南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: minanosy186 投稿日時: 2012/01/01 10:29 投稿番号: [38143 / 41162]
もう一つ・・!
古代から中国人は戦争捕虜を食糧にするために生かしておいて、必要になったら戦争捕虜を虐殺してその肉を塩漬けにしてむさぼるように食べた孔子をはじめとする中国人。
自分の娘を出世のために殺害してから揚げにして、上司にふるまって出世したという実話、その話を聞いて真似をする人が続出したという。
そんな極めて残虐な人食い人種の中国人が何が南京大虐殺、日本軍は残虐だ?。笑わせるな!。犬畜生に劣る民族め。
自分が儲けるために自国の赤ん坊が毎日飲む粉ミルクに毒を混ぜて売りつけていた中国の業者。世界中にこんな犬畜生に劣る行為をする民族があるか?
あの動画に出た車に轢かれた幼児をそのまま、知らんぷりで通り過ぎる数十人の中国人、とうとうその幼児は他の車に2度轢かれて死んだ。
中国の過疎の農村に売りつけるために数百人の子供を誘拐したというが、嘘話だよ・・!実際は子供を殺して臓器を取り出して売るためだったという。
中国人、シナ人は何と言う残虐な民族だ!・・・。
こんな下種民族中国人の言うことを世界のどの人が信じると言うのだ。大和民族は世界の人から信頼され、好かれている。
今や南京大虐殺など中国人の捏造話だと世界中の人は気が付いている。
中国共産党工作員はさっさと日本から出て行け!
これは メッセージ 38138 (minanosy186 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:27 投稿番号: [38142 / 41162]
<shoujouji>
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
文盲の曲解だな。(笑)
基本的に、斬る技術とそれを活かせる性能を持った軍刀であって初めて実戦で使えるという話だ。
実戦で必要な技量は、敵の戦闘力を奪う斬撃を与える技量と、それに使う日本刀が戦闘に耐える代物であることを見極めて入手し、その日本刀と自分の技量を一体としなくてはならないという見識で共通している。
一方、処刑としての据え切りに必要な技量は戦闘で必要な技量とは違うということ。
それに必要な日本刀の性能も戦闘で必要な日本刀の性能とは違うということ。
これらの点で共通している。
普通の常識ある日本人なら誰とでもな。
戦闘では、皮膚や肉に残撃を与えられればとりあえず敵の攻撃は止められる。
筋を断てば、戦闘能力を奪える。
突き刺すなどして内臓を損傷させれば、絶命させられる。
気道を破壊しても呼吸困難で絶命だ。
動脈や静脈を断っても出血多量で、悪くすれば失血死、良くても出血多量で瀕死になるだろう。
それが、戦闘での軍刀の使い道だ。
処刑としての日本刀での据え切りでは、一斬りで絶命させることを旨とする。
故に、骨まで断てる残撃に絶えうる日本刀であることが先ず必要となる。
と同時に、据え切りをする者が一撃で骨まで断てる技量を持っていることが必須だ。
だから、試し切りでの据え切りと処刑での据え切りだけでも必要な技量と、必要落とされる日本刀の性能が異なる。
というか、試し切りとしての据え切りの場合は、試し切りをする日本刀が何の目的のために用意されているのかに併せてするものだから、目的に応じた技量の者が目的に応じた試し切りを行う。
戦闘用の日本刀の試し切りでは、袈裟斬りや突きなどによる残撃を中心に試す。
処刑用の日本刀の試し切りでは、首を断ち切ることが中心となる。
果し合いに使う日本刀の試し切りでは、戦闘用と処刑用の試し切りの両方に加えて、胴斬りで骨まで断てるかも試し義理の範疇になる。
基本的には、首を断ち斬るなり胴を断ち斬るなど以外の残撃では即死に至らないので、その際は急所を刺して即死させるのだよ。
だから、戦闘や果たしいに使用する日本刀の試し切りには、これを想定した突きが含まれる。
どう転んでも、大量虐殺をするだけの弾薬が不足する中で、大量虐殺を実現するための助けになどならない。
shoujouji は、馬鹿故に放しの緒端を忘れてしまっているようだが、大量虐殺の弾薬が足りなくても銃剣と軍刀で十分数千単位どころか数万単位の虐殺が可能なのかどうかという話だからな。
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:27 投稿番号: [38141 / 41162]
<shoujouji>
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
反論すらできぬ文盲は、己の持ち出した専門家の話を否定するわけだな。
その癖己の主張を裏付ける根拠を何一つ示せないでいるだけだ。
【shoujouji の主張】
1.日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら、成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
2.成瀬氏の著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
3.一方で、日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して使ったわけなんだがな(藁
4.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
5.「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」ということだ。
6.だからこそ,もっぱら捕虜の据え物斬りに銃剣や軍刀を使うのである。
7.戦闘で使わずに据え物斬りで使ったわけだね。
とんだ二枚舌だな。
言い訳や誤魔化しなんぞしてないで、己の書いたことの根拠を提示しろ。(笑)
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:26 投稿番号: [38140 / 41162]
<shoujouji>
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
shoujouji は、一つの引用もまともに読解できないようなことだから、引用した5つから著者の伝えんとする処を読解することなどないわけだな。(笑)
shoujouji が孫引きしているのは、それ自体にも書いてあるように例外的な事例を挙げて、刀とそれを用いる者がどうあれば、実戦の武器として用を為すのかを伝えている。
他の引用も併せて読めば、著述全体で著者が何を謂わんとしているのかは、凡そ理解できるのが日本人なのだ。
理解できないものは、日本人としての基本的な異質が欠けているのだな。
<引用1>
自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。
<引用2>
性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。
<引用3>
面白い事は、兵種、戦闘の難易、地形其の他によつて、刀の損傷に共通点のある事で、例へば文字通りに血戦した部隊の刀を手にして見ると、判で押したやうに同じ傷み場所は、柄糸の磨り切れてゐる事、鍔元がぐらつき目釘が折れてゐる事、刀身の先の方が多くは左に曲がつてゐる事、同じ刀身の先の方に刃こぼれのある事の四つの点であり…(p.36)
<引用4>
…陣中では、修理に出てくる刀の十振が十振いづれにも目釘の故障がある。それを一本一本竹を割つて削つてゐたのでは、徒に時間がかかつて急場の間に合わない。
…それから、最初自分の見込みでは、軍刀の故障は、刀身が六分外装が四分といふ考へで行つたところが、全くの反対であつて、殊に柄の故障の多かつたのは屡々発表したところであるが、それが為め早くも材料がなくなつてしまつた。(p.126-127)
<引用5>
さすがに第一線の戦闘部隊だ。一寸見ただけで其の損傷状態がまるでちがつてゐる。
…目釘が折れるか飛ぶかしたと見え、生木の小枝を打ち込んである。
…
これは今度の事変ばかりでなく、日清日露から西南役維新戦争に溯つて見て、実際乱戦中に敵とわたり会つて血戦した事実は、小説や講談にあるやうにザラにあつたものでは無いらしい。
殊に今度の事変などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、一人斬つて二人目に及ばんとする時は、早二間も三間も離れて居るといふやうな場合が多く、実際十人も二十人も斬つたといふやうな話は、例へば敵を城壁域内際とか袋路地のやうな所に追ひつめ、ひしめき合ひわめき合ふ処を片つ端から滅多斬りにした時などの事で、さうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いて見るに、四五人斬つたかと思ふ頃、多くの場合血がぬるぬると柄に伝はつて来る。斯様な時に、昔の柄巻の有難さが本当にわかるもので、殊に小倉木綿をそのままたたんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。(p.153-154)
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:24 投稿番号: [38139 / 41162]
<shoujouji>
>実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
あとは、「実戦には日本刀を使ったが、据え物斬りに使ったはずはない」なる、
おまえの希望的憶測ないし信仰のレベルの話になる(藁
相変わらず、文盲が読むと著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
<引用1>
自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。
<引用2>
性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。
記述にある刀が実戦向きのできの良いもので、それを使うものが相応の武術を身に付けていることと、そういう者がそうした刀を自分の刀として信頼して持ったからこそ、その人の武術が生きてそれだけの成果をあげられるのだと確信した旨が、著述されてるのだよ。
