南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日本歴史学習事典(2) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/17 20:57 投稿番号: [40839 / 41162]
権威ある辞書・事典の類で、南京大虐殺事件を   否定   または
存疑として   記述するものを   見つけ出すことは、非常に難しい。
国内の歴史教科書にも   事件自体に疑いを差し挟んでいるものは
例の「作る会」教科書も含め、おそらく   一つもないと思われる。
南京大虐殺否定論は、右翼たちが、学術的には見向きもされない
根拠のない主張を   勝手に   言い立てているにすぎない。

虐殺否定論は、公の場では認められていない、アングラ的言説だ。
このアングラ説に   とびついた   漫画(ゴー宣)や、「トンデモ本」
などのカルト本のおかげで、世界中から不信感を   招いている。
そういうものしか読まないような者は、こちらが   真説なのだと
思い込んでしまう傾向があるらしい。   じつに   困ったことだ。

小学生レベルの人間でも理解しやすい   子供向け学習事典もある。
たとえば、ネットで検索する百科事典の解説を   引用してみよう。
以下、『学研の学習百科事典   学研キッズネット』   の解説文だ。

  ナンキンぎゃくさつじけん【南京虐殺事件】
  「日中戦争(せんそう)中の1937(昭和12)年12月、中華民国
  (ちゅうかみんこく)の首都   南京占領   (ナンキンせんりょう)
  前後に日本軍(ぐん)がひきおこした   投降兵(とうこうへい)・
  一般住民(いっぱんじゅうみん)を   殺害(さつがい)した事件。
  南京大虐殺   (ナンキンだいぎゃくさつ)ともいう。」
  「日本軍が   殺害(さつがい)した   中国人の   人数については
  数万から30万までの諸説(しょせつ)があるが、この事件は
  中国民衆(みんしゅう)の   怒(いか)りを   高め、国民政府
  (こくみんせいふ)は   武漢(ウーハン)に   うつって   抗戦
  (こうせん)を   つづけた。」

読み仮名があるので、否定派の諸氏でも   読めるだろう。
否定派諸氏なら、学研は反日サヨクが牛耳っている出版社だと
言い出すかもしれないが、実際は   そうではなく、学問的に
すでに定説となっている事実を   書いているだけのものだ。
図書館などに足を運ばない諸氏には、電子書籍もお奨めしたい。
マイクロソフト社の電子百科事典『エンカルタ百科事典』では
以下のように   解説している。

  南京大虐殺   ナンキンだいぎゃくさつ  
  「日中戦争で日本軍が南京で中国人に対しておこなった無差別の
  大量虐殺事件。(中略)軍人・捕虜・一般市民など、虐殺された
  中国人は   数万人とする説から   43万人とする説まであるが、
  少なくとも   20万人以上であった   と推定されている。」
 
  「12月13日に南京を占領した際に、多数の捕虜を不法に虐殺。
  その後数週間にわたって、南京城内外で敗 残兵狩りや、一般市民
  に対する略奪・強姦・放火・虐殺をくりかえした。 この日本軍に
  よる蛮行は   アメリカなど世界中で   報道されたが、日本国民には
  知らされず、第2次世界大戦後の   東京裁判(極東国際軍事裁判)で
  はじめて明らかにされた。(以下、略)」

日本歴史学習事典(1) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/17 20:56 投稿番号: [40838 / 41162]
日本国内の書店には   「南京大虐殺はなかった」、「外国人の捏造」、
「情報戦による謀略」、「反日プロパガンダ」、「自虐史観」などの
文言を書き連ねた   事件否定論を流布する   “トンデモ本”が
並んでいる。   来日した外国人   留学生などが   心底から驚き、
これが   日本社会の共通認識なのだろうか   と疑いを持つ。

国際的には   疑いのない歴史的事実として   認識されているが、
日本国内の一部では、70年代の頃から、中国人の捏造だとか、
あるいは   投降兵の殺害行為は正当な行為であった、などという
否定論や   正当化論が   繰り返されている。

しかし、否定論・正当化論は公的に   受け入れられてはいない。
少なくとも   日本で刊行される辞書・事典などには、否定論や
正当化論に基づく   解説などは、まったく   見当たらず、当然
政府や自治体の   公的文書、刊行物にも取り上げられていない。
つまり   否定論などは、少なくとも   学術・学問的には、
歯牙にもかけられていない   ということだ。

『山川   世界史小辞典(改訂新版)』(04年   山川出版社)は、
230名の専門家が   最新の研究成果を取り入れて   執筆した
約9,400項目を収録し、世界史を学習するうえで   必携書
といえる   権威ある歴史辞典の一つだが、その497ページに
掲載されている「南京事件」の項目は、次のように記している。

  「   〔1937〕南京大虐殺   ともいう。   日中戦争初期に
  中国国民政府の首都   南京を攻略した   日本軍が、中国軍民に
  対して   大規模な   残虐行為を行った事件。」

  「1937年   12月13日に   南京を占領した   日本軍は、
  住民を   巻き込んだ   包囲殲滅戦、残敵掃蕩戦を   展開した。
  この時、すでに   戦闘部隊の体をなさず、戦意を   喪失した
  膨大な数の   投降兵、敗残兵、捕虜、負傷兵を、戦時国際法に
  違反して   処刑、殺害した。」

  「日本軍の軍事占領は翌3月まで続き、この間に   敗残兵狩り、
  便衣兵(私服になった兵士)狩りを行い、兵士の嫌疑をかけた
  成年男子市民も   殺害した。」
  「中国女性の強姦、食物や物資の略奪、人家の放火・破壊など
  軍紀の乱れによる   不法行為も   多発した。」
  「南京城内とその周辺   さらに付近の農村を含めて   十数万の
  中国軍民が   犠牲になった   と推測されている。」

以上が、『山川   世界史小辞典(改訂新版)』   からの引用文だが
どこを   見ても、「〜というウソ」   だとか「中国人の作り話」、
「共産主義者のプロパガンダ」   などといった解説は   ひと言も
付記されてはいない。   否定論者の諸氏は、この辞典を執筆した
学者は反日サヨクにちがいない、と   妄言を吐くほかない。

Re: 詳解日本史事典(1) 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/12/17 13:23 投稿番号: [40837 / 41162]
>日本で広く使用されている国語辞典   『広辞苑』第四版を開くと、
【南京】   の項目には   「南京大虐殺」   の小項目があり、
「日中戦争で南京が占領された37年12月前後に南京城内外で
日本軍が   中国軍の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、
あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件」   とある。

