朝鮮を笑う
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電光掲示板(笑)
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/09/07 21:51 投稿番号: [1753 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 81
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/07 21:39 投稿番号: [1752 / 2847]
>「まさか、これではあるまいな」
華秉は親指と人差し指でマルをつくった。
「高官は身内にいないし、江南に住めるほどの金持ちでもない。よく知っているだろうが」
世実は苦笑した。高官、議員の身内が徴兵を避けて海外に移住したり、賄賂をつかうことはよく知られていた。江南は富裕層が多く住むソウルの高級市街地であり、かれらも徴兵をのがれるために賄賂をよくつかうことで知られている。
これも有名ですね。何回も使っているものですが、一応資料をあげます。
・・・・・・・
徴兵逃れは、軍人の側からも手引きする者がいるらしい。一九九六年六月、国防省検察部は現役将校八十八人を含む四百余名を捜査し、軍人五名を拘束したが、当時の新聞は「カネで兵役を免除されたり、よい配置に就くことができるということは、韓国社会の公々然たる噂だ」と報じていた。このとき起訴された兵務庁の募兵連絡官だった元准尉などは、富裕層の百五十四名から総額五億四千万ウォン受け取っていたというからすさまじい。親たちは子供に兵役を逃れさせようと、工作に懸命なのである。ソウルの漢江南岸の高級住宅地では、現役入隊をすることになった若者に対して「お前のお袋さんは継母じゃないのか」という冗談が交わされるという(『朝鮮日報』九十九年六月十三日付)。実母だったら、工作して現役にならないようにするはずだというわけで、闇の運動の激しさを物語っている。
徴兵検査の判定には、現役合格者と不合格(徴兵免除)者との間に、防衛兵という区分がある。一家を扶養する大黒柱的存在の者や、体力、学力がいちじるしく不足している者、入隊せずに役所に通い、公務員の補助をすることで、兵役に代えるというものである。服務期間は半年から一年というから、あらゆる面で現役入隊(二年以上服務)より楽である。九三年の国防省特命検閲団(兵務非理の監査のため、金泳三政府が特別に設けたもの)が行なった兵役義務の実態調査によると、徴兵検査を受けた者のうち、①現役合格者、②防衛兵の判定を受けた者、③兵役免除者の割合は、全国平均で五五%、二七%、一八%になっているが、江南の高級住宅地ではそれぞれ三四%、五六%、一〇%で、防衛兵の割合が倍以上になっており、これが大いに利用されていることが分かる。
エリートに多い兵役未経験者
そういう空気の中で成長したエリートたちだからだろうか、社会の指導層のなかに、兵役未経験者が三分の一もいる――という数字にも出くわした。『月刊朝鮮』九五年十一月号が、行政府の長・次官、道知事(日本の県知事に当たる)、市長、大統領府の首席秘書官、与野党の重鎮国会議員百三十九名を調べた結果、軍務に就いたことのないものが三三・六%に上った、というのである。
『物語
韓国人』田中明
文春新書
・・・・・・・
そういや、兵役を務めたどうかについてきくと、逃げ回って罵倒とスリカエを繰り返す自称韓国人とやらがいたような(とおぉぉい目)。
これは メッセージ 1750 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 81
投稿者: guisaynoyuu 投稿日時: 2006/09/06 11:43 投稿番号: [1751 / 2847]
イライラッっときはじめますね。
これは メッセージ 1750 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 81
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/06 00:27 投稿番号: [1750 / 2847]
韓国には徴兵制度がある。男子は十九歳になれば徴兵検査を受けて、国民の義務である兵役をつとめなくてはならない。
むろん、陸軍士官学校にかよう華秉にはその義務は課せられないが、世実にはそれがある。
だが、たれもが現役兵として服務するわけではない。徴兵検査の結果や事情によっては、公共団体や国家機関などでの後方勤務によって兵役の代替とすることもある。
徴兵検査などの結果、世実は公益勤務要員となり二十一歳の夏から二年六ヵ月間、政府の外郭団体につとめることになった。
「世実は公益勤務要員なのか。からだはそう悪くなかったはずだが」
休日を利用してたずねてきた華秉はわらっていった。
「ウリはひとり息子だしなぁ」
世実は肩をすくめた。氏族の絶えるおそれを考慮して、ひとり息子は公益勤務要員にまわされることがままある。
「まさか、これではあるまいな」
華秉は親指と人差し指でマルをつくった。
「高官は身内にいないし、江南に住めるほどの金持ちでもない。よく知っているだろうが」
世実は苦笑した。高官、議員の身内が徴兵を避けて海外に移住したり、賄賂をつかうことはよく知られていた。江南は富裕層が多く住むソウルの高級市街地であり、かれらも徴兵をのがれるために賄賂をよくつかうことで知られている。
「ウリが民族の誇らしい歴史を研究する学者をめざしている、ということも考慮されたときいたのだが」
「そういえば世実、主体思想はどうじゃな?」
華秉は満足そうにうなずいて問うと、世実はくびを横にふった。
「ああ、あれはむずかしい。それに」
「それに?」
華秉は身を乗りだした。
「もっとさかのぼって、韓民族の根源である古代朝鮮の歴史を解きあかすほうが先だ」
世実は、いった。
「ウリナラは先進国として日に日に発展し、アジア一の成長国だというのに、ウリたちはその根源を知らなさすぎる」
これは恥ずかしいことだ、と世実はいった。
「うむ。ウリたちが誇らしい歴史をちゃんと知らないから身の程知らずのイルボンが好きかってに歴史を捏造する。とくに最近はひどいな」
華秉は、いった。
八二年には、日本の歴史教科書が検定で「侵略」を「進出」と書きかえられたという報道があり韓国では日本批判がたかまった。じつは朝日新聞の誤報でありそのような事実はなかったのだが、朝日が明確な訂正謝罪をおこなっていないこともあって韓国ではその事実がほとんど知られていない。
また、このころには、吉田清治という日本人が大東亜戦争中に朝鮮人の少女らを「従軍慰安婦」「挺身隊」として連行したことを告白したという報道があり、歴史認識に対する問題がふたたびさかんになりつつあった。
ウリミンジョクの優秀性を信じこみその歴史を誇ろうとしている華秉と世実も、日本の非道に憤慨しているくちであった。
これは メッセージ 1745 (toapanlang さん)への返信です.
