美しい国日本

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真珠湾攻撃外伝 2

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/16 04:58 投稿番号: [81 / 402]
とまれ、不時着ゼロ戦を囲む群衆はふくれあがり200人にもなっていた。彼らはまだ真珠湾攻撃を知らなかったが、機体の生々しい弾痕を見て騒ぎ出した。そのうち気付いた西開地飛行士にあれやこれや大声で詰問するが、カナカ語と英語のチャンポンなのでさっぱり通じない。逆に書類を奪われたことに気付いた日本人飛行士は、これまた血相を変えて群集を追及するがブロークンイングリッシュなのでこっちもチンプンカンプン。

原田はこのとき日本軍の真珠湾攻撃を知った。原田はなにも言わずにこの若き飛行士を自宅に連れ帰るが、群衆もついてきて家を取り囲みその数は300人にもなっていた。原田と西開地は監視の目を掠め書類を取り戻そうと裏口から脱出、ハウイラの家に急ぐ。そしてかれらはハウイラの妻が居るのにもかかわらず強引に家捜しを開始した。

二人の脱出に気付いた群集は今度はハウイラの家を取り囲み投石を始めた。もはやこれまで、家ごと書類を燃やしてしまおうと、二人はハウイラの家に火を放った。群集がひるんだ隙を捉えた二人は脱出し不時着したゼロ戦に急いだ。
原田の中に巣くっていた最も日本的な心情が、日本兵士特有のはりつめた責任感と悲壮感に合致したのだろうか、二人は、お互いの視線にうなづき合ってゼロ戦に油をかけ炎上させた。
このときすでに二人は暗黙裡に死への了解があったのだろう。追いついた群衆は二人を捕縛しようと迫る。二人は裏山に逃げ込んだ。元より長く身を隠す術もない孤島である。二人は、原田の拳銃で順に頭を打ち抜いて自決した。

翌日、通報を受けたFBIとMPがやってきて原田夫人を逮捕した。主人と一体のスパイ容疑である。
日本機がニイハウ島に不時着したのも予定の行動であって、放火したり拳銃自殺を遂げたのはその証拠とされた。
婦人は結局3年2ヶ月もの間刑務所に収監された。

この事件には不明なところが多い。夫人の口が重く多くを語らなかったからだ。
当時のアメリカの日系人に対する世評は、
「ジャパニーズは、しょせん異人種と同化できない。またアメリカ市民権を得ても、天皇の誕生日には日の丸の国旗を掲げて忠節を誓い、生活ではタクワンと味噌汁を離せない人種である。
平時でさせアメリカ人の生活基盤を乱す傾向のある彼らは、いったん有事の際には、どういう結果を招くか予測できない。
日本人は、全部を警戒し、監視する必要がある」という根強い、厳しい評価があった。

治外法権の島ニイハウでの事件に、軍の機密保持のためなら殺人、放火、自殺をもあえて断行することこそ、帝国軍人の面目とする日本の若者と、アメリカ市民として生きようとしていた日系二世の意識の裏にある「日本臣民」という自覚が織りなした、あまりにも痛ましい悲劇であった。

真珠湾攻撃外伝 1

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/16 04:57 投稿番号: [80 / 402]
この「ハワイ移民の100年」も日米開戦という最終章に入ってきた。ここで時系列からも最初のころに投稿したエピソードを再掲したい。本に書かれた逸話のうちこの若いゼロ戦パイロットと幼児誘拐殺人犯の話が私に強く感情移入させるからだ。それはきっと同朋としての共感と同情の念に違いないだろう。

ワイキキのあるオワフ島の西北に位置する隣島カウアイ島は、「ジェラシックパーク」で有名な観光地であるが、そのすぐ西隣にニイハウ(Niihau)島という小島が浮かんでいる。ハワイ8島の中で最も西北に位置する島でもある。
面積はカウアイの五分の一ほど、しかしこの島は当時も現在も個人所有となっている。
賭け事が好きだったカメハメハ4世が英国籍の婦人に1万ドルで売り渡したのだ。

その後、ロビンソンという人に所有が移ったが島内は完全な治外法権、銃を担いだ漢が目を光らせ、ごくごく限定された人しか入島できなかった。
住民300人ほどのほとんどは現地ハワイ人の使用人で、全島が牧場、それに住民用の小さな畑で自給して、必要なものは船で搬入させていた。
蛇足かもしれないが、こういった特殊な環境のおかげで、他島では死語となっているハワイ語が現在でも日常的に使用されている。

現在は、オファーがあれば条件付でヘリコプターを使って入島、観光することも可能だが、前日にカウアイ島に一泊しなければならないなど煩雑で、来訪者は多くはないようだ。
このような特殊な島に日系二世の原田義男(39)が夫人と2歳の娘を連れて支配人格として赴任、半年を経ていた。

1941年11月26日、大日本帝国海軍艦隊は遥か択捉島からハワイ真珠湾に向かい進撃を開始した。遮るものとてない茫々たる海原を,無線封鎖をした大艦隊が文字とおり静々粛々と、巨人との一大決戦に向けて航海を続けた。
米船と邂逅することなく、日本艦隊は奇跡的な13日を経てオワフ島北方にたどり着いた。

運命の‘41年12月8日の夜明け(現地時間)、日本海軍空母甲板上の飛行隊は、真珠湾に停泊する米空母・戦艦を殲滅すべく、乾坤一擲の気概を持って飛び立った。
そこにゼロ戦を駆る西開地重徳一等飛行兵曹(21)も参加していた。

彼が真珠湾上でどのように活躍したのかは定かではないが、自軍猛撃の最中、敵の機銃弾1発が西開地の操縦するゼロ戦のガソリンタンクを貫いた。

母艦に帰ろうと試みたがコントロールを失った原田機は、ニイハウ島に車輪も出せずに不時着した。

戦後、原田の妻梅乃が地元紙のインタビューに答えた記録が残っている。

「急報によって主人が駆けつけると、着陸の激突で、搭乗者は軽症を負い気絶していた。土民たちはまだ日本軍の真珠湾攻撃を夢にも思わなかったが、戦雲急を告げている日米の昨今、日本機が偵察に来たのだろうと察し、殺そうか捕虜にするかと騒いでいました。主人は大勢をなだめて手当てを加え、蘇生させた上家に連れ帰ろうとしましたが、群集は強硬に反対して妨害しました。」

その間群衆の一人ハウイラというハワイ人は原田のポケットから航空地図と戦術略語、それに航法諸元を奪っていた。元より機密というほどの書類ではなかったが・・。

真珠湾奇襲 2

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/14 11:40 投稿番号: [79 / 402]
「ホノルル市の記録によると、爆弾または砲弾が民間に向けて撃ちこまれた数は、調査されただけで40ヶ所以上に及んでいる。
人的被害は、真珠湾に出勤途中の3人を含め68人が死亡、50人以上が入院を必要とする重傷を負った。
しかし、死傷者の大部分が、軍事基地とその近辺に限られた。

『あの日のパールハーバーは、昼間は、ドカンバカバカと、ハーバー中は真っ黒い煙。そして夜は、真っ赤な炎がメラメラで、そりゃあ、こわかった・・・。沈没した軍艦から重油が海に流れて、それが燃えてたんですよ。
日本軍の攻撃は正確で、軍のハーバーとベイスしかやりませんでしたわ。そう、あれは、夜の七時ちょっと過ぎだったかな。またハーバーのほうからバンバン大砲を撃ってましたわ。ありゃきっと、ピリピリしとるアメリカ軍が、友軍機を間違えて、攻撃と思ったんじゃないでしょうか・・・。』」

攻撃が真珠湾に限られていたとはいえ、あれだけの大攻撃でアメリカ民間人の犠牲者は極めて少ない。後世なぜ米空母群を索敵しなかったのかとか、燃料タンク、造船所を爆破するべきだったとかいわれるが、これは「毛を吹いて傷を求める」類の話であろう。
遮るものとてない茫々たる大洋を敵に悟られることなくハワイ群島まで到着したのは、横暴無残なる白人国家に一時ではあるが天誅を下すべく神が日本にもたらした恩恵にも思える。

下記に記すのは硫黄島で玉砕した市丸少将が書き残したものであるが、書に託した思いは真珠湾開戦時と同じである。   白人ども、心して聞け。(若干削除)

「ルーズベルトに与える書
日本海軍市丸海軍少将、書を「フランクリン・ルーズベルト」君に致す。
我、今、我が戦いを終わるに当り、一言貴下に告ぐるところあらんとす。
日本が「ペルリー」提督の下田入港を機とし、広く世界と国交を結ぶに至りしより約百年。この間、日本は国歩艱難を極め、自ら慾せざるに拘らず、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸貴国と干戈を交ふるに至れり。

これを以って日本を目するに、或は好戦国民を以ってし、或は黄禍を以って讒誣し、或は以て軍閥の専断となす。思はざるの甚きものと言はざるべからず。
貴下は真珠湾の不意打ちを以って、対日戦争唯一宣伝資料となすといえども、日本をしてその自滅より免るるため、この挙に出づる外なき窮境に迄追い詰めたる諸種の情勢は、貴下の最もよく熟知しある所と思考す。
我等今、物量をたのめる貴下空軍の爆撃及艦砲射撃の下、外形的には退嬰の己むなきに至れるも、精神的にはいよいよ豊富にして、心地ますます明朗を覚え、歓喜を禁ずる能はざるものあり。

これ、天業翼賛の信念に燃ゆる日本臣民の共通の心理なるも、貴下及チャーチル君等の理解に苦むところならん。
卿等のなす所を以て見れば、白人殊にアングロ・サクソンを以て世界の利益を壟断せんとし、有色人種を以って、その野望の前に奴隷化せんとするに外ならず。

これが為、奸策を以て有色人種を瞞着し、いわゆる悪意の善政を以って、彼等を喪心無力化せしめんとす。近世に至り、日本が卿等の野望に抗し、有色人種、ことに東洋民族をして、卿等の束縛より解放せんと試みるや、卿等は毫も日本の真意を理解せんと努むることなく、ひたすら卿等の為の有害なる存在となし、かつての友邦を目するに仇敵野蛮人を以ってし、公々然として日本人種の絶滅を呼号するに至る。

大東亜戦争により、いわゆる大東亜共栄圏のなるや、所在各民族は、我が善政を謳歌し、卿等が今を破壊することなくんば、全世界に亘る恒久的平和の招来、決して遠きに非ず。
卿等は既に充分なる繁栄にも満足することなく、数百年来の卿等の搾取より免れんとする是等憐むべき人類の希望の芽を何が故に嫩葉において摘み取らんとするや。
ただ東洋の物を東洋に帰すに過ぎざるに非ずや。卿等何すれぞ斯くの如く貪慾にして且つ狭量なる。
 
ひるがえって欧州の事情を観察するも、今ヒットラー総統の行動の是非を云為するを慎むも、彼の第二次欧州大戦開戦の原因が第一次大戦終結に際し、その開戦の責任の一切を敗戦国独逸に帰し、その正当なる存在を極度に圧迫せんとしたる卿等先輩の処置に対する反発に外ならざりしを観過せざるを要す。
卿等の善戦により、克くヒットラー総統を仆すを得るとするも、如何にしてスターリンを首領とするソビエトロシアと協調せんとするや。
卿等今、世界制覇の野望一応将に成らんとす。卿等の得意思ふべし。然れども、君が先輩ウイルソン大統領は、その得意の絶頂において失脚せり。
願くば本職言外の意を汲んで其の轍を踏む勿れ。
                                                  市丸海軍少将

Re: 美しい国日本

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/09 18:51 投稿番号: [78 / 402]
なんだ、なんだ!   出張先で開いてみたら200番目に限りなく近づいていた。
朝に投稿したばかりなのにこの勢いはなんだ。

黄泉!なにやってんだ!   もう少しで消されるところだったじゃないか!

