ふむ、俺がバカなのかも知れない
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 14:59 投稿番号: [6416 / 41162]
でりちゃん相手に、精密な話をして納得させようというのが間違っているのかも
しれないね。
もっと、ざっくりと大きくまとめた話をしないと、やたらと資料を出して、
でりちゃんに物事一つずつを理解しろと言うのが無理だったのであって、
それをやろうとしている私がバカなのかも知れない。
でも、乗りかかった船だから、ここは馬鹿正直路線で行くことにしようか。
>つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
しっかりメモして置きなさい。
でりちゃんと話をしていると、「情報」というものがいかに伝わるかに付いて
全く考察する能力がないように見えることがある。
これは、軍カテででりちゃんに辟易しているアノ氏も同じことを感じている
ように見えるね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=ffccfc0oaha4obfafnaca4ja4na4aba1a9&sid=1835559&mid=12355
“「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず” と、
私が発言した箇所があるなら指摘してくれ、出来ないだろうから
話を次に進める。
今回、ロンドンで起きた、地下鉄テロの第一報が入ったのは木曜の
夕方のことだったのだが、
全容が見えてくるには昨日の午後までかかっただろ。
いや、今もなかなか、被害の全容は見えていない。
通信の発達した、現代の文明の中心の一つであるロンドンでの
出来事でさえ、「情報」は瞬時に伝わらない。 時には途絶する。
1937年の南京は、都市間に電話さえ通じていなかったのだし、
陥落後は放送局が沈黙してるのはもちろん、取材をする人間も
これを発信する人間もいない。
第三国人の電信が復活したのはアメリカ大使館が1月6日以降、
ドイツ大使館、イギリス領事館が1月9日以降だが、プレス向けの
情報を発信したわけじゃない。
南京を最初に脱出した外国人はクリスチャン=クレーガーだが、
1月23日に南京を出発した彼は、日本軍用の列車で無蓋貨車
に乗せられ、12時間かかって上海に着いた。
1月28日に上海からラ−ベ宛てに書いた手紙は、2月の5日に
ラーベの元に着いた、手紙は一週間かかったと言うことだ。
12月の下旬から1月の中旬というのは、南京からの情報が途絶して、
上海では何が起こっているのかと固唾を呑んでいるのだよ。
1月25日のNYタイムズの書き出し、
「一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。」
が、それを表しているだろ?
皆が関心を以て見つめているのに、情報が途絶して得られないからこそ
1月4日の「攪乱隊工作記事」のような、いまだに真偽が明らかに出来ない
ような記事でも載せざるを得なかったのだよ。
しれないね。
もっと、ざっくりと大きくまとめた話をしないと、やたらと資料を出して、
でりちゃんに物事一つずつを理解しろと言うのが無理だったのであって、
それをやろうとしている私がバカなのかも知れない。
でも、乗りかかった船だから、ここは馬鹿正直路線で行くことにしようか。
>つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
しっかりメモして置きなさい。
でりちゃんと話をしていると、「情報」というものがいかに伝わるかに付いて
全く考察する能力がないように見えることがある。
これは、軍カテででりちゃんに辟易しているアノ氏も同じことを感じている
ように見えるね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=ffccfc0oaha4obfafnaca4ja4na4aba1a9&sid=1835559&mid=12355
“「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず” と、
私が発言した箇所があるなら指摘してくれ、出来ないだろうから
話を次に進める。
今回、ロンドンで起きた、地下鉄テロの第一報が入ったのは木曜の
夕方のことだったのだが、
全容が見えてくるには昨日の午後までかかっただろ。
いや、今もなかなか、被害の全容は見えていない。
通信の発達した、現代の文明の中心の一つであるロンドンでの
出来事でさえ、「情報」は瞬時に伝わらない。 時には途絶する。
1937年の南京は、都市間に電話さえ通じていなかったのだし、
陥落後は放送局が沈黙してるのはもちろん、取材をする人間も
これを発信する人間もいない。
第三国人の電信が復活したのはアメリカ大使館が1月6日以降、
ドイツ大使館、イギリス領事館が1月9日以降だが、プレス向けの
情報を発信したわけじゃない。
南京を最初に脱出した外国人はクリスチャン=クレーガーだが、
1月23日に南京を出発した彼は、日本軍用の列車で無蓋貨車
に乗せられ、12時間かかって上海に着いた。
1月28日に上海からラ−ベ宛てに書いた手紙は、2月の5日に
ラーベの元に着いた、手紙は一週間かかったと言うことだ。
12月の下旬から1月の中旬というのは、南京からの情報が途絶して、
上海では何が起こっているのかと固唾を呑んでいるのだよ。
1月25日のNYタイムズの書き出し、
「一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。」
が、それを表しているだろ?
皆が関心を以て見つめているのに、情報が途絶して得られないからこそ
1月4日の「攪乱隊工作記事」のような、いまだに真偽が明らかに出来ない
ような記事でも載せざるを得なかったのだよ。
これは メッセージ 6412 (deliciousicecoffee さん)への返信です.