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ノムたん、がんばれ
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/09/04 20:46 投稿番号: [1749 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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↓『斜め上の雲』80の解説でした
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/04 01:20 投稿番号: [1748 / 2847]
タイトルを間違って入力してしまいました。
これは メッセージ 1747 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 80
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/02 19:52 投稿番号: [1747 / 2847]
>そのため、民主化、学生運動のはたじるしとして公然と赤色がつかわれるようになったのである。がんらい、赤色は共産主義の象徴であり北朝鮮をしめすために忌まれていた。たとえば、学校の運動会などのように対抗戦でおこなう行事は、紅白戦ではなく青白戦と称した。
ちょうどここを書いているときに、『ソウルからヨボセヨ』でこの話をやっておりましたので、いただきました。
>韓国陸軍では、毎週水曜日を「精神教育の日」とし、全将兵を対象として民族史教育をほどこしていたのであるが、その古代史の部分が、前述した「桓檀古記」「揆園史話」「檀奇古史」といった史書に題材をとっていた。
「わが民族最初の国家は紀元前七一九九年に建国された桓国であり、その領土はカムチャッカ半島から中東までまたがっていた」
「紀元前三八九八年、白頭山神壇樹のもとに建国された倍達国が時をへて古朝鮮にいたった」
などと書かれたこれらの史書は、在野の歴史学者たちが称揚し歴史学界の主流からは黙殺されているものであったため、教材にはまだ定説化の段階ではないと但し書きはつけられてはいたが、歴史事実であるとして教えていたのである。
>陸軍士官学校の事情はもっとややこしかった。朝鮮の歴史の根源について、民族史では「桓国」であるとし、正規授業の韓国史では「古朝鮮」であるとしておしえていたのである。これでは生徒たちは困惑するしかない。
「高校で習った歴史とちがう」
多くの生徒が民族史の授業にとまどい不満をもらしているなかで、華秉だけはひそかに昂奮した。
『韓国人の日本偽史』(野平俊水)に紹介されていた91年10月28日付の朝鮮日報が元ネタです。
なお、その記事によれば、民族史教育の内容について士官候補生にアンケート(数値を見ると複数回答可でしょうね)をとったところ、
高校で学んだ内容と一致しない
72%
実証的資料不足により信憑性に欠ける
22%
国粋的民族主義を助長する
15%
となったそうです。
「桓国」「古朝鮮」といったネタを無秩序に乱発してしまうことで、相互の比較対照の機会を与えてしまったことが、不信感の原因でしょうね。(苦笑)
これは メッセージ 1745 (toapanlang さん)への返信です.
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ノムたんの誕生日
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/09/02 19:02 投稿番号: [1746 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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斜め上の雲 80
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/09/01 10:48 投稿番号: [1745 / 2847]
まったくこの時期の学生運動の親北化はすさまじい。
盧泰愚大統領が「七・七宣言」によって北朝鮮との対峙姿勢を軟化させたことはすでにのべた。
そのため民主化、学生運動のはたじるしとして公然と赤色がつかわれるようになったのである。がんらい、赤色は共産主義の象徴であり北朝鮮をしめすために忌まれていた。たとえば、学校の運動会などのように対抗戦でおこなう行事は紅白戦ではなく青白戦と称した。
ところが、ここにきて学生、労働運動が親北、左翼運動とむすびつき赤色をはたじるしとするようになった。李承晩、朴正煕時代の学生デモが反体制を標榜しながらもけっして赤色をつかわなかったことを考えると隔世の感がある。
こうして、政治運動だけでなく各種の行事に赤い旗や鉢巻き、垂れ幕、プラカード、衣装などが登場するようになった。後年、それが国内外で悪名の高いサッカーサポーター「赤い悪魔(レッドデビルズ)」につながったことをおもえば、なにやら韓国の未来を暗示するような気もする。
世実がこういった北朝鮮に親和感をもつ学生運動の影響で主体思想に染まった学生生活をおくっているころ、華秉はべつの思想にとらわれていた。
民族主義である。それもお花畑に咲きほこるような雄大なものであった。
韓国陸軍では、毎週水曜日を「精神教育の日」とし、全将兵を対象として民族史教育をほどこしていたのであるが、その古代史の部分が、前述した「桓檀古記」「揆園史話」「檀奇古史」といった史書に題材をとっていた。
「わが民族最初の国家は紀元前七一九九年に建国された桓国であり、その領土はカムチャッカ半島から中東までまたがっていた」
「紀元前三八九八年、白頭山神壇樹のもとに建国された倍達国が時をへて古朝鮮にいたった」
などと書かれたこれらの史書は、在野の歴史学者たちが称揚し、歴史学界の主流からは黙殺されているものであったため、教材にはまだ定説化の段階ではないと但し書きはつけられてはいたが、歴史事実であるとして教えていたのである。
