南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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南京事件の背景(5)軍の素質の低下③
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 14:08 投稿番号: [26099 / 41162]
後備兵が多いということは、軍隊としての素質低下を招かざるを得ない。
年齢の高い者は30歳代後半になっており、体力の低下は
免れない。
軍事教育を受けているといっても、古い者は大正時代の徴集兵で、
兵器も戦法も過去のものだった。
多くは
妻があり、この時代であるから子供も
4人も5人もあって
一家をささえており、後顧の憂いの多い階層でもあった。
また
同じ隊の将校や下士官が、年下であったり、
現役時代の後輩であったりすることもあって、上官と部下の関係が
かならずしも額面どおりには
いかない場合もあり、
厳正な軍紀がたもちにくい面も多かったといえる。
兵の年齢の高齢化とともに大きな問題であったのは、
現役幹部の極端な不足だった。
このことが、軍の素質の低下に大きく影響している。
日本陸軍の現役将校の補充は、基本的には陸軍士官学校の卒業生に
よるもので、戦時においても西欧諸国のような自由な任用は
いっさい行なわない建て前だった。
このことが
戦時動員にさいしての、極端な幹部の不足を招いた。
日中戦争で大動員が行なわれると、常設師団でも現役の小、中隊長が
不足し、特設師団には
まったく充当されないという状態になった。
したがって、ほとんどは予備役将校をあてることになったのだ。
あまりにも幹部が老齢なので、なんとかならないか、と編制担当者が
陸軍省に訴えた書類も残っている。
この書類は
上海戦に投入された
第百一師団の動員にさいしての
第一師団参謀長の申請だ。
(昭和12年8月「特設(乙)師団要員ニ現役幹部ヲ配属セラレ度件」)
これでみると
特設師団の中隊長には
58歳もの高齢者があり、
小隊長の大部分は大正時代の1年志願兵出身で、
せめて
大隊の4人の中隊長のうちの1人、
小隊長のうちの1人は現役者を配当してくれ、という
悲痛な訴えを
動員担当者がしているのだ。
しかも
実際には、第百一師団は、教育訓練の猶予もないまま
上海戦に投入され、戦果のあがらぬうちに大損害を受けるという
悲惨な結果を招くことになってしまった。
第百一師団は、損害多出し戦力が極端に低下したため、
上海戦の後は
南京攻略戦には使われず、後方の警備に残された。
一部が山田支隊として南京戦に参加した第十三師団の場合は、
37年9月9日に動員が下令され、10月上旬から上海戦に加入し、
損害が続出したため4次にわたる補充を受け、本隊の南京到着と
第4次補充員が部隊に追いついたのが同時になるという状態だった。
第百十四師団は、第十軍に属して杭州湾に上陸するために動員された
特設師団で、激戦を経験しているわけではなかったが、
同じ徴募区の第十四師団が
さきに動員されていたため、
幹部の質の低下を免れなかったのだ。
これは メッセージ 26098 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京事件の背景(4)軍の素質の低下②
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 14:07 投稿番号: [26098 / 41162]
前述した1938年8月の陸軍省調査の対象となった10個師団の
総計を出してみると、
現役兵
41,198人、16.9%、
予備兵
69,857人、28.3%、
後備兵102,508人、41.5%、
補充兵
33,486人、13.5%
となっている。
当初の中国戦線の兵の大多数は
予後備兵、とりわけ年齢の高い
後備兵であったことを、この調査は示している。
なぜ中国へ送られた兵の主力が後備兵となったのか。
それは
当時の日本の兵役制度のあり方と、動員計画の考え方による
ものであり、また、対中国戦争が
思いもよらぬ規模に拡大したため、
急遽大兵力を必要とすることになった結果だった。
1927年4月に公布された兵役法は、それまでの徴兵令を大改正し、
満年齢17年から40年までの「帝国臣民タル男子」に兵役義務を課した。
当時の日本軍の兵役は、常備兵役(現役および予備役)のほかに、
後備兵役、補充兵役、国民兵役に分かれる。
成人した男子は、徴兵検査での体格や健康状態による合格分類で、
現役、第一・第二の補充兵役、第二国民兵役に振り分けられた。