つまり、誰にでもどの軍刀でも同じ成果が得られるなどという話ではないのだよ。
そういう特別な人が人を切るに相応な刀剣で人を殺傷したのであっても、その結果修理に出されるってことさ。
著者は、修理に出された軍刀についての話を著述しているのだからね。
文盲って悲しいね。
貴重な資料も満足に読解できないんだからさ。(笑)
実際の記述にある、実戦向きの日本刀についての記述を拾っての投降を再掲してやろう。。
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自分は、日本刀の鑑識者ではなく、さうした知識には浅い者である。元来、古武道の内にくるめて、武用的方面から日本刀を見て来たのであるが、弾雨下の一線に従軍して、さうした所でなくては見られない〝血と泥〟の破損刀を手がけ、二十数回の斬撃を目のあたりに見て、戦場で使ふ日本刀は、かうしたものでなくてはならぬといふ、本当の業物の姿をとらへて来たのである。(p.37)
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八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
或る暑い日であつた。開封城内の修理班へ時目といふ変つた姓の少尉が自身刀を持つて修理にやつて来た。…無銘古刀の武家伝来らしいよい刀を持つてゐた。それで南京攻略の軍中三十七人を斬り、徐州戦で十人、都合四十七人を手にかけ、縛り首は一つも斬らなかつたといふ。
…
刀を見ると、血糊で白くなつてゐる。性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。(p.77)
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普通の日本刀や軍刀の話ではない。
良くできた実践向きの日本刀を使う人間が相応の武術を以って一体となった成果としての話だ。
しかも、これはそういう成果によって消耗した軍刀が修理に出された際の話だ。
修理が済んで持ち主の手元に帰されるまでには、相応の月日が掛かるのだ。
これは メッセージ 38136 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: minanosy186 投稿日時: 2012/01/01 04:04 投稿番号: [38138 / 41162]
当事者しか知りえない事柄をこと細かく何で君らに当時のことがそんなに詳細にわかるのかね。
しかも、当時の日本軍の構成、軍の数まで見てきたようにその資料を、如何して君らが手に入れたのか知りたいもんだ。
そりゃあ戦争なんだからお互いに殺したり殺されたりしてる。中国軍が善人の集まりで日本軍が殺人鬼のようなことなんぞあり得ない。
古今東西の昔からの戦争で民間人が犠牲にならなかった戦争を知っているなら挙げて見な。そりゃ戦争なんだから、あなたが主張するような事実は多少はあったのだろうね。そんなことは世界のどの軍隊も起きえることだ。
その事細かな日本軍がやった残虐行為の資料をどうやって手に入れたのかね。もう80年も立っているというのに、当時の部隊の構成や軍人の数までいかにも真実性を表すために書き込んでいる。
当時の南京で30万人もの市民が日本軍に虐殺されたという。どう考えても理屈に合わない。当時の世界のどの新聞、書籍にこの大虐殺事件を報じていない。当時の南京には世界中の報道記者がいたと聞いている。しかも相当な反日的な記事を書く記者ばかりなのに、その連中が何故報道していないのか。
我々一般の現代の日本人から見ると、あなた達は中国共産党の工作員かその協力者(第五列)のネットを使った工作活動だとしか見えませんがね。
中国軍がチベットでやったような大虐殺、ウイグル人に行っている大虐殺の事実から目をそらすために必死になって工作しているとしか思えませんがね。
ハッキリ申しましてミエミエです。工作活動は失敗ですよ。本国にかえりなさいよ
これは メッセージ 38091 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/01/01 01:03 投稿番号: [38137 / 41162]
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
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おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
これは メッセージ 38127 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/01/01 00:30 投稿番号: [38136 / 41162]
>実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
あとは、「実戦には日本刀を使ったが、据え物斬りに使ったはずはない」なる、
おまえの希望的憶測ないし信仰のレベルの話になる(藁
これは メッセージ 38127 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 22:16 投稿番号: [38135 / 41162]
ソースは出しているよ、よく読んで頂戴ね、脳死君。
これは メッセージ 38133 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 22:15 投稿番号: [38134 / 41162]
書いているが、其れを事実と認定した人間は居ない、単なる出任せだよ、脳死君。
身を守るには能く出来た武器だよね日本刀は、脳死君。
これは メッセージ 38132 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 21:58 投稿番号: [38133 / 41162]
南京攻略に軍刀が禁止されていたというおまえの話の
ソースを出せと言ってるんだがね。
これは メッセージ 38129 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 21:54 投稿番号: [38132 / 41162]
で,成瀬氏は下士官以上の日本軍将兵が大挙して日本刀を持参し,実戦で
中国兵を斬りまくったこと,それでも日本刀は非常に頑丈な武器であって,
10人20人斬ることもできたことを書いている。おまえがそれで文句がない
ならそれで結構だ。日本軍が日本刀を殺人に使わなかったとか,日本刀が
たちまち駄目になるやわな武器で人を殺すのに全く役に立たないとかの戯言を
言うのはやめることだな(藁
これは メッセージ 38131 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 20:11 投稿番号: [38131 / 41162]
<shoujouji>
この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
疑問符がつくのは”現在から見て”ではなく、shoujouji の脳みそに照らしたからだろうが。(笑)
刀剣修理の専門家の見地に文盲の素人が疑問を呈する筋合いはない。
<shoujouji>
おまえが日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら。
成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏のような専門家の言を否定しているのは、外でもなくshoujouji だな。
成瀬氏の記述は、修理に出された日本刀が戦場で使われた状況を修理に出した本人の話と、其の日本刀の破損状態や消耗状態とつくり性状から解説している。
shoujouji は、それに反した根拠のない断定をしているだろう。
如何に再度引用してやろう。
1.この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
2.一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
3.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏の著述とは相容れない断定をしているshoujouji だが、その根拠を示せる費など永遠に来ることはないだろう。(笑)
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 19:14 投稿番号: [38130 / 41162]
<shoujouji>
この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
疑問符がつくのは”現在から見て”ではなく、shoujouji の脳みそに照らしたからだろうが。(笑)
刀剣修理の専門家の見地に文盲の素人が疑問を呈する筋合いはない。
<shoujouji>
おまえが日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら。
成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏のような専門家の言を否定しているのは、外でもなくshoujouji だな。
成瀬氏の記述は、修理に出された日本刀が戦場で使われた状況を修理に出した本人の話と、其の日本刀の破損状態や消耗状態とつくり性状から解説している。
shoujouji は、それに反した根拠のない断定をしているだろう。
如何に再度引用してやろう。
1.この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
2.一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
3.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏の著述とは相容れない断定をしているshoujouji だが、その根拠を示せる費など永遠に来ることはないだろう。(笑)