↑上記の文に関しては、出版社としては責任持てません、と言うことでした。

裏付けの資料も在りません、と言うことでした。

わだつみさん、ご苦労様です

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/12/17 12:40 投稿番号: [40836 / 41162]
わだつみさん、ご苦労様です。

引用された文献を拾ってみますと、


   広辞苑・大辞泉・大辞林・詳解   日本史用語事典、

   日本大百科全書(小学館)、

   『現代アジア社会事典』(75年第1版第1刷   大和学芸図書)、

   『グローバルライブラリーシリーズⅡ   アジア・アフリカ事典』
   (97年第1刷発行   教育出版センター)、

   『角川   世界史辞典』(01年初版発行   角川書店)P.687、

   『歴史学事典7   戦争と外交』(平成11年初版   弘文堂)、

ですね。

これから、各出版社に当たってみたいと思います。

偽作元兵士日記に見る事件捏造の意志

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/12/17 12:14 投稿番号: [40835 / 41162]
6月15日に、古文書学会向けに出した論文を、
私ホームページに掲載しました。

『南京事件元兵士日記の、偽作の証明に向けての一考察』
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html

秦郁彦『南京事件』中公新書p131に掲載の、
手書き「井家又一日記」の草書変体仮名の読み手には、

南京事件を捏造しようという、強烈な意志が読み取れる、
という内容です。


この私の論文は、学会誌には載らなかったし、
採用されなかった理由も感想も、何もないので、
反応の次第は、私にはさっぱり読めません。


古文書学会向けですので、論文に南京事件の詳しい説明はありません。

これに付け加えるなら、
笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、

    「史料批判」の言葉の意味を間違っていること、

       「史料批判」の意味は、以下の『歴史と証明』理論編に書いてあります。
        http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html

    基礎史料に、偕行社刊『南京事件資料集』など、「活字印刷物」を使っていて、
    史料の現物を全く検討しないこと、

など、研究の基本作業を完全に欠いたままの議論であること、が挙げられるでしょう。

コピペ屑の屑たるゆえんは

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/16 00:02 投稿番号: [40834 / 41162]
同じ文章のコピペを使いまわすだけで実際には何もしない点だ。
長文の駄文なんぞ誰も読むか(大笑)

和田罪は中国の木偶

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/12/15 09:48 投稿番号: [40833 / 41162]
尖閣領空侵犯の中国機、高度60mまで降下か

読売新聞 12月15日(土)8時42分配信



  【北京=五十嵐文】中国共産党機関紙「人民日報」(電子版)は14日、中国国家海洋局の航空機が13日午前9時40分(日本時間同10時40分)から約28分間にわたり沖縄県・尖閣諸島の領空を飛行し、高度60メートルまで降下して巡視活動を行ったと伝えた。

  海上保安庁が領空侵犯を確認した約2分後に領空外に出た計算だ。

  中国のメディアは航空自衛隊がF15戦闘機など9機を出動させたことを「過剰反応」と一斉に批判した。国際問題専門紙「環球時報」は14日、尖閣上空パトロールの「常態化」が必要で、日本が今後も戦闘機を出動させる場合は中国も海洋局の航空機から軍の戦闘機に格上げすべきだとの論評を掲載した。

  また、複数のメディアは、13日が旧日本軍による南京大虐殺から75年だったと言及し、領空侵犯は日中の歴史にかかわる節目に合わせた示威行為だった可能性を示唆した。
.
最終更新:12月15日(土)8時42分

↑中国の命令で、中国の行動に呼応しているようだね。

売国奴と言われる所以だよね。

なんだまだ生きてたのかコピペ屑

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/15 03:12 投稿番号: [40832 / 41162]
しかし相変わらず使い回しのコピペ投稿しか出来ないとは哀れだな(大笑)

詳解日本史事典(5) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:25 投稿番号: [40831 / 41162]
『歴史学事典7   戦争と外交』(平成11年初版   弘文堂)には、
かなり詳しく   解説されている。   その一部を   抜粋してみよう。

【南京事件   なんきんじけん】
「日中戦争初期、当時の中国の首都南京を   日本軍が攻略・占領
した際に   中国軍民にたいしておこなった、虐殺、強姦、掠奪、
放火、拉致、連行などの   戦時国際法と   国際人道法に反した
大規模な残虐行為の総体。南京大虐殺事件、略称として南京事件
という。単に南京大虐殺ともいう。」

「激戦3カ月におよび甚大な損害を出した(中略)上海派遣軍は
疲弊して   軍紀も弛緩していたうえに、休養も与えられず、補給
体制も不十分なままに難行軍を強いられたため中国軍民に対する
むきだしの敵愾心と破壊欲を増長させ、虐殺、強姦、掠奪、放火
などの残虐行為を重ねながら   南京に進撃していった。」

「12月4日前後に   中支那方面軍は、中国軍の   南京防衛陣地
(南京特別市行政区に重なる)に突入、南京の県城・農村地域から
日本軍の残虐行為が開始された。   南京城区には40〜50万人
(南京攻略戦以前の人口は100万人以上)、近郊の6つの県には
100万人前後(同じく150万人以上)の市民が残留していたが
日本軍は   これらの膨大な中国民衆を   巻き込んで、南京防衛軍に
対する   徹底した包囲殲滅(皆殺し)作戦を   実施した。」

「同作戦は、戦時国際法に違反して、自ら武装解除した投降兵・
敗残兵あるいは武装解除された捕虜までもすべて殺害することに
なった。   一般民衆も   敵対行為、不審行動をする『敵国民』と
判断された場合は   殺害された。   日本軍は、12月13日
南京城を占領した後、17日の南京入城式に備え、徹底した
残敵掃蕩作戦を展開、長江沿岸などで   捕虜および   投降兵の
大量処刑を行った。」

「武器を捨て、軍服を脱ぎ捨てても中国兵であった者、中国兵
と思われた者は   すべて   殺害したので、多くの市民、難民が
巻き添えにされて犠牲になった。   さらに、日本軍には戦勝の
『慰労』として10日間前後の『休養』が与えられ、総勢7万
以上の日本軍が   南京城内に進駐、勝利者、征服者の「特権」
として強姦、掠奪、暴行、殺戮、放火などの不法行為を行ない
南京事件は頂点に達した。   その後、第16師団が   駐屯して
軍事占領を続け、38年3月28日に   中華民国維新政府が
成立するまで、日本軍の残虐行為は続いた。」

