李朝朝鮮
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/04/14 09:46 投稿番号: [80 / 1329]
妓生もたぶんそうなんでしょうが
日本でも白拍子などは賤民の階層にあたります
たぶん
洋の東西を問わず
娼婦またはその職業にあるものはこの階層であったと思われます
ただ
やはり肉体でのみではなく
相手方男性との会話・享楽を共有するためにこそ
それ相当な技芸・話術・知識は必須であったでしょう
これは メッセージ 79 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/14 01:36 投稿番号: [79 / 1329]
>両班でも未婚の素晴らしい娘さんはいるのかもしれませんが、
>その権力者はそういう女性は手に入れづらい、だから彼女をということなのでしょうか。
両班の娘に素晴らしい教養ある女性がいた、という考えには少し疑問があります。
ご存知と思いますが、イザベラ・バードの「朝鮮紀行」には、次のように書かれています。
第二十九章
朝鮮の女性の地位
『少女向けのこの国独自の学校はなく、上流階級の女性は朝鮮固有の文字が読めるものの、読み書きのできる朝鮮女性は一〇〇〇人にひとりと推定されている。』
『夫の遊興の仲間や相手は同性の友人知人や妓生で、その夫婦関係はある朝鮮紳士がわたしに語った「めとるのは妻、惚れているのは妾」という簡潔なことばに要約される。 』
第三十章
キリスト教伝道団
『妓生はごく幼いころから、さまざまな楽器の演奏、歌舞、読み書き、詠唱、手芸など、ほかの朝鮮女性には欠けていて妓生としての魅力を高めてくれる教養やたしなみの訓練を受ける。妓生の定めは上流階級の男性に楽しいひとときをすごさせるところにあり、朝鮮人男性は自分の妻の知性がどれほど開発されていなくともおかまいなしなのに、妓生にはこれだけの教育が不可欠なのである。』
また、両班の娘は「蟄居」しているため、男性が存在を知ることも、手に入れることも難しかったと思います。
第二十九章
朝鮮の女性の地位
『完全に蟄居するのが上流階級では厳然としたルールなのである。女性には専用の敷地と住まいがあり、男性用の住まいの窓はその方向に開いてはいけないことになっている。客も訪ねた家の女性についてはいっさい言及してはならない。元気かどうか尋ねるなどもってのほかで、女性はいないと考えるのが礼儀なのである。』
『七歳で男女はべつべつになり、女の子は厳しく奥にこもらされて結婚前は父親と兄弟以外、また結婚後は実家と嫁ぎ先の親族以外、男性にはまったく会えなくなる。女の子は極貧層でもみごとに隠れており、朝鮮をある程度広く旅行したわたしでも、六歳以上とおぼしき少女には、女性の住まいでものうげにうろうろしている少女たちをのぞき、ひとりも出会ったことがない。』
『ある朝鮮人がヒーバー・ジョーンズ氏に率直に語っているように、男が自分の妻を信頼しないからではなく、都市社会と上流階級の風紀が想像を絶するほどに乱れ、男どうしが信頼し合えなかったからである。かくして下層階級をのぞき、女性は老いも若きもすべてが法よりもつよい力を持つしきたりにより、家の奥に隠されている。夜間にしかるべく身を覆って出かけるか、どうしてもという場合にぴったりと扉や窓を閉ざした輿に乗って旅行したり人を訪ねたりするのが、中流以上の朝鮮女性にとっては唯一の「外出」で、下層階級の女性が外出するのはもっぱら働くためである。 』
『ダレ神父[『朝鮮教会史序論』の著者]によれば、故意と偶然のいかんによらず、よその男と手が触れ合っただけでも、娘は父親に、妻は夫に殺され、自害する女性すらいたという。』
第三十章
キリスト教伝道団
『妓生は教養や芸事を身につけていることと蟄居していないことから、・・・』
結局、男性が目にできる教養ある女性とは、妓生しかいなかったと。
これは メッセージ 76 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/13 23:39 投稿番号: [78 / 1329]
どうでもいいんですけど、( ̄m ̄*)
最近、女性の名前付けで「子」離れ傾向があって、
軽い感じの名前が流行してますが、
「はるか」なんてのもよく聞きますね。
「はるか」と入力すると「春香」と出てきます。
これは メッセージ 76 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: 幕末の金流出(ヨコ)
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/13 23:36 投稿番号: [77 / 1329]
>あんまりこの板でこの話しをすると本題からずれてしまうんで嫌なんですが、
いえいえ、韓国人に
(このカテには時々韓国人論者がいらっしゃる時があります)
李朝の通貨状態をどうこう言う前に、
自国の日本の通貨の歴史を把握しておくことは大切です。
投稿ありがとうございます。
これは メッセージ 72 (fufushounyu さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/13 23:30 投稿番号: [76 / 1329]
>春香は美貌で、「妓生あがりの退妓の娘」ですよね。
「妓生」の生業がよくわからないので、推定に過ぎませんが、
妓生の娘ならば、他の娘と違って男を引き付ける魅力を持っていたと考えられないでしょうか。
なるほど、
>>>一牌が真の意味での妓生であり、気位が高く「妓生宰相」とも呼ばれ、また「売唄不売淫」と言う様に身体を売る事は無かった。>>>
春香に優れた文学を教え込むことができたということは、お母様はこれぐらいの上級のキーセンだったのでしょうね。
両班でも未婚の素晴らしい娘さんはいるのかもしれませんが、
その権力者はそういう女性は手に入れづらい、だから彼女をということなのでしょうか。