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38130.html
Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 18:30 投稿番号: [38129 / 41162]
手法 [編集]
試斬台に立てた巻き藁(畳おもて1畳巻)
使用されるものは、主に、巻藁である。現代では、1畳分、または半畳分の使用済み畳おもてを巻き、紐で縛ったり、輪ゴムで止めたりしたものが使われる場合が多い。 それを、一昼夜あるいは、数日水につけておき、台上の杭に突き刺す。その巻き藁に対して、日本刀を使用して、正しい斬撃が行えるかを確かめるものである。他に竹、新聞紙、ダンボールなどが使われることもある。
一番有名なものは、対象に対して、40 - 45度ほどの角度で斜めに斬りつける袈裟と呼ばれる斬り方であり、相手を人間と考えた場合、肩口・脇下より斬りつける技法である。
他にも流派、団体によって様々な切り方がある。ちなみに水平に切る横一文字が一番難しい。
ソースは何遍も出しているからね、過去ログ見て頂戴ね、脳死君。
戦闘で戦わずに据えもの切りしたら、日本軍では銃殺刑だよね、軍法会議で、脳死君。
これは メッセージ 38122 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:22 投稿番号: [38128 / 41162]
<shoujouji>
成瀬関次著「戦ふ日本刀」より
「今次の事変では、…一面恐ろしい器械化戦が行はるると共に、他面一騎打
の原始戦が盛んに行はれ、戦風は一部元亀天正に逆戻りしたかのやうなところ
さへある。その上、未曾有の廣い戦線で混戦的に戦ひつつあるのと、昭和九年来
日本刀そのままでの使用が、事実上復活となり、戦線では軍の中堅をなす
下士官全部が兵種を問はず佩用する事となつた等から、爾来日本刀が実戦に
於いて有史以来の使用量を見せるに至つたのである。」
成瀬氏の著作は,日本刀神話が盛んな戦時中のものだから,日本刀が実戦で
使われたという前提になっている。しかし少なくともそこからわかることは,
下士官以上のほとんどが日本刀を持参してしかも使用したこと,日本刀という
のが「実戦」という前提のもとでさえ,数人斬ればたちまち駄目になるような
やわなものでなく,強力な殺人道具であったことだ。この著作で現在から見て
疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った
刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の
結果としていることのみである。
文盲が読むと、著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
実際の記述にある、実践で使用した際の日本刀の問題点ぬいついての記述を拾って見るとこうなる。
--------------------------------------------------------------------------------
面白い事は、兵種、戦闘の難易、地形其の他によつて、刀の損傷に共通点のある事で、例へば文字通りに血戦した部隊の刀を手にして見ると、判で押したやうに同じ傷み場所は、柄糸の磨り切れてゐる事、鍔元がぐらつき目釘が折れてゐる事、刀身の先の方が多くは左に曲がつてゐる事、同じ刀身の先の方に刃こぼれのある事の四つの点であり…(p.36)
--------------------------------------------------------------------------------
…陣中では、修理に出てくる刀の十振が十振いづれにも目釘の故障がある。それを一本一本竹を割つて削つてゐたのでは、徒に時間がかかつて急場の間に合わない。竹箸だと一寸削つて切つただけで用に立つ。しかも、何処の竹だか非常に堅くて、なかなか折れさうにもない。これは天が与へてくれたものと、自分はいまでもさう信じてゐる程である。
…
それから、最初自分の見込みでは、軍刀の故障は、刀身が六分外装が四分といふ考へで行つたところが、全くの反対であつて、殊に柄の故障の多かつたのは屡々発表したところであるが、それが為め早くも材料がなくなつてしまつた。(p.126-127)
--------------------------------------------------------------------------------
さすがに第一線の戦闘部隊だ。一寸見ただけで其の損傷状態がまるでちがつてゐる。試みに手にした一刀、何げなしに抜いて見ると、刀身は鍔元から血糊でそれが稍褐色がかり錆のやうになつてゐる。プンと臭い。目釘が折れるか飛ぶかしたと見え、生木の小枝を打ち込んである。指先でつまんで抜くと。そこから黒褐色の悪臭をもつ汁がポタリと一滴落ちた。血の腐つたやつだ。戦ひの最中に、血が刀身をつたはつて、(金+祖)のすき間から柄の中に入り、それが間隙にたまつて腐つたのだ。柄木を抜いて見ると、その汁がダラダラと落ちる。
…
これは今度の事変ばかりでなく、日清日露から西南役維新戦争に溯つて見て、実際乱戦中に敵とわたり会つて血戦した事実は、小説や講談にあるやうにザラにあつたものでは無いらしい。殊に今度の事変などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、一人斬つて二人目に及ばんとする時は、早二間も三間も離れて居るといふやうな場合が多く、実際十人も二十人も斬つたといふやうな話は、例へば敵を城壁域内際とか袋路地のやうな所に追ひつめ、ひしめき合ひわめき合ふ処を片つ端から滅多斬りにした時などの事で、さうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いて見るに、四五人斬つたかと思ふ頃、多くの場合血がぬるぬると柄に伝はつて来る。斯様な時に、昔の柄巻の有難さが本当にわかるもので、殊に小倉木綿をそのままたたんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。(p.153-154)
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結果として、実践で人を斬った日本刀が修理に出されているということだ。
据えもの切りや斬首に使えば、その後は修理なんだよ。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:21 投稿番号: [38127 / 41162]
<shoujouji>
成瀬関次著「戦ふ日本刀」より
「今次の事変では、…一面恐ろしい器械化戦が行はるると共に、他面一騎打
の原始戦が盛んに行はれ、戦風は一部元亀天正に逆戻りしたかのやうなところ
さへある。その上、未曾有の廣い戦線で混戦的に戦ひつつあるのと、昭和九年来
日本刀そのままでの使用が、事実上復活となり、戦線では軍の中堅をなす
下士官全部が兵種を問はず佩用する事となつた等から、爾来日本刀が実戦に
於いて有史以来の使用量を見せるに至つたのである。」
成瀬氏の著作は,日本刀神話が盛んな戦時中のものだから,日本刀が実戦で
使われたという前提になっている。しかし少なくともそこからわかることは,
下士官以上のほとんどが日本刀を持参してしかも使用したこと,日本刀という
のが「実戦」という前提のもとでさえ,数人斬ればたちまち駄目になるような
やわなものでなく,強力な殺人道具であったことだ。この著作で現在から見て
疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った
刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の
結果としていることのみである。
文盲が読むと、著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
--------------------------------------------------------------------------------
自分は、日本刀の鑑識者ではなく、さうした知識には浅い者である。元来、古武道の内にくるめて、武用的方面から日本刀を見て来たのであるが、弾雨下の一線に従軍して、さうした所でなくては見られない〝血と泥〟の破損刀を手がけ、二十数回の斬撃を目のあたりに見て、戦場で使ふ日本刀は、かうしたものでなくてはならぬといふ、本当の業物の姿をとらへて来たのである。(p.37)
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
或る暑い日であつた。開封城内の修理班へ時目といふ変つた姓の少尉が自身刀を持つて修理にやつて来た。…無銘古刀の武家伝来らしいよい刀を持つてゐた。それで南京攻略の軍中三十七人を斬り、徐州戦で十人、都合四十七人を手にかけ、縛り首は一つも斬らなかつたといふ。
…
刀を見ると、血糊で白くなつてゐる。性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。(p.77)
--------------------------------------------------------------------------------
普通の日本刀や軍刀の話ではない。
良くできた実践向きの日本刀を使う人間が相応の武術を以って一体となった成果としての話だ。
しかも、これはそういう成果によって消耗した軍刀が修理に出された際の話だ。
修理が済んで持ち主の手元に帰されるまでには、相応の月日が掛かるのだ。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:21 投稿番号: [38126 / 41162]
<shoujouji>
その通りだよ。しかし中国大陸での日本軍は,20世紀の半ば近くに
なるのに,士官のみならず下士官までこぞって日本刀を持参したそうだね。
官製の軍刀のみならず家に伝わる私物の日本刀を持参することが許されて
いたようだ。こんな軍隊は当時の欧米では考えられないな。何のためだい?
