南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 15:15 投稿番号: [10429 / 41162]
>れれ、真実かどうかは、ばーさんの考えが事実に即したものかどうかの検証から始まるんじゃないのか?

しょうがねえな。話もずれてきたようだし。

虐殺強姦したという日本兵は一人二人で押しかけたわけではなかろう。一人二人はシナ語(広東語?北方シナ語が南京で絶対通じないということもなかろう)ができたとしても他の大多数は軍服からなにから日本兵。言葉、立ち居振る舞いなどなど。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/02 14:38 投稿番号: [10428 / 41162]
>おいおい、考慮すべきはばーさんの考えだけじゃねえだろ。

れれ、真実かどうかは、ばーさんの考えが事実に即したものかどうかの検証から始まるんじゃないのか?

それとも、結果を最初から決めておいて、それを事実とするのか?

裁判っていうのはそういうものなのか?

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 14:25 投稿番号: [10427 / 41162]
>日本軍から、敗走するとき、皆、軍服を脱ぎ捨てて逃げたという。

皆?100%全員がと言い切れるか。「〜と言う」って伝聞だな。それに、軍服脱いで敗走するひまもないうちに捕虜になってしまったことも皆無ではあるまい。いや、結構多かったのではないだろうか。さらに、(正式な?)降伏による捕虜ということだったあったのだろう。

Re: 東中野先生は

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/02 14:23 投稿番号: [10426 / 41162]
本多勝一も出廷してないな。
しかも変装して裁判の後の集会にノコノコ現れて、
自己の主張を垂れ流す。

どちらがより悪質だろうな。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 14:17 投稿番号: [10425 / 41162]
>南京は、言葉が、全然違うし、行ったばかりで、中国人との接触も少なかった

だから、平川祐広の「米国大統領への手紙」を読んだかと言っている。まあ、それはどうでもいいけど、ハワイ出身の三上弘文兵曹(日英バイリンガル)みたいにたまたま最初から広東語が話せる(あるいは少しはできる)兵がいても不思議ではない。

Re: 東中野先生は

投稿者: wq_pq243 投稿日時: 2006/07/02 14:17 投稿番号: [10424 / 41162]
>自らの裁判に出席をせず、遁走をしています。自らの説が正しいとするのならば、堂々と裁判で論じればいいのに、なんで遁走するのかな。(爆笑)


御用学者というのは、企業や政府にとって都合のよいことを言ってそれで生活してるインチキ学者なのだから、裁判も逃げるしかないわよね。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 14:10 投稿番号: [10423 / 41162]
>英訳本がでるの待ち遠しいですね。

英訳がでるのはいいことだと思うが、英訳の質がきにかかる。まず日本語に堪能なネイティブに訳してもらって、英語のよくできる日本人が原文と照らし合わせて訳文を厳重にチェックする必要がある。

日本語の発想そのものが英語と違うから、すこしばかり英語のできる日本人が訳したのではだめだと思う。

ところで、東中野さんの本でちょっと気にかかることひとつ。彼は「戦争とは何か」の第三章(ベイツ執筆)の冒頭から引用して(170〜171頁)、

城内西部のどこかで他の仲間と銃剣かなにかで処刑されかかって助かって安全地帯に逃げてきた男について、

五ヶ所も傷をうけながら、地理に不案内にもかかわらず、「城門その他が日本軍に厳重に監視されているなか」(173頁)病院まで逃げてきたということは信憑性にかけると言っているが、「城門その他」の「城門」はミスリーディングだ(語弊がある)と思う。なぜなら、その男は城内西部のどこかで処刑されかかったのだから。城外から城門をすり抜けて城内の病院までたどりついたというならまだしも、地理に不案内でも、五ヶ所に傷を受けていても「城内西部のどこか」からなら病院までたどりつくのは不可能ではない。よってそれをもって信憑性にかけるというのはあまり説得性がない。

