美しい国日本
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閔妃暗殺2
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/31 08:41 投稿番号: [400 / 402]
さて、少し前に戻って日清戦争の結果をいえば、偉大なナポレオンはすべて誤ったとはいえない。かれが予言した眠れる獅子チャイナはたしかに目覚めた、が、しかし、よたよたと立ち上がってフギャーっと咆哮して見せたが歯槽膿漏で牙はグラグラ、よだれダラダラ、おまけに息は臭いしまったくの役立たずであった。日本は圧勝する。
結果、清国に勝った日本は下関条約の第一条に、清国は朝鮮を独立国として認め、朝貢や、属国たる儀礼を廃止することを約定させた。
朝鮮=韓国の独立は、日本が日清戦争の結果無償で与えたもので、実に500年にわたるシナ属国の身分から朝鮮国を解放してあげたのである。朝鮮人みな歓喜し、屈辱の迎恩門は独立門へと変わった。しかし、この門には「日本」や「日清戦争」などの、建立の由来は一切記されていない。あたかも自力で独立を果たしたかのように装うその場逃れの擬態は、現在の大韓民国政府の姿勢にも多々見えるところだ。民族性を問えば中国人と朝鮮人は異母兄弟といったところ、しかし日本人と両者はイセエビと上海ガニ、灘の生一本とトンスル酒ほどの違いがある。
さらに、シナに付けてもらった朝鮮という国名を、なにを血迷ったか「大韓帝国」と改名した。改名がいけないというのではない、しかし大韓に帝国・・、大寒低国ならわからないでもないが、この民族は身の程ということを知らないのだろうか。
この日清戦争の結果に三国が干渉し、臥薪嘗胆、日本は後日を意に決し受諾せざるを得なかった。その力関係を見た閔姫は即座にこれまでの親シナ路線から、後見人として戦争の勝者日本より、その日本に有無を言わせず干渉できる強いロシアを選んだ。
それでは大清帝国と戦って朝鮮を属国から開放し、これから日朝両国が協力して既に全満州を押さえたロシアの半島への侵入を防ごうという日本の計画は水泡と帰す。
この日本の焦りと閔姫に追放された現国王の父親大院君の復権への欲望とが、両者共謀による閔姫暗殺へと至るのだ。
国王妃暗殺、一国の国王の后が、宮廷に押し入った暴漢に宮廷大臣ともども斬殺されるという驚嘆すべき事件、のはずなのに、どうにも世界史的には無視されているようだ。
最近になって韓国人が「国母暗殺」といって、ミュージカルなどを制作して日本の非道を喧伝しようとしているが、いまいち盛上がらないようだ(ただし今のところ)。
大体ひどくおかしいではないか。
捏造してでも日本はむごい国だと喧伝したい韓国人が、なぜこの件では大声を上げないのだろう。なぜアイゴー!っと身をよじらないのだろう。
そのわけを善意の第三者の記録から見てみよう。
閔妃が実権を握ると、「まず閔妃一族の栄達をはかる為に、国家有為の人物よりも、大院君排除に必要な策士を網羅し、大院君が生命をかけて撤廃した書院や両班の特権を復活させるため彼らを煽動し、儒者にへつらい、大院君系の人を根こそぎ追放、流刑、死刑に
し、処世の改革を破壊、復元」
『興宣大院君と閔妃』金熙明
「宮中はつねに長夜の宴を張って歓楽を尽くし暁に至るが常なるが、故に国王も閔妃も寝所を出ずるのは、いつも午後になるのが常習なり。かくして政務、謁見は、つねに午後に決まれり。斯の如くにして、宮中の空気は益々混濁腐敗し、魑魅魍魎の巣窟たる観を呈し苛性百出、百姓は冤罪に泣き、誅求に苦しみ、怨嗟の声八道(朝鮮全土をさす)に満つ…」
側近の手記より
王妃暗殺の下手人は日本兵だという説については、三浦将軍(公使)が暗殺計画に荷担し、一部の日本人壮士たちが韓国兵を援助したとは、どうも事実のようだ。
しかしこの王妃は、頭はよかったが朝鮮の玉座にとってすら恥となるほど最も残酷な人物の一人で、何年も国王の父、大院君と政争を続けており、この間両派閥の殺し合いはまるで毎年の挨拶交換のように行われてきたものだ。
米国の心理学者
ジョージ・トランブル・ラッド博士
「閔妃を亡きものにしない限り、開化も独立も実現しない」
金玉均
開化派政治家
国王妃閔姫のなんたるかが上記の記録で浮かび上がる。それは王冠を被った毒蛇が宮廷で、妖気漂う終末の饗宴を催している様であったろう。
加えて当時の朝鮮民衆は、大院君、高宗、閔妃の三人を三大売国奴とか亡国の徒と呼び軽蔑していたのだ。だからこの「暴挙」に対してなんの抗議運動も起きず蜂起する者もなかった。また、閔姫を操っていたロシア以外は非難の声を大きく挙げる国もなかった。
いわばこの事件は朝鮮国民の多くに支持されたクーデターだったのだ。
つづく
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閔妃暗殺
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/25 09:24 投稿番号: [399 / 402]
閔妃の若いときの写真が今に残る。大きな一人用の椅子に腰掛けているが、なぜか左端に身を寄せていて右側がかなり空いている。遠慮がちな座り方だ。思うにまだ権勢を振るう前であったのか。
頭の上のばかでかい被り物が異様だが、髪を後ろになでているので顔貌がそっくり現れている。色白の細面で顎先は細いが、両エラがやはり張っていて、見た目に意志の強さを感じさせる。聡明そうな目は細めの一重だが、顔で目立つのはなんといっても前に突き出た肉感的な下唇だ。
後宮のお手つき美女ではなくお見合い婚だから、そう美人である必然性はないが、なかなか魅力的な女性だ。とまれ、被害者であろうと加害者であろうと不美人の事件には庶民は無関心だ。その点43歳であった閔妃暗殺の血にまみれたエロチシズムは、さながら格好のあぶな絵に作られたと想像するが、どうもそうではないようだ。
暗殺事件は日清戦争終了からわずか半年後、閔妃の政敵である国王の実父大院君と朝鮮駐在の日本官憲が結託して行われた。
そもそも日本が日清戦争を戦ったのはロシアの東進南下政策の意味を熟知しているからであり、かれらの鉄爪はすでにシベリアのツンドラ地帯を越えて沿海州にたどり着き、さらに町を開き軍港を備えていた。そこはウラジオストク(東方を制覇せよ)と命名され、ロシア東洋艦隊が出入し日本を北から威嚇していた。しかしウラジオストクの冬は氷結のため活動が充分ではなく、彼らは沿海州沿いの不凍港を求め、その地は朝鮮半島東岸にしかなかった。
一方陸上は満州を支配して朝鮮と北方で国境を接していた。もしや、朝鮮半島がロシアの薬籠中のものとなれば日本の運命は危ういものとなる。
がためにシナと戦ったのだ。だから講和条約の第一条件に朝鮮国の独立を承諾させた。
下関条約第1条
「清は朝鮮が独立国であることを認め、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。」
延べ、千年に及ぶシナの支配から永遠に解放されたのだ。画期的な出来事であった。朝鮮人は日本に大感謝し、日本は朝鮮と手を携えてロシアの侵略から半島と列島を守ることができる、・・はずだった。
しかし、戦勝によって開けた青空に再び不吉な黒雲が覆いかぶさってきた。それは朝鮮政府閔妃一派の裏切りによって焚きつけられた凶雲だった。
清国との講和条約から間をおかずしてロシア主導で「三国が干渉」してくる。悲憤慷慨、しかし開国からわずか36年、国際社会に新入りの日本は列強3国の強大な武力に対抗できよう筈もなかった。日本人皆後日を期して涙を飲んだ。
それを見て閔妃は機敏に動く。宗主国に勝ったとはいえ、今日本は3国の、いえばロシアの唸りに尻尾を巻いて引き下がったではないか。所詮列強には敵わない。
寄らば大樹の陰というのか、必死に差し出した日本の番傘を用済みとばかり放り投げ、朝鮮はロシアの胸中に飛び込んだのだ。これを弱小国の致し方なき政治的セオリー、次善の策とは捉えられない。なぜなら、ロシアの朝鮮を優遇すること一方ならないのはあくまでも期限付きのことである。ロシアが朝鮮半島に軍港を築き日本を睥睨することができたら、飢えた熊のごときロシアは朝鮮を併合すること火を見る以前に明らかであった。しかし他国に媚びて一族の栄華を求める閔妃はロシアに鉱山採掘権や森林伐採権を売り渡すばかりか、関税権などの国家基盤をも譲り渡し、日本をしてその手当てに翻弄させた。はや閔妃は国を切り売りし始めていた。
そして7月にはロシアの武力でクーデターを起こし、日本と共同歩調を取っていた大院君を追い出しで国の実権を掌握したのだ。
これは実質日本に対するクーデターである。心あるものは切歯扼腕し、ソウルに不穏な空気が張りつめてきた。
つづく
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/23 04:37 投稿番号: [398 / 402]
あげ
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ユダヤ民族と朝鮮民族 9
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/17 06:42 投稿番号: [397 / 402]
日本が開国してから1世紀と半分近くか、わずか150年前はちょんまげを結って刀で殺しあってた江戸時代末期だったのだ。そして開国から大東亜戦争までの80年足らずの間、日本は好むと好まざるとに関わらず、異国相手に四度の大戦争を戦い抜いた。三度は勝ったが四度目に負けた。
先ず明治政府発足から30年ほどで、世界一の人口と領土を誇る大清帝国と衝突することになる。原因はひとえに清の属国である李氏朝鮮にあった。
李氏朝鮮は最初、明に従属し、明が清に滅ぼされると今度は清に仕えた。二代のシナ帝国によって国の富は慢性的に収奪され、選りすぐって美女を献納し、しかも蛮族と蔑まれながらの500年は、この民族の社会と民族性を困窮と退廃に追い込んだ。そしてシナと日本という文化大国に挟まれながら、何も作らず、なにも動かさず、指導層は儒教解釈の空理空論にふけり、大多数は慢性的な飢えにおびえる、さながら現在の北朝鮮のような様を呈するに至っていた。
清国は威信をかけて朝鮮の内政を指導するが、清国自体が西欧列強になぶりものにされている現状では正確な把握ができない。
それをいいことに朝鮮宮廷内は外憂への対応をめぐり、この機会に自らの立身をもくろんだ一握りの王族・貴族、閨閥、両班がからんだ内紛が猖獗を極めていた。
一方日本は、第一次・第二次のアヘン戦争におけるシナのダメッポぶりと、それに乗じた英仏の暴虐無人な蛮行などを、長崎に入る外国商船から情報収集をしていた。また古くは、メキシコを訪れた遣欧使節団は、アステカ帝国の隆盛と消滅を学んだであろう。文明化と布教という美名の下にコンキスタドールどもは何をやってきたか。地球上で、白人国家で侵略していない国は日本と朝鮮ただ二国しか残っていなかったのだ。後はどの国もどの民族も、西洋人の軍事行動と搾取に呻吟していたのだ。
朝鮮の混乱を放置せんや、必ずロシアの介入を招く。既に不凍港を求めるロシア帝国の南下政策は沿海州を目指してシベリア鉄道建設に着手していた。彼らは必ず朝鮮王朝と経済協力を交わし、半島東南岸を租借し軍港を築くだろう。そうなればシベリア鉄道はウラジオストック経由で大量のロシア兵と物資を不凍港に運ぶ事ができる。つまり狭い日本海を挟んで本州島、九州島を指呼の間に捉えることができるのだ。
となれば、日本海にはロシアの軍艦が遊弋し、事あれば大兵団を裏日本各所にひどく容易に上陸させることができるのだ。
