南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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ja2047さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/10 21:21 投稿番号: [6439 / 41162]
あ、ある写真が日本軍のものであるという客観的な証拠よりも、以下のことが知りたいのです。

おっしゃる話から、同じ処刑方法であっても、

シナ事変あたりの処刑写真では、日本軍によるものと中国軍によるものの両方の可能性があるといういことで間違いないですよね。

そうした写真の出所やいつ何を撮影したかを証明できないと、これは、日本軍・中国軍というような分け方は無理と考えて良いですよね。

そうなると、写真があるだけで、それを裏付けるものがないと、日本軍がやった可能性は否定できないけど、中国軍・その他がやった可能性も否定できないということで良いでしょうか?

そして、もう一つの疑問なのですが、「正当な手続きを経ない捕虜処分については、日本側の目撃者の記録、証言を挙げれば事足りると思いますので、ちょいと探して見ます。」

ということなのですが、この客観性の担保はどういう風に担保されるのですか?つまり、信じて良いという断定の根拠なのですが、皆さんどうやっていらっしゃるのか皆目検討がつかないのです。

すみません。質問ばかりで。

>>教えてくん教室  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 21:01 投稿番号: [6438 / 41162]
はいはい、

>>それはむしろ、ヨーロッパ式なのですね。
>ところで、支那事変当時の日本軍閥は、どっちの方式だったのでしょうか?

正規の手続きに基づく処刑はヨーロッパ式だと思います。
正当な手続きを経ない捕虜処分については、日本側の目撃者の
記録、証言を挙げれば事足りると思いますので、ちょいと探して
見ます。

私は実在が確認できる資料を優先しますので、本日中の
回答になるかは保証できません。
少々待って下さい。

>教えてくん教室  2)

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/10 20:54 投稿番号: [6437 / 41162]
>それはむしろ、ヨーロッパ式なのですね。

ところで、支那事変当時の日本軍閥は、どっちの方式だったのでしょうか?

中華人民共和国って

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/07/10 20:53 投稿番号: [6436 / 41162]
結局は、匪賊・山賊のDNAを古代から現在まで引き継いで、辛うじて国家の形態を守っている。

ま、そんな国が世界に受け入れられるとは思えませんがな〜

その名は、シナ。

シナ大陸って、本当にでたらめな民族ですね。

>>教えてくん教室  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 20:50 投稿番号: [6435 / 41162]
>日本軍の銃殺では、跪かせることはないようだ。立たせたまま前から撃つのが日本軍式ではないかね。

それはむしろ、ヨーロッパ式なのですね。

1930年代の帝国陸軍と中華民国軍の関係というのは、
私にとってもまだまだ研究課題なんですが、
1935年頃までは、中華民国の軍事は、結構日本を範としていて、
現に、中華民国海軍の主力艦”平海”が日本製だったり、
三八式歩兵銃を輸入していたり、軍事教練が日本式で、
教官が日本の軍人だったりしています。

反面、支那事変当時の日本軍閥の有り様を見ていると、
なにか、日本政府の意志を体現して行動していると言うより、
支那派遣軍が勝手に土着軍閥化して、中国内戦の一勢力として
行動してしまったのではないかとさえ、思うことがあります。

南京攻略だって、日本政府はもちろん、参謀本部は
その気がなかったにも関わらず、中支那方面軍が勝手に
進撃を始めたようなものです。

>教えてくん教室  2)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/07/10 20:01 投稿番号: [6434 / 41162]
>そのなかから順次、小集団が引きたてられ、銃殺された。脆かせ、後頭部を撃ち抜くのである。その場を指揮していた日本人将校がわれわれに気づくと、すぐに立ち去るように命じた。それまでに、われわれはこのやり方での処刑を百回ほど観察した。
_____________________________________________________

「脆かせ、後頭部を撃ち抜く」これは蒋介石軍の銃殺方式であることを指摘しておく。蒋介石軍は台湾でもこの方法でやった。

日本軍の銃殺では、跪かせることはないようだ。立たせたまま前から撃つのが日本軍式ではないかね。

中共方式は、最近女性数人を公開銃殺した写真がネットにたびたび引用されたが、跪かせるのでなく、一人の兵が取り押さえ、射撃する兵は近距離でうしろから後頭部を撃った。

週末教室終了します  m(_ _)m

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 18:54 投稿番号: [6433 / 41162]
>誤魔化してはいけないよ。

>>>コーヒー#6390
全然、無理じゃないでしょ。
      ・
      ・
      ・



・・・これこれ、変な引用をするでない

それって、単なる時間差を利用したトリックではないか。

この一連の議論の始まりは、
「>>>コーヒー#6390」
ここじゃあない。   もっと前だ。

元々msg6378の、でりちゃんの問い
>>>どうして、日本は、「掠奪や強姦」のようなチンケな非行を擦り付けようとしたのですか?
>>>どうして、「南京市民の大虐殺」を擦り付けなかったのですか?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&action=m&mid=6378&mid=

に対して、
私が、msg6380で
>>この時点で外部に漏れていたのは「難民への大暴行」でしょ。
犠牲者数万人説はこの時期以降に出てくるのです。

と、答えたところから始まっている。
「難民への大暴行」が問題になっていたのであって、
犠牲者(民間人)数万の大虐殺は知られていなかった。」
と言った途端に、
でりちゃんが質問を
「どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?」
に、変えてしまったのだよ。
で、私の
「難民への大暴行」が問題になっていたのであって、」
だけを引き続き使ってしまった。
だから、一見、回答が少し外れているように見えるが、
実は、質問の方が途中ですり替わってしまってるんだ。

たぶん、でりちゃんは狙って仕掛けたのではなくて、
苦し紛れに質問をすり替えたら、それがたまたま
トリックであるように働いただけなのだろうけどね。

私は
「難民への大暴行」が問題になっていたのであって、
犠牲者(民間人)数万の大虐殺は知られていなかった。」
と言ってるのであって、
「難民への大暴行には市民殺害は含まれない」とは
一言も言ってない。
でりちゃんが話をちょいとひねってしまったことについては、
ちゃんと、msg6416で
「“「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず”   と、
私が発言した箇所があるなら指摘してくれ、出来ないだろうから
話を次に進める。」
と、断ってあるだろう。



>俺にイチャモン付けたい奴が他のトピで言っていることを貼り付けて何になる?