だから、「城門その他が日本軍に厳重に監視されているなか」と言って、あたかも城外から厳重に監視されている城門をすり抜けて城内の病院にたどりついたかのように読める記述をしたのだろうか。勘ぐればそうも解釈できる。

とにかく、この部分(170〜173頁)の記述主張は曖昧で弱い。この本のウイークポイントの一つだと思う。

私の誤読であるならご指摘を乞う。

東中野先生は

投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2006/07/02 13:50 投稿番号: [10422 / 41162]
自らの裁判に出席をせず、遁走をしています。自らの説が正しいとするのならば、堂々と裁判で論じればいいのに、なんで遁走するのかな。(爆笑)

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/07/02 13:42 投稿番号: [10421 / 41162]
東中野先生の本にも書かれているけれど、黄文雄産の本の方がはっきり書いてある。中国軍は、日本軍から、敗走するとき、皆、軍服を脱ぎ捨てて逃げたという。つまり便衣兵になったという。でも、体格、顔つきなどで軍人であることは分かるし、武器を携帯していたという。
(ついでに言うと戦場で、民間人が武器を携帯していても、レジスタンスと言うことになって処刑の対象になる)

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/07/02 13:38 投稿番号: [10420 / 41162]
シナごと行っても、満州は敵国でないから、あのあたりは北京語だろうし、北京語は言えるだろう。でも、南京は、言葉が、全然違うし、行ったばかりで、中国人との接触も少なかったのでしょ。中国人は、安全地区に逃げたり、南京から逃げ出したりしているのだから。離せる?

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 12:43 投稿番号: [10419 / 41162]
>当時の日本軍人が、普通、敵国語をしゃべると思うかい?

(たまたま)シナ語流暢な日本兵がいたって不思議じゃない。

ということだ。

平川祐広「米国大統領への手紙」というのを読んだことあるかい?あのなかにでてくる市丸利之助少将の部下三上弘文兵曹。

それに片言のシナ語でも意思の疎通はできる。とも言ってる。

Re: 当時の南京を映像で見るサイト

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/02 12:32 投稿番号: [10418 / 41162]
左巻きの思想にかぶれて現実が見えない者の方が遥かに可哀想だが。

>残忍ながらそれは事実。

証拠も何も示せない者の言う科白でないね。

Re: 当時の南京を映像で見るサイト

投稿者: wq_pq243 投稿日時: 2006/07/02 09:39 投稿番号: [10417 / 41162]
>「南京大虐殺」は、物語か。


残忍ながらそれは事実。

ひきこもりネットウヨは社会性がなく、自分に自信がもてないから、
自分の所属する国家こそが唯一のアイデンティティになり、
日本が過去に悪いことをしたことを認めることができない。
だから南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行を認めることができない。
社会との接点がヴァーチャルなネットでしかないから、
ネット上の"南京大虐殺は無かった"情報しか目にはいらない。
ある意味かわいそうな人たちです。

当時の南京を映像で見るサイト

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2006/07/02 03:46 投稿番号: [10416 / 41162]
http://www.youtube.com/results?search=nankin&search_type=search_videos

「南京大虐殺」は、物語か。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 03:29 投稿番号: [10415 / 41162]
>> その「残虐行為」の「講演」を聞いたという証言が、大勢の聴衆がいたはずであるにもかかわらず、志々目証言以外に明らかになっていないから、虐殺派学者秦郁彦が同種の証言を収集したというなら、それを引用しなさいと言っているのだけど。
#10038

へへえ、なるほど。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 03:27 投稿番号: [10414 / 41162]
>おいおい、ばーさんの考えなんて、俺には分からない。

おいおい、考慮すべきはばーさんの考えだけじゃねえだろ。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/02 03:24 投稿番号: [10413 / 41162]
>横ですが、捕虜が、便衣兵なら、切られたとしても仕方がないですね。

