったことを記事にしたもの。
  2.両氏とも「百人斬り競争」をしていたことや、東京日日の記事を否定していない。
  3.その実態がどうであったかということについては、さまざまな議論がある。
ということになります。
更に、
  4.本多勝一氏の『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房)などの「百人斬り競争」についての記事は相当の理由に基づく。
わけです。その理由となった証言などについて信憑性を議論するのは自由ですが、本多氏の虚偽虚妄に基づいたわけではありません。死者の「名誉毀損」は、少なくとも指摘された事実が虚偽であることを要します。[1]   上記1、2、4の事実から、「百人斬り競争」の議論を制限しようとする「百人斬り競争」裁判の原告請求には、もともと無理があるのです。
  大阪毎日に掲載された手紙は、上記2.について新たな根拠となるものです。
  なお、被告の毎日新聞については20年の除斥期間がとっくに経過しているので、原告請求の棄却は確実と考えられます。キャンペーンを張る目的で毎日新聞を被告にしたとしか思えません。

-- -
[1]東京高裁54.3.14判決(判例時報918号,p.23   『「落日燃ゆ」謝罪広告等請求事件控訴審』)

>人間餃子のソースです

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/16 19:23 投稿番号: [5187 / 29399]
hendazo04さん、ありがとうございます。

「中国人民抗日戦争記念館」の展示ですね。もちろん、それぞれの展示がどういう証拠で持って真実として展示されているのか、はっきりしませんが、どのような目的でこの建物は作られたのでしょうか。ある国がある国の残虐性を「これでもか」という感じで訴えるための施設の存在意義はなんでしょうか。単に日本と戦ったという資料館であるならば、もっと違う作り方をするでしょうね。

>その案内板に「日本軍の人食い」が英語でかかれているそうです。
これで日本が何もいわなければ、これは事実として確定しますね。

おっしゃる通りだと思います。本来、それぞれの展示について、いたずらに反日感情を煽るだけのものや、日本として真実と認められないものなどがあれば、しっかりと中国側に日本の意見をまとめて申し入れなければいけませんが、そんな具体的な動きは聞いたことがありません。言わなければ見学した多くの人々が事実として受け止めてしまいます。
言うことはきちんと言う、という関係でないと真の友好は構築できないですよね。

やあ醤麺狂師クン(にこにこ)③

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:46 投稿番号: [5186 / 29399]
つまり、あれか?
中国人の間でグルメとして【人肉食もかなり流行った】って話か?
まあ、君の言うところの
「誰も非難できない」中国の伝統文化なんだろうねぇ。

で、
【人肉食は中国の伝統文化】であることが
どう『百人斬り』の証拠になるんだい?
論理的に説明してごらん?


(大笑い

やあ醤麺狂師クン(にこにこ)②

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:43 投稿番号: [5185 / 29399]
【食人宴席   抹殺された中国現代史】
鄭義(ツェンイー)著、93.11.25発行、   光文社カツパブックス、820円

著者が、「天安門事件」で指名手配中に執筆した、凄惨な事実。「広西大虐殺」、「天安門事件」という過去の残虐行為を報告している。食人という現象も狂気ととらえるのか、中国共産党秘密文書が暴く、現代史。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334005438/ref=sr_aps_b_/249-6462436-5309939

「食人宴席」P62より一部引用
武宣県では、食人事件が流行にさえなった。街頭引き回しデモ闘争があるたびに、
老婆たちはかごを下げて、糾弾集会が終わるのをじっと待っていた。人間が殺害
されると死体に競って群がり、なるべくいい人肉を切り取って持っていく。
遅れてきた者は人肉を切りとれないので、骨まで持っていく。人肉を食べた者は、
幹部のなかでも少なくはなかった。

<書評>
http://www.assert.jp/data/1993/19305.htm



次は、今日も続いているという【嬰児湯】

本当かよ中国人
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=247

一枚目の写真の前まで、だけど・・・
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=279

翻訳   その2
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=374

翻訳   その3
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=375

翻訳   その4    その5
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=385

翻訳   その6
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=401

翻訳   その七
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=402

翻訳   その八(最終章)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5ma53a4rbfa9a4ia4a6cf9qbfma4nbbd5tc 0ada4oc0a43a6a4nbeobc1&sid=1143582&mid=411



【その他】
http://www.asyura.com/2002/war11/msg/982.html



つまり、あれか?
中国人の

やあ醤麺狂師クン(にこにこ)①

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:41 投稿番号: [5184 / 29399]
>だからね、あらゆる蛮行がありふれた出来事。強盗殺人・放火・強かん・・・、
>捕虜の「据えもの斬り」も同様。
>また人肉食もかなり流行ったが・・・