真珠湾奇襲 1

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/08 20:09 投稿番号: [77 / 402]
タイトル書き忘れた。

「軍港真珠湾は、今でもアメリカ太平洋艦隊の基地で、たとえば写真撮影は限定された場所しか許可されず、出入りも極めて厳重だ。湾は、曲がりくねった細い水道が外海とつながり、中央部には細長いフォード島がある。
戦後何十年も経った今日でも、フォード島の北側に横倒しになって赤茶けたサビを露骨に艦の巨腹に浮かび上がらせているのが標的艦ユタであり、戦艦アリゾナは未だに海底にある。海底の艦は廃棄処分を受けておらず、現役戦艦として、毎朝夕には、星条旗の掲揚と降下が記念館上で行われている。

アリゾナ記念館にはアメリカ海軍広報部仕立ての無料観光船が出ている。船には説明役の水兵(最近では女性兵士の場合が多い)がいて、チューインガムなどを噛みながら、次のようなガイドをする。
『・・1941年12月7日午前7時55分、日本海軍機353機が宣戦布告なしに、突如としてこの真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋歓待をだまし討ちしました。不意を衝かれた艦隊は、出動中の空母群を除いては大打撃を蒙ったのであります。正面に見えますのが旗艦アリゾナが撃沈された後に建てられたアリゾナ・メモリアルで、内壁には、艦と運命をともにした全将兵の名が刻まれています。旗艦アリゾナと運命をともにした1102名の遺体の一部も、そのまま艦内に葬られています・・・』」

この説明に加えて、『アリゾナ艦内の遺体から出る人の脂が海面に常に浮かび出る』などと、おどろおどろしい伝説を日本から来る旅行者に広めた。
古今東西戦争の大儀は『正義』である。中国のチベット侵略は抑圧されたチベット人民の解放であり、アメリカのイラク侵略は大量破壊兵器からの『防衛』であった。
日本との戦いは軍拡志向の独裁者から世界を守る、である。まったく笑止千万なまがい物ではあるが、何も気にするほどのことではない。どの国も不正義な戦争をしないのである。
ただし、そういった『自国』の戦争を日本にだけ認めないのは大いなる偽善だ。不正直で不平等である。   近々の解決を強く望むものだ。

話を進めよう。真珠湾奇襲の朝、牧歌的な目撃談がいくつかある。

「1941年12月7日の午前8時ちょっと前。
オアフ島ホノルルの空は、あくまでも抜けるように蒼く、南国の太陽はすでに鮮明な光を、緑と花があふれる大地と紺碧の海に投げかけていた。
ちょうど日曜日にあたっていたので、信心深い純朴な人たちは、9時から始まる協会の祈祷会に間に合うように準備をしていた。
『わしら、高台の砂糖キビ畑の中にあるハウスから、父ちゃんと、子供たちと一緒に、あの日のパールハーバー・アタックを見とったんです・・・』

東北弁的ハワイ日系人語で語ってくれたのは、片平キヨ。彼女は、オアフ島生まれの帰米2世(日本で教育を受けてアメリカに帰った二世)で、58歳。
『そう、ちょうどサンディの朝で、8時になるかならんときじゃった・・・。ドンドン、ドンドンとすっごい勢いでうちのアンダーハウスを突き上げるような音がするんですよ。いったい朝っぱらからムチャやる奴は誰だァーーと外に出たら誰もおらん。でもすっごい爆音がするんで空見ると、何でもプレーンが5、6機ものすごい勢いで、エワのほうからベイスへおりて行ったかと思うたら、パッパッパッと魂消るような土ぼこりを上げとる。そして、先のパールハーバーを見たら、高い水柱が何本も何本も上がってるんです。はじめは、いったいどうゆう了見でアメリカ軍は、あんな大演習をやっとるんじゃろうなと思いましたわ。ええ、アタックしよるプレーンの翼の日の丸なんぞは見えませんでしたからね。』
『パールハーバーには、あの日は、アメリカの艦隊がずらーっと勢ぞろいしとったが、はじめのうちは、ジャパンプレーンのアタックに、まるで無抵抗でしたわね。とにかく東郷元帥の・・・ほんれ、あの教科書で教わった日本海海戦ときみたいなすごーい水柱が、ぽんぽん、ハーバーの中に立っとんたんですよ。そりゃ、凄いのなんのって・・・。父ちゃんどうしようって、腰が抜けたみたいになっちもて、畑の上から見てたんですよ。』
『とにかく、アメリカ軍が気が狂ったように、メッチャクッチャに、攻撃機を撃ちだしてから、ははア、こりゃほんものの戦争だっちゅうことがわかったんですよ。そのメチャ弾はキビ畑にもぴゅんぴゅん飛んで来ましたよ。ほんれ、プレーンめがけて撃ちだす球が当たんねえで、ぼんぼこ市内にも落ちたんだ。そんために死んだ人や、負傷した民間人もだいぶいるはずです・・・』

Re: 美しい国日本

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/08 20:08 投稿番号: [76 / 402]
「軍港真珠湾は、今でもアメリカ太平洋艦隊の基地で、たとえば写真撮影は限定された場所しか許可されず、出入りも極めて厳重だ。湾は、曲がりくねった細い水道が外海とつながり、中央部には細長いフォード島がある。
戦後何十年も経った今日でも、フォード島の北側に横倒しになって赤茶けたサビを露骨に艦の巨腹に浮かび上がらせているのが標的艦ユタであり、戦艦アリゾナは未だに海底にある。海底の艦は廃棄処分を受けておらず、現役戦艦として、毎朝夕には、星条旗の掲揚と降下が記念館上で行われている。

アリゾナ記念館にはアメリカ海軍広報部仕立ての無料観光船が出ている。船には説明役の水兵(最近では女性兵士の場合が多い)がいて、チューインガムなどを噛みながら、次のようなガイドをする。
『・・1941年12月7日午前7時55分、日本海軍機353機が宣戦布告なしに、突如としてこの真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋歓待をだまし討ちしました。不意を衝かれた艦隊は、出動中の空母群を除いては大打撃を蒙ったのであります。正面に見えますのが旗艦アリゾナが撃沈された後に建てられたアリゾナ・メモリアルで、内壁には、艦と運命をともにした全将兵の名が刻まれています。旗艦アリゾナと運命をともにした1102名の遺体の一部も、そのまま艦内に葬られています・・・』」

この説明に加えて、『アリゾナ艦内の遺体から出る人の脂が海面に常に浮かび出る』などと、おどろおどろしい伝説を日本から来る旅行者に広めた。
古今東西戦争の大儀は『正義』である。中国のチベット侵略は抑圧されたチベット人民の解放であり、アメリカのイラク侵略は大量破壊兵器からの『防衛』であった。
日本との戦いは軍拡志向の独裁者から世界を守る、である。まったく笑止千万なまがい物ではあるが、何も気にするほどのことではない。どの国も不正義な戦争をしないのである。
ただし、そういった『自国』の戦争を日本にだけ認めないのは大いなる偽善だ。不正直で不平等である。   近々の解決を強く望むものだ。

話を進めよう。真珠湾奇襲の朝、牧歌的な目撃談がいくつかある。

「1941年12月7日の午前8時ちょっと前。
オアフ島ホノルルの空は、あくまでも抜けるように蒼く、南国の太陽はすでに鮮明な光を、緑と花があふれる大地と紺碧の海に投げかけていた。
ちょうど日曜日にあたっていたので、信心深い純朴な人たちは、9時から始まる協会の祈祷会に間に合うように準備をしていた。
『わしら、高台の砂糖キビ畑の中にあるハウスから、父ちゃんと、子供たちと一緒に、あの日のパールハーバー・アタックを見とったんです・・・』

東北弁的ハワイ日系人語で語ってくれたのは、片平キヨ。彼女は、オアフ島生まれの帰米2世(日本で教育を受けてアメリカに帰った二世)で、58歳。
『そう、ちょうどサンディの朝で、8時になるかならんときじゃった・・・。ドンドン、ドンドンとすっごい勢いでうちのアンダーハウスを突き上げるような音がするんですよ。いったい朝っぱらからムチャやる奴は誰だァーーと外に出たら誰もおらん。でもすっごい爆音がするんで空見ると、何でもプレーンが5、6機ものすごい勢いで、エワのほうからベイスへおりて行ったかと思うたら、パッパッパッと魂消るような土ぼこりを上げとる。そして、先のパールハーバーを見たら、高い水柱が何本も何本も上がってるんです。はじめは、いったいどうゆう了見でアメリカ軍は、あんな大演習をやっとるんじゃろうなと思いましたわ。ええ、アタックしよるプレーンの翼の日の丸なんぞは見えませんでしたからね。』
『パールハーバーには、あの日は、アメリカの艦隊がずらーっと勢ぞろいしとったが、はじめのうちは、ジャパンプレーンのアタックに、まるで無抵抗でしたわね。とにかく東郷元帥の・・・ほんれ、あの教科書で教わった日本海海戦ときみたいなすごーい水柱が、ぽんぽん、ハーバーの中に立っとんたんですよ。そりゃ、凄いのなんのって・・・。父ちゃんどうしようって、腰が抜けたみたいになっちもて、畑の上から見てたんですよ。』
『とにかく、アメリカ軍が気が狂ったように、メッチャクッチャに、攻撃機を撃ちだしてから、ははア、こりゃほんものの戦争だっちゅうことがわかったんですよ。そのメチャ弾はキビ畑にもぴゅんぴゅん飛んで来ましたよ。ほんれ、プレーンめがけて撃ちだす球が当たんねえで、ぼんぼこ市内にも落ちたんだ。そんために死んだ人や、負傷した民間人もだいぶいるはずです・・・』

yominokuniのあんちゃん

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/03/07 10:30 投稿番号: [75 / 402]
反論するなら論理的にやれ。

出来ないのか?   頭がついて行かん?   そりゃ、知らん    (笑

ナリスマシがどうのというなら、

別人である論証ができなきゃいかんだろう、ん、論理的に    (笑

できません、てか?

そりゃ、あんちゃんの頭が極端に悪いって、証明だよ    (笑

出自を騙るな、ボケナス!

正論だとおもうなら、正々堂々と書け、アホンダラ!

yominokuni56のあんちゃんが「オイラ日本人」と書くたびに、

在日はみんな侮辱されたことになるんだよ、まぬけ!

あんちゃんは心が歪んで、歪んで、なおらんようになっとるから、

こんな簡単なことに気がつかないんだよ、唐変木!

言っておく、当方は在日になんの偏見もない、差別したこともない。
なんだったら当方がした投稿を全部あらってみろ。
社会で厳しい仕事をすればあほらしさが分かる。
その分、yominokuni56のあんちゃんのこころの歪み具合が見えるんだよ。

分かったか!

Re: yamminokuniとyominokuniは別人だぜ(

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/03/07 07:13 投稿番号: [74 / 402]
こういうバカ   が   日本の学力なんでしょうか?(笑)

自分で公表してるようなもんだろうが、、ボケナス(笑)

Re: yamminokuniとyominokuniは別人だぜ(

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/03/06 23:30 投稿番号: [73 / 402]
yamminokuniとyominokuniが別人だってことを論証してみろよ    (笑

だかれ構わず、ナリスマシがどうのこうのと書くんなら、それもできるよな   (笑

yominokuniのあんちゃん、あんちゃんは今度の投稿でも、

慌てふためいたもんだから、在日ですって自白しちゃってるんだよ    (笑

在日だろうと当方はいっこうに構わん、偏見は持っていないし、差別したことはない。

ビジネスとはそんなものだ。   あんちゃんも劣等感に逃げなくなったらわかるよ、うん。

オイラ日本人だよ、なんて馬鹿書くな、そのたびに在日が屈辱を感じるだろう、あほう!