陸軍士官学校の事情はもっとややこしかった。朝鮮の歴史の根源について、民族史では「桓国」であるとし、正規授業の韓国史では「古朝鮮」であるとしておしえていたのである。これでは生徒たちは困惑するしかない。
「高校で習った歴史とちがう」
多くの生徒が民族史の授業にとまどい不満をもらしているなかで、華秉だけはひそかに昂奮した。
(これこそ優秀なウリミンジョクにふさわしい雄大な歴史だ)
韓民族は無比無類の優秀民族であるとする華秉の信念は、この時代につちかわれたといっていい。
これは メッセージ 1736 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/08/30 18:38 投稿番号: [1744 / 2847]
>ごめんなさい。
(いち)と思って読んでました。ホントは。
いえ、ウリナラーの方がおもしろそうなので、さっそく下記のように修正しときました。
ウリナラーとは聞きなれない言葉であるが、世実の口調から察するとどうやら韓国を誇らしくする人をさすらしい。何ごとにも序列を好み「世界第○位」「世界初の○○」「○○先進国」「○○宗主国」といった看板や文句に対して執着し自国を誇示する病弊のあらわれの一種なのであろう。
これは メッセージ 1743 (hail_mary_0 さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: hail_mary_0 投稿日時: 2006/08/30 12:05 投稿番号: [1743 / 2847]
>ああ、しまった。
>ここは「ウリナラ一(いち)」と書いたつもりだったのです。振り仮名を振っておけばよかっった。
こんにちわ。
ごめんなさい。
(いち)と思って読んでました。ホントは。
これは メッセージ 1739 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: guisaynoyuu 投稿日時: 2006/08/30 10:37 投稿番号: [1742 / 2847]
わたしも「後」で「ウリナラ1」なんだって気がついたんですが
一度心に焼きついた「ウリナラー」は容易に消えてくれません(笑)
>HTML形式
東亞さんのサイト、腹筋が鍛えられそうです。
ダイエットと知性を求める女性にお勧め。
これは メッセージ 1741 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/30 10:26 投稿番号: [1741 / 2847]
>え゛っ?
「ウリナラー」では無かったニカ?
妙にはまったニダが(笑)
どうやら「ウリナラー」のほうが受けがよさそうなので、そっちに修正します。
今、これまでの作品を校正してHTML形式に書いていますのでちょうどよかったかも。
これは メッセージ 1740 (ricky_eto さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2006/08/30 09:12 投稿番号: [1740 / 2847]
え゛っ?
「ウリナラー」では無かったニカ?
妙にはまったニダが(笑)
ところでハイルマリィしゃん
ウリは一時過ぎから2時頃まで
ウィキペディアが見られていたニダよ
保守ったなら
その時間より後ニダね
これは メッセージ 1739 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77>ウリナラー
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/30 03:02 投稿番号: [1739 / 2847]
>>>ウリナラー
>>
↑ここにはまりました(おおわらい
>アムラーとかベムラーとか、
騒音怪獣 ノイズラーとか変形怪獣 ズルズラー
といったモノの仲間ニカ?
ああ、しまった。
ここは「ウリナラ一(いち)」と書いたつもりだったのです。振り仮名を振っておけばよかっった。
これは メッセージ 1738 (hail_mary_0 さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77
投稿者: hail_mary_0 投稿日時: 2006/08/30 02:51 投稿番号: [1738 / 2847]
丑二つ時にこんばんわ。
>>ウリナラー
>
↑ここにはまりました(おおわらい
アムラーとかベムラーとか、
騒音怪獣 ノイズラーとか変形怪獣 ズルズラー
といったモノの仲間ニカ?
関係ないのですが、今 Wikipedia 系見れませぬ。
メンテか何かなんでしょか?
これは メッセージ 1730 (guisaynoyuu さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 79
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/30 01:27 投稿番号: [1737 / 2847]
>この姿勢が、経済が日米にたよりきった状態のまま発展をつづける韓国の学生たちにとってはまぶしくうつった。現実がどうであったかはこのばあい関係はない。この民族の通弊として、あくまでも重視されるのは看板であって中身ではない。
>再三いうようだが、このとき学生たちの脳裏には、現実の北朝鮮が中ソからの援助的貿易によって命脈をつなぎ、中東やアフリカに武器を輸出、軍事顧問を派遣して、みずからが「外勢」となっていることなどまったくうつっていない。
もとより、かれらはそのようなことを知ろうともしなかったし、知ったところで脳内妄想があらたまるわけでもなかったのだが。
ようは、北朝鮮への過大評価は、外見至上主義の一例でもあったんじゃないか、というのが私の解釈です。
あと、これはもう少し後の時期になりますが、自分たちが北より優位にあることが分かったため、強大な自分たちが窮状にある同胞に救いの手を差し伸べるという優越感を感じることができるようになった、というのもあるでしょう。ようは優越感を感じる相手とネタがあればよいのです。なければつくる!