これは メッセージ 74 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/13 21:04 投稿番号: [75 / 1329]
>妓生は李朝では、「両班−中人−常民・賎民」のどの身分に入るのでしょう。
自分でふっておいてナンですが。
「妓生」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%93%E7%94%9F>>狭義では李氏朝鮮統治下、清の皇帝からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露するために準備された女性の賤民の事を差す。
>>妓生になる女性は、大半は奴婢であるが、身を持ち崩した両班の娘などがなる場合も多い。
>>一般的に妓生は、両班を相手とするため、歌舞・学問・詩歌・鍼灸などに通じている必要があった。
>>李氏朝鮮時代の妓生は、3つのランクに別れており、最上のものを一牌(イルペ)、次のものを二牌(イペ)、もっとも下級な者を三牌(サムペ)と呼ぶ。
>>一牌が真の意味での妓生であり、気位が高く「妓生宰相」とも呼ばれ、また「売唄不売淫」と言う様に身体を売る事は無かった。貞節を重んじていたが、国家が支給する給料に比べ、支出が多いために家畜制度(畜は養うと言う意味)が認められていた。これは特定の両班に囲い込まれる事で資金的援助を得る制度である。このように囲い込まれた妓生との間に産まれた子供は、例外的に奴婢では無く良民の子として遇する制度があった(高麗・李氏朝鮮では片方の親が奴婢・賤民の場合その子を奴婢とする制度があった。)
>>徐々に医女と妓生の区別もつかなくなり、李氏朝鮮後期には、妓生(一牌)が宮中内外での医療行為も行っていた様である。
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妓生について早速、mochikokuhou02さん紹介の「近代デジタルライブラリー」で調べてみました。
(老婆心ながら、mochikokuhou02さんの投稿文書の品位を少し高めて戴ければ、すんごくいいと思います。)
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近代デジタルライブラリー 国立国会図書館
http://kindai.ndl.go.jp/index.htmlタイトル : 世界の婦人
出版事項 : 東京:現代社,明37.1
著者標目 : 小林,秋子
『(六〇)朝鮮婦人と妓生学校
○亡半死の朝鮮国にも我邦の小学校を真似たる公立小学校あれども、校勢何れも振はず、其最も盛大と称せらるる校舎にても、在校生徒僅か三十名にして、日々実際登校するものとては、僅々十数名に上らず、○○教育の有様いとも憐れなるに、之れに反して其勢いの隆々たるは妓生学校なり、妓生教育とは妓生を養う所にして、一校各百名以上の生徒あり、彼の小学校は無月謝なるに三十名に充たず、妓生学校は多額の月謝を貪るに、○○且つ此くの如く多数の生徒を有するは他なし、朝鮮にては一般平民と、郡守観察使の如き役人とは、其懸隔甚だしく、恰も維新前我国に於ける百姓町人と大名との如き○にて、到底青雲によぢ登るなどは、一般平民の望む○はざる所なれば、妓生学校を卒業して官妓となり、以て大官高位の人に接近し、○○艶言を以て其心を左右し、而して俄然平民に○らんと欲するが故なりと云ふ、所謂半亡国に於ける出世の近道とは浅間しき話にあらずや』
(読めない字が多く、○で表示しました。なお旧漢字は現代当用漢字に。)
これは メッセージ 74 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/13 11:37 投稿番号: [74 / 1329]
>春香がいくら綺麗だとしても、なんでその権力者は彼女にそこまで執着したんでしょう。
>他にも扱いやすくて未婚の女性って得られると思うんですけどね。
春香は美貌で、「妓生あがりの退妓の娘」ですよね。
「妓生」の生業がよくわからないので、推定に過ぎませんが、
妓生の娘ならば、他の娘と違って男を引き付ける魅力を持っていたと考えられないでしょうか。
つまり、詩歌の教養があったり、歌舞音曲の技能を持っていたり。
男性にとってはある意味、理想の女性です。
妓生は李朝では、「両班−中人−常民・賎民」のどの身分に入るのでしょう。
これは メッセージ 71 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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歴史を学ぼう
投稿者: mochikokuhou02 投稿日時: 2006/04/12 23:34 投稿番号: [73 / 1329]
近年、日本H協会で強制放映されている韓国ドラマやスカパーの韓国エロスなどで李氏朝鮮を舞台とした創作物語がさかんです。
ほとんどは新築のテーマパークや、シャンデリアのぶら下がった併合時代の河回民俗村などで撮影され、時代錯誤がめだっています。水戸黄門や大岡越前をまるまるパクった自称・民俗芸能まであり、「共通文化だ」などとたわけたほら貝を吹きまくっています。
みんなが笑っています。
そろそろ現実に向き合ってみたらどうでしょう。
ビビリの韓国人は、こわくてこわくて、目や大脳がちっちゃくなっているのでしょうか。
李朝の韓国をしるには、古写真や古文献がひつようです。
イギリスの文豪、イザベラ・バード女史の不朽の名作「朝鮮紀行」1897が講談社学術文庫から現代語訳されています。また国会図書館近代ライブラリーから、無料でよめるテキストもあります。主なものを紹介しましょう。
まず、李朝社会の実態が丸出しの随筆・紀行文から。
朝鮮時事(見聞随記)
柵瀬軍之佐著他,明27.8 1894
朝鮮西伯利紀行 矢津昌永 東京丸善
明27.1
1904
最近朝鮮事情
荒川五郎著
1906
つぎは歴史・社会学から。
朝鮮新論 総生寛編,明9.1
朝鮮事件;初編
総生寛編,明9.3
朝鮮変報録
絵入
第1−14号
渡辺文京(義方)編