でりちゃんがどういう種類の人間から【イチャモン】を付けられているのか
みんなに判るだろう。
自称、右だとか左だとかには関係なく、ある種の人間から
批判されているということが理解されるはずだ。


>アホ。

おお、上等だわ。   辛抱強くでりちゃんの相手をしとる時点で、
バカは覚悟の上じゃい。

続きは次の週末だ。
それまでは仕事と、まったりした趣味トピ優先だ。


では、さよーならー    (^.^)/~~~


南京虐殺はあった。教科書に書く羽目に!。

投稿者: winwinw4444 投稿日時: 2005/07/10 18:00 投稿番号: [6432 / 41162]
小泉の口は災いの元です。BBCにクレームもつけない小泉政権の外務省。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4449005.stm

結局、擦り付け工作はjaの出鱈目(4)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/10 11:59 投稿番号: [6431 / 41162]
・今回の一連の議論は、#5998のキミの投稿
―――――――――――――――――――
>南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。

>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
―――――――――――――――――――
の真偽を確認すること。

キミは、未だにマトモな根拠を示すことが出来ないでいる。

真偽を確認するためにいろいろと質問したのだから、それに対してあれこれと個人(俺)批判やあまり関係のない薀蓄ならべていないで真面目に簡潔に質問に答えろ。

ましてや、他のトピにあった俺に対する他人の批判をここで貼り付けてどうする?
オマエに言われなくても、Yahoo!掲示板において俺を嫌っている連中が山ほど居ることぐらい百も承知してるよ。

つまらない事をやっている暇があったら、サッサと1月3日上海発1月4日付NY・タイムズの記事が「日本の擦り付け工作」だったことを証明しろよ。

結局、擦り付け工作はjaの出鱈目(3)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/10 11:58 投稿番号: [6430 / 41162]
>>3.1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?

>そんなことは一言も言っておりませぬ。
>暴虐行為全般が問題になっていたのではないかと言っているのです。


では、1月24日や2月16日時点において、数十人の民間人殺害は認識されていたのですか?
お答えください。

―――――――――――――――――――
コーヒー#6384

1938年1月4日付(1月3日発)NY・タイムズ記事の大佐一味7人
1938年1月24日の日本軍が記者会見で発表した反日撹乱工作を扇動していた前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将
1938年2月17日付大阪朝日記事の元巡警の呉堯邦ら11人
どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?

―――――――――――――――――――
農協#6388

命が惜しくて潜伏中の将兵計8人と、通訳の腕章を付けて強盗をしていた民間人11人にかね?
そりゃ無理でしょ・・・・・・・って。     オイ   (−−;

―――――――――――――――――――

コーヒー#6390
全然、無理じゃないでしょ。
キミは、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と言った。
キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?
日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人(8人じゃねーよ)や前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

―――――――――――――――――――
農協#6406

1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。
―――――――――――――――――――




>なお、日本側の認識については、1938年6月に第十一軍司令官に任命された岡村大将が
>・・・
>と、書き残している点から、
>やはり、「民間人大虐殺」というよりは「民間人大暴行」であったことを示しています。


つまり、日本側の認識においても、1938年6月になっても、「民間人大虐殺」の認識はなかったということで、良いですね?

結局、「民間人大虐殺」は、戦後の東京裁判で初めて認識されたことを認めますか?

ダーディンやスティールやスミスが言った『民間人の殺害』は、戦後の東京裁判まで世間に相手にされなかったということの裏付けになりますね。

今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?




>なお、このあと、東京裁判で取り上げられたときの事件の呼称も
>“Nankin Atorocities”であって、“Nankin Massacre”ではないので、
>一貫して、虐殺のみが問題となったのではなく、残虐行為全体が
>問題となっていたことが窺えます。


東京裁判で、「民間人の大虐殺」について審理されたことは明らかです。
問題は、それ以前に世間(日・支・欧米)が認識されていたかどうか。




>>>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

>>>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>>>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。

>>中国『中央社通信』って何ですか?
>>それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?

>ラーベより詳しかったという根拠はありません。


では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。
世間が認識したのは、東京裁判の時が初めてなんだろ?

結局、擦り付け工作はjaの出鱈目(2)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/10 11:54 投稿番号: [6429 / 41162]
>>2.12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?簡潔に人数をお答え下さい。

>簡潔に答えます。
>報告者により人数の認識は違います。

そう、そう。
その調子でやれ。



>おそらくこの時点で最も総合的な報告は、
>1月9日のダーディンによるニューヨークタイムズ全面記事と、スミス記者による講演なのだと思う。
>いずれも、12月15日時点での見聞でしかないので、占領後の南京とは言えないけどね。
>スミス講演抜粋
>・・・
>米国領事館の前では中国人市民が四名、長江ブリッジ・ホテルの前ではおよそ二〇名が日本兵に射殺された。
>・・・
>1月9日   ダーディン記事抜粋
>「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。日本兵が近づいてくるのを見て、興奮したり恐怖にかられて走り出す者は誰でも、射殺される危険があった。日本軍が市内の支配を固めつつある時期に、外国人が市内をまわると、民間人の死骸を毎日のように日にした。老人の死体は路上にうつ伏せになっていることが多く、兵隊の気まぐれで、背後から撃たれたことは明らかであった。」
>「   市の南部および南西部から避難できなかった大勢の市民は殺害され、総計ではおそらく戦闘員の死亡総計と同数くらいにのぼるであろう。記者は日本軍が地域を掌握してからの市南部を訪れたが、一帯は日本軍の砲爆撃で破壊され一般市民の死骸がいたるところに転がっていた。」



なんだ?
結局、人数はよく分からないのね。

一応、内容にツッコミを入れておくよ。

「   市の南部および南西部から避難できなかった大勢の市民」なんて居なかった。
このことは、何度も何度も何度も説明してきた。(#4674など)

また、「紅卍字会の埋葬記録では女の死体は83名、子供の死体は48名あるいは46名」なのだから、ダーディンの記事は酷い出鱈目だ。

南京を歩きまわってあちこち見ていた多数の日本人の証言との乖離も大き過ぎる。(#6404)

さらに、何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのに、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスミスやダーディンがそのような光景を目撃したと言っても、世間からは信憑性なしと見なされて追認されることはなかった。

結局、12月末〜1月20日頃の時点において、世間で認識されていた日本軍によって虐殺された民間人の人数は、分からないのね?
了解。

結局、擦り付け工作はjaの出鱈目(1)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/10 11:53 投稿番号: [6428 / 41162]
>何度も言ってるだろう「占領後もなお続く市民への暴虐行為に殺人は含まれる」と、


何度言ったの?

誤魔化してはいけないよ。

―――――――――――――――――――
コーヒー#6384

1938年1月4日付(1月3日発)NY・タイムズ記事の大佐一味7人
1938年1月24日の日本軍が記者会見で発表した反日撹乱工作を扇動していた前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将
1938年2月17日付大阪朝日記事の元巡警の呉堯邦ら11人
どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?

―――――――――――――――――――
農協#6388

命が惜しくて潜伏中の将兵計8人と、通訳の腕章を付けて強盗をしていた民間人11人にかね?
そりゃ無理でしょ・・・・・・・って。     オイ   (−−;

―――――――――――――――――――

コーヒー#6390
全然、無理じゃないでしょ。
キミは、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と言った。
キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?
日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人(8人じゃねーよ)や前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

―――――――――――――――――――
農協#6406

1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。

―――――――――――――――――――
コーヒー#6412

つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?