現役として徴集された者は、2年間の現役としての在営が終ると、
さらに5年4月の予備役、その後
10年の後備役に服さねばならない。
また
補充兵役は、第一・第二とも12年4月で、後備役を終えた者、
第一補充役を終えた者の中で教育を受けた者は、さらに
その後に
40歳まで第一国民兵役に、その他の者は第二国民兵役に編入された。
なお、この兵役法は
39年と41年、さらに43年にも改正され、
そのたびに
兵役の期間や年齢上限などが延長されている。
常備兵力として平時に設置されている師団は、現役兵で構成されている。
戦時に
この常設師団に動員令がくだると、予備兵を召集して
平時編成の2.5倍ないし3倍の戦時定員を充足し、平時編成から
戦時編成に移行することになっていた。
さらに
動員計画では、この常設師団のほかに、後備兵を召集して
もうひとつ
別の師団を編成することが
計画されていた。
それが
特設師団だ。
開戦前の1936年の動員計画でみると、常設17個師団に対し、
特設13個師団、合計30個師団、総兵力148万人となっていた。
1920年代前半の軍縮により、現役兵の徴集数は減って、
毎年10万人程度であったから、これが
ぎりぎりの動員数だった。
満州事変直前の1930年をとってみると、
この年の適齢壮丁数は
631,883人だが猶予や忌避などがあり、
徴兵検査の受験者数は、595,505人だった。
この年
現役として徴集されたのは
100,771人、
補充兵は168,675人であるから、約60万人の適齢人口の中の
10万人、約6分の1、16.7%の現役徴集者だけが、
現役、予備役、後備役
あわせて17年4月間という
とりわけ重い負担を背負う制度であったといえるだろう。
(参考:陸軍省大日記昭和六年甲輯第二類「昭和五年度徴集兵員数」)
そのうえ常設師団も特設師団も、この現役体験者、つまり同年齢の
6分の1の既教育兵だけに依存する
という動員計画では、
戦時の大兵力動員が不可能なのは
当然だった。
それは
日本軍が、国民全体にたいする信頼感をもつことができず、
現役兵としてきびしい訓練を経た者にしか期待できないという
日本の特殊な条件でもあったのだ。
これは メッセージ 26097 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京事件の背景(3)軍の素質の低下
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 14:06 投稿番号: [26097 / 41162]
上海で苦戦し、南京で虐殺事件を引き起こした日本軍は、
山東出兵や満州事変のときのような
現役兵を中心とし、訓練も行き届いて
厳正な軍紀をたもった軍隊とは、すっかり異質なものにかわっていた。
日中戦争が思いもよらぬ大規模な全面戦争に拡大したこと、
しかも
一方で対ソ戦に備えなければならないという状況のもとで、
陸軍は
それまでに経験したことのない規模の戦時動員を行なった。
ところが
日本の戦時動員計画は、第一次大戦を画期としてはじまった
総力戦段階に適合するものには
なっていなかったのだ。
双方ともに千万人単位の大軍を動員した第一次大戦は、それまでの
常備軍中心の戦争とは
まったく異なる性質の戦争となっていた。
戦後の先進各国とも、その経験にもとづいて、
戦時には膨大な大衆軍を編成できるような準備を
すすめていた。
常備軍の性格は、戦時に編成する大衆軍の基幹部分を整備しておくものに
変わっていた。
それは
戦時にさいして、一般国民を大量に招集して軍隊を編成しても、
十分に有効であるという、国民にたいする信頼が前提になっていたからだ。
しかし
日本の軍部は、一般国民を有能な軍人として信頼できなかった。
というより、戦時に大衆軍を創出するという
総力戦の構想を、
十分に理解してはいなかった。
だから
第一次大戦後の戦時動員計画も、依然として日清・日露戦争の
時代と同じように、常備軍を主体とする考え方に立っていた。
大量動員の場合も、あくまで既教育兵を中心とするように計画してあった。
このため
動員部隊は、年齢の高い予後備兵が
主力を占めるものと
ならざるを得なかった。
また
陸軍は、日中戦争が拡大しても、対ソ戦第一主義を変えず、
ソ連戦に備えて
満州と朝鮮北部の常設師団はそのままにしておいた。
そのため中国戦線へは、近衛師団と北海道の第七師団をのぞく
すべての内地の常設師団を
動員のうえで派遣することになった。
ところが、華北の戦線の拡大、上海での苦戦など、
予想外の事態が進展したために、つぎつぎと
特設師団まで動員して、
これを第一線に投入せざるを得なくなったのだ。
開戦後1年を経た38年8月、陸軍省は動員部隊の