林秀卿や大学の話は、『退屈な迷宮』(関川夏央)を元ネタにしました。
これは メッセージ 1736 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 79
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/29 10:45 投稿番号: [1736 / 2847]
学生運動が北朝鮮を賛美するようになったのは、ほかにも理由がある。
北朝鮮がかつて経済危機に陥ったとき個人崇拝の強化によって批判を圧殺したことはすでにふれた。また、その発展として「主体思想」なるものをつくりだし、「自主」「自立」「自衛」をとなえた。
この姿勢が、経済を日米にたよりきった状態のまま発展をつづける韓国の学生たちにとってまぶしくうつった。この場合、現実がどうであったかはほとん意味がない。この民族の通弊として、あくまでも重視されるのは看板であって中身ではなかった。
「反外勢」
学生たちにとって、これほどきらびやかなことばはなかったであろう。外国勢力に従属し、その下請工場としてかりそめの繁栄をあたえられたうえ、うつくしい国土にその軍隊を常駐させるという屈辱にあまんじ続けるウリナラ政府に対し、北朝鮮は分断されたままでありながら、外国になにひとつたよることなく歩いている。
この同胞たちの気概に韓国もならわなくてはいけない。いや、むしろその苦難のみちをあえてえらんだ指導者のもとでこそ民族の統一はなしとげられるのではないか。
再三いうようだが、このとき学生たちの脳裏には、現実の北朝鮮が中ソからの援助的貿易によって命脈をつなぎ、中東やアフリカに武器を輸出、軍事顧問を派遣して、みずからが「外勢」となっていたことなどまったくうつっていない。
もとより、かれらはそのようなことを知ろうともしなかったし、知ったところで脳内妄想があらたまるわけでもなかったのだが。
ともかく、八八年以降の大学にはこのような学生運動がはびこった。とくに八九年にかけては、学生活動家たちがかつて朴正煕少将のクーデターの直接の契機となった南北学生会談をふたたびさけび、北朝鮮がソウルオリンピックのむこうをはって開催した「第十三回世界青年学生祝典」通称「平壌祭典」に活動家代表を派遣しようとした。
その代表にえらばれた二十歳の女子大生林秀卿は、八九年六月三〇日、当局の監視の裏をかきヨーロッパ経由で平壌にはいった。空港に降りたった林は歓迎のために殺到した学生代表らにもみくちゃにされ、ホテルへむかうために乗ったベンツは歓迎のこぶしでぼこぼこになったという。
一方、韓国の諸大学ではすでに五月から学園祭に乗じて北朝鮮ブームとでもいうべきものがはじまっていた。
壇国大では平壌でつくられた祭典ポスターがはられ、延世大では勝手につくられた祭典記念絵葉書が売りだされ、校門前ではフォークダンスに似た「解放踊り」がもよおされた。また、西江大では平壌酒場という模擬店がだされ、朝鮮総聯のつくった案内図をパクった平壌市街案内地図が貼りだされた。
檀君大でも事情はかわらず、学生活動家たちが公然と北朝鮮をたたえ解放踊りをおどっていた。入学したばかりの世実もその輪のなかにあった。
これは メッセージ 1732 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: ノムたんの始球式
投稿者: kanashii_isdn 投稿日時: 2006/08/28 22:34 投稿番号: [1735 / 2847]
あははは〜
側近は何をしとるんじゃ!
って、皆さん知らんプリしてたのかな?
はしにもぼうにもかからないモノがコンニチハしなくて良かったですね。
これは メッセージ 1734 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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ノムたんの始球式
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/28 21:18 投稿番号: [1734 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 78
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/27 23:09 投稿番号: [1733 / 2847]
>かれは、檀君大学に入学した。この大学は京城帝国大学より以前に設立されたという由緒ある大学であり、日帝の焚書をまぬかれた貴重な資料を多く蔵していることで知られている。
こんな大学は実在しません。壇国大学が元ネタです。これまで筆者がでっちあげてきたパチモン韓国記事によく登場させています。ほかにも「漢陽(ハニャン)大学」を元ネタにした「韓陽(ハニャーン)大学」なんてのも。この大学の専門は多分萌え系でしょう。
なお、韓世実(ハン・セシル)という名前――反省汁!のもじりですね――もパチモン記事の記者として数回使用していますが、お気付きになったでしょうか?
>しぜん、教科書にはのっていなかった文献にふれるようになった。「桓檀古記」「揆園史話」「檀奇古史」といった史書である。これらにえがかれた古代朝鮮の国家像は、きわめて雄大であり、誇らしい歴史を有する優秀な民族にふさわしいものであった。
説明不要の輝かしい偽書たちです。筆者は大好きですよ。(笑)
そういや、アラチが桓檀古記がどうのこうのとぬかしてたっけ。私は桓檀古記を全部読んでいたのでどう来るか楽しみにしていたのですが。(笑)
>韓国の大学にはいくつか政治運動組織があるが、そのなかで最大のものが「全国大学生代表者協議会」であった。
かれらは明確に反体制を標榜しており、指導部は金日成思想、つまり主体思想を信奉するものたちでしめられていた。会員は公称二千名であり非公然活動家をいれると四千人にもおよぶという。
93年に「韓国大学総学生会連合」と改称して今も活動しています。あまりにも露骨な親北姿勢が嫌悪されるようになり、加盟していた各大学の学生会の脱退も相次ぎ、かなり落ち目だといいますが。
これは メッセージ 1732 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 78
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/26 19:03 投稿番号: [1732 / 2847]
華秉は、陸軍に入ることを決意した。
まず、陸軍士官学校を受験しなくてはいけないが、競争率はいがいと高くなかった。成長率は鈍化したもののバブル景気によってあいかわらず企業の求人は増加しており、民主化運動によって既成権力の牙城とされた軍に対してはよい印象がもたれてなかったこともあって、軍を志願するものは減っていたのである。