【人肉食もかなり流行った】って
どこで流行ったんだ?
言ってごらん?
(大笑い



【人体の利用と商品化】   徳山大学経済学部教授   粟屋   剛
http://homepage1.nifty.com/awaya/hp/ronbun/r004.html
(一部抜粋)

  まず、大きく、①食糧(栄養)補給としてのカニバリズム、②宗教的な祭礼、儀式としての象徴的カニバリズム、③憎悪や逆に愛情に基づくところの感情的カニバリズム、④医療行為としてのカニバリズム(これは、人体の医薬品そのものあるいはその原材料としての利用とオーバーラップしている)、⑤猟奇事件としてのカニバリズム、の5種類に分類される。
  数として圧倒的に多いのは、もちろん①食糧(栄養)補給としてのカニバリズムである。これはさらに、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズム、日常的な食糧補給としてのカニバリズム、グルメとしてのカニバリズム、の3つに分類される。 まず、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズムについて。
  とくに、飢饉の際にカニバリズムが行われるのはきわめて自然な成り行きである。それは世界中で共通している。飢えると人は人を食う。

日本にもある。江戸時代、天明の飢饉 (1783年) の際、東北や関東で牛馬犬猫はもちろん、草の根、木の皮、壁土と食われ、最後は人肉(死人の肉)が食われたという(5)。
  戦争中の食糧補給としてのカニバリズムはよく知られている。日本では、豊臣(羽柴)秀吉が鳥取城を兵糧攻めした際に城内で死人の肉が食われたという話は有名である。また、太平洋戦争中の日本軍の、フィリピン (とくにルソン島)、ニューギニア、ソロモン群島 (とくにガダルカナル島) などにおけるカニバリズムがよく知られている(6)。

  次に、日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、カニバリズムのチャンピオン、中国の例に触れておこう。まず、桑原隲蔵博士は、中国における人肉食は一時の偶発でなくむしろ伝統的慣習であり(12)、人肉が公然と市場で売買されることもあったとされている (13)。ここでは、人肉はまさに商品である。キー・リー・チョンは中国における人肉の料理方法を詳しく記している(14)。ブライアン・マリナーも中国では19世紀のはじめまで人肉を供するレストランは珍しいものではなかったと述べている (15)。ほかに、黄文雄氏は中国の数千年にわたる食人 「文化」 について書いている(16)。とくに、グルメとしてのカニバリズムのきわめつけは中国、斉の桓公の料理人、易牙がその息子を蒸し焼きにして献上した事例であろう。日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、一々あげればきりがないのでこれくらいにしておく(17)。また、食糧(栄養)補給としてのカニバリズム以外のカニバリズムは本稿の趣旨からはずれるので省略する(18)。それにしても、過去に一体どれくらいの人間が人間を食ったのであろうか。またどれくらいの人間が食われたのであろうか。そのような統計は見当たらない。

無理だって(大笑い

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 15:41 投稿番号: [5183 / 29399]
わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは・・・・はぁ。


醤麺狂師クンやバカわさびクンにそれを求めるのは(藁
物事の『本質』を理解できない人達なんだから。
(大笑い

オツムは弱いが『いい人』なんだから
許してあげてね。
(大爆笑



>>『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・

>推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。

いわゆる南京大虐殺について

投稿者: eeechirou 投稿日時: 2004/05/16 12:05 投稿番号: [5182 / 29399]

ラーベの日記には、中国人約3万人が殺されたと記録されています。
しかし、殺されたのは、主に軍服を捨てて安全区に逃げ込んだ中国兵です。

戦いに敗れた兵隊は、敵に降伏し武装解除を受け、捕虜になるというのが常識です。
しかし、中国兵は便衣隊となり、市民と見分けがつかないようにしてゲリラ活動をしていた。

これは明らかに戦時国際法違反であると同時に、一般市民を大変な危険に曝す(戦闘に巻き込まれたり、無垢の市民がゲリラに間違えられるなど)無責任な行為なのです。
そして、便衣隊は殺害してもよいことになっています。

このような便衣隊を掃討する中で、誤って民間人を殺害してしまった例は40〜50件あったようですが、日本軍はこれらに対し、厳しく対処しています。
しかし、このくらいの件数は、殺すか殺されるかの戦闘(掃討戦)の中では、起こってくるのは必然でしょう。

