>>星徹さんの掲載記事に1
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/15 23:50 投稿番号: [5178 / 29399]
>まずどうして100人斬りを責められなければならないんでしょう?
>100人より101人斬った方がほめられるのでは。
100人斬りが本当にあったかどうかは別にして、実際当時新聞記事が出たことにより、日本国内では誉められていたわけです。戦時中である当時の日本人としての普通の感覚です。もちろん日本人としてでなくとも、戦争相手国に被害を与えるということは戦時中であれば、多くの国民から誉められることです。しかし相手の国からすれば屈辱的なことです。
やった方が戦争に負けた場合、戦勝国は自国に被害を与えたとして負けた国で誉められた行為は処罰の対象にしようとする、ということに尽きると思います。
もちろん純然たる戦闘行為自体を処罰するということは国全体としての指導層の訴追に集約されますが、その中で、純然たる戦闘行為でなければ、行為に関わった関係者が不名誉であるという非難を受ける上、処罰の対象にもなり易いわけです。
100人斬りも、「あった」派の方の中で「純然たる戦闘行為でない」という解釈の方が相対的に合理的だと考えられていることもあり、非難をしているのだと考えています。現在の日本人は何か失敗事があった場合、諸外国の人々よりも「反省」「お詫び」ということをしよういう国民性が強いということもあり、「あった」という結論を導き出した人々は100人斬りに対し、「反省」「お詫び」をすることが正しいから、二人の少尉を非難するのは当然と考えておられるのです。当然「あった」とは考えられない方の中でも「家族・子孫」の方々は、そのような「あった」派の方々の行為は今も名誉毀損を続けて与えている行為だと写ります。
これは メッセージ 5172 (hendazo04 さん)への返信です.
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