米軍将校夫人レイプ事件 3
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/01/22 12:07 投稿番号: [48 / 402]
警官の不審尋問にあった場所は、ハワイでも有数な観光地ハナウマ湾の付近だ。美しい馬蹄型のこの湾は上から一望することができ、遠浅の海辺に小魚が群れ来て観光客の足にまとわりつく夢のようなスポットだ。
「彼ら3名は警察と検事局の取調べに対して黙秘権を行使していたが、彼らの犯行は明々白々なので、警察は右の3名とともに、ジョーンズ水兵を加えて、一等謀殺犯として告発した。
この事件の公判はハワイと全米の轟々たる喧騒のうちに、32年4月ホノルル市巡回裁判所で開廷された。被告側はアメリカ切っての刑事弁護士C・ダロウをシカゴから招いた。
検事は被告らを二等謀殺罪で告発、陪審員は四十九時間の審議の後、「被告四名は、殺人罪で有罪、寛大なる刑を希望する」と審決した
これを受けて、五月四日ディヴィス判事は、マッシイ中尉、フォーテスキュー夫人、ロード、ジョーンズ両水兵に対して、それぞれ10ヵ年の入牢を宣した。これに対しアメリカ本土の反響は正気の沙汰でなく、カハハワイ殺害は「正当防衛」だとか、あげくの果ては「名誉殺人」などと書きたてる新聞雑誌もあった。
また有罪判決が下った裏には、今やあなどりがたい勢力になった日本(系)の圧力があったのだとして、排日の烽火が上がった。ある新聞などは、ハワイ全土は今や日本の支配下にあるように論じて、一日も早くハワイを軍政下に置くべし・・・と主張した。
またワシントンでは、本事件の当初に大陪審員会議の下した無告発推薦を拒否したクリスティ判事の弾劾説が出、フーバー大統領へ被告4名の特赦を請願すべしという声も出た。
ワシントン有力筋の圧力に抗しかねたジャッド県知事は、10年間入牢と決定した採決を直ちに1時間謹慎へと減刑し、それが終わると同時に被告はアメリカ市民、およびアメリカ人としてのすべての権利を完全に回復するという前代未聞の減刑令を発したのである。
かくして被告四名は法廷から直接知事官房室へと移され、賓客として待遇され、1時間後には釈放された。
後日アラモアナ事件は、将来の参考のために、NYに本部を置くピンカートン全米探偵局に依頼された。調査は警官、ハワイ政庁役人、医師、海軍士官とその妻たち、4人の被告とその家族たちなどの、およそ考えられる限りの範囲で行われた。
その結果二人の日系人を含む5人の青年たちは、マッシイ夫人を襲った事実はないということ、また夫人は、凌辱などなどはされていなかったことが明らかになった。(救急病院の医師が夫人を診察したのは、彼女が強姦されたと称する約2時間半後であったが、膣ならびにその周辺からは擦過傷も打撲傷もみとめられなかった。またクイーンズ病院の研究室主任は、彼女がつけていたパンティとスリップを調べたが精液の付着はなかった、と結論した。
なぜ夫人は陵辱されたなどと申し立てたか? また現実に彼女は顔面に傷を作っていたのだから、誰が夫人を殴ったか? たぶん男出入りの多かったという夫人の情夫が、情事のもつれからなぐったのか、はたまた夫が現場を見つけてなぐったのだろう・・・。調査書は、以上のような点を指摘していた。
夫人の実母、フォーテスキュー夫人は、ワシントンの社交界でも知られる名門の出身で、この事件後直ちに帰米して、「アラモアナ事件」をことあるごとに語り、拍手喝采を浴びたという。
またマッシイ夫人は、1年後中尉と離婚し、63年7月、フロリダの自宅で、52歳で逝去した。」
どうにも「インドへの道」にあるような精神レベルの問題ではなく、生臭い男女間のもつれを他人に被せることによって、ことの隠蔽を図ろうとしたというのが真相のようだ。
実は8年前米本土フロリダで同じような事件が起こっていた。このときの相手は黒人で、ハワイの日系やローカル相手とは違い凄まじい襲撃、虐殺が起こり、平和だった小さな村が数日で消滅してしまった。
『ローズウッド事件』として知られるこの事件は、しかし地元ジャーナリストによって世に知られるまで60年の年月を要した。