斬られたのは(斬られたとして)全部便衣兵だったのですか。

無辜の民間人斬殺と捕虜斬殺はまた事情が違うと思う。シナ側は日本兵捕虜を常にジュネーブ条約などに則って処遇していたのだろうか。拷問虐殺などをしていたとすれば、それを棚に上げて日本軍の捕虜斬殺だけを責めることができるのだろうか。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/02 03:11 投稿番号: [10412 / 41162]
いつもながらずれた発言。
事実が証拠?
その事実の検証がまる抜けと指摘してあげてるのだが。

新聞記事があって、講演の事実があって、証言の事実があったから事実?
極論すれば誘導した可能性も考えられるだろう。

新聞記事はあったが記事自体は虚偽。
講演はあって話の内容は確かめられても、その話自体が真偽不明。
証言があるから事実?証言者が真実を述べているかどうかの担保は?
全く「証拠」などになってないが。

>交通事故の目撃者の証言は、それだけで立派な証拠です。その真実性が立証できなければ証拠でないというのは奇妙な理屈で、世間では通用しません。

まずその証言者が目撃者であることを確かめないと話にならないが。
次に目撃した事故が該当のものか確かめないといけないが。
世間に通用しないのはどちらかね。

Re: 『悪魔の飽食』はプロパガンダ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/02 02:11 投稿番号: [10411 / 41162]
流石です。
中川八洋先生は鬼才ですね。

この人は強烈な反共・親米主義者だと感じています。
反共は当然としても、ちょっと親米が過ぎる気がします。
よって、中川先生の防衛論(核武装論)はイマイチだと思ったのですが、歴史研究では非常に良い仕事をしていると思います。

pipopipo555jp君 に質問です

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/07/02 00:02 投稿番号: [10410 / 41162]
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/sakuin.htm
ってpipopipo555jp君のサイトなんだよね?

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/07/01 23:53 投稿番号: [10409 / 41162]
東中野先生の「南京事件国民党極秘文書から読み解く」の英訳本がでるの待ち遠しいですね。世界的に、南京がなかったことが本当に認められるには、英訳本を見た欧米の専門家が、確認調査を行ってからだと思いますから。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/01 22:48 投稿番号: [10408 / 41162]
> 講演で、それは無抵抗な中国兵を斬っていたという野田氏の講演を聴いたひとがおり、それが本当かどうかと秦郁彦氏が当時を知る人に聞いたところ、それは捕虜の据えもの斬りだったと野田氏がしていたという複数の証言があった。

  虐殺派とやり取りしていると、大抵3回以上は同じ質問を繰り返すことになる。

> > 秦郁彦氏は、野田氏自身が捕虜を斬ったとしていたという複数の証言を得ています。
>
>   だからそれを引用してくださいと言っているんですが。
>
> > ご不審であれば、日本大学法学会『政経研究』42巻4号(2006.2)秦郁彦『いわゆる「百人斬り」事件の虚と実(二)』をご覧ください。
>
>   じゃないでしょ。
>   貴方が言い出したことなんだから、私に確認しろというのは無責任です。
>   それともまさか、自分では日本大学法学会『政経研究』42巻4号の記事を見ていないなんて言い出すんじゃないでしょうね?
>   別に現物を見ていなくても、どこかのサイトのコピーでも構いませんよ。
>   曽根一夫証言を未だに信頼できると言い張っている虐殺派学者秦郁彦は、日本大学法学会『政経研究』42巻4号でどのような証言を得ていると言っているのか、その証言そのものをここに引用してくださいな。
#10037

> その「残虐行為」の「講演」を聞いたという証言が、大勢の聴衆がいたはずであるにもかかわらず、志々目証言以外に明らかになっていないから、虐殺派学者秦郁彦が同種の証言を収集したというなら、それを引用しなさいと言っているのだけど。
#10038

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/01 22:19 投稿番号: [10407 / 41162]
>自分で考えろってんだ。

おいおい、ばーさんの考えなんて、俺には分からない。
いったい、その点についてどういう検証がなされているのか知りたいって言ったまでさ。

Re: 南京大虐殺の証拠

投稿者: kanekarimasita_gomen 投稿日時: 2006/07/01 22:05 投稿番号: [10406 / 41162]
証拠とか読解力とか意味わかって使ってますか?