兵の役種区分調査をおこなっている。
その報告のうち、中国戦場にある常設5個師団、特設5個師団の分が、
陸軍省陸支密大日記に残されている。
(出典:昭和13年8月1日陸支密第2836号
動員部隊ニ属スル兵ノ
役種区分調査ノ件
『陸支密大日記』
防衛研究所図書館所蔵文書)
これによると、損耗の程度、補充の回数や
その他の理由によって、
各師団が
かならずしも同一ではない。
だが
大雑把にいえば、常設師団では現役兵3割、予備兵4割、
後備兵と補充兵をあわせて3割、つまり
予備兵がもっとも多く、
現役兵と予備兵とが
おもな割合となっている。
これに対して
特設師団の場合は、後備兵が5〜6割と圧倒的に多く、
これに予備兵と補充兵がくわわっている。
これは メッセージ 26084 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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中国の国民性で国民犠牲
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 14:00 投稿番号: [26096 / 41162]
■安全より金もうけ
発信源の中国では、患者数は62人を超え、死者は5人とされるが、今後、患者や死者の数は増加しそうだ。新華社通信(電子版)は、結石発症の可能性のある潜在患者数は3万人になるとの推計を報じている。逮捕者も少なくとも18人に上っている。
メラミンにはタンパク質の含有量の検査値をを多く見せる効果があり、問題の背景には安全よりも“金もうけ第一主義”の中国の業界体質がある。公安当局の取り調べに対し、業者の一人は「飲んだらどうなるか考えなかった。自分の家族には飲ませていない」と供述したという。
中国紙によると、河北省の楊崇勇副省長はメラミン混入は2005年4月から行われていたと指摘している。「業界内で“暗黙のルール”になっていた」(中国紙・新京報)可能性がある。
中国政府が五輪期間中に騒ぎが起きるのを避けるため、情報を隠蔽(いんぺい)した疑惑も浮上している。
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訂正:南京事件の背景は中国紅軍の残虐性
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 10:53 投稿番号: [26095 / 41162]
漢口事件解決方ニ関スル公文交換ノ件
19.南京兵変(損害賠償ヲ含ム) 自大正十三年十二月/2 大正14年8月20日から大正15年6月21日
21.邦人被害一般賠償問題/1 大正13年9月19日から大正15年8月19日
10.邦人損害一般/1 大正15年1月19日から〔大正15年4月9日〕
10.邦人損害一般/3 大正15年5月15日から大正15年10月15日
江浙並奉直紛擾関係/内外人保護被害関係
反奉天派紛擾事件/帝国ノ態度及在留邦人保護 第一巻
義和団事変清国償金授受一件 第十一巻
韓国暴徒ノ為本邦人被害関係雑件
京城領事館/(5)京畿道龍仁付近ニ於テ岩手県民遠藤松五郎及同人妻暴徒ノタメ被殺害一件
京城領事館/(7)京機道振威ニ於テ暴徒ノタメ福岡県民近藤栄造被殺害ノ件
濰県民軍動乱ニ依ル邦人被害調査報告
支那南北軍衝突ニヨル邦人被害雑件
在常徳邦商及邦人被害
在宝慶邦人被害
在成都邦人被害
海口在留邦人被害
両湖開戦ニヨル邦人被害ニ関スル件
九江事変ニヨル邦人被害
四川省動乱ニヨル邦人被害
漢口東孚洋行沙市出張員井上作一被害ニ関スル件
支那南北軍衝突ニヨル邦人被害雑件
日清汽船湘江丸蘆林潭ニ於テ支兵ノ為射撃セラレシ件
雲陽丸被害ニ関スル件
済南事件/在留邦人被害関係(安否取調ヲ含ム)
掏鹿/3 邦人被害申告書送付ノ件
満州事変ニ因ル在満邦人被害調査方ノ件
満州事変発生後排日ニ依ル邦人被害調
海州邦人被害報告ノ件
膠済沿線邦人被害要償方ニ関スル交渉資料調成ノ件
邦人榊原徳三ノ行方不明ニ関スル件
灘縣北方邦人被害の件
海西に於ける本邦人被害調査の件
丈嶺東北方に於ける邦人被害事件
↑数えればきりがないね、これを和田罪は無視している、中国の間諜だな、和田罪作り。
これは メッセージ 26094 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26095.html
南京事件の背景は中国皇軍の残虐性
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 10:31 投稿番号: [26094 / 41162]
漢口事件解決方ニ関スル公文交換ノ件