1882
朝鮮乱民襲撃始末
第1,2編
山本憲編 明15
朝鮮異聞
小林清親編,明15.9 1882
漢城廼残夢 井上角五郎 東京
明24.10
朝鮮彙報,明26.11(東邦叢書) 1893
征韓論の旧夢談
佐田白茅著,明36.8 1903
ほかにも多くの資料があります。「朝鮮」の標目で検索してみましょう。
オナニー中心の韓国とはことなり、日本のITは学術の普及に力を入れています。幼稚な着せ替えゲームや、ハイグレードムービーだなどといって大量データの裏ビデオで接続時間を満たし安易にネット大国を自称しても、そんなものはなまくら大国、助平大国の指標に過ぎず、ほかにすることもないひまな後進国もあったものだと物笑いになるのがオチです。
国会図書館、公文書館、北大植民地ライブラリーなどにはさらに多くの文献資料が収められており、妄想や創作をあばくのに有効に役立てられています。欧米の有力図書館でも古い蔵書のネット公開が続々計画されているそうです。先進国は、さらにデジタル化を進め、アジアの史実をひろく公開してほしいと思います。
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: 幕末の金流出(ヨコ)
投稿者: fufushounyu 投稿日時: 2006/04/12 21:10 投稿番号: [72 / 1329]
あんまりこの板でこの話しをすると本題からずれてしまうんで嫌なんですが、
>幕府の御用金といえば小判(金貨)が想像されますが
>実際は一分銀(銀貨)だったのです
その通りですが、保有する銀が少ないために名目通貨として少量の銀に幕府の御威光による刻印を打って一部として通用させていたようです。
そのころの重量による金銀比価は欧米では1:15〜16、日本では1:11〜12でした。
確かに海外との比価には違いがあるのは事実ですが、目方だけを考慮した
メキシコ銀貨1ドル=一分銀3枚と言うのは乱暴な話しです。
>但しこの交換レートのひずみで流出した金の数量はたいしたものではなく
>開国により国内のあらゆる物資が海外へ流出し品不足となり
>その結果ハイパーインフレが発生しました
>金流出で通貨不足になればインフレではなくデフレになるはずです
金の流出量は諸説があって定かではありませんが、かなりの量だと思っております。
検証する根拠としては開国後に改鋳された万延小判は慶長小判と比べると金の含有量は1/8です。
万延元年(1860)に幕府は
「歩増通用」を布告しましたが、これは額面でなく重量をもとに時価で通用させることです。
これで天保小判1枚は1分銀13.5枚と同等になったのです。
話しが前後して申し訳ありませんが、1860年に発行された万延小判一両は金の重量は1.89gです。天保小判一両の金の重量は6.36gです。
通貨不足には成らないように逆に悪質な通貨を大量に流通させてしまったのです。
こんなに貨幣価値を下落させたことにより物価の高騰、いわゆるインフレーションの発生となったのです。
>幕末を経済面から見ればこのインフレが国民全体感情の
>江戸幕府はだめだという機運につながり、一挙に倒幕へと動きました
結果はそういうことになりましたね。
これは メッセージ 69 (kidoufighter99 さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/12 14:27 投稿番号: [71 / 1329]
そして、変と思われるかもしれませんが、
疑問が。
春香がいくら綺麗だとしても、なんでその権力者は彼女にそこまで執着したんでしょう。
他にも扱いやすくて未婚の女性って得られると思うんですけどね。
これは メッセージ 70 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/12 14:22 投稿番号: [70 / 1329]
>単なる物語に、真面目に反応してしまいました。
そんな、私もこの作品をどう投稿しようか、真面目に考えておりましたw
>圧政に抵抗するこの民衆の文学をどう作り変えてあるのかと疑問を持った次第です。
どう考えても、日帝の過酷な支配に抵抗する金一族の御曹司と貧農出身の「喜び組」の舞姫との純愛物語かなと。(笑)
この文学のストーリーを見て、
北朝鮮の脱北者の女性達が語った著書数冊を思い出しました。
(図書館で借りたので手元にはありません)
貧しい少女が、妻子持ちの男性から「家族は何とかしてやる」と肉体関係を迫らて逃げたとか、
医者にかかるために、医者と肉体関係を持たなければいけないとか、
そういう場面が多々ありました。
北朝鮮は春香ちゃんのような女性はとても生きていけないのでは・・・・って、私もけっこう考えちゃいました。
また、春香ちゃんの親族はこの件で大変な目にあってなかったのかなとか。
現実なら、牢獄に行く前に妥協しちゃってるのかもしれませんね。悲しいことですけど。
これは メッセージ 67 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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幕末の金流出(ヨコ)
投稿者: kidoufighter99 投稿日時: 2006/04/12 14:14 投稿番号: [69 / 1329]
幕府の御用金といえば小判(金貨)が想像されますが
実際は一分銀(銀貨)だったのです
金と銀との交換比率は江戸幕府成立当時は海外とほぼ同一であったのが
鎖国となり金銀の流通は国内だけとなりました
日本が鎖国しているうちに海外ではメキシコなどの新銀山が開発され
銀の値打ちが瑞分下がりましたが国内はそのままでした
ちなみにヨーロッパ近辺で銀山などを経営していた名門メディチ家などは
この銀相場下落のために家運が一挙に傾き没落しました
結果として開国した時の国内外の金銀交換レートのひずみとなりましたが
幕府は銀を大量に保有していたため適正レートに一挙に変更できませんでした
海外レートと同一にすれば幕府の資金量は一挙に3分の1となり