このような不幸な事例は、どこの掃討戦でもあることで、中国政府が誇張するような数でもないし、意図的にやったことでもない。

むしろ、その原因を求めるならば、戦時国際法違反の便衣隊となった中国兵の質の悪さにあるでしょう。
彼らには、自国民を守るという意識が欠落しており、一般市民を戦闘に巻き込んだのです。
(これは中国の歴史の中では当然のことで、彼らの悪癖が出たというべきでしょう。それは、民間人を巻き添えにした第二次上海事変を見ても分かります。)

歴史を学ぶということは、こういうことを学ぶことに他なりません。


 



「鬼が来た」は観たけど、的外れ

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/16 08:25 投稿番号: [5181 / 29399]
あの映画は日本軍の残虐を描写していませんよ。むしろ抑えている。

視点はあくまでも中国寒村の農民の目で、彼らの極狭い目の周りで起きた非日常と、そこから生じた悲劇を、あくまでも喜劇的なタッチで描いた作品。だから救われる。

その農民達は、国民党軍から脅され預かった一人の日本駐留軍兵士の処理に困り、プロの首切り人に処刑を頼んだり、それが喜劇的に失敗すると今度は食料と交換に日本軍に引き取らせようとする。したたかなんです。

最後の日本軍による大殺戮を称して反日映画とするのは、製作者を嘆かせるだけです。

事件のきっかけは(もちろんフィクションですが)、この監督の日本人の精神に対する深い洞察があって成立したものです。

この辺のやり取りは主演の香川照之が帰国後「【鬼が来た!】撮影日記   中国魅録」キネマ旬報社   を上梓していて、その中で描かれています。

そしてシナの未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。

>『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・

推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。

人間餃子のソースです

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/16 07:00 投稿番号: [5180 / 29399]
ごていねいなご説明、恐れ入ります。

取り急ぎソースを掲載します。

キャプション
「河北省阜平県羅峪村婦人救助会主任の劉耀梅は日本軍に連行されたが、断固として屈せず、むごく殺された。日本軍は彼女の腿から肉をえぐり取って、餃子を作った。」「山東省青島文化宮の地下室で見つかった日本軍に目玉をぬぎとられ、腹を切開された中国の嬰児たち。彼らの肝臓は日本軍に食べられた。」

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu3.htm

この「中国人民抗日戦争記念館」は最終的に6年前、江沢民のセンスで建てられたものですね。

「内臓を煮て食べた」というのはぼくの付け加えで、いくら日本人でも刺身ということはないと思って・・。

その案内板に「日本軍の人食い」が英語でかかれているそうです。
これで日本が何もいわなければ、これは事実として確定しますね。

ではまた、失礼しました。

>>星徹さんの掲載記事に2

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/16 00:58 投稿番号: [5179 / 29399]
>相手が武器を捨てて明白に降伏の意思を示さなければ、塹壕から誘い出そうが、捉えた捕虜を据え物切りにしようが問題ないでしょ。
その辺はどう解釈成されているのですか?

戦時捕虜や民間人の保護に関する国際慣習がありますが、いわゆる便衣兵やゲリラ、テロリストについては国際的に非難されます。そのあたりの線引き、解釈はケースバイケースになるため一概には言えないと考えます。ただ、「相手が武器を捨てて明白に降伏の意思を示さなければ、塹壕から誘い出そうが」という状況に関しては基本的には攻撃されてもしょうがないと考えます。また、「捉えた捕虜を据え物切りにしようが問題ないでしょ」ということに関しては、捕虜の状況によって異なります。処刑されてもしょうがない場合(騒乱・スバイ・扇動・脱走)もあります。「降伏の意思のない捕虜」というのは、(騒乱・スバイ・扇動・脱走)のどれかを体現してしまってるならば処刑されても仕方ないでしょう。しかし、単に反抗的な態度をとっている、ということにとどまっている場合は処刑するということは、やりすぎということになるわけですが、このままの状態が、(騒乱・スバイ・扇動・脱走)にどの程度つながっているのか、そのような捕虜の状態を誰が判断するのか、ということに大きく左右されるため、この場合も実際には、ケースバイケースとなり情報を集め個々の事例を判断するということになるかと思います。特に戦闘中や前後の混乱時の当事者は判断が難しいと考えます。

>それとも、シナ人が南京、済南、通州で遺憾なく発揮した獣性、子供の指をそろえて切り落とす、内臓をばら撒く、といったことをしたんですか?

シナ人の子供の内臓を煮て食べたというのもほんとじゃないでしょ?

