>>>>横から失礼・・3
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/13 23:42 投稿番号: [5164 / 29399]
>>富山氏の
言うように向井少尉が「左膝頭部盲貫を受け」ていたとしたら、歩くこ
となど到底不可能なはずです。それどころか馬に乗ることすら困難で、
担架で搬送するほかなかったでしょう。
>ふむ。食い違いがありますね。
しかし、匿名記事では少々説得性に欠ける気がしますね...
ただ言えるのは「左膝頭部盲貫」だとしたら、12日に負傷、15日に「原隊復帰」ではなく「野戦病院後送」→「内地陸軍病院入院」コースですね。
>左足の膝頭を銃弾が貫通しているのですから。下手したら膝から下切断の重傷ですね。
>とすれば「向井少尉が何らかの傷を負ったこと自体は事実のようですが、それは離隊治療を要するほどのものではなかったと思われます。」は部分的に頷けます。
ただ負傷した場合は、必ず「包帯所(簡易野戦治療所)」まで「離隊」します。
12日に包帯所へ。
傷の具合や化膿の有無など確認して 15日原隊復帰、というのは極めて自然と思いますが。
しかし、ここは前にも投稿しましたが・・・
【鈴木二郎】さんの【詳細な証言があります】
基本的に【富山隊長】は、【戦後】この二人の【戦犯逃れ】のために証言した・・・と考えるのが妥当だと思いますが。
そして、この証言者は、向井少尉が【足を負傷したとか、歩きにくそうにしていた】という印象を持っていませんね。
そして、【周知された4報のほかに、今度発見された新聞記事では】・・・
(1938年1月25日)
野田少佐は、鹿児島の友人にこの【百人斬り】の手紙を出しています。
【・・・南京入城まで百五斬ったですが、その後目茶苦茶にきりまくって、二百五十三叩き斬ったです、おかげでさすがの【波平】も無茶苦茶です。
百や二百は面倒だから千人斬りをやらうと相手の向井部隊長と約束したです。・・・・・】
この後に【戦友の六車部隊長が百人斬りの歌を作ってくれました・・・】と歌の紹介まであります。
野田隊長自ら【嘘の手紙】をわざわざ郷里の友人に出したり、戦友が【百人斬りの歌】を作るでしょうか?
これは メッセージ 5144 (samurai_03_japan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5164.html