財政破綻するからです
但しこの交換レートのひずみで流出した金の数量はたいしたものではなく
開国により国内のあらゆる物資が海外へ流出し品不足となり
その結果ハイパーインフレが発生しました
金流出で通貨不足になればインフレではなくデフレになるはずです
幕末を経済面から見ればこのインフレが国民全体感情の
江戸幕府はだめだという機運につながり、一挙に倒幕へと動きました
これは メッセージ 41 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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>【グルメ】大長今のメニューはいかが
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/12 14:09 投稿番号: [68 / 1329]
>捏造と判っている料理に
1万円を出せるかどうか…
でしょうか
あのエプロンは伝統ではないらしいとか。(西洋風な感じですね)
韓国ツアーに行って、あれが組み込まれていたらそれはそれで楽しいかも。
ただ、一万円は・・・(笑)
その金額だと、日本の高級中華料理店でそれぐらい使うならOKですけど。
韓国料理を頂くなら、普通に焼肉や石焼ビビンバ、チジミがいいかな〜。
日本料理もフランス料理も中国料理も今のように発展するのはチャングム以降の時代。
チャングムがいくら料理が上手だったとしても、その時代の李朝料理はたかが知れる程度なんじゃと勝手な想像で思っています。
昔の豪華=今では普通の料理
なんじゃないかな?
(朝鮮人参、あわび等の高級食材ものは別として)
これは メッセージ 66 (justina_eto さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/12 13:51 投稿番号: [67 / 1329]
妙な投稿をして申し訳ありませんでした。
「日韓歴史論争」トピで、「春香伝が北で3回もリメークされた」という文章を読んで、圧政に抵抗するこの民衆の文学をどう作り変えてあるのかと疑問を持った次第です。
どう考えても、日帝の過酷な支配に抵抗する金一族の御曹司と貧農出身の「喜び組」の舞姫との純愛物語かなと。(笑)
単なる物語に、真面目に反応してしまいました。
「一休さん」や「水戸黄門諸国漫遊記」程度に考えればいいことですね。
失礼しました。
これは メッセージ 65 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: NHK宮女チャングムの誓い は
投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/04/12 11:32 投稿番号: [66 / 1329]
これは メッセージ 57 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: 李朝文学「春香伝」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/12 01:07 投稿番号: [65 / 1329]
春香伝』は身分を越えた純愛ドラマですが、本筋は圧制に対する民衆の鬱憤晴らしですよね。
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「韓国・堕落の2000年史」崔基鎬著より。
「春香伝」と「忠臣蔵」の違いとは?
「洪吉童伝」は4章で紹介した「春香伝」と並んで、韓国民に最も親しまれ、人気が高い作品である。
「春香伝」は李朝末期の小説だが、「洪吉童伝」と違って作者が不詳である。17世紀末から18世紀初期に掛けて、長い物語に節をつけて、仕草を織り交ぜながら歌うパンソリの歌い手によって作られたと言われる。
「洪吉童伝」と「春香伝」は、共に両班による民衆に対する苛酷な搾取をテーマにして居る。確かに「春香伝」は、両班の嫡子と妓生あがりの退妓の娘が相思相愛の間柄になり、階級の絶対的なタブーを超えて結ばれる恋の物語ではある。
だが、悪政に対して正義が勝つという筋運びが、何よりも民衆の鬱憤を晴らした。春香の恋人が暗行御使として乞食に変装して故郷に戻り、悪代官の宴席に乗り込んで身分を明かし、「暗行御使出道!」と一喝する処が山場で、この場面になると、読み手は溜飲が下がると言う物だ。
「春香伝」は、朝日新聞が明治15(1882)年から翻訳して連載した事によって、初めて日本に紹介された。連載の最終回は、「世間の女子よ、此冊子を一度読みて守節の尊ぶ可き事を知れ」という訳者の言葉によって結ばれている。
日本で「洪吉童伝」や「春香伝」と同じ様に、国民によって最も愛され、人気が高い歴史的な作品と云えば、何と言っても47人の赤穂浪士による仇討ち劇である「忠臣蔵」であろう。藩主が江戸城内で刃傷沙汰に及んだ為に、切腹を申し付けられ、取り潰された赤穂藩の浪士が、家老の大石良雄に率いられて艱難辛苦を重ねた末に、見事、主君の遺恨を晴らしたと言う史実に基づいている。
私は、ここにも李氏朝鮮と江戸時代の日本とを分かつ際立った違いが見られると思う。「洪吉童伝」と「春香伝」が、李朝の苛斂誅求な暗い社会を主題としているのに対して、「忠臣蔵」の方は、武士の主君への直向きで純粋な忠誠心をテーマとしている。
つまり日本は、李氏朝鮮と同様に儒教を導入したが、朝鮮の朱子学偏重主義に拠らず、儒教をすっかり浄化して、「忠」を最も重要な価値とする日本型の儒教に作り変えたのだった。「忠」という概念を行動哲学の中心に据える考え方は、中国にも朝鮮にも生まれなかった。
江戸時代の日本文学は、日本のシェークスピアとして知られる近松門左衛門(1653-1724)の「曽根崎心中」の様に、大きな商家や、その手代を主人公にしたものが多く、日本の町人が豊かな消費生活を営み、庶民が今日の日本と同じ様に享楽的で、旺盛な物欲を持っていた事を示している。