以上、引用した   弘文堂編纂の歴史学事典の解説は、これまで
引用した辞書・辞典の中でも   南京事件の実相をかなり正確に
述べている。   たとえば、日本軍が   南京に進撃する途上から
残虐行為を開始していたこと、南京城占領後の不法行為の事実、
また   その原因と経過についても   あきらかにしている。
なお、この事典には   次のように   付記されている。

  「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か   『虚構』
  『まぼろし』かをめぐって   いわゆる『南京大虐殺論争』が
  展開され、家永教科書裁判の   争点にもなったが、いずれも
  否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
  日本側の研究では、十数万から20万人の   中国軍民が
  犠牲になったと推定する説が   有力である。」

詳解日本史事典(4) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:24 投稿番号: [40830 / 41162]
『グローバルライブラリーシリーズⅡ   アジア・アフリカ事典』
(97年第1刷発行   教育出版センター)P.716の記述を見よう。
この事典では、南京虐殺事件に関して、次のように説明している。

【なんきんぎゃくさつじけん   南京虐殺事件】
「日華事変(日中戦争)中の1937年12月13日〜15日に、
南京を占領した   日本軍が引き起こした   虐殺・略奪事件。
さまざまな矛盾に直面した   近衛内閣は、『国内相剋の解消』   を
侵略戦争によって   解決しようと   はかった。」

「こうして   政府および軍部は、中国大陸への侵略を本格化した。
日本軍は当初、長期戦争を   予期してはおらず,当時国民政府の
あった南京を占領すれば、中国は抗戦を断念するであろうと判断
していた。   しかし中国は、共産党の働きかけによる国共合作を
成立させ、持久戦にもちこんだ」

「その結果、日本軍は三光作戦を展開し、中国全土で強姦、虐殺、
略奪を   ほしいままにした。   その典型が   南京事件である。」
「エドガー=スノーの『アジアの戦争』   によれば、南京だけで
4万2千人以上、南京への進撃途上で30万人以上が、殺された。
そのうちの   ほとんどは、『無抵抗』の   婦人・子供であった。」

上記の事典の記述でも、先に引用した『現代アジア社会事典』の
解説と同様に、虐殺事件の期間を   12月13日〜15日だけに
限定するかのような表現がある。
ただし、一方で   南京に至る侵略戦争の経緯、さらに、南京への
進撃途上でも   婦人や子どもを含む多くの非戦闘員が殺害された
という事実を述べている点では、より正確な内容となっている。

もう一冊、別の歴史辞典も   開いてみよう。
『角川   世界史辞典』(01年初版発行   角川書店)P.687
【南京事件】についての   説明は、以下のとおりだ。

「①1927年に南京で発生した国際事件(略)」
「②1937年12月、日本軍が南京の中国軍民に加えた大規模な
残虐事件。南京大虐殺といわれる。(略)日本は12月13日に
中国の首都南京を占領した。その際住民を巻き込んだ包囲殲滅
作戦を実施、すでに戦闘を放棄した膨大な数の敗残兵、投降兵、
捕虜、負傷兵を集団で殺害した。さらに残敵掃討作戦を実施し、
敗残兵狩り、便衣兵(市民服の兵士)狩りを行って   成年男子
市民を集団虐殺した。   軍紀の乱れから   中国女性を強姦する
婦女凌辱行為や食料・物資の略奪、人家を放火・破壊する
不法行為も多発した。   南京城内と   その周辺の農村を含め
20万人前後の中国軍民が   犠牲になったと推測されている」

角川世界史事典の説明でも、期間については   12月13日の
占領直後から掃討作戦が行われていた間に限定しているように
読み取れるが、一方で、南京城内に加えて   周辺農村も含めて
軍民、つまり   兵士と民間人ともに   多くの犠牲が出たことや、
その原因に日本軍の軍紀の乱れがあった事実にも   触れている。
どの辞典でも、おおむね正確に事件概要を記述しているようだ。

詳解日本史事典(3) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:23 投稿番号: [40829 / 41162]
『現代アジア社会事典』(75年第1版第1刷   大和学芸図書)
「南京虐殺事件」   の項には、次のように   記述されている。

【南京虐殺事件】   「1937年12月の   南京占領にさいし、
日本軍が   中国軍の兵士および一般市民多数を   虐殺した事件」
「軍命令による   中国軍民の大虐殺が行われたのは、日本軍が
同市を占領した   37年12月13日から、中支那方面軍松井
石根大将を迎えて入城式があげられた   同17日の前夜までの
4日間であった。   だがその後も   『敗残兵狩り』   と称して
虐殺は続けられた。   また市内全域は2か月にわたり、個々の
日本兵によって、いわれのない虐殺・略奪・放火が   行われた」

「この事件は、日本敗戦後、極東軍事裁判でもとりあげられ、
判決では   この事件の中国人犠牲者の総数を   20万人前後と
いっている。   このほか、極東軍事裁判では   とりあげられな
かったが、南京付近の   長江(揚子江)一帯では   13万人の
避難民と兵士が虐殺され、死体が長江に投げこまれ、川の水は
鮮血でまっかになっていたといわれている。」
「この事件は、当時南京にいた   外国人記者   3人によって
詳しく報道され、たちまち全世界に知れわたったが、日本では
敗戦の日まで   その事実が   ひたかくしに   かくされていた」

上記の   『現代アジア社会事典』   の解説の中にも、捏造とか
中国側のデマという説もある、などと言う文言はどこにも無い。
ただし、気になる点もある。
それは   大虐殺が行われた期間が、12月13日から始まり
同17日の前夜までの4日間であった、としている部分だ。  

実際には、南京市攻略戦は   12月初めから   開始されており、
5日には   第十六師団が句容を陥れ、第九師団は   南京防衛の  
第一線陣地である淳化鎮を占領した。   第十軍の   第六師団と
第百十四師団も並行して   南京に向かって   急進撃していた。

