Re: 日本連れて行かれた朝鮮陶工の生と芸術
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/05/20 19:46 投稿番号: [1157 / 1329]
>食器の皿やドンブリ1個に何千・何万円も払う欧州諸国はないでしょう。
その当時、欧州は磁器製法を知りませんでした。
なので、あっちでは貴重品で高価なものだったのです。
オランダ人は磁器が貴重で高額で売れることを日本人には知らせず、
年間何十万個もの食器や花瓶を格安で仕入れました。
18世紀になって、ドイツのマイセンでようやく製造されるようになり、
日本の陶器の輸出はぐんと減ったのです。
日本がどうしても貿易で得たいものはオランダ人や中国人から手に入る生糸でした。
江戸幕府は大名の出費増大を意図して参勤交代を法令化し、
定めたとおり、大名達はそれぞれの家柄格式にふさわしい服装を守ることに心がけていたので、生糸はいくらでも必要だったのです。
陶器の利益が減ったので、日本は銀の輸出が増えることになり、金や胴を流出することにしました。
要するに、日本の輸出は知れていて、ほとんど生糸の輸入に始終し、全て胴金銀で支払い、日本の地下資源は取り返しのつかない流出を続けた訳です。
江戸時代の国内経済はその後に続く良い発展をしたけれど、
国際貿易に関しては、かなりお馬鹿さんです。
>また、当時東アジアで銀の豊富な産出国は日本のみで、
そうだったんですか。
江戸初期の日本には金鉱60、銀鉱40余りが存在し、
国際貿易に支払う金銀に事欠かなかったことは知ってるのですが。
>朝鮮は寧ろ貨幣経済も未発達で原始的物々交換経済でしたから、商業資本の蓄積さえありませんでした。
そのレベルから見ると、安土桃山時代〜江戸時代〜あたりの日本は経十分済大国なんでしょう(^O^)
日本は南蛮船を模倣して、ポルトガル船やオランダのリーフデと同じ三百トンくらいの朱印船を造るようになり、
鎖国前には七百トンもの大船を造って、フィリピンのスペイン政府もメキシコ航路に日本製の船を注文しています。
日本はスペインより安く良質の船を造ったという記録があるらしいです。
そういう話も、日本の造船のはじまりは半島からの帰化人にあるニダとなっちゃうのかな?
これは メッセージ 1155 (kohshien21c さん)への返信です.
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