>「とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」
アジア諸国の人に対してって言ってるんだからそのまんまですよ。
南京大虐殺の証拠にはなりませんよ。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/07/01 20:43 投稿番号: [10405 / 41162]
横ですが、捕虜が、便衣兵なら、切られたとしても仕方がないですね。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/01 20:36 投稿番号: [10404 / 41162]
>講演で、それは無抵抗な中国兵を斬っていたという野田氏の講演を聴いたひとがおり、それが本当かどうかと秦郁彦氏が当時を知る人に聞いたところ、それは捕虜の据えもの斬りだったと野田氏がしていたという複数の証言があった。

すでに出典を出していなさるかもしれませんが、あらためて秦氏の調査の出典(秦氏がどの本、論文、記事、講演等で複数の証言があったと言っているのか)を教えていただけませんか。

Re: 九大生体実験の検証、横

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/01 20:28 投稿番号: [10403 / 41162]
>今でも、生き証人によるウソの証言やニセ供述で誤認逮捕・起訴される冤罪事件が後を絶たないそうだ。

これは言える。「生き証人」が名乗り出たとしても、それが本当の生き証人かどうか注意深く検証する必要がある。

>戦争末期に怪我人・病人が急増し手術室が塞がっていたために、急病の米軍捕虜を手術室ではなく解剖室に入れて治療or手術したが残念ながら死亡してしまったとか

そうなら、まず30人の被告の誰かがそのような釈明をしたはず。そのような記録が残っているのだろうか。

それから、生体解剖されたという数人の捕虜全員が怪我人、病人だったのだろうか。

Re: 東中野某名誉毀損裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/01 20:20 投稿番号: [10402 / 41162]
>このような状況下にあって、12月13日になっても10人以上が避難もせずに居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?etc.etc.

このような状況下にあって10人以上が居残りというのは異常ですが、まったくあり得ないことではないと思います。警察にしても軍にしても広い市内すべてに目が届いていたわけではないでしょうし。

虐殺は嘘1 人口からの考察1

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 20:16 投稿番号: [10401 / 41162]
そもそも、日本軍による占領後に南京の人口が増えたのだから、虐殺なんてあった筈がない。


南京で戦闘が始まった12月12日の夜には南京の人口は20万人で、しかも、ほぼ全市民が安全区に避難していた。


まずは、南京の人口推移から。


●1937年11月〜12月の南京の人口推移


1937/11/23日「50万」
「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である。将来は、およそ20万と予想される難民のための食料送付が必要である」
南京市政府書簡(南京事件P220   笠原十九司)


11/27「30〜40万」
在留外国人に対して「避難勧告」が出された。
「市民の脱出は続いているが、市長の話では30万から40万の市民がまだ南京に残っているとのこと」
米大使館報告   (アメリカ資料編P90)


12/6「約20万」
なぜ。金持ちを、約80万という恵まれた市民を逃がしたんだ?
(ラーベの日記P96)

陥落直前の南京の人口に関する資料
―――――――――――――――――――
安全委員会公文書【20万人の市民】
ステール【10万人の市民】
アベンド【10万人以上】
ダーディン【10万を越す非戦闘員たち+民間人は5万以上】
ラーベ【20万人】
リリー・アベック【15万人】
米ライフ紙【15万人の南京市民】
張群思少佐【非戦闘員10万】
劉啓雄少将【20万】
松井大将【12万余】
―――――――――――――――――――

以上の資料を総合してみると、12月13日、南京陥落時点の南京の人口は、【10万人から最高20万人】の間とみて間違いなく、陥落後の生存人口が約25万人(安全委員会公文書)だから人口は増えた。



