李朝朝鮮

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Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/05/21 17:01 投稿番号: [1159 / 1329]
>その当時、欧州は磁器製法を知りませんでした。
なので、あっちでは貴重品で高価なものだったのです。
オランダ人は磁器が貴重で高額で売れることを日本人には知らせず、

日本での買付けはオランダ人から見れば二束三文に近いでしょうね。

この手法が明治期まで続きましたが、海外事情が分かるにつれ日本人は騙されなくなりました。

>そのレベルから見ると、安土桃山時代〜江戸時代〜あたりの日本は経十分済大国なんでしょう(^O^)

鎌倉時代においてもかなり富の蓄積があったでしょうね。東方見聞録では金銀財宝が豊富なジパングが支那の東方海上にあると書かれいます。

室町時代にはさらに発展し、文化が花開きました。
日本文化の原点と言われていますね。能楽の成立、生け花の成立、水墨画や狩野派の大和絵、金閣寺や銀閣寺、寺院にまつわる日本庭園、建築様式では書院造りなど経済が裕福でないとこれら文化は開花できません。

室町時代は朱印貿易でも財をなしましたし、それが江戸時代鎖国政策が取られるまで続きました。

で、戦国時代が終わり安土桃山文化が栄え、江戸時代にいっそう文化的発展がありました。元禄時代は、江戸時代における経済バブルの時代と思います。

18世紀当時の江戸の人口は100〜120万人、世界で100万人を超えた都市は江戸以外にはありませんでした。ロンドンで90万人、パリで60万人と推計されています。

北京を見た朝鮮通信使が大阪を見て北京はその壮麗さに及ばないとし、江戸は大阪の3倍も勝ると記述したのもうなづけます。

推測するに江戸時代の日本は当時の経済大国の一つであったと思います。

経済が豊かでなければ文化は花開きません。

また、明治期になり富国強兵策を取り、近代化を図るため留学生を欧州に送り、大学をつくりお抱え外国人教師のみならず、建築技師など雇うにはそれだけの富の蓄積が無ければ出来なかったことと思います。

既に述べましたが、家内制手工業から工場制手工業が発達しており、商業資本のみならず、工業資本の蓄積もできていたため、明治期に欧州の進んだ工業を取り入れることが出来ました。

他方、朝鮮は商業資本の蓄積さえない経済が原始的状態で、農業技術もなく飢餓状態が続いていました。そのため江戸期には人口が1000万人を超えることが無かったと推計されています。朝鮮に大衆文化が育つ素地はありませんでした。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/21 10:45 投稿番号: [1158 / 1329]
>江戸時代の国内経済はその後に続く良い発展をしたけれど、
国際貿易に関しては、かなりお馬鹿さんです。


そんな訳で、陶器の輸出で経済大国なんて断言できちゃう韓国人は勉強不足。

japanese_chosun君!何も意見を書かないあなたも同類って思いますよ。

貼り付けるだけじゃなく、意見を書いてね。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/20 19:46 投稿番号: [1157 / 1329]
>食器の皿やドンブリ1個に何千・何万円も払う欧州諸国はないでしょう。

その当時、欧州は磁器製法を知りませんでした。
なので、あっちでは貴重品で高価なものだったのです。
オランダ人は磁器が貴重で高額で売れることを日本人には知らせず、
年間何十万個もの食器や花瓶を格安で仕入れました。
18世紀になって、ドイツのマイセンでようやく製造されるようになり、
日本の陶器の輸出はぐんと減ったのです。

日本がどうしても貿易で得たいものはオランダ人や中国人から手に入る生糸でした。
江戸幕府は大名の出費増大を意図して参勤交代を法令化し、
定めたとおり、大名達はそれぞれの家柄格式にふさわしい服装を守ることに心がけていたので、生糸はいくらでも必要だったのです。

陶器の利益が減ったので、日本は銀の輸出が増えることになり、金や胴を流出することにしました。

要するに、日本の輸出は知れていて、ほとんど生糸の輸入に始終し、全て胴金銀で支払い、日本の地下資源は取り返しのつかない流出を続けた訳です。

江戸時代の国内経済はその後に続く良い発展をしたけれど、
国際貿易に関しては、かなりお馬鹿さんです。


>また、当時東アジアで銀の豊富な産出国は日本のみで、

そうだったんですか。
江戸初期の日本には金鉱60、銀鉱40余りが存在し、
国際貿易に支払う金銀に事欠かなかったことは知ってるのですが。



>朝鮮は寧ろ貨幣経済も未発達で原始的物々交換経済でしたから、商業資本の蓄積さえありませんでした。

そのレベルから見ると、安土桃山時代〜江戸時代〜あたりの日本は経十分済大国なんでしょう(^O^)

日本は南蛮船を模倣して、ポルトガル船やオランダのリーフデと同じ三百トンくらいの朱印船を造るようになり、
鎖国前には七百トンもの大船を造って、フィリピンのスペイン政府もメキシコ航路に日本製の船を注文しています。
日本はスペインより安く良質の船を造ったという記録があるらしいです。
そういう話も、日本の造船のはじまりは半島からの帰化人にあるニダとなっちゃうのかな?