シェークスピア(1564-1616)の戯曲が、王侯貴族を主人公としているのと対照的である。近松は大石や赤穂浪士と同じ時代に活躍したが、李氏朝鮮では李朝中期に当たった。江戸時代の日本ほど、庶民が自由で豊かな生活を享受して居た国は、世界に無かった。
これは メッセージ 64 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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李朝文学「春香伝」
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/12 00:35 投稿番号: [64 / 1329]
日韓歴史論争 で「春香伝」の話題が出てましたが、
李朝文学なので、このサイトをこちらに貼り付けておきます。
http://www.koubunken.co.jp/0300/0282sr.html春香伝は、朝鮮の古典文学において、代表的なものの一つといわれ、沈清伝、興夫伝などと共に、民衆全体から愛されてきた作品であった。どんな山奥に住む人々でも、どんなに若い人々でも、春香や沈清や興夫の話はよく知っているのである。
これらの作品は、だいたい十八世紀につくられたものだといわれているが、作者や原本が明確でないというのも、共通した特徴である。もともと朝鮮国文(ハングル)の発達が、歴史的な制約をうけ、きわめて苦難にみちた道を歩んだように、朝鮮国文の散文文学の発達も、支配階級に抵抗する庶民たちの反抗意識や抵抗運動と密接に結びついていた。
李朝封建制度(十五〜十九世紀)のもとでも、漢文を教習させる書堂(寺小屋)は無数にあった。しかし、ここでは国文(ハングル)を教えなかった。民衆は、川原の砂場や、広場の木陰で、筆も紙も教科書もないところで、地面や砂場の上に木片や石ころで字を書いて、教え、かつ教わったのであった。
世界で一番はやく活字を鋳造(銅活字)して本を印刷した(十五世紀)歴史をもっている朝鮮民族であったが、庶民の要求する国文の物語本(小説散文)を印刷して配布するような政治は行われていなかった。庶民たちは筆写した物語本を宝物のように持ち回りながら耽読したものであった。
その頃、庶民に愛好された演劇は、唱劇(パンソリ)であった。初期の唱劇は、日本の浪花節語りのように、独りの歌い手が、路傍に簡単な幕をはり、節回しも面白く、一つの物語を語ったものである。それが徐々に発達して、小屋掛けとなり、舞台をつくり、幾人もの歌い手が登場人物となって出演し、台本がつくられるようになった。この唱劇の筆頭台本が、やはり春香伝であり、沈清伝であり、興夫伝であった。
永年の間、筆写され、数多くの唱劇台本として潤色されていくうちに、春香伝は、数えきれないほどの類本を形成していった。現存している主なものだけでも、およそ三十数種におよんでいる。
題名も、「烈女春香守節歌」「小春香歌」「京版春香伝」「水山広寒楼記」「漢文春香伝」「古本春香伝」「獄中花」等さまざまなものがあり、唱劇の台本としての純然たる韻文調のものがあるかと思えば、小説らしい構成の言文一致の会話をおりまぜたものもあり、やたらに漢語をつかったものや、美文調のものもある。
大体の筋書は、すべての類本がほとんど同一であるが、場面の会話や、風景描写や、人物の表現等、千差万別で、非常な差異がある。現存しているものの中では「全州土版・烈女春香守節歌」がもっとも古いものといわれ、内容も一番充実している。
春香伝は、かなり古くから、日本に紹介されていたようである。大正年間には、不充分なものではあるが、日本語の訳本も出たりした。もっとも広く紹介されたのは、一九三〇年代の終わり頃で、新劇や新派演劇などでさかんに上演された。その台本が張赫宙の脚色によって日本語で出版され、新潮文庫で刊行されたりした。
一九四五年以後も、新劇で上演され、一九四八年には、オペラとして上演された。
原本の忠実な翻訳は、きわめて難渋なことで、まったく不可能なこととされていたが、許南麒が、「全州土版・烈女春香守節歌」を原本とした註釈本を、非常な努力をして翻訳し、岩波文庫で出版した。これは流麗な筆致で訳され、しかも原文の味を生かすことに成功したもので、本書の読者諸氏にも、是非一読をおすすめするものである。
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Re: toapanlang 様 50番おめでとうござ
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/12 00:28 投稿番号: [63 / 1329]
ヽ(*⌒∇⌒*)ノ::・'゚☆。.::・'゚★。.::・'゚☆。ワーイ!!
ああ、よかった〜☆
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Re: toapanlang 様 50番おめでとうござ
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/11 23:51 投稿番号: [62 / 1329]
>東亜様にはいつもお世話になっています。
ありゃぁ、ありがとうございます。
>プレゼントとしてトピ主代理をプレゼント☆
(本音:難しい時は助けてね〜w)
微力を尽くします。
って、え?トピ主代理?
うわぁぁ、たか韓され韓トピに続いて大役でございますなー。伏して謹んで拝命いたしまする。(支那的作法なら2度辞退して3度目に受諾ですが、倭人の私は1度目で拝命いたします)
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toapanlang 様 50番おめでとうございま
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/11 23:38 投稿番号: [61 / 1329]
東亜様にはいつもお世話になっています。
プレゼントとしてトピ主代理をプレゼント☆
(本音:難しい時は助けてね〜w)
。 ◇◎。o.:O☆οo.