■日本軍が南京を占領してからは、減るどころか逆に増えている。

そして、南京で戦闘が始まる前に、多くの市民が南京を脱出したが、そのうちの多くは日本軍が開放した上海に行っていた。


もう一度、南京の人口推移を長い期間で見てみる。


●1937年前半(支那事変以前)〜1938年9月の南京の人口推移


1937年前半    「100万人」
  ↓
11月初旬〜11月23日   「50万人」(支那軍が南京に来て減少)
  ↓
11月27日    「30〜40万」
  ↓
12月13日    「20万」
  ↓
1938年1月14日   「25万人」(日本軍が占領し支那軍が南京を去ったため増加に転じる)
  ↓
1938年9月23日   「45万人」


・1938年9月23日「45万人」の資料

『文藝春秋』P193   第十六巻   第十九號   昭和十三年十一月特別號 (1938年)
  従軍通信/上海より廬州まで/瀧井孝作
  九月二十三日。晴。南京にて。
  午前九時、特務機関に行く。大西大佐より南京施政状況の説明あり。人口は戦前は百萬そのうち二十五萬漢口に行き、二十五萬は上海に在り、五萬は香港に行き、現在は四五十萬どまりなり。


しばらく南京に戻って来なかった人々のうち、漢口に行っていた25万人は支那の政府関係者が多く、上海に行っていた25万人は一般市民だから、やはり市民は日本軍の居る上海に行っていたのだ。

Re: nmwgip様+と言う「事実」。

投稿者: histograph 投稿日時: 2006/07/01 20:05 投稿番号: [10400 / 41162]
thirteen_satan さん:>
>書かれたと言う「事実」。
>講演があったと言う「事実」。
>証言があったと言う「事実」。
>この「事実」があったのだと言うだけで、中身の検証は全くなし。

書かれたと言う「事実」、講演があったと言う「事実」、証言があったと言う「事実」を証拠というのですが(^^;
それがお互いに矛盾していれば、何か間違いがあるんでしょう。
しかし、両将校が百人斬り競争をやっていたと言う新聞記事があり、講演で、それは無抵抗な中国兵を斬っていたという野田氏の講演を聴いたひとがおり、それが本当かどうかと秦郁彦氏が当時を知る人に聞いたところ、それは捕虜の据えもの斬りだったと野田氏がしていたという複数の証言があった。
当時は、日本兵が中国兵の捕虜を斬首することが頻繁に行われており、従軍日記にも記載されているという一般的状況があった。
これだけ証拠がそろえば、百人斬り競争で、少なくとも捕虜の据えもの斬りはやっていたと考えるのが普通です。
捕虜と称して一般人も殺害していたという一般状況もありますから、捕虜の据えもの斬りをやっていた人は、一般人も斬っていたと推察するのは当然です。
そして、同じ部隊の人の回想記に農民を斬っていたという記述があることが判明しました。こうなれば、一般人も斬っていた可能性はやはり十分あると考えるべきでしょう。

証言は証拠の一つです。
見た、聞いたという証言が証拠でなくてなんでしょうか?
交通事故の目撃者の証言は、それだけで立派な証拠です。その真実性が立証できなければ証拠でないというのは奇妙な理屈で、世間では通用しません。

Re: 南京大虐殺は捏造と認めたほうが賢い

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 20:04 投稿番号: [10399 / 41162]
>ありがとうございます。
>知らないことだらけですので、その本を読んでみます。

どう致しまして。
読んだご感想を楽しみにしております。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/01 20:04 投稿番号: [10398 / 41162]
>そうすると、そのばーさんは、どうやって、日本人と判断したんだい?ちょっと、おせーてくれ。

自分で考えろってんだ。

Re: 九大生体実験の検証

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 20:01 投稿番号: [10397 / 41162]
>いずれにしても、生き証人がいるのだから、この事件を隠す事はできんな。


今でも、生き証人によるウソの証言やニセ供述で誤認逮捕・起訴される冤罪事件が後を絶たないそうだ。

終戦直後のGHQは、明らかに無罪だった多くの日本人を逮捕し死刑を執行した。

それなのに、この事件はたった一人の米軍捕虜の与太話しか手掛りがなく、起訴された30人全員が無罪を主張し、絞首刑も執行されず、最後は再審・減刑が認められた。

戦争末期に怪我人・病人が急増し手術室が塞がっていたために、急病の米軍捕虜を手術室ではなく解剖室に入れて治療or手術したが残念ながら死亡してしまったとか、そんなのが真相のような想像をしている。