―――――――――――――――――――
農協#6422

何度も言ってるだろう「占領後もなお続く市民への暴虐行為に殺人は含まれる」と、
安全区委員の記録にも、日本大使館への書簡にも、日本軍幹部の認識にも
殺人は含まれているよ。
この時点で把握されている総件数では「殺人」より、「連行」や「強姦」や「強奪」
の方が圧倒的に多いということだ。
―――――――――――――――――――


以上のように、何度も言っていないのは明らかだ。
嘘を吐くなよ。

それと、くだらないことをグダグダ言って誤魔化そうとするのはやめろ。
俺にイチャモン付けたい奴が他のトピで言っていることを貼り付けて何になる?
アホ。



>>2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?

>繰り返し言うが「占領後もなお続く市民への暴虐行為に殺人は含まれる」、
>安全区委員の記録にも、日本大使館への書簡にも、日本軍幹部の認識にも
>殺人は含まれている。
>この時点で把握されている総件数では「殺人」より、「連行」や「強姦」や「強奪」
>の方が圧倒的に多いということだ。


「殺人49人に対して、傷害:44、連行:390(連行の上殺害と考えられる)、
強姦:391、強奪等:179とある。」

↑これのこと?
だったら、普通、日本側が擦り付け工作をするとしたら、殺人を擦り付けるだろ!
ん?
その殺人49人だって、安全区国際委員会によってちゃんと検証されていないのだから、擦り付けようとすれば、簡単に擦り付けられただろ?

安全区に潜伏した支那人撹乱工作隊の記事が、日本による擦り付け工作だったというのは、悪質な出鱈目だ。

朝鮮とベトナム戦争に派遣いなかってツケ.

投稿者: farusaeast01 投稿日時: 2005/07/10 11:26 投稿番号: [6427 / 41162]
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4449005.stm
朝鮮民族の子孫は300万人いる。日本人とも混血も200万人いる。合せて500万人だ。

白だかビャクだかが国会議員になったのが証拠です。

あの孫社長も朝鮮民族だろ。帰化しても日本民族は日本民族、朝鮮民族は朝鮮民族だよ。

USAの華僑は選挙権もありゴルフも旨い。

イラク派遣に正義なし、対中国対策だった。

投稿者: daihonnei1945 投稿日時: 2005/07/10 11:03 投稿番号: [6426 / 41162]
口は災いの元です。
イラク派遣に正義なし、
中国と喧嘩すれば、米国へ依存するようになり、派遣した。   テロが起きたら、小泉の口のせいだろう。   内政・外交を口は災いの元政権にやらしていいのか?

英国ではイラクから撤退が議会で議論されている。オランダは撤退した。そんなイギリスで『テロに屈指ない』って馬鹿のひとつ覚え。

イラク米英軍25万に対し自衛隊は600人。なんで、無理してアメリカの為だけに出した。   中国と喧嘩するからだろう。金は世界の半分は日本がだす。100億ドルの追加って、全額で幾ら?.

教えようがない教室

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:43 投稿番号: [6425 / 41162]
>>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

>>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>>そりゃあ身勝手というものだぞ。

>説明不可能なんだね。


何度も言うように、「でりちゃんの思いつき」が正当であるかどうかについて、
どうやったら私が説明できるのかね。

でりちゃん、いいかい、相手から
「俺のことをバカだというんなら、
俺のどこがバカだか説明して見ろ。」
と、いわれたら、これは説明できるよな?
自分から相手のことをバカと言ったのなら
言った理由は説明できる。    当然だ。

だけど、
「私はバカです。   なぜ私がバカなのか説明しなさい。
出来なかったら、あなたは私よりバカです。」
と言われて説明できるかね?

私にはでりちゃんの思いつきが正当であるかどうか
説明することは不可能だ。


理解できるかな?

教えてくん教室  3)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:42 投稿番号: [6424 / 41162]
>3.1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?

そんなことは一言も言っておりませぬ。
暴虐行為全般が問題になっていたのではないかと言っているのです。
また、
「民間人殺害の認識があったのなら、それを中国兵に擦り付けるのが当然だ」
という、でりちゃんの断言が電波だと言っているだけです。
当時の日本軍の広報担当者は、でりちゃんよりも常識的な思考が
出来たのだと思います。   (あたりまえか)

なお、日本側の認識については、1938年6月に第十一軍司令官に任命された岡村大将が
「それなのにこのたび東京で、南京攻略戦では大暴行が行われたとの噂を聞き、それら前科のある部隊を率いて武漢攻略に任ずるのであるから大に軍、風紀の維持に努力しなければならないと覚悟し、差し当り「討蒋愛民」の訓示標語を掲げることにした、それはわれらの目的は蒋介石の軍隊を倒滅することであって無辜の人民には仁愛を以て接すべしというに在った。
  上海に上陸して、一、二日の間に、このことに関して先遣の宮崎周一参謀、中支派遣軍特務部長原田少将、抗州特務機関長萩原中佐等から聴取したところを総合すれば次のとおりであった。
一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。」
と、書き残している点から、
やはり、「民間人大虐殺」というよりは「民間人大暴行」であったことを示しています。

なお、このあと、東京裁判で取り上げられたときの事件の呼称も
“Nankin Atorocities”であって、“Nankin Massacre”ではないので、
一貫して、虐殺のみが問題となったのではなく、残虐行為全体が
問題となっていたことが窺えます。


>4.中国『中央社通信』って何ですか?

台湾に、今でも「中央社」という通信社があります。
その前身です。
http://www.cna.com.tw/

>それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?

ラーベより詳しかったという根拠はありません。
ラーベは自分たち欧米人の認識の方が正しいと考えています。
また、この犠牲者5、6万人とか10万人という数は、ラーベ達の
いた南京城壁内ではなく、郊外を合わせた数と考えられます。
でないと、スマイス報告との辻褄が合いません。
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe3.html



教えてくん教室  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:41 投稿番号: [6423 / 41162]
>2.12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?簡潔に人数をお答え下さい。

簡潔に答えます。
報告者により人数の認識は違います。

おそらくこの時点で最も総合的な報告は、
1月9日のダーディンによるニューヨークタイムズ全面記事と、スミス記者による講演なのだと思う。
いずれも、12月15日時点での見聞でしかないので、占領後の南京とは言えないけどね。