。:゜ ◎::O☆∧_∧☆。∂:o゜
/。○。 ∂(´∀`)O◇。☆
/
◎| ̄ ̄∪ ̄∪ ̄ ̄ ̄|:◎:
/
☆。|
おめでとう
|☆
▼
。○..io.。◇.☆____.| 。.:
∠▲―――――☆ :∂io☆ ゜◎∂:.
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アニメ版『チャングム』
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/10 23:48 投稿番号: [60 / 1329]
たまたま夕食時にテレビをつけたら、その放送に出くわしました。
チャングムのお手柄は「とうもろこし麺」でした。
> 韓国ドラマ > 韓国ドラマのつっこみどころ トピで
そのことがしっかり突っ込まれてました(笑)
>さらにブッ飛んだアニメ版『チャングム』
>1話からいきなりトウモロコシが登場。
コロンブスがアメリカ大陸に到達して間もない頃に、電光石火の勢いで朝鮮半島に伝来しちゃったのでしょうか。
史実では1700年代に伝わった(尹瑞石『韓国食生活文化の歴史』414p.)というから、あの時代から約200年後のことになる。
これなら、ジャガイモやトウガラシ、カボチャやトマトだって登場させることができますね。
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Re: ジョンホ様はとっても秀才と
投稿者: sirowan74474 投稿日時: 2006/04/10 15:19 投稿番号: [59 / 1329]
ミン・ジョンホは秀才ですよ。
彼は文官試験(科挙)をトップで合格しました。
でも武術が得意なので武官を兼任しているだけです。(文武両道)
実際に存在していたら、秀吉の侵攻を撃退できたかも。
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古朝鮮から李朝朝鮮までの科学史ニダ
投稿者: botannabe2003 投稿日時: 2006/04/10 15:11 投稿番号: [58 / 1329]
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NHK宮女チャングムの誓い は
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/08 01:22 投稿番号: [57 / 1329]
放送の曜日が金曜から土曜日に変更になりました〜♪
ではおやすみなさい〜|_・)/~~~
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ジョンホ様はとっても秀才と
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/08 01:19 投稿番号: [56 / 1329]
クミョンが胸をときめかせて宮中で仲間に語っていたのに〜。
そっか〜>武科の試験は易しく設定されていた>
でも両班でかなり若い内に通過したから憧れの存在だったのね。
>もっとも武人になることを熱望する人間が、朝鮮社会に満ち溢れていたということであれば、それもよかろう。しかし「歴代崇文の弊」は高麗時代から積み重ねられており、国民が「柔弱で武技を好まな」かったのは、丁若𨉷が指摘しているように、厳然たる事実であった。だから武科の大量及第は、政府に確固たる国防幹部要員の充員計画がなく、受験者の多くに、たくましい武人になる意志などなかった状況の中での現象であった。要するに政府は、科挙志望生がいっぱいいる現実を消化するために、臨時の科挙を頻繁に実施して大いに及第者を作るという便法を採ったに過ぎない。彼らはそうした“数でこなす”方策を実施するのに、武科を利用したのである。武科を低くみていたことがよく分かる措置だ。
武科の試験は易しく設定されていた。
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良く考えれば、
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/08 01:09 投稿番号: [55 / 1329]
★朝鮮通信使ブーム、再び!! という韓国人が作ったトピがあるのだった。
あれも李朝なのかもしれないけど、
はなから方向がおかしかったから〜(-ω-)
ブームっていつあったっけ?
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Re: おひさしぶりです
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/08 01:06 投稿番号: [54 / 1329]
>開国からのわずか数年間で流出量は凄かったようです。
とんでもないインフレが発生したようですし幕府の崩壊原因の一因でもあったようですから、あんまり平和的というイメージはわいてきませんね。
う〜ん平和的に流出というのは、侵略されて金をスペイン人に渡す羽目になった南米と比べてのことです。
これはかなり昔のヨーロッパの知恵、日本の知恵(ちょっとタイトルあやふや)とかいう本を読んで知ったことです。
インフレのことは知りませんでした。
>>同時代のアジアに比べればの話で、世界的規模では先進的ではないと思います。
そうだったんですか。
株とか銀行とか欧米から来たものだし、やっぱり金融に関してはあちらが先進的かなと思っていました。
ここらへんをちゃんと整頓して言えれば、
( ★朝鮮通信使ブーム、再び!! トピのひととか)
江戸時代の日本より李朝の朝鮮が優れていたという韓国人の思い込みを打開できるかもしれません。
(これは経済に限らないかonz)
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Re: 科挙の弊害
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/08 00:53 投稿番号: [53 / 1329]
>科挙は隋代の587年に始まりました。
おっそうでした。朱子学について書いてあったサイトがそう書いてあって、
私も釣られてしまいました。
>朝鮮の武官の科挙についての文章を次レスにてあげます。
ありがとうございます。
朝鮮の武官ですか。
チャングムの父親と愛するジョンホ様もこれを通過されたのですね。(*´‐`)
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Re: 名目上の価値…
投稿者: fufushounyu 投稿日時: 2006/04/08 00:41 投稿番号: [52 / 1329]