第一線部隊は   先を争うように   南京に向かって殺到したため
それでなくとも滞りがちな兵站の補給が   追い付けなくなった。
各部隊は、現地徴発という名の略奪で   急場をしのぐほかなく、
当然、防衛線の攻防戦の際に   捕虜とした中国軍兵士の給養を
確保する手段もなかった。   投降した敵兵や逃げ遅れた住民が
過酷な運命に   さらされたことは、言うまでもない。

南京大虐殺事件の期間を、日本軍入場後の   13日から始まり
その後の敗残兵狩りの期間だけに限定するのは   正確ではない。
また、事件の範囲を南京城内だけに限定するのも   正しくない。
南京陥落前は戦闘中だから敵の殺害はしかたないという反論も
あるかも知れないが、戦闘中であっても、捕虜の殺害は違法で
あるし、ましてや   非戦闘員に対する略奪や暴行は許されない。

詳解日本史事典(2) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:21 投稿番号: [40828 / 41162]
たとえば   日本大百科全書(小学館)は、南京大虐殺について
客観的な事実であることを前提に、以下のように解説している。

「占領当日から翌日にかけての南京城内外における掃蕩戦では、
戦意を失った多数の中国兵を   掃射によって虐殺し、また以後
1週間ばかりの間に、捕虜や、民間人の間に   身を潜めていて
狩り出された敗残兵(便衣兵)の大部分が   集団虐殺された。」

「戦死者を含めて中国軍の犠牲者は   10万を下らなかったと
推測される。これら将兵のほか、掃蕩戦で犠牲になった市民や
城外からの避難民、また敗残兵狩りの巻き添えで殺された市民も
少ない数ではなかった。   中国軍将兵に対する   集団虐殺は
明らかに   軍命令によるものであった」
さらに、被害の状況については、以下のように   記述している。

「城内家屋の被害は軍事行動によるもの1.8%、放火13%
(主要実業街は平均32.66%)、略奪63%に及び、中国人
は南京に処女1人もなしと称した」
「日本軍は   遺棄死体   8万4000   と発表したが、現地の
慈善団体が組織した二つの埋葬隊の記録によれば、その埋葬数は
あわせて15万5337体   に上り、揚子江(ようすこう)岸で
集団虐殺されて   同江に投棄されたもの   その他を加えれば、
中国軍民の犠牲者は   20万を下らなかったものと推測される」

上記の百科事典は各学術分野の研究成果に基づき、科学的視点で
まとめられており、相当の   準備期間と   綿密な編纂作業を経て
世に出されている書籍だ。   擬似科学や   オカルトを   主張する
トンデモ本とでは、情報の質・量とも   まったく比較にならない。
後者が垂れ流す情報を妄信して、世界に通用しない説を吹聴する
南京虐殺否定論者は、カルト教団の   狂信的信者に   等しい。

ちなみに、「トンデモ本」   に関して言えば、「と学会」   では
虐殺否定派の論客として知られる   亜細亜大学の東中野教授の
著書について、次のように   批評している。

「東中野教授がどんなデタラメな手法を用いているかが分かる。
些細な矛盾点を針小棒大に取り上げて証言全体を否定しようと
したり、文章を引用する際、歪曲して   正反対の意味にして
しまったり、都合の悪い記述は   無視する一方、信憑性の低い
資料を重視したり、まさに『好き勝手』   としか、いいようが
ないのだ。   南京大虐殺の   犠牲者数については、『三〇万人』
と『ゼロ』という   両極端のトンデモ説が   火花を   散らして
いるが、東中野教授の著書はその中でも特にインチキだらけの
ひどい代物   なのである――」

たしかに   東中野氏の著書を読んでみると、客観性に乏しく、
検証手法も   お粗末で、幼稚な内容だと感じるものではあるが、
すくなくとも、東中野氏も   虐殺や略奪があったことは
事実として   認めている。   ただ、それを   合法化しようと
さまざまな   詭弁を   こねくりまわしているにすぎない。

詳解日本史事典(1) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:20 投稿番号: [40827 / 41162]
留学生などの外国人が   日本に滞在していて驚くことのひとつは、
書店に行くと   南京虐殺事件を「ウソ」、「虚構」、「マボロシ」
「捏造」   とする本が、堂々と   平積みされていることだという。
また、テレビ番組で   一部の評論家が、「南京大虐殺はなかった」
「外国人の捏造」   などと発言していることも   不思議だという。

さらに、電車の中吊り公告で目にする   週刊雑誌などの目次には
南京虐殺に関連して、「米中の情報戦による謀略」   だとか、
「反日プロパガンダ」、「自虐史観」、「左翼・マルクス主義史観」
などの文字が   躍っているのを   目にする。  
そこで   留学生たちは、日本の社会では   南京虐殺否定論が主流で  
圧倒的なのだ   と思ってしまう   というのだ。
しかし   実際には、そうではない。  

たとえば   日本政府の公式見解では、犠牲者数は認定できないが
日本軍により   多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは
『否定できない事実』   である、としている。
また   出版物については、いわゆる「トンデモ本」   とよばれる
一部の自称研究家の著書を除き、辞書・事典類   をはじめとする
学術書、教科書、公文書類はいずれも虐殺事件を事実としている。

日本で広く使用されている国語辞典   『広辞苑』第四版を開くと、
【南京】   の項目には   「南京大虐殺」   の小項目があり、
「日中戦争で南京が占領された37年12月前後に南京城内外で
日本軍が   中国軍の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、
あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件」   とある。

『大辞泉』では   【南京大虐殺】の解説として、「日中戦争初期の
昭和12年、南京を占領した日本軍による中国軍捕虜や一般市民
に対する大規模な略奪・暴行・虐殺事件」   と記述している。
『大辞林』は   同項目で、「日中戦争さなかの 1937 年12月
から翌年 1 月にかけて、南京を占領した日本軍が中国人に対して
行なった大規模な暴行略奪虐殺事件。   このとき殺された中国人の
数は、極東軍事裁判では   二〇万人以上、中国側の発表では三〇〜
四〇万人とされる」   と説明している。

また、「詳解   日本史用語事典」(三省堂03年発行)   を開くと、
【南京大虐殺】   の項目には、次のように   記述されている。
「1937年12月、日本軍は   国民政府の首都   南京への攻略戦で
十数万人から20万人の   中国兵捕虜や民間人を虐殺し、略奪・
暴行・放火・強姦などの   残虐行為を行った。」
「欧米では   『南京アトロシティー(大虐殺)』   と報道され  
国際的非難を浴びたが、日本国民には   知らされなかった。」