―――――――
平成18(2006)年7月1日[土]
産経新聞

■【主張】誤認逮捕   警察は安易な捜査猛省を

  ひき逃げ事件で警視庁が取り返しのつかないミスを犯した。男性を誤認逮捕していたのだ。慎重で緻密(ちみつ)な捜査をしていれば防げたはずだ。

  証拠も乏しいのに、証言だけを頼りに逮捕に踏み切った捜査が原因である。誤認逮捕された男性は、起訴され公判中で、この間の身柄拘束は約10カ月にも及んだ。警察の猛省を促したい。

  今回はひき逃げ事件をめぐっての誤認逮捕だったが、窃盗、強盗、傷害事件など刑事事件での誤認逮捕は、残念ながらよく起きている。

  最近では千葉県警が窃盗事件で誤認逮捕し、翌日釈放、神奈川県警も殺人未遂事件や強盗傷害事件で同様な失敗をし、京都府警は傷害事件の誤認逮捕で、5日間も拘置した。どのケースも「裏付け捜査」が不十分だった。

  しかし、拘置が10カ月という長期間に及んだのは極めて異例で、由々しき事態である。

  実際にひき逃げ事件を起こした真犯人のウソの証言や、関係者のニセ供述を信用し、肝心の証拠の収集をおろそかにした結果であった。

  犯人とされた神奈川県相模原市の塗装工の男性(27)は、昨年6月に東京都世田谷区の交差点で起きたひき逃げ事故で同8月に逮捕され、危険運転致傷罪などで東京地検に起訴された。同罪は最高で懲役15年の重罪だ。

  男性は逮捕当時から一貫して「わたしはやっていない」と容疑を否認し続けたが、信用してもらえなかったという。男性の疑いを晴らしたのは、無実を信じた友人たちだった。

  事故後、犯行の最大の物証ともいえる事故車両を警視庁は発見できなかった。だが、友人たちは“独自調査”で今年2月、神奈川県清川村の山中に捨てられていた事故車両を見つけだし、警視庁に再捜査を依頼した。

  その結果、ひき逃げ事件の実行犯や同乗していた男らが、捜査段階や公判で塗装工の男性に罪をなすりつけるため偽証していたことが判明した。

  民間人である友人たちが事故車両を発見できたのに、捜査のプロがなぜできなかったのか。捜査が甘く、ズサンだったと非難されても仕方あるまい。また、起訴した東京地検の責任も重い。安易な逮捕、起訴はあってはならないことを肝に銘じてほしい。

Re: 東中野某名誉毀損裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 19:41 投稿番号: [10396 / 41162]
>何十万人の市民の移動ですから少数の居残りがあっても不思議ではない。


南京の場合には11月23日の時点で既に100万人のうち50万人が避難のために南京を去っていた。

その後も市民は南京を脱出し11月27日には30〜40万まで人口は減っていた。

南京市長が全市民に安全地区に移るように命令したのは12月1日。

その後も続々と南京を脱出し12月6日頃には南京の人口はほぼ20万人まで減少していた。

12月7日ミニー・ヴォートリンの日記
何千人という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、五時までに立ち退くように警察から命令されており、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのであった。

12月8日、支那軍司令長官唐生智が非戦闘員は全て安全地区に移るように命令した。

12月8日ミニー・ヴォートリンの日記
今夜は、初めての避難民を受け入れている。彼女たちが聞かせてくれる話は、なんと心の痛む話だろう。中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。

12月9日ミニー・ヴォートリンの日記
  今夜は南京市の南西隅の空全体を火炎が照らしている。午後はほとんど、北西以外の全ての方角から濛々と煙が立ち昇っていた。中国軍のねらいは、すべての障害物、たとえば銃撃の邪魔になる物や、日本兵が待ち伏せしたり身を守るのに役立つ物を取り除くことなのだ。AP特派員のマクダニエルは、中国兵が灯油をかけて家に火をつけているところを目撃したと言っている。