結果からいえば、たやすく合格した。
試験前は、
(兄上さまに口ぞえしてもらおうか)
とおもったのだが、やはりやめた。錫元はその手の請願や運動をなによりもきらっているのを思いだしたからである。結局は合格後に報告した。
「まぁ、いいだろう」
錫元は苦笑するしかなかった。かれは、華秉をそだて学校にゆかせるために軍人をつづけたのだが、まさか当の華秉がこちらの世界に来るとはおもいもしなかった。
世実のほうである。
すでにふれたように、かれの家は両班であり、かなりの資産家であったため学資にこまることはなかった。
かれは、檀君大学に入学した。この大学は京城帝国大学より以前に設立されたという由緒ある大学であり、日帝の焚書をまぬかれた貴重な資料を多く蔵していることで知られている。
しぜん、教科書にはのっていなかった文献にふれるようになった。「桓檀古記」「揆園史話」「檀奇古史」といった史書である。これらにえがかれた古代朝鮮の国家像は、きわめて雄大であり、誇らしい歴史を有する優秀な民族にふさわしいものであった。
だが、それ以上に世実の心をとらえたものがあった。
主体思想、である。
韓国の大学にはいくつか政治運動組織があるが、そのなかで最大のものが「全国大学生代表者協議会」であった。
かれらは明確に反体制を標榜しており、指導部は金日成思想、つまり主体思想を信奉するものたちでしめられていた。会員は公称二千名であり非公然活動家をいれると四千人にもおよぶという。
八〇年代前半から主要な大学にはかれらの活動支部がもうけられ、「偉首金同(ウィスキムドン)」「親指金同(チンジキムドン)」ということばがはやっていた。「偉大なる首領金日成主席同志」「親愛なる金正日書記同志」の略である。
朴正煕以来、韓国は反共、滅共をうたって、国民に対して北朝鮮は明確な敵であるという教育をしてきたため、おおくの韓国人は「北韓(プッカン)――韓国における北の呼称である――」をばけものか何かのようにおもってきた。
学生たちを主導としておこった民主化運動は世代対決のかたちをとった。既成勢力である年長者および社会の是認するものを否定し、否認するものを称揚するといった価値観の顛倒がそのあらわれである。
このため、ずっと否定的なものであった北朝鮮の評価は極端にあがった。といっても、これは既成の価値観への異議申したてであるため、現実の北朝鮮への評価とは関係のないものである。
いずれにせよ、民主化運動のなかで北朝鮮を公然と支持する学生運動が大学でさかんとなっており、世実はその熱風にあてられた。
これは メッセージ 1729 (toapanlang さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 77
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/25 16:46 投稿番号: [1731 / 2847]
前回に引き続き、元ネタは1巻、大学予備門の真之と子規が悩むところです。以下原文。
≫「このまま大学へ行っても」
と、真之は急に話題をかえる気配を示したが、そのままだまってしまった。
子規はしばらく真之のつぎの言葉を待ったが、やがて問いかえした。
「なんのことだ、このまま大学へ行っても、とは?」
「いや、な。つまり、考えてみれば、このまま大学へ行って学士になっても、たいしたことはないということさ」
「なにを言いだしたのだ」
「おれはな」
と、真之はいった。
「升さんとおなじで、うまれたからには日本一になりたい」
「たれでもだ」
と、子規はいった。それが国家草創期におけるえらばれた青年たちの共通のねがいであろう。(中略)
≫「年々、学士がふえてくる」
と、真之はいった。
「そりゃふえるだろう」
「学士なんざ、めずらしがられているころでこそ、工科の学士は卒業早々に鉄橋を架けたり、医科の学士はすぐさま病院長になったりしたが、これからはそうはいかぬ」
「なるほど」
子規は、大まじめな顔でうなずいた。
そのとおりだとおもった。一つの学問を拓くにしても、草創期の連中はとくであり、その学問を外国からもってかえるだけでそのまま日本一の権威になれる。
「たとえば加藤さんや山川さんでもそうだ」
加藤さんとは、いま大学の総理に任じている加藤弘之のことである。(中略)
教授の山川健次郎にしてもそうであった。会津藩士の家にうまれ、会津若松の落城直後、のまず食わずで東京へ出、やがて渡米し、苦学して物理学をまなんだ。
「われわれは遅くうまれすぎたのだ」
と、子規はいった。
「しかし、かれら先人のやらぬ分野がまだあるはずだがな。それが学問でなかっても」
と、子規はいう。
これは メッセージ 1729 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 斜め上の雲 77
投稿者: guisaynoyuu 投稿日時: 2006/08/24 21:21 投稿番号: [1730 / 2847]
>ウリナラー
↑ここにはまりました(おおわらい
これは メッセージ 1729 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 77
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/24 19:42 投稿番号: [1729 / 2847]
「しかし考えてみれば」
と、華秉は急に話題をかえる気配を示したが、そのままだまってしまった。
世実はしばらく華秉のつぎの言葉を待ったが、やがて問いかえした。
「なんのことだ、しかし考えてみれば、とは?」
「いや、な。つまり、考えてみれば、決まりきったみちにとらわれることはないということさ」
「なにを言いだしたのだ」
「ウリはな」
と、華秉はいった。
「世実とおなじで、うまれたからにはウリナラ一になりたい」
「たれでもだ」
と、世実はいった。それが韓民族の共通のねがいであろう。ひるがえっていえば、これは、「世界第○位」「世界初の○○」「○○先進国」「○○宗主国」といった看板や文句に対して病的に執着するのと同根なのであろう。
「しかし、今ある学問分野や職ではむずかしい」
と、華秉はいった。
「そりゃそうだろう」
「国土や学問が日帝に破壊されていた光復直後、まともな学者がほとんどいなかったころでこそ、希少価値があって出世も立身もできた」
「なるほど」
世実は、大まじめな顔でうなずいた。
そのとおりだとおもった。一つの学問を拓くにしても、草創期の連中はとくであり、その学問を外国からもってかえっただけでもウリナラ一の権威になれた。
「たとえば錫元兄上さまでもそうだ」
錫元は、韓国に軍事研究学がなかったころにその学問を拓いた。権威として安住するのではなく、今も第一線でその学問に没頭している。
「ウリたちは遅くうまれすぎたのだ」
と、世実はいった。