日本のわき腹に突きつけられた槍刃のような半島に住む住人には、どうしても日本と同調してロシアの野望を峻拒してもらわなければならない。それが、日朝両国が西洋人の属国になるのを免れるたったひとつの道だと日本は信じたし、それは当時の識者・軍事家の、誰が見ても正しかった。
が、半島人というのは大陸人の捨て子のようなもので、性質の悪さに劣等感に憑依された優越感という、非常にややこしいものまで加わって手に負えない。
それでも日本の言う早急な改革を実行し外敵を排斥するという開化派と、日本の口出しは許さぬ、と宗主の面子に固執する清国に事大する守旧派に、官邸は二分された。
両派の思惑を背負い、1894年8月、ついに日清戦争の火ぶたが切られる。
散々列強にいたぶられていた清国だが、さすがシナ史上最大の版図を広げた大帝国、武装にだけは怠りはなく、既に7千トン級の巨艦鎮遠、定遠他をドイツに作らせ近代式海軍の訓練を受けていた。日本の戦艦は4千トン級、艦数もはっきりと劣る。侮れる相手ではない。
さて、もし日本が敗れた場合を想定してみよう。
実際の下関条約に照らせば、帰属をめぐって紛争中の沖縄諸島は当然シナの一部となり、奄美諸島までは無条件割譲、加えて長崎の割譲か100年間の租借、さらに莫大な賠償金を課せられたであろう。そして朝鮮は清国のくびきからのがれることはできず属国のままだった。
最初に書いた通りこのようなリスクを賭さなければならなかったのは何が為か、それはひとえに時々の強国に媚び、他国の力を以って一族が栄華を得ようと蠢く宮廷の役者たちにあり、その主役はなんといっても国王の妻となり、閨閥を宮廷に引き入れ政治を壟断し、稀代の雌狐といわれた才女、閔姫であろう。
つづく
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age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/15 15:54 投稿番号: [396 / 402]
age
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ユダヤ民族と朝鮮民族 8
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/10 08:21 投稿番号: [395 / 402]
明治期に、ユダヤ、朝鮮両民族は、日本人と血統を同じくするのではないかという、いわゆる「日ユ同祖論」と「日鮮同祖論」が盛んになった。
前者は開国後に訪れたスコットランド人が「日本古代史の縮図」で発表した。その説が1901年、「ユダヤ大百科事典」のニューヨーク版にある失われた10支族の項目に引用されたというから、ユダヤ人もこの説にまんざらではないようだ。
バビロニアに定住させられていた10支族は解放後も故地に戻ろうとせずに消息を絶った。終末の日にカナンに帰るまで、彼らの教義を守れるところを求めてインド、中国大陸、朝鮮半島(デター!)と枝葉を定着させつつ列島に至ったというのだ。
また、イスラエル政府は公的業務として彼らの行方を追跡しているが、パキスタンとインドにひどくマイノリティのそれらしき部族があると分かった程度だ。
ただ押さえておくと、10支族の消滅は前8世紀なので、かれらは後九世紀に改宗した東欧系ユダヤ人ではない。
現在支持されている一説には、かなりの民衆が北イスラエル王国滅亡後も付近に居住し続け、アッシリアによって移住させられてきた諸民族と混血して善きサマリア人を形成、後年イスラム教に改宗してパレスティナ人になったという。
パレスティナの語源は地域名で、現在のイスラエル、ヨルダンとシリア、レバノンの一部を含む広い区域をいう。そこに古来より住む民、イスラム、キリスト教徒、それに少数のユダヤ教徒を総じてパレスティナ人という。おそらく宗教による人種の違いはなく、「アラブ人」として一括りにできるものだ。
そして彼ら他宗派同士の共生は大きな問題にはならなかった。今日エルサレムの旧城内を観光マップで見ると、イスラム、キリスト、ユダヤの各教徒、それにアルメニア人居住区がはっきり区画されているのが分かる。彼ら異教徒同士、歴史的スパーンで共棲してきているのである。
それが、シオニスト運動者のイスラエル建国によってパレスティナ人の殺戮がエンドレスとなり、世界中のイスラム社会には収拾のつかない混乱を招いている。
それどころか、場合によっては地球そのものを損壊する危険を現出させてしまった。
皮肉にも、シオニズム運動には本家の西欧ユダヤ人が消極的で、東欧ユダヤ人が激しく主張し推進したものだ。英国の二枚舌に立ち向かい、ついには成功に導いた鬼人のごときその働きは賞賛に値する。
しかし、この成就は元トルコ系民族であるハザール人の主体で為され、そのために追放され難民キャンプで暮らすパレスティナ人といわれる人々は系統的に北イスラエル王国の遺民ということになる。
ましてや現在のイスラエル国内における西欧ユダヤ人と東欧ユダヤ人の人口比が1:9という事態から、事実上イスラエルという国家はハザール人によって運営されるハザール共和国であるということになる。これをどう咀嚼すればよいのだろう。幻惑し、悪酔いするばかりだ。
話がそれた。結論として今のところ日ユ同祖論は貴種流離譚と同種のもので、青森にあるというキリストの墓の真贋を問うようなものだ。しかしその伝説は壮大でありロマンチックであり、われらの胸をくすぐるものがある。
かたや、日鮮同祖論は江戸時代からあった。が、こちらの同祖論は胸ではなくてわき腹をくすぐられる類のものだ。ヤメテケレ!シヌー!
詳しくは最終テーマとなる「日本」で考えを書いてみたいと思っているけど、日本人と朝鮮人が同根なんてあり得ない。根拠も傍証もない。しかしアフリカのルーシーから5000年前までの間で分岐したというのなら、証拠がないけど可能性はある。でもそれはもう民族的に同根とはいえない。栴檀と双葉、人間とチンパンジーは似て非なるものなのだ。
たしかに大和には、半島に覇権を持っていた関係でかなりの朝鮮人、もしくは半島経由のシナ人が帰化したが、それにしてもそんなものは同化してしまうだろう。
いっぽう朝鮮はシナ帝国に毎年1000人もの美女を献納したり、事あるごとに奴隷として連行されたり、また地続きであるから意図してシナ人となる者も数知れなかった。だからいってシナ人は朝鮮人の末裔だとは誰も言わないし、朝鮮人もシナ人には言わない。言っても相手にされないし、第一朝鮮人は、彼らを劣等民族として扱うシナ人が大嫌いだ。憧れの日本人と同族になりたいのだ。
結論としては「日ユ同祖論」と「日鮮同祖論」は学術的な裏づけのない「とんでも論」の範疇でしかない。
ただ前者は叙事詩のようなメルヘンではあるが、後者は寝汗のひどい悪夢といった違いはある。
つづく
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age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/09 17:59 投稿番号: [394 / 402]
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ユダヤ民族と朝鮮民族
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/03 12:12 投稿番号: [393 / 402]
ロスチャイルド、モルガン、パスツール、ノストラダムス、アインシュタイン、オッペンハイマー、キッシンジャーetc、驚くべきことに世界に名を馳せているユダヤ人のほとんど全てが、つまり多数のノーベル賞受賞者や欧米の金融、マスコミ、映画界などで独占的地位を築いているのは、聖書の民であるユダヤ人とはちがう、中央アジア人出身のトルコ系といわれる部族民だった、という真実を押さえておかないと語る者の誠実さに欠けるだろう。
それにしても世界の人口比で0,2%のユダヤ人が、世界秩序のプレイヤーとして全人類に影響を及ぼしつづけている。偉大と言おうか、はた迷惑な、というべきか、彼らはパレスティナに建国して悲劇の種を蒔き、それは繁茂して自在に侵触、航空機によるWTC突撃やロンドン地下鉄・バス、スペインでは列車と、公共交通機関を狙った爆破テロの原因となっている。乗り物テロはいまだ続行中で、その伝で言えば今度はクイーンエリザベスかゆりかもめが危ないだろう。
もちろん世界に紛争の火が消えたことはない。歴史的にともいえる長い間戦い続けているアイルランドの領土紛争やスリランカの人種間紛争など、その流血は継続して耳目に触れるが、まあ、対岸の火事といえる。しかしパレスティナ問題は世界を巻き込まずにおかない。
現在も日本を含む世界中の資本主義国が対アフガニスタン、イランと、イスラエルが企画する侵略戦争に加担させられている。それには多大な税金が使われており、当然一般人の家計に影響する。
そしてこの全地球を覆う陰影の発生源は、突厥の一種族にして後に独立、崩壊したカザール王国の民であるのだ。
突厥は「トルコ」を漢字表記したもので、その一氏族であったハザール人は人種的にトルコ系とハッキリ言えるのかというとDNA的にはそうはならないだろう。
フン族とか突厥とかという集団名では血統的に民族を判断できないのだ。フン族のアッティラは蒙古人だということが分かっているが、フン族の国=ハンガリーの大多数は白人系である。とにかく中央アジアを疾走した血統的諸民族はフン、アバール、ゲルマン、ケルト、キンメリオス人、サルマート、スキタイ、カフカス、ハザール、クマン、パローツ、アラン人、スラブ人、ルーマニア人、ユダヤ人、ロマ、アルメニア人、マジャル人などがあって、部族が大を成すときはその集団内は多種な民族の混成部隊となる。異部族同士の通婚も盛んに行われた。そういった中で、いかなる割合でそうなったのか、ハザール人という類まれなる民族の創生にいたったといえるだろう。近代に入ってスペイン人がマヤ人と盛んに混血して「メキシコ人」という人種が誕生したように、である。
東欧系ユダヤ人は白い肌を持っている。それでいて黒髪・ブラウンの瞳だ。オリエンタルとウェスターンの折衷といえる。余計なことだがディープ・スペクターの金髪は染めていて青い目はカラーコンタクトレンズをはめている。彼はアシュケナジーユダヤ人。
戦後は欧米の各国民と混血も進んでいるので金髪・ブルーアイズと、ヒトラーが愛した造形に「好んで」近づいていっているのは皮肉であるが。
方や朝鮮人の外貌も東欧ユダヤ人の鷲鼻と同様、日本人やシナ人と著しく違う点がある。それは20代後半ごろから張り出してくる「アゴエラ」である。
張本勲、井上揚水、金田正一親子、八代亜紀、パク・セリなど、ジョット機の可変翼のようなエラが民族的特徴だ。
また、ユダヤ人の出自と同じように、真の朝鮮人とは?という問題を突きつけられてもいる。彼らが誇る古代高句麗はシナ民族の一部と中国共産党が公告し始めているのだ。
これは韓国にとっては一大事だ。大和朝廷は朝鮮人が作ったと勝手にホルホルしていると、背後から中国政府の「東北工程」に飲み込まれそうになっているのだ。もし中共の言い分が学術的に認められるのなら、朝鮮民族の存在自体を否定されることにもなりかねない。
独自の文化を一切持たず、かわりに丈夫な顎を持った彼らはいったいどこから来たというのか、これからどうしようというのか・・。
つづく
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Happy
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/01 19:51 投稿番号: [392 / 402]
new year!