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/05/20 01:26 投稿番号: [1156 / 1329]
>アメリカ人は清教徒的な潔癖な良心から阿片売買をしなかったってことにしちゃうし

アヘン商売すると良心が痛むけど奴隷貿易をやったらあかんとは聖書に書いてないのでノープロブレムだったんですかね。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/05/20 00:28 投稿番号: [1155 / 1329]
陶磁器程度では経済大国にはなりませんね。笑

物にはおのずと価値があります。食器の皿やドンブリ1個に何千・何万円も払う欧州諸国はないでしょう。寧ろ、植民地政策でいかに未開の地からただ同然の安さで仕入れるかが当時の略奪経済ですから。

江戸時代の日本人は世界貿易における西欧人間の商品取引価値を知らなかったと断言できます。

明治維新後、諸外国との貿易で日本の商品が不当に安く買われていることを知り、最初の商社である三井物産が世界で取引されている商品価値など貿易の実態を国内に知らせるため1876年に発行した中外物価新報があります。後の日本経済新聞の前身です。

江戸時代は国内が安定し、富の蓄積が行われ国内商業活動が活発化し、家内制手工業や工場制手工業が発展しました。

代金決済においても貨幣を大量に運ぶことを避けるため、為替手形制度も出来ました。貨幣の両替や手形や為替の発行を行う両替商が発達し、後の銀行になりました。また、経済のベースである米の安定取引において堂島で米の先物取引市場が形成され、このシステムが後のシカゴ穀物取引所に取り入れられ、又、金融ディリバディブのベースにもなりました。

因みに、銀行なる漢字は和製漢字です。支那には西洋におけるbankの概念がなかったですから。

また、当時東アジアで銀の豊富な産出国は日本のみで、清国は版図内で銀を産出するまで、江戸幕府は銀を清国へ輸出していました。金額がどの程度か知りませんが、陶磁器如きの金額ではないと推測します。又、日本刀なども陶磁器価格より相当高く輸出されたと思います。何れも長崎の出島経由、支那商人やオランダ商人との交易です。

日本経済がいかに進んでいたか、当時の支那や朝鮮には江戸時代の経済システムはありません。ましてや朝鮮には。

朝鮮は寧ろ貨幣経済も未発達で原始的物々交換経済でしたから、商業資本の蓄積さえありませんでした。

幕末の金流出

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2008/05/19 23:25 投稿番号: [1154 / 1329]
幕府は開港にあたって外国通貨と日本通貨の交換レートとして等量交換原則を取り決めていました。外国銀貨と日本銀貨の交換、外国金貨と日本金貨の交換において金銀の含有量がほぼ等しくなる交換レートを取り決めたわけですが、金と銀の交換比率が日本国内と国際相場で大きく異なっていたため外国人は外国銀貨(洋銀)を日本に持ち込むだけで両替のトリックで大儲けできました。アヘンを持ち込むような面倒な手段を用いるまでもなくはるかに効率的な方法で日本の富は海外に吸い取られていき、これが原因で幕末の日本経済は大混乱し攘夷の機運が盛り上がりました。井伊直弼は重職にありながら経済の混乱に乗じて私利を図った賤しい態度が良識ある武士の怒りを買い暗殺されたのだそうです。要職の立場を利用して私利を図ったために辞任を余儀なくされた某日銀総裁の名前が思い浮かびますが、武士道精神がまだ生きていた戦前の時代なら当然暗殺されていただろうと思います。



http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/history_19.htm

幕末に至って貨幣の対外取引が解禁されると、内外金銀比価の相違から大量の金が海外へと流出した。   徳川幕府による金銀の一元的管理や鎖国体制を背景として、わが国における金銀の相対比価は、江戸時代末期には1対5と国際相場(1対13)から大きく乖離して銀高金安が進んでいた。開港によって、その割高な銀貨が「同種同量の原則」に基づき、素材価値は低いが重量のある洋銀(メキシコ・ドル)と両替されることになり、洋銀→一分銀→小判→洋銀という裁定(利鞘取り)取引によって、相当量の金貨が海外へ流出した。



http://onjweb.com/netbakumaz/jshoda/essay/essays2.html

ハリスの日記によると、
「私は 5,000ドルの年俸でありながら、私の貯蓄として年額約 6,000ドルをニューヨークに送金することができる」とハリスが言っております。

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/19 21:44 投稿番号: [1153 / 1329]
>アメリカはイギリスのように   大量の紅茶を消費しませんから
日本との国交締結に置いて   アヘンを介する必要はありませんでした

ですよね〜

なのに、中国人と日本人のハーフの著者ときたら、
アメリカ人は清教徒的な潔癖な良心から阿片売買をしなかったってことにしちゃうし(-_-;)

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2008/05/19 17:53 投稿番号: [1152 / 1329]
イギリスがアヘンを   支那に輸出したのは
支那との貿易の主目的である「茶葉の輸入」が入超になり
その代金決済が出来なかったことから   アヘンを輸出したコトに始まるとされています