「しかし、先人のやらぬ分野がまだあるはずだ。それが既存の学問のわくに入らないものであっても」
と、華秉はいう。
「たとえば、世実のいう歴史研究にしても、現在の学界には欠けているものがあるではないか」
民主主義の観点からの歴史研究がそれだ、という。民主主義じたいがこれまで存在しなかったため、それにもとづいた研究もあるはずがない。
「しかし、ウリには考えを結晶化させる力が・・・・・・」
「しかしもなにもない。民主化運動すら参加できなかったウリたちは道なきところに道をひらくしかない。できるできないは二のつぎだ」
華秉は、まくしたてるようにいった。
「ならば、華秉はどうするのだ。なにかあたらしい道はあるのか」
熱気にあてられて首筋までキムチ色にした世実がきいた。
「あるとも。兄上さまとちがって韓民族が真に自立できる道をさがすために軍事研究をやる」
「軍事研究?」
「そうだ。ウリは大学にはゆけない。養父上さまにはもう学資をたよれないのだ。学費のかからない学校といえば士官学校しかない」
しかも華秉は視力がよくなく船酔いするたちであったため、陸軍をえらぶしかない。その答えに、世実はそっと下をむいた。
「世実、きみは学問で韓国の発展する道をさがしてくれ。ウリは軍事でそれをさがす」
ふたりの目に、おもわず涙がにじんだ。
これは メッセージ 1727 (toapanlang さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 76
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/08/23 23:40 投稿番号: [1728 / 2847]
元ネタは1巻「七変人」、大学予備門の真之と子規が悩むところです。以下原文。
≫秋が深みはじめたある夜、子規は真之がその夜の勉強をおえたころを見はからって、
「相談があるんぞな」
と、もちかけた。その一件である。
「あしの頭は、哲学にむいとるか」
と真之にいった。
真之は、くびをかしげた。ものごとの追求力は、子規は常人よりすぐれている。
「しかし、考えを結晶させる力が乏しいようだな」
と、真之はいった。真之にいわせると、「考え」というものは液体か気体で、要するにとりとめがない。その液体か気体に論理という強力な触媒をあたえて固体にし、しかも結晶化する力が、思想家、哲学者といわれる者の力である。その力がなければ、その方面にはすすめない。
「それが弱そうじゃな」
と、真之はいった。
それをきいて子規はみるみる顔を赤くし、自己弁護をはじめた。
「弱いのではない。あしの胸中には、結晶化をさまたげる邪魔物があるのじゃ」
「邪魔物とは、なんぞ」
「文芸じゃが」
と、子規はいった。
文芸とは、哲学とはおよそ両立しがたい精神の作用で、せっかく結晶しようという考えが、文芸によってさっと流されてしまう。
「詩歌小説というものじゃ。もはやいまでは小説なくては夜もあけぬような気持になっている」
「されば、それをやればよかろうが」
と真之がいうと、子規はにがい顔をした。(中略)
≫語りあっているうちに、子規が急に、
「淳さん、顔色のすぐれぬのはどうしたわけかねや」
と、伊予弁できいた。
真之は、苦笑し、
「じつは、あしもな」
なやんどるのよ、といった。
真之もよく似た悩みで、大学予備門にすすんだものの、このままでいいのか、ということであった。(中略)
≫これが、真之の悩みの最大課題である。結局、学費無用の学校にゆきさえすれば即座に解決することであった。
これは メッセージ 1727 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 76
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/22 19:20 投稿番号: [1727 / 2847]
華秉と世実も、民主化運動に昂奮した。大学受験を目前にひかえていたため直接行動はできなかったが、ひまがあれば民主国家大韓民国の未来について語りあった。
秋が深みはじめたある日、世実は華秉が勉強をおえたころを見はからってたずねてきて、
「相談があるんだが」
と、もちかけた。
「ウリナラは民主主義を推進しているが、歴史をかんがみればどうなんだろう」
と華秉にいった。
華秉は、くびをかしげた。学校の授業以外で朝鮮半島の歴史というものをふかく追求したことがない。
「教科書にはのってなかったな」
と、華秉はいった。華秉にいわせると、教科書にのっている歴史というものは砂か真水のようで、要するに味気がない。優秀な民族であるウリミンジョクにはそれにふさわしい雄大な歴史があるはずだし、それを解きあかして民族の精気を振興するのが学者の役目である。
「そのへんが不足しているんだろうな」
と、華秉はいった。
それをきいて世実はみるみる顔をキムチ色にし、とうとうと弁じはじめた。
「やはり華秉もそう思うか。優秀な韓民族にはそれにみあった優秀な歴史が存在するはずだ。それを解明する学者をさまたげる邪魔物があるんだ」
「邪魔物とは、なんだ」
「日帝教育を受けた歴史学者どもだ」
と、世実はいった。
今の歴史学界の重鎮たちは、日帝強占下で教育を受けたため、韓民族を否定的にみる奴隷根性がすりこまれているという。
「いやしい根性で韓民族を卑下する獅子身中の虫というものだ。このことをおもうとかんしゃくおこる気持になって及びそうだ」
「されば、その研究をやればよかろうが」
と華秉がいうと、世実はにがい顔をした。かれの追求力や粘着力はすぐれているが、考えを結晶化させる力が乏しいと自覚している。大学へ行ってその研究に取りくんだところで先人たちのひしめくこの分野でどれほどのことができるか、というのである。
語りあっているうちに、世実が急に、
「華秉、顔色のすぐれぬのはどうしたわけだ」
ときいた。
華秉は、苦笑し、
「じつは、ウリもな」
なやんでいるんだ、といった。
華秉のばあい、世実とちがって環境についての悩みであった。
かれの養父金源五は銀行の支店長をつとめ、この時期は頭取になっていたが、盧泰愚政権がすすめていた「五共清算」という全斗煥時代の不正の追求によって全の親族や財閥オーナーら四十七人が逮捕、二十九人が在宅起訴される事態の巻き添えをくらって職を追われ、その打撃によって床に伏せる日が続くようになったのである。収入はとだえ治療費だけがかさんでいった。
かつて華秉をすくった兄の錫元にはもうたよれない。錫元は一家をかまえており、しかも子供が多いうえに妻文春香の実家にも送金している。むろん軍事研究にも私費を投じておりとても余裕はない。
しかし、韓国はすでに高学歴社会に入っている。大学を出ていなければまっとうな――韓国社会での価値観であるが――職につけるものではない。
となると、結局、学費無用の学校にゆくしか解決するみちはない。むろんそんなものは一つしかない。
これは メッセージ 1721 (toapanlang さん)への返信です.