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/30 02:05 投稿番号: [391 / 402]
age
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ユダヤ民族と朝鮮民族6
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/27 06:12 投稿番号: [390 / 402]
モサドの暗殺チームのキャプテンであったアフナーは回顧する。
「わたしはキブツ生活を通じて“ガリチア流”なるものを思い知らされた。東欧系ユダヤ人、とくにポーランド系ユダヤ人、ロシア系ユダヤ人なら徹底的に面倒をみる流儀であった。最高の働き口、世に出る絶好のチャンスはすべて彼らの手に渡るよう仕組まれる。キブツの主導権は彼らががっちり握っていた。
たとえば誰の息子があこがれの医学校に進むかという問題になると、学業や能力は無視された。むろん、建前は民主的に運営され、総会にかけて全員が投票し、進学者を決める。ところが、常に当選するのはガリチア人の子弟にきまっていた。
(社会に出ても軍に入隊しても)ドイツ系、オランダ系、アメリカ系ユダヤ人などの出る幕がないほどであった。オリエント系ユダヤ人にいたっては、ガリチア人の助けを借りない限り、手も足も出なかった。」
と嘆く。
アフナーはスファラディである。正当なユダヤ人である彼らが故地において強烈な差別にあっているのだ。ディアスポラから解放されたユダヤ人の子孫にとって、2000年の時を経て復活した聖都は蜜と乳の溢れる約束の地ではなかったのだ。
もう1人、スファラディユダヤ人の悲憤を紹介しよう。
彼はかつてイスラエルで活躍していたジャーナリストである。建国と同時にアラブ世界からイスラエルに移住した。しかし彼の体験は想像を超えるものだった。彼は見たこともないユダヤ人と称する人々(東欧系白人/アシュケナジー)がもつ優越、差別意識に混乱する。東欧ユダヤ人とは、ライン川をフランス側から経て仮住したパレスティナ出身の同属だと誰もが信じていた。しかし、先ずかれらとは外見からして大いに違った。キリスト教徒的な白い肌、それでいて髪と目は黒く、思いっきり稜線を張りつめたワシ鼻は子供のころ思い浮かべた魔法使いそのものだった。あいつらがユダヤ人とは・・・彼は絶句した。
そんな似非ユダヤ人がイスラエル政府の中枢を固めてわがもの顔に闊歩し、アラブや西欧諸国から参加した正統シオニストたちは公職においては出世の望みなく、金融界からの協力が得られないため多くが貧窮する二級市民に貶められたのである。
まるで「失われた町」である。町ごと異星人に乗っ取られてしまったかのようだった。
彼は義憤に耐えずイスラエルであらゆる運動を展開し、たびたび逮捕もされた。しかし首尾一貫して本当のユダヤ人とは何かを主張し続け、住宅、社会生活、就職などの改善を要求した。
彼は、1992年秋に来日している。スファラディムを代表する一人として日本各地を講演し、次のように語った。
「イスラエルでは本当のユダヤ人たちが、どれほど惨めな生活を強いられていることか……アシュケナジームを名乗るハザール系ユダヤ人たちが、スファラディムすなわちアブラハムの子孫たちを二級市民に叩き落としているのである。
……まだイスラエルにいた当時、私はパレスチナ人たちに向かって次のように演説した。『あなたがたは自分たちをイスラエルにおける二級市民と言っているが、言葉を恐れずに言えば、実はあなたがたは二級ではなく三級市民なのである。なぜならば、アシュケナジームとあなたがたパレスチナ人の間に、私たちスファラディムがいるからだ。そして、私たちもあなたがたと同じように虐げられているのである……』
」
まるでアラブとの共闘も辞さないような演説に、聖書の民である彼らの悲憤が伝わってくる。
血統に憧れ重視するのは古今東西を問わないであろう。日本の天皇家も途絶えることのなかった血統を誇る。だからこそ本人に何の功がなくても崇拝の対象になるのだ。
卑近な例だが知り合いの男の新生児が「のあ」と命名された。近年男児・女児とも希空、乃愛、乃亜、乃綾、乃彩、野亜などの漢字を組み合わせたり、そのままひらかなやカタカナで、いとしい子に「のあ」と名づける人が多いという。
もちろんその由来はノアの箱舟からきているわけで、あまりにも遠い中東ではあるけど、われわれはかの民の多くのことを知っている。
モーゼに導かれたヘブライの民が紅海を二つに割って出エジプトを果たし、シナイ山で十戒を受け入れ神にカナンの地を与えられた契約の民族。
またダビデとゴリアテの決闘やソロモンとシバの女王伝説などなど、彼らは悠久の世界史に溶け込んで鮮やかな光彩を放つ民族であるのだ。
それがローマによって聖地を追放され、以来1900年間も聖都エルサレムへの立ち入りを許されなかった悲哀の民族であった。
そして、ナチスによって民族の絶滅を図られた悲劇の民族だった。
つづく
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Re: 美しい国日本 アロハ♪
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/23 13:08 投稿番号: [389 / 402]
暑くて昼寝ができん。
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ユダヤ民族と朝鮮民族 5
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/19 17:00 投稿番号: [388 / 402]
それにしてもヒトラーのユダヤ人迫害は常軌を逸していた。彼の狂気は、その対象がユダヤ人だけではなくロマ人(ジプシー)や同性愛者、身体障害者などにも及び、かれらの絶滅も図ったことでも分かる。
民族の絶滅とまではいかなくても、ヒトラーの優勢学は白人、金髪、ブルーアイズこそ神が望む理想の造形として、カラードなんかは人と獣の中間という位置づけだ。ただしこの勘違いは白人種が等しく包含するものとも言えるのだが。
ここで確認しておかなければならないのは、ヒトラーが迫害した東ヨーロッパに居住するユダヤ人は、ローマ帝国によってカナンの地を追われたダビデ、ソロモン由来のユダヤ人とは何のつながりもない民族集団だということだ。
やはりユダヤ人を語るのには彼らの歴史をなぞらなければならないだろう。冗長にならないよう心がけて記してみる。
ローマ帝国を追われたユダヤ人だが、彼らが居住を禁止されたのはエルサレムとその近郊だけだったし、そのままエルサレム城内にローマ市民として残った者も多数いた。また、商業を常とするユダヤ人は、その他の帝国内にも古くから多くのコミュニティを築いていた。追放後のユダヤ人コミュニティ分布図を見るとイタリヤ半島の各所はもとより、地中海の西周りでエジプト、カルタゴ、イベリア半島のコルドバ、さらにピレネー山脈を超えてフランスのガリアを中心とした各所、そしてその分布はライン川西岸でおおよそ終わる。
東周りは小アジアの各所と黒海南岸までで、北岸には居住していない。陸路もコーカサス山脈を越えることはなかったのだ。
つまり近代に大勢のユダヤ人口を抱えていたロシアとポーランド、ドイツ(東欧ユダヤ人)には、エルサレムを追放されたユダヤ民族は居住していなかったのだ。
この数十年来、数は少ないが啓蒙書や、考古学による発掘で常識になりつつある東欧ユダヤ人とは、エルサレムを追放された(地中海ユダヤ人)とは血統的に何のつながりもない人種・民族なのである。
正統ユダヤ人=スファラディ(スペインの意)は地中海人であり、今のアラビア人と民族的に変わりはないが、一方東欧に居住したユダヤ人はアシュケナジー(ドイツの由来)と呼称され、人種的には中央アジアを疾走した数多くのトルコ系遊牧民族の一つ、ハザール人といわれた人々である。
彼らハザール人は6世紀ごろに黒海からカスピ海にかけて勃興しハザール王国を打ち立てる。そして9世紀初頭に国ごとユダヤ教に改宗するという荒業を決めた。
盛衰変転の後、13世紀の元の襲来で最終的に王国は滅亡する。そのころの同地方はキエフ・ロシア国の勢力が大きかったが、ハザール人ともども汗国の支配下に入った。タタールのくび木である。
しかし、15世紀に入りロシア公国の勃興でくび木から脱し領土を回復すると、ロシアは必然的に領内に多くのハザール人を抱え込むことになった。
ロシアはすぐに異教徒であるハザール人を迫害し追放する。
ウクライナ北西部とポーランド南東部にまたがるガリチアという町にハザール王国滅亡以降、多くのユダヤ人が住んでおり、ロシアを逃れたハザール人も多く流入した。
このガリチアユダヤ人がイスラエルを建国し、世界に大きな影響力を及ぼしているユダヤ人の源なのだ。
ユダヤ人作家ジョージ・ジョナスが書いた『標的は11人──モサド暗殺チームの記録』(新潮社)というノンフィクション小説がある。
この本はモサド暗殺チーム隊長を務めた男(アフナー)の告白に基づく壮絶な記録である。
「アフナーは4年間キブツですごしたが、そこで学んだことが2つあった。
1つは同じイスラエル人でも、まるで異なるイスラエル人がいるという現実を初めて知った。
キブツの主流は東欧系ユダヤ人の『ガリチア人』が占めていた。
ガリチアとはポーランド南東部からウクライナ北西部にかけての地域で、排他性、自堕落、うぬぼれ、狡猾、うそつきを特性とする下層ユダヤ人の居住地だった。
ガリチア人は反面、機敏で活力にあふれ、意志が強いことで知られる。しかもすばらしいユーモア感覚を持ち、勇敢で、祖国に献身的である。が、常につけ入る隙に目を光らせているから油断がならない。概して洗練されたものには関心がなく、平然とうそをつくし、信念よりも物質に重きを置く。おまけに地縁、血縁を軸とした派閥意識がきわめて強く、何かというとすぐに手を結びたがり、互いにかばい合う。ことごとくがガリチアの出身者ではないだろうが、しかしこれらの特性を持ち合せていさえすれば、まずガリチア人といってよかった。」
つづく
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/14 17:15 投稿番号: [387 / 402]
age
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ユダヤ民族と朝鮮民族4
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/12 10:15 投稿番号: [386 / 402]
ユダヤ人も朝鮮人も、戦争終結から半世紀を優に越した今も、戦争時の「加害者」に対する糾弾を緩めない。ユダヤ人は対ドイツ、韓国・北朝鮮(中国は「中国の項」で扱う)は日本に対してだ。韓国はこの二つの流れを同一視させ、世界に向けて確定させようと躍起になっている。もちろん学問的に耐えられるものではないが、たとえば、アメリカの政治学者マイケル・グリーンという日本語ペラペラの親日派といわれる男が、『米議会(従軍慰安婦)非難決議』に対して、時の安部政権が異議を唱えたとき、「従軍慰安婦を否定するような日本側の対応は米日関係に重大な不信感を生む」と血相を変えて熱弁をふるった。
彼の専門は日本政治だ。「従軍慰安婦」問題が、韓国が非難するに値するものであったかどうか、はっきりいえば捏造に他ならないことは知識人として判らないはずがない。
連合国は先の大東亜戦争(連合国は大東亜戦争という呼称を禁じ太平洋戦争とした。むろん、「大東亜開放」という日本の旗幟を抹消するため)を白人の聖戦としたいがため、日本をどうしても「悪の帝国」にしておきたいのだ。かれらの立ち位置は、たとえば南京で日本軍が無垢のシナ人を、できればアウシュビッツのごとき非人間性をもって何十万人も処分した、として、それに立ち向かったキリスト教白人種というシナリオを堅持したいのだ。
最近『コーディストウィンター』という朝鮮戦争をアメリカ中枢から描いた本が話題になっているが、それ(上巻)に、「日本により超過酷な植民地支配を受けた朝鮮」といった枕詞が5-6回出てくる。