対して

アメリカはイギリスのように   大量の紅茶を消費しませんから
日本との国交締結に置いて   アヘンを介する必要はありませんでした

しかし日本との貿易には   代金決済に置いて質の悪い銀貨を日本に支払い
一方日本からは大量な   良質の金貨を持ち出すという悪事は働いています

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/19 17:33 投稿番号: [1151 / 1329]
>>白磁を完成して日本の経済大国化に決定的に寄与した


江戸時代の日本産の陶器が欧州でどれぐらいの価値で売れるのかあっちは口をつぐんで、かなりの安値で仕入れてたと聞いた覚えがあるので、

日本の陶器産業はそんなに日本経済を潤した訳でもなく、
決定的に経済大国にしたと断言しちゃうのはどうかな〜ですね。


自分的にはどれぐらい日本が陶器で儲けたのかデーターがないので、確かなことはいえませんが、

輸出品の陶器に包んだ浮世絵が欧米の芸術に影響を与えたので、
朝鮮の陶工の存在は長い目で見れば、
日本の浮世絵を広めるのに寄与したと思っています(笑)

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2008/05/19 17:11 投稿番号: [1150 / 1329]
>白磁を完成して日本の経済大国化に決定的に寄与した

江戸期日本の「経済大国化」は、純粋に「戦国」の世が終わって、政治的に安定したから。
※日本全国に、威令の届く中央政権=徳川幕府が誕生したから。

戦国ではないが、中央政権の威令が首都近辺しか届かない李氏朝鮮とは、そこが決定的な差。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/19 13:51 投稿番号: [1149 / 1329]
>陶磁器で白磁の元祖は景徳鎮じゃないのかな1700年程前に始まり、朝鮮の陶磁器も9世紀頃支那から伝わったから、宗主国は中国だろ。


世界で評価される文物に朝鮮がからむと、朝鮮側が妙に気負いすぎる嫌いがありますね。

中華世界の属国からなんとか離れ、日本の併合から開放され、アメリカの占領も過ぎ去り、
本当の意味の独立国としての年月は浅い。
庶民文化も欧米や日本ほどの蓄積は無いし、

世界に誇れる伝統とか文化とか出てくるのは豊かになったこれからと思って、
もう少したんたんとできないもんですかね。

韓国海苔のように、板海苔のルーツが日本でも、韓国人が好んで味付けしたものが韓国風だと認識されるように、

いずれ、何かしらそんなのが出てくるだろうと気楽に楽しくやってればいいのにって思うんですけど。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/05/16 11:13 投稿番号: [1148 / 1329]
>白磁を完成して日本の経済大国化に決定的に寄与した朝鮮陶工らの忘れられた名誉のために井戸茶碗に絡んだ秘密と朝鮮の芸術魂を明らかにするために努力して来た陶芸家、シン・ハンギュン(49)さんが小説「神の器」を発行した。

白磁が日本の経済大国化に決定的???

江戸時代、朝鮮白磁をベースに有田焼ができ、オランダ東インド会社により欧州へ有田磁器が多く輸出されたが、これだけで経済大国になるのかな

朝鮮陶工等は日本では忘れられてないね。朝鮮人の李参平が最初に白磁を製作したか不明だが、多大な貢献をした事で「陶祖」として尊重され、祭神とする陶山神社もある。

確か陶工は誰ひとり自分の意思で朝鮮に戻らなかったと思うが、はてどんな小説になるのか。

>「陶磁器の宗主国である我が国で、私たちの器に対する認識が低くて、

当時の朝鮮白磁の技術は継承されてないんだろ。伊藤博文が高宗に朝鮮には、青磁・白磁のような良い陶磁器があると話したときに、高宗は何のことか知らなかったという逸話がある。

ま、陶磁器で白磁の元祖は景徳鎮じゃないのかな1700年程前に始まり、朝鮮の陶磁器も9世紀頃支那から伝わったから、宗主国は中国だろ。

Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/05/16 00:54 投稿番号: [1147 / 1329]
>朝鮮陶工らの忘れられた名誉のために

忘れてるのは朝鮮の方だけだろう。日本じゃ窯の開祖はちゃんと祭られてたりするんだが。
朝鮮征伐のあと一家眷属挙げて日本に移住してきた陶工の存在なんかは朝鮮の方じゃ歴史から抹殺したくなるだろうけどさ。

日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術魂

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/05/15 22:58 投稿番号: [1146 / 1329]
壬辰倭乱(イムジンウェラン=文禄の役)当時、日本に連れて行かれた朝鮮陶工の話が陶芸家の手で
生まれ変わった。

白磁を完成して日本の経済大国化に決定的に寄与した朝鮮陶工らの忘れられた名誉のために井戸茶碗
に絡んだ秘密と朝鮮の芸術魂を明らかにするために努力して来た陶芸家、シン・ハンギュン(49)さん
が小説「神の器」を発行した。

この本は壬辰倭乱の時に日本に連れていかれた朝鮮陶工の波乱万丈な人生と器に対する情熱を描いた
歴史小説であると同時に芸術家小説で、日本から朝鮮に帰って来て梁山地域の通度寺と法基里(ポプ
キリ)一帯を中心に芸術魂を燃やす主人公の話だ。