さあ、yamminokuniとyominokuniが別人だってことを論証してみろ!

yamminokuniとyominokuniは別人だぜ(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/03/06 18:50 投稿番号: [71 / 402]
>yaminokuni56
呼んだ?
遅くなって申し訳ない、いま美容パックしてたもんだから。
美男子は辛いよ(笑)
それにしても工作員という呼び方はひどくないか?
私はれっきとした在日二世の共産党員です。


こういうのは   犯罪じゃないのかね?   その人に成りすまして   詐欺を働く、、これが   この連中の本性なんだろうね(笑)
偽証罪ってことで   処罰できないかね?

悪知恵って言葉あるけで   もっとも醜い知恵だね   ノータリンの浅知恵だね。
人間としても   最低の部類だな(笑)

口先では   もっともらし事を宣うが   意見が通らないと   無理矢理犯罪にも手を染めちゃう、、これが   この連中の   本性   本質なんでしょうね(笑)

実に嘆かわし   詐欺ペテン   猫ばば   どろうぼう   国家の国民なんですな(笑)

それにしても   オイラに成りすます割に   中身が   みすぼらしいね。   この程度では   騙される人も   単純な輩だろうから   問題にもしないが   、、、

飽きもせず   よ〜〜やるわ、、このボケナス   sinnjituiriroは、、あほだぜ正真正銘のバカだね(笑)

yominokuni56のあんちゃんへ

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/03/04 13:32 投稿番号: [70 / 402]
あんちゃんが中国人であるかのように振舞うのを見過しにはできない。

オイラ、日本人だよ、と書くのも目障りだ!

お前は在日二世だろう。   自分でそう書いているではないか!

「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実 」のトピ
投稿   :   №8433   2005/ 5/15 1:13
投稿者   :   yominokuni56  
>私はれっきとした在日二世の共産党員です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1143582&action=m&mid=8433

あんちゃんが慌てて削除しても逃げられないように、大勢の人に記録してもらう。

念の為に言っておくが、
当方は、在日だろうと共産党員だろうと、差別する意識は毛頭ない。

そこらへんのことはこれからいくらでも議論する。

yominokuni56がなぜ出自をごまかすか、
その言動が大勢の在日や共産党員に何をもたらすか。
これからじっくり問いただしていく。

わかったな、yominokuni56のあんちゃん!

黄泉、忘れてるぞ!

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/04 11:40 投稿番号: [69 / 402]
時たま覗いてアゲてくれることになってるだろ。

信頼関係を構築するには誠意を以って接しなきゃダメでしょ。

Re: 明治型日本人  ???

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/03/02 08:18 投稿番号: [68 / 402]
>日本の歴代総理大臣の家系の多くは   突き詰めれば   天皇家と縁戚関係にある者がほとんだぜ(笑)   これくらいは知っておけよ

ほうほう、これは貴重な知識をどうも。
田中角栄や小泉も天皇家の親戚なのか?
鈴木善幸の実家はスルメなどの水産加工食品を作っていた。大平正芳の実家は中農。
福田、竹下はその親玉の庄屋、差の先を辿っても地元の有力者に過ぎないよな。
海部の実家は名古屋の写真屋、佐藤、岸兄弟はなんとなくそれっぽいが実家は酒造、吉田の父親は自由民権運動の闘士だったとの事。

思い出せる歴代総理だが、誰がどのように天皇家につながってんだ?   おせーろよ。

>赤穂浪士は就職活動しただけの   呆れた士族連中だったてことだ。じつに野蛮な行動だよ(笑)

忠臣蔵は日本人の源風景の一つだ。われわれはそこに日本人の「忠」を確認する。この意識は西欧人にも驚嘆と尊敬の念を持って知られている。・・もしかしたらオマエは在日か?   日本人の『心』を分かってんのか。

>ただ一人   坂本龍馬だけは   日本って国を考えていた人物だと   司馬遼太郎は書いているな。

彼は大衆小説家であって歴史家でない。かれが書いたものをあげつらうことも出来るが、またにしよう。どっちにしても「司馬史観」などとたいそうな評価などお笑い草だよ、ハッハッハ。

>(天皇は)単なる   御輿なんだけどね(笑)   選挙で親父の跡目を継ぐ息子みたいなもんで   後援会としては   単なる御輿   旗頭が欲しいだけの話   本人の能力   資質なんて   関係ないんだよ。

天皇でもいわしの頭でも、それが日本国の象徴だからこそ大事なんだ。だからこそ崇高で愛おしいものなのだよ。
戦後バリバリの左翼陣が『天皇社会制』などとほほえましい理論を展開するほど、そのときには天皇が国民の統合の象徴という意識が染み付いていた。
おまえは王の首をギロチンにかけたフランスの飢えた民衆や、皇帝を家族もろ共射殺して辺境の坑穴に投げ込んだロシアの貧者に思いを重ねるタイプらしいが、幸せでなかったオマエの生育期を偲ばせる。   ・・苦労したんだな。

>素直でよろしい   では   次回また   逢おう、、、(笑)

うん、時々覗いてアゲておいてくれよ、このトピ。   大事なことだからね。忘れないよう、頼んだよ。

Re: 明治型日本人  ???

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/03/01 06:50 投稿番号: [67 / 402]
>>でもな、明治維新の立役者は   最下級の武士の息子たちだ。そして   それを支援したのは町人であり   農民   商工人の息子たち   民衆だよ。

>その民衆が今政治家になり官僚になりこの国を牛耳っている。奴らにノブレスオブリ-ジュを求めるのは、キミに節度を求めるより愚かしい。


あはっはは、、   日本国政府の組織を知らないみたいだね(笑)

歴代の偉人   世界を動かした人ってのは   その多くは貧乏人の家から出ている、、日本の政界   官界に   貧乏人から出て   出世した人   何人?居る(笑)

日本の歴代総理大臣の家系の多くは   突き詰めれば   天皇家と縁戚関係にある者がほとんだぜ(笑)   これくらいは知っておけよ

>赤穂浪士は職を失った私怨で吉良を暗殺した、というのも一つの真実だ。しかし、身を挺して主君の仇を討ったというのも真実だ。どちらを言い立てるかは個人史から醸成された感性だろうが、オレは幕末の偉人たちは真に国家を憂えて一心不乱に維新を断行したと受け止める。

赤穂浪士は就職活動しただけの   呆れた士族連中だったてことだ。じつに野蛮な行動だよ(笑)

明治維新も尊皇攘夷から、思わぬ方向へ   思想が流れた結果   大政奉還っていうことになった。   当時の勤王の志士達も   ここまでは想像も考えもしていなかったようだけどな、   攘夷を振りかざして欧米を敵にまわしてた長州藩を薩摩藩   土佐藩が   いずれも   合同して英米欄から武器を調達し   幕府に弓を引いたってことだから、、誰も明治維新など   当初は   思いもよらなかったと思う   ただ一人   坂本龍馬だけは   日本って国を考えていた人物だと   司馬遼太郎は書いているな。

>そうなんだよ。だから天皇陛下万歳、は大日本帝国万歳と同義でしかない。

  単なる   御輿なんだけどね(笑)   選挙で親父の跡目を継ぐ息子みたいなもんで   後援会としては   単なる御輿   旗頭が欲しいだけの話   本人の能力   資質なんて   関係ないんだよ。

>こうやって話してみるとキミとぼくとに共通点が多いようだ。君を誤解していたようだな。
特に今日の理論は際立っていた。色々勉強になるので今後もよろしく頼む。

素直でよろしい   では   次回また   逢おう、、、(笑)

Re: 明治型日本人  ???

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/27 09:31 投稿番号: [66 / 402]
>哀れな農耕民族の習性だろうね。   どちらについても   農奴に変わりはないってか?

どこの国でもその基盤は圧倒的多数の百姓が担う。彼らが生み出す穀物の余剰分が権力者の基盤だ。で、あっても彼らは常に貧困の淵に立たされ、労役には牛馬のようにこき使われ、戦場では最前線に狩り出されてしまう。志願兵ではとても足りなくて部落ごと拉致され、逃げれば殺されるというのが大陸の農民だ。武士という職業軍人が実戦を一手に担った日本国は、相対的に言えば農民の理想郷とも言える。したがって『農奴』という語彙は日本農民にまったくそぐわない。

ただな、古い映画だが、『ドクトルジバゴ』ってあるだろ。その一シーンに、ロシア共産革命で自分たちが国の主人公と鼓舞された粗暴で無知な農民たちが大挙して主人公の貴族階級の邸に乗り込み、身分も財産も人民の共有だと、居住の権利を主張する、その下品な言動と貴族の立ち居の際立ちが、監督の描きたかった『平等な権利』の危うさだろう。
オマエは映画を観てもバカみたいに何も考えないんだろうな。せめて口開けて観んなよ。

>でもな、明治維新の立役者は   最下級の武士の息子たちだ。そして   それを支援したのは町人であり   農民   商工人の息子たち   民衆だよ。

その民衆が今政治家になり官僚になりこの国を牛耳っている。奴らにノブレスオブリ-ジュを求めるのは、キミに節度を求めるより愚かしい。

>いずれも   食いはぐれの半端物が   食うために闘ったんだよ。

赤穂浪士は職を失った私怨で吉良を暗殺した、というのも一つの真実だ。しかし、身を挺して主君の仇を討ったというのも真実だ。どちらを言い立てるかは個人史から醸成された感性だろうが、オレは幕末の偉人たちは真に国家を憂えて一心不乱に維新を断行したと受け止める。
それがオレとキミとの違いで、人間の品格を上下に別ける境目でもある。

>だから御輿は誰だってよかったって事なんだよ。たまたま   朝廷が長い間   政権を取れずに   しなびていたから   担ぎ出したってただそれだけのことだ。

そうなんだよ。だから天皇陛下万歳、は大日本帝国万歳と同義でしかない。

>天子様だ   なんてこと   思ったりもしなかっただろうし   朝廷も勝っても負けても良いような采配をしてるだろ(笑)   起き上がりこぼし   これが   公家政治なんだよ。   理解できたかい?(笑)

うん、わかるよ。   なかなか鋭いね。   でなければ、なかなかこのトピで長く続けられないものな。

>小作人の根性から抜けきれなかったんだね、縛りがきつかったからね。いまだに縛られてる日本人も多いようだけどね。
人権感覚の欠如じゃなかったのかい?

まったく同感だ。   縛られたまま放置されるのもいるらしい。人権を無視してる。

こうやって話してみるとキミとぼくとに共通点が多いようだ。君を誤解していたようだな。
特に今日の理論は際立っていた。色々勉強になるので今後もよろしく頼む。

それと、最近忙しくてこのトピに顔を出しにくい。誰も顔を出さないとトピを取り消されてしまうので、2日に1回ぐらい覗いて上げておいてくれ。大事なことだから忘れないように頼んだよ。

Re: 明治型日本人  ???

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/02/26 19:31 投稿番号: [65 / 402]
>『葵じゃなくて菊に傅け』といわれても反発する庶民はいなかったし、つまりどっちでも良いのである。そのかわり、決まったことには誠をささげる。


哀れな農耕民族の習性だろうね。   どちらについても   農奴に変わりはないってか?

でもな、明治維新の立役者は   最下級の武士の息子たちだ。そして   それを支援したのは町人であり   農民   商工人の息子たち   民衆だよ。

いずれも   食いはぐれの半端物が   食うために闘ったんだよ。だから御輿は誰だってよかったって事なんだよ。たまたま   朝廷が長い間   政権を取れずに   しなびていたから   担ぎ出したってただそれだけのことだ。

天子様だ   なんてこと   思ったりもしなかっただろうし   朝廷も勝っても負けても良いような采配をしてるだろ(笑)   起き上がりこぼし   これが   公家政治なんだよ。   理解できたかい?(笑)

農耕民族=土着民族なんだよ   その習性が抜けきらなかったのが古い日本人だ。   農奴   小作人の根性から抜けきれなかったんだね、縛りがきつかったからね。いまだに縛られてる日本人も多いようだけどね。

人権感覚の欠如じゃなかったのかい?