スミス講演抜粋
  〔一三日〕正午近くになって、マクダニエル氏は城内南部で最初の日本軍の警邏隊を見かけた。かれらは、六人から一二人の集団をつくり、大通りを注意深く進んだ。散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。
  それでも、日本兵の出現で、中国市民の間にはある種の安堵感が生まれたようである。もし日本兵が人間的なふるまいをしてくれれば、かれらを受け入れる心づもりはできていたのである。
  いわゆる安全区では流れ弾と榴弾によって約百人の中国人が死亡し、さらにもう百人ほどが負傷した。
  一二月一三日午後、日本軍戦車隊が先遣部隊を従えて入城した。部隊は疲労困憊の様子をしていた。中山門と光華門の付近での戦闘はもはやなかった。中山門に損傷はなく、光華門も軽微な損傷ですんだ。この二つの門近くに死者はいなかった。
  夜になると、日本軍が安全区にも入ってきた。安全区の管理下には、約七千人の武装解除された中国兵がいた。かれらは軍官学校やその他の建物に収容されていた。城内南部から数百人の中国人警官が逃げてきたため、安全区の警察は増員されていた。

  一二月一五日、略奪が続けられた。安全区では約五千人の中国人難民が整列させられ、およそ一八〇ドルが奪われた。こうしたふるまいを上位機関に訴えて止めさせることは不可能だった。なぜなら、苦情を申し入れるべき日本軍上級将校は、日本兵の主張によれば、まだ南京にいなかったからだ。
  大勢の若い中国人女性と少女たちが自宅から連れ去られた。その後、彼女たちを見かけた人はいないので、彼女たちの身に何が起こったかはわからない。
  結局、城内での戦闘による被害は少なかった。ドイツ人の家屋は、外見上はほとんどがもとのままだが、大半は略奪にあったようである。
  明の孝陵と中山陵はとくに報告すべき損害を受けなかった。
  メトロポリタン・ホテルはまず中国兵に、その後日本兵によって根こそぎ略奪された。
  米国領事館の前では中国人市民が四名、長江ブリッジ・ホテルの前ではおよそ二〇名が日本兵に射殺された。
  福昌ホテル(オーナーはカルロヴィッツ商会の買弁)の前に爆弾が落ち、それで一二月一二日朝に一〇名の中国人が命を失った。シュペアリンク氏は、榴弾の破片で手に軽傷を負った。
  一二月一五日、外国の記者団は、日本軍艦に乗って南京から上海へ移動する許可を日本軍より得た。その後、英国軍艦が同じ航路をとることになった。われわれは、桟橋付近に集合せよとの指示を受けた。
  出発までに予想以上に時間がかかったので、われわれは調査をかねて少しあたりを歩くことにした。そこでわれわれが見たものは、日本軍が広場で一千人の中国人を縛り上げ、立たせている光景だった。そのなかから順次、小集団が引きたてられ、銃殺された。脆かせ、後頭部を撃ち抜くのである。その場を指揮していた日本人将校がわれわれに気づくと、すぐに立ち去るように命じた。それまでに、われわれはこのやり方での処刑を百回ほど観察した。他の中国人がどうなったのかはわからない。
http://www.geocities.jp/yu77799/smythekouen.html


1月9日   ダーディン記事抜粋
「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。日本兵が近づいてくるのを見て、興奮したり恐怖にかられて走り出す者は誰でも、射殺される危険があった。日本軍が市内の支配を固めつつある時期に、外国人が市内をまわると、民間人の死骸を毎日のように日にした。老人の死体は路上にうつ伏せになっていることが多く、兵隊の気まぐれで、背後から撃たれたことは明らかであった。」
「   市の南部および南西部から避難できなかった大勢の市民は殺害され、総計ではおそらく戦闘員の死亡総計と同数くらいにのぼるであろう。記者は日本軍が地域を掌握してからの市南部を訪れたが、一帯は日本軍の砲爆撃で破壊され一般市民の死骸がいたるところに転がっていた。」

教えてくん教室  1)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:39 投稿番号: [6422 / 41162]
>1.つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。

うーん、でりちゃんに対しては説明と言うことは意味をなさないのだね。
何度も言ってるだろう「占領後もなお続く市民への暴虐行為に殺人は含まれる」と、
安全区委員の記録にも、日本大使館への書簡にも、日本軍幹部の認識にも
殺人は含まれているよ。
この時点で把握されている総件数では「殺人」より、「連行」や「強姦」や「強奪」
の方が圧倒的に多いということだ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6417


>皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?

そうやって「教えてくれ、説明してくれ、僕よくわからないから全部答えてくれ」
「答えられなかったらオマエの負けだぞ」   って、やってたら、どこかで資料の
限界が来るな    (^^;

それを承知でやってるんだから、資料の続く限りはお付き合いするけどね。
・・・・・アイケルさんからもバカだというお墨付きを貰ったことだし    (−−;
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbf aea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=32768

要は、正確に2月16日頃と特定できる記録がいかほど残っていて、
私の手の届く犯意にどれくらいあるかということなのだけどね。


>2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?

繰り返し言うが「占領後もなお続く市民への暴虐行為に殺人は含まれる」、
安全区委員の記録にも、日本大使館への書簡にも、日本軍幹部の認識にも
殺人は含まれている。
この時点で把握されている総件数では「殺人」より、「連行」や「強姦」や「強奪」
の方が圧倒的に多いということだ。


しょうがない、週末なのだから

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:38 投稿番号: [6421 / 41162]
「週末になったら、ゆっくり、教えてくん教室に付き合ってあげる」
と、言った手前、やらないわけにはいかないじゃあないか。

あ゛―    余計なこと言うんじゃあなかった。


>回答不能、反論不能に陥ったようだね。

答えようのないことは、答えようのない場合もある   (^^
たとえば、というより、現に行われていることだが、
でりちゃんに
「俺の推理が正しいことを証明して見せろ」
と言われたら、私には答えようがない。

それは、でりちゃんが説明すべきことであって、
私が説明出来ることではない。

理解できるね    d(^^


>強姦に関しては、日本や欧米のマスコミや安全区国際委員会にも知れ渡っていたが、市民虐殺は2月中旬になっても認識されていなかったのか・・・

なんか不思議な理解をしているな。
「市民虐殺」というものが何を指しているのかはこれだけでは判らないが、
「市民に対する暴虐行為」の中には、「殺人」も含まれる。
ここで述べたとおりだよ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6417


>考える必要もない簡単な質問なのに何故答えない?

そうか、でりちゃんはいつも何も考えていないのかね。
私は、裏付けのないことをさも事実のように語ることは嫌いだし、
合理性のない推測を事実だと言い張ることも嫌いなのだけどね。
だから、自分の言うことがウソにならないようにと言うことは
ちゃんと考えていたいと思っている。

jaって農協か、

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/07/09 22:37 投稿番号: [6420 / 41162]
ジャパンのjaなのか、

これほどまでに、日本は悪い事をした、って言うバッシングに耐えられる貴方はある意味ご立派。

僕は良い頃加減、反日を掲げながら自国を纏めて居る様な、反日馬鹿三国には到底理解できませんがな〜

貴方は理解出来ているんでしょうな〜

ま、日本が戦争に負けたから何でも言いたい事を日本に言っているんでしょうな〜

こんなんで、世界の平和は保たれませんな。

と言うことで、「再確認!当時の認識!」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 22:14 投稿番号: [6419 / 41162]
>>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?