嘘も100回言えば真になるという事例を実証されているのだ。
とまれ、日本人は、韓国人のとっぴな言動に、大様に苦笑いで済ます傾向があるが、ことは日本人の子孫に伝わるものである。笑っては済まされない。われわれのできることは、日本を本当の意味で愛する政治家を選出することか。
一方、ユダヤ人の被差別は、なにもドイツだけにその責を負わすことはできない。ヒトラー前後、全欧州でユダヤ人を差別、迫害しなかった国はないといっていいだろう。ユダヤ人に対する白人の差別は宗教もからみ、朝鮮人が日本に『迫害』された36年間とはスケールも歴史も違うのだ。それに歴史上、真に朝鮮人を迫害したのは歴代のシナ王朝で、その過酷な異民族支配は少なくとも千年にわたるのに、秀吉の侵攻と『日帝支配』の40数年間だけをあげつらうのは奇怪といわざるを得ない。
実はこれには歪な理由がある。
それは始祖王以来朝鮮民族は常に強勢大国で、他民族の支配など受けようはずがない、という『優性民族論』的自己歴史を披露しているからだ。シナを責めれば三田渡碑に刻まれたような、自国の惨めな歴史を噛み締めなければならないし、第一そんな抗議はシナから一蹴されることを知っている。
パカアルカ、ゴツン _( ̄ー ̄)θ☆( ゚0゚) ノノ
一方、ユダヤ民族の被差別は2千年以上にわたり、略奪・虐殺を含む凄惨なものだったし、近代のヒトラー登場によって、ユダヤ人に対する白人種の差別・憎悪の凄まじさを世界に知らしめた。われわれは少年少女のころに、反戦の善き教科書としてアンネの日記を知り、ホロコーストの地獄を画像で見せ付けられた。
そして多くが率直に、「なぜユダヤ人はこのような迫害を受けなければならないのか」という疑問を持つ。その回答として、イエスを裏切ったユダがユダヤ人だからというのがあるが、それならばキリスト自身がユダヤ人であるし、死刑を決定したのはローマ総督だから、いまいち釈然としないものだ。
しかし最近或る本を読んで、一つの説得力ある回答を得たように思う。その本は、ユダヤ人迫害はなにもディアスポラ以来ではないという事実を提示する。
ローマ帝国下の地中海沿岸の都市国家の住民は、商業がからんでいるので他種族の城内をある程度自由に行き来できたし、居住もしていた。ユダヤ人コミュニティーも各大都市にあって、ローマのそれやアレクサンドリアの居住区でたびたび地元民から放火・襲撃の憂き目にあっているのだ。ユダヤ人だけが種族として狙われるのだ。
そして、その因は宗教から来ているという。
当時の地中海世界は土俗多神教が主だったが、ユダヤ教は一神教である。一神教は当然他の神を認めない。認めないどころか邪教として誹謗中傷の言動は常軌を逸するものである。加えてユダヤ教には割礼という(アフリカの黒人集団で例はあるが)一種異様な戒律がある。
他種族の中で盛んに布教活動を行い、年端も行かない子供を洗脳し割礼を施す。血だらけの局所を見た子供の係累は、ユダヤ教こそ不気味で邪悪な宗教と感じただろう。
つづく
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/10 19:26 投稿番号: [385 / 402]
あげ
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ユダヤ民族と朝鮮民族3
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/05 10:01 投稿番号: [384 / 402]
今回のアメリカ発世界不況は、ユダヤ系ノーベル経済学受賞者連が編み出した、いわばグローバル無限連鎖法、すなわちユダヤ版ネズミ講の着地点として引き起こった。
ユダヤ人の故地は地中海(スファラディ)と黒海沿岸(アシュケナジー)でおなじ経済圏にある。さまざまな民族が商を競い合った古代の経済圏の居住者は利にさとい。この点コズルイ欧州人でさえ足元にも及ばない。ユダヤ人から見ればかれらはロバだ。匹敵する国際商人を誇るのはインドとシナ、どこも大文明の発祥地だが必然性があるのだろう。
ユダヤ民族も朝鮮民族も実労働を厭う文化を持つ。
朝鮮両班は顔も下僕に洗わせるくらいだったし、ユダヤ系米国人の警察官や消防士は少ない。その昔、ユダヤの神殿でキリストがキレたときは、ラビたちは民から貧者の一灯ともいうべき寄付のほかに両替手数料まで必ず取っていたからだ。何を作ることも売り込むこともしない、ただユダヤ通貨以外の寄付は神の意思に背くと唱え、通貨のシケルを賽銭箱と両替所を往復させればいい。それだけで切れ目なく金が入ってくる。そういうあざとい商魂にイエスが怒り暴力沙汰を起こしたことが福音書に書かれている。イエスは危ない男だったのだ。
現代でもユダヤ人はそのマジック的な頭脳を駆使してさまざまな金融商品を開発、投資家に一時の繁栄をもたらした。が、何を動かすものでも作るものでもない、人に頭を下げるわけでもないのに投資家は数字をながめて金持ちになったと、つかの間、本当につかの間喜んだ。
その帰結が100年に1度の世界恐慌、いま投資家は地獄の1丁目に蝟集している。代償はとてつもなく大きい。
一方韓国人が商道で世界に知られるようになったのはせいぜいここ数十年のことで、やたらと新しい。どうも韓国の経済をいえば、世界史的にはほとんど意味のない民族のようだ。
彼らの繁栄の礎は偏に日本のおかげで、独立協力金、借款、技術指導などなど、その恩恵は学問的に否定できない事実だが、韓国人は決して認めない。ものすごく恩知らずな民族である。
一方ユダヤ人も同様な批評がある。バビロンの城門を内側から開き、ドイツやロシアに共産主義を呼び込んだと。
日本が欧米の模倣をしたように、韓国はひたすら日本を模倣した。
戦後の日本製品は安かろう悪かろうと欧米で嘲笑されたものだった。それでも日本は成功し、恩師である欧米の基幹産業のいくつか、繊維、鉄鋼、造船、家電を駆逐し、遂にはアメリカの象徴自動車産業まで崖っぷちに追い込んでいる。さて、韓国も日本経済をデスパレすることになるのか。
たしかに韓国人の経済戦略は危険といえるリスクを背負うが、一面活目するべきものがある。彼らは量の経済を目指した。技術は横に置いて安さに命を懸けた。そこに民主化された東欧諸国やBRICSという新興市場が出現し彼らの狙いは図に当たった。
しかし彼らの虚栄心はただならぬものがある。『俺を下げすむな。俺はすごいんだぞ。すごいだろ、バカにするのか(怒』となる。2千年間さげすまれて来た歴史を持つ民族が、今現在もさげすまれることに耐えられないのだ。それは、幼いころから赤貧の家庭にのたうち育ち、親の理不尽な暴力に怯えていた子供が、長じてその生い立ちを秘し、絵に描いたような幸せな家庭に育ったと吹聴するがごとき、悲しい見栄である。
ユダヤ人は自らの歴史を隠さない。それどころかそれを糧にして生きている。比べて、韓国人は別の歴史を用意する。経済力世界13位の韓国の歴史が悲惨であるはずがないと。しかし朝鮮史に興味のない人に強弁することはできても、ノーベル賞受賞という客観的事実に強弁は通じない。たとえひとつでも、ひとつでもノーベル賞を、という痛烈な願望と深い慨嘆が韓国紙にみえる。↓
「日本の科学者3人が今年のノーベル物理学賞の共同受賞者に選定された。これで日本はノーベル物理学賞だけで5回取り、受賞者は7人に増えた。これ以外に化学賞4人、文学賞2人、医学生理学賞と平和賞各1人がおり、ノーベル賞を受賞した日本人は計15人にのぼる。
我が国は科学分野の受賞者は皆無で、平和賞受賞者が1人だけだ。
オリンピックで日本を上回ったと言って全国民が歓呼したのはつい先日のことだったが、ノーベル賞では比較にもならない。日本が羨ましいのが当然だ。」(後略)聯合ニュース2008-10-08
その思いが募り、ついにこんなことになっちゃった。
「15基のノーベル賞受賞予定記念胸像台を設置」読売
写真あり
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20060401us41.htmものの哀れとはちょっと違うが、ある種の哀感をもたされる事象ではある。
つづく
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/03 02:22 投稿番号: [383 / 402]
age
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ユダヤと朝鮮
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/28 13:26 投稿番号: [382 / 402]
ユダヤ・朝鮮両民族の面白い共通点がノーベル賞だ。ただし、意味合いはかなり違う。
ユダヤ人のノーベル賞受賞者は全受賞者の3分の1に上るとも言われる。(ユダヤ系外国人も含む)
毎年のノーベル賞受賞者発表のとき、いつもとおりユダヤ人が受賞しても我々は何の違和感も持たない。ユダヤ人=ノーベル賞=お利口というのは一般常識だ。
そして朝鮮人=パチンコ・やくざ・人さらい、というのが日本人の彼らに対する一般常識だ。
それなのに韓国人は民族的に極めて関連性の薄いノーベル賞の獲得を求めて血道を上げている。それはほとんど発狂状態と言っていい。ノーベル賞受賞が先進国の、先進国たり得る絶対必要要因と位置づけているのだ。ユダヤ人には及びもつかぬが『ライバル』日本は物理・科学部門だけで13度受賞しているではないか。比べて韓国人の受賞者は(お笑い平和賞は除く)ただの一人もいない。これは異常だ。そうだ!ずるい日本のやることだ、ロビー活動の成果に違いない、そうだそうだと彼らは考えた。で、我われだって韓国政府や民間の支援が必要だ、と研究費ではなくてロビー活動費を出せと騒ぎ出した。
「ソウル大学の李長茂(イ・ジャンム)総長が14日の開校62周年記念式典で、「ソウル大学ノーベル賞プロジェクト(SNU Nobel Prize Project)」推進の意思を公式表明し、注目を集めている。(略)
李総長はこの日の記念式典で、「隣国の日本と中国は既に多くのノーベル賞受賞者を出しているのに、我々に出来ないはずがない。ソウル大学がノーベル賞受賞者を輩出するように、ソウル大学ノーベル賞プロジェクトを推進する」と述べた。」(2008-10-14 16:43)
しかし、日本のロビー活動なんて下種の勘繰りである。
日本人のノーベル賞受賞者
ウィキより
全ての賞を少なくとも一人が受賞しているが、経済学賞は未だ日本人の受賞者がいない。
日本人としては、第1回から北里柴三郎や野口英世などが候補としてエントリーされていたが、受賞はしなかった。北里にいたっては、共同研究者であったベーリングが受賞したにも関わらず、抗毒素という研究内容を主導していた北里が受賞できないという逆転現象が起こっていた。これは後年に公開されたノーベル財団の資料から、北里が黄色人種であったことが原因と判明している[要出典]。また、山極勝三郎と市川厚一は、ウサギの耳にコールタールを塗布し続け、1915年に世界初の人工癌発生に成功したが、1926年のノーベル賞は癌・寄生虫起源説のヨハネス・フィビゲルに授与された。世界初のビタミンB1単離に成功した鈴木梅太郎は、ドイツ語への翻訳で「世界初」が誤って記されなかったため注目されず、1929年のノーベル賞を逃した。また、1970年に大澤映二・豊橋技術科学大学教授はフラーレン (fullerene C60)の存在を理論的に予言したものの、英語論文にせず邦文でのみ発表したため、1996年のノーベル賞を逃し、顛末は当時の雑誌(Nature 384, 608 [26 December 1996])にも掲載された。1998年、スーパーカミオカンデでニュートリノ振動を確認し、ニュートリノの質量がゼロでないことを世界で初めて示した戸塚洋二もノーベル賞候補と目されていたが、2008年に死去した。
日本人の受賞は戦後の湯川秀樹が初めてである。2009年現在、日本は非欧米諸国の中で最も多くの受賞者を輩出している。
