ユダヤ民族と朝鮮民族 8
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2010/01/10 08:21 投稿番号: [395 / 402]
明治期に、ユダヤ、朝鮮両民族は、日本人と血統を同じくするのではないかという、いわゆる「日ユ同祖論」と「日鮮同祖論」が盛んになった。
前者は開国後に訪れたスコットランド人が「日本古代史の縮図」で発表した。その説が1901年、「ユダヤ大百科事典」のニューヨーク版にある失われた10支族の項目に引用されたというから、ユダヤ人もこの説にまんざらではないようだ。
バビロニアに定住させられていた10支族は解放後も故地に戻ろうとせずに消息を絶った。終末の日にカナンに帰るまで、彼らの教義を守れるところを求めてインド、中国大陸、朝鮮半島(デター!)と枝葉を定着させつつ列島に至ったというのだ。
また、イスラエル政府は公的業務として彼らの行方を追跡しているが、パキスタンとインドにひどくマイノリティのそれらしき部族があると分かった程度だ。
ただ押さえておくと、10支族の消滅は前8世紀なので、かれらは後九世紀に改宗した東欧系ユダヤ人ではない。
現在支持されている一説には、かなりの民衆が北イスラエル王国滅亡後も付近に居住し続け、アッシリアによって移住させられてきた諸民族と混血して善きサマリア人を形成、後年イスラム教に改宗してパレスティナ人になったという。
パレスティナの語源は地域名で、現在のイスラエル、ヨルダンとシリア、レバノンの一部を含む広い区域をいう。そこに古来より住む民、イスラム、キリスト教徒、それに少数のユダヤ教徒を総じてパレスティナ人という。おそらく宗教による人種の違いはなく、「アラブ人」として一括りにできるものだ。
そして彼ら他宗派同士の共生は大きな問題にはならなかった。今日エルサレムの旧城内を観光マップで見ると、イスラム、キリスト、ユダヤの各教徒、それにアルメニア人居住区がはっきり区画されているのが分かる。彼ら異教徒同士、歴史的スパーンで共棲してきているのである。
それが、シオニスト運動者のイスラエル建国によってパレスティナ人の殺戮がエンドレスとなり、世界中のイスラム社会には収拾のつかない混乱を招いている。
それどころか、場合によっては地球そのものを損壊する危険を現出させてしまった。
皮肉にも、シオニズム運動には本家の西欧ユダヤ人が消極的で、東欧ユダヤ人が激しく主張し推進したものだ。英国の二枚舌に立ち向かい、ついには成功に導いた鬼人のごときその働きは賞賛に値する。
しかし、この成就は元トルコ系民族であるハザール人の主体で為され、そのために追放され難民キャンプで暮らすパレスティナ人といわれる人々は系統的に北イスラエル王国の遺民ということになる。
ましてや現在のイスラエル国内における西欧ユダヤ人と東欧ユダヤ人の人口比が1:9という事態から、事実上イスラエルという国家はハザール人によって運営されるハザール共和国であるということになる。これをどう咀嚼すればよいのだろう。幻惑し、悪酔いするばかりだ。
話がそれた。結論として今のところ日ユ同祖論は貴種流離譚と同種のもので、青森にあるというキリストの墓の真贋を問うようなものだ。しかしその伝説は壮大でありロマンチックであり、われらの胸をくすぐるものがある。
かたや、日鮮同祖論は江戸時代からあった。が、こちらの同祖論は胸ではなくてわき腹をくすぐられる類のものだ。ヤメテケレ!シヌー!