シンさんはこの小説を書くために韓日美術館、陶磁器生産地、窯の焼き跡を10年間踏査して資料を調
査し、2年間心血を傾けて筆を執った。特にこの小説の白眉として、陶磁器を焼く過程のリアルな描写
を漏らすことはできない。この小説はリアルな描写と充実した考証を土台に、有名な朝鮮鉢がどこで
どのように焼かれたのかを活き活きと描き、茶道と茶に関する話を取り上げて、読む楽しさを加えて
いるという評価を受けている。

シンさんは「陶磁器の宗主国である我が国で、私たちの器に対する認識が低くて、これを正しく知ら
せるために小説を発刊することになった。この小説を通じて奪われた私たちの器の昔の栄光を取り戻
す契機になったらと思う。」と語った。

慶南日報

Re: 日本の阿片王 二反長 音蔵

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/05/13 02:07 投稿番号: [1145 / 1329]
>大阪府三島郡福井村(現在の茨木市)の出身。昭和戦前期に星製薬創業者である星一(星新一の父)と組み、阿片の日本国内生産に尽力した。

ご存知のように阿片は医薬品でもありますからネェ。それを国産して何が悪いのかと。このような劇物を外国に依存するよりよっぽどマシですわな。

>ケシの栽培技術と品種の改良を行い、日本国内はもとより満州・朝鮮・内蒙古などの植民地・占領地でその普及に努めるとともに阿片販売にも携わった(これらの地域での阿片生産・密売は軍部の収入源となっていた)。このため「日本の阿片王」と称された。

「満州・朝鮮・内蒙古などの植民地・占領地での阿片生産・密売は軍部の収入源となっていた」というのは何を典拠にしているんでしょうね。
先に触れた台湾と同じく、朝鮮総督府も阿片の専売制を取っていたはずですがネェ…密売とか軍部の収入っていったい何よと。

日本の阿片王 二反長 音蔵

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/08 15:49 投稿番号: [1144 / 1329]
なんとなく朝鮮と阿片で検索したら、

二反長 音蔵が出てきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8F%8D%E9%95%B7%E9%9F%B3%E8%94%B5

ちょっと日本には分が悪いけど、一応のっけておきます。


___________________________

大阪府三島郡福井村(現在の茨木市)の出身。昭和戦前期に星製薬創業者である星一(星新一の父)と組み、阿片の日本国内生産に尽力した。ケシの栽培技術と品種の改良を行い、日本国内はもとより満州・朝鮮・内蒙古などの植民地・占領地でその普及に努めるとともに阿片販売にも携わった(これらの地域での阿片生産・密売は軍部の収入源となっていた)。このため「日本の阿片王」と称された。

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/05/08 01:48 投稿番号: [1143 / 1329]
>昔、ニュースで見て呆れた、米国での注射針無料配布も、あれは結局覚醒剤中毒者は現実にいるのだから、エイズ拡散防止のためにも、まずは殺菌した注射針を配布するという、止むを得ない処置だったと今は解釈しています。
理想と現実を、なんとか折り合わせる、という事なんでしょう。

はい。理想に向かって急進するのではなく、理想と現実をすり合わせつつ漸進的に歩を進めていくのが政治の仕事なんでしょうね。

併合した朝鮮に近代法を施行した朝鮮総督府のやり方がいい例でしょう。これまで何度かふれていますが、「笞刑」を急激に廃止するのではなく近代法の枠組みに近づけつつ段階的に廃止した手法はその好例でしょうね。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/01 16:27 投稿番号: [1142 / 1329]
>朝鮮と阿片のかかわりについても調べてみたいところではあります。


そうそう、宗主国で大流行なら、朝鮮宮廷に下賜されるとか、ありそうな感じですよね。
物流もあっただろうから、阿片が朝鮮に売られるとかもあったのでは・・・とあくまでも推測ですが。


中国の飲茶って有名だけど、朝鮮では流行らなかったのかな?

甲子園さんあげありがとう。

今、ネットがつながってない状態だから、インターネットカフェからです。

みなさま、あげよろしく☆

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/04/30 02:04 投稿番号: [1140 / 1329]
この「二重基準」の話からは逸れるんですが、シンガポールに行った時の事を、ふと思い出します。

皆さんご存知のようにシンガポールは、ゴミを路上に捨てたり、唾を吐いたところを見付かっても罰金で、それはタバコの路上喫煙も同じなんですが、タバコに関しては、例えば最も繁華なオーチャード通りでは、大体100㍍ぐらいだったか、それくらいおきに、路上に灰皿があるんですね。それで、結構灰皿の前でタバコを吸っている人がいる。
これをどう考えるかは各自の自由ですが、結局、一方的にタバコの路上喫煙を取り締まっても、実際にニコチン中毒者は沢山いる。だから、「見付からなければいいんだ」と、路上喫煙して、吸殻をポイ捨てする人も後は絶たない筈。だから、ああやって灰皿を一定距離で設置しているんだろうと自分は解釈しています。