19.南京兵変(損害賠償ヲ含ム) 自大正十三年十二月/2 大正14年8月20日から大正15年6月21日
21.邦人被害一般賠償問題/1 大正13年9月19日から大正15年8月19日
10.邦人損害一般/1 大正15年1月19日から〔大正15年4月9日〕
10.邦人損害一般/3 大正15年5月15日から大正15年10月15日
江浙並奉直紛擾関係/内外人保護被害関係
反奉天派紛擾事件/帝国ノ態度及在留邦人保護 第一巻
義和団事変清国償金授受一件 第十一巻
韓国暴徒ノ為本邦人被害関係雑件
京城領事館/(5)京畿道龍仁付近ニ於テ岩手県民遠藤松五郎及同人妻暴徒ノタメ被殺害一件
京城領事館/(7)京機道振威ニ於テ暴徒ノタメ福岡県民近藤栄造被殺害ノ件
濰県民軍動乱ニ依ル邦人被害調査報告
支那南北軍衝突ニヨル邦人被害雑件
在常徳邦商及邦人被害
在宝慶邦人被害
在成都邦人被害
海口在留邦人被害
両湖開戦ニヨル邦人被害ニ関スル件
九江事変ニヨル邦人被害
四川省動乱ニヨル邦人被害
漢口東孚洋行沙市出張員井上作一被害ニ関スル件
支那南北軍衝突ニヨル邦人被害雑件
日清汽船湘江丸蘆林潭ニ於テ支兵ノ為射撃セラレシ件
雲陽丸被害ニ関スル件
済南事件/在留邦人被害関係(安否取調ヲ含ム)
掏鹿/3 邦人被害申告書送付ノ件
満州事変ニ因ル在満邦人被害調査方ノ件
満州事変発生後排日ニ依ル邦人被害調
海州邦人被害報告ノ件
膠済沿線邦人被害要償方ニ関スル交渉資料調成ノ件
邦人榊原徳三ノ行方不明ニ関スル件
灘縣北方邦人被害の件
海西に於ける本邦人被害調査の件
丈嶺東北方に於ける邦人被害事件
↑数えればきりがないね、これを和田罪は無視している、中国の間諜だな、和田罪作り。
これは メッセージ 26084 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26094.html
Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2008/09/21 10:28 投稿番号: [26093 / 41162]
これは メッセージ 26092 (totoro_ootoro3 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26093.html
Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: totoro_ootoro3 投稿日時: 2008/09/21 09:22 投稿番号: [26092 / 41162]
これは メッセージ 26086 (todorigafuti さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26092.html
南京事件の背景は中国軍の残忍性
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 08:46 投稿番号: [26090 / 41162]
漢口事件解決方ニ関スル公文交換ノ件
19.南京兵変(損害賠償ヲ含ム) 自大正十三年十二月/2 大正14年8月20日から大正15年6月21日
21.邦人被害一般賠償問題/1 大正13年9月19日から大正15年8月19日
10.邦人損害一般/1 大正15年1月19日から〔大正15年4月9日〕
10.邦人損害一般/3 大正15年5月15日から大正15年10月15日
これは メッセージ 26084 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26090.html
Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 08:41 投稿番号: [26089 / 41162]
>皇軍のことか?(笑)
↑中国共産党軍(紅軍)のことだ、暗奔丹。
>あははっはは、、君に興味はないよ(笑)
反論?
なんで
幼稚な戯言に
反論するような
ヤワな根性は持ち合わせていないよ(笑)
のぼせるなよ
ボケナス
↑遊ばせてやっているのが分からん様だな、暗奔丹。
これは メッセージ 26086 (todorigafuti さん)への返信です.
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Re: 弱虫のカラ元気は 脅威だね 怖いぜ”
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 08:39 投稿番号: [26088 / 41162]
>お前のような軍人が
虐殺事件を起こしたんじゃないの?