少なくとも、100人斬りの話には関係ありません。資料をあたっていないのでなんともいえませんが、「シナ人の子供の内臓を煮て食べた」というのはどこの資料でしょうか。ソースをいただけるとありがたいです。作り話だとしても、日本人の感覚からすると違和感がありますね。

>>星徹さんの掲載記事に1

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/15 23:50 投稿番号: [5178 / 29399]
>まずどうして100人斬りを責められなければならないんでしょう?

>100人より101人斬った方がほめられるのでは。

100人斬りが本当にあったかどうかは別にして、実際当時新聞記事が出たことにより、日本国内では誉められていたわけです。戦時中である当時の日本人としての普通の感覚です。もちろん日本人としてでなくとも、戦争相手国に被害を与えるということは戦時中であれば、多くの国民から誉められることです。しかし相手の国からすれば屈辱的なことです。
やった方が戦争に負けた場合、戦勝国は自国に被害を与えたとして負けた国で誉められた行為は処罰の対象にしようとする、ということに尽きると思います。
もちろん純然たる戦闘行為自体を処罰するということは国全体としての指導層の訴追に集約されますが、その中で、純然たる戦闘行為でなければ、行為に関わった関係者が不名誉であるという非難を受ける上、処罰の対象にもなり易いわけです。
100人斬りも、「あった」派の方の中で「純然たる戦闘行為でない」という解釈の方が相対的に合理的だと考えられていることもあり、非難をしているのだと考えています。現在の日本人は何か失敗事があった場合、諸外国の人々よりも「反省」「お詫び」ということをしよういう国民性が強いということもあり、「あった」という結論を導き出した人々は100人斬りに対し、「反省」「お詫び」をすることが正しいから、二人の少尉を非難するのは当然と考えておられるのです。当然「あった」とは考えられない方の中でも「家族・子孫」の方々は、そのような「あった」派の方々の行為は今も名誉毀損を続けて与えている行為だと写ります。

>>鵜野氏の発言は

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/15 22:33 投稿番号: [5177 / 29399]
>だからね、あらゆる蛮行がありふれた出来事。強盗殺人・放火・強かん・・・、捕虜の「据えもの斬り」も同様。

私は、鵜野氏の発言は100人斬りの直接的な証拠でない、と申し上げているだけです。
時代背景や回りの状況がとうあれ、二人が本当に100人斬りを行った、という証明になっていません。自分の行為や刀のことや時代背景を述べているだけで、推測するのは勝手ですが、二人の行為の証明者たり得ません。今議論している我々のような立場です。もちろん鵜野氏は遥かに近い時代の人ですが「自分はやったことあるよ」という経歴者だというだけ。経験者談、という意見でしかない。


>『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・


100人斬りの証拠でも出ていましたか?本人たちに関する動かしがたい証拠でも出ていましたら、示してください。

>>鵜野氏の発言は

投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2004/05/15 19:32 投稿番号: [5176 / 29399]
横レス!

当の本人が仮に100人まで切らなくとも、
模範として、戦場におけた日本皇軍内で大きく宣伝され、他の多くの皇軍がその真似をし、1人より2人と、それは問題の本質ではなかろう?

今、民主主義だのなんだのと自慢芸に、学校のいじめ問題からみれば、大人になっても、子供時代から培ってきた一辺倒の思考法は、実に危ない。

>鵜野氏の発言は

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/15 19:11 投稿番号: [5175 / 29399]
>「鵜野氏は100人斬りに関する証拠は一切示していません。
なんで、こんな資料を重要な証言として堂々と提示するのだろう。

  だからね、あらゆる蛮行がありふれた出来事。強盗殺人・放火・強かん・・・、捕虜の「据えもの斬り」も同様。

  また人肉食もかなり流行ったが、さすが米軍でもイラクでそこまではできないか・・・。まあ食糧事情が良いしね。

  『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・

[ 「現代的な」価値観で裁くこと]

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/15 19:00 投稿番号: [5174 / 29399]
>我々は何をなすべきか?
少なくとも過去の行為を「現代的な」価値観で裁くことでは無いと思います。
(南京大虐殺が事実であっても、嘘であってもです)
単なる非難に終わるのであれば、歴史に何も学んでいないということではないで
しょうか

***

いわゆるアンポンタン右翼の現代的価値観といえば、昔ながらの化石のような価値観であり、まあその延長上にテロ国家アメリカの悪行もある。イラクを見ての通りで、侵略支持者にとっては「強盗殺人は良い」というとになり、米軍の捕虜や一般市民への拷問どはやむ得ないのであり、まあ自らが強盗の被害にでもあわなければ馬鹿の価値観は変わらないのであろう。いやその種の馬鹿は押し入った強盗に尻尾を振ってお茶菓子を出すが、結局殺され、「あらまあどうして!?」なんて驚きながら死んでいく程度の馬鹿かもしれない。