これが日本だと、「禁煙は世界的潮流だから」と、杓子定規に路上喫煙を禁止するだけでしょう。

だから、シンガポールは、やり方が賢いなと思いました。

しかし、「二重基準」に話を戻せば、シンガポール人自らが自嘲気味に言うには、「となりのマレーシアに行けば、シンガポール人はゴミのポイ捨てもやり放題だ」との事です。

昔、ニュースで見て呆れた、米国での注射針無料配布も、あれは結局覚醒剤中毒者は現実にいるのだから、エイズ拡散防止のためにも、まずは殺菌した注射針を配布するという、止むを得ない処置だったと今は解釈しています。
理想と現実を、なんとか折り合わせる、という事なんでしょう。

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/04/30 01:48 投稿番号: [1139 / 1329]
>専売制にしようとして決定して後、国内産の阿片の調査を綿密に行った。
そして正確な数字を睨みつつ購入価格を決定した。
その一方、水際作戦で外国から密輸入される阿片を食い止め、知識を絞って諸外国と折衝し、なんとか阿片の専売制を認めさせた。」

このように有無を言わずにいきなり禁止という急激且つ強硬一辺倒の政策ではなく、まずは専売制というかたちで政府の管理下に置き、漸進的に禁止の方向に向けて歩を進めてゆくという政策は、日清戦争後に領有した台湾でも行なわれました。
専売制に加えて吸飲者を登録して販売することでアヘンの流通と吸飲者を政府の管理統制下に置いたのですが、台湾では日本以上に阿片が流行していたので、政策の前進は日本におけるそれ以上にゆっくりとしたものであり、結局専売制が廃止されるまで50年近くかかりました。

そうであるのに譚は、

「とにかく、明治政府は真正面から阿片と向き合い、必死で密輸を食い止めて国内への侵入を防いだ。政治家たちは専売制の成功を喜び、自信を持った。専売制が予想外に儲かったのも事実だった。
  だが、過剰な自信は禁物だ。強すぎる自負心は往々にして傲慢に通じるものである。
  儲かる阿片の専売制に味をしめた日本は一八九五(明治二十八)年、日清戦争に勝利して台湾を初めての植民地にすると、植民地経営の安直な財源確保を求めて、再び阿片の専売制に着手する。」

なんて書いているんですな。二重基準もいいところですよ(苦笑)

Re: 李朝朝鮮

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/04/25 16:59 投稿番号: [1138 / 1329]
あげ

Re: 『西洋と朝鮮』

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/04/20 01:53 投稿番号: [1137 / 1329]
>『西洋と朝鮮』異文化の出会いと格闘の歴史
著:姜在彦

マンゴウさんのおっしゃるように「楽しい」本ですよ。
1年ほど前にざっと読んだ記憶がありますが、たしか、李朝後期の実学者たちと西洋文明の関わりが主題だったはず。

ま、姜在彦の引いている史料に自分であたって、彼の記述と比較検討した方がはるかに収穫があるかと。

>これからまた忙しくなる(ようなので)、

>あげを東亜さん、お願いしま〜す。

今月転職してから忙しいのですが、微力を尽します。

れ: 『西洋と朝鮮』

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2008/04/19 13:57 投稿番号: [1136 / 1329]
>2008年の2月25日に出版だから新書ですね。

韓国では、1998年1月出版です。↓
http://book.daum.net/bookdetail/book.do?bookid=KOR9788985846318

本紹介の冒頭が楽しいです(二重カギ括弧ね)。
「東アジアの文化圏で『知的水準の高い朝鮮』が、西洋の思想と科学の受け
入れに遅れ、結局植民地として戦略したか(うまく訳せず。『戦略』部分は
『進もうとした』か?)を思想史の側面から考察した。朝鮮のエリート(学
者?
両班?)が、外国の文化産物を受け入れ、どんな思想的立場を堅持したかを
実証的に扱っている」

きっと誤訳部分があるな──。

『西洋と朝鮮』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 11:23 投稿番号: [1135 / 1329]
2008年の2月25日に出版だから新書ですね。

朝日新聞社出版

『西洋と朝鮮』異文化の出会いと格闘の歴史
著:姜在彦

読みたいけど、図書館に帰さなきゃ。

これからまた忙しくなる(ようなので)、

あげを東亜さん、お願いしま〜す。

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 11:18 投稿番号: [1134 / 1329]
日本でも開国前から阿片は作られていて、痢病の薬として薬問屋があくまでも薬用として売っていたのですが、
日本が開国すると、(明治元年)西洋人の清国人のお抱えコック達が阿片を持ち込み、遊女達などが多数死ぬ騒ぎがあったりして、
国内で更に阿片の嫌悪感が広がりました。

明治政府が出来て三年後、国内産阿片も、国外産阿片も全て政府が買い上げ、専売制にしてしまいました。

著者はこの部分にべた褒め傾向で、

「この時期の明治政府の実行力は、まことに目を見張るものがある。
専売制にしようとして決定して後、国内産の阿片の調査を綿密に行った。
そして正確な数字を睨みつつ購入価格を決定した。
その一方、水際作戦で外国から密輸入される阿片を食い止め、知識を絞って諸外国と折衝し、なんとか阿片の専売制を認めさせた。」