およそカハハワイが無実と知りながら、その青年の命を奪った射殺のようすを事あるごとに語り、また、それを聞いた人たちが拍手喝采をおくるという、なんともおぞましい光景ではある。
「彼ら3名は警察と検事局の取調べに対して黙秘権を行使していたが、彼らの犯行は明々白々なので、警察は右の3名とともに、ジョーンズ水兵を加えて、一等謀殺犯として告発した。
この事件の公判はハワイと全米の轟々たる喧騒のうちに、32年4月ホノルル市巡回裁判所で開廷された。被告側はアメリカ切っての刑事弁護士C・ダロウをシカゴから招いた。
検事は被告らを二等謀殺罪で告発、陪審員は四十九時間の審議の後、「被告四名は、殺人罪で有罪、寛大なる刑を希望する」と審決した
これを受けて、五月四日ディヴィス判事は、マッシイ中尉、フォーテスキュー夫人、ロード、ジョーンズ両水兵に対して、それぞれ10ヵ年の入牢を宣した。これに対しアメリカ本土の反響は正気の沙汰でなく、カハハワイ殺害は「正当防衛」だとか、あげくの果ては「名誉殺人」などと書きたてる新聞雑誌もあった。
また有罪判決が下った裏には、今やあなどりがたい勢力になった日本(系)の圧力があったのだとして、排日の烽火が上がった。ある新聞などは、ハワイ全土は今や日本の支配下にあるように論じて、一日も早くハワイを軍政下に置くべし・・・と主張した。
またワシントンでは、本事件の当初に大陪審員会議の下した無告発推薦を拒否したクリスティ判事の弾劾説が出、フーバー大統領へ被告4名の特赦を請願すべしという声も出た。
ワシントン有力筋の圧力に抗しかねたジャッド県知事は、10年間入牢と決定した採決を直ちに1時間謹慎へと減刑し、それが終わると同時に被告はアメリカ市民、およびアメリカ人としてのすべての権利を完全に回復するという前代未聞の減刑令を発したのである。
かくして被告四名は法廷から直接知事官房室へと移され、賓客として待遇され、1時間後には釈放された。
後日アラモアナ事件は、将来の参考のために、NYに本部を置くピンカートン全米探偵局に依頼された。調査は警官、ハワイ政庁役人、医師、海軍士官とその妻たち、4人の被告とその家族たちなどの、およそ考えられる限りの範囲で行われた。
その結果二人の日系人を含む5人の青年たちは、マッシイ夫人を襲った事実はないということ、また夫人は、凌辱などなどはされていなかったことが明らかになった。(救急病院の医師が夫人を診察したのは、彼女が強姦されたと称する約2時間半後であったが、膣ならびにその周辺からは擦過傷も打撲傷もみとめられなかった。またクイーンズ病院の研究室主任は、彼女がつけていたパンティとスリップを調べたが精液の付着はなかった、と結論した。
なぜ夫人は陵辱されたなどと申し立てたか? また現実に彼女は顔面に傷を作っていたのだから、誰が夫人を殴ったか? たぶん男出入りの多かったという夫人の情夫が、情事のもつれからなぐったのか、はたまた夫が現場を見つけてなぐったのだろう・・・。調査書は、以上のような点を指摘していた。
夫人の実母、フォーテスキュー夫人は、ワシントンの社交界でも知られる名門の出身で、この事件後直ちに帰米して、「アラモアナ事件」をことあるごとに語り、拍手喝采を浴びたという。
またマッシイ夫人は、1年後中尉と離婚し、63年7月、フロリダの自宅で、52歳で逝去した。」
どうにも「インドへの道」にあるような精神レベルの問題ではなく、生臭い男女間のもつれを他人に被せることによって、ことの隠蔽を図ろうとしたというのが真相のようだ。
実は8年前米本土フロリダで同じような事件が起こっていた。このときの相手は黒人で、ハワイの日系やローカル相手とは違い凄まじい襲撃、虐殺が起こり、平和だった小さな村が数日で消滅してしまった。
『ローズウッド事件』として知られるこの事件は、しかし地元ジャーナリストによって世に知られるまで60年の年月を要した。
およそカハハワイが無実と知りながら、その青年の命を奪った射殺のようすを事あるごとに語り、また、それを聞いた人たちが拍手喝采をおくるという、なんともおぞましい光景ではある。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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