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朝鮮通信使 28

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/03 09:01 投稿番号: [361 / 402]
秀吉の時代の倭寇は今の特ア人が組織したものがほとんどであったが、日本にとっても海賊は迷惑な存在だし、したがって日本の都合で倭寇の息の根を止めたのだが、それによって中韓が莫大な恩恵を受けたこともまた事実なのだ。日本人が言う『お陰さま』で、感謝の対象になる。
そもそもいつの世も民族間に真の友好関係などというものは存在しない。60余年前までは、隙あれば他国の領土を侵略略奪し、または民族全体を奴隷状態に陥としいれても不審に思われない時代だったのだ。恐しや、そういうせめぎ合いが人類発祥以来、日本が西欧植民地主義国に立ち向かった第二次世界大戦の終結まで続いていたのだ。
日本にすれば、当時の情勢から仕方なく朝鮮併合を引き受けてしまったといえるし、米欧も東亜安定のためそれを願った。韓国側の抵抗は当然あったが、それはゲリラ戦を展開するというレベルまではいかなく、ごく散発的なテロで終わっている。
しかし併合の結果として30年後、新たな世界秩序の礎となった大東亜戦争に朝鮮人も参加することになった。暴虐きわまる白人の世界支配を終了させた東洋の小国日本の偉業に、実は朝鮮人も関わって功があったといえるのだ。千載一遇、現在の彼らが渇してやまない「民族の誇り」の時代を、しかし彼らは「日帝強占」と否定して見せる。いつでもどこでもピントが外れている。

次は対馬。
対馬島はわが日本の国作り神話でいう、イザナギとイザナミが産み落とした大八州の一つであり、日本民族発祥以来の故地である。
ウォン高のとき、常識はずれな韓国人観光客が島内を跋扈し、それは民度の差と大目に見るとしても、‘対馬の経済はわが国が支えている‘と、舞い上がったあげく、対馬島は朝鮮の領土だった、日本に奪われたと吹聴しはじめ、韓国の国花とされるムクゲを公園など島内のあちこちに植樹した。
呼応して韓国の与野党国会議員50人による、‘日本の対馬も韓国の領土だ‘とする「対馬返還要求決議案」が昨夏[08年]発議された。(上程されたかどうかは寡聞にして不明)
ああ、なんでもありの朝鮮民族。

思い起こせば十数年前、ホノルルの英語学校やゴルフ場には韓国人留学生があふれていた、が、アジア通貨危機に入ってすぐに姿が消えた。全く煙のように消えてしまったのだ。彼らの怪気炎はひっきょうフトコロ次第なのだ。金を待たなければ持つ者をひがんで恨み悪さをし、持てば持たない者をさげすみ侮辱し暴力的に扱う。

閑話休題。
「島内には産物もなく他州のように豊かでないが、信使を護衛して江戸を一度往復すれば、幕府の援助の上に沿道各地の贈与品が入り、かなり富裕になるようだ。」
「島内は&#30246;地ばかりで米を産する地はなく、わが国が毎年届ける下賜米と人参の購入によって島民は暮らしを支えている。」

この文には説明が必要だ。
倭寇の元祖は対馬島や九州北岸に居住する島嶼人が主体だった。その跳躍を控えてもらうために領米を捧げ対馬藩による半島=シナとの独占貿易を朝鮮王国は認めざるを得なかったのだ。倭寇の被害はシナ・朝鮮にとってそれほど甚大なものだった。そして倭寇とは、元寇や応永の外寇で高麗兵に無残な略奪・凌辱の目に遭った者たちが中核となり、因果応報であろうか、結果的に朝鮮への報復組織として発達したものだ。
したがって『下賜米』といっても毟り取られるようなもので、恐喝されたのに恵んでやったとうそぶくような悲しい見栄にすぎない。

「人参は対馬で一斤の値が江戸では千金にもなるが、最近では密貿易や清国商人の進出もあって対馬が独占できず利益がなくし、以前とは様子が変わっている。
対馬人は口を開けば島内の貧しさと疲弊をいい、江戸道中も信使と沿道の各藩の間に立って巧みに欺いて金を得ていた。
またわが国の倭館にいる対馬人も朝鮮人の人情につけこみ、賄賂を贈って朝廷の消息をぬすみ、役人を脅迫して禁制を犯し、罪を役人に科す振る舞いがある。このような功悪な状態は朝廷が善処して後の防備としなければならない。」

『朝鮮人の人情につけこみ』
『朝鮮人の人情につけこみ』・・・??   むむ、キッカイなり。自己評価というものはこれほど自在なものなのか。
とまれ、ものを解釈する視線はひとえに見る人間の価値観にかかわるが、対馬人を語る朝鮮人の疑心には、人の性を善とみる日本人にはうかがい知れないホルホル回路があるようだ。このような民族とどう関わりあうかというと、小鳥鳴き花咲く丘に住んでいる者たちが、臭気が漂う薄暗い袋小路に踏み入ることはないと、つい思ってしまう。

つづく

追伸・このときの通信使は対馬でさつま芋の栽培を知り、種芋をもらいうけ半島での栽培に成功している。
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