Re: 美しい国日本

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/25 13:50 投稿番号: [64 / 402]
みんな忙しそうだな。   あげとこ。

日米開戦と日系二世

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/22 08:26 投稿番号: [63 / 402]
「『明治型日本人」の典型である一世とアメリカ国籍を持った『日系人』(ジャパニーズ・アメリカン)を合計すると、その数は年を追って増加し、ハワイにおける多数派になっていった。すなわち合衆国全体で見た俯瞰図としての `Japanese` は、少数派で、主導権を握る‘白人‘の顔色をつねにうかがうふうだが、ハワイに限定すれば、その主客はまさに転倒して、言うところの‘ハリフ‘(白人)が、東洋人中のジャパニーズの出方を見る・・という事態をはらんできた。』

「1914年7月、ヨーロッパ大戦争が勃発し、8月23日、日本はドイツに宣戦布告して、日本海軍が活発に動き、』中国山東省青島攻略が始まった。
そのころドイツ軍艦ガイヤー号がマーシャル島方面から逃走して、10月15日に中立国であるアメリカ領のホノルル港に逃げ込んだ。
その後を追ってきたのが、日本海軍軍艦・肥前で、ホノルル港内と港外で睨み合った。そのうちに、11月7日青島が陥落し、翌18日ガイヤー号は武装解除された。この騒動の最中、陸地では、日本人学校同士が勢力あらそいでいがみ合いの醜態をさらし、他人種の顰蹙を買っていた。そしてハワイのアメリカ人は、日本人に対し、次第次第に警戒の度合いを深めていった。」

こんな日本人の高揚感が続く中、日本人1世と2世の間の『大日本帝国』に対する思い入れは鮮やかに離反する。

「この空気の中に、15年に布&#26182;教育会が創立され、ハワイの全日本人学校を一括して同一歩調をとり、「日本語学校」として、善良なる日系アメリカ市民を養成するというお題目のもとに、少しでも米化運動に妨げとみなされることは排除しようと申し合わせた。ハワイがアメリカ合衆国のテリトリイになると、ハワイ永住の覚悟を決めた『ハワイの日本人』たちは、かって、排日の炎が燃え上がったことでもあり、一日も早く‘アメリカ人‘になるべく必死の努力をつづけた。

その態度は、日本古来の『忠誠心』とか『報恩』の精神を、そのままアメリカに向けて尽くすものでもあった。当時の日本人会や、教会などでは、『日米親善実行法』とか「米化心得書」などを作成して配ったのである。それによると、
一、 日曜日をもって、安息日とし、休日とする。
一、 常に頭髪や髭の手入れをなし、少なくても隔日に髭を剃ること。
一、 住宅を清潔にして、その周囲に古缶、古紙を棄てない。
一、 男女とも不必要に金歯の細工をしない。
一、 婦人は、紅、白粉の厚化粧をしないこと。
一、 爪楊枝を人前や、電車の中で使用しないこと。
一、 電車で声高で話をしないこと。
一、 請負師、洋服屋、庭園師などは、決して約束の日を違えぬこと。
一、 スープを、音を立ててすすらぬこと。
一、 他人の談話中、断りなくその一方の人びとに話さぬこと。
一、 自動車礼儀を必ず守ること。
一、 ネクタイを必ずつけること・・・
というように、現代日本人にも適用すべきような事項が多い。

極端なものは、味噌、醤油、漬物、そしてナマ魚は、アメリカ人が嫌うからやめようとか、日本語は一切話さないようにしよう・・と言いだすしまつであった。」

この注意書き、在日の中国人にわれわれが投げかけているマナーに通じるものがある。ま、中国とは、常に程度と量の莫大な違いが存在するが。

『日米開戦の前年を見ると、両国間の雲行きの険悪化もあって、例えばオアフ島の真珠湾軍港には、白人を主体として、中国人、朝鮮人、プエルトリコ人、フィリッピン人、ポルトガル人、ハワイ人などの各国労働者3000人ほどが就労していたが、日系人はシャットアウトされた。
ハワイの陸海軍防備施設の諸工事に、疑いの目で見られていた日系人は毛嫌いされていた。

1940年、日本軍が南中国に進軍を開始するとともに、日米関係はさらにその険悪化を増した。そして翌年1月、野村吉三郎大将が異例のアメリカ大使に任命され、ワシントンと折衝をつづけたが、アメリカは、ついに「在米日本人」の財産を凍結するに及んだ。
だが、その処置を受けた在米日本人たちもアメリカ首脳も、冷戦状態が続いていてもまさか日米が戦端を開くような事態はありえないと思っていた。常識では、日本帝国が必要資源獲得のための南進を、アメリカが干渉して国交が険悪化することがあっても、アメリカから宣戦するようなことはあるまいと考えられた。また日本にしても、中国との3年間に渡る『支邦事変』が長期化して、物資も払底し国民も疲弊しているので、太平洋を隔てた桁違いに強大なアメリカに向かって戦いをいどむなどということは、夢想だにできなかったのだ。もしそのようなことがあれば、それはまさに狂気の沙汰でしかなかった。
『愛国的なハワイの日本人』としても、その常識は変わらなかった。

明治型日本人

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/16 22:54 投稿番号: [62 / 402]
「行こかメリケン、戻ろかジャパン」に描かれた「元年者」以来のハワイ移民の100年、その間に現れる日本人はとても元気が良い。
最初の明治元年者の渡航を許可したのが徳川幕府だし、その後の明治新政府斡旋移民も、260余年続いた江戸時代を引きずる人たちだった。大政奉還という日本史の大節目に位置した彼らは、しかし将軍様と天子様の変換に情実が乱れるということもない。
『葵じゃなくて菊に傅け』といわれても反発する庶民はいなかったし、つまりどっちでも良いのである。そのかわり、決まったことには誠をささげる。

日本人の性として、縁あって『お上』が定まれば、そこに『一所懸命』を尽くし、究極には楠正成や赤穂浪士の生き様を良しとする『臣民』にまで昇華させる。将軍さまであろうと天子様であろうと所詮は自らが属するものの象徴にすぎない。
そういう風に考えないと在アメリカにおける日系1世と2世以降の意識の断絶が説明できないだ。
両者は、『忠義』の主体が日本とアメリカ、故国と敵国に判然と分かれるのである。

「日清戦争以降、大日本帝国が行った「日露戦争」、朝鮮併合、さらに「満州事変」を経て「支那事変」から「大東亜戦争」にいたる堂々の進撃は、ハワイの日本人にも敏感に影響し、また反応し、『帝国勝利』のたびに他人種に対し胸を張ることになるのだが、その代償は、疑惑と不信と排斥であった。
日系アメリカ市民を含む『日本人』全体には、その背後に『大日本帝国』がひかえており、陰で糸をひいているという猜疑心が強かった。

1920年の合衆国上院移民委員とハワイ代表の秘密会談で議長は、『選挙では、将来日本人より、中国人がもっと危険性がないのか?』と質問した。これに対しハワイ知事は、『中国人投票者は、決して中国を思わないで、米国のみを思う。中国人の背後には何者もいない。彼らはれっきとした米国市民であり、米国以外何も念頭にない』と、日本人と対比させて答えている。

そしてこれは、何もハワイ知事だけの独自の観察ではなく、当時のハワイ、アメリカにおける支配層の考えでもあった。
彼らからすれば二世への日本人学校教育も、仏教布教も、二重国籍が多いことも、すべて二世以下を永久に『日本人』として引きとどめ、『大日本帝国』の外国における「よき臣民」にさせるための機関ないし手段であるという解釈をしていた。そして、日本語新聞や日本語雑誌は、『大日本帝国』の代弁者であり、指導者であると見なした。
茶番ものの解釈ではあるが、実際にとった行動を覚めた目で観察すれば、偏見が生じるのも、むべ、なるかなと思わざるを得ないところもある。すなわち日本領事館が『在留日本人』の出生・死亡届を受付け、徴兵猶予願いを扱い、『国勢調査』をしたことは、とくに魂胆があると思われた。
当局者は、日本国籍所持者に対する義務づけられた事務に過ぎないと懸命になって弁明した。だが、弁明すればするほど疑惑は深まった。

領事館がリーダーシップをとって、天皇誕生日や正月をはじめ、あらゆる主なパーティには日の丸と『御真影』が登場し、『天皇陛下万歳』とあらゆる「万歳」が叫ばれ、『遥拝式』が行われ、さらに、領事館と密接な連繋をとりつつ、艦首に『菊の御紋章』の「帝国海軍」の練習艦隊が『国威を発揚』させながら訪問し、『在留日本人』はそのたびに熱狂するのだから、その間には、必ずや密接な関係があると思うわけである。

さらに日中戦争が始まると、その『聖戦』ぶりを日本語新聞、雑誌はボルテージを上げて報道し、『在留邦人』の『愛国心』と『忠誠心』を煽った。彼らはこぞって将兵慰問団を組織し、慰問品、慰問文を発送し、満州開拓団を計画した。さらに「恤兵献金」『事変献金』を日本語新聞社や領事館を通じて送り、そのうえに『愛国公債』にも呼びかけに対して応募し始めたが、これは、1939年合衆国裁判所から禁止された。

そもそもハワイにおける日本人移民に対する排斥は、むしろ経済的・物質的な面ではなく、風俗習慣、宗教、文化、生活態度、そして天皇信仰、軍人至上主義に対する疑惑で、いわば精神的なものに根拠をおくものであり、それは執拗で永続的なものであった。移民初期の頃に対する非難は、『アメリカに同化せず、喧嘩早い。頑固で短気。生活状態が悪い。公徳心が低く、風紀が悪い』

またのちには、『出生率が高い、祖国愛が異常に強い、強調心欠如、アメリカへの忠誠心が疑わしい、二重国籍者』などが主な非難点となる。

Re: 美しい国日本 詐欺 ペテン 猫ばば?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/02/11 22:28 投稿番号: [61 / 402]
>。『美しい国』を再生しようということだ。それには戦後レジュームからの脱却だ。それだけで「日本人」は甦る。


美しい国つくり?   その張本人は政権を丸投げ   放棄したのだが   これが美しい人間の姿か?   冗談だろ(笑)

先の大戦の日本軍の   日本政府の犯した   戦争犯罪を   正当化することが   美しいことかね(笑)   鉄砲も撃たず   後方で   たらふく飯食って   慰安婦抱いていた   将校や政治家の孫や子孫の云うことが信用できるのかい?(笑)靖国神社で餓死した英霊に申し訳ないという気持ちはないのかね(笑)

>>子供が勤勉で年寄りの笑顔が絶えない国。働きがいのある希望のある国、学校の先生が薄給でありながら尊敬される国、国民が等しく公平で平等な扱いを受ける国を言うのだけどね。

>たしかに。理想だな。で、古今東西キミの言うような国があったのか?   こういうのを絵に描いた餅、空念仏、書生論というんだよ。

情け無い   腰抜けだね(笑)   無ければ創ろうとは思わないのかい?
とんだ   偽善者かね?(笑)
少なくとも国民が自国の政府を信用し   国を愛する国は   世界中にあるぜ(笑)
ただ、、おまえさんが知らないだけだろうな(笑)

>ま、またなにかあったら相談に来い。下品な表現を控えるだけで、キミは師を得ることができるだろう。

へぇ〜^おおきに   聞くことも   相談も   無理みたいだぜ(笑)

ま〜詐欺   ペテン   猫ばば   ドロボウは止めるような   美しい国を創ってもらいたいモンだね   その気概もないかい?(笑)

Re: 美しい国日本 詐欺 ペテン 猫ばば?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/02/11 22:28 投稿番号: [60 / 402]
あはっはっは、、おかしいね(笑)

>キミの大好きな社会主義国はどうなっている?