12月11日、警察官が川岸で渡江して避難した。

戦闘が始まったのは12月12日の夜。


このような状況下にあって、12月13日になっても10人以上が避難もせずに居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

100万人のうち80万人が南京を脱出した。
残った20万人は南京を脱出するカネもなかった貧乏人の中の貧乏人だった。
食糧など生活必需品の配給は安全区で行われた。

南京を脱出もせず安全区にも避難せず、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

警察から立ち退くように命令され、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

支那軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺されていたのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?



>要するにこの件はまだ決着がついていないと思います。あなたが決着ずみといっても承服しない人は(私を含めて)多いようです。

貴方と、嘘吐き馬鹿女wq_pq243と、pipopipo555jpと、・・・

確かに多いね。
C= (-。- ) フゥー

Re: また中国の捏造だ! >唐平

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 19:30 投稿番号: [10395 / 41162]
何とか理解して貰おうと精一杯懇切丁寧に説明してきたつもりだが、理解力(センス)や常識のカベは如何ともし難いようだ。

私がいくら頑張っても、貴方と深川唐兵には理解して貰えそうにないので諦めた。

Re: 「平成の南京虐殺者」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 19:22 投稿番号: [10394 / 41162]
>命令がでたから守られたはずだ?って
>あほか?
>そういう命令を徹底させるためには、治安部隊とか警察とかが完全に機能しなくてはならないのだよ。
>現実は、軍隊が市民より先に逃げてしまった。
>そんなものの命令が徹底するはずないだろう。


支那軍や警察が命令を徹底させるために大活躍していた資料があるのだが。

『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』より

P38   12月7日火曜日

  城内にはいろいろな噂が飛び交っている。何千人という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、五時までに立ち退くように警察から命令されており、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのであった。


P40   12月8日(水)

  今夜は、初めての避難民を受け入れている。彼女たちが聞かせてくれる話は、なんと心の痛む話だろう。中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。


P41   12月9日(木)

  今夜は南京市の南西隅の空全体を火炎が照らしている。午後はほとんど、北西以外の全ての方角から濛々と煙が立ち昇っていた。中国軍のねらいは、すべての障害物、たとえば銃撃の邪魔になる物や、日本兵が待ち伏せしたり身を守るのに役立つ物を取り除くことなのだ。AP特派員のマクダニエルは、中国兵が灯油をかけて家に火をつけているところを目撃したと言っている。



>難民区外に多くの市民が潜んでいたことは、マギー牧師の日記にもウィルソン医師の日記にも、治療した負傷者の口述として記録されている。


その記録を教えてください。


ついでに、以下の質問に答えて下さい。


南京市長が全市民に安全地区に移るように命令したのは12月1日。

その後も続々と南京を脱出し12月6日頃には南京の人口はほぼ20万人まで減少していた。

12月7日ミニー・ヴォートリンの日記
何千人という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、五時までに立ち退くように警察から命令されており、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのであった。

12月8日、支那軍司令長官唐生智が非戦闘員は全て安全地区に移るように命令した。

12月8日ミニー・ヴォートリンの日記
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。

12月11日、警察官が川岸で渡江して避難した。

戦闘が始まったのは12月12日の夜。


このような状況下にあって、12月13日になっても10人以上が避難もせずに居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

100万人のうち80万人が南京を脱出した。
残った20万人は南京を脱出するカネもなかった貧乏人の中の貧乏人だった。
食糧や生活必需品の配給は安全区で行われた。

南京を脱出もせず安全区にも避難せず、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

警察から立ち退くように命令され、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

支那軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺されていたのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?




>ところで、
>きみたち東中野奉賛党はことある度に、
>「市民が危険な場所にとどまっているはずない」というが、
>それって、君たち東中野奉賛党が一方で宣伝してやまない、慈悲深き日本軍のイメージを否定するのかな?
>『日本軍』はそれほど残忍だ、と聞えていたのかな?