クリスティアーン・エイクマンがビタミンB1の発見によって生理学・医学賞を受賞しているが、エイクマンは米ぬかの中に脚気の治癒に効果のある栄養素(ビタミン)の存在を示唆したにすぎず、実際にその栄養素をオリザニン(ビタミンB1)として分離・抽出し発見したのは鈴木梅太郎である。
ヨハネス・フィビゲルが寄生虫によるガン発生を唱えて生理学・医学賞を受賞しているが、同時期に刺激説を唱えていた山極勝三郎が受賞を逃している。後年、フィビゲルの説は限定的なものであるとして覆され、今日のガン研究はすべて山極の研究に拠っている。
↑のように、コズルイ白人どもの中で13個の受賞は立派なもんだ。
余談だが、中国もノーベル賞を渇望して止まないのは韓国と同じである。中国系受賞者は数人いるが中国国籍者はいない。・・ちょっと物悲しい話です。↓
「米国人、米カリフォルニア大サンディエゴ校のロジャー・チェン教授は8日、中国メディアの取材に「私は中国人科学者ではありません」と答える場面があった。中国の偉大な業績とたたえたかった中国メディアにとっては、ちょっぴり残念な受賞となった。アサヒコム
8 10 9」
つづく
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/26 18:43 投稿番号: [381 / 402]
あげ
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ユダヤ民族と朝鮮民族
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/21 09:00 投稿番号: [380 / 402]
先の大戦で戦ったわけではないが、日本にとって重要なかかわりを演じた民族、ユダヤと朝鮮、両国はともに長い歴史を通じかなりの共通点が見出される。ただその内容に違いがあるので面白い。
両民族とも強大な近隣国に虐げられてきた歴史を持つ。
ユダヤは紀元前11世紀に建国したが、聖書に記されているように民族集団としての歴史はもっと古く、ダビデやソロモンなどの傑出した王が出て繁栄した。
かたや朝鮮の建国は、始祖がメス熊と交わり生まれた檀君なる者が建国したと言うから、朝鮮民族の始祖は獣姦の末の半身半獣であったようだ。時は4300年前とするが、本当ならユダヤ建国よりだいぶ古い。しかし本当の可能性はあまりない。
まあ、殷の賢人が同地の土人を教化して建国したという箕子朝鮮を嚆矢とするのが最大限譲れるところか。紀元前数百年ごろの話だ。
民族の成り立ちは違うが、建国後の地政学的意味合いは同じになる。
ユダヤ人の住む現在のパレスチナ地方は、常に大国であったエジプトと群雄を輩出した小アジア、ギリシャ、ペルシャの通路に当たり、また朝鮮半島も漢民族と狩猟民族との狭間に位置し、海を渡れば日本があり、常に強国の支配、弾圧を受ける。
紀元後にはユダヤは立ち上がりローマと一戦を交えるも、マサダ砦の全滅を以って屈服した。
しかしその抵抗は凄まじくローマ軍は大いにてこずった。その恐れと宗教的偏見もあってユダヤ人はディアスポラの憂き目に会う。彼らがパレスチナに戻って建国したのは2千年近く経った後で、実質、今もアラブ諸国と交戦状態にある。
朝鮮民族にも輝きはあった。唐をうまく利用した新羅が半島を統一、シナからの支配を退けたが、200年で元に戻る。
近代に至っても大国パワーに巻き込まれ、分断された北朝鮮と現在も戦争状態にある。
こういった歴史が、両民族を世界人類史に特筆すべき特異な民族性を作り上げることになった。
まず両民族は世界中で嫌われている。故郷を追われたユダヤ人は物理的に迫害された。主に宗教的偏見と、ユダヤ人の高い教育と経済力に対する妬みが原因だが、ユダヤ人からの宗教的偏見も大きい。それは、主にユダヤ人が客住した欧州はキリスト教、地中海付近はイスラム教が殷賑を極めている。しかしこの2大宗教はともにユダヤ教から発していて(特にイエス・キリストはユダヤ教の一派のユダヤ人)、本家のユダヤ教はそれを認めていない。ユダヤ人からすればキリスト教徒もイスラム教徒も、ユダヤ教を詐称する異教徒で、ユダヤの教義によれば獣と同等の存在である。だましても殺しても罪ではないと教えた。一神教は他教徒に対し排他的な傾向が強い。その選民意識が相手に伝わらないはずがない。かれらは概して(少なくとも内面的に)異教徒に対して非寛容で傲慢なのである。
朝鮮人は大国に隷属することで半島での居住をおおよそ全うできた。それが開国以来の移民政策とアメリカの朝鮮戦争の同盟国?に対する優遇策として、米移民が急増した。が、甚だ存在感は薄かった。すでに多数のシナ人や日本人が米国に移民として居住しており、本国にいるときと同じように両国民の狭間で息を潜める存在だった。それでもかれらは、当時イタリア系移民が主に従事していた違法街頭販売では成功した。廉価でイタリア系商人を駆逐したのだ。ただ、かれら韓国商人の評判はよろしくなく、数をごまかす、おつりをごまかすというかれら商売人の特色が、米国の通俗小説に巷の常識として書かれるほどだ。以外、アメリカで『成功』した韓国人というのは寡聞にして知らない。
もう少し書こう。日本の朝鮮併合当時「創始改名」を熱烈に望んだのは、シナや満州に経済的絆を持つ朝鮮商人だった。シナ人や満州人に、朝鮮人と分かればそれだけで小ばかにされ、値切られ、だまされ、商売に著しく不利益だった。それが日本国籍だとまるで相手の対応が違う。中華思想を持つシナ人でさえ日本人には一目も二目もおいた。日露戦争後は日本に学べと大量の留学生を送り込むほどだ。(この辺シナ人は何をやるべきかわかっている)
おなじ東アジア人として、当時の大韓帝国は、なにを以って大とか帝国というかということを別にしても、日中に比してあまりにも非力な民族集団だった。
そんな彼らが存在感を発揮し始めるのは鉄鋼、造船、車、電気製品などの世界進出と同時である。これらの工業製品販売が成功を収め、外国の生産、販売拠点に進出し、なおかつ豊かになった韓国人が観光旅行者として外国を訪れるようになってから嫌われた。
嫌われる原因はユダヤ人のように宗教からでも卓越した頭脳のせいでもない。性格がひどいものであるからである。
つづく
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/17 09:39 投稿番号: [379 / 402]
age
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朝鮮通信使 34
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/14 04:25 投稿番号: [378 / 402]
朝鮮通信使殺害事件はこのように半世紀にわたり歌舞伎、浄瑠璃などで形(脚本)を変えて上演されていることから、当時の庶民の心をしっかりとつかんだ出来事だったことが分かる。内容は、忍耐に我慢を重ねた主人公がついにプッツン、意趣を晴らすというもので、忠臣蔵の内匠頭切腹までといったところか。これは日本人の民族的琴線に触れた物話だ。対アメリカ開戦も同じシチュエーションだった。
初演は、事件の直後であるが、半世紀の間上演し続けられている。(今も上方歌舞伎でたまに上演されるらしい)ここから見て、鈴木伝蔵が悪人であり、私欲のため通信使を殺害したという噂が、庶民のあいだに膾炙されていなかったといえる。庶民は伝蔵を悲劇のサムライとして理解して揺るがなかったのだ。
現代の講談社がいう「伝蔵小悪人説」は物的にも状況からいっても首肯できるものではない。ただ殺された本人崔天宗が死の直前こういっているという↓
「私は、今回の旅路で何の倭人とも争ったり恨みを買うような事もないのに
倭人が私を刺し殺そうとしたのは誠に何故なのかわからない。もし私が国事で
死ぬとか使臣の職務のために死ぬのなら死んでも恨むことじゃないが、今徒に倭人に刺されて死ぬようなことになり死ぬことが極めて悔しくて堪らない。」
正使趙氏の日記「海槎日記」
このように言い残したとあるが、本当なら、ここからも伝蔵と崔天宗による『不正の内輪もめ』の気配はなんら感じることはできない。それより違う見方をすればもっとも真実に近づいた言といえるかもしれない。崔天宗は、「倭人に恨みを買うようなことはしていないのになぜ殺されることになるのかわからない」といっている。しかし、何の恨みもないのに外国からの客人を殺害するはずもない。自分自身はおろか、一族まで災禍が及ぶのを承知のうえの外国使節員殺害だ。それほどの恨みを買ってもウリはなんにもしていない、なぜ殺したニダ?と問うている。現代朝鮮人気質に通底する、かの民族のいびつなシンキングだ。伝蔵をそこまで追い込んでおき、それに気づかないとは極端に無神経か、空とぼけているのである。
しかし、おなじ日記の十四日の条に、「元凶は、正しく先日逃げた伝語官の鈴木伝蔵・・・・、彼自ら「朝鮮人を刺殺したので逃亡する。」との意で伝語官庁に投書・・・」
とある。なんと伝蔵は次第を書いて管轄所の伝語官庁に投書、または書置きを残したのだ。
ウィキには、「本人の書き置きによれば、4月6日の暮れに御堂御台所で行列奉行の朝鮮人と口論になり、さんざんに打擲されたので、日本人の恥辱をそそぐために討ち果たしたものであるという。」とある。そのときの彼は日本を代表していた。一身をなげうって『日本人』を示したのだ。
伝蔵が、崔天宗の無礼に抗議をし、挙句鞭打たれ、遺恨返しにその夜に崔を突き殺し、捕らえられ、打ち首にあったのが衆目の事実で、その因は日本人を侮辱したためと、伝蔵自ら報告しているのも事実である。何も伝蔵が盗人だったとか、女のもつれで殺害したとか、なんら根拠のない話を持ち出すことはないのだ。事実はたいがい単純なものである。
悲劇は伝蔵の処刑で幕を閉じる。通信使の強い要望で幕府は上官6人の見届け人を認める。かれらと多くの大阪人の見守る中、伝蔵は通信使船と向かい合った船上で首を打たれる。外国使節員を殺すということは殿中で刃を抜くのとおなじ意味があったのだろう。伝蔵は犯罪人として始末された。哀れである。
この一件も影響したのかどうか、通信使の江戸参内はこの回を以って中止され、20年後の再開は対馬府中で済まされることになり、まもなく途絶える。
スレの「美しい国日本」は最初に開国以来の『ハワイ移住者』の状況を紹介し、その後先の大戦でかかわった国をオレ用に俯瞰してみている。悪ふざけであろうと、その中で直接対戦したわけでもないのに日本の戦争に深くかかわったユダヤ民族と朝鮮民族を対比して取り上げてみた。しかし古来の『縁』もあって半島人とのかかわりは深く、しかもどろどろと淀んで臭気を発し日本に執拗にまとわりつく。日本人は『大人』が多い。かれらの言動をまぁまぁとすごしてきた。しかしその大人の対応が彼らのでっち上げ話をかれら自身が事実と確信し、経済的に力をついた今はそれを世界中に知らしめようと躍起になっている。日本は唾棄すべき国と世界中に喧伝することに血道を上げている。
でも日本人に『大人』だけしかいないわけじゃない。オレたちみたいな『ガキ』もいる。こんなときは『ガキ』の出番だ。かれらの日本に対する侮辱を『ガキ』となってオレたちが粉砕しなければならない。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/09 19:36 投稿番号: [377 / 402]
age
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朝鮮通信使 33
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/07 10:12 投稿番号: [376 / 402]
深川!どした、返事がないぞ!(笑い
前項に書いた『通信使成敗』の場面はオレの悪ふざけだが事実とたいした違いはないはずだし、重要でもない。知りたいのは知る得る限りの『事実』だ。というのも事件の背景とし恣意的と思われる『事実』が語られるからだ。
デジタル版 日本人名大辞典+Plus
鈴木伝蔵 すずき‐でんぞう?‐?