なぜ、そこまでしたのか、それは西欧の先進国からいかにして日本を守り通すか・・・それが明治ニッポンの大きな命題だったはずだ

・・・と書いてあって、わかってるのに、中国進出する日本の過程になると、日本なりの立場があったことを観察しようとしる思考がストップしてしまうんだな。これが。

Re: 『阿片の中国史』・・・日本はなぜ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 10:58 投稿番号: [1133 / 1329]
>第七章   日本はなぜ阿片が蔓延しなかったのか

日本人はあまり一々考えていないことですが、中国と日本人のハーフだと違う視点になるんですね。
_________________________________

清国の阿片戦争の敗戦に強いショックを日本は覚え、
その戦争の経過や阿片吸引の実態を伝える書物が次々と出版され、
町人の間でさえ、絵入りの本で伝えられ、一時阿片の話はブームで
日本人にとって阿片は大変おぞましいものとして印象付けられたようです。
幕府はその騒ぎに「風紀を乱す」ということで発禁処分や著者を投獄するほどでした。

この頃、阿片戦争の矢面に立たされた清朝の政治家・林則徐が西洋の書物や新聞を翻訳させて研究した資料を元に、
親友で学者でもある魏源が書いた『海国図志』の翻訳本が日本で出回り、
西洋の情報についての必読書となりました。

(まぁ、著者は日本があの時代に植民地にならず近代化できたのは中国のおかげアル、恩を知れと言いたいんでしょうけど)

アメリカが日本に阿片を強要せず、進んで「日米修好条約」の第四条に「阿片の輸入厳禁」と明記したのは、ピューリタンが数多く占め、「毒」を売ってまで儲けようとしないアメリカのおきれいな理想や宗教観から・・・の部分は、再調査の資料が欲しいところです。

(だったら、今のアメリカのタバコ販売の姿勢は?ちょっと苦笑い)

「アメリカが日本に真っ先にやってきたのは、阿片と切り離して欧米の優れた文明だけを吸収することを約束されたことでもある」の文章には
大きい違和感を感じてしまいました。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 10:24 投稿番号: [1132 / 1329]
ちなみに、生産地のインドでは総督ヘイスティングスが「阿片は一般商品ではなく、毒性のある嗜好品なので、対外貿易の需要を賄う以外は許されるべきではない」ということで、政府が専売制にしたことで、中国のように蔓延する事態にはなりませんでした。

まぁ、このご都合主義の言葉でさえまだ建前で、単純に生産管理を徹底したいというのが本当の目的だったようです。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 10:17 投稿番号: [1131 / 1329]
>故・盛毓度氏の上の世代の親戚は、阿片商売をやっていたようなんですが

この本によると、
昔の中国では阿片は日本の大正・昭和時代の「たばこ」のように、普通に粋な高級嗜好品だったようですから、
当時の人にとっては現在のように麻薬に手を染めるとは違う感覚だったかもしれませんね。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/04/19 00:31 投稿番号: [1130 / 1329]
むかし、御成門にあった「留園」っていう竜宮城みたいなド派手な中華料理屋のオーナーだった故・盛毓度氏の上の世代の親戚は、阿片商売をやっていたようなんですが、もう留園は存在していませんし、ネットでも上手く調べられていません。

いずれ、氏の本を古本ででも読んでみたいとは思っています。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/19 00:11 投稿番号: [1129 / 1329]
>この本、2年ほど前、つまり出た直後に読みました。

さすが、お早い。

>自分の思想立場に依って史評を為している部分については、たしかにとるべきところは無いですね。

ん〜そうですね。
「もし、阿片がなかったら、そして中国が列強に侵略されることがなければ、日本と中国の間にどんな別の世界が広がっていたのだろう。。。(要約:日本と中国は遣唐使の時代、日本の近代化に憧れて留学した中国人達がいて、辛亥革命を応援した日本人がいた時代にあったのに)。。。だが、最初に信頼関係を裏切ったのは日本だった。近代化の舵取りを誤り、国土を拡大し、列強を退けてアジアの支配者になろうと性急に考えたのだ。」

上記の文章にはどうかな〜って感じがしますね。
どっかで、清の中華意識はスキだらけの張りぼてということが外国にばればれになるのは遅かれ早かれだっただろうし、
アフリカ、アメリカ大陸、アジア諸国で富を吸い尽くすのに熱中してる列強がそれを見逃すはずはないと思うんですよね。

>中国共産党と阿片のかかわりってけっこうおもしろいですねぇ。

そうですね。今現在、反政府組織がやるようなことも、戦前は日本も含めた現在の先進国達の商売だったということも興味深いです。

この本を読んだことのない人のために説明すると・・・

手っ取り早く金と交換できる商品ということから、有名な中国共産党の「長征」の活動資金となり、更に阿片の生産にも手を出すことになるのですね。蒋介石の国民政府でさえ、ビルマ山中にこもってた時は阿片に頼ってる状態でした。

でも、共産党が阿片禁煙キャンペーンをしはじめ、
中国共産党お得意の「反革命分子」を密告だの大批判大会でのリンチだの、処刑&投獄があって、
人々が生活を投げ出して、生産活動や流通・交通が滞って、
阿片市場が消滅し、阿片収入に頼っていた存在も消えた。。。ということです。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/04/15 09:18 投稿番号: [1128 / 1329]
この本、2年ほど前、つまり出た直後に読みました。