>1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
>「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
>これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。


つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?




>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>そりゃあ身勝手というものだぞ。

説明不可能なんだね。
つーか、2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?
でなければ、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と矛盾するよね。




>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点…

>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
>>お答えください。
>>簡潔に人数を述べれば良いのです。

>(無視)

無視せず、簡潔に人数をお答え下さい。
0人ですか?




>>お答えください。
>>それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?

>(無視)

お答え下さい。
1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?




>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。


中国『中央社通信』って何ですか?
それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?




>マッカラムが日記に
>…
>と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

>エスピー報告には
>…
>という一節があるが、民間人だけの話ではないし、

>マギーの日記には
>…
>とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。

>結局民間人殺害の話は、この時期には、
>第一報であるダーディンの
>「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
>スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
>スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
>くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


私が#5196などで述べてきたとおり、1937年12月18日付NY・タイムズ、ダーディンの記事の『民間人の殺害』などは、やっぱり戦後の東京裁判まで誰からも相手にされなかったということだね。

今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?

何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのだから、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスチールが「日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」と言っても世間が問題にしないのは当然だよね。

おりょりょ・・・

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 22:11 投稿番号: [6418 / 41162]
回答不能、反論不能に陥ったようだね。

強姦に関しては、日本や欧米のマスコミや安全区国際委員会にも知れ渡っていたが、市民虐殺は2月中旬になっても認識されていなかったのか・・・
強姦よりも虐殺のほうが隠せないのだよ。
死体が残るし、少なくとも生きていた人間が居なくなるのだからね。

それにしても、前々から、F1789_99さんやsnjitutoseiginohitofsannさんに対して誤魔化し続ける様子を見ていて見苦しいと思っていたが、本当に酷い。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbf aea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=32589



俺は、難しいことは何も要求していないよ。
考える必要もない簡単な質問なのに何故答えない?


1.つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?


2.12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?簡潔に人数をお答え下さい。


3.1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?


4.中国『中央社通信』って何ですか?それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?

ふむ、俺がバカなのかも知れない 2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 15:03 投稿番号: [6417 / 41162]
外国人達の占領下での体験が報じられ出したのはいつ頃だろうか
というと、

先のNYタイムズの1月25日アベンド記事に
「先週金曜日夜、上海の日本当局は率直に、この情況に関する電信報告は検閲を通過しないと通告し、事実上、日本軍の声威を傷つける恐れある「悪意ある」報告の海外打電を禁止する旨を宣言した、
  包囲、攻撃の間ずっと生命をかけて難民キャンプの運営に当たってきた宣教師や福祉活動家が上海に宛てた南京概況報告や、現在南京駐在の領事等外交官の報告が、すぺて悪意あるものとはとうてい考えられない。これらの報告はいずれも一致し、日本軍側の残虐行為と無統制の放縦についての目撃者の証言を含んでいるのである。
  これらの報告は、その主要部分は印刷不可能であるが、当地ではきわめて厳重な憶測を呼んでいる。」
とある。

ティンパリーが上海からの無線を差し止められたのが1月16日だから、
1月25日という時期は、記者達が南京からの情報を入手し始めたばかりで、
何とか日本側からの情報との整合を取ろうと、奮闘している最中ではないかな。

この時点で伝わって来ている南京市内の状況としては、どうしたって
殺人の件数より、掠奪や暴行の件数の方が多い。
別に不思議ではない。
「虐殺49人説」という電波説の元になった、板倉由明氏の『続「南京大虐殺数」の
数字的研究』の内容、によれば、
南京市内で起こった日本軍による被害のうちで、委員会が再確認の上、抗議文書を
発行したものの被害者内訳数は、
殺人49人に対して、傷害:44、連行:390(連行の上殺害と考えられる)、
強姦:391、強奪等:179とある。
これは、全体の規模を表すものではないが、サンプリングとして、
明らかに起きた殺人に対して、連行されて行方不明のもの、掠奪、強姦が件数と
しては多いことを示している。

1月25日時点で、在上海ジャーナリズムが問題にしていたのが、「殺人」の件数
だけではなく、住民への暴虐行為全体だと言うことは理解できるよね?


>今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?

んー    (−−
やっぱりでりちゃんには、物事を時系列で解明して実像に迫る、
「情報」というものがいかに伝わるかに付いて考慮しながら考える
ということを期待するのは無理なのかなあ。

理解を期待する私がバカなのだろうか。


ふむ、俺がバカなのかも知れない

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 14:59 投稿番号: [6416 / 41162]
でりちゃん相手に、精密な話をして納得させようというのが間違っているのかも
しれないね。

もっと、ざっくりと大きくまとめた話をしないと、やたらと資料を出して、
でりちゃんに物事一つずつを理解しろと言うのが無理だったのであって、
それをやろうとしている私がバカなのかも知れない。

でも、乗りかかった船だから、ここは馬鹿正直路線で行くことにしようか。


>つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ

しっかりメモして置きなさい。
でりちゃんと話をしていると、「情報」というものがいかに伝わるかに付いて
全く考察する能力がないように見えることがある。
これは、軍カテででりちゃんに辟易しているアノ氏も同じことを感じている
ように見えるね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=ffccfc0oaha4obfafnaca4ja4na4aba1a9&sid=1835559&mid=12355


“「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず”   と、
私が発言した箇所があるなら指摘してくれ、出来ないだろうから
話を次に進める。

今回、ロンドンで起きた、地下鉄テロの第一報が入ったのは木曜の
夕方のことだったのだが、
全容が見えてくるには昨日の午後までかかっただろ。
いや、今もなかなか、被害の全容は見えていない。
通信の発達した、現代の文明の中心の一つであるロンドンでの
出来事でさえ、「情報」は瞬時に伝わらない。   時には途絶する。

1937年の南京は、都市間に電話さえ通じていなかったのだし、
陥落後は放送局が沈黙してるのはもちろん、取材をする人間も
これを発信する人間もいない。
第三国人の電信が復活したのはアメリカ大使館が1月6日以降、
ドイツ大使館、イギリス領事館が1月9日以降だが、プレス向けの
情報を発信したわけじゃない。
南京を最初に脱出した外国人はクリスチャン=クレーガーだが、
1月23日に南京を出発した彼は、日本軍用の列車で無蓋貨車
に乗せられ、12時間かかって上海に着いた。
1月28日に上海からラ−ベ宛てに書いた手紙は、2月の5日に
ラーベの元に着いた、手紙は一週間かかったと言うことだ。

12月の下旬から1月の中旬というのは、南京からの情報が途絶して、
上海では何が起こっているのかと固唾を呑んでいるのだよ。

1月25日のNYタイムズの書き出し、
「一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。」
が、それを表しているだろ?