↑お前等の様な捏造野郎がやったんだろう、夢の中で。
>ほんで
悪賢く立ち回り
人を食って
帰国し
虐殺は無かったって
いいかげんな事
ほざいてる
国賊なんじゃないのかね(笑)
↑夢と現実の区別が付かなくなった、暗奔丹。
>お前のような考えで
日本を潰す奴は
許せんよ(笑)
↑許せんな、暗奔丹。
>腰抜け将校は
姑息な手段で
後方部隊から
命令を出すだけで
負け戦になると
退却とはいわず
転進だなんて
いいながら
逃げちゃうような腰抜けばかりだったんだよ。
↑中国の督戦隊のことを良く知っている様だな、自国軍を後ろから撃つという、暗奔丹。
>だから
宣戦布告も警告も無く
意味も無い
南京攻略戦をしかけ
多くの中国兵を捕虜としたが、いつ
襲われるか
その恐怖心から
中国人とみるや
兵士も民間人も
老若男女問わず
虐殺したってのが
歴史的事実だよ。
↑南京事件、通州事件、其の他諸々に関して事前通告を中国はしなかった、暗奔丹。
中国との紛争は戦争ではない、暗奔丹。
>腰抜けの指導者のやることは
アヘンの栽培と
製造販売
その利益で
中国大陸を侵略した
事実だな(笑)
腰抜け軍隊が日本軍なんだよ
↑腰が抜けているのはお前だろう、中国の意を汲んでな、暗奔丹。
阿片の収益の会計帳簿を見せてみな、暗奔丹。
>こわいねぇ〜〜
弱虫のカラ元気は
こわいよ〜〜(笑)
↑怖いはずだよ、妄想を描く阿片(中国のプロパガンダ)中毒者の考えは、暗奔丹。
これは メッセージ 26085 (todorigafuti さん)への返信です.
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南京事件の背景は中国軍の残忍性
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 08:31 投稿番号: [26087 / 41162]
南京事件は大正時代のことだよ。
捏造するな、和田罪は。
これは メッセージ 26084 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/09/21 06:40 投稿番号: [26086 / 41162]
>自己中心的な解釈だそうだ(笑)
皇軍のことか?(笑)
>私のトピには太刀打ちできないのかな?(笑)
あははっはは、、君に興味はないよ(笑)
反論?
なんで
幼稚な戯言に
反論するような
ヤワな根性は持ち合わせていないよ(笑)
のぼせるなよ
ボケナス
これは メッセージ 26080 (totoro_ootoro3 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26086.html
弱虫のカラ元気は 脅威だね 怖いぜ””
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/09/21 06:37 投稿番号: [26085 / 41162]
お前のような軍人が
虐殺事件を起こしたんじゃないの?
ほんで
悪賢く立ち回り
人を食って
帰国し
虐殺は無かったって
いいかげんな事
ほざいてる
国賊なんじゃないのかね(笑)
お前のような考えで
日本を潰す奴は
許せんよ(笑)
腰抜け将校は
姑息な手段で
後方部隊から
命令を出すだけで
負け戦になると
退却とはいわず
転進だなんて
いいながら
逃げちゃうような腰抜けばかりだったんだよ。
だから
宣戦布告も警告も無く
意味も無い
南京攻略戦をしかけ
多くの中国兵を捕虜としたが、いつ
襲われるか
その恐怖心から
中国人とみるや
兵士も民間人も
老若男女問わず
虐殺したってのが
歴史的事実だよ。
腰抜けの指導者のやることは
アヘンの栽培と
製造販売
その利益で
中国大陸を侵略した
事実だな(笑)
腰抜け軍隊が日本軍なんだよ
こわいねぇ〜〜
弱虫のカラ元気は
こわいよ〜〜(笑)
これは メッセージ 26076 (numbergl さん)への返信です.
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南京事件の背景(2)非合理的な精神主義
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 01:58 投稿番号: [26084 / 41162]
第二の日本軍隊の特徴は、非合理的な精神主義の強調にあった。
鳥羽伏見の戦いに始まる戊辰戦争では
農民を主体とした長州軍が、
古色蒼然たる武士の軍団を、各地で撃破し、壊滅に追い込んでいった。
「命を惜しむな名を惜しめ」という武士道にたいし、
危ないときはさっさと逃げよ、と命ずる
村医者出身の指揮官が率いる
近代軍が、完全勝利したのだ。
その指揮官こそ、合理主義が着物をきて歩くような人物、大村益次郎だ。
しかし、彼は
維新後まもなく
旧守派の「武士」によって暗殺される。
その後の日本の軍隊には、彼が叩き潰したはずの武士道が、受け継がれた。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」という死生観、死の覚悟に徹する