指揮のためかな?「士気」のためかな?かれらは持参した刀を一度も人間を
斬ることに使わずにがまんしていたのかい?
またいい加減なことを書いてるな。
下士官までこぞって日本刀を持参したなどという事実はない。
支那事変当時までは、支給軍刀以外に将兵が持参する軍刀所持も大目に見ていたというだけだ。
簡単に言えば、特に期性がなかっただけの話。
だから、家伝の日本刀や市販の日本刀を仕込んだものを軍刀として携行した将兵が少なからずいたということ。
そういうのは、自費負担だからこぞって下士官までという話ではない。
なぜ日本刀を仕込んだ軍刀を持参しようとしたかというのは、白兵戦が依然多かったからだ。
それほど、支那事変当時までの至急軍刀の実践強度がなかったということだ。
そう言う実践を想定した軍刀を所持するものが、どのように軍刀を携行したかぐらいは、調べてのかい?
横着な妄想だけでものを言う輩は、当然調べてもいないのだろう。
小銃を持って戦闘し、銃剣を持って的中に迫撃する再には銃剣を槍とするのが戦闘での優先行為。
これに背く将兵などいなかったのだよ。
白兵戦になって、銃剣同士の戦いとは別に携行した軍刀に持ち替えて戦闘ですることは、薙ぎ払いと斬り払い。
それは、斬り殺すというものではなく戦闘力を奪うための斬撃なのだよ。
止めを刺したければ、突き殺す。
戦場で斬り払った際の傷が致命傷になるのは、失血死や与えた内臓損傷が時間と共に命を奪うからで、即死状態に近いのは肝臓や心臓などに損傷を与えた場合のみだ。
だから、良く斬れる日本刀は白兵戦で指揮系統に属する仕官や将官蚤を護るのに役立ったということだ。
だが、そういった白兵戦で発揮される性能が、据えもの切りでの性能を示すことにはならない。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:19 投稿番号: [38125 / 41162]
<shoujouji>
機関銃の弾幕のなかを銃剣や軍刀で突撃したところで死体の山を築くだけだということは,古くは旅順攻撃,新しくは太平洋戦争で証明されている。だからこそ,もっぱら捕虜の据え物斬りに銃剣や軍刀を使うのである。
別に銃剣や軍刀に限らずとも、機関銃の弾幕の中を突撃すれば死体の山を築くことになるのが近代戦だ。
近代戦では、どの軍でもそこを押して迫撃のうえ敵兵を制することを突撃突破というのだぞ。
砲撃や爆撃で敵を殲滅するのは現代戦でもそうはないのだよな。
圧倒的な砲火に晒して投降させるなどというのは、そう頻発するものではない。
散会してゲリラ戦に持ち込まれたりなども普通に起こり得ることだから、そうなる前に突撃突破して白兵戦に持ち込んで制圧するなど、現代戦でもやることだ。
刀剣もそうだが、武器や兵器は使う側が術と技を持ち、相応の心構えで使用しなければ相手の戦闘を食い止めることなどできません。
実例として、初めて本土爆撃をして来た際の柳州の航空基地を際圧する為に派遣された部隊は、数百キロの道のりを残して尽きる弾薬しか支給されず、その後ははく激戦に持ち込んでの銃剣頼り戦闘で行軍途中の戦闘に勝利し、城塞攻略をして目的地に着いたのだよ。
迎え撃った支那兵の機関銃その他による弾幕の中を潜り抜けての勝利や攻略したのだよ。
多くの将兵を行軍途中で失ったが、その殆どは戦闘によるものではなく病死だ。
目的の柳州の航空基地に着いたころには、米軍が爆撃の拠点を移していたので、迎え撃つ支那兵の砲撃や銃撃をかいくぐって、銃剣での白兵戦で制圧したのだよ。
これらの経験談をNHKの取材で語っていた退役軍人である老人はこういっていた。
「向かってくる敵兵の銃弾は結構当たるものだが、待ち構えて打っているだけの銃弾は、意外と当たらないものだ。」
「走り続ける限り、待ち構えて打つ敵の銃弾は身体や頭の脇をすり抜けていくが、それに臆せず敵に向かって走り続ければ滅多に当たらない。」
「ところが、不思議なもので止まったり臆して走る勢いを緩めた途端に当たるんだよ。」
「銃剣しか武器がない状態での戦闘や要衝の攻略が殆どだったね。」
「たまたま、それ以前の戦闘で敵の武器弾薬を手に入れたときは銃撃戦などもしたが、すぐに弾薬が尽きて銃剣だけが残るんだよ。」
「補充兵として新兵が数人ずつ派遣されたが、後になるほど装備品が乏しくなっていたね。」
「銃を持たされていたのは最初のうちだけで、弾薬を支給できなくなって派遣される補充兵などは、竹籠と竹筒の水筒に訓練用の木銃に銃剣を付けたものしか持っていなかった。」
「つまり、そういう戦闘のだったよ。あそこに限らず。」
これは メッセージ 38116 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:19 投稿番号: [38124 / 41162]
<shoujouji>
>軍刀は、洋の東西を問わず、近代戦以降は殺傷兵器として
戦場で使われることを想定していない
と言いつつ,以下の文章ではすべて軍刀の実戦での使用法
について講釈を垂れたうえで,
>据えもの切りなどすれば、すぐに使い物にならないと書いておいたのだよ。
と,実戦で使い物にならなくなる,なるすり替えをやるわけだ(藁
実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して
使ったわけなんだがな(藁
何一つ反論になっていないな。(笑)
shoujouji の愚説によれば、日本軍は捕虜の首きり切りにしか役立たない軍刀を支給していたらしい。
実践で使い物にならないから、捕虜の首切りに限定して使ったのであれば、戦闘には不要だから邪魔になる故、携行していなかったということになるのかな。(笑)
<shoujouji>
>白兵戦での役に立たないものが、据えもの切りでは数百人どころか
数千を超える殺人能力を発揮できると考える根拠を書いたらどうだ。
はい,すり替えはやめような。
「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。
「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」と
いうことだ。機関銃の弾幕のなかを銃剣や軍刀で突撃したところで
死体の山を築くだけだということは,古くは旅順攻撃,新しくは
太平洋戦争で証明されている。だからこそ,もっぱら捕虜の据え物
斬りに銃剣や軍刀を使うのである。数千を超える殺人能力?馬鹿か?