こういう偏った偏見はどうだろうか?   オイラ社会主義者でも共産主義者でもないんだけど   単なる   一般の日本人なんだよ   残念だろうがね(笑)

>平安時代にものにならなかった制度を、下級階層であった明治の元勲たちが憎い武士階級の代わりに、『民間』から武士道を心得ぬ者たちを政治の中枢に置いたのが誤りであった。
こういうのを   偏見っていうのかな?   それとも   思い上がりっていうのだろうか?   (笑)
世界を変えた   偉人ってのは   皆   貧乏人から出ている   明治維新もそうだ   下級武士による   下克上ではないか?(笑)   基本的な事が理解できないらしいね。

>試験秀才をただ集めるのではなく、公務員希望者には特別な倫理観、使命感を身につける特別教育が必要だとおもう。


倫理観は教えるものでも無ければ   教わる者でもない   すべて   自己が考え   行動することだ   自発的に出てくる倫理観でなければ意味はない   そして   強くはないよ   いずれ   崩壊するだろうね   愛国心と同じだよ(笑)

>ゆとり教育は日教組が提唱したものだが、ために学童の学力は目に見えて低下した。その目的は勉強のできる者をできない者のレベルに合わせるというおぞましき「平等」主義、亡国を狙ってのものとしか思えない蛮行だ。

いじめ問題   落ちこぼれ問題   の山積   解決できない   文科省の提案で   落ちこぼれ対策として   ハードルを下げたってのが実情だね   教師が教鞭を執ることを   あきらめたってことだ   文科省が教育をやめたってことね。(笑)その結果が   現在の   若年犯罪の凶悪化   だね。役人のごまかしによる青少年への弊害だよ。

>運動会で一等、二等の順位をつけず、みんな一緒にゴールインというルールにしたのは、運動弱者に配慮しようという「平等」思想だ。
そして、女の子に赤いランドセルはダメ、男子にもスカートをはかせようと言うたわけ話は男女「平等」主義からくる。
このように、「平等」を看板に掲げる集団はキミのはまっている社会「平等」主義者だ。

あのね   こういうのは   決して平等とは云わないのよ(笑)単なる同列に並べたってことなんだよ(笑9
それにね、、これは旧社会党の一部のノータリン先生がやったことなんだよ。
人間には   当然能力差ってのがあるんだよ   それは   どうしようもない   努力する人間と努力もしない人間との   人間としての差   能力としての差   価値としての差は   当然   自然なものなんだよ   それを強制力をもって同列にすること自体が無理なこと   人間性にも反した行動だぜ   それを許した文科省   内閣   国会   すべてが   おかしな事やったって事だよ、、なにも日教組だけじゃないよ(笑)

>もちろんこの集団にも上下の階層がある。上は朝日新聞、末端価格はお前らだ。だが、さすがに朝日新聞はお前みたいにダラダラした文章は書かない。収入も違うだろう。お前らが言うのは、朝日の編集委員とお前ら末端工作員と同じ待遇を与えろということだ。

ここに至っては馬鹿げた妄想だと思うよ(笑)   気は確かか?病院行った方がよかないかい?

ハワイ王朝の落日 3

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/11 17:37 投稿番号: [59 / 402]
『その後アメリカ合衆国とハワイとの合併問題は、多くの屈折を見せた。1898年4月、合衆国は、キューバの問題からついにイスパニアと戦端を開くことになった。当時フィリッピン群島もまた同国の勢力下にあったので、香港で宣戦布告のほうを受け取った米国海軍は時を移さず艦隊でマニラ湾に進攻し、わずか数時間で占領してしまった。
以来アメリカ艦隊は、本土における太平洋沿岸の根拠地とマニラを往来して、その連絡を保たなければならなかった。

当時オアフ島の真珠湾は、すでにアメリカ海軍の一根拠地として使用されていたが、東洋への足がかりとして、ますますその重要性を増したのであった。」

「93年にハワイ王朝が倒されたとき日本政府はこれに対して何らの抗議も試みなかったが、98年合衆国大統領がハワイ合併案に署名し、いよいよ合併条約が成立するに及ぶや、強硬な抗議をアメリカ政府にした。
1984−5年は『日清戦役』の最中で、他を顧みるいとまがなく、その「勝利」の結果『アジアにおける先進国』の地位を得た『大日本帝国』は、『米布合併』におよぶのを見て、強硬態度に出たのである。

日本政府の抗議は次の2点であった。
一、 米布合併は、太平洋上の現状を失い、将来国際関係に困難を来たす恐れがある。
一、 米布合併は、米哇における日本臣民の権利に抵触する。

このときハワイ政府は移民法に抵触するとして約1,000人の日本人の上陸を拒絶するという事件が起こった。
日本政府は条約違反を盾に強硬に抗議をし、その損賠賠償を要求した。
ハワイ政府は日本政府の要求を容れ、75,000ドルを支払い、ようやく移民上陸拒絶問題にカタをつけた。いっぽうハワイが合衆国と合併しないでいれば、ついには日本の植民地になってしまうだろうという噂も流れ、これがアメリカを刺激して合併成立が早まったとする説もある。」


「いっぽう、「明治政府は『居留民保護』を名目の下に、軍艦浪速を派遣した。
2月8日横須賀を出向した軍艦浪速が、「帝国海軍」の象徴たる極日旗を翻しながらホノルル港外にその姿を現したのは、カメハメハ王朝滅亡の日から数えて1ヶ月と7日目の2月23日午前11時を少々まわった頃であった。その時ハワイ仮政府は、アメリカ合衆国の保護を受けていたので政庁屋上には合衆国国旗を掲げていたが、軍艦浪速は、あたかもそれに抗議するかのように2,3発空砲を放った。

軍艦からの威嚇砲に周章狼狽した仮政府は、急いで合衆国国旗に変えてハワイ国旗を掲揚すると、浪速艦は満足の意を示しつつ、礼砲21発を放ちながら、当時練習艦として入港していた軍艦金剛とアメリカ軍艦ボストン号との間に停泊した。
政庁屋上の国旗を合衆国からハワイ国に変えさせた軍艦浪速に対して、当時人口の9割を占めていたハワイ人は、自らの政権を取り戻すための来航と思い、群れをなして海岸に殺到した。また「在留邦人」はその『英姿』に熱狂し、『万歳!』を連呼した。

軍艦浪速の艦長は、当時47歳の東郷平八郎大佐であり、カラカウア王が縁談を申し入れたという山階宮も海軍少尉として乗り込んでいた。そのときの軍艦浪速は、強くハワイ人に印象づけられ、彼らのなかには、その年に生まれた子供にナニワとか、トーゴーと命名した者も多かった。」

しかし、日本政府にできることはここまでであった。
神話時代の漂着人を日本人に比定するなど、倭人にそこはかとなく好意を寄せ、日本皇室との婚姻を望み兄弟国になろうとしたカメハメハ・ハワイ統一王朝は、百年余の歴史を永遠に閉じることになった。

現在百数十万の人口のハワイ州に、『ハワイ人住宅寄託法』で定められた、キャプテン・クック以来50%以上の血を引き継ぐ純粋ハワイ人は10万人ほどで、漸減の一途を辿っている。
ハワイで見かけるポリネシア人は、アメリカによる合併後サモアなど西方の諸島から移住してきた人が多い。小錦、曙などもそうだ。
とは言っても、先住のハワイ人といえども元々西方諸島から移り住んだ人たちだ。われわれは見分けもつかないし、同一民族といってもいいのだろう。ただし、やはりサモアやトンガなど、人々は出身地ごとに群居するようだし、お互いに関わりあっているように見えない。これは、西洋人から見た日中韓の東アジア人と同一のものなのであろうか。

『民族』という意義はどこまで拡大、もしくは縮小して捉えられるのか、考えさせられる問題ではある。

ハワイ王朝の落日 2

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/09 19:42 投稿番号: [58 / 402]
「カラカウア王の申し出に対する日本側の回答は、日本の皇族は、外国王族との婚儀の前例がないという理由で辞退した。また、東洋連盟の件も、西南戦争の余韻がまだくすぶっており、当時の日本の国際的地位から言っても、考慮の余地がないとして拒絶した。

山階宮とカイウラニ王女との婚姻話は、資料によっては、『太平洋のロマンス』などと持ち上げたのもあるが、当時皇女はまだ6歳の幼女であり、御互い同士もまったく合間見えることもなく、相思相愛ということではもちろんなかった。それだけではなく、話を聞かされたカイウラニ王女自身は、この政略結婚にはまったく反対だったのである。彼女がイギリス留学中に、リリウオカラニ女王からのたびたびの問い合わせの手紙に対する返事には『御申越しの、日本のある皇子と私の結婚については熟慮いたしましたが、それが絶対的に必要であるというのでない限り、私は受け入れ得ません。(中略)愛していない方と結婚することは間違ったことで、私は決して幸福にはなれませず、二人は融和できないだろうと信じます』と明確に述べている。(ちなみに彼女の父親はスコットランド系)

「カラカウア王は日本訪問を果たして、天皇の現人神ぶりと国民の天皇信仰と『国家』ぶりを見て、帰国後は自分は神の子孫である・・とさかんに言い始めた。その裏づけとして神の子の王としての威厳を確立するために、大金を投じた戴冠式を全島をあげて挙行した。

その後カラカウア王はサモアを従属させ、ハワイ帝国建設を夢見たが実現せず、91年、失意のうちに亡くなった。享年55歳。

兄王カラカウアの後を継いだリリウオカラニ女王は、齢すでに50歳を越していた。彼女の政治思想は、兄上よりさらに強硬な君主絶対権の保持者だった。
個人的には文学に造詣が深く、詩歌を詠み、とくに音楽好きで、その手になったと伝えられる楽譜は100以上に及び、なかでも名曲アロハオエは歌詞、楽譜ともに女王作と言われる。

外来の諸勢力を抑え、ハワイ王国の独立を強化するには、何よりも王権を拡張し、決断実行のほかなしと決意した女王は、即位当初から、アメリカ色の濃い現行憲法を廃してカメハメハ三世の憲法に則るべきであると政変の機をうかがっていた。」

王国の存亡の秋、その復元を目指す英雄がやっと顕れたかに見え、女王を支持する現地民中心の王党派は大い意気が上がるが、所詮落陽を押し止められる者など居ようか、ハワイ王朝は長い影を引きずりながら南海に没することになる。

「アメリカ人支配の人民党は女王の専制的政策とその態度に激昂し、女王を廃して臨時政府を樹立することを画策した。
王党派も善後策を協議し、政庁は女王の軍隊によって固められたが、群集は潮のように殺到し、街も騒然として来た。

折も折りホノルル港には、アメリカ艦隊司令長官のスカーレット少将指揮の旗艦ボストン号とモヒカン、アリアンスの三艦が停泊中だったが、アメリカ居留民保護の名の下に、ボストン号から武装した水兵162名を上陸させた。彼ら陸戦隊は、王宮と議場の周辺を示威行進し、背後のアメリカ艦隊の三艦もまた砲門を一斉に王宮に向けて威嚇したので、人民党の意気はますます上がった。

1893年1月17日、人民党は無血で議会を占拠して宣誓書を朗読、ハワイ王朝の終わりを宣言した。
そしてアメリカ合衆国の保護による臨時政府成立と、合衆国と交渉して合併条約の締結されるまで(その保護を)継続するものであることを発表した。