  現在でも戦前でも、多くのアジア人は強盗殺人が悪いというぐらいの価値化は持っていて、だからこそ侵略日本軍に抵抗するのである。そんな自明の事が分からない馬鹿がこの頃増えたが、なぜそんな事を言うかと言えば、あの当時のカルト天皇教信者は99.9%の確率でバカだったからだ。そんな国は歴史上滅多にないが、まあなんちゅうか、戦犯ヒロヒトが平和主義者になってしまう程度の国だから何でもありなのね。この頃だってクズ政治屋やクズマスコミに煽られて利他的な良い人をいじめて喜んでいるアホ国民。自らがその立場にあれば冷酷な国家にあのような仕打ちにあうと想像もしない馬鹿なのである。まさしく天に唾して喜び逆立ちウンコでケツが汚れいるのにも気づかないマヌケ。

  まったく、死ぬまで「あったことはなかった、なかったことがあったのだ」と吠えていればいい。馬鹿で有名な安部センセイが褒めてくれるぞ。何でもいいや褒められれば・・・

横レス> >星徹さんの掲載記事につ

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2004/05/15 02:06 投稿番号: [5173 / 29399]
結局そのような行為が責められるのは、
人間には基本的人権があるという前提で議論されるからです。
現代日本人において基本的人権を守ると云うことは最も基本的な規範に属することだと思います。
私自身そのような考えに異論は無いのですが、

過去のあらゆる歴史において、また現代においてもあらゆる局面で人権が正当に保護される、
ということ錯覚でしかないと私は思っています。

現代日本に生きる我々が考えなければならないことは、
人権は容易に蹂躙される、しかしそれをいかに防ぐかということを現実的な視点に立って考えることだと私は考えます。

人権を認めなければ(人間が家畜を殺して食料にする様に)殺すという行為を悪だと決めつけることは出来ません。
場合によっては、聖書に有るように住民を抹殺することすら正義と認識されます。


我々は何をなすべきか?
少なくとも過去の行為を「現代的な」価値観で裁くことでは無いと思います。
(南京大虐殺が事実であっても、嘘であってもです)
単なる非難に終わるのであれば、歴史に何も学んでいないということではないでしょうか

>星徹さんの掲載記事につ

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/15 00:47 投稿番号: [5172 / 29399]
知識豊富なドラワサオバちゃんを相手にご苦労様です。

横レスなんですけど、物理的に日本刀の性能を言うより、まずどうして100人斬りを責められなければならないんでしょう?

100人より101人斬った方がほめられるのでは。

相手が武器を捨てて明白に降伏の意思を示さなければ、塹壕から誘い出そうが、捉えた捕虜を据え物切りにしようが問題ないでしょ。
その辺はどう解釈成されているのですか?

それとも、シナ人が南京、済南、通州で遺憾なく発揮した獣性、子供の指をそろえて切り落とす、内臓をばら撒く、といったことをしたんですか?
シナ人の子供の内臓を煮て食べたというのもほんとじゃないでしょ?






ぼくはこのように無闇に意味のないスペースを開けるドラワサおばさんが嫌いなのであなたにお聞きしました。

志々目氏の証言

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/14 18:35 投稿番号: [5171 / 29399]
についても、以前も触れましたが、「本人がこう言っていた」というだけのものにしか過ぎません。

「志々目氏が鹿児島で小学生だったころ(おそらく一九三九年の春)、学校に野田毅
「少尉」が来て、生徒を前に以下のような話をしていたのだ。」

ということすら、本当なのか?
志々目氏から以外からもウラを取っている話なのか?

仮に、本当に話したということであっても、それが100人斬りが「あった」ということにつながる訳ではない。

100人斬り話がホラ話であったとしても、野田毅「少尉」が、そのホラ話を改めて事実として話したということは充分に考えられるからだ。
本人がホラ話をしたのが発端か記者が捏造したのかはおいて置いて、戦争中の国威発揚の中で、思わずも「ヒーロー」として祭り上げられ、回りから尊敬の目で見られれば、いまさら「嘘」だということは、部隊や家族・自分も含め、大変な不名誉となってしまうわけで、引くに引けない状況の中、だれも困るわけではないから、その路線に乗っかってしまえ、という行動は全く自然のことだ。