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かつらは使えない
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/21 23:44 投稿番号: [1726 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 75
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/08/21 21:20 投稿番号: [1725 / 2847]
ようやく金華秉と韓世実が出てまいりました。いやぁ長かった。(苦笑)
>中学二年生のころは世実は当時はやりの民主化運動の演説に熱中していた。
「おもしろいか」
と華秉がきくと、
「おもしろいかどうかが問題じゃない。韓民族の正義にてらしてやってるんだ」
と世実はいった。恥ずべき軍事独裁政権を終わらせて平和を愛する韓民族ほんらいのもつ民主政治を振興しなくてはならないのだ、と世実はいう。
>世実は一人で何グループもの民主化運動サークルの会員をかけもつほど熱心であった。
「民主とは何ぞや」
といった演題で、世実は慶州ばかりか浦項までいって演説をぶったりした。
元ネタは1巻「真之」、子規が自由民権運動にかぶれているところです。以下原文。
≫中学四年生のころは子規は当時はやりの自由民権運動の演説に熱中していた。
「おもしろいか」
と華秉がきくと、
「こっちがききたいことじゃ」
と世実は妙なことをいった。要するにおもしろいからやっているのではなく、おもしろいかどうかを考えもとめているのだ、、と子規はいう。
(りくつの多いやつだ)
と真之はおもったが、当時、この種の民間政論は全国でも愛媛がさかんなほうであったろう。
なにぶん、自由民権運動の本場のような土佐にちかく、そのうえ明治七年にこの県の権令になった岩村高俊はさきにのべたように土佐人であり、権令が先頭に立ってこの運動を県下にまきおこし、明治十年には岩村の独断をもって特設愛媛県会ができあがった。全国最初の県会である。
(中略)
明治十四、五年ごろになると松山市内に青年演説グループがいくつもできたが、子規は一人でその三グループの会員になるというほど熱心だった。
「自由とは何ぞや」
といった演題で、子規は市内の会場をぶってまわったりした。
これは メッセージ 1721 (toapanlang さん)への返信です.
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盧騒
投稿者: guisaynoyuu 投稿日時: 2006/08/21 19:37 投稿番号: [1724 / 2847]
ここのところ、司馬遼さんの「翔ぶが如く」なんかを読んでます。
明治維新後の百家争鳴といった観のある思想やらもてんこ盛りの「翔ぶが如く」。
そんな中ルソーの「民約論」を翻訳した中江兆民の話題中、宮崎八郎の感想というか
「
―泣いて読む、盧騒(ルソー)民約論。」
なんて言葉がありました。
ドトールで不覚にもおおわらいしてしまいました。
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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わたしの尊敬する人々
投稿者: guisaynoyuu 投稿日時: 2006/08/21 02:40 投稿番号: [1723 / 2847]
二千年以上前の支那エリアに住んでいた人々
十年後の朝鮮人(おおわらい
これは メッセージ 1722 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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オレオレ詐欺
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/20 23:47 投稿番号: [1722 / 2847]
いま電話があって俺がバイクで事故を起こして警察に捕まったらしい。
しかも相手が妊婦で流産までさせてしまったそうだ。
示談にするから金振り込めっていうし電話の向こうで俺は泣いてるし、いったい俺はどうしたらいいんだ?
