Re: 科挙の弊害
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/08 00:04 投稿番号: [50 / 1329]
さまざまな不正行為と弊害
それでも及第に不安なソウルの良家の子弟は、さまざまな不正行為に出た。「撃逐」という暴力を使ったものが、その一つであった。丁若𨉷(茶山)によると、式年試や増広試は試験が難しいだけに、この両試の出身者は他の臨時科挙の及第者に比べ、任用は優先的に扱われた。しかし、実際問題として、両試に地方の人が及第するのはほとんど不可能に近かったという。というのは、北の平安道や南の慶尚道・全羅道から初試に通って上京してきた者には、強健で武技にたけた人間が多いため、それに敵いそうもないソウルの子弟が、無頼の徒を雇ってそれらの受験生を叩きのめし、受験させないようにしたからである。暴力を受けた人間のなかには、一生身体が不自由になったものもあり、郷里に戻ると弓をへし折り、子供に武技など修めるな、と戒めたという。
暴力から逃れることのできた者も、学科試験(講書)で落とされる仕組みになっていた。悪辣なソウルの子弟が試験官に働きかけて、落第点をつけさせるのである。試験官は七人いたが、そのうち一人でも「不」をつければ、たとえ他の六人が最高点「通」をつけても落第という規定になっていたから、陥れるには好都合であったわけである。丁若𨉷は、自身が試験官として、こうしたことを目撃したと書いている。
そのほかに茶山は、さまざまな弊害を挙げている。大量及第の臨時試験に通った者は言うに及ばず、たとえ難しい式年試に及第した者でも、有力者の引きのない地方出身者は官途に就くことができず、いたずらに老いていくという実情(空老)や、武科に及第すると、栄典があるどころか、及第者の家族までが軍籍に入れられ、毎年一匹(または銭二両)を厳しく徴収されるので、被害が三族に及ぶということ(徴布)、あまりに多くの及第者を出す臨時試験では、武芸を全く知らない者までが及第し、その内容がひどいので、官吏任用を受け持つ詮曹では、及第者名簿を無視しているという実情(万科)、大勢の人間がソウルに押し寄せる試験では、代理試験が横行し、カネさえあれば及第という弊風が蔓延したこと(無額)――などである。
丁若𨉷はこうしたひどい武科の運営のために「いまや弓矢の技を習い武科に応試しようとする者がいなくなり、地方長官らがいくら武技を勧めようとしても、どうしようもなくなった」と言い、やがて志願者がいなくなるのではないか、と危機感を表明しているが、それは誇張で事実はそうならなかった。志願者は依然多く、宋俊浩教授の調査によれば、地方の及第者も、ソウルよりは少ないにせよ、かなりの数になっている。
兵事を二流のことと考えながら、科挙及第の資格だけは取っておきたいと、試験のやさしい武科に応試する人間がいっぱいいたのである。そんな社会では、軍務に服することを誇りとするような気風は生じまい。科挙に応じる者は、おおむね支配層である両班の子弟だから、こうした状況がつづく限り、韓国の指導層は、国防への関心が低い、ましてや身を挺して護国の任に当たろうという気のない人たちによって占められることとなる。
欧州の指導層には、国が戦いを決すれば、率先して戦場に赴くという気風があり、ノブレス・オブリージュ(高い身分に伴う義務)という言葉まであるのに比して、これは大きな違いである。
(田中明「物語 韓国人」文春新書)
それでも及第に不安なソウルの良家の子弟は、さまざまな不正行為に出た。「撃逐」という暴力を使ったものが、その一つであった。丁若𨉷(茶山)によると、式年試や増広試は試験が難しいだけに、この両試の出身者は他の臨時科挙の及第者に比べ、任用は優先的に扱われた。しかし、実際問題として、両試に地方の人が及第するのはほとんど不可能に近かったという。というのは、北の平安道や南の慶尚道・全羅道から初試に通って上京してきた者には、強健で武技にたけた人間が多いため、それに敵いそうもないソウルの子弟が、無頼の徒を雇ってそれらの受験生を叩きのめし、受験させないようにしたからである。暴力を受けた人間のなかには、一生身体が不自由になったものもあり、郷里に戻ると弓をへし折り、子供に武技など修めるな、と戒めたという。
暴力から逃れることのできた者も、学科試験(講書)で落とされる仕組みになっていた。悪辣なソウルの子弟が試験官に働きかけて、落第点をつけさせるのである。試験官は七人いたが、そのうち一人でも「不」をつければ、たとえ他の六人が最高点「通」をつけても落第という規定になっていたから、陥れるには好都合であったわけである。丁若𨉷は、自身が試験官として、こうしたことを目撃したと書いている。
そのほかに茶山は、さまざまな弊害を挙げている。大量及第の臨時試験に通った者は言うに及ばず、たとえ難しい式年試に及第した者でも、有力者の引きのない地方出身者は官途に就くことができず、いたずらに老いていくという実情(空老)や、武科に及第すると、栄典があるどころか、及第者の家族までが軍籍に入れられ、毎年一匹(または銭二両)を厳しく徴収されるので、被害が三族に及ぶということ(徴布)、あまりに多くの及第者を出す臨時試験では、武芸を全く知らない者までが及第し、その内容がひどいので、官吏任用を受け持つ詮曹では、及第者名簿を無視しているという実情(万科)、大勢の人間がソウルに押し寄せる試験では、代理試験が横行し、カネさえあれば及第という弊風が蔓延したこと(無額)――などである。
丁若𨉷はこうしたひどい武科の運営のために「いまや弓矢の技を習い武科に応試しようとする者がいなくなり、地方長官らがいくら武技を勧めようとしても、どうしようもなくなった」と言い、やがて志願者がいなくなるのではないか、と危機感を表明しているが、それは誇張で事実はそうならなかった。志願者は依然多く、宋俊浩教授の調査によれば、地方の及第者も、ソウルよりは少ないにせよ、かなりの数になっている。
兵事を二流のことと考えながら、科挙及第の資格だけは取っておきたいと、試験のやさしい武科に応試する人間がいっぱいいたのである。そんな社会では、軍務に服することを誇りとするような気風は生じまい。科挙に応じる者は、おおむね支配層である両班の子弟だから、こうした状況がつづく限り、韓国の指導層は、国防への関心が低い、ましてや身を挺して護国の任に当たろうという気のない人たちによって占められることとなる。
欧州の指導層には、国が戦いを決すれば、率先して戦場に赴くという気風があり、ノブレス・オブリージュ(高い身分に伴う義務)という言葉まであるのに比して、これは大きな違いである。
(田中明「物語 韓国人」文春新書)
これは メッセージ 49 (toapanlang さん)への返信です.
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