江戸時代中期の通詞。
対馬府中藩につかえる。宝暦13年(1763)朝鮮通信使が日本に着く前、嵐にあった。伝蔵は使節の一員の崔天宗とはかり、進物の朝鮮人参が潮水でくさったといつわり、売り払って大金を得たが、天宗には与えず大坂の宿で殺害した。のち事件が露見して処刑された。
日本の「権威ある辞典」が、「権威ある嫌日学者」によって汚されていることは常識と心得なければならない。たとえば平凡社の百科事典では「従軍慰安婦」「性奴隷」というおどろおどろしい造語が従来の熟語のように使われ、朝鮮人の言い分どおり世界に類を見ない日帝の暴挙、『従軍慰安婦』の悲劇として説明されている。今回は講談社だが、断言調の説明に、なぜか引用元は示されていない。
動機は恋の遺恨とか親の敵討ちなど、事件後さまざまな噂が流れたが、もしこの辞典を書いた学者に傍証を求めても‘そういう噂があった‘としか説明できないだろう。便利なものである,噂の一つを自由に選択採用できるのなら、いかようにも語れるだろう。もし、この文章に目を留めて、講談社の説明に裏づけがあるという人がいるのならぜひご紹介願いたいものだ。
オレは残っている資料からそれなりに事件の真相を推測してみたい。
まず鈴木伝蔵の風体を手配書から見てみよう。
鈴木伝蔵人相書
行年二十六才
1、 背ノ高サ五尺二寸 ( 約 157 センチ )、中肉ニテ顔ノ色白ク、目ハ少シ大キク ( 顎ノ ) 張り強シ、人体骨柄 賤シカラズ、
2、其節 ノ着類 黒羽二重ノ袷 、 下ニハ郡内大嶋 ノ襦袢
右体之者見付次第訴出候 ハバ、御褒美被下候間可遂吟味者也
157センチといえば江戸時代の平均である。太りもやせてもいず、人品卑しからずとあるから教養も感じられる青年だったことが分かる。また目は大きめで色白く顎骨が出ているとあるから現代でいえば「石黒
賢」を思い浮かべればいいのでないか。好男子である。年からいって独身、妻帯どちらともいえるが、その点に触れられたものはない。
鈴木伝蔵はしばらく寺町八丁目に潜伏したのち、中国筋をめざして逃亡したが、八田が長吏を頭とする在方を含めて非人組織をうまく活用した結果、池田村で長吏・小頭が鈴木を発見し、小浜村で身柄拘束。
『悲田院長吏文書』
直後の巷間では、
「鈴木伝蔵と云うた対馬者が、何とやらいふた韓人をころして、大さわぎじや
あった。
中略
是皆つしまの平田将監と云人の欲心からでたさう動じや
とさ。伝蔵は、吟味すんで、尻なし川の韓人の舟の前で、首打たれたとさ。
中略
美男じゃあった故に「あれかいな、あれがなんの人ころそうぞ。公儀と
いふものは、むごいものじゃ」といふたとさ。『上田秋成集』所収「膽大心小
録」岩波書店」同時代の記録である。
対馬の平田将監なるものの名が見えるが、この一文だけのようである。根拠のない『うわさ』のひとつに過ぎないといえる。
少なくとも事件発生当時から庶民は伝蔵に同情心を持っていた。そしてその同情心は2年後からの歌舞伎芝居になってなんども上演されることになる。
「1764年(明和元)年には『長崎丸山細見図』として脚色され、2年後の1767年2月28日人気劇作家並木正三が「世話料理鱸包丁」という作品に織り込み大坂角の芝居嵐雛助座で上演された。」しかし、「わずか二日の興行で打ち切りとなった。幕府の監視の目は、国際的事件の舞台化にきびしく、善隣関係への配慮から中止命令となったが、二年前の大事件の事実に近い脚色は大人気を博し、新しい衣装等で歌舞伎の新機軸をみせた。上演禁止の後26日から「今織蝦夷錦」と開作され上演された。
今度は、唐人・朝鮮通信使を削り、蝦夷人に代え、事件の舞台を奥州に移して検閲の目をくぐり抜けるしたたかさである。観客は裏目読みで崔天宗事件を重ねた。この作品の影響を受けて二十五年後に書き上げられ1789年寛政元年、同じ角の芝居中山福蔵座で上演された「漢人韓文手管始」(かんじんかんもんてくだのはじまり)4幕12場の通し狂言は鈴木伝蔵が寺に隠れた史実を取り入れている」
「同じ題材の作品として1796年寛政8年作者不詳「けいせい花大湊」1799年寛政11年の「唐土織日本手利」」「1792年寛政4年浄瑠璃の「世話仕立唐の縫針」がある。」ネットより。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本の最終兵器
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/05 16:20 投稿番号: [375 / 402]
維新から70年あまり、元勲はすべて世を去り、開戦当時の中枢は軍官僚というべき奴らだったんだろ。当時は士官学校、今の東大・京大卒の、いわば科挙制度で選出された勉強のできる役人たちか。
役人というのは非情だな。役人は戦争に往かんでもいいしな。
ただな、南方の見殺しをonly彼らの罪に帰させているが、ほかに方法があったのかなー、とも思う。
南方区域の制空海権を失った時点で勝負は一方的になった。ボクシングで言えば、ゴングが鳴った直後は速攻で相手に膝をつかせたが、すぐに利き腕を折ってしまい、あとは倒されるのを延ばすだけ、といった状況だった。かといって開戦しない訳にはいかなかったし。
日本人が死に物狂いで戦ったあの戦争を総括して後事に備えるといった認識は必要だと思う。
オメもそう思うか?
思ったら返事せよ。
これは メッセージ 372 (fukagawatohei さん)への返信です.
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大日本帝国も徳川幕府も消滅しました。
投稿者: japanpoors 投稿日時: 2009/11/05 09:32 投稿番号: [374 / 402]
そんなのも解らんから、
下痢で政権を投げだすんだよ。
おぼっちゃま安倍は、国会議員の資格なし。
頑張れ郵政民営化反対組!
麻生も反対組であった。(笑)
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fukagawatohei=在日、騙り、人非人の証明
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2009/11/05 09:03 投稿番号: [373 / 402]
在日が人非人なのではない。
fukagawatoheiが人非人なのである。
1、fukagawatoeheiは在日であると断定する。
(理
由)
日本の皇室の出自は朝鮮半島であると主張し、やけに拘る。
大量少女強姦韓国人牧師
金
保
に関する投稿をすると、必ず「韓国人」の部分を消してレスをする。
在日女性の80%以上が日本人と結婚すると云う単純な事実に対して、いきり立って反発する。
2、fukagawatoheiは被爆者二世を騙っている。
(証
拠)
①>軍隊に入ってからすぐに広島にある「結核患者を専門に治療していた」
陸軍病院に「入院させられた」という事実から、おいらが親父の
結核は持病だったと表現しただけなんですけどね〜。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ
投稿No.24475
投稿者:fukagawatohei
②>おいらの親父が入院したのは爆心地から1〜1.5kmくらいのところに
あった広島陸軍病院だよ。
結核患者が必ずしも、結核専門の病院に入れられるとは限らないんだよ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ
投稿No.24782 投稿者:fukagawatohei
上記二つの矛盾した投稿をした。被爆者二世を騙ろうとして疑問点を突かれ、
出任せの言いぬけを書いているうちに、突拍子もない矛盾を暴露した。
頭が悪いので嘘であることが丸見えになった。
滑稽なことに、上記二つが矛盾していることを、これほど単純な矛盾を、
七回も八回も突きつけられても、なかなか理解できなかった。
「お前の父親が入院したのはどんな病院か」と質問されてやっと分かった。
流石にそれから数週間は投稿しなかったが、また鉄面皮な投稿を繰り返すようになっている。
fukagawatoheiは極端に頭が悪い上に、度外れて面の皮が厚い。
3、fukagawatoheiは人非人である。
(理由)
①広島の被爆者を陰湿なやり方で嘲り揶揄することを快感としている。
>ガハー!
広島人はよほど頭が狂ってますな。もう一度原爆を落とされたいとはの。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8430、投稿者:fukagawatohei
>親父は東京に戻ってくるまで、しばらくの間、カボチャやイモを食べて生き延びていたそうだ。
カボチャやイモは原爆の熱でこんがり焼けていて、うまかったそうじゃ。広島の街全体がアメリカが落とした原爆で、ちょうど電子レンジでチンされちゃったようなもんだ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8528 、投稿者:fukagawatohei
この残酷な書きようはどうだ!!
>熱風の中をピョンピョンととびまわっていた
皮をむかれたカエルがドロ水の中に投げ込まれたように
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、
投稿No.19847、No.24493、No.24499
投稿者:fukagawatohei
初めは新聞の報道だと書き、それが父親の経験だとどうして言えるのかと追求すると、
父親が投稿したものだと言いなおした。
しかも新聞の切り抜きである言いながら投稿は「コピペ」である。
40年前の新聞の投稿欄をどうしてコピペできるのか?
②前大戦の特別攻撃隊への参加者を根拠もなく誹謗する。
>出撃した特攻機は味方の戦闘機が護衛し、逃げれば味方に撃ち落される。
「神風特別攻撃隊」のトピ
投稿No.33 / 57
投稿者 :fukagawatohei
このような日本人を傷つけるだけが目的の投稿をやり続けるfukagawatoheiは、
ヤフー掲示板から追放されてしかるべきである。
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美しい国日本の最終兵器
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/11/05 08:33 投稿番号: [372 / 402]
http://www.magazine9.jp/60th/seguchi/images/costume.jpg
伏龍の部隊が正式に編成されたのは、終戦直前の昭和20年8月5日だが、実際の訓練は、同3月ごろから始まっている。
終戦時には横須賀鎮守府の久里浜・ 野比、呉鎮守府の情島、佐世保鎮守府の川棚で、計3,000人近い若者が潜水訓練を受けていた。
このうち、横須賀の部隊(71突撃隊)の訓練拠点だった三浦半島の久里浜、 野比海岸は、最大の根拠地だった。
司令や大隊長というトップを除くと、最前線で指揮を執る士官は、職業軍人である海軍兵学校卒の士官は多くなく、予備学生出身者が大半を占めていた。
予備学生というのは、大学や専門学校に通っていた学生が海軍に志願し、短期間の訓練を受けた後、士官になる制度である。
戦争の規模が拡大し、職業軍人だけでは足りなくなったわけである。
そして実際に機雷を抱いて自爆する兵の主力は、海軍飛行予科練習生(予科練)の出身者だった。
搭乗員になる教育を中途で打ち切られた十代の少年飛行兵が多数を占めていた。
大空を飛翔することを夢見ていた少年たちが搭乗できる飛行機はもうなくなっていた。
予科練とは別に、徴兵年齢に達する前に、海軍を志願した若者も数多くいた。
そのようにして集められた16、7歳の少年たちを待っていたのは、文字通り死の訓練だった。潜水具の構造上の欠陥から、訓練中に殉職者が相次いだ。