どの辞書・事典も、たとえば   「〜という説である」   だとか、
「あった可能性もある」   などという   曖昧な表現   ではなく、
事実を指す言葉、実際にあった事件として、説明している。
「外国人によるウソ」   「反日勢力の用語」   などという解説は
いずれの辞書・事典を探しても   見出すことは   できない。

南京大虐殺死者数、数値の具体的根拠明記

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/13 00:46 投稿番号: [40826 / 41162]
近隣諸国歴史配慮見直しを   自民、教育再生で中間報告   南京大虐殺死者数、数値の具体的根拠明記も
2012.11.16 14:19 [教科書]

  自民党教育再生実行本部は16日、「教科書検定・採択改革」や「いじめ対策」など5つの分科会の中間報告を取りまとめた。近隣諸国との歴史的関係への配慮を求めた教科書検定基準の見直しなどを盛り込んだ内容で、下村博文本部長が安倍晋三総裁に手渡した。衆院選で教育再生を主要な政権公約に掲げる安倍氏は「新政権の柱の政策になる」と述べた。

  近隣諸国条項をめぐっては「歴史教科書の自虐史観につながっている」として、自民党の一部の議員らが見直しを主張してきた経緯がある。教科書検定では、南京大虐殺による死者数など複数説に分かれる事案では、数値の具体的根拠も明記することも盛り込んだ。

  中間報告にはこのほか(1)「いじめ対策基本法」の制定(2)教育長の任免権を首長に付与−などを挙げた。文言を調整した上で19日に正式発表する。

読めるから突っ込みが出来るんだが

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/11 12:58 投稿番号: [40825 / 41162]
まあ読めないお前は羨ましいだろう(大笑)
赤犬程度で文句を言うなら日韓トピでの屑鮮人共にも言えよ。
これどころでない罵詈雑言吐いてるが。
言えなければお前はダフスタの糞だ(嘲笑)

そうそう基本的には相手の呼び名は当人が認めたもしくは黙認したのを使っているからお前の馬鹿そのものの文句は却下だ。

よう英語が普通に読める人

投稿者: garulueururu 投稿日時: 2012/12/10 21:44 投稿番号: [40824 / 41162]
親の面倒はストレスたまるだろう
悪口のひとつも言いたくなるのもわかる
だが赤犬だけはやめとけ
あまりにも酷すぎる
最低限のマナーは守れ

劣化の激しい赤犬

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/10 18:39 投稿番号: [40823 / 41162]
頭の中に赤錆が詰まっているんだろうな(大笑)

捏造慰安婦に謝罪なんぞしてないが

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/09 01:02 投稿番号: [40822 / 41162]
まあ「河野談話」とやらを曲解したり
村山の阿呆発言を信奉する輩は鮮人ばかりでないが(大笑)

アホー君相変わらずアホーだねw

投稿者: seraphim_redeye 投稿日時: 2012/12/08 12:03 投稿番号: [40821 / 41162]
まあアホーだから仕方ないかw

能無し赤犬君

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/03 16:50 投稿番号: [40820 / 41162]
共産支那主張の「南京大虐殺」を早く証明してくれや。
そこが出来てないとお前の妄言なんぞ何の価値もなし。

Re: 正反対

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/02 03:05 投稿番号: [40819 / 41162]
国民党は南京虐殺なんて全く認識していなかったから、南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言及しなかった。

国民党が南京虐殺を認識していれば、国民党は当時のうちに支那でも検証可能な具体的事例に言及した。

しかし、国民党は、当時において検証可能な(具体的に、いつ、南京のどこで、日本軍の誰が、誰を、どのように虐殺したかを述べた)事例を全く挙げていない。

当時、国民党が支那において、南京事件について検証不可能なことしか述べなかったのは、国民党に南京事件の認識が無かったことを証明する。

国民党に南京事件の認識があれば、必ず検証可能な具体的事例を国内外に宣伝したからだ。

Re: 正反対

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/12/02 02:38 投稿番号: [40818 / 41162]
くりかえすが、仮に「国民党が南京事件をでっちあげてプロパガンダを
行なっていた」のであれば、たとえウソでも「国民党は南京事件を認識し、
言及していた」のであるから、「国民党が一言も触れなかったのが南京
事件がなかったことの証拠である」という対偶の論理はなりたたない。
また「国民党が南京事件をでっちあげてプロパガンダを行なっていた」
という命題は「南京事件はなかった」という結論をすでに含んでいるから、
結論を含んだ前提をもとにした推論で「南京事件はなかった」ことを
証明することはできない。

まあ、おまえには分からんのだろうなあ(藁

Re: 正反対

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/02 01:08 投稿番号: [40817 / 41162]
>ちなみに、おまえの言うところの「南京事件があったという
>のは国民党のでっちあげによるプロパガンダだ」という命題は、
>その前提として「南京事件はなかった」という結論を含んでいる。


事実としてはなかったから、国民党は全く南京大虐殺を認識していなかった。

国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言及しなかった。

国民党に南京で虐殺があったという事実認識があれば、1年間300回の記者会見で言及しないわけがない。

当時の国民党がやっていたのは、検証不可能ですぐにばれないような、海外向けプロパガンダや漠然として具体性のない内容のプロパガンダだけだった。

国民党に南京で虐殺があったという事実認識があれば、国民党はもっと具体的に、いつ、南京のどこで、日本軍の誰が、誰を、どのように虐殺したかを大々的に宣伝したが、そんなことは全くなかった。

つまり、当時の国民党に南京大虐殺の認識はなかったから、国民党は支那国内で具体的な虐殺事例について言及したことは全くなかった(言及したのは、検証不可能で即座にばれ難い具体性のない誹謗中傷や海外向け宣伝だけだった)。

違うと言うなら、東京裁判前に国民党が国内で言及した検証可能な虐殺事例【いつ、南京のどこで、日本軍の誰が、誰を、どのように虐殺したかを述べた事例】を挙げてみろ。

検証不可能なことをいくら言及したり宣伝したりしても、それを以って当時の国民党が南京虐殺を認識していたとか言及していたなんてことは無いんだよ。

Re: 731部隊の資料

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/12/01 22:02 投稿番号: [40816 / 41162]
七三一部隊の編成細則があるから其れを読みなさい。

Re: 正反対

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/12/01 21:33 投稿番号: [40815 / 41162]
>それ俺に言っているのか?
オマエ馬鹿だな。
俺がそんな事をいつ言った?

