閔妃暗殺
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/25 09:24 投稿番号: [399 / 402]
閔妃の若いときの写真が今に残る。大きな一人用の椅子に腰掛けているが、なぜか左端に身を寄せていて右側がかなり空いている。遠慮がちな座り方だ。思うにまだ権勢を振るう前であったのか。
頭の上のばかでかい被り物が異様だが、髪を後ろになでているので顔貌がそっくり現れている。色白の細面で顎先は細いが、両エラがやはり張っていて、見た目に意志の強さを感じさせる。聡明そうな目は細めの一重だが、顔で目立つのはなんといっても前に突き出た肉感的な下唇だ。
後宮のお手つき美女ではなくお見合い婚だから、そう美人である必然性はないが、なかなか魅力的な女性だ。とまれ、被害者であろうと加害者であろうと不美人の事件には庶民は無関心だ。その点43歳であった閔妃暗殺の血にまみれたエロチシズムは、さながら格好のあぶな絵に作られたと想像するが、どうもそうではないようだ。
暗殺事件は日清戦争終了からわずか半年後、閔妃の政敵である国王の実父大院君と朝鮮駐在の日本官憲が結託して行われた。
そもそも日本が日清戦争を戦ったのはロシアの東進南下政策の意味を熟知しているからであり、かれらの鉄爪はすでにシベリアのツンドラ地帯を越えて沿海州にたどり着き、さらに町を開き軍港を備えていた。そこはウラジオストク(東方を制覇せよ)と命名され、ロシア東洋艦隊が出入し日本を北から威嚇していた。しかしウラジオストクの冬は氷結のため活動が充分ではなく、彼らは沿海州沿いの不凍港を求め、その地は朝鮮半島東岸にしかなかった。
一方陸上は満州を支配して朝鮮と北方で国境を接していた。もしや、朝鮮半島がロシアの薬籠中のものとなれば日本の運命は危ういものとなる。
がためにシナと戦ったのだ。だから講和条約の第一条件に朝鮮国の独立を承諾させた。
下関条約第1条
「清は朝鮮が独立国であることを認め、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。」
延べ、千年に及ぶシナの支配から永遠に解放されたのだ。画期的な出来事であった。朝鮮人は日本に大感謝し、日本は朝鮮と手を携えてロシアの侵略から半島と列島を守ることができる、・・はずだった。
しかし、戦勝によって開けた青空に再び不吉な黒雲が覆いかぶさってきた。それは朝鮮政府閔妃一派の裏切りによって焚きつけられた凶雲だった。
清国との講和条約から間をおかずしてロシア主導で「三国が干渉」してくる。悲憤慷慨、しかし開国からわずか36年、国際社会に新入りの日本は列強3国の強大な武力に対抗できよう筈もなかった。日本人皆後日を期して涙を飲んだ。
それを見て閔妃は機敏に動く。宗主国に勝ったとはいえ、今日本は3国の、いえばロシアの唸りに尻尾を巻いて引き下がったではないか。所詮列強には敵わない。
寄らば大樹の陰というのか、必死に差し出した日本の番傘を用済みとばかり放り投げ、朝鮮はロシアの胸中に飛び込んだのだ。これを弱小国の致し方なき政治的セオリー、次善の策とは捉えられない。なぜなら、ロシアの朝鮮を優遇すること一方ならないのはあくまでも期限付きのことである。ロシアが朝鮮半島に軍港を築き日本を睥睨することができたら、飢えた熊のごときロシアは朝鮮を併合すること火を見る以前に明らかであった。しかし他国に媚びて一族の栄華を求める閔妃はロシアに鉱山採掘権や森林伐採権を売り渡すばかりか、関税権などの国家基盤をも譲り渡し、日本をしてその手当てに翻弄させた。はや閔妃は国を切り売りし始めていた。
そして7月にはロシアの武力でクーデターを起こし、日本と共同歩調を取っていた大院君を追い出しで国の実権を掌握したのだ。