いつからひとつの軍刀で一回に数千の捕虜の首を斬ったという話に
すり替わった?
shoujouji が、すり替えを繰り返しているのだけどな。
”「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。”だって?
shoujouji は、「実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して使ったわけなんだがな。」と書いてるだろ。
で、”「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」ということだ。”というのだろ。
みた通り、すり替え以外のなにものでもない。
これは メッセージ 38116 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 18:18 投稿番号: [38123 / 41162]
南京攻略時は持っていなかった、戦場では、脳死君。
これは メッセージ 38122 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 15:31 投稿番号: [38122 / 41162]
>下士官も持っていたと謂いたいんだね
下士官は持っていなかったと言いたいんかい?
>先ず兵士が使うことは無かっただろうね、人殺し以外は、つまり犯罪者以外は
そうだね、据え物斬り以外で使うことはまずなかったろうね。
>南京攻略時は帯刀すること罷り成らん云う命令
ソースを出してね。
>戦闘時は持っていなかったんだよ、脳死君。つまり戦闘で使うことは
無かったんだね、脳死君。
戦闘で使わずに据え物斬りで使ったわけだね。
これは メッセージ 38119 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3、訂正
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 15:22 投稿番号: [38121 / 41162]
紅軍→皇軍
これは メッセージ 38120 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 15:21 投稿番号: [38120 / 41162]
命令一下13Dの一部は北方より16Dは東正面より、9Dおよび3Dの一部は東南正面より14D及び6Dは南正面より夫々攻撃を開始した
中略
破竹の進撃を続ける無敵皇軍の前には流石の敵の堅陣も支え得ず一塁一泰次々に奪取して、十日午後五時光華門突入を初めとし、十二日午後零時過ぎ中華門、十三日午前三時中山門、同日午後四時下関と、相次いで我が占領するところとなり、攻撃開始後四日目、十三日夕刻に及び南京城は紅軍の完全に占領するところとなった
中略
この南京戦に於いて敵約十万に与えたる損害は約八萬にして詳述すれば次の通りである我損害は死傷者約四千である
一.敵遺棄屍体
五十三,八百十四
一.鹵獲品
重砲一〇八門、野山砲十九門、迫撃砲七九門、高射砲三七門、曲射砲十九門
機関銃四一一門、軽機関銃九五六門、自動小銃一三六挺、小銃九三三四挺、拳銃一一五挺、戦車一〇両、飛行機六機、自動車三六輌、手榴弾七七,八五〇発、重砲弾八,二一六発、野砲弾一,〇二六発、迫撃砲弾六二,五七二発
↑記録は残っているんだよね、脳死君。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 15:01 投稿番号: [38119 / 41162]
下士官も持っていたと謂いたいんだね、では日本軍は天皇の命令を聞かない集団団と謂いたいのかね、脳死君。
先ず兵士が使うことは無かっただろうね、人殺し以外は、つまり犯罪者以外は、脳死君。
下士官は南京侵攻以前は戦闘時に持っていた様だね、しかし南京攻略時は帯刀すること罷り成らん云う命令が出ているからね、戦闘時は持っていなかったんだよ、脳死君。
つまり戦闘で使うことは無かったんだね、脳死君。
日本軍は帯刀する兵士は下士官以上だから、射的の的になる様な馬鹿はしていなよね、脳死君。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 13:14 投稿番号: [38118 / 41162]
>軍刀は士官の指揮刀としての役割が殆どだよね、近代的戦場に於いては、
現代では其の役割を終えているよね
その通りだよ。しかし中国大陸での日本軍は,20世紀の半ば近くに
なるのに,士官のみならず下士官までこぞって日本刀を持参したそうだね。
官製の軍刀のみならず家に伝わる私物の日本刀を持参することが許されて
いたようだ。こんな軍隊は当時の欧米では考えられないな。何のためだい?
指揮のためかな?「士気」のためかな?かれらは持参した刀を一度も人間を
斬ることに使わずにがまんしていたのかい?
成瀬関次著「戦ふ日本刀」より
「今次の事変では、…一面恐ろしい器械化戦が行はるると共に、他面一騎打
の原始戦が盛んに行はれ、戦風は一部元亀天正に逆戻りしたかのやうなところ
さへある。その上、未曾有の廣い戦線で混戦的に戦ひつつあるのと、昭和九年来
日本刀そのままでの使用が、事実上復活となり、戦線では軍の中堅をなす
下士官全部が兵種を問はず佩用する事となつた等から、爾来日本刀が実戦に
於いて有史以来の使用量を見せるに至つたのである。」
成瀬氏の著作は,日本刀神話が盛んな戦時中のものだから,日本刀が実戦で
使われたという前提になっている。しかし少なくともそこからわかることは,
下士官以上のほとんどが日本刀を持参してしかも使用したこと,日本刀という
のが「実戦」という前提のもとでさえ,数人斬ればたちまち駄目になるような
やわなものでなく,強力な殺人道具であったことだ。この著作で現在から見て
疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った
刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の
結果としていることのみである。
おまえが日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら,
成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。一方で,日本刀が実戦
(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。日本刀は身動き
できない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して
士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
これは メッセージ 38117 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 11:56 投稿番号: [38117 / 41162]
これは メッセージ 38116 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38117.html
Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 10:17 投稿番号: [38116 / 41162]
>軍刀は、洋の東西を問わず、近代戦以降は殺傷兵器として
戦場で使われることを想定していない
と言いつつ,以下の文章ではすべて軍刀の実戦での使用法
について講釈を垂れたうえで,
>据えもの切りなどすれば、すぐに使い物にならないと書いておいたのだよ。
と,実戦で使い物にならなくなる,なるすり替えをやるわけだ(藁
実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して
使ったわけなんだがな(藁
>白兵戦での役に立たないものが、据えもの切りでは数百人どころか
数千を超える殺人能力を発揮できると考える根拠を書いたらどうだ。
はい,すり替えはやめような。
「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。
「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」と
いうことだ。機関銃の弾幕のなかを銃剣や軍刀で突撃したところで
死体の山を築くだけだということは,古くは旅順攻撃,新しくは
太平洋戦争で証明されている。だからこそ,もっぱら捕虜の据え物
斬りに銃剣や軍刀を使うのである。数千を超える殺人能力?馬鹿か?
いつからひとつの軍刀で一回に数千の捕虜の首を斬ったという話に
すり替わった?