そうか、おまえがそう言ってないなら結構だが、私にはおまえが
「東京裁判前に国民党が南京事件に一言も言及していないのが
南京事件のなかった証拠だ」と言ってるように思えるんだがね。
おまえが横レスする前に私が相手をしていたじいさんは明確に
そう言ってたわな。

この命題のどこがおかしいかと言うと、「AならばBである(南京
事件があったなら国民党はそれに言及する)」が真であるという
前提のもとに、その対偶である「BでなければAでない(国民党が
言及しなければ南京事件はなかった)」が真であるという推測
なんだな。これが論理として成り立つためには、例えばAで
あってもBでないこと(南京事件があったのに国民党がそれを
隠して言及しなかった)や、AでなくてもBであること(南京
事件がなかったのに国民党がでっちあげて言及した)が存在
しないという前提でなければならない。その場合、私が言った
ように、国民党が南京事件に言及した事例がたったひとつでも
あれば上記の対偶は真でなくなることになる。私がそう言うと、
今度はおまえは「南京事件がなかったのに国民党がでっちあげて
言及した(プロパガンダした)」と言い出す。つまり最初の
前提である AならばBであるを放棄して、AでなくてもBである
と主張するわけだから、論理的に最初の前提の対偶である
BでなければAでない(国民党が言及しなければ南京事件は
なかった)は成立しなくなるんだよ(藁

ちなみに、おまえの言うところの「南京事件があったという
のは国民党のでっちあげによるプロパガンダだ」という命題は、
その前提として「南京事件はなかった」という結論を含んでいる。
結論を含んだ前提に基づく推論により結論を証明することは
不可能なんだよ。つまり「南京事件はなかった→だから国民党の
プロパガンダは捏造である→国民党のプロパガンダが捏造である
ことが南京事件がなかったという証拠である」というのは
循環論法と言って、何の証明にもならないわけだ(藁

Re: 正反対

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 18:21 投稿番号: [40814 / 41162]
>あはは、すでに戦争中から国民党は南京事件を捏造してプロパガンダしてたと
>いうわけだ。つまり戦後に捏造して東京裁判ではじめて言い出したんじゃない
>わけだ(藁


何が(藁)なんだ?
俺は6年以上前から書いているだろ。

No.12445
―――――
●いつ誰が創作したのか?

①1937年〜1938年
■国民党

支那事変当時は国民党がプロパガンダとして日本軍の残虐行為を嘘宣伝していた。
支那が宣伝工作を本格化させたのは1937年11月頃から(『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著)。
よって、最初に宣伝したのは国民党で、具体的には宣伝工作員のベイツが、日本軍による市民殺害の嘘レポートをダーディン等新聞記者に渡したりティンパーリの『戦争とは何か』にそのレポート等を所収させた。


②1945年〜1948年
■GHQ

プロパガンダを東京裁判で創作し直したGHQ。

南京事件は、東京裁判のネタとして創作された。
戦後、GHQは、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)に基づき『南京大虐殺』を捏造し、東京裁判や、NHKのラジオ番組『真相はかうだ』や『真相箱』などで宣伝した。
目的は主に2つで、一つは原爆投下など連合軍側の戦争犯罪を誤魔化すこと、もう一つは日本人に贖罪意識を植え付けて二度と戦争を出来ない腑抜け・腰抜け民族にすること。

東京裁判で証拠とされたのは主に3つ。

1.南京など各所の裁判所で裁かれ断罪された無実の者の長い表
2.埋葬記録
3.証言

これらは全てでっち上げの嘘っぱちだったことが判明している。


③1971年〜今日
■朝日新聞など

東京裁判から20年以上、「南京虐殺」は忘れられた存在となった。
本当に「大虐殺」があったのなら、このような現象はありえない。

ところが、1970年代、突如『南京大虐殺』の大キャンペーンが始まる。
東京裁判から20年以上殆ど誰も語らなかった「南京虐殺」が、四半世紀も経て、日本人が自ら「東京裁判」をやり直すような行為をし、忘れ去られていた「南京」に強引に光を当て更に膨らませた「大虐殺」として日本中に流布した。
それが今日の問題の根源。
その張本人は「朝日新聞」。
朝日報道の中でも、最大の決定打となったのは1971年8月から連載された本多勝一の『中国の旅』。
本多が支那に出かけ、支那共産党が用意した「証人」に聞いた話を「裏付け・検証ナシ」でそのまま掲載。
「裏付けナシ」という、新聞の常識を無視した企画が新聞本紙、週刊朝日、朝日ジャーナル、アサヒグラフなど、あらゆる媒体を使って大々的に展開、翌年には単行本化され、ベストセラーに。
言い様によっては『南京大虐殺』は朝日新聞の創作とも言える。
他にも南京関連本が大量出版、1978年から教科書にも「南京事件」が記載され始めた。
―――――




>いいかい、「国民党は南京事件など見たことも聞いたこともなかったから
>当時一言も触れていなかった、それが南京事件の存在しなかったことの証拠だ」
>なる主張は、実際には触れていたという事例がひとつでも指摘された時点で
>崩壊するんだよ。その触れていたことが捏造であるか否かに関係なくね。
>そのへんの論理というものは理解できないんだろうなあ(藁


それ俺に言っているのか?
オマエ馬鹿だな。
俺がそんな事をいつ言った?
ただ、国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかったのは事実だ。
だから、当時、南京事件なんてどの戦争でも良く飛び交う人知れぬデマ宣伝でしかなく、当時は世間からも全く相手にされなかった。
つまり、当時、国民党や世間は、南京事件を認識していなかった。
「南京事件」がマトモに相手にされるようになったのは、当時から40年近く経ってすぐに嘘がばれ難くなった1970年代に朝日新聞が大宣伝した後だ。

Re: 731部隊の資料

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 18:18 投稿番号: [40813 / 41162]
>説明wwww


オマエ、馬鹿だな。

その番組の動画かHPはあるか?

テレビで放送すれば、それが事実なのか?