そうですね、江戸時代と違って今じゃ簡単に金地金が手に入りますから。
印刷技術と紙の質で偽造が難しいの作らないと意味がありませんね。
_,,..-ー、
オヤスミダ
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名目上の価値…
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2006/04/08 00:30 投稿番号: [51 / 1329]
と言う点については
実は20年ほど前にも問題がありましたね
覚えておられる人も多いと思うんですが
10万円金貨問題なんかがそうでした
ちと
トピズレで申し訳ありません(^-^;
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Re: 科挙の弊害
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/08 00:04 投稿番号: [50 / 1329]
さまざまな不正行為と弊害
それでも及第に不安なソウルの良家の子弟は、さまざまな不正行為に出た。「撃逐」という暴力を使ったものが、その一つであった。丁若𨉷(茶山)によると、式年試や増広試は試験が難しいだけに、この両試の出身者は他の臨時科挙の及第者に比べ、任用は優先的に扱われた。しかし、実際問題として、両試に地方の人が及第するのはほとんど不可能に近かったという。というのは、北の平安道や南の慶尚道・全羅道から初試に通って上京してきた者には、強健で武技にたけた人間が多いため、それに敵いそうもないソウルの子弟が、無頼の徒を雇ってそれらの受験生を叩きのめし、受験させないようにしたからである。暴力を受けた人間のなかには、一生身体が不自由になったものもあり、郷里に戻ると弓をへし折り、子供に武技など修めるな、と戒めたという。
暴力から逃れることのできた者も、学科試験(講書)で落とされる仕組みになっていた。悪辣なソウルの子弟が試験官に働きかけて、落第点をつけさせるのである。試験官は七人いたが、そのうち一人でも「不」をつければ、たとえ他の六人が最高点「通」をつけても落第という規定になっていたから、陥れるには好都合であったわけである。丁若𨉷は、自身が試験官として、こうしたことを目撃したと書いている。
そのほかに茶山は、さまざまな弊害を挙げている。大量及第の臨時試験に通った者は言うに及ばず、たとえ難しい式年試に及第した者でも、有力者の引きのない地方出身者は官途に就くことができず、いたずらに老いていくという実情(空老)や、武科に及第すると、栄典があるどころか、及第者の家族までが軍籍に入れられ、毎年一匹(または銭二両)を厳しく徴収されるので、被害が三族に及ぶということ(徴布)、あまりに多くの及第者を出す臨時試験では、武芸を全く知らない者までが及第し、その内容がひどいので、官吏任用を受け持つ詮曹では、及第者名簿を無視しているという実情(万科)、大勢の人間がソウルに押し寄せる試験では、代理試験が横行し、カネさえあれば及第という弊風が蔓延したこと(無額)――などである。
丁若𨉷はこうしたひどい武科の運営のために「いまや弓矢の技を習い武科に応試しようとする者がいなくなり、地方長官らがいくら武技を勧めようとしても、どうしようもなくなった」と言い、やがて志願者がいなくなるのではないか、と危機感を表明しているが、それは誇張で事実はそうならなかった。志願者は依然多く、宋俊浩教授の調査によれば、地方の及第者も、ソウルよりは少ないにせよ、かなりの数になっている。
兵事を二流のことと考えながら、科挙及第の資格だけは取っておきたいと、試験のやさしい武科に応試する人間がいっぱいいたのである。そんな社会では、軍務に服することを誇りとするような気風は生じまい。科挙に応じる者は、おおむね支配層である両班の子弟だから、こうした状況がつづく限り、韓国の指導層は、国防への関心が低い、ましてや身を挺して護国の任に当たろうという気のない人たちによって占められることとなる。
欧州の指導層には、国が戦いを決すれば、率先して戦場に赴くという気風があり、ノブレス・オブリージュ(高い身分に伴う義務)という言葉まであるのに比して、これは大きな違いである。
(田中明「物語 韓国人」文春新書)
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Re: 科挙の弊害
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/08 00:03 投稿番号: [49 / 1329]
なお、支那も朝鮮も、私利を図る弊害を防ぐため、出身地への赴任は禁じられていました。
・・・・・・・
及第者を作るために武科を利用
ところで科挙の資料を見ていると、まず文科及第者に比べて武科及第者の数が圧倒的に多いことに気づく。李朝後期の二十一代英祖から正祖、純祖に至る百十年間の科挙及第者を調べ上げた宋俊浩氏によると、その間に行われた二百五回の科挙で、及第者は文科が三千九百五十名であるのに対し、武科は十倍以上の四万一千七百五十二名に上っている。軍の士官要員は一般官吏より多数必要だとしても、この差はあまりにも大きい。
この二百五回の科挙中、式年試は三十七回に過ぎず、あとはみな臨時試験である。当然、及第者の数も、臨時試験の場合が比較にならないくらい多い。文科も臨時の科挙で及第した者が、式年試及第者の倍以上に上っているが、武科に至っては七千対三万四千という桁違いの選抜数である。こういう数字を見ていると、朝鮮政府が合理的な武官の充員計画にもとづいて科挙を実施していたとは思われない。
もっとも武人になることを熱望する人間が、朝鮮社会に満ち溢れていたということであれば、それもよかろう。しかし「歴代崇文の弊」は高麗時代から積み重ねられており、国民が「柔弱で武技を好まな」かったのは、丁若𨉷が指摘しているように、厳然たる事実であった。だから武科の大量及第は、政府に確固たる国防幹部要員の充員計画がなく、受験者の多くに、たくましい武人になる意志などなかった状況の中での現象であった。要するに政府は、科挙志望生がいっぱいいる現実を消化するために、臨時の科挙を頻繁に実施して大いに及第者を作るという便法を採ったに過ぎない。彼らはそうした“数でこなす”方策を実施するのに、武科を利用したのである。武科を低くみていたことがよく分かる措置だ。
武科の試験は易しく設定されていた。丁若𨉷の時代だと「十技一講」といって、十種目の武技のうち幾つかと、四書五経、武経七書、経国大典などについての学科試験(講書)が一種目行われるだけだった。しかも、講書は初試にはなく、覆試でだけ課せられることになっており、それとても必ずというわけでもなかったようである。武技の方は弓技が主だった。弓矢の重さ、射程距離、騎乗の有無などで、鉄箭、柳葉箭、片箭、木箭、騎射、貫革といった種目があり、その他は槍や銃、鉄鞭の技を見るものであった。武科でも定期試験である式年試や新王即位の際に行われる増広試の場合は、文武両面にわたり試験科目も多かったが、実施頻度の高い臨時試験の方は、たいてい一科目か二科目の試験ですまされた。それなら文科にパスするのは無理な者も、武科なら及第できるだろうというわけである。