いっぽう王党は武力で臨時政府を転覆する手段に出た。
94年暮れ、ひそかにサンフランシスコから多量の武器弾薬を輸入して戦闘準備を整え、翌年1月6日ダイヤモンドヘッドの麓に集合した。
計画では、まず深夜に乗じて政府本拠を襲撃し、市中に散在する同士はこれを合図に電灯電話会社の本部を破壊して、一挙に政府を占領する・・。
だが、この計画は当局の知るところとなり、ダイヤモンドヘッド麓の本部は警官隊に襲撃されて焼き払われ、市中は厳重な守備隊が蟻の這い出る隙間もないほどに固められた。当夜あちこちで小競り合いがあり数名の犠牲者を出しただけで、王党派の計画はまったくの水泡に帰した。
女王は囚われの身となり王宮に幽閉された。王政復古の夢を断たれた女王は、無念をかこちつつ、王権放棄と臨時協和政府に対して服従の誓いをした。
ここにおいて、ハワイ王朝は完全に滅亡する。

ハワイ王朝の落日

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/06 19:49 投稿番号: [57 / 402]
ハワイ諸島に群居した部族を統一したのはカメハメハ一世だ。しかしその統一はアメリカ人の軍事的助勢があってのことである。したがって後のアメリカによるハワイ王国の併合は必然であったともいえる。植民地主義者は、現地の不平を持つ部族に肩入れし他方を撃つという手法を駆使した。アステカを滅ぼしたスペイン、インドを蹂躙したイギリス、フィリッピンを殺戮したアメリカ、みな一緒である。

日本の歴史上、外国の兵力を持って国内を統一しようと試みた者が一人だけいる。東北の雄伊達正宗だ。
この魅力的な戦国大名は遠くスペインに使いを出し、一緒に日本国を統治しようと懇願する。今で言う外患罪が成立する。意外に問題にされていないが、独眼竜の許されざる一面をきちっと抑えるべきだと思う。

「太平洋のナポレオンの異名を持ったカメハメハ一世(大王)が、ハワイ島の北端コハラから立ち、1796年に群雄割拠のハワイ統一の偉業を為してハワイ王朝を築いた後も、外国から幾度もその独立を脅かされた。カメハメハ一世もかって一度ハワイをイギリスの保護下に置くことを交渉し(そのような因縁からハワイ州旗は、ユニオンジャックに極似している)、下って1839年カメハメハ三世時代には、ハワイは一時フランス軍艦に占領されたことがある。
20年カメハメハ二世時代に、アメリカ人宣教師の一団が渡来してからアメリカ人の勢力は年を追って強くなった。ハワイ王朝の王権は漸次衰退に傾いて、ハワイ人の人口も漸減のカーブを描いた。」

白人が持ち込んだ疫病によって人口自体が激減し、主要産業の甘蔗栽培は米本土の農業主に牛耳られていたハワイ王朝は、この劣勢を一気に挽回しようと日本の天皇家との婚姻を画策する。

「戦前日本人が多数居留していた中国の上海を、在留邦人は『日本国上海県』などと呼んだが、ハワイの日系古老のなかには、日系人黄金時代を向かえた今日「ここは、日本国ハワイ県ですよ」などと冗談まじりに言う人がいる。
だが、第七代の王位を継承したディヴィット・カラカウアが意図した王姪カイウラニ王女と、日本皇族の山階宮定麿(のちの元帥・海軍大将東伏見宮依仁)との結婚が成立し、日本・ハワイ提携がなされていたならば、『日本国ハワイ県』があるいは成立し、『日の丸』とハワイ王朝旗「ハエ・ハワイ」がハワイの空に翻っていたかもしれない。

国王カラカウアは、随行員三名を従えて、1881年(明治14年)忍びの姿で、世界漫遊の途に出た。王の旅行目的は、日本もしくはロシアとむすび、アメリカによる併合を免れ、ハワイの独立を保とうということ、ハワイ民族の衰亡を防ぐために勤勉で生活力旺盛な他民族の血を移入し、移民をしたいこと、さらに世界一周をとげた最初の王になりたい・・・であった。

だが、なんと言っても王の最大目的は日本訪問にあった。81年、追う一行を乗せた米国郵船は、サンフランシスコから横浜港に入港した。(在ハワイ日本領事から連絡を受けた明治政府は)埠頭には、二品嘉彰親王以下接伴係が出迎え、陸軍軍楽隊はハワイ国歌『ハワイ・ポノイ』を奏楽し、忍びの一行を大いに驚かせた。

王は明治天皇と会い二つの提案をした。一つは、王姪カイウラニ成人後の配偶者として、山階宮定麿親王を皇婿として迎えたいこと、他の一つは、日本を中心とした東洋連盟を組織し、これによってアメリカへの合併吸収を免れたい・・・という提議である。
随員のアームストロングは次のように記録している。
『カラカウア王は、ポリネシア族としての特殊な考え方からして、日本皇室とハワイ王族との間に婚姻関係を成立しようと計画せられたのである。
王は、アメリカ合衆国が近い将来においてハワイ王国を征服するかもしれないという危惧感を抱いておられた。それゆえに王姪にして王嗣たるカイウラニ王女と、日本皇室との御婚戚を図り、その結果として日本政府の勢力を惹き入れ、アメリカ合衆国のハワイ合併運動を押えようとされたのである。(中略)日本皇帝は王の懇請をまじめに聴取されたが、事は重大であり、日本に慣例のないことであるから、熟考の上答えるだろうといわれた』

ハワイがアメリカに吸収合併されたのち作家のジャクソン・ロンドンも、コスモポリタン誌にこの物語を発表して、全米にちょっとしたセンセイションを巻き起こした。

Re: 美しい国日本

投稿者: oroti98 投稿日時: 2008/02/03 13:44 投稿番号: [56 / 402]
  だからこそ   そこに住んでいる   民族は高貴な民族だとクローディルは言ったのです

Re: 真珠湾の東郷平八郎

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2008/02/02 15:24 投稿番号: [55 / 402]
延びたツラとはうまいことを。
確かに、あの福田のトボケ顔には
国家を将来にわたって信念をもって
指導していくという政治家としての
理念も理想も全くみられませんね。

ただただ派閥の中でうまく泳ぎ、国家国益など
全く考えもしない、ひたすら隣の危険な大国の
ご機嫌だけを伺うという卑屈極まる政治姿勢では
日本の将来がどうなるか、心から心配になります。

Re: 番外 東ティモールの日本軍

投稿者: arearenippon 投稿日時: 2008/02/02 15:04 投稿番号: [54 / 402]
貴重なお話し、興味もって
読ませてもらいました。
初めて知りました。

こんなことがあったんですね。

Re: 美しい国日本

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/02/02 07:00 投稿番号: [53 / 402]
あげです。

シナチョンでもいいぞ。

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/28 16:35 投稿番号: [52 / 402]
気がついたらあげとけ。

あげ 黄泉の国、でてこい!!

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/25 05:39 投稿番号: [51 / 402]
更正したくないのか?

Re: 美しい国日本

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/22 12:22 投稿番号: [50 / 402]
間違えて、47の「米軍将校夫人レイプ事件 3」は半分しか載っていません。

48の「米軍将校夫人レイプ事件 3」を開いてください。

「ローズウッド事件」 参考

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/22 12:18 投稿番号: [49 / 402]
1996年   アメリカ
監督   ジョン・シングルトン
出演   ジョン・ヴォイト   ヴィング・レイムス   マイケル・ルーカー   ロバート・パトリック   ドン・チードル   エリゼ・ニール

  1923年フロリダ州ローズウッドで起きた惨劇の映画化です。

ある白人女性が、暴力を振るう夫に優しくしてもらおうと、「黒人に殴られた」という嘘を保安官に訴えたところ、たちまち噂が広まり、「黒人が強姦した」「黒人が脱獄囚を逃がした」「黒人が暴動を起こしている」など、話がどんどん大きくなり、村の白人男性が銃を手に集結し、黒人を片っ端から惨殺していったという話です。
 
この背景には、黒人の権利が法律では既に認められているので、上辺だけは黒人と仲良くしていた村の白人達ですが、女性の訴えが嘘であると気づきながら、これを引き金に、有色人種を虫けらとしか見なしていない本音の部分を、一気に曝け出したという図式があります。
 
ただ、興味深いのは、村の白人集団が隣の町に入ろうとした時、保安官を中心とした武装した町の白人が、一歩たりとも町に入れようとしなかったことで、白人にも、心の正しい人と心の捻じ曲がった奴、二種類いるのではないかと思います。
ーーー
1923年にアメリカで実際に起こった人種差別が原因による未曾有の悲劇を映画化したドラマ。黒人が暮らすフロリダの小さな町ローズウッドを舞台に、一人の白人女性の偽りの証言が、近隣の白人住人による黒人住人への集団リンチ、集団虐殺へと発展していくさまと、そんな中で黒人住人たちの避難を手助けする白人男性の姿を描く。監督は「ボーイズ’ン・ザ・フッド」のジョン・シングルトン。主演はジョン・ヴォイトとヴィング・レームズ。ちなみに実際の事件でも最終的に町の全住人が、殺されるか家を焼かれて逃げ出すことを余儀なくされ、わずか数日間でローズウッドは消滅してしまう。しかし、この事実が初めて明るみに出るのは、82年にローカル紙の記者が生存者に取材し記事にした時で、実に事件発生から60年を経てのことだった。

米軍将校夫人レイプ事件 3

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/22 12:07 投稿番号: [48 / 402]
警官の不審尋問にあった場所は、ハワイでも有数な観光地ハナウマ湾の付近だ。美しい馬蹄型のこの湾は上から一望することができ、遠浅の海辺に小魚が群れ来て観光客の足にまとわりつく夢のようなスポットだ。

「彼ら3名は警察と検事局の取調べに対して黙秘権を行使していたが、彼らの犯行は明々白々なので、警察は右の3名とともに、ジョーンズ水兵を加えて、一等謀殺犯として告発した。

この事件の公判はハワイと全米の轟々たる喧騒のうちに、32年4月ホノルル市巡回裁判所で開廷された。被告側はアメリカ切っての刑事弁護士C・ダロウをシカゴから招いた。

検事は被告らを二等謀殺罪で告発、陪審員は四十九時間の審議の後、「被告四名は、殺人罪で有罪、寛大なる刑を希望する」と審決した

これを受けて、五月四日ディヴィス判事は、マッシイ中尉、フォーテスキュー夫人、ロード、ジョーンズ両水兵に対して、それぞれ10ヵ年の入牢を宣した。これに対しアメリカ本土の反響は正気の沙汰でなく、カハハワイ殺害は「正当防衛」だとか、あげくの果ては「名誉殺人」などと書きたてる新聞雑誌もあった。
また有罪判決が下った裏には、今やあなどりがたい勢力になった日本(系)の圧力があったのだとして、排日の烽火が上がった。ある新聞などは、ハワイ全土は今や日本の支配下にあるように論じて、一日も早くハワイを軍政下に置くべし・・・と主張した。

またワシントンでは、本事件の当初に大陪審員会議の下した無告発推薦を拒否したクリスティ判事の弾劾説が出、フーバー大統領へ被告4名の特赦を請願すべしという声も出た。
ワシントン有力筋の圧力に抗しかねたジャッド県知事は、10年間入牢と決定した採決を直ちに1時間謹慎へと減刑し、それが終わると同時に被告はアメリカ市民、およびアメリカ人としてのすべての権利を完全に回復するという前代未聞の減刑令を発したのである。
かくして被告四名は法廷から直接知事官房室へと移され、賓客として待遇され、1時間後には釈放された。

後日アラモアナ事件は、将来の参考のために、NYに本部を置くピンカートン全米探偵局に依頼された。調査は警官、ハワイ政庁役人、医師、海軍士官とその妻たち、4人の被告とその家族たちなどの、およそ考えられる限りの範囲で行われた。

その結果二人の日系人を含む5人の青年たちは、マッシイ夫人を襲った事実はないということ、また夫人は、凌辱などなどはされていなかったことが明らかになった。(救急病院の医師が夫人を診察したのは、彼女が強姦されたと称する約2時間半後であったが、膣ならびにその周辺からは擦過傷も打撲傷もみとめられなかった。またクイーンズ病院の研究室主任は、彼女がつけていたパンティとスリップを調べたが精液の付着はなかった、と結論した。