???
日支両軍が砲撃戦や銃撃戦を繰り広げる危険な場所から避難するのは当然のことだと思うが、何か?

嘘吐き馬鹿女wq_pq243宛 避難命令

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/01 19:07 投稿番号: [10393 / 41162]
>去年のアメリカのハリケーンカトリーナのとき避難命令が出たけど、実際は避難したくても出来ない人がいました。


カトリーナの時には48万人の市民に避難命令が発令されたが、翌日にはカトリーナが上陸してしまったために市民は避難したくても間に合わなかった。


一方、南京の場合には11月23日の時点で既に100万人のうち50万人が避難のために南京を去っていた。
その後も市民は南京を脱出し11月27日には30〜40万まで人口は減っていた。

南京市長が全市民に安全地区に移るように命令したのは12月1日。

その後も続々と南京を脱出し12月6日頃には南京の人口はほぼ20万人まで減少していた。

12月7日ミニー・ヴォートリンの日記
何千人という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、五時までに立ち退くように警察から命令されており、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのであった。

12月8日、支那軍司令長官唐生智が非戦闘員は全て安全地区に移るように命令した。
12月8日ミニー・ヴォートリンの日記
今夜は、初めての避難民を受け入れている。彼女たちが聞かせてくれる話は、なんと心の痛む話だろう。中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。

12月11日、警察官が川岸で渡江して避難した。

戦闘が始まったのは12月12日の夜。


このような状況下にあって、12月13日になっても10人以上が避難もせずに居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

100万人のうち80万人が南京を脱出した。
残った20万人は南京を脱出するカネもなかった貧乏人の中の貧乏人だった。
食糧など生活必需品の配給は安全区で行われた。

南京を脱出もせず安全区にも避難せず、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

警察から立ち退くように命令され、それにしたがわなければ家は焼き払われ、スパイとみなされるというのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?

支那軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺されていたのに、12月13日になっても10人以上が危険な場所に居残っていた夏淑琴の家族ってナニモノ?



>…というわけで、あんたの妄言は証拠にはなりません。

では、上記の質問に対し、妄言ではない証拠になるような模範回答を願おうか。

Re: 南京大虐殺は捏造と認めたほうが賢い

投稿者: awkgrepls 投稿日時: 2006/07/01 14:38 投稿番号: [10392 / 41162]
ありがとうございます。

知らないことだらけですので、その本を読んでみます。

デマなのか中傷なのか・・・

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/01 12:51 投稿番号: [10391 / 41162]
> nmwgipさん、デマをばら撒いているのは、残念ながらあなたです。

  ほほぅ。

> 名誉毀損に関係する民法の定めには下記のものがあります。(原告が生存している場合)
>
> 名誉毀損   第723条

  では、民法第723条の規定を見てみようか。

(名誉毀損における原状回復)
第723条   他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。

  民法第723条は名誉回復の手段について規定したものであって、何が名誉毀損に該当するかを定めたものではない。
  民法第709条は損害賠償責任を定めたもの、第710条は財産権侵害以外の侵害に対しても賠償責任があることを定めたもの、第724条は単なる時効の定めに過ぎない。
  いずれも名誉毀損の成立要件を示すものではない。

> なお、挙証責任は名誉を毀損した側にあります。

  以下は刑法の規定。

> 民事と刑事の違いが分かっていないようです。

  名誉毀損が何によって規定されているのか全く分かっていないようだな。
  法の規定について論じたいなら、せめて条文を引用することをお勧めするよ。
  それとも意図的な中傷か?
  生憎だが、お粗末すぎて議論にもならんな。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/07/01 11:39 投稿番号: [10390 / 41162]
>シナ語流暢な日本兵がいたって不思議じゃない。それに片言のシナ語でも意思の疎通はできる。

当時の日本軍人が、普通、敵国語をしゃべると思うかい?
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