詳解日本史事典(4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/15 00:24 投稿番号: [40830 / 41162]
『グローバルライブラリーシリーズⅡ
アジア・アフリカ事典』
(97年第1刷発行 教育出版センター)P.716の記述を見よう。
この事典では、南京虐殺事件に関して、次のように説明している。
【なんきんぎゃくさつじけん 南京虐殺事件】
「日華事変(日中戦争)中の1937年12月13日〜15日に、
南京を占領した 日本軍が引き起こした 虐殺・略奪事件。
さまざまな矛盾に直面した 近衛内閣は、『国内相剋の解消』 を
侵略戦争によって 解決しようと はかった。」
「こうして 政府および軍部は、中国大陸への侵略を本格化した。
日本軍は当初、長期戦争を 予期してはおらず,当時国民政府の
あった南京を占領すれば、中国は抗戦を断念するであろうと判断
していた。 しかし中国は、共産党の働きかけによる国共合作を
成立させ、持久戦にもちこんだ」
「その結果、日本軍は三光作戦を展開し、中国全土で強姦、虐殺、
略奪を ほしいままにした。 その典型が 南京事件である。」
「エドガー=スノーの『アジアの戦争』 によれば、南京だけで
4万2千人以上、南京への進撃途上で30万人以上が、殺された。
そのうちの ほとんどは、『無抵抗』の 婦人・子供であった。」
上記の事典の記述でも、先に引用した『現代アジア社会事典』の
解説と同様に、虐殺事件の期間を 12月13日〜15日だけに
限定するかのような表現がある。
ただし、一方で 南京に至る侵略戦争の経緯、さらに、南京への
進撃途上でも 婦人や子どもを含む多くの非戦闘員が殺害された
という事実を述べている点では、より正確な内容となっている。
もう一冊、別の歴史辞典も 開いてみよう。
『角川 世界史辞典』(01年初版発行 角川書店)P.687
【南京事件】についての 説明は、以下のとおりだ。
「①1927年に南京で発生した国際事件(略)」
「②1937年12月、日本軍が南京の中国軍民に加えた大規模な
残虐事件。南京大虐殺といわれる。(略)日本は12月13日に
中国の首都南京を占領した。その際住民を巻き込んだ包囲殲滅
作戦を実施、すでに戦闘を放棄した膨大な数の敗残兵、投降兵、
捕虜、負傷兵を集団で殺害した。さらに残敵掃討作戦を実施し、
敗残兵狩り、便衣兵(市民服の兵士)狩りを行って 成年男子
市民を集団虐殺した。 軍紀の乱れから 中国女性を強姦する
婦女凌辱行為や食料・物資の略奪、人家を放火・破壊する
不法行為も多発した。 南京城内と その周辺の農村を含め
20万人前後の中国軍民が 犠牲になったと推測されている」
角川世界史事典の説明でも、期間については 12月13日の
占領直後から掃討作戦が行われていた間に限定しているように
読み取れるが、一方で、南京城内に加えて 周辺農村も含めて
軍民、つまり 兵士と民間人ともに 多くの犠牲が出たことや、
その原因に日本軍の軍紀の乱れがあった事実にも 触れている。
どの辞典でも、おおむね正確に事件概要を記述しているようだ。
(97年第1刷発行 教育出版センター)P.716の記述を見よう。
この事典では、南京虐殺事件に関して、次のように説明している。
【なんきんぎゃくさつじけん 南京虐殺事件】
「日華事変(日中戦争)中の1937年12月13日〜15日に、
南京を占領した 日本軍が引き起こした 虐殺・略奪事件。
さまざまな矛盾に直面した 近衛内閣は、『国内相剋の解消』 を
侵略戦争によって 解決しようと はかった。」
「こうして 政府および軍部は、中国大陸への侵略を本格化した。
日本軍は当初、長期戦争を 予期してはおらず,当時国民政府の
あった南京を占領すれば、中国は抗戦を断念するであろうと判断
していた。 しかし中国は、共産党の働きかけによる国共合作を
成立させ、持久戦にもちこんだ」
「その結果、日本軍は三光作戦を展開し、中国全土で強姦、虐殺、
略奪を ほしいままにした。 その典型が 南京事件である。」
「エドガー=スノーの『アジアの戦争』 によれば、南京だけで
4万2千人以上、南京への進撃途上で30万人以上が、殺された。
そのうちの ほとんどは、『無抵抗』の 婦人・子供であった。」
上記の事典の記述でも、先に引用した『現代アジア社会事典』の
解説と同様に、虐殺事件の期間を 12月13日〜15日だけに
限定するかのような表現がある。
ただし、一方で 南京に至る侵略戦争の経緯、さらに、南京への
進撃途上でも 婦人や子どもを含む多くの非戦闘員が殺害された
という事実を述べている点では、より正確な内容となっている。
もう一冊、別の歴史辞典も 開いてみよう。
『角川 世界史辞典』(01年初版発行 角川書店)P.687
【南京事件】についての 説明は、以下のとおりだ。
「①1927年に南京で発生した国際事件(略)」
「②1937年12月、日本軍が南京の中国軍民に加えた大規模な
残虐事件。南京大虐殺といわれる。(略)日本は12月13日に
中国の首都南京を占領した。その際住民を巻き込んだ包囲殲滅
作戦を実施、すでに戦闘を放棄した膨大な数の敗残兵、投降兵、
捕虜、負傷兵を集団で殺害した。さらに残敵掃討作戦を実施し、
敗残兵狩り、便衣兵(市民服の兵士)狩りを行って 成年男子
市民を集団虐殺した。 軍紀の乱れから 中国女性を強姦する
婦女凌辱行為や食料・物資の略奪、人家を放火・破壊する
不法行為も多発した。 南京城内と その周辺の農村を含め
20万人前後の中国軍民が 犠牲になったと推測されている」
角川世界史事典の説明でも、期間については 12月13日の
占領直後から掃討作戦が行われていた間に限定しているように
読み取れるが、一方で、南京城内に加えて 周辺農村も含めて
軍民、つまり 兵士と民間人ともに 多くの犠牲が出たことや、
その原因に日本軍の軍紀の乱れがあった事実にも 触れている。
どの辞典でも、おおむね正確に事件概要を記述しているようだ。
これは メッセージ 40829 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.