>著者の   譚   王路美   (タン   ロミ)※王路で一文字
は母方の祖父が日本陸軍の中将で、中国戦線に参戦し、終戦の前年には印パール作戦の撤退を指揮して惨敗兵を日本に連れ帰った人物なのに、
中国革命に参加した政治家の父親の影響が濃厚で、
「基本は列強を退けてアジアの支配者となり、中国の信頼を裏切った悪い日本」
というのが日中を見る軸ということが残念。

自分の思想立場に依って史評を為している部分については、たしかにとるべきところは無いですね。
私としては「邪悪な○○」「○○の罪」などといった善悪の概念をふんだんに含んだ価値論題に興味は無く、淡々と事実論題に終始するのみです。

>なぜ、あれほど蔓延った阿片が中国から消えたのかを詳細に語ってくれるので、東アジア史に興味がある方にお勧めの本です。

中国共産党と阿片のかかわりってけっこうおもしろいですねぇ。

朝鮮と阿片のかかわりについても調べてみたいところではあります。

Re: 『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/10 23:59 投稿番号: [1127 / 1329]
著者の   譚   王路美   (タン   ロミ)※王路で一文字

は母方の祖父が日本陸軍の中将で、中国戦線に参戦し、終戦の前年には印パール作戦の撤退を指揮して惨敗兵を日本に連れ帰った人物なのに、
中国革命に参加した政治家の父親の影響が濃厚で、
「基本は列強を退けてアジアの支配者となり、中国の信頼を裏切った悪い日本」
というのが日中を見る軸ということが残念。

でも、ケシの花が唐時代は皇帝貴族庭限定でシルクロードを通ってやってきた異国の珍しい観賞用だった珍種だったけれど、宋の時代では珍しいものでなくなり、中国の伝統的な品位・等級では(大輪の花を咲かせる牡丹や菊が上級)粗末な花として見なされるようになった話から、
マルコポーロも見た大量輸送ルート「塩の道」の流通網を利用して阿片が消費者の手に売られていく様子や、
なぜ、あれほど蔓延った阿片が中国から消えたのかを詳細に語ってくれるので、東アジア史に興味がある方にお勧めの本です。

『阿片の中国史』

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/09 00:30 投稿番号: [1126 / 1329]
最近、やっと一息ついて本を読んでいます。

『阿片の中国史』

譚   王路美   (タン   ロミ)※王路で一文字
1950年(S25)東京生まれ。ノンフィクション作家。
中国人の父と日本人の母に生まれる。

・・・(朝鮮の宗主国の)清が阿片戦争にやられ、中華人民共和国成立までの約百年間の中国近代史は阿片抜きには語れない・・・

という出だしで心ひかれ、なんかこの本を手にとってみました。

中国人と日本人のハーフだけど、視点は中国より?

驚いたのは、ロビンソンクルーソー漂流記は2部・3部の物語があり、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%BC

それが中国に阿片を売る話や、イザベラ・L.バ-ド並に中国に辛辣な文章が書き連ねてあること。

北京へ向かう道中の記述・・・
「途中、人口だけは無闇に多いが、開墾の状態ときたらひどくみじめな地方を通っていった。農業も経済も生活様式も、住民が勤勉だと自惚れているにもかかわらず、みじめなものであった。・・・人々の誇りは無茶苦茶にすさまじく、この誇りに一段と輪をかけてすさまじいのが貧乏なのである。・・・シナの住民は高慢で横柄で、大部分は全くの乞食でただあくせく働く人間なのである。体裁を気にすることまた大変なもので、それがもっぱら衣服や建物に示されている。また大勢の召使や奴隷を抱えていることに示されている。これなどは馬鹿の骨頂という他はなく・・・世界中の人間の軽蔑の的となっているのである。」

・・・これは変な体裁や体面を気にする北朝鮮や中華人民共和国の現在にも通じるような。
著者は「世界中の軽蔑の的となっている理由は驚くべきことに、中国及び亜細亜世界がキリスト教国でない異教徒の国であること一点に凝縮されている」と言い切ってます。
日本を訪れた西洋人の記述にはたしかにその傲慢な視点が含まれているにしても、まだ緩和された感があるところを見ると、
西洋人の異教徒侮蔑視観で終わらすのはどうかと思うのですが。

李氏朝鮮時代の身分制度

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/04/05 19:54 投稿番号: [1125 / 1329]
あげついでに、ネタとして貼り付けておきます。

http://wiki.livedoor.jp/crescent_castle/d/%CD%FB%BB%E1%C4%AB%C1%AF%A4%CE%BF%C8%CA%AC%C0%A9%C5%D9

Re: 「歴史知らずは取らない」

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/04/03 01:23 投稿番号: [1124 / 1329]
上げを兼ねてのムダ話で。