能無し赤犬君

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/01 16:39 投稿番号: [40812 / 41162]
まあそういう揚げ足取るしか能が無い訳だ(嘲笑)
共産支那の言う「南京大虐殺」があった証明をしてくれや赤犬。

能無しのお前には無理だろうがな。

Re: 正反対

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/12/01 16:24 投稿番号: [40811 / 41162]
>「ノースチャイナ・デイリーニューズ掲載   南京の敵、なお殺戮をほしいままにす」
というのは、国民党の工作員が主に外国人や海外などにデマを撒き散らした
戦時プロパガンダを掲載したに過ぎない。

あはは、すでに戦争中から国民党は南京事件を捏造してプロパガンダしてたと
いうわけだ。つまり戦後に捏造して東京裁判ではじめて言い出したんじゃない
わけだ(藁

いいかい、「国民党は南京事件など見たことも聞いたこともなかったから
当時一言も触れていなかった、それが南京事件の存在しなかったことの証拠だ」
なる主張は、実際には触れていたという事例がひとつでも指摘された時点で
崩壊するんだよ。その触れていたことが捏造であるか否かに関係なくね。
そのへんの論理というものは理解できないんだろうなあ(藁

Re: 731部隊の資料

投稿者: nakattakotonisiteokure731butai 投稿日時: 2012/12/01 15:09 投稿番号: [40810 / 41162]
説明wwww
NHKとかヒストリーチャンネルがくだらないとは言わないけど、
(実際、歴史エンタテイメントは面白いので好き♪)
こういう問題で番組作るならもっと面白くしてほしいよね。

生き残りの人の体験談とかを聴きたいなぁ。
731部隊が実際に何してたのか〜とか。
人体実験なんかしてないぜっとか、
そういう番組とかあるけど、あれは嘘を言ってる俺がほしょうする
って言ったら、それはそれで、その人の体験だから尊重すべきだと
思うしwww
そういう人が出てくる番組ができたら凄いなって思う♪

Re: 正反対、横

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 15:03 投稿番号: [40809 / 41162]
>その中で彼は虐殺数については秦郁彦同様3〜4万人とか言っている。この数も実際は、安全区国際委員会の非難報告その他から推すと大部分は捕虜処刑、便衣兵処刑のもので南京市民(非戦闘員)虐殺数は皆無でないにしてもせいぜい数十〜数百人程度であったのであろう。


数十〜数百人程度の市民虐殺があったと言うなら、具体的に、いつ、南京のどこで、日本軍の誰(どの部隊)が、誰を、どのように虐殺したのか説明してください。



>しかし、無辜の南京市民を数十人でも数百人でも殺したならこれは(大)虐殺だ。その意味で、また捕虜を大量処刑したという意味で、南京(大)虐殺はおそらくあった。


捕虜の大量処刑とは、いつ、南京のどこで、日本軍の誰(どの部隊)が、どのように、捕虜を処刑しましたか?

私は、日本軍が虐殺した南京市民はゼロ(0人)だと考えていますし、日本軍が捕虜を大量処刑した事実もないと考えています。

ところで、昔の日本軍将兵が、敵の投降兵や敗残兵なども全て「捕虜」「俘虜」と呼んでいたことを知っていますか?

また、つぎのようなことを知っていますか?
━━━━━━━━━━
日本軍が戦闘中に捕まえた直後に処分した支那軍将兵は「捕虜」ではなく、「投降兵」や「敗残兵」や「便衣兵」などだ。
「捕虜」というのは、相手の軍が投降を認め、収容所などに収容されて初めて「捕虜」となる。
1937年12月に日本軍が処分した支那軍将兵は、「捕虜」ではなかった。
戦闘中に投降してきた支那軍将兵を捕虜として保護するかどうかは、主権者である日本軍が判断する。
――――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。

しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。

故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。

「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
――――――――――

ましてや、相手が便衣隊(軍服を着ないゲリラ部隊)の場合、適当な場所へ連れて行って処断するのは当たり前のことだ。
日本軍の場合、1937年、8月、9月、10月、11月…と、多くの支那軍便衣兵によって、多くの日本軍将兵が犠牲になった。
便衣兵は殺すしかない。
便衣兵を殺さなければ、その後、支那軍は癖になって便衣隊戦術をエスカレートさせ、日本軍や一般市民の被害は拡大する一方だ。

ちなみに、支那軍は、支那事変のあった8年間で、投降したり負傷したりして捕まえた日本兵を捕虜として保護したことは全くなかった。
「反戦兵士」にする極めて少数の日本兵を除き1人残らず惨殺した。
まさに「皆殺し」だった。

一方、日本軍は、南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜として保護した。
━━━━━━━━━━

Re: 正反対

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 14:48 投稿番号: [40808 / 41162]
>南京で日本兵によって虐殺された中国人市民の数は二万人と見積もられ、その
>一方で、若い少女を含む何千人もの女性が辱めを受けました。
>(1938年2月1日国際連盟理事会第六会議議事録   顧維鈞氏の演説)
>倭寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。
>(1938年1月22日   蒋介石日記)
>外人側の情報が確認   敵、南京で大虐殺!難民区内もまた血に満つ
>ノースチャイナ・デイリーニューズ掲載   南京の敵、なお殺戮をほしいままにす
>(大公報(当時漢口で発行)の記事)


No.11126
―――――
虐殺は嘘18誰も知らなかった虐殺4蒋介石

蒋介石が1938年1月22日の日記に、「寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。野獣にも似たこの暴行は、もとより彼ら自身の滅亡を早めるものである。それにしても同胞の痛苦はその極に達しているのだ。」と書いたことを以って、蒋介石は南京大虐殺を認識していたというのは見当違いだ。

まず、日記の原文には「殘殺」という言葉が使用されており、蒋介石が「市民大虐殺」について記述するなら「屠殺」とか「大屠殺」と書くはずで、「殘殺」という言葉は、南京占領後の便衣兵などの処刑を指していると考えられる。
そもそも、蒋介石が日記で日本軍の悪口が書くのは当り前だし、何故1月22日の日記なのか疑問だ。
一体、1月22日頃、どこに虐殺があったと言うのか?
どうして早々に南京から逃げ出した蒋介石がそのような誰も知らないことを知っていて、何応欽将軍などが大虐殺を全く知らなかったのか?
ましてや、その日記の約5ヵ月後、支那事変一周年目の7月7日に蒋介石が発表した『日本国民に告げる書』に「広州などへの爆撃」については述べて、「南京虐殺」については述べなかったのだから認識はなかったのだ。


