朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 75

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/08/21 21:20 投稿番号: [1725 / 2847]
ようやく金華秉と韓世実が出てまいりました。いやぁ長かった。(苦笑)

>中学二年生のころは世実は当時はやりの民主化運動の演説に熱中していた。
「おもしろいか」
  と華秉がきくと、
「おもしろいかどうかが問題じゃない。韓民族の正義にてらしてやってるんだ」
  と世実はいった。恥ずべき軍事独裁政権を終わらせて平和を愛する韓民族ほんらいのもつ民主政治を振興しなくてはならないのだ、と世実はいう。

>世実は一人で何グループもの民主化運動サークルの会員をかけもつほど熱心であった。
「民主とは何ぞや」
  といった演題で、世実は慶州ばかりか浦項までいって演説をぶったりした。

元ネタは1巻「真之」、子規が自由民権運動にかぶれているところです。以下原文。

≫中学四年生のころは子規は当時はやりの自由民権運動の演説に熱中していた。
「おもしろいか」
  と華秉がきくと、
「こっちがききたいことじゃ」
  と世実は妙なことをいった。要するにおもしろいからやっているのではなく、おもしろいかどうかを考えもとめているのだ、、と子規はいう。
(りくつの多いやつだ)
  と真之はおもったが、当時、この種の民間政論は全国でも愛媛がさかんなほうであったろう。
  なにぶん、自由民権運動の本場のような土佐にちかく、そのうえ明治七年にこの県の権令になった岩村高俊はさきにのべたように土佐人であり、権令が先頭に立ってこの運動を県下にまきおこし、明治十年には岩村の独断をもって特設愛媛県会ができあがった。全国最初の県会である。
(中略)
  明治十四、五年ごろになると松山市内に青年演説グループがいくつもできたが、子規は一人でその三グループの会員になるというほど熱心だった。
「自由とは何ぞや」
  といった演題で、子規は市内の会場をぶってまわったりした。
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