記事の中の内容と異なる発言なども、より本当に見せよう、不自然さを払拭しようという行動と考えられるわけで、

志々目氏の証言は、「やった」ということのみの「証拠」として説得力を持つとは言えない。


以下、志々目氏の証言

「郷土出身の勇士とか、百人斬り競争の勇士とか新聞が書いているのは私のこと
だ・・・
  実際に突撃していって白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない・・・
  占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだ
から、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。それを並ばせておいて片っぱしから
斬る・・・
  百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んど
だ・・・
  二人で競争したのだが、あとで何ともないかとよく聞かれるが、私は何ともな
い・・・」(月刊『中国』(徳間書店)一九七一年一二月号に掲載の志々目論文よ
り)

星徹さんの掲載記事について

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/14 17:52 投稿番号: [5170 / 29399]
これも、「あった」派の方は引用されますが、読んでいても、なぜ「あった」ということになるのか、理解できません。

>「向井・野田両氏は、日本の敗戦後に拘束されて南京へ移送され、軍事法廷で死
刑宣告を受け、四八年一月に処刑された。罪名は「捕虜・非戦闘員の屠殺(殺
害)」だった。この判決文は明らかとなっているが、裁判の詳細な記録は未だ公
開されていない。故に、これら新聞記事が唯一の証拠であったかどうかは未解明
のままだ。」

記事(これだって、本当にやったという証拠として疑問)以外の証拠は未解明なのになんで「あった」と言い切れるのでしょうか?


>そもそも、この問題においては、A「向井・野田両少尉は実際に何を行い、何
を行わなかったのか」とB「南京軍事法廷の判断は正しかったのか」〜中略〜Aについては、今
となっては分からないことも多い。Bについても、未解明な部分が多い。」

このように述べていて、どうして氏の中で「あった」と結論しているのでしょう。
この記事の中で星氏は、たぶん「あった」のだろうというニュアンスで話を進めているが、やはり直接的な証拠を示しているわけではありません。わかっている部分で「あった」と結論づけているものは何なのでしょうか。

そこのところがはっきりしない、この記事が「あった」ということを主張する上で説得力があるとは思えません。

れ:>横から失礼・・4

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/14 17:03 投稿番号: [5169 / 29399]
>この【丹陽中正門】を破壊するのに、【砲弾】をまず使う・・・そして、破壊した門から、歩兵が侵入するんじゃないですか?
>私はこちらの軍事には詳しくないですが。

ええと、ですね。
日本陸軍の歩兵大隊というのは
1.大隊本部+本部小隊
2.3〜4個歩兵中隊
3.重機(機関銃)中隊
4.歩兵砲小隊
一般的な編成はだいたいこんな感じです。

「歩兵砲」は口径(砲身内径。弾の太さ、と思ってください。ホントは『口径』は砲身長さを示すのですが。)75mm位の小さい部類に入る大砲でして。
大隊攻撃力主力である「小銃部隊(=各歩兵中隊)」の攻撃線上にある障害、簡易陣地やトーチカ(土嚢や丸太造りから、コンクリート製まで色々)を粉砕する役目です。
射程は最大でも4000〜5000m
(実際の有効射程はもっと短いですが)

歩兵部隊の後方から、それらの障害物を大砲で粉砕して戦います。

丹陽中正門の戦闘では恐らく、門前の中国軍拠点(簡易陣地やトーチカ)潰しに参加したと推測できます。

で、破壊した敵陣めがけて小銃部隊(歩兵中隊・小隊)が突っ込む、というパターンになるのですが。

だもので、「一番乗り」は歩兵砲小隊は不可能なのじゃないかな?と思ったわけです。

>当時の【軍関係者】からも、なんの異議申し立ては無かったでしょう?

何故でしょうね?
軍、それも戦闘部隊経験者ならだれでも判ると思うのですが...

れ:>横から失礼・・3

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/14 16:37 投稿番号: [5168 / 29399]
>向井少尉が【足を負傷したとか、歩きにくそうにしていた】という印象を持っていませんね。

ふむ。
この点は個々人の記憶、思惑、背景等々あるかと。
一番良いのはやはり記録なのですが...
恐らく戦後紛失しているのでしょうね。
師団医療部の記録があれば、記載されていたでしょうが。。。

れ:>横から失礼・・2

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/14 16:32 投稿番号: [5167 / 29399]
>ええと、ここについては、もう少し調べてみます。

あ、お手数お掛けします。

れ:>横から失礼・・1

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/14 16:31 投稿番号: [5166 / 29399]
>中国側は、【ハッキリした証拠】のあるものを処罰したそうです。
一寸この資料が出てこないのですが。

なるほど。
中国側の判決資料が出てくれば、また色々と検討できそうですね。
資料がでてくるのがちょっと難しいのが難点ですが...