これは実質日本に対するクーデターである。心あるものは切歯扼腕し、ソウルに不穏な空気が張りつめてきた。
つづく
頭の上のばかでかい被り物が異様だが、髪を後ろになでているので顔貌がそっくり現れている。色白の細面で顎先は細いが、両エラがやはり張っていて、見た目に意志の強さを感じさせる。聡明そうな目は細めの一重だが、顔で目立つのはなんといっても前に突き出た肉感的な下唇だ。
後宮のお手つき美女ではなくお見合い婚だから、そう美人である必然性はないが、なかなか魅力的な女性だ。とまれ、被害者であろうと加害者であろうと不美人の事件には庶民は無関心だ。その点43歳であった閔妃暗殺の血にまみれたエロチシズムは、さながら格好のあぶな絵に作られたと想像するが、どうもそうではないようだ。
暗殺事件は日清戦争終了からわずか半年後、閔妃の政敵である国王の実父大院君と朝鮮駐在の日本官憲が結託して行われた。
そもそも日本が日清戦争を戦ったのはロシアの東進南下政策の意味を熟知しているからであり、かれらの鉄爪はすでにシベリアのツンドラ地帯を越えて沿海州にたどり着き、さらに町を開き軍港を備えていた。そこはウラジオストク(東方を制覇せよ)と命名され、ロシア東洋艦隊が出入し日本を北から威嚇していた。しかしウラジオストクの冬は氷結のため活動が充分ではなく、彼らは沿海州沿いの不凍港を求め、その地は朝鮮半島東岸にしかなかった。
一方陸上は満州を支配して朝鮮と北方で国境を接していた。もしや、朝鮮半島がロシアの薬籠中のものとなれば日本の運命は危ういものとなる。
がためにシナと戦ったのだ。だから講和条約の第一条件に朝鮮国の独立を承諾させた。
下関条約第1条
「清は朝鮮が独立国であることを認め、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。」
延べ、千年に及ぶシナの支配から永遠に解放されたのだ。画期的な出来事であった。朝鮮人は日本に大感謝し、日本は朝鮮と手を携えてロシアの侵略から半島と列島を守ることができる、・・はずだった。
しかし、戦勝によって開けた青空に再び不吉な黒雲が覆いかぶさってきた。それは朝鮮政府閔妃一派の裏切りによって焚きつけられた凶雲だった。
清国との講和条約から間をおかずしてロシア主導で「三国が干渉」してくる。悲憤慷慨、しかし開国からわずか36年、国際社会に新入りの日本は列強3国の強大な武力に対抗できよう筈もなかった。日本人皆後日を期して涙を飲んだ。
それを見て閔妃は機敏に動く。宗主国に勝ったとはいえ、今日本は3国の、いえばロシアの唸りに尻尾を巻いて引き下がったではないか。所詮列強には敵わない。
寄らば大樹の陰というのか、必死に差し出した日本の番傘を用済みとばかり放り投げ、朝鮮はロシアの胸中に飛び込んだのだ。これを弱小国の致し方なき政治的セオリー、次善の策とは捉えられない。なぜなら、ロシアの朝鮮を優遇すること一方ならないのはあくまでも期限付きのことである。ロシアが朝鮮半島に軍港を築き日本を睥睨することができたら、飢えた熊のごときロシアは朝鮮を併合すること火を見る以前に明らかであった。しかし他国に媚びて一族の栄華を求める閔妃はロシアに鉱山採掘権や森林伐採権を売り渡すばかりか、関税権などの国家基盤をも譲り渡し、日本をしてその手当てに翻弄させた。はや閔妃は国を切り売りし始めていた。
そして7月にはロシアの武力でクーデターを起こし、日本と共同歩調を取っていた大院君を追い出しで国の実権を掌握したのだ。
これは実質日本に対するクーデターである。心あるものは切歯扼腕し、ソウルに不穏な空気が張りつめてきた。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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