南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 正反対

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2012/12/01 18:21 投稿番号: [40814 / 41162]
>あはは、すでに戦争中から国民党は南京事件を捏造してプロパガンダしてたと
>いうわけだ。つまり戦後に捏造して東京裁判ではじめて言い出したんじゃない
>わけだ(藁


何が(藁)なんだ?
俺は6年以上前から書いているだろ。

No.12445
―――――
●いつ誰が創作したのか?

①1937年〜1938年
■国民党

支那事変当時は国民党がプロパガンダとして日本軍の残虐行為を嘘宣伝していた。
支那が宣伝工作を本格化させたのは1937年11月頃から(『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著)。
よって、最初に宣伝したのは国民党で、具体的には宣伝工作員のベイツが、日本軍による市民殺害の嘘レポートをダーディン等新聞記者に渡したりティンパーリの『戦争とは何か』にそのレポート等を所収させた。


②1945年〜1948年
■GHQ

プロパガンダを東京裁判で創作し直したGHQ。

南京事件は、東京裁判のネタとして創作された。
戦後、GHQは、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争への罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)に基づき『南京大虐殺』を捏造し、東京裁判や、NHKのラジオ番組『真相はかうだ』や『真相箱』などで宣伝した。
目的は主に2つで、一つは原爆投下など連合軍側の戦争犯罪を誤魔化すこと、もう一つは日本人に贖罪意識を植え付けて二度と戦争を出来ない腑抜け・腰抜け民族にすること。

東京裁判で証拠とされたのは主に3つ。

1.南京など各所の裁判所で裁かれ断罪された無実の者の長い表
2.埋葬記録
3.証言

これらは全てでっち上げの嘘っぱちだったことが判明している。


③1971年〜今日
■朝日新聞など

東京裁判から20年以上、「南京虐殺」は忘れられた存在となった。
本当に「大虐殺」があったのなら、このような現象はありえない。

ところが、1970年代、突如『南京大虐殺』の大キャンペーンが始まる。
東京裁判から20年以上殆ど誰も語らなかった「南京虐殺」が、四半世紀も経て、日本人が自ら「東京裁判」をやり直すような行為をし、忘れ去られていた「南京」に強引に光を当て更に膨らませた「大虐殺」として日本中に流布した。
それが今日の問題の根源。
その張本人は「朝日新聞」。
朝日報道の中でも、最大の決定打となったのは1971年8月から連載された本多勝一の『中国の旅』。
本多が支那に出かけ、支那共産党が用意した「証人」に聞いた話を「裏付け・検証ナシ」でそのまま掲載。
「裏付けナシ」という、新聞の常識を無視した企画が新聞本紙、週刊朝日、朝日ジャーナル、アサヒグラフなど、あらゆる媒体を使って大々的に展開、翌年には単行本化され、ベストセラーに。
言い様によっては『南京大虐殺』は朝日新聞の創作とも言える。
他にも南京関連本が大量出版、1978年から教科書にも「南京事件」が記載され始めた。
―――――




>いいかい、「国民党は南京事件など見たことも聞いたこともなかったから
>当時一言も触れていなかった、それが南京事件の存在しなかったことの証拠だ」
>なる主張は、実際には触れていたという事例がひとつでも指摘された時点で
>崩壊するんだよ。その触れていたことが捏造であるか否かに関係なくね。
>そのへんの論理というものは理解できないんだろうなあ(藁


それ俺に言っているのか?
オマエ馬鹿だな。
俺がそんな事をいつ言った?
ただ、国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかったのは事実だ。
だから、当時、南京事件なんてどの戦争でも良く飛び交う人知れぬデマ宣伝でしかなく、当時は世間からも全く相手にされなかった。
つまり、当時、国民党や世間は、南京事件を認識していなかった。
「南京事件」がマトモに相手にされるようになったのは、当時から40年近く経ってすぐに嘘がばれ難くなった1970年代に朝日新聞が大宣伝した後だ。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)