>>>>横から失礼・・4

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:54 投稿番号: [5165 / 29399]
>>第2報には、向井少尉が
「丹陽中正門の一番乗りを決行」したという記述があるのですが、・・・


>>しかし、当時の軍隊において「一番乗り」というのは極めて重要視された名誉であって、
こんなことで嘘を書いたら本当に一番乗りを果した側が黙っていません・・・


>>この「一番乗り」報道が何ら問題にならなかったことは、それが実際そのとおりの事実であったことを示していると思われます





>これも「??」と言う気がします。


>「一番乗り」が「歩兵中隊・歩兵小隊」ならなんら疑問はありませんが、重量物である歩兵砲(馬で引きますが、場合によっては5,6人かかりで人力の場合も)を数門(4門ほどですか。小隊ですと)牽引する部隊の移動速度は遅いと言う事。



この【丹陽中正門】を破壊するのに、【砲弾】をまず使う・・・そして、破壊した門から、歩兵が侵入するんじゃないですか?

私はこちらの軍事には詳しくないですが。





>「丹陽中正門の一番乗りを決行」は全く信憑性がないと考えますが。
*これが「歩兵中隊・小隊・分隊、若しくは戦闘工兵部隊」なら理解できるのですが



でも、当時の【軍関係者】からも、なんの異議申し立ては無かったでしょう?


だから、【母校で講演したり、次の千人斬りやらの記事もすんなり受け入れられた。




★3〜4日投稿できませんので、あしからず。

>>>>横から失礼・・3

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:42 投稿番号: [5164 / 29399]
>>富山氏の
言うように向井少尉が「左膝頭部盲貫を受け」ていたとしたら、歩くこ
となど到底不可能なはずです。それどころか馬に乗ることすら困難で、
担架で搬送するほかなかったでしょう。



>ふむ。食い違いがありますね。
しかし、匿名記事では少々説得性に欠ける気がしますね...
ただ言えるのは「左膝頭部盲貫」だとしたら、12日に負傷、15日に「原隊復帰」ではなく「野戦病院後送」→「内地陸軍病院入院」コースですね。


>左足の膝頭を銃弾が貫通しているのですから。下手したら膝から下切断の重傷ですね。


>とすれば「向井少尉が何らかの傷を負ったこと自体は事実のようですが、それは離隊治療を要するほどのものではなかったと思われます。」は部分的に頷けます。
ただ負傷した場合は、必ず「包帯所(簡易野戦治療所)」まで「離隊」します。
12日に包帯所へ。
傷の具合や化膿の有無など確認して 15日原隊復帰、というのは極めて自然と思いますが。



しかし、ここは前にも投稿しましたが・・・

【鈴木二郎】さんの【詳細な証言があります】


基本的に【富山隊長】は、【戦後】この二人の【戦犯逃れ】のために証言した・・・と考えるのが妥当だと思いますが。


そして、この証言者は、向井少尉が【足を負傷したとか、歩きにくそうにしていた】という印象を持っていませんね。




そして、【周知された4報のほかに、今度発見された新聞記事では】・・・
(1938年1月25日)


野田少佐は、鹿児島の友人にこの【百人斬り】の手紙を出しています。


【・・・南京入城まで百五斬ったですが、その後目茶苦茶にきりまくって、二百五十三叩き斬ったです、おかげでさすがの【波平】も無茶苦茶です。

百や二百は面倒だから千人斬りをやらうと相手の向井部隊長と約束したです。・・・・・】


この後に【戦友の六車部隊長が百人斬りの歌を作ってくれました・・・】と歌の紹介まであります。



野田隊長自ら【嘘の手紙】をわざわざ郷里の友人に出したり、戦友が【百人斬りの歌】を作るでしょうか?

>>>>横から失礼・・2

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:19 投稿番号: [5163 / 29399]
>富山氏は
(a) 大隊は昭和12年12月12日 麒麟門東方に於て行動を中止し 南京に入ることなく 湯水東方砲兵学校に集結す
(b) 大隊将兵は昭和12年12月13日から翌年1月8日まで外出を禁止せられ特に南京方面に外出せしめたることなし

>と言っておられるのですか。
ふむ。これは変ですね。
(a)は、確かに9連隊は湯水東方を通過していますが、それは12日以前の行動だったはずですし...
12日には中山門全面に展開していますから。
兵力に余裕の無かった日本軍がわざわざ1個大隊を後方に留めておくかな?
師団の戦術・戦略予備としたのかもしれませんが...
師団作戦行動詳細が判ればはっきりするのですが...


