教えてくん教室 3)
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/10 08:42 投稿番号: [6424 / 41162]
>3.1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?
そんなことは一言も言っておりませぬ。
暴虐行為全般が問題になっていたのではないかと言っているのです。
また、
「民間人殺害の認識があったのなら、それを中国兵に擦り付けるのが当然だ」
という、でりちゃんの断言が電波だと言っているだけです。
当時の日本軍の広報担当者は、でりちゃんよりも常識的な思考が
出来たのだと思います。
(あたりまえか)
なお、日本側の認識については、1938年6月に第十一軍司令官に任命された岡村大将が
「それなのにこのたび東京で、南京攻略戦では大暴行が行われたとの噂を聞き、それら前科のある部隊を率いて武漢攻略に任ずるのであるから大に軍、風紀の維持に努力しなければならないと覚悟し、差し当り「討蒋愛民」の訓示標語を掲げることにした、それはわれらの目的は蒋介石の軍隊を倒滅することであって無辜の人民には仁愛を以て接すべしというに在った。
上海に上陸して、一、二日の間に、このことに関して先遣の宮崎周一参謀、中支派遣軍特務部長原田少将、抗州特務機関長萩原中佐等から聴取したところを総合すれば次のとおりであった。
一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。」
と、書き残している点から、
やはり、「民間人大虐殺」というよりは「民間人大暴行」であったことを示しています。
なお、このあと、東京裁判で取り上げられたときの事件の呼称も
“Nankin Atorocities”であって、“Nankin Massacre”ではないので、
一貫して、虐殺のみが問題となったのではなく、残虐行為全体が
問題となっていたことが窺えます。
>4.中国『中央社通信』って何ですか?
台湾に、今でも「中央社」という通信社があります。
その前身です。
http://www.cna.com.tw/>それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?
ラーベより詳しかったという根拠はありません。
ラーベは自分たち欧米人の認識の方が正しいと考えています。
また、この犠牲者5、6万人とか10万人という数は、ラーベ達の
いた南京城壁内ではなく、郊外を合わせた数と考えられます。
でないと、スマイス報告との辻褄が合いません。
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe3.html
これは メッセージ 6423 (ja2047 さん)への返信です.
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