なぜ夫人は陵辱されたなどと申し立てたか?   また現実に彼女は顔面に傷を作っていたのだから、誰が夫人を殴ったか?   たぶん男出入りの多かったという夫人の情夫が、情事のもつれからなぐったのか、はたまた夫が現場を見つけてなぐったのだろう・・・。調査書は、以上のような点を指摘していた。

夫人の実母、フォーテスキュー夫人は、ワシントンの社交界でも知られる名門の出身で、この事件後直ちに帰米して、「アラモアナ事件」をことあるごとに語り、拍手喝采を浴びたという。

またマッシイ夫人は、1年後中尉と離婚し、63年7月、フロリダの自宅で、52歳で逝去した。」

どうにも「インドへの道」にあるような精神レベルの問題ではなく、生臭い男女間のもつれを他人に被せることによって、ことの隠蔽を図ろうとしたというのが真相のようだ。

実は8年前米本土フロリダで同じような事件が起こっていた。このときの相手は黒人で、ハワイの日系やローカル相手とは違い凄まじい襲撃、虐殺が起こり、平和だった小さな村が数日で消滅してしまった。

『ローズウッド事件』として知られるこの事件は、しかし地元ジャーナリストによって世に知られるまで60年の年月を要した。
およそカハハワイが無実と知りながら、その青年の命を奪った射殺のようすを事あるごとに語り、また、それを聞いた人たちが拍手喝采をおくるという、なんともおぞましい光景ではある。

米軍将校婦人レイプ事件 3

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/22 12:04 投稿番号: [47 / 402]
警官の不審尋問にあった場所は、ハワイでも有数な観光地ハナウマ湾の付近だ。美しい馬蹄型のこの湾は上から一望することができ、遠浅の海辺に小魚が群れ来て観光客の足にまとわりつく夢のようなスポットだ。

「彼ら3名は警察と検事局の取調べに対して黙秘権を行使していたが、彼らの犯行は明々白々なので、警察は右の3名とともに、ジョーンズ水兵を加えて、一等謀殺犯として告発した。

この事件の公判はハワイと全米の轟々たる喧騒のうちに、32年4月ホノルル市巡回裁判所で開廷された。被告側はアメリカ切っての刑事弁護士C・ダロウをシカゴから招いた。

検事は被告らを二等謀殺罪で告発、陪審員は四十九時間の審議の後、「被告四名は、殺人罪で有罪、寛大なる刑を希望する」と審決した

これを受けて、五月四日ディヴィス判事は、マッシイ中尉、フォーテスキュー夫人、ロード、ジョーンズ両水兵に対して、それぞれ10ヵ年の入牢を宣した。これに対しアメリカ本土の反響は正気の沙汰でなく、カハハワイ殺害は「正当防衛」だとか、あげくの果ては「名誉殺人」などと書きたてる新聞雑誌もあった。
また有罪判決が下った裏には、今やあなどりがたい勢力になった日本(系)の圧力があったのだとして、排日の烽火が上がった。ある新聞などは、ハワイ全土は今や日本の支配下にあるように論じて、一日も早くハワイを軍政下に置くべし・・・と主張した。

またワシントンでは、本事件の当初に大陪審員会議の下した無告発推薦を拒否したクリスティ判事の弾劾説が出、フーバー大統領へ被告4名の特赦を請願すべしという声も出た。
ワシントン有力筋の圧力に抗しかねたジャッド県知事は、10年間入牢と決定した採決を直ちに1時間謹慎へと減刑し、それが終わると同時に被告はアメリカ市民、およびアメリカ人としてのすべての権利を完全に回復するという前代未聞の減刑令を発したのである。
かくして被告四名は法廷から直接知事官房室へと移され、賓客として待遇され、1時間後には釈放された。

後日アラモアナ事件は、将来の参考のために、NYに本部を置くピンカートン全米探偵局に依頼された。調査は警官、ハワイ政庁役人、医師、海軍士官とその妻たち、4人の被告とその家族たちなどの、およそ考えられる限りの範囲で行われた。

その結果二人の日系人を含む5人の青年たちは、マッシイ夫人を襲った事実はないということ、また夫人は、凌辱などなどはされていなかったことが明らかになった。(救急病院の医師が夫人を診察したのは、彼女が強姦されたと称する約2時間半後であったが、膣ならびにその周辺からは擦過傷も打撲傷もみとめられなかった。またクイーンズ病院の研究室主任は、彼女がつけていたパンティとスリップを調べたが精液の付着はなかった、と結論した。

番外 ポール・マッカートニーの反日 2

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/20 12:12 投稿番号: [46 / 402]
米国の捕鯨は終わった。英仏も状況は同じだが、鯨は日本人の文化であり資源だった。
80年代初め、国際捕鯨委に出た日本は吃驚する。加盟15カ国の会議に、新たに24カ国もが入ってきた。いずれも鯨とは無縁のケニアやセネガルなど英仏の元植民地と米国の裏庭に住むドミニカ、そしてゲスラースイスもいた。
おまけにそれらの国の代表には、シドニー・ホルトなど英米の知られた自然保護運動家が座っていた。

かくして日本苛めの捕鯨禁止が大勢を占め、会議場では日本代表に英仏の運動家がインクをかけたり、唾を吐きかけたりした。
場外からはポール・マッカートニーが『人間の友、鯨を食う日本人は人食い野郎だ』と発言したのもこの頃だ。
日本人が標的だったのは、同じ捕鯨国のノルウェーやイヌイットはこの非難から除外されたことでわかる。
焼け跡時代も通して日本人のエネルギー源だった鯨のベーコンもサラシ鯨も尾の身も、食卓から奪い取られた。すべては感情的な苛めからだった。

日本人は怒った。珍しく役所も一緒に二十年、この不当な扱いに抵抗した。
こういうとき歩調を乱すものが必ず出てくる。このときは朝日新聞だ。『鯨を食わなくてもいいじゃないか。世界を敵にするより鯨をあきらめよう』と。

別に鯨が食いたくて抗議しているのではない。それを百も承知で、論理をみごとにすりかえる。
靖国神社がどうの、A級戦犯はこうのと、中国人や朝鮮人が騒いでいる。
日本人は、よその国が日本人の心のあり方にまで口を挟んでくることが失礼だといってきた。
そうしたら朝日がまたヘンなメモをもとに、『昭和天皇のお言葉』だから分祀しようとか言い出す。
ここでも論旨をみごとにすりかえる。韓国人スリ団よりたちが悪い。」

番外 ポール・マッカートニーの反日 1

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/20 12:10 投稿番号: [45 / 402]
アメリカの環境テロ集団、シー・シェパードが日本の捕鯨調査船々上で凱歌を上げた。
先日横浜の中田市長がTVで「こんな所業は日本相手だからやるんだ。日本なら何をやっても問題ないだろうという計算だ」というように憤激していた。
バッファローをほぼ全滅させたアメリカやタスマニアデビルと一緒に人類の一種族アボリジニを狩り殺し、絶滅させた豪が、なんともチャンチャラおかしい博愛主義を唱えているもんだ。

時宜を得たコラムを見つけたので掲載する。
帝京大学教授の高山正之氏が週刊新潮に連載している「変見自在」が新潮社から「サダム・フセインは偉かった」という単行本で発刊された。そこから2006年8月10日号の「日本苛めに便乗する朝日」というタイトルを掲載させてもらう。無断掲載だが、本の宣伝になるのだからいいだろう。

「さきの戦争では、日本は米国のほか、欧州のほとんどの国と戦ったことになっている。
その証拠に戦後、日本から賠償金を取り立てる行列には英、仏、蘭、ソビエトのほか枢軸国仲間のイタリアも永世中立国のスイスも並んでいた。
スイスは一般にはウィリアム・テルの国みたいに言われる。しかし実態はナチの犠牲になったユダヤ人の財産を押収したり、敗戦日本にたかったり、どちらかといえば悪代官ゲスラー(テルの相手)に近い素顔を持っている。
戦争をしないで儲けたスイスはともかく日本と戦った英仏蘭は「ひどい目にあった」と国際政治学者のJ・レーマンが正直に語っている。

例えば戦前の英国はインドやビルマを、フランスは仏印を植民地にし、阿片を売り、子供にまで税を課して、その上がりで豊かに暮らしてきた。
ところがあの戦争で日本にあっさり負け、気がついたら彼らは貧しい欧州の小国に戻っていた。
『日本は負けたが、それは米国が勝っただけで、これらの国々は負けて植民地を失い、兵士は捕虜にされた。その屈辱は晴らせなかった。それが戦後の対日観の根底にある』と。
だから日本人が焼け跡で立ち尽くしている間はよかったが、いつの間にか新幹線を走らせ、ニコンやソニーが売れ始まると、もう腹立たしくなる。

オランダは腹いせに二度目の賠償を取り、今また2007年になって、オランダ下院本会議は日本政府に対し「慰安婦」問題で元慰安婦への謝罪と補償などを求める決議案を全会一致で可決している。
フランスは日本の首相をトランジスタ商人とくさし、元捕虜のピエール・ブールは日本人をサルに擬し、『猿の惑星』を書いて笑いものにしようとした。
あいにく日本人はこういう侮蔑に鈍感で、この映画は日本で大ヒットし、彼をもっと悔しがらせた。

広島長崎で原爆実験もやり、充分に憂さを晴らしたはずの米国も、気がつけば沖縄をただで返還させられ、安全保障はただ乗りされ、おまけに対日貿易赤字がやたら膨らんでいた。
こたえない日本に彼らがふたたび手を組んで苛めを計画した。捕鯨禁止だ。
米国はメルヴィルの時代から好きにクジラを獲りまくった。彼の『白鯨』にあるように皮下脂肪から取れる鯨油が目的で『オレンジのように鯨を剥き』あとは海に捨てていた。
戦後も鯨油は車や飛行機の最高の潤滑油として珍重されたが、対日赤字が問題になってきたころ、鯨油に代わる合成油が誕生した。

米軍将校夫人レイプ事件 2

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/20 10:16 投稿番号: [44 / 402]
「それまでも、海軍水兵と、ホノルルのハワイ系を中心とするグループは、下町などの酒場やダンスホールなどで、しばしば喧嘩をし対立していたが、それがにわかに表面化して来たのである。
アラモアナ事件の裁判結果に対し、潜航艇根拠地司令官ペテンギル少将は、「計画的な無罪製造」と非難し、その言に力を得たマッシイ中尉配下の水兵グループを中心に、ひそかに報復の気運に燃えていた。いっぽう民間には、アラモアナ事件は、マッシイ中尉らによる何らかの目的のためのデッチ上げ事件だという噂が流れ、釈放された5人も自由に横行し、両者間の反目はつのるいっぽうであった。

アラモアナ事件の判決が下ってから6日目に、海軍水兵が5人組の一人の日系米人を、半死半生の目にあわせる事件が起こった。すなわち、事件容疑者の一人だったホーレス井田が、下町の酒場で飲んでいるとき、海軍水兵約20名が数台の自動車で乗りつけ、井田を、ホノルル市から8マイルほど離れた古戦場で、強風で有名なヌアヌ・パリ麓の辺鄙なところに拉致した。
水兵の一団は、井田にピストルをつきつけて、アラモアナ事件の自白を迫ったが、井田は自分たちはまったく無関係で、何も知らない・・・と頑強に否定した。すると水兵たちは、井田を丸裸にして、ピストルの台尻で彼の頭部を殴りつけ、金具付の革バンドで体中を乱打し、無抵抗の井田をさらに交互に靴で蹴り上げ、失神させて姿を消した。」