隊員は、はき出した呼気をカセイソーダで浄化する清浄缶を背負って潜水していたが、潜水服や頭にすっぽりとかぶるカブトに海水が浸水してくると、大変なことが起きた。
水と反応したカセイソーダは化学反応を起こし、沸騰するほどの高温になり、潜水カブトの中に逆流する。
沸騰したカセイソーダを飲み込み、胃や食道を焼かれ苦しみながら死んでいく。
また呼吸方法を間違えると炭酸ガス中毒になり、すぐに意識を失ってしまう。
証言を総合すると、犠牲者は数十人になると思われるが、部隊の編成表をはじめ、機密文書の多くは敗戦直後に焼却処分され、殉職者の総数などは現在に至るまで分かっていない。
「伏龍」の存在が知られていないのは、本土決戦がぎりぎりで回避されたためである。
陸軍の主流派は「一億玉砕」「一億総特攻」を叫んでいた。
広島、長崎に原爆を相次いで落とされ、不可侵条約を破ってソ連が満州に侵攻してきて、やっと戦争を終結することになった。
関係者の取材を進める中で、この“作り話”のような「伏龍」の構想を、実際に考え出したのは、海軍軍令部第二部長の黒島亀人少将(当時は大佐)だったことが分かった。
驚くことに「伏龍」は、乗るべき飛行機がなくなり、「余剰人員」と化していた予科練生たちを「有効利用」するために考えられたという面もあった。
余ったから人間機雷にしてしまえという、転倒した発想だ。
戦時中、兵隊の命は「一銭五厘」より安いと言われてた。
「一銭五厘」 は兵士を召集する当時のはがきの値段だが、「伏龍」のことを知れば、日本の軍隊は一兵士の命をものすごく軽視していた事が分かる。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/11/03 21:03 投稿番号: [371 / 402]
あげ
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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朝鮮通信使32
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/31 09:38 投稿番号: [370 / 402]
「聞き捨てならぬことをおっしゃる。日本人が盗んだという証拠があると言われるか?」顔色を変えた伝蔵が抗議をする。
すると崔天宗は言うに事欠き、「人の良いわれわれの人情につけこみ、裏で稼いでいるだけではなく盗みもうまい、日本人は大したものとほめただけのこと」と、空気も読まず言い放った。
「ならば問わせてもらいます。そもそもご一行の食事の後に食器・備品がそろって残っていることはありません。あなたがたは食事の度に茶碗・皿などは言うに及ばず、膳までも盗んでいるではないですか。あなた方の葛篭の中はそれらの品々であふれているはず、それをどう思われるのか。」伝蔵は頬を紅潮させ抗議した。正論で突かれると逆上するのは朝鮮民族の古来変わらぬ特性だ。言い返す言葉が見つからずファビョった。そして持っていた杖で‘朝鮮国王をパカにするのか!?‘とどこかずれた言い返しを大声で発し、伝蔵を二度三度と打ちすえた。この瞬間崔天宗の余命は半日を、伝蔵の寿命は一ヶ月足らずを残すのみとなったのだ。勢いとはいえ、衆人の前で武士の面体を打ちすえるのは虎の尾を踏んでツイストをかけるようなもの、無事で済むわけがない。
多くが止めに入ってその場は散開したが、すでに佐賀藩の『葉隠』が完成してから半世紀も経ち、日本武士の生きざまは確立されていた。伝蔵の取るべき道は、もはや夜半を待つことしか残されていなかった。
時に至り、伝蔵は境内に仮設された数棟ある物置の一つに向かった。そこには対馬藩が帯同している諸道具が雑然と置かれていて、柱にかけられた一灯が薄暗い空間を作っている。通信使一行の盗みに手を焼き、各棟に一人ずついる不寝番が炭俵を背に眠り呆けていた。伝蔵はそれを起こして鋸を出させた。組み立て式の槍立てには十本ほどの槍が屹立している。不思議そうに見つめている不寝番に声もかけず伝蔵はその中の一本を取り出し、槍尻から1尺5寸ほど切り落とした。
その上で腰に巻いていた下帯を解き襷にかけ、袴の両側をはしょって帯に挟んだ。そして槍尻を切り落とした得物を小脇に抱え表に出る。影ができるような月夜であった。昼間の騒ぎを耳にしていた不寝番は、今はすべてを察して伝蔵の背を無言で見送る。
本殿に戻り暗い寺の廊下を崔天宗の寝所に向かって歩む。すぐに伝蔵は庭に面した一室の前で立ち止まった。自分が部屋割りにかかわった崔天宗の寝所を間違うことはない。廊下沿いの雨戸はすべて開け放してあり、外は低い塀で囲まれた小さな庭になっている。刈り込まれたツツジが開く直前の花弁を総身に纏い点々と屈んでいた。塀が対角になったところにくぐり戸がありその先が裏参道に通じていることを伝蔵は確認していた。
10畳ほどの部屋に4人の中級通信使が寝穢(いぎたな)く寝転がっている。伝蔵が静かに部屋に踏み入ると差し込んだ月光で崔天宗をすぐに確認できた。伝蔵は槍を半身に構え彼を跨ぐと腰のあたりを蹴飛ばす。なにか、と崔天宗は半身を起こそうとするとすかさず槍が突き出された。突きはやや浅く、咽喉の真正面から入った槍刃の突端が崔天宗の頚骨にこつんと当たって止まった。しかし横に寝かせた槍刃は崔天宗の総頸動脈を避け真正面から食道を断ち切っていた。
食管を分断された崔天宗は血が湧き溢れる唇から一声も発することができず、また何があったのかもわからぬまま全身を硬直させ両手で槍刃を握るようなしぐさを見せる。伝蔵はさらに左足を踏み出し無言でそのまま得物をぐいっと前に突き出す。軽めの手ごたえとともに槍先は崔天宗の頸骨の間を滑り抜け、脊髄を断ち切り、首の真後ろに先端をのぞかす。頭が前にがくんと折れ、崔天宗の意識はそこで永久に終わった。
同時に約束された伝蔵と崔天宗の死は、しかしその過程において大きな違いがある。前者は数日後の死を覚悟しており、後者はなにがなんだか分からず、気がついたら死んでいたのだ。どちらが好ましいか、論がもつれる命題であろう。
さて、崔天宗の上半身はゆっくりと後ろに倒れ、首から血にまみれた槍刃がふたたび姿を現した。伝蔵はその槍を横にさっと血振るいさせ、周囲を睨め回す。手向かいする者があればかまわず突き伏すつもりだ。
他の3人の通信使はさすがに目を覚ましており、一様に唖然と二人を見つめていたが、伝蔵の睥睨に怯えた目を見開き腰座りのまま後ずさりする。そのうちの何人かが漏らしてしまったのだろう、部屋に小便の臭いが広まった。場違いな異臭である。苦笑した伝蔵は身を翻して庭に飛び降り、くぐり戸に槍を立てかけそのまま逐電する。
つづく
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/27 14:14 投稿番号: [369 / 402]
age
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朝鮮通信使31
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/24 07:12 投稿番号: [368 / 402]
事件の発端は、無事に役目を果たした通信使が京都から川船に乗り、大阪長浜で海船に乗り換えるため上陸した折に起こった。
朝鮮の下級官人が船に鏡を忘れたとして騒ぎだしたのだ。対馬藩から通訳の一人として鈴木伝蔵なる下級武士も随行していたが、言葉のわからない異国人を補佐するこの役目は起きてから寝るまでの雑用係だ。伝蔵はすでに通信使と密着して半年の日を過ごしており、彼我の文化の違いにフラストレーションが溜る一方であった。
今回も面倒くさいことであったがなにしろ大仰に騒ぎたてる。伝蔵は乗組員などを動員し船中をくまなく探した、が、鏡は見つからない。見つからないものは如何ともしようがないので、そのむね朝鮮側中級官人の崔天宗(さいてんそう)なる者に告げた。
すると彼はこともあろうに「日本人は盗みの仕方がとても上手だ」、と朝鮮語で辺りもはばからず言い放った。他の日本人は言葉の意味が分からないとはいえ、目の前でそのように言われては、朝鮮語の分かる伝蔵にとって聞き逃すわけにはいかなかった。
伝蔵は道中半年の間彼らに好意を抱いたことはなかった。それどころか嫌悪の念が募る一方であった。その因は多岐にわたっているが、中でも彼らが犬を食うことに拒否感が強かった。日本でも赤犬の肉は食すと言われるが、所詮下賤の衆の楽しみだ。逆に犬猫をペットとして飼っている家は少なくない。生類憐みの令が廃止されたのは60年足らずの以前だ。強制された法令とはいえ、生き物に対する哲学を体罰付きで教えさせられ、それなりに無益な殺生は避けるという教育を受けている。
その結果下記の西洋人の書に残されているように、人間と犬との信頼関係が培われていた。
「先日の朝、私は窓の外にいる犬に石をぶつけた。犬は自分の横を過ぎていく石を見ただけで、恐怖の念は更に示さなかった。そこでもう一つ石を投げると、今度は足の間を抜けたが、それでも犬はただ不思議そうに石を見るだけで、平気な顔をしていた。その後往来で別の犬に出くわしたので、わざわざ屈んで石を拾い、犬めがけて投げたが、逃げもせず、私に向かって牙をむき出しもせず、単に横を飛んでいく石を見つめるだけであった。
私は子供の時から、犬というものは、人間が石を拾う動作をしただけでも後ずさりをするか、逃げだしかするということを見てきた。今ここに書いたような経験によると、日本人は猫や犬が顔を出しさえすれば石をぶつけたりしないのである。後略(E・S・モース
『日本その日その日』)」
このように日本人と、少なくとも日本国籍の犬猫の間には基本的な信頼関係が築かれている。路傍の飢えた犬に食い物を投げてやるのも珍しい光景ではない。日本人は動物に優しいのだ。
日本の犬は朝鮮人に対しても同じ意識で接したろう。エサをちらつかされて近づけば、直後に背中にかくし持った棍棒で撲殺されるとは夢にも思わなかった。・・犬も夢を見るとしたらだが。
そして殴り殺した犬の首に縄をかけそのまま宿所まで引きずっていくのである。明らかな家禽である鶏まで白昼強奪する輩である。庭先に繋いでいる犬も犠牲になったことは想像に余りある。
宿舎敷地内(多くは寺院)に口から血泡を吹いた犬が転がっているのはいつもの光景だし、ときには木に吊り下げられた犬の内臓を抜いている場面にも出会う。驚いたのは彼らはその臓物まで食ってしまうことだ。大鍋にぶつ切りしたそれらと野菜を満たし、塩味か持ってきた朝鮮味噌で味付けをする。明らかに異臭がたつが、寺側も文化の違いとて黙認した。
出立前に深く穴を掘らせて、食せない毛皮や出汁を抜かれた骨を処分させる。
猫も食っているという噂?も立った。伝蔵にとってどうにもなじめない彼らが習慣だった。
加えて、彼らが出立した後は多くの食器が消えていた。食器どころか什器や布団まで持ち出す始末だ。立ち小便や痰はところ知らず、食事の内容にも文句をつける。はては卑女を手籠にしたりもする。
また、通信使一行のうち、相当数の中級官吏が布で巻いた朝鮮人参を1―2本葛篭の底に隠し持ち込んでいた。朝鮮人参は彼らにとっても高価な薬剤だ。その換金を江戸で伝蔵は頼まれることになるが、乞われるままに現物を薬屋に持ち込んで売ってきてやっても感謝しないのである。それどころか伝蔵が利益の多くをピンはねしていると勘繰るのだ。
伝蔵にとってうつうつと面白くない日が続くがお役目第一である、間もなく故郷に帰れると、それだけを楽しみに日々の務めを果たしていた。
つづく
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Re: 美しい国日本 age
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/21 13:30 投稿番号: [367 / 402]
みなさん、新型フル、大丈夫?