おまえ,自分じゃ普通の馬鹿ウヨとは違うと主張しているようだが,
言ってることはごく普通の馬鹿ウヨだわな(藁
これは メッセージ 38084 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/30 23:10 投稿番号: [38115 / 41162]
南京の虐殺も、日本軍の大量餓死も、裏付ける資料は単なる伝言程度しか無く、流言蜚語の類でしか内から、合理的な理由も示すことが出来ないので、一番非合理的殺傷を考えつくしか無く、現実的に昔も現代の軍隊も絶対にすることが出来ない。
これは メッセージ 38113 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/30 23:06 投稿番号: [38114 / 41162]
大量に餓死者が出たという記録は日本軍にも、米軍にも無いが、米兵が食糧難で餓死寸前だったことは、日本軍の記録に残っている。
これは メッセージ 38112 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38114.html
大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(18)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 22:10 投稿番号: [38113 / 41162]
中国大陸に武力侵攻した日本軍が、南京などで
捕虜にした
多数の中国軍兵士を
組織的に
大量殺害した事件の背景に
補給線確保の軽視という
日本軍の特質が要因の一つとして
あったと考えられる。
自軍の食料さえ
確保困難な状況の
うえに、予想を超える
大量の捕虜が発生し、給養に窮して
殺害に及んだ
という証言記録などが、それを裏付けている。
日本軍の補給軽視の戦略的欠点は、捕虜の殺害だけではなく
占領地において
略奪行為などが
多発する事態をも招いた。
そして、結果的に
大量の餓死者を出す悲惨な状況に至った。
太平洋の孤島や
南方の密林とは違って、多くの人々が住む
中国では、餓死者などはなかった
と思われやすいが、
敗戦前2年間の中国戦線では
戦死者を病死者が上回っていた。
長尾五一軍医中佐の遺著などが、その事実を
裏付けている。
中国戦線で
最後の作戦となった
第二十軍のシ江作戦の場合、
45年4月〜6月の
3カ月間の死者数は
戦死が695人、
戦傷死322人、戦病死2184人、計3201人にのぼり、
「第二十軍の統帥発動以来終戦までの各種比率」については
「戦死、戦傷、戦病死
おおむね
4対5対9」
である。
(第二十軍軍医部の戦死・戦病死者別一覧表の注)
中国戦線でも、戦死・戦傷より
「戦病死」
が圧倒的だ。
負傷した後に、包帯所や
野戦病院で
死亡する者も多かった。
これは、患者の給養がきわめて悪かったことと無関係ではない。
病死の大部分が
長期間の給養不足で、栄養失調状態にあって
病気に対する抵抗力を失っていたため、戦病死に至ったものだ。
これも
広い意味で
餓死の分類に入る。
中国戦線での
45万の戦没者の
過半数が戦病死、それも
給養不足に基づく
栄養失調や、それが原因での体力の消耗
による
広い意昧での餓死であった
ということだ。
日本軍が、補給らしい補給もなしに
現地調達する方針は、
明治以来
一貫していた。
日清戦争でも朝鮮出兵軍からの
補給困難の訴えに対し、参謀本部は
次のように訓令している。
「古昔、兵家の格言に因糧於敵(糧を敵に因る)の一句あり。
爾来
内外の用兵にこれを奉じて原則となすゆえんのものは
この理由に外ならず。…糧食すらなお且つ敵地に所弁すべし、
いわんやこれを運搬する人夫においてをや…」
(明治27年6月29日、参謀総長熾仁親王から混成旅団長
大島義昌あての訓令)
「因糧於敵」、これが
侵略軍としての行為の根本にあった。
日本軍兵士の
戦地栄養失調症を含む広い意味での餓死者は、
合計で127万6240名に達し、全体の戦没者
212万の
約60%
という割合になる。
靖国神社が「英霊」
として
誉め讃える戦死者のうちの
半数以上が、敢闘勇戦の中において
散華したのではなく、飢餓と衰弱死に
追いやられたのだ。
このような軍が、何万もの大量の捕虜を
人道的処遇のもとに
収容し続けることは
まったく
不可能であった
と言える。
もともと
中国人を「殺害しても問題とはならない」
として
蔑視していたうえに、予想以上の抗戦によって
敵愾心が加わり、
さらに
実際の問題として
捕虜として処遇できない状況があり、
躊躇なく
中国人民の大量殺害に
及ぶことになった。
これが
南京虐殺の実情だ。
これは メッセージ 38112 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(17)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 22:09 投稿番号: [38112 / 41162]
大量餓死によって、夥しい数の「英霊」
が生み出された。
原因の
第3は、日本軍隊の
特質にあった
と言える。
ひとつは、日露戦争後の
日本軍の
軍事思想の中心に、
精神主義への過信があったという点にある
と考えられる。
もともと
日本軍は、天皇への忠誠と
死を恐れぬ勇気を
将兵に要求した。
日本軍兵士は、天皇のため戦い、死ぬ。
国民の権益を守るため国民自らが組織することを基本とする
欧米の近代軍とは異なり、前近代的な忠君報恩を基本とする
錦旗の下の「皇軍」
が、近代もなお
存在してしまった。
兵士に要求されたのが、忠義第一とする武士道精神だった。
命を惜しまず名を惜しめ、生き恥をさらすより
死を選べ、
という教育が、皇軍兵士に
徹底的に施された。
武士道精神は
近代戦においては
何の役にも立たない。
この事実は、陸軍の父・大村益次郎が実証したはずだった
にもかかわらず、軍の規範には「武士道」
がすえられた。
武士道を基調とする精神主義は兵士を組織に絶対服従させ、
個人個人の自発性を
失わせるうえでも
威力を発揮した。
天皇への忠誠を柱とする
精神主義の強調は
軍人勅諭に
表され、日本軍兵士の行動を
縦横に
縛り付けていた。
日露戦争での勝利も、日本軍に
欧米の模倣から脱却して
独自の軍事思想を確立させる機会となった。
物量よりも
精神力を重視し、歩兵の銃剣による
白兵突撃戦が最後の
勝敗を決するものだという
白兵主義に
つながった。
日露戦争で、砲兵火力で勝るロシア軍に対して、日本軍は
銃剣突撃をもって
旅順、遼陽、奉天で
勝利を収めた。
この経験から、日本軍部には兵力の多寡、装備の優劣より、
精神力の差が
勝敗を分ける
という軍事思想が根付いた。
こうした精神主義は、補給の軽視を生み、敗因となった。
こうした
火力軽視、白兵主義は、火力装備の発達した
近代の軍隊に対しては、まったく
通用しなかったのだ。
日露戦争において
旅順要塞への白兵突撃を繰り返して、
屍体の山を築いた
教訓は、少しも
生かされなかった。
速射砲や機関銃の弾幕、十字砲火の中に
白兵で突入する、
そんな作戦を
繰り返し、無駄な犠牲が出ても、第一線の
実情さえ知らない参謀や高級指揮官は、突撃を命じ続けた。
ガダルカナルでの失敗も
生かされず、ソロモン諸島でも、
ニューギニアでも、フィリピンでも、ビルマでも、皇軍は
白兵主義を盲信して
米軍の火力の前に死体の山を築いた。
こうした
無能な作戦を強行した
軍上層部連中と一緒に、
十把一絡げにして、悲惨な餓死を強いられた犠牲者たちを
「護国の英霊」だ
などとして
祀りあげることは、
戦争犠牲者への冒涜であり、厚顔無恥もはなはだしい。
これは メッセージ 38106 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/30 21:59 投稿番号: [38111 / 41162]
日本兵の餓死者の記録は日本軍にも残っては居ないし、米軍の占領時にもその様な記録は残っていない。
幻の馬鹿サヨのプロパガンダに過ぎない。
これは メッセージ 38091 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/30 21:57 投稿番号: [38110 / 41162]
南京に於いて大量虐殺は行われていない。
公式見解という物は何処にも無いし其れを裏付ける資料も無い。
亦大量の餓死者を出したことも無く、食糧不足は米軍も同じような状態に在った、之は史実である。
これは メッセージ 38091 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ 横
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/30 21:54 投稿番号: [38109 / 41162]
実戦では白兵戦以外では着剣しないのが常識、着剣命令が出てから付ける。
真正面以外は殆どさせない、逃げる敵には後ろから余程速く走らないと刺せない。敵兵の横を刺すと云う事は、敵兵が横切るとき以外にないから、横方向に振られて、小銃を落とす可能性がある、だから、真正面からの刺突の練習をする。
近代米軍の様な銃身が短く取り回しのしやすい銃では、切る、突く、突き上げる、の訓練をする。
三十八小銃は着剣寺には全長1663㎜(1.663m)となり非常に取り回しがしにくく、突く以外の動作は基本的には殆ど出来ない、銃杷と銃身を持った形では。
亦、敵兵も突撃してくるのだから、後ろに倒れることは殆ど無いし、後ろに倒れるときは敵兵への傷は浅くなる。
君の想像は実戦向きでは無いよね、銃のことを知らなすぎる。
これは メッセージ 38090 (lovely37821 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2011/12/30 21:43 投稿番号: [38108 / 41162]
又、逝かれた海神ボイス。お前餓死で無くなった戦死者を誹謗してんのか〜。
日本国は敗戦し、当時のトップは断罪されている。真摯に真実を見つめ二度と戦争を防ぐ言なら、シナ大陸にも等しく叫んでみな〜!