現在日本からホノルルへの直行便の多くは朝にホノルル空港に到着する。ツアー旅行の場合ホテルのチェックインまで時間があるので、それまで観光をすることになるが、いの一番に案内されるのが前述のヌアヌ・パリ展望台であろう。
オアフ島の中心を東西に伸びる山稜の一点に設けた展望台だが、そこの足元から屏風を立てたような深さ九百メートルの断崖となり、そこから見下ろす陸地の緑と青い海の対比は絶景である。
ハワイ島出身のカラカウア大王が諸島統一の最終決戦でオアフ軍と矛を交え、数百人をこの断崖から突き落として勝利した古戦場としても有名である。
現在麓は開発されて家々が目立つが、頂上に近づくにつれ往古からの鬱蒼とした大木が生い茂り太陽の光はまばらに差すだけである、その木に太い蔦が縦横に絡まり垂れ下がり観葉植物が繁茂する、まさに南海のジャングルといった趣である。
井田が拉致された場所は、当時こんなロケーションだった。常夏といってもハワイの冬の夜は摂氏10度台で、とても裸で居られる所ではない。

「井田の申し出により、市民は軍の横暴に憤激したが、第14海軍区司令官スターリング少将は「海軍兵士が関係したなんらの証拠もない」と弁明した。
だが年が明けて1月8日、今度は、アラモアナ事件被告の一人であるハワイ人のカハハワイが惨殺される事件が起こった。
すなわち被害者(と称する)夫のマッシイ中尉と、婦人の実母フォーテスキュー夫人が、マッシイ中尉の部下ロードとジョーンズ二等水兵と語らって、カハハワイ誘拐計画を立てた。

井田事件から6日目の1月8日午前8時半、彼らはアラモアナ事件の被告たちが毎朝登録に行っていた県裁判所に赴き、カハハワイが出てくるところをとらえて、偽収監状を示して自動車に乗せて連れ去った。
一部始終を目撃していたカハハワイの16才の従兄弟は、ようすがおかしいので自分も同行しようとしたが、水兵のためにはね飛ばされた。
彼の報告により、警察は警邏中のラジオ自動車隊に緊急手配し、警官を総動員して捜索に当たった。

いっぽうカハハワイ誘拐に成功した一味は、彼をマノアのフォーテスキュー夫人宅に連れこみ惨殺したのである。後のマッシイ中尉の法廷陳述によると、彼はカハハワイにピストルをつきつけ自白を迫ったところ、カハハワイはついに自分が犯人だと自白した。かっとなった瞬間、無我夢中でピストルの引き金をひき、即死させた・・・。
惨殺後、死体の着衣を全部脱がせてシーツに包み、さらに海軍用の麻縄で縛り、ふたたび自動車に乗せて、ココヘッド方面へ向かった。
途中人目につかぬところに遺棄しようとしているうちにハナウマ湾付近で警官の不審尋問にあい、逮捕された。
車に乗っていたのはマッシイ中尉とフォーテスキュー夫人、それにロード水兵の3名であった。」

米軍将校婦人レイプ事件

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/19 11:01 投稿番号: [43 / 402]
「戦場にかける橋」や「アラビアのロレンス」などで知られる名監督ディビット・リーンの1984年の作品に「インドへの道」というのがある。
http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/ED-13_a_passage_to_india.htm

英国支配下のインドへ若い英国女性が婚約者に会うため訪れる。そこには抑圧された反英感情を火種として抱える層と、洗練された?英国文化にあこがれ媚びる一部のインテリ層がいた。
この辺の心情は、敵国のアメリカにかぶれた終戦後の日本人を思い理解しなければならないだろう。

英国女性は後者とインドと英国の関係改善と今後、または人権において理想論を交わす。
そんな、親しくなったインド人医師の案内で名所マラバー洞窟に出かける。英国女性は一人で洞窟に入り、その神秘さに惑ううち、彼女を探す医師の洞窟に反響する声にパニックを起こし、転げ落ちるように下山して医師が自分をレイプしたと訴える。
裁判が始まる。インド人はもちろん医師の無実を信じ英国への反感が強まる。後に彼女は告訴を取り下げるが、すでにガンジーが無抵抗運動を主導していて、それは激化していった。

彼女はインド人医師に友愛の気持ち強くを持っていた。それが何故ありもしないレイプを言い立てたのだろう。映画はその因をインドのエクゾチシズムに求める。たしかに朽ち果てた寺院で見た赤裸々な性石像が、彼女を幻夢に導くような描写がある。
しかし、女性を含む多くの日本人はこの英国女性の虚偽申し立ては理解不能だろう。彼女に医師への悪意はないのである。
女とは斯くも神秘的な生き物なのか、それとも状況感化されやすいバカなのか。

ともあれ、この映画とそっくりな事件がアラモアナで起きる。
アラワイ運河がアラモアナ港につながるあたりにダンスホール兼酒場といった趣の日本人経営の店があり繁盛していた。
前に紹介したとおり、昔のそのあたりは人家もまばらで、おそらく店の周囲は人通りもなかったであろう。そんなロケーションの下、世にもおぞましい事件が勃発した。

「(幼児誘拐事件から)3年後、ハワイのみならず全米を震撼させた日系人がらみのアラモアナ事件が発生した。
事件は、真珠湾軍港所属潜航艇乗込将校トーマス・マッシイ中尉の20歳の新妻タリア・マッシイが31年9月12日土曜日の真夜中に、ダンスの疲れとほろ酔いを醒ますためにアラモアナの海岸を散歩中、ハワイ人および日系人を含む東洋人5名に襲われ、海岸のキャベ林に連れ込まれ、暴行を加えられた・・・という申し立てから起こった。
夫マッシイ中尉と、同僚の2中尉夫妻との3組は、アラワイ運河に沿う日本人経営のアラワイ・インで、ダンスに浮かれ、一同はずいぶん酩酊していた。マッシイ婦人の言い分によると、彼女は、その時宴席に飽いて少し気分が悪くなったので、新鮮な外気に触れるため、一人席をはずしてワイキキのほうに歩いているところを、前述の5人の青年が現れ、自動車に無理やり連れ込まれ、ついに凌熟された、というのである。

彼女の申し立て直後に、警察は、5名の容疑者を逮捕した。それは、ジョセフ・カハハワイ(ハワイ人)、ベンニイ・アハクエロ(ハワイ人)、ヘンリイ・チャン(中国系)、ホーレス・井田(日系2世)、ディヴィット高井(日系2世)であった。
もっともこの5名は最初からマッシイ婦人事件の容疑者として捕らわれたのではなく、別な場所で起こした殴打事件引致されたのだが、警察は、マッシイ婦人の加害者もこの連中に相違ないと、半ば断定してしまったのだ。

警察の厳しい尋問に対し、5名の青年たちは、一方の殴打事件はすなおに認めたが、マッシイ婦人に関しては、そろってその嫌疑を否定した。だが、彼らは「アラモアナ事件」の被告として告発され、12月16日から第一巡回法廷のステッドマン判事係で公判に付されることになった。

白人妻を、いわば被差別グループに属する青年たちが凌熟した、というので一般人の異常な関心を集め、法廷は連日立錐の余地もないほどの傍聴者を集めた。被告側の弁護士(白人2名、日系人1名)は、徹頭徹尾被告たちのアリバイを主張し、検事側は、そのアリバイの前に非常に苦戦した。

公判は、16日間続行され、12名の陪審員会議の手に移されたが、意見は、有罪無罪の二派に分かれ、実に9時間20分の審議時間記録を作ったうえ、「陪審不一致」に終わり、ステッドマン判事は、被告らの釈放を宣言した。

だがこれを機に、海軍と市民側の反目対立が激化した。

黄泉の国へ

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/17 14:58 投稿番号: [42 / 402]
どうした。また姿をくらますのか?

オレがなにか悪いこといったか。   もし言ったとしたら「良薬口に苦し」、聞きづらい説教にこそ真実が宿るんだ。キミにしたって真人間になる最後のチャンスだろ。   ね、だから出ておいで。でないと、1−2日でこのトプ消えちゃうぞ。そうなったら責任は全部お前にある。   わかってるな。

Re: 美しい国日本 詐欺 ペテン 猫ばば?

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/16 20:42 投稿番号: [41 / 402]
例えばスペースシャトルに活きた小魚を持ち込んだ飛行士は、生の欠片もない暗黒の宇宙で共生し、水槽で泳ぐ姿を生き物として再確認させられ、なんともいとおしく感じたそうだ。
もっとキミに分かりやすい例は、刑務所の独房に長く入れられていた囚人は、その独房で誕生し大きくなっていくゴキブリを大切に見守っていたそうだ。人間は孤独に弱い。
この不人気トピを見てくれたうえレスまでいただけるとは望外の喜びだ。しばらく気がつかなかったほど。
オレの心情で言えば、たとえ小魚であろうとゴキブリであろうと、はたまた毛の生えたO玉フェチであろうと大事な来訪者だ、まじめに応対しよう。

キミの言いたいことはよく分かるし共感もする。特に大物官僚から小役人に至るまで国体の血を啜る『国民の下僕』の悪行は全員さらし首にしたいほどだ。
でもね、およそ国として見つめた場合、しかも客観的に他国と見比べた場合、日本国が特段淫らとはいえないだろう。

キミの大好きな社会主義国はどうなっている?

日本はシナから日本文化を成すさまざまな習俗やシステムを学んだが、中には学ぶべきではなかったものもある。代表的なのは科挙制度だ。平安時代にものにならなかった制度を、下級階層であった明治の元勲たちが憎い武士階級の代わりに、『民間』から武士道を心得ぬ者たちを政治の中枢に置いたのが誤りであった。
試験秀才をただ集めるのではなく、公務員希望者には特別な倫理観、使命感を身につける特別教育が必要だとおもう。

>こどもの学力もアジアでは最下位ランク   英語に至っては北朝鮮と並ぶほどの学力ブリ・・

ゆとり教育は日教組が提唱したものだが、ために学童の学力は目に見えて低下した。その目的は勉強のできる者をできない者のレベルに合わせるというおぞましき「平等」主義、亡国を狙ってのものとしか思えない蛮行だ。
また、運動会で一等、二等の順位をつけず、みんな一緒にゴールインというルールにしたのは、運動弱者に配慮しようという「平等」思想だ。
そして、女の子に赤いランドセルはダメ、男子にもスカートをはかせようと言うたわけ話は男女「平等」主義からくる。

このように、「平等」を看板に掲げる集団はキミのはまっている社会「平等」主義者だ。

もちろんこの集団にも上下の階層がある。上は朝日新聞、末端価格はお前らだ。だが、さすがに朝日新聞はお前みたいにダラダラした文章は書かない。収入も違うだろう。お前らが言うのは、朝日の編集委員とお前ら末端工作員と同じ待遇を与えろということだ。

>老人は年金だけでは生活できず   医者にも行けず、国民から税金をむしりとり、海外へ金を貸し続けて銀行だけが儲かる、この国が   美しいかい?

確かに問題はいっぱいある。これが良いとは言えないからその思いを投稿に託している。『美しい国』を再生しようということだ。それには戦後レジュームからの脱却だ。それだけで「日本人」は甦る。
言いたいことは分かるが邪魔をしないでくれ。

>子供が勤勉で年寄りの笑顔が絶えない国。働きがいのある希望のある国、学校の先生が薄給でありながら尊敬される国、国民が等しく公平で平等な扱いを受ける国を言うのだけどね。

たしかに。理想だな。で、古今東西キミの言うような国があったのか?   こういうのを絵に描いた餅、空念仏、書生論というんだよ。
理想を目標に置いてそこに近づくよう努力するというのが現実論だ。
現在、ロシア、中国どころか、米英仏に比べても日本が劣っているとは思えない。   そう考えるのだったら具体的に他国と比較してみよ。

>せめて   教科書くらいはウソ書かすなよ、国定教科書なんだからね、

おまえらプロ市民の仕業によって書かれた「うそ」を正そうというのが良識者の思いだよ。

ま、またなにかあったら相談に来い。下品な表現を控えるだけで、キミは師を得ることができるだろう。
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