という武士道精神が
日本帝国軍人には
求められた。
兵士の生命は
鴻毛よりも軽いものだとの自覚が強要された。
“天皇の軍隊”という位置づけが
強まるにしたがって、
精神力がいっそう強調され、天皇のために死ぬことが、国民として、
軍人として、最高の美徳とされるようになっていった。
このことは、軍隊教育だけでなく、国民教育としても強調された。
こうした精神主義のいきつくところは、日本軍人は死ぬまでたたかうべきだ
として、捕虜となることは
最大の恥辱だとする思想を生みだした。
大村が
蔑み、排除したはずの、無意味な、というよりも
軍略上有害な
人命軽視の特攻精神、自己犠牲を崇高と讃える靖国精神の
発現となる。
この傾向は、昭和期になって
いっそう顕著になっていく。
それは
大正後半期以降の自由主義的風潮や社会運動の昂揚にともなって
兵士の「思想悪化」が懸念されるようになったこと、
中国の民族運動が高まり、日清・日露戦争で日本が獲得した大陸における
権益にたいする回収運動が高まったこと、国内からも軍縮の声が出たり、
一方では軍備の近代化が
はかばかしく進まないこと
などによって、
軍内部に危機意識が強くなったことにも
よるものだった。
そうした危機感から、精神主義は
ますます強調され、
天皇のために死ぬことが軍人の本分だということが、
神がかり的に
叫ばれるようになった。
「皇軍」「皇道」という言葉が
さかんに使われるようになるのも
この頃からだった。
死ぬことが立派で栄誉ならば、逆に
捕虜になって生きて還ることは
恥ずかしいこと、屈辱であり「おめおめと生き残った卑怯者」になる。
1932年
第一次上海事変で、重傷を負ったため中国側に収容された、
歩兵第七聯隊の少佐が、停戦後に送還された後に自殺した事件は、
捕虜になった将校は
必ず自決すべきという前例となった。
1939年のノモンハン事件で、捕虜交換で戻ってきた者も、
将校は自決を強要され、下士官以下は軍法会議にかけられたのだ。
精神主義と捕虜の否定は、太平洋戦争期になって
いっそう極端になった。
くり返された玉砕(=全滅)の悲劇は、その行き着いた先である。
また
自軍の捕虜を認めないぐらいだから、相手国の捕虜を侮蔑し、
処遇が苛酷なものとなったことは、必然だったと言えるだろう。
これは メッセージ 26082 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京事件の背景は中国軍の残虐性
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/21 01:13 投稿番号: [26083 / 41162]
をよく示すもので、各国に賠償金を払っていることは、周知の事実である。
和田罪はこのように、事件を捏造すると言うことをよく示す一例である。
南京事件と南京虐殺は別の事件と言うことを知っていながら、このような馬鹿をやる、和田罪作り。
これは メッセージ 26082 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京事件の背景(1)日本「皇軍」の特質
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 00:25 投稿番号: [26082 / 41162]
これまで引用してきたとおり、数多くの日本軍の記録や将兵たちの証言、
圧倒的多数の歴史学者の研究成果などによって、南京虐殺マボロシ論は
まったく議論に値しない
虚言にすぎないことが明白となってしまう。
国際社会で“Nanking Atrocities”と呼ばれる
南京での残虐行為は、
日本政府を含め、世界の国々が「歴史的事実」として認識している。
もはや
真剣に議論すべきことは、
南京虐殺があったか否か、などという
幼稚な議論などではないのだ。
南京大虐殺のような大規模な残虐行為を、どうして日本軍が起こしたのか。
本来は温和で礼節を重んじる民族性を持つ日本人が、歴史の一時期とはいえ
突然
このような事件の主役となったのには、それだけの背景と原因がある
はずであり、それを原因を追究することが、事実の究明のためにも、
そこから教訓を学ぶためにも、ぜひとも必要な作業であろうと思う。
もともと
軍隊は
暴力組織であり、きちんとした統制がたもたれ、
明白な自律意識をもっていなければ、残虐な行為に走りやすい性質を持つ。
事実、満州事変での平頂山事件や、ベトナム戦争でのソンミ事件のように、
内外に
いくつも例がある。
だが、それらに比べても、南京大虐殺は、
あまりにも大規模で、しかも
組織的な行為だったのだ。
それが、なぜ実行され、また
防げなかったのかを知るためには、
日本軍=「皇軍」の性格と特質について
検証する必要があるだろう。
第一に
近代の日本軍隊の特徴は、世界にも稀なほどに
厳しい規律と、兵士にたいする服従の強制にある。
兵士の自主性を尊重したり、自発的意志に期待することなく、
がんじがらめの規則と罰則とで、軍隊の秩序を維持しようとしていた。