それも出来ず、日本国にのみ行動する馬鹿サヨ!お前だぜ!
これは メッセージ 38091 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(16)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 21:38 投稿番号: [38106 / 41162]
前述してきたように、日本軍戦没者の過半数が
餓死だった。
戦闘で、華々しく戦い
玉のごとく
砕け散ったのではなく、
飢えと
病気にさいなまれ、やせ衰えて
無念の涙を流し、
密林の中で
次々と倒れ、野垂れ死んだのだ。
こうした
悲惨な結果をもたらした原因を考察してみよう。
まず
第1に、補給無視の作戦計画が
あげられる。
軍隊が行動し戦闘するためには
兵員と軍需品の輸送手段と、
弾薬、資材、食糧などの軍需品を供給する補給が欠かせない。
ところが、日本軍は
補給を
きわめて軽視していた。
作戦目的ばかりを重視して補給を無視した無謀な作戦ばかりが
各地で実行され、結果として
多数の将兵を餓死に追いやった。
ガ島敗戦の際に今村第八方面軍司令官が、百武第十七軍司令官を
慰めて、この敗戦は「饑餓の自滅」であり、「全く軍部中央部の
過誤による」もので、これは「補給と関連なしに、戦略戦術だけ
を研究し教育していた陸軍多年の弊風が累をなし」たものだと
語っているのは、まさに
至言であると思う。
第2に、兵站軽視の作戦指導にあったと言えるだろう。
日本陸軍は、伝統的に
対露(ロシア革命後は対ソ連)戦争を
第一の目標として
編成され、訓練を続けてきた
経緯がある。
したがって、その予想戦場は
北満州やシベリアの広野だった。
軍需品や食糧の補給を担うのは
後方部隊の輜重部隊であり、
その部隊は、戦時に特設する馬を
主な輸送力としていた。
陸軍は
農林省と共同して
全国の農家に馬の飼育を奨励し、
戦時には
この馬を徴発する計画を
立てていた。
41年7月、日本軍部は
独ソ戦の推移いかんによっては
対ソ戦を始めようとし、陸軍は
大規模な動員を行なった。
これが
いわゆる関東軍特殊演習(関特演)だった。
こうした満州への大動員を行なっておきながら、南方攻略へと
大きく国策が転換されたが、後方軽視という状況が
現れた。
南方作戦を具体化にあたり、大本営の兵站に関する基本構想は
「原則として満州の集積軍需品は抽出せず、中国大陸に対する
補給は最大限に削減して余裕を作り、必要な場合は中国方面
からさらに引き抜いて南方用作戦資材を充足する」だった。
(参考:防衛研究所所蔵『戦史叢書・マレー侵攻作戦』)
つまり、満州に動員して大量蓄積した軍需物資は、対ソ戦に備え
そのままとし、支那派遣軍から一部を引き抜いて間に合わせよう
という
甘い考えしか
持っていなかったのだ。
「極力内地ノ負担及船舶輸送力ノ軽減ヲ図リ、最小ノ軍需資材ヲ
最有効ニ活用シ現地ニ於テ創意自製自活シ得ルモノハ原則トシテ
之ニ據ルヲ旨トセリ」(南方軍参謀作戦資料)という具合だ。
しかし、この方針には
欠点があった。
兵要地誌の調査不足による
現地自活主義の破綻は、
やがて明らかになり、大本営の見通しの甘さが露呈する。
気の毒などは
第一線の兵隊たちだった。
彼らは、情報収集力のない軍の失敗による犠牲者だった。
これは メッセージ 38105 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38106.html
大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(15)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 21:23 投稿番号: [38105 / 41162]
太平洋の孤島や南方の密林とは違い、人口稠密で物資豊富な
中国戦線では、餓死者など
生じなかった
と思われやすい。
しかし、敗戦前2年間の
中国戦線では
戦死者数よりも
病死者数が上回っており、その死因は
栄養失調、もしくは
栄養失調と不可分の
マラリア、赤痢、脚気など
だった。
中国戦線でも、補給困難による飢餓と
栄養失調による体力
消耗で、病気が重症化して
多数の「英霊」
を発生させて
いったのだ。
ある軍医の記録を
以下に引用する。
「酷熱多湿なるうえ敵機の跳梁、道路の破壊等により補給は
予定の如く
行なわれず、敵味方の大軍により
現地物資は
消費し尽され、将兵の疲労
言語に絶するものがあった」
(長尾五一著『戦争と栄養』、西田書店1994年より抜粋)
中国戦線の「英霊」増加が
もっとも
集中したのは
最後の2年間であり、その多くが
戦死ではなく病死だった。
その状況は、45年に入って
さらに
深刻になっていた。
中国戦線で最後の作戦となった
第二十軍のシ江作戦の場合、
45年4月から6月の3ヶ月間の死者の内訳は次のとおりだ。
戦
死
695人(22%)
戦傷死
322人(10%)
戦病死
2,184人(68%)
合
計
3,201人(100%)
圧倒的に多い戦病死者の詳細な内訳は不明だが、その大部分が
長期間の不十分な給養で、栄養失調状態から病気への抵抗力を
失い、病死にいたったことは、軍医の記録から
判明している。
中国大陸では、45万の
戦没者が発生した。
その過半数が
戦病死、それも
給養不足による
栄養失調や、
それが原因での体力消耗による
広い意味での餓死だったのだ。
戦死者よりも
餓死した者が多い、これが
日本軍の特徴だ。
中国大陸でも
太平洋でも、その事態は
変わらない。
このような「近代軍」が
20世紀にも
存在したのだ。
しかし、その悲惨な実態は
「玉砕」や
「散華」という
大本営が作り出した
美しく勇ましい言葉で
覆い隠された。
第二次大戦における
日本軍の戦没者の総数、その中での
戦死・戦病死者などの
正確な割合は、残念ながら判らない。
日本軍の敗北に終わったこともあって、正確に数えることは
きわめて困難であり、多くの戦場が「玉砕」
つまり全滅し、
生存者の証言や記録が失われていることも
原因の一つだ。
また、降伏の直後に、戦争犯罪の追及を恐れて、組織的に
関連資料の大量焼却が実行され、陸海軍の各部隊、さらには
市町村役場の
兵事関係書類までが
焼かれてしまったのだ。
このため、戦後も日が経つにつれて
調査がすすみ
戦没者の数が
どんどん増えていく
という状況だった。
この点からみても、旧軍部の体質を窺い知ることができる。
これは メッセージ 38104 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38105.html