皆が関心を以て見つめているのに、情報が途絶して得られないからこそ
1月4日の「攪乱隊工作記事」のような、いまだに真偽が明らかに出来ない
ような記事でも載せざるを得なかったのだよ。


>南京強姦 2万人?

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 14:57 投稿番号: [6415 / 41162]
>南京攻城戦に日本軍は何人参加したのか知らないが

日本側記録で約20万人です。

>2万人も強姦するのでは戦闘どころでは無かったのではないか。

この2万というのは安全区委員長ラーベの推定値なのですね。
委員の一人ベイツは当初八千件と推定していました。


ベイツ書簡−アメリカのキリスト者への手紙

有能なドイツ人の同僚たちは(安全区国際委員長ラーベのこと)強姦の件数を二万件とみています。私にも八〇〇〇件以下とは思われません。いずれにしても、それを上回る数でしょう。われわれの職員家族の若干と現在アメリカ人が住んでいる住宅を含めて金陵大学構内だけでも、一〇〇件以上の強姦事件の詳細な記録がありますし、三〇〇件ほどの証拠もあります。
  ここでの苦痛と恐怖は、あなたにはほとんど想像できないでしょう。金陵大学構内だけでも、十一歳の少女から五三歳になる婦人まで強姦されています。ほかの難民グループでは酷いことにも、七十二歳と七十六歳になる老婆が犯されているのです。神学院では白昼、一七名の日本兵が一人の女性を輪姦しました。実に強姦事件の三分の一は日中に発生したのです。

これが、外国人達の見たところです。


では、日本側記録ではこれをどう見ているかと言いますと、
こんな通達が出ていたことが知られています。

杭州占領に伴ふ秩序維持及配宿等に関する件    昭和12年12月20日
掠奪、婦女暴行、放火等の厳禁に関しては屡次訓示せられたる所なるも、本次南京攻略の実績に徴するに、婦女暴行のみにても百余件に上る忌むべき事態を発生せるを以て、重複を顧みず注意する所あらんとす
(第十軍作戦指導に関する参考資料其の三)

と、あるように、第十軍だけで百件以上という認識を示しています。
また、その第十軍の法務官であった小川関次郎氏の日記には
「是迄の犯行数(その実際の数を挙げれば莫大ならん)」
とあるわけで、第十軍だけでも百件では済みそうにありません。

これだけでは実数がどれぐらいかは、何とも言えないのですが、
同時期の陸軍省人事局長阿南惟幾少将のメモにはこうあります。

「中島師団婦人方面、殺人、不軍紀行為は、国民的道義心の廃退、
戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり。」
(阿南惟幾   S12.12.22陸軍省局長会報におけるメモ)

どうも、第十軍よりも上海派遣軍の第十六師団の乱行を問題にしているので、
第十軍の強姦よりも上海派遣軍の強姦の方がひどかったようです。

結局、日本側の記録から読みとれるのは、百件よりははるかに(たぶん桁違いに)
多かったらしい、ということまでで、実数は記録されていません。
たとえ推定でも、それなりの数字を挙げてくれていれば、8000説とか2万説の
裏付けなり反証になるのですが、この書き方では明白な否定材料にもなりません。

日本側記録は、2万説について否定も肯定もしていない。
と言うところが結論になろうかと思います。


>>ちょっと違います

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 13:41 投稿番号: [6414 / 41162]
>そういえば笠原さんも30万人というのは幻想であるとおっしゃってましたね。

そうですね。
どこかのシンポジウムでアイリス・チャンに、あなたの本は間違いが多いと
いうようなことを言って、嫌な顔をされたそうですから   (^^;

面と向かって批判するというのは東中野氏はしてないわけですよ   (^◇^

>ちょっと違います

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/09 12:12 投稿番号: [6413 / 41162]
それでは訂正しておきます。

笠原さんについて正確に知ろうとしていなかったのかもしれません。

そういえば笠原さんも30万人というのは幻想であるとおっしゃってましたね。

当時は日本軍による市民虐殺の認識なし

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 11:24 投稿番号: [6412 / 41162]
>>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?

>1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
>「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
>これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。


つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?




>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>そりゃあ身勝手というものだぞ。

説明不可能なんだね。
つーか、2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?
でなければ、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と矛盾するよね。




>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点…

>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
>>お答えください。
>>簡潔に人数を述べれば良いのです。

>(無視)

無視せず、簡潔に人数をお答え下さい。
0人ですか?




>>お答えください。
>>それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?

>(無視)

お答え下さい。
1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?




>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。


中国『中央社通信』って何ですか?
それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?




>マッカラムが日記に
>…
>と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

>エスピー報告には
>…
>という一節があるが、民間人だけの話ではないし、

>マギーの日記には
>…
>とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。

>結局民間人殺害の話は、この時期には、
>第一報であるダーディンの
>「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
>スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
>スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
>くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


私が#5196などで述べてきたとおり、1937年12月18日付NY・タイムズ、ダーディンの記事の『民間人の殺害』などは、やっぱり戦後の東京裁判まで誰からも相手にされなかったということだね。

今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?

何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのだから、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスチールが「日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」と言っても世間が問題にしないのは当然だよね。

戦ふ兵隊・亀井文夫監督

投稿者: antimarck 投稿日時: 2005/07/09 11:01 投稿番号: [6411 / 41162]
戦ふ兵隊・亀井文夫監督
http://www.bbsplus.com/aws/asin/B000666S1I

一度映像を見ることをお奨めします。

前線指令所の緊張した命令伝達。このような軍隊で、虐殺などが発生するものなのか?そのようなことは信じられないというのが大方の意見だと思う。

この映画に作為はほとんどないと思う。軍部から公開を禁止されていることでもそれがわかる。

話が違いますが

投稿者: fangwen2005jp 投稿日時: 2005/07/09 09:34 投稿番号: [6410 / 41162]
中国の街を歩いていると・・・
売春婦(18歳〜22歳)が
喜んで、自分の父親くらいの男性に
ぶら下がって連行されていきます。
(今の日本よりひどい、しかも露骨)

そんな光景を小さい子供も見ながら
大人になります。
日本で言えば60年前〜40年前の事だと
思いますが・・・
今は2005年、中国では現在も進行形です。

中国も地域によって違うでしょうが、
国が言っていることとやっていることが
あまりにも違いすぎますね。



最近は抗日60周年のドラマ、ドキュメンタリーが盛んです。
ドラマでは八路軍、強いです・・・。
感動の勝利を演出しています・・・。

今はもう2005年・・・。

ちょっと違います

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 08:30 投稿番号: [6409 / 41162]
>虐殺数が30万とかなっているのは   1985年以後に編纂された中国の地方の文献によるものです。

東京裁判、南京裁判での検察側立証が「30万以上」なのですね。
よく言われる最近になって増えたというのは、完全なガセです。


>笠原さんの説は、その文献をもとにしていますので信憑性は少ないといえます。

笠原説の柱は、むしろ日本軍の「戦闘詳報」など、日本側公式記録の積み上げなのですね。
信憑性を問題にする人は、「日本軍の戦果発表など、デタラメに決まっている。
”大本営発表”というのを知らないのか。」   てなことを、言うわけです   (^^