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朝鮮通信使 30
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/17 16:31 投稿番号: [366 / 402]
『総論』に書かれた、彼ら通信使の大きな目的であった敵情分析に少々反問したい。かなり正確に日本を捉えてはいるが、なんだこりゃというところも多い。
>人を切っても殺人罪はなく、・・
そんなことない、人を殺めるのは古今東西普遍の重罪だ。よほどの情状がない限り死罪は免れなかった。
>よく人を殺すことを気節ある者とし、斬罪者が出ると先を争って試し切りをし、子供たちにも見物させて習わせようとする。
かなり大げさ。ま、公開処刑も世界各国で普通に行われていたし、それがある意味庶民の娯楽だったことも世界中で普遍だ。
江戸時代、新刀の試し切りとして刑死の死体を使った胴斬りなるものがあった。しかしそれができるのは高位の武士で、公開ではなく屋敷内で行われた。斬首になった屍はとうぜん首なしだ。横たえた死体を重ね、最高4体を切り下げるものもあったという。
辻斬りは文句なく市中引き回しの上獄門磔。
ちなみに、朝鮮開国後訪れた西洋人が罪人の死刑執行を目撃して記述しているが、殺す前の、人知を尽くした拷問技に驚愕している。ちなみに日本の江戸時代は白状させるための拷問はあったが、↓のような、殺す前に苦痛を与える目的の拷問はない。
「・・・棒の使い道は、チュリの刑罰を与えることにあった。囚人の足の内側に棒をはさんで執行人たちは、自分の体重をすべて棒の片側にかけた。囚人が続けざまに吐き出す叫び声は聞いていてもじつに凄惨なものだった。足の骨が砕けつぶれる音が聞こえると同時に、その痛さを表現する声も囚人の凄絶な悲鳴も止まった。全身縛られた状態であるにかかわらず、上体を起こした死刑囚は、ほとんど座った姿勢になった。
顔には、死人のそれのようにまったく血の気がなく、唇は、固く閉じられてひとつの細い真っ青な線になっている。両の目は白目をむいており、額からは冷たい汗が雨のようにしたたり落ちた。首が力なく垂れた。体がだらりと地面にのびた。死刑執行人が棒をはずし、乱暴な手つきで実際に完全に手足が折れたかどうか調べている間も、囚人は、何も感じない死んだ羊のごとくじっと倒れたままだった。
気絶した囚人は、ややあって意識をとりもどした。力なく首を左右にゆすりながら呻き声を出し、その場に身を横たえている。執行人らは、囚人の腕の骨と肋骨を次々と折ってから、最後に絹紐を使って首を絞めて殺し、その死体をどこへやら引きずっていった。
・・・理由がなんであれ、こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうという点だ。
「悲劇の朝鮮」
アーソン・グレブスト
(1989年
白帝社)
読むだけで吐き気を催すような描写だが、実際日本が併合するとこのような拷問は即座に禁止させた。しかし韓国人は日帝強占時代に、日本憲兵が朝鮮の民衆をむごく拷問したと言い立て、複数の「歴史館」で、おどろおどろしい蝋人形を使ってその場面場面を再現している。ま、お祭りのお化け屋敷と変わらない出来栄えだが。資料的根拠は生存者の証言が主で、その点シナの「南京大虐殺」と変わらない。
とまれ、朝鮮人は日本人の勇猛果敢な戦ぶりを残虐性の表裏として解釈しているが、江戸時代の刑罰史を一覧すれば、『その性残酷』とは、
「執行人らは縛られた囚人の後頭部のすぐ上の虚空を鞭で切りながら嬉々としている。鞭が囚人の耳元を過ぎるときのその音はぞっとするものであろう。囚人は怯えた視線でこの残忍な遊戯を追い、すでに鞭が肉に食い込む痛みを感じているかのように全身をけいれんさせる。」
このように無抵抗の罪人の苦痛を喜びとする民族性をいうのであろう。
ここで朝鮮通信使が絡んだ対馬藩武士の死罪について記させてもらう。
事件は次回の第11回通信使来日の際に起きた。17年後のことである。
「通信使の随員の中には、そのような扱いに慣れ、段々と尊大な行動をする者も現れた。出船の時に、前夜出された夜具を盗んで船に積み込んだり、食事に難癖をつけて、魚なら大きいものを、野菜ならば季節外れのものを要求したりというような些細なことから、予定外の行動を希望し、拒絶した随行の対馬藩の者に唾を吐きかけたりするようなこともあったという」
このような通信使の行状が引き起こした、日本武士であるが故の悲劇は、後の忠臣蔵のように歌舞伎・浄瑠璃などで江戸市民を沸かせることになる。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/12 18:48 投稿番号: [365 / 402]
あげ
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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朝鮮通信使29
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/10 06:59 投稿番号: [364 / 402]
「対馬藩が通信使来聘のたびに沿道の各地からの贈与品で裕福となるとの記述は、莫大な支出を余儀なくされる通信使来聘は、拝借金にもみられるように、とても裕福になるようなことではなく、間違った見方である」引用本
著者も、さすがに朝鮮人のヒガ目に呆れているようだ。
『聞見録』総論
「筑前州は火井があって日が照ると煙と焔が天に立ち上り、水が沸いてあふれて凝結して硫黄になる。薩摩州は琉球国に近く、風俗が荒々しく兵力が甚だ強く、蛇のごとく毒々しく死を恐れぬ者たちであるので、日本人は薩摩人の三字をきけばみな恐れた。
摂津州には繁華な大阪がある。北に山城州、南に播磨州、東は海で一国の中央に位置し、四方の物貨が幅湊し、利益を狙う輩が座して諸侯なみの富を享有している。繁華で富盛なことは諸島の中で第一である。このため秀吉がここを都邑として国中に号令した。
家康が関白になると、東方の反乱を憂慮して江戸に都邑を移し、摂津州の三分の二を天領として町奉行を置き、城には大阪城代を置いて守護させた。年ごとに徴収する金と絹が倉庫に満ちた。」
兵
「弓矢はわが国の弓に似ており、矢も短小で強くない。大砲・小銃・火縄銃の諸具は見るからに精鋭である。
みな刀の一振りや二振りは身に帯びており、私闘であっても一歩退いた者は主君や郷里から捨て去られ、子供とともに餓死することになる。この習性が強力な軍事力の基となる。」
兵船の制度は、
「平生の荷船が荷をおろして戦場に赴けばみな兵船となる。日本人は操船の技術に優れ、櫓数は多くとも、一人の手で漕ぐように揃い、飛ぶように進んでいく。わが国の船夫とは比較にならない。」
刑罰
「重罪は斬首、自刃、配流または鉄片で頭を焼き入れ墨、軽罪は弓矢を納めて贖罪する。人を切っても殺人罪はなく、よく人を殺すことを気節ある者とし、斬罪者が出ると先を争って試し切りをし、子供たちにも見物させて習わせようとする。盗みをする者あれば村中の者が総出で殺すので、国内には無頼漢や盗賊の心配はない。」
食事
「囲炉裏で作り、飯は漆塗りの器で食べ残すことなく二、三合食べる。刺身はたいへん大きく、汁物は少し食べられるが、醤油は甘く臭いので気分が悪くなる。飯は赤米で炊くが、撫子のような形をしていて食べられない。」
物産
「陸奥から金、石見・佐渡・但馬から銀、播磨・備中から銅、豊前・豊後から鉄を産出する。
良馬は甲斐、黒牛は長門、硯は赤間関、紙は美濃、壱岐からは麻織物、加賀から絹織物、錦は摂津のものが一番であり、真綿は筑前が有名である。
長槍や刀は備前と尾張名古屋・大和奈良が第一である。
米は筑前・河内が多く産出し、良酒は三原、博多から、海産物は数えきれない。
果物の類はなんでも甘く滑らかである。
日本で産出しないものは虎・豹・鷹・鶯・かささぎ、などと、松の実・胡椒・蜂蜜も産さない。」
人民
「兵・農・工・商・僧の五階級あるが、兵民が最も平安で衣食も余裕があり、商民は富裕だが税法が重く、工民はすべての技術に巧みであるが収入が少なく、もっとも苦しいのは農民である。苦労した収穫物はみな徴収され芋粥で命をつないでいる。平和で戦争の苦しみはないが、生活の苦しさから逃れられない。」
医者
「前人の日記には、医術・ハリ法・売卜など具備されざるはなしとあるが、今回見聞きしたところでは若干はそのような者もいたが、みな医術も知らず、占いも論ずるに足るものはない。朝鮮の人参がすべての病に薬効があると信じている。」
人品
「軽率で悪毒。礼法が厳しく高位の前では恭しく、少しでも失策があれば死に至る。他人の言を軽く信じ、喜怒の情が急であり、骨肉の者も愛さず、父子の間の賃借も厳しい。
女子は容貌が優れ明るいが天性が淫蕩である。 近親の間でも姦通してなんら恥じることもなく、婚礼の礼説もなく恥を知らぬ国である。」
文学
「国に科挙制度がなく、聡明で才能があっても、立身出世の道はない。文学と律詩で傑出した者は新井白石と伊東仁斎くらいに過ぎぬ。」
紀律
「音律と度量衡は整然としている。畑はきちっと開墾され、一畝も曲がることなく、村には糞とか汚物も見あたらない。これらの規律の元をなしたのは、徐福が日本に渡り、商君の法を行って富国強兵の元を作ったのであろう。」
「日本は海で囲まれ、他国から侵入の憂いがない。蛇・虎・豹がおらず、腫瘍や咳嗽の病もなく、肥沃の平野が千里も広がり、男子は耕作し、女子は一年に三度蚕を飼う。山海の水産物、鉱物を採って金銀が土くれのように積まれ、楽土・楽園といえる」終わり。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: ioiorururu910 投稿日時: 2009/10/09 08:46 投稿番号: [363 / 402]
上げておきます
これは メッセージ 362 (hendazo04 さん)への返信です.
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Re: 美しい国日本 あげ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/07 06:06 投稿番号: [362 / 402]
あげ
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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朝鮮通信使 28
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/03 09:01 投稿番号: [361 / 402]
秀吉の時代の倭寇は今の特ア人が組織したものがほとんどであったが、日本にとっても海賊は迷惑な存在だし、したがって日本の都合で倭寇の息の根を止めたのだが、それによって中韓が莫大な恩恵を受けたこともまた事実なのだ。日本人が言う『お陰さま』で、感謝の対象になる。
そもそもいつの世も民族間に真の友好関係などというものは存在しない。60余年前までは、隙あれば他国の領土を侵略略奪し、または民族全体を奴隷状態に陥としいれても不審に思われない時代だったのだ。恐しや、そういうせめぎ合いが人類発祥以来、日本が西欧植民地主義国に立ち向かった第二次世界大戦の終結まで続いていたのだ。
日本にすれば、当時の情勢から仕方なく朝鮮併合を引き受けてしまったといえるし、米欧も東亜安定のためそれを願った。韓国側の抵抗は当然あったが、それはゲリラ戦を展開するというレベルまではいかなく、ごく散発的なテロで終わっている。
しかし併合の結果として30年後、新たな世界秩序の礎となった大東亜戦争に朝鮮人も参加することになった。暴虐きわまる白人の世界支配を終了させた東洋の小国日本の偉業に、実は朝鮮人も関わって功があったといえるのだ。千載一遇、現在の彼らが渇してやまない「民族の誇り」の時代を、しかし彼らは「日帝強占」と否定して見せる。いつでもどこでもピントが外れている。
次は対馬。
対馬島はわが日本の国作り神話でいう、イザナギとイザナミが産み落とした大八州の一つであり、日本民族発祥以来の故地である。
ウォン高のとき、常識はずれな韓国人観光客が島内を跋扈し、それは民度の差と大目に見るとしても、‘対馬の経済はわが国が支えている‘と、舞い上がったあげく、対馬島は朝鮮の領土だった、日本に奪われたと吹聴しはじめ、韓国の国花とされるムクゲを公園など島内のあちこちに植樹した。
呼応して韓国の与野党国会議員50人による、‘日本の対馬も韓国の領土だ‘とする「対馬返還要求決議案」が昨夏[08年]発議された。(上程されたかどうかは寡聞にして不明)
ああ、なんでもありの朝鮮民族。
思い起こせば十数年前、ホノルルの英語学校やゴルフ場には韓国人留学生があふれていた、が、アジア通貨危機に入ってすぐに姿が消えた。全く煙のように消えてしまったのだ。彼らの怪気炎はひっきょうフトコロ次第なのだ。金を待たなければ持つ者をひがんで恨み悪さをし、持てば持たない者をさげすみ侮辱し暴力的に扱う。
閑話休題。
「島内には産物もなく他州のように豊かでないが、信使を護衛して江戸を一度往復すれば、幕府の援助の上に沿道各地の贈与品が入り、かなり富裕になるようだ。」
「島内は瘦地ばかりで米を産する地はなく、わが国が毎年届ける下賜米と人参の購入によって島民は暮らしを支えている。」
この文には説明が必要だ。
倭寇の元祖は対馬島や九州北岸に居住する島嶼人が主体だった。その跳躍を控えてもらうために領米を捧げ対馬藩による半島=シナとの独占貿易を朝鮮王国は認めざるを得なかったのだ。倭寇の被害はシナ・朝鮮にとってそれほど甚大なものだった。そして倭寇とは、元寇や応永の外寇で高麗兵に無残な略奪・凌辱の目に遭った者たちが中核となり、因果応報であろうか、結果的に朝鮮への報復組織として発達したものだ。
したがって『下賜米』といっても毟り取られるようなもので、恐喝されたのに恵んでやったとうそぶくような悲しい見栄にすぎない。
「人参は対馬で一斤の値が江戸では千金にもなるが、最近では密貿易や清国商人の進出もあって対馬が独占できず利益がなくし、以前とは様子が変わっている。
対馬人は口を開けば島内の貧しさと疲弊をいい、江戸道中も信使と沿道の各藩の間に立って巧みに欺いて金を得ていた。
またわが国の倭館にいる対馬人も朝鮮人の人情につけこみ、賄賂を贈って朝廷の消息をぬすみ、役人を脅迫して禁制を犯し、罪を役人に科す振る舞いがある。このような功悪な状態は朝廷が善処して後の防備としなければならない。」
『朝鮮人の人情につけこみ』
『朝鮮人の人情につけこみ』・・・??
むむ、キッカイなり。自己評価というものはこれほど自在なものなのか。
とまれ、ものを解釈する視線はひとえに見る人間の価値観にかかわるが、対馬人を語る朝鮮人の疑心には、人の性を善とみる日本人にはうかがい知れないホルホル回路があるようだ。このような民族とどう関わりあうかというと、小鳥鳴き花咲く丘に住んでいる者たちが、臭気が漂う薄暗い袋小路に踏み入ることはないと、つい思ってしまう。
つづく
追伸・このときの通信使は対馬でさつま芋の栽培を知り、種芋をもらいうけ半島での栽培に成功している。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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