このことは、明治維新にはじまる日本の近代が、軍事と経済の
近代化ばかりを急いで、欧米の近代化の柱であった人権と自由という
思想を学ばなかったことと関係がある。
自由民権運動を圧殺した上に成立した天皇制国家は、軍事と経済の面では
アジアの先頭をきって発展したが、人権と自由、個人の解放という面では
遅れた国のままだった。フランスに学んだ徴兵制度も、その前提であった
農民解放を実現しなかったから、兵士の自発性を期待することができず、
きびしい規則と訓練、懲罰にたより、兵士の人権は
極度に無視された。
上級者が下級者にたいする
苛刻なまでの絶対服従の強制、
古参兵が新兵にたいしてふるった私的制裁という名の肉体的暴力などの
人権無視の例は
あまりにもの有名だ。たとえば
漫画家の水木しげるは、
エッセーに「僕は戦争というとすぐ
ビンタを思い出してしまう。」
「初年兵は飛んでくる敵弾の数の10倍位なぐられる」
「初年兵というのは
動物のペット以下という感じだった」
と
自己の軍隊体験を語っている。
(出典:『文芸春秋』00年2月臨時増刊号)
このような暴力と抑圧は、上級者から下級者へ、古参兵から初年兵へと、
委譲されていくが、抑圧を委譲する相手のいない末端の兵士たちは、
それを
より弱い者、無力な捕虜や占領地住民へ委譲することになった。
自国の中でさえも、また自己の軍隊の中でも、
人権と自由を尊重していないのであるから、その権力の下に入った
敵国軍の捕虜や
そこの民衆にたいする処遇に、
人権を求めるのは
とてもできないことだった
と言えるだろう。
これは メッセージ 26075 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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wadatumi_voice21へー再掲
投稿者: chinotabibito 投稿日時: 2008/09/20 21:29 投稿番号: [26081 / 41162]
wadatumi_voice21の投稿が検証するのにふさわしいかどうか判断するので、
次の質問に答えるように。
必ずレスするように。
1、「靖国神社参拝問題」というトピに全く同じ内容の投稿があるが、何故か?
2、南京に関する文章は自分で書いたものか?
3、文章中に他人の著作物が大量に引用されているが、著作権者の許諾は得たのか?
レスしない、できない理由はないと考えるが、どうか?
これは メッセージ 26071 (chinotabibito さん)への返信です.
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Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: totoro_ootoro3 投稿日時: 2008/09/20 10:07 投稿番号: [26080 / 41162]
>腰抜け野郎
堂々と
正面から
反論してみろ
その知識も
度胸もない
ノウタリンなのか?
お主の方こそ、罵倒ばかりしないで
正々堂々と反論したらどうなんだ?(笑)
お主の証拠のない嘘の知識ではもう
私のトピには太刀打ちできないのかな?(笑)
>お前らせいぜい
3〜4名だな、、笑っちゃうよ、、
それを自己中心的で身勝手な解釈と言うんだな(笑)
お主の同胞の学者はこう言っておる。
==============================
終戦後、独立した韓国・朝鮮の教育は、
日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾しますが、
それがいかに歴史の実態を無視した身勝手なことであり、
自己中心的な解釈であるかはいうまでもありません。
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm==============================
自己中心的な解釈だそうだ(笑)
これは メッセージ 26073 (todorigafuti さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/20 09:51 投稿番号: [26079 / 41162]
捏造はするな。
これは メッセージ 26075 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/20 09:50 投稿番号: [26078 / 41162]
何もになかった
これは メッセージ 26074 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか (14)
投稿者: numbergl 投稿日時: 2008/09/20 08:41 投稿番号: [26076 / 41162]
殺す必要があったから殺した。問題ない。
それともなにか。自分の食い物を減らしてでも捕虜に食わせろと?