また、国連支那代表の顧維鈞が1938年の2月の総会で、南京での残虐行為について演説したことを以って支那や国連が南京大虐殺を認識していたというのも見当違いが甚だしい。
その顧維鈞の演説は、誰でもすぐに分かるような明らかな嘘や逆宣伝やプロパガンダが満載だった。
顧維鈞自身が本当に南京で大虐殺があったと認識していたら誰でもすぐに判るような明らかな嘘や逆宣伝やプロパガンダと一緒に南京のことを演説することはない。
実際に、1938年5月に国際連盟理事会が「支那に、同情の意を表明する」との文言を含む決議文を採択したのにも拘わらず、「虐殺」非難の文言が一切なかった。
つまり、2月の顧維鈞の演説は国際社会からも「出鱈目だらけで信憑性なし」と認定された訳だ。


蒋介石が1938年7月7日の『日本国民に告げる書』で、「一地區占據後、貴國軍隊は奪掠焚焼を肆にし、無辜の良民及負傷兵士を大規模に殺戮す。或は千百人を廣場に縛し機銃を以て掃射し、或は敷十人を一室に集め油火を以て焚焼す。甚しきは殺人の多寡を競ひて矜持と爲す。」と述べたことを以って、蒋介石は南京大虐殺を認識していたなどと馬鹿なことを言う奴がいる。

しかし、包括的かつ冷静に分析すれば、この『日本国民に告げる書』こそ、蒋介石が、日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった証拠なのだ。
(以下略)
―――――


「ノースチャイナ・デイリーニューズ掲載   南京の敵、なお殺戮をほしいままにす」というのは、国民党の工作員が主に外国人や海外などにデマを撒き散らした戦時プロパガンダを掲載したに過ぎない。

事実ならもっと具体的に、いつ、どこで、誰が、誰を、どのように殺戮したのか記事に掲載しなければおかしい。

実際に支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。

ノースチャイナ・デイリーニューズの記事の情報ソースは?

そして、いつ、南京のどこで、日本軍の誰が、誰を、どのように殺戮したのか?

Re: 731部隊の資料

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 14:47 投稿番号: [40807 / 41162]
>完全にフィクションだよ〜〜って日本政府なりあめちゃんなりが
>保障してくれるんならいいんだけどなwwww


フィクションも何も、10万頁に及ぶ米国の公的な機密文書だよ。



>ヒストリーチャンネルが731部隊の資料を挙げてるの見て、
>……
>そもそも、あの731の番組ってアメリカ人が作ったのかな?


テレビ番組なんて、どんなふうにも作れる。
NHKなんか似たような嘘番組を頻繁に作って放送しているが、何か?
どうせ、くだらない番組なのに、オマエが真に受けているだけだろ。
で、その番組って何なの?
HPとか動画とかはないのか?
なければ、ちゃんと分かるように説明しろ。
ちゃんと俺が、嘘を指摘して説明してやるよ。

Re: 731部隊ってさ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/12/01 12:40 投稿番号: [40806 / 41162]
731部隊の編成表自体が、現在巷に出ているものとは違うからね、第1防疫給水部から第18防疫給水部までの。

731部隊ってさ

投稿者: nakattakotonisiteokure731butai 投稿日時: 2012/12/01 12:27 投稿番号: [40805 / 41162]
関係者生き残ってる人いないのかなぁ。
その人たちがその人たちの責任で表に出てきて
経験を語ってくれたら一番いいと思うんだよね〜。
資料云々なんかよりよっぽどいい証明になると思うんだけどな。
それに若者たちにはいい勉強になると思うんだけどな。

秘密にしてるからなんかこう気になるんだよねwww
真実はどうであってもwww、
とりあえず、
生き残りの人たちがどう思ってるのか気になる
その人たちが出てきて
一般に今でてる731部隊の本はみんな嘘っぱちだよって言ったら、
それはそれで面白いな〜
それこそニコニコ動画で討論会してくんないかなwww

Re: 731部隊の資料

投稿者: nakattakotonisiteokure731butai 投稿日時: 2012/12/01 12:15 投稿番号: [40804 / 41162]
シェルダン・ハリスとローン・ジョゼフ?
おお、その二人は知らなかった。
ハリス氏は今、ぐぐってみたら、731部隊関連の本だしてるのだけは
分かったけど、ヒストリーチャンネルでやってた731部隊の番組にも
出てきた?気付かなんだwww
ローン氏も本だしてる人なのかな?

Re: 正反対

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/01 05:49 投稿番号: [40803 / 41162]
>南京における日本軍の虐殺強姦放火暴行について当時の中国や
アメリカが言ったことは「すべて真実」だと考えるということで
よろしいか、と聞いている(藁

レス:   上記貴殿の説に、わしはすでに返答したのではないかと
     思うが、もう一度返答する。

     戦争が起こればとりあえず相手を非難しなければならん。
     非難であればよい。内容は問わない。内容は言葉の羅列
     にすぎず、実在性はないのである。

なんだ本人か

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2012/12/01 03:13 投稿番号: [40802 / 41162]
劣化し過ぎていて真似HNの方かと思ったわ(大笑)
それにしてもお前も共産支那からすれば「否定派」

無駄な努力に失笑するわ(嘲笑)

Re: 正反対

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/11/30 20:40 投稿番号: [40801 / 41162]
蒋介石の国民党軍は、日本軍に追い詰められ逃げ行く先々の民家を、放火、略奪、強盗、強姦、所謂三光作戦を行って、日本軍が宿泊や糧食仕様とするのを行ったんだなぁ〜。それを日本軍の性にするチャンコロとお前の糞在日の日本国籍取ったチョンコロの為せる技だろうぜ〜。

唾棄すべき、反日特亜三国民の知性、反日日本人?の価値観だの〜。

Re: 正反対

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/11/30 20:33 投稿番号: [40800 / 41162]
>だから、それが「南京大虐殺ではない」と思うのは貴殿の自由だが、
南京における日本軍の虐殺強姦放火暴行について当時の中国や
アメリカが言ったことは「すべて真実」だと考えるということで
よろしいか、と聞いている(藁

↑清野作戦で中国軍が意味なく家屋を焼き払っていると、スミスは報道しているよね、脳死君。

掠奪も中国軍の他で行われていると報道しているよね、脳死君。

掠奪兵は銃殺されているという報道もしているよね、脳死君。

督戦隊が、敗走兵を後から銃撃しているとも報道しているよね、脳死君。
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