詳しくは最終テーマとなる「日本」で考えを書いてみたいと思っているけど、日本人と朝鮮人が同根なんてあり得ない。根拠も傍証もない。しかしアフリカのルーシーから5000年前までの間で分岐したというのなら、証拠がないけど可能性はある。でもそれはもう民族的に同根とはいえない。栴檀と双葉、人間とチンパンジーは似て非なるものなのだ。
たしかに大和には、半島に覇権を持っていた関係でかなりの朝鮮人、もしくは半島経由のシナ人が帰化したが、それにしてもそんなものは同化してしまうだろう。
いっぽう朝鮮はシナ帝国に毎年1000人もの美女を献納したり、事あるごとに奴隷として連行されたり、また地続きであるから意図してシナ人となる者も数知れなかった。だからいってシナ人は朝鮮人の末裔だとは誰も言わないし、朝鮮人もシナ人には言わない。言っても相手にされないし、第一朝鮮人は、彼らを劣等民族として扱うシナ人が大嫌いだ。憧れの日本人と同族になりたいのだ。
結論としては「日ユ同祖論」と「日鮮同祖論」は学術的な裏づけのない「とんでも論」の範疇でしかない。
ただ前者は叙事詩のようなメルヘンではあるが、後者は寝汗のひどい悪夢といった違いはある。
つづく
前者は開国後に訪れたスコットランド人が「日本古代史の縮図」で発表した。その説が1901年、「ユダヤ大百科事典」のニューヨーク版にある失われた10支族の項目に引用されたというから、ユダヤ人もこの説にまんざらではないようだ。
バビロニアに定住させられていた10支族は解放後も故地に戻ろうとせずに消息を絶った。終末の日にカナンに帰るまで、彼らの教義を守れるところを求めてインド、中国大陸、朝鮮半島(デター!)と枝葉を定着させつつ列島に至ったというのだ。
また、イスラエル政府は公的業務として彼らの行方を追跡しているが、パキスタンとインドにひどくマイノリティのそれらしき部族があると分かった程度だ。
ただ押さえておくと、10支族の消滅は前8世紀なので、かれらは後九世紀に改宗した東欧系ユダヤ人ではない。
現在支持されている一説には、かなりの民衆が北イスラエル王国滅亡後も付近に居住し続け、アッシリアによって移住させられてきた諸民族と混血して善きサマリア人を形成、後年イスラム教に改宗してパレスティナ人になったという。
パレスティナの語源は地域名で、現在のイスラエル、ヨルダンとシリア、レバノンの一部を含む広い区域をいう。そこに古来より住む民、イスラム、キリスト教徒、それに少数のユダヤ教徒を総じてパレスティナ人という。おそらく宗教による人種の違いはなく、「アラブ人」として一括りにできるものだ。
そして彼ら他宗派同士の共生は大きな問題にはならなかった。今日エルサレムの旧城内を観光マップで見ると、イスラム、キリスト、ユダヤの各教徒、それにアルメニア人居住区がはっきり区画されているのが分かる。彼ら異教徒同士、歴史的スパーンで共棲してきているのである。
それが、シオニスト運動者のイスラエル建国によってパレスティナ人の殺戮がエンドレスとなり、世界中のイスラム社会には収拾のつかない混乱を招いている。
それどころか、場合によっては地球そのものを損壊する危険を現出させてしまった。
皮肉にも、シオニズム運動には本家の西欧ユダヤ人が消極的で、東欧ユダヤ人が激しく主張し推進したものだ。英国の二枚舌に立ち向かい、ついには成功に導いた鬼人のごときその働きは賞賛に値する。
しかし、この成就は元トルコ系民族であるハザール人の主体で為され、そのために追放され難民キャンプで暮らすパレスティナ人といわれる人々は系統的に北イスラエル王国の遺民ということになる。
ましてや現在のイスラエル国内における西欧ユダヤ人と東欧ユダヤ人の人口比が1:9という事態から、事実上イスラエルという国家はハザール人によって運営されるハザール共和国であるということになる。これをどう咀嚼すればよいのだろう。幻惑し、悪酔いするばかりだ。
話がそれた。結論として今のところ日ユ同祖論は貴種流離譚と同種のもので、青森にあるというキリストの墓の真贋を問うようなものだ。しかしその伝説は壮大でありロマンチックであり、われらの胸をくすぐるものがある。
かたや、日鮮同祖論は江戸時代からあった。が、こちらの同祖論は胸ではなくてわき腹をくすぐられる類のものだ。ヤメテケレ!シヌー!
詳しくは最終テーマとなる「日本」で考えを書いてみたいと思っているけど、日本人と朝鮮人が同根なんてあり得ない。根拠も傍証もない。しかしアフリカのルーシーから5000年前までの間で分岐したというのなら、証拠がないけど可能性はある。でもそれはもう民族的に同根とはいえない。栴檀と双葉、人間とチンパンジーは似て非なるものなのだ。
たしかに大和には、半島に覇権を持っていた関係でかなりの朝鮮人、もしくは半島経由のシナ人が帰化したが、それにしてもそんなものは同化してしまうだろう。
いっぽう朝鮮はシナ帝国に毎年1000人もの美女を献納したり、事あるごとに奴隷として連行されたり、また地続きであるから意図してシナ人となる者も数知れなかった。だからいってシナ人は朝鮮人の末裔だとは誰も言わないし、朝鮮人もシナ人には言わない。言っても相手にされないし、第一朝鮮人は、彼らを劣等民族として扱うシナ人が大嫌いだ。憧れの日本人と同族になりたいのだ。
結論としては「日ユ同祖論」と「日鮮同祖論」は学術的な裏づけのない「とんでも論」の範疇でしかない。
ただ前者は叙事詩のようなメルヘンではあるが、後者は寝汗のひどい悪夢といった違いはある。
つづく
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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