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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斜め上の雲 75
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/20 01:30 投稿番号: [1721 / 2847]
華秉は国民学校時代は野山をかけめぐってあそびに熱中していたが、世実はそういうものにはまるで興味がないらしく、近づかなかった。
中学二年生のころは世実は当時はやりの民主化運動の演説に熱中していた。
「おもしろいか」
と華秉がきくと、
「おもしろいかどうかが問題じゃない。韓民族の正義にてらしてやってるんだ」
と世実はいった。恥ずべき軍事独裁政権を終わらせて平和を愛する韓民族ほんらいのもつ民主政治を振興しなくてはならないのだ、と世実はいう。
(むずかしいことをいうやつだ)
と華秉はおもったが、当時、慶州のある慶尚北道ではこの種の民主化運動がさかんであった。
なにぶん、一九五四年以来野党の一方の雄として民主化運動にとりくんできた金泳三の出身地である巨済島は南どなりの慶尚南道であり、そのうえ朴正煕は慶尚北道内の亀尾出身であり、いぜんかれをなつかしむ声が大きかった。いきおいかれを否定する民主化運動は過激にならざるをえなかった。
このころ、つまり八五年ごろにはすでに民主政治への移行が既定路線にのりつつあった。プラザ合意による円高ドル安が原油安と国際金利安、さらにはウォン安をもたらし、韓国はこれによって第二次オイルショックによる不況からぬけ出したのであるが、ソウルオリンピックの招致に成功していたことで、国際世論に対して成熟した民主主義の国家であることを示す必要にせまられていたのである。
世実は一人で何グループもの民主化運動サークルの会員をかけもつほど熱心であった。
「民主とは何ぞや」
といった演題で、世実は慶州ばかりか浦項までいって演説をぶったりした。そんなかれに影響されたのか、華秉もしだいに行動をともにするようになった。
かれらの青春と韓国の情勢は多忙であった。
八八年、ふたりが高校三年生のときソウルオリンピックが開催された。かれらだけでなく多くの韓国人がはじめてみるような国々から選手団がソウルにあつまった。
「ウリナラはすごいんだな」
ふたりはあらためて祖国の偉大さに感心した。これで先進国の仲間入りをしたのだという実感がわいてきた。その前年には全斗煥大統領が退陣し、盟友であった盧泰愚が大統領に就任している。
結果的に民主政治への移行を実行した盧泰愚政権は、八九年には「七・七宣言」をだして北朝鮮との対峙姿勢を軟化させた。
経済の発展とオリンピック成功は、解放感と拝金的な傾向だけでなく治安の悪化をももたらした。八九年の国内犯罪は一日あたり千四百六十八件となり、八八年の六百二十二件の倍以上となった。
また、インフレが進行してきたこともあって物価高をまねき成長率はやや鈍化した。民主政治に移行したにもかかわらず、それら経済面に対する不満のため民主化運動はさらにもり上がった。
これは メッセージ 1704 (toapanlang さん)への返信です.
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こんな嫁はいらない
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/19 20:33 投稿番号: [1720 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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笑える
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/19 12:03 投稿番号: [1719 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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「ケボリン」?
投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/18 01:10 投稿番号: [1718 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/18 00:50 投稿番号: [1717 / 2847]
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・・・「見えないニダ」
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現
実.
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・・・「読めないニダ」
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空
気.
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・・・「知らないニダ」
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約
束.
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・・・「謝罪と賠償ニダ」
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日
本 .
<⌒ヽ
ヽ
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と
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これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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貼っときます
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/15 20:05 投稿番号: [1716 / 2847]
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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天皇狩り:ヤスクニ・キャンドル行動の感想
投稿者: hiyoko_senkan 投稿日時: 2006/08/13 23:41 投稿番号: [1715 / 2847]
これは メッセージ 1714 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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ウッホホー!
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/13 20:49 投稿番号: [1714 / 2847]
>また先住民独特のコール「ウッホホー!」を元気よく叫んでいました。
あ、兄貴ィィィィィィィィイ!
つーか、靖国で会おうと散って逝った将兵に失礼だぞ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヤスクニ2日目 : 「ウッホホー!」と台湾先住民も元気よく
会員の稲垣です。
昨日に続き「平和の灯(ひ)を! ヤスクニの闇へ」第2日目の報告です。
(画像は下記サイトをご覧下さい)
http://www.mkimpo.com/diary/2006/yasukunix2006_08-12.html「平和の灯(ひ)を! ヤスクニの闇へ」キャンドル行動の2日目、珍しく仕事をしてから、すこしおくれて常盤橋公園に到着すると丁度台湾からの先住民の人たちのデモ隊が隊列を組んで公園に入るところに遭遇。大きな横断幕やパネルを掲げて50人ほどがそろいのTシャツ(「祖霊之邦」と書かれている)を着ていて、ごつい人たちでした。遠くで聞こえていた右翼のスピーカーの声をはねのける力強さでした。
デモは19:00から始まり最初に日本人や沖縄の方などが中心のデモ隊150人くらい?
その後ろに台湾の先住民の方々がすこしだけ離れて着きました。この日も元気だったのは右翼と台湾からの参加者。
デモが出発した直後から、右翼の街宣車がデモ隊のすぐ横を、罵声を浴びせながらとおりすぎました。その後、トラメガを持った右翼ら5名が対向車線の歩道を、デモ隊に罵声を投げかけながらついてきました。警察は、直接デモ隊に対する襲撃には介入しましたが、ストーカーのようにトラメガでがなりたてながらついてくる右翼を止めることはしませんでした。非常に気分が悪かったです。また別の右翼団体が、デモコースの途中の歩道に陣取りこれまたデモ隊に罵声(この団体はついては来なかったですけど)。台湾や沖縄や韓国の人々に罵声を浴びせるやつらこそが「不敬」ですね。
ちょど、日本人らの隊列の最後にいたので、台湾の参加者のコールや動きがよく見えました。台湾からの参加者は「反対小泉靖国参拝!」、「還我祖霊!」(祖先の霊を返せ!)、「法西斯滾出去!」(ファシストは出てゆけ!)や、また先住民独特のコール「ウッホホー!」を元気よく叫んでいました。右翼の妨害でデモが止まっているときにAPWSL台湾のメンバーのTさんをみつけ、あいさつ。「こんなところであえて嬉しいよ」と。隣にいた先住民の方から「本当にごくろうさん」と声をかけられてしまいました。「いや、みなさんこそほんとにご苦労様です」と恐縮しながら返事をしました。
明日、教育会館での集会ではコンサートもあります。デモもあります。明日以降もキャンドル行動は続きます。小泉参拝確実、安倍首相確実という報道だけがされているなか、アジアの民衆とこの行動をやりきることはとても重要だと思います。どうぞみなさん、ご参加ください。
いながき
http://www.labornetjp.org/news/2006/0812
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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