さて、ダムの貯水量も回復したし

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:41 投稿番号: [6408 / 41162]
水を撒くのはこの辺でやめです。


>> 今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
>> 外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
>> しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

>どうしても1/4NYタイムス報道と1/25チャイナプレス報道はその実体が同一の物であったという説に引っ張って行きたいようですね。

全く同じ時期に類似の事件があったというのは、まあ可能性ゼロでないとして、
1/4NYタイムズ記事の内容通りの事件が別にあったのなら、1/25記事に
出てくる憲兵隊報告書は、なぜそれを載せなかったのでしょうか?
同じ情報の別のバリエーションと考えた方が、理解はしやすいでしょう。

>撹乱工作のニュースソースが外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」であるというのは、現段階では根拠のない仮説でしかありません。

いえいえ、推測を一切排除して、単純に事実だけを見て下さい。
1/4NYタイムズ記事の情報源が不明なままである以上、
誰かが確認した情報の出所は「日本軍憲兵隊報告書」だけなのです。
だから、
>> 今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
>> 外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
>> しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

推測を排除すれば、確認できる事実はこれだけです。


>確認された事実は、NYタイムスとチャイナプレスが中国兵による撹乱工作を報じた、
ということであって、それが日本軍の宣伝工作であったという説は「確認された事実」ではありません。

NYタイムズ1/4記事は、「中国兵による攪乱工作」を報じている、
これは事実です。
では情報源はどこか、可能性としては   (1)安全区の委員達、
(2)日本の軍、外交筋、が考えられますが、記事だけからは
特定できません。
ただ、「中国兵による攪乱工作」は外国人達の記録には出てこない。
別の日本軍発表だと言われるものには出てくる。   ここまでは言えます。

チャイナプレス1/25記事は「中国兵による攪乱工作」を報じている
情報源は「日本軍憲兵隊報告書」である、   事実ですね。
したがって、確認された情報の出所は「日本軍憲兵隊報告書」だけなのです。
そして、それは広報、宣伝の行為としてなされた。
事実ですね?


>同じ議論を繰り返すのは時間の無駄です。

「冷静に事実を確認する」という私の提言にあなたが合意なさらない以上、
私としては「まず事実を確認しましょう」というしかありません。
「推測」や「物語」を語るのはその後でもよいでしょう。
まず材料がきちんと揃わないと、事実に立脚した議論にはなりません。


でりちゃんは楽でいい  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:39 投稿番号: [6407 / 41162]
>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。


誰かが「認識した」ということと、それが外部に伝わって「共通認識」に
なっているかどうかというのは、全く別の話だ。
当時はケータイはおろか、有線の市外電話さえなかったのだよ。
たとえば、

ジョン=ラーベが
「中国の発表によれば総計一〇万入の中国の民聞人が殺害されたそうです。これは少し過大な数字でしょう。われわれヨーロッパ人はその数は約五万ないし六万人と推定しています。」
と、書いて、これを公表したのは1938年6月のことだ。
ラーベは2月22日に南京を後にしているので、2月20日ごろの認識ではないかな。
ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。

マッカラムが日記に
「此の故に私は諸君が数日間食慾を失ふ様なこんな恐ろしい物語を話すことが出来ました。それは全然信ぜられぬことでありますが、然し数千(の)人々が残忍にも屠殺されました。───幾人あるか想像するも困難です。───其の数が一〇、〇〇〇人に近いだらうと信じて居る人々も有ります。」
と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

エスピー報告には
「兵士であった者および兵士の嫌疑を受けた者はことごとく組織的に銃殺された。正確な数は不明だが、少なくとも二万人がこのようにして殺害されたものと思われる。」という一節があるが、民間人だけの話ではないし、
1月25日付で漢口のアメリカ大使館宛に提出されたもので、一般には伝わっていない。

マギーの日記には
「火曜日(12月14日)の晩にも四人一組に縛られて連れていかれるのを見ました。夕暮れでよくわかりませんが5000人か6000人はいたと思います。もう何人殺されたか誰も数え切れませんが、二万人はいるでしょう」
とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。


結局民間人殺害の話は、この時期には、
第一報であるダーディンの
「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


なお、私見で勝手な想像をすれば、日本軍侵入時の小競り合いによる民間人の死者について、
日本軍が率直に「遺憾の意」を表明して状況を説明し、その後の占領行政が整然と行われていれば、
あとで「虐殺」扱いされることはなかったのではないかと思う。


でりちゃんは楽でいい

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:37 投稿番号: [6406 / 41162]
>全然、無理じゃないでしょ。
>キミは、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と言った。
>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?

1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。


>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人(8人じゃねーよ)や前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。

でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
そりゃあ身勝手というものだぞ。


>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

もったいぶってるんじゃあない。   根拠を持ってものを言おうと思ったら、
それなりの準備が必要なんだよ。
私はでりちゃんのように信念があれば根拠がなくてもいいという主義は
とらないのだ。

おはよーございます (^^*

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:37 投稿番号: [6405 / 41162]
>こちらもまだまだ勉強中で不明な点とかあります。
おわかりになる方、お願いします。

こんにちは。
「執拗な主張をする」   jaです    (^^;


資料の網羅という点で、こちらが充実しておりますので、ご参考に。
http://www.geocities.jp/yu77799/

犠牲者数の考察から、順にお読み下さい
http://www.geocities.jp/yu77799/giseisha.html

(補足)無辜の市民犠牲者は0人〜数人

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 00:06 投稿番号: [6404 / 41162]
「南京事件」日本人四十八人の証言
平成十四年一月一日 小学館文庫

あとがき

  南京を歩きまわってあちこち見ていた日本人の証言から、どんなことが浮かびあがってくるであろう。
  南京でいわゆる「三十万人の大虐殺」を見たという人は、四十八人の中にひとりもいない。それがひとつ。それから九年たち、南京での暴虐が東京裁判で言われたとき、ほとんどの人にとっては、それがまったくの寝耳に水だった。
  つぎに、四十八人の証言から、市民や婦女子に対する虐殺などなかったことがわかる。とくに婦女子に対する暴虐は誰も見ていないし、聞いてもいない。
  南京にはいたるところに死体があり、道路が血でおおわれていた、としばしば語られるけれど、そのような南京は、四十八人の証言の中にまったくない。東京裁判で語られたような悲惨なことは架空の出来事のようだ。
  一般市民に対してはそうであるけれど、しかし軍隊に対してはやや違うようだ。
  中国兵を処断している場面を何人かが見ている。中国兵を揚子江まで連れていって刺殺しているし、城内でも刺殺している。南京に向かう途中でも、そのような場面を見ている人がいる。揚子江岸にはのちのちまで処断された死体がたくさんあった。
  これらから推察すると、南京事件と言われているものは、中国兵に対する処断だったのであろう。