【陣中日誌】等の公文書に記載があればいいのですが。
その日誌も残っているか、防衛庁未公開資料の中にあるのかも不明ですね。




>(b)は戦闘終結後の「自由行動」が制限された、と言う意味でしょうか。
道路清掃=戦場掃除はこれには含まれませんから、16日に中山門付近の戦場掃除を担当していても、富山氏の証言は矛盾しませんね。



>>また11日には【向井隊の本部が紫金山麓の霊谷寺】におかれ〜


>これは富山氏の証言と矛盾しますね。
どちらが正確かは部隊の行動詳細でないと判断できないかも。(残っていれば、の話ですが)
ただ「11日には向井隊の本部が紫金山麓の霊谷寺におかれ」と言うのは「?」ですが...
富山氏の証言通りですと歩兵砲小隊のみ部隊から離れているのはありえませんし。
証言通りでないにしても、11日に紫金山、12日に移動、部隊と共に布陣、と考える方が自然ですし...
(歩兵砲は大隊火力支援部隊ですから)

>>中山門から5キロの範囲といえば、ちょうど紫金山の南麓を走る公道にあたります。となると、富山氏の主張する(a)(b)は否定されてしまいます。



>これは、少々強引過ぎる気がします。
部隊が湯水から動かなかったか、動いたか。
11日に歩兵砲小隊本部が紫金山山麓にあった事。
16日に「道路清掃」をした事。
が、12日に向井少尉が紫金山に「いなかった」事の否定条件にはならないのでは?


ええと、ここについては、もう少し調べてみます。

訂正

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:09 投稿番号: [5162 / 29399]
誤・・・富山隊長の【捕虜殺害の証拠】


正・・・富山隊長の【捕虜殺害や指令の証拠】

>>>>横から失礼・・1

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:07 投稿番号: [5161 / 29399]
>何故、富山大隊長は戦犯容疑で裁かれなかったのでしょう?
部下(直属の歩兵砲小隊長と、大隊副官)がこの様な事を行なうには上官(この場合、捕虜の取扱い・管理者は大隊長)の許可が「絶対に」必要となります。


>許可無くこの様な事を行なえば、日中戦争中でさえ、野戦憲兵隊が出張ってきて大騒ぎになります。
直接手を下していなくとも「命令権者」であった為、B,C級戦犯として裁かれた指揮官は数多いのですが。。。




中国側は、【ハッキリした証拠】のあるものを処罰したそうです。
一寸この資料が出てこないのですが。


富山隊長の【捕虜殺害】などの証拠があれば、処罰の対象になったでしょう。





★向井・野田両氏は、日本の敗戦後に拘束されて南京へ移送され、軍事法廷で死
刑宣告を受け、四八年一月に処刑された。罪名は「捕虜・非戦闘員の屠殺(殺
害)」だった。

この判決文は明らかとなっているが、

【裁判の詳細な記録は未だ公
開されていない。故に、これら新聞記事が唯一の証拠であったかどうかは未解明
のままだ。】

・・・



★   まず第一点。『東京日日新聞』に掲載された「百人斬り競争」の記事は、明ら
かに両少尉の証言に基づいて書かれた、ということだ。このことは、この取材を
した浅海一男記者・鈴木二郎記者・佐藤振寿カメラマンの証言から明らかだ。以
下に、佐藤氏の証言を紹介しよう。


〈あの時、私がいだいた疑問は、百人斬りといったって、誰がその数を数えるの
か、ということだった。これは私が写真撮りながら聞いたのか、浅海さんが尋ね
たのかよくわからないけど、確かどちらかが、“あんた方、斬った、斬ったとい
うが、誰がそれを勘定するのか”と聞きましたよ。


そしたら、野田少尉は大隊副
官、向井少尉は歩兵砲隊の小隊長なんですね。それぞれに当番兵がついている。
その当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているんだ、という話だった。─
それなら話はわかる、ということになったのですよ。」〉(『週刊新潮』一九七
二年七月二九日号より)



以前の投稿でサムライさんから【当番兵についての疑問】が出ていましたが・・・

この【新潮記事】に、【当番兵を取り替えて・・・】についての読者からの異論はなかったようですが?


この新潮発売の1972年だったら、まだ、【当時の軍関係者】がたくさん生存していたと思います。



ですから、ありえる話だったと思います
ね。







http://www1.jca.apc.org/aml/200309/35782.html
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