大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(14)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 21:22 投稿番号: [38104 / 41162]
インパールから
敗退する道は、日本軍兵士たちによって
「靖国街道」、あるいは
「白骨街道」
と名づけられた。
悲惨な退却の様相について、前述した
将兵とは別の
一人の
将校の証言を、以下に
引用してみたい。
兵隊達の姿は
既に骸骨に
等しかった。
げっそり窪んだ眼が、伸び放題の無精髭と
尖り立った
頬骨の奥に空ろに光っていた。顔色は日灼けのした上に
泥濘をまぶしつけて、それでいて、その底に澱む
不透明な蒼白さが
浮いて見えた。
手先きは
僅かに皮膚を冠ったばかりの骨が、一本一本
浮き立ち、その上を通る静脈がどす黒く不気味であった。
足先きは
靴が脱げない程
ふくらんでいた。
雨にふやけたのだ。
まるで豆腐糠のように光沢のない
白さに腫れ上がっていた。靴を穿き潰した者が大勢いた
が、そんな者の
足先きは
一層ひどかった。
被服は
いうまでもなく
泥にまみれ切って
臀や肘の
あたりがべろべろに破れていても修理など出来なかった。
それを
ひらひらさせながら
歩いていた。
もう
その頃になると、脚気で全身むくみあがった者は
いなかった。
とっくに
落伍したのだ。
したがって、
兵隊達は
一様に枯れ切った細い枯木に
ひとしかった。
(中略)
その頃、誰言うことなく、この街道を靖国街道と言った。
その儘歩き続ければ、靖国神社に通じるという意味である
(村田平次『インパール作戦―烈兵団コヒマの死闘』より)
1952年に
厚生省援護局の調査したビルマ方面の作戦兵力と
戦没者の数は、次のとおりだ。
兵
力
303,501
戦没者
185,149
帰還者
118,351
戦没者は、じつに
61%にも
達したことが分かる。
これは、陸軍の陸上部隊のみで
航空部隊は
含まれていない。
つまり、海軍と航空部隊を加えれば、犠牲者数は
もっと多い。
この戦没者の中で、餓死・病死者の割合が
どうであるかは、
正確には判明しないのだが、多くの将兵の証言や記録によると
戦死者よりも
餓死・病死者が
はるかに多かったことが判る。
補給を無視した
無謀な作戦に駆り出され、飢餓地獄のなかで
歩く体力を失い、助けてくれ、連れて行ってくれ
と泣き叫び
友軍兵士の脚に
すがりついていた
重病患者たちの
無念さ、
悲しみを
思うとき、「玉砕」などという粉飾された言葉を並べ
偽りの戦果ばかりを発表し続けた大本営、そして日本軍自体に
怒りと
情けなさを
感じざるを得ない。
同時に、その当時の軍部が
垂れ流した
戦争の大義名分や
美しく
粉飾された
武勇談などを、いまだに疑うことなく
賛美礼賛して憚らない
愚かなヤスクニ派が存在することも、
同じ日本人として
恥ずかしいことであり嘆かざるを得ない。
これでは、平和を生きる
日本国民としては
無責任であり、
無念の死を遂げた大勢の戦争犠牲者に対し本当に申し訳ない。
これは メッセージ 38103 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38104.html
大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(13)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/30 21:21 投稿番号: [38103 / 41162]
惨憺たる敗北を喫し、おびただしい数の「英霊」
を増産した
インパール作戦の実情について、もう少し
記述しておこう。
南方軍復員本部復員課が
1946年6月に作成した資料、
「ウ号作戦及次期態勢移行ノ作戦間ノ給與及衛生」を引用する。
歩兵第六十七聯隊
大佐滝口一郎
給與
終始後方補給皆無ニシテ主食米ハ現地物資ヲ利用
セルモ、其他特ニ塩補給極メテ困難ニシテ全般的ニ
極メテ不良ナリ
衛生
給與ノ素悪、雨期、薬物補給ノ皆無等ニ依リ、
栄養失調、マラリア、脚気多発シ、戦病死者多発
スルノ止ムナキニ至リ、衛生状態極メテ不良ナリ
これは、報告の
ごく一部であり、他の聯隊長からの報告も
同様か、あるいは
それ以上に
悲惨な状況を報告している。
いずれも
作戦中は
糧秣の補給がなかったこと、
そのために
栄養失調やマラリア、脚気、赤痢などが多発し、
多数の死者が
出ていたことを
伝えている。
大本営が、作戦の失敗を
ようやく認めて、中止を命じたのは
7月3日のことだったが、ときすでに
遅かった。
兵士の体力は衰え、健康な者など
誰一人
いなかった。
兵士の命を第一に考えるなら、いさぎよく降伏すべきなのだが、
敵の捕虜になるなら死ぬべきだ
とする
皇軍においては
それは許されず、悲惨な退却が
試みられることになった。
飢餓に苦しみながら、雨期に入ったアラカン山系の密林の中を
退却中に力尽きた
将兵の死体が
退路を埋めた。
惨状は、生き残った兵士によって、次のように描かれている。
遺棄された死体が横たわり、手榴弾で自決した負傷兵の
屍があり、その数が
だんだん増えてきた。
石ころの
難路を越え、湿地にかかると、動けぬ重症の
兵たちが三々五々屯していた。水をくれ、連れていって
くれと
泣き叫び、脚にしがみついて
放れないのだ。
髪はのび放題のび、よくもこんなにやせたものだと
思うほど、骨に皮をかけただけの、あわれな姿だ。
息はついているが、さながら
幽霊だった。
(中略)
途中、潅木の中にひそんだ盗賊にやられた兵が、
腹部を至近弾でやられ、雑嚢が散乱している姿を見た。
戦争は生きることの全貌を一変させるものだ。
生きるためには、味方さえ
殺しあうのだ。
われわれも、恥もなく
屍についた雑嚢を探したのだが
食い物はなにひとつはいっていなかった。
おぞましい
非人の仕業もあきらめ、歩いては休み、休んでは歩き、
体内に残る生命の焔をかきたて、生きようとする苦行だけは
つづけた。
(志摩辰郎「地獄街道の戦い」より引用)
日本兵は、餓死寸前の状態で、インパールからの退却を続けた。
まさに
地獄であり、どこにも
美しい「散華」は存在しない。
このような
退却の様相は、ほかの将兵によっても語られている。
これは メッセージ 38102 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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