(田中明「物語
韓国人」文春新書)
・・・・・・・
続きます。
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Re: 科挙の弊害
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/08 00:01 投稿番号: [48 / 1329]
>儒教や詩を丸暗記できてるかが政治に出る人間の重要課題になってしまい、
現実に対応できないエリートを量産していったことは失敗でした。
>本場中国で官僚採用試験である科挙(かきょ)が始まったのが宋の時代〜20世紀、1904年まで行われました。
科挙は隋代の587年に始まりました。
後漢・三国時代から続く豪族たちの台頭を抑えるため、既存勢力にしがらみのない人材を確保するのが目的でした。
支那も朝鮮も、科挙で登用した人材が地方長官に派遣されても実務には疎いため、実際の政務は現地採用の吏僚たちが行いました。
そのために何も知らないキャリアのお偉いさんを棚上げにして、いわば現地採用のノンキャリたちの好き勝手が通ったわけです。お偉いさんには、事業の許認可等に発生するコミッションを献納しておけばいいんですし。
朝鮮の武官の科挙についての文章を次レスにてあげます。
これは メッセージ 45 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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Re: おひさしぶりです
投稿者: fufushounyu 投稿日時: 2006/04/07 23:11 投稿番号: [47 / 1329]
開国からのわずか数年間で流出量は凄かったようです。
とんでもないインフレが発生したようですし幕府の崩壊原因の一因でもあったようですから、あんまり平和的というイメージはわいてきませんね。
>同時代のアジアに比べればの話で、世界的規模では先進的ではないと思います。
欧米と比べても先進的であったと思います。
欧米では当時の日本的に言えば丁銀的なメキシコ銀貨が主流であり日本国内で流通していた一分銀と言う発想は欠落していたようです。
ハリスはまったく理解が出来ず、オールコックは説明されて理解したようですが、知らん振りしてたようです。
「大君の都」ではそのように記述されていたように記憶しております。
本題からそれてしまいますんで、このへんにしときます。
これは メッセージ 38 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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■江戸時代の貨幣の仕組み 三貨制度
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/07 23:07 投稿番号: [46 / 1329]
これは メッセージ 37 (fufushounyu さん)への返信です.
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Re: 科挙の弊害
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/07 23:03 投稿番号: [45 / 1329]
街道ファイターさん、こんにちわ
>その受験資格も二代続けて合格できないとそれ以降その家系は受験資格はない
つまり貴族でなくなるわけです
世襲制も弊害がありますが、
儒教や詩を丸暗記できてるかが政治に出る人間の重要課題になってしまい、
現実に対応できないエリートを量産していったことは失敗でした。
本場中国で官僚採用試験である科挙(かきょ)が始まったのが宋の時代〜20世紀、1904年まで行われました。
今でも韓国は以上の学歴社会らしいですね。
これもきっと科挙の名残なのでしょう。
これは メッセージ 36 (kidoufighter99 さん)への返信です.
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ここは韓国も北朝鮮も無い
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/07 22:43 投稿番号: [44 / 1329]
昔の朝鮮だから〜
よろしくね〜
これは メッセージ 42 (kpgc11015 さん)への返信です.
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Re: なにげに
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/07 22:23 投稿番号: [43 / 1329]
(秘) トピの方ですね。
>このような有意義なトピが御繁昌トピになりますように。
ありがとうございます。
私は韓国に修学旅行で行きました。
韓国の土産話楽しみにしています。またいらしてください。
これは メッセージ 34 (nora880 さん)への返信です.
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おもしろい
投稿者: kpgc11015 投稿日時: 2006/04/07 22:21 投稿番号: [42 / 1329]
でも、韓国、朝鮮民主主義人民共和国の方がいられないか少ないか。少し残念です。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/42.html
Re: 東アジアの貨幣経済の発達
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/04/07 22:19 投稿番号: [41 / 1329]
ありがとうございます。
>ひとこと、混ぜさせてください。
いえいえ、通貨を突き詰めてお話しするには私は知識が足りません。
ひとことなど言わず、これからもご贔屓に。
詳しい方々が盛り上がってくださると、トピを作った私も嬉しいです。
これは メッセージ 33 (hotelarian さん)への返信です.
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