  といって、だからそれが虐殺として責められるべきことかといえば、必ずしもそうではない。大騒ぎすることではない、それが戦争だ、戦場だ、と大多数の証言者は見なしている。
  大多数ということは、そうでない人もいた。なかには、処断の場面を見て残酷だと感じ、行き過ぎだと見なす人がいた。しかし、そういう人でも、とくに話題にすることはなかったから、特別なこととは見なしていなかった。
  四十八人の証言者のなかには軍人がいた。彼らの証言をみると、中国兵をとくに虐待しようとしていた人はいなかった。中島今朝吾師団長、長勇参謀のように、中国兵にきびしく当たるような言動の人もいたけれど、軍からそのような命令が出たわけではない。反対に、最高司令官である松井石根大将は中国兵には人道的に対応するように命じている。
  中国軍は、証言にもあるように、降伏を拒否していた。日本軍と最後まで戦うつもりだったし、追い詰められても、降伏は認められていなかったから、捕虜になるという考えや気持ちもなかった。最後の段階になって中国軍は軍服を脱ぎ、市民のなかに紛れこんだ。中国軍には戦時国際法が念頭になかった。
  一方、中国兵を処断した日本兵は、そのことを隠すこともしないし、なかには、ジャーナリストらにわざわざ処断の場面を見せようとするものもいた。中国兵の処断は戦闘の続きだ、と日本兵は見なしていたからである。後に虐殺だと言われるとは思いもしなかっただろう。

  それでは、中国兵の処断は戦時国際法からどのようにみなされるのだろうか。
  現在の研究からみると、意見は分かれる。
  ひとつは、司令官が逃亡し、中国兵が軍服を脱いで武器を隠し持ち市民に紛れこんだ段階で捕虜として遇されることはなくなった。日本が非難されるいわれはない、とみなす意見である。
  その反対に、最後まで中国兵を人道的に遇すべきだし、処断は戦時国際法違反だ、という見方がある。
  また、処断するにしても、軍律会議などを経るべきだった、そうすれば非難されることはなかっただろうという見方もある。
  ともあれ、南京事件といわれるものの実態は、中国兵の処断である。戦場であったから、悲惨な場面はいくらもあった。逃げようとする中国兵のなかには城壁から落ちて死んだものもいた。しかし、それは戦場ならどこにでもある光景である。四十八人の証言はそういったことを教えてくれる。
  二〇〇一年十一月二十一日

阿羅 健一

虐殺の犠牲者数は30人以下だと思います

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/08 23:54 投稿番号: [6403 / 41162]
>私も色々本を読んだり、HP見たりしているのですが、今は中国側の主張するような30万人という虐殺は無かったと思っています。


と言うか、30人の虐殺もなかったと思いますよ。

砲撃や空爆による犠牲者や便衣兵の疑いをかけられて誤って処刑されてしまった者などもいたでしょうが、それらは「虐殺」ではありません。
もちろん、戦死者は虐殺犠牲者には数えません。

そうすると、日本軍が、民間人と知っていながら、正当な理由もなく殺害した人数は、「0人〜あったとしてもせいぜい10人ぐらい」だと思います。


私は、未だかつて南京虐殺の犠牲者とされる人の名前を10人も知りません。
数人の名前は見たことがありますが、証言などを聞くと全て嘘っぽいです。
南京事件の支那人犠牲者の名簿は、日本も蒋介石政府も汪兆銘政府も南京安全区国際委員会も南京市民も誰も作成しませんでした。
当時、日本人が虐殺された済南事件(犠牲者十数人)や通州事件(犠牲者約260人)では、日本人が犠牲者の名簿を作成しました。
また、ソ連による「日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件」でも、数十万人に及ぶ犠牲者全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などをソ連が作成していました。
その名簿の一部(数万人分)は、ゴルバチョフ来日の際に日本に渡されました。

誰ひとりとして南京虐殺の犠牲者が分からない以上、南京虐殺で犠牲になった人数は0人〜(あったとしてもせいぜい10人くらい)だったと思います。


●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(田中外相宛西田領事報告など)

●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(被害者側の日本外務省が公式声明)

●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿   △大体あり
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官、ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名)
3.各国政府の認識   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
被害を受けたポーランド   ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ   ○あり(事件の3年後に捕虜収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見)

●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり(全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などがあり○。死亡者は50万人超と言われ、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみが日本に渡された)
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載。
3.政府の認識
被害者側の日本   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
第3国の米国   ○あり

●南京事件
1.支那人犠牲者の名簿   ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.日本の命令書その他公式文書   ×なし
3.政府の認識   ×なし(当時は、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、事件の認識×なし)

pokopokogonさまへ

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 22:09 投稿番号: [6402 / 41162]
死者の数の推定は   スマイス報告が基準になっている場合が多いですね。
虐殺数が30万とかなっているのは   1985年以後に編纂された中国の地方の文献によるものです。
笠原さんの説は、その文献をもとにしていますので信憑性は少ないといえます。

虐殺はなかったという人もいるようですが
軍紀の乱れによる殺害はあったと思われます。
それも中国軍が民間に紛れ込んだために起こったものとする説もあります。

このあたりになると、十分な資料が存在しているとはいえず、
とりようによってはいずれとも言いがたいと思われます。

事実としては相当数の犠牲者がいたと思われますが、4ないし5万といったところまででしょう。
この中には正規の戦闘による中国軍の死者も含まれます。


日本軍の軍紀の乱れから犯罪は相当数起こったと思われますが
中国の主張とはかけ離れていることは事実といえるでしょう。


私が上げさせていただいた方々は、
非常に詳しく研究されており
学者の議論を聞いているより参考になると思います。
時々意見の食い違いから、罵倒のしあいというおまけもついていますが。

民間の研究者としては非常に優れた人たちだと思います。
機会があればお聞きになると面白いと思います。

追伸
ひょっとすれば、本物の研究者かもしれません。
真偽のほどは、ご自分でご確認ください

kintakunte2002様

投稿者: pokopokogon 投稿日時: 2005/07/08 21:48 投稿番号: [6401 / 41162]
ありがとうございました。
私も色々本を読んだり、HP見たりしているのですが、今は中国側の主張するような30万人という虐殺は無かったと思っています。

それが何人なのかは、研究者により説が分かれるので一つ一つ見ていくのも中々大変だな、と感じている次第です。

向こうのトピで今紹介されているものは大体読んだのですが、こういう民間の一研究者(?)の方などは論争に加わらないのでしょうか?
中には随分詳しい人もいらっしゃるようですので。

>>わかる方教えて下さい

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 21:42 投稿番号: [6400 / 41162]
なお、詳細については
nmwgip氏
deliciousicecoffee氏
ja2047氏
n_o_i_s_e_m_a_n氏

がお詳しいのでお聞きになると良いと思います。
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