>>成績優秀者には、国史編纂委が主催する「海外歴史探訪」に参加する特典も与える予定だ。

>これはヤバそう。海外にでたら世界史との乖離に脳天気電波は火病り、マジメ人間はヒッキーになってしまうぞ。

ま、お決まりのコースをお決まりの解説で遊覧する、つまり妄想を保護するようなかたちの旅行でお茶を濁すんじゃないかと。

韓国の史学界による成果としては、東学党の乱に於ける「全州和約」に対し、90年代以降、張泳敏の疑義に端を発して、呉知泳「東学史」に書かれたようなかたちでの「和約」はなかったんじゃね?とする解釈が主流となったことらしいですけど、日韓「学者」の著作や研究を見ていますと、今世紀に入ってもなおその「主流解釈」を無視して全州和約を「東学史」の丸写しで紹介しているものが多いんですよねぇ。

いくら日韓双方の学者がまじめな研究をしても、それを無視もしくは知らないままに好き勝手な言説を為す人が多いわけで…

Re: 日清戦争と朝鮮

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/03/29 21:49 投稿番号: [1123 / 1329]
>朝鮮軍を動員?重慶の居候上海臨時政府より大出来ではないですか。

8月26日に締結された「日鮮両国盟約」第2条には「日本国は清国に対し攻守の戦争に任し朝鮮国は日兵の進退及ひ其糧食準備の為め及ぶ丈け便宜を与ふへし」とあるので、直接出兵の必然性はないはずかと考えますけどね。

>で朝鮮は清に宣戦布告したんでしょうか。

8月22日に陸奥宗光外務大臣から大鳥圭介朝鮮駐箚公使に対し「朝鮮が清に宣戦布告する必要があるから処理してね」という電文訓令を発しています。
その後宣戦布告についてどう処理されたかは未調査です。『旧韓国外交史料』を当たれば何かわかると思うのですが。

>宣戦布告してたら朝鮮は清に対し戦勝国?

まぁ、形式上は戦勝国になるんですかねぇ…

>ああ戦勝国になるには「独立国家」でないと駄目なんですね。

日本は下関条約で独立を清国に確認させたわけですけど、朝鮮の場合、基本的には主体ではなく日本の同盟国っていう従の立場ですからねぇ。

Re: 宮廷女官キムサングンを見て

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/03/26 00:52 投稿番号: [1122 / 1329]
>旅宿が無ければ、金を取って食事を供する業も発生せず、即ち料理の種類や方法は未発達です。

せいぜいが木賃宿クラスですか。
現在の「韓国料理」なるものの多くが、洗練されていない家庭料理の延長線上であることは興味深いことです。(B級を貫けばそれはそれでいいんですけどね)

>これを読めばチャングムはひどい歴史操作です。

かの国って、小説やテレビ番組、さらには映画・ドラマ・アニメの類いまでそのまま信用する人が多いですからネェ。先々のことを考えると、たかだか作り物と一笑に付すよりは、煩を厭わず一つ一つ検証して潰しておく、あるいは潰せるように用意しておくことが賢明かもしれませんね。

>「海外歴史探訪」

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2008/03/24 08:59 投稿番号: [1121 / 1329]
日本の古寺を巡ってハングルの落書きを残す旅行ですね。

Re: 「歴史知らずは取らない」

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/03/24 08:19 投稿番号: [1120 / 1329]
>成績優秀者には、国史編纂委が主催する「海外歴史探訪」に参加する特典も与える予定だ。

これはヤバそう。海外にでたら世界史との乖離に脳天気電波は火病り、マジメ人間はヒッキーになってしまうぞ。

「歴史知らずは取らない」

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/03/21 09:22 投稿番号: [1119 / 1329]
GSカルテックスが採用試験に「韓国史」追加

これからGSカルテックスに入社するためには、必ず「韓国史」の試験に合格しなければならない。

GSカルテックスは20日、国家アイデンティティを持った人材選抜のため、新規採用試験に韓国史の試験を追加すると発表した。


GSカルテックスの関係者は、「昨年11月に許東秀(ホ・ドンス)会長が、『韓国の歴史を知らずして、わが社への入社を夢見るようなことがないように』と語っていたことを実行段階に移すことになった」と話した。


同関係者は、「相当数の企業が歴史試験の成績優秀者に追加点を与えているが、採用過程で当落を左右する試験科目に韓国史を加えたのは初めてだと思う」と説明した。


今回の決定は、5月頃に行われる上半期のインターン社員採用から適用され、志願者は国史編纂委員会が出題する韓国史検定能力試験を受けなければならない。成績優秀者には、国史編纂委が主催する「海外歴史探訪」に参加する特典も与える予定だ。


韓国史検定能力試験2級以上志願者には試験免除がなされ、長期的には、2級以上の資格証を必須志願要件に加える計画だという。


GSカルテックスは昨年、新入社員採用時に、面接で歴史素養を尋ねる質問を行ったのに続き、今年は試験科目に加える、上層部や一般社員たちの歴史教育を強化している。


会社関係者は、「輸出が売上げの50%以上を占めるほど、GSカルテックスのグローバル経営が迅速に進められている。透徹した歴史意識を持った人材だけが、今の世の中の潮流に流されず競争力を身につけることができるという判断からこのような制度を取り入れた」と説明した。

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2008032130328
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