李朝朝鮮

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幕末の金流出

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2008/05/19 23:25 投稿番号: [1154 / 1329]
幕府は開港にあたって外国通貨と日本通貨の交換レートとして等量交換原則を取り決めていました。外国銀貨と日本銀貨の交換、外国金貨と日本金貨の交換において金銀の含有量がほぼ等しくなる交換レートを取り決めたわけですが、金と銀の交換比率が日本国内と国際相場で大きく異なっていたため外国人は外国銀貨(洋銀)を日本に持ち込むだけで両替のトリックで大儲けできました。アヘンを持ち込むような面倒な手段を用いるまでもなくはるかに効率的な方法で日本の富は海外に吸い取られていき、これが原因で幕末の日本経済は大混乱し攘夷の機運が盛り上がりました。井伊直弼は重職にありながら経済の混乱に乗じて私利を図った賤しい態度が良識ある武士の怒りを買い暗殺されたのだそうです。要職の立場を利用して私利を図ったために辞任を余儀なくされた某日銀総裁の名前が思い浮かびますが、武士道精神がまだ生きていた戦前の時代なら当然暗殺されていただろうと思います。



http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/history_19.htm

幕末に至って貨幣の対外取引が解禁されると、内外金銀比価の相違から大量の金が海外へと流出した。   徳川幕府による金銀の一元的管理や鎖国体制を背景として、わが国における金銀の相対比価は、江戸時代末期には1対5と国際相場(1対13)から大きく乖離して銀高金安が進んでいた。開港によって、その割高な銀貨が「同種同量の原則」に基づき、素材価値は低いが重量のある洋銀(メキシコ・ドル)と両替されることになり、洋銀→一分銀→小判→洋銀という裁定(利鞘取り)取引によって、相当量の金貨が海外へ流出した。



http://onjweb.com/netbakumaz/jshoda/essay/essays2.html

ハリスの日記によると、
「私は 5,000ドルの年俸でありながら、私の貯蓄として年額約 6,000ドルをニューヨークに送金することができる」とハリスが言っております。
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