大量の投稿者を装って敵陣に入ろうとするのは中国人の作戦だろ
これは メッセージ 26075 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか (14)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/20 08:13 投稿番号: [26075 / 41162]
虐殺少数派の主張の第2は、中国軍の死者の大半は
戦闘による死者か、
同士討ちによるものだとし、市民の被害の多くも
戦闘の巻き添えだ、
というものだ。が、しかし
これも事実に反している。
戦死者よりも、捕虜として収容された後で殺されたり、
敗残兵狩りで「処刑」されたりした数が
はるかに多いことは
これまで
記述してきたとおりであり、
日本軍関係の公式記録や証言により
明確に裏付けられている事実だ。
明白に国際法に違反する捕虜や敗残兵の大量殺害が行なわれたことが
南京大虐殺の
一つの特徴なのだ。
くりかえすが、捕虜として
いったん収容した者を集団的に殺害したことは
1907年の「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」、いわゆる
ハーグ条約で
禁止じる「武器を捨て又は自衛の手段尽き降を乞える敵を殺傷すること」に
明白に違反した行為だった。
ハーグ条約には、当時
日本も加入し、1912年に批准していた。
日本は
自らを近代国家として世界に認知させようとしている間は、
戦時国際法を遵守する努力を怠らなかった。
日露戦争におけるロシア人捕虜や
第一次大戦におけるドイツ人捕虜が
日本の収容所で好遇されたという例が
数多く伝わっている。
しかし、欧米人にたいする場合とアジア人にたいする場合には、
異なった基準が存在しており、時代が昭和に入ると、それは露骨に表れた。
中国兵捕虜は、他国人のように
国際法にもとづく処置をしなくてもよい、
殺しても問題にならない、という中国人蔑視の思想が
公然と示され、
日中戦争が前面化したにもかかわらず、「事変」だから戦時国際法は
適用しなくてもよいという方針を
日本軍は掲げていた。
1938年8月5日付、陸支密第一九八号支那駐屯軍参謀長宛陸軍次官通牒
「交戦法規ノ適用ニ関スル件」では、次のように示している。
一、現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ
対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約」ノ
具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ
(『戦史叢書・支那事変陸軍作戦(2)』1976年、465頁)
中国での戦闘には
戦時国際法規は適用しない――
ということは、
捕縛した中国兵を国際法上の捕虜として処遇しなくてもよいということだ。
そもそも
日本軍の上層部の認識でも、
支那人ハ戸籍法完全ナラザルノミナラズ特ニ兵員ハ浮浪者多ク
其存在ヲ確認セラレアルモノ少キヲ以テ仮リニ之ヲ
殺害又ハ
他ノ地方ニ放ツモ世間的ニ問題トナルコト無シ
(陸軍歩兵学校『対支那軍戦闘法ノ研究』1933年1月、74頁)
というように
「殺しても問題にはならない」という中国人蔑視があった。
ここに、南京虐殺が残した教訓の一つがあるように思える。
馬鹿ウヨなどがことあるごとに披瀝する偏狭な民族感情や優越意識、
その裏返しとしての
他国人や他民族への差別意識、蔑視、敵対心、
それらが
憎しみや悪感情を増幅させ、遂には戦争や残虐行為に結びつく
萌芽となり得るものだということだ。
歴史の事実に向き合おうとしない南京虐殺否定論や犠牲者少数説は、
その土壌を肥やすものにすぎない。
これは メッセージ 26074 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26075.html
南京で日本兵は何を見たのか (13)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/20 08:12 投稿番号: [26074 / 41162]
「南京アトロシティーズ」(南京残虐行為)と世界から呼ばれる事件は
日本政府自身も
「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、
多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」
(外務省ホームページ)として、その事実を公式に認めている。
現在では、事件の存在そのものを否定するのは
狂信的な馬鹿ウヨか、
または
確信犯的な政治勢力しか残っていない、というのが
現状だ。
そこで
苦し紛れに登場してきたのは、事件そのものは認めざるを得ないが
犠牲者の数は少ないのだから
「大虐殺」ではない、という
少数説だ。
この少数説には、故意に
いくつもの事実を曲げた前提がある。
まず第1に、犠牲者数をなるべく少なくするために、南京攻略戦の期間と
範囲を
なるべく狭く
限定していることにある。
たとえば
藤岡信勝「『南京大虐殺三十万』のウソ」などでは
期間を
12月13日の南京占領と
その直後だけに限定し、
範囲を
南京城内だけに限定して論じている。
実際の中国側の南京防衛線は、城内をはるかに超えた広域だった。
事実、第一段の防衛線として
太湖東方の福山、呉県の線、
第二段の防衛線として太湖につらなる江陰、無錫の線に布陣されており、
さらに南京の直接防衛線として
栖霞山、淳化鎮、秣陵関の線が外郭陣地、
紫金山、雨花台の線に複郭陣地が構築され、これが南京攻防戦の範囲だ。
期間については
12月1日大本営の南京攻略命令発出の際の
太湖西方の線から南京攻略にいたる戦闘であり、
12月13日よりも
はるかに以前からを捉えなければならない。
南京戦の範囲も、もちろん
南京城内に限定されるものではない。
中国の行政区は
市の下に県があり、
行政区としての南京市は、市部と近郊6県を含んでいる。
南京戦が始まる前の
南京の城市部の人口は
100万人をこえ、
さらに
近郊県部の人口は
130万以上だった。
少数説を唱える者のなかには、南京の人口は約20万であった、
だから30万人虐殺などあり得ない、逆に南京戦直後には人口が増えた、
などと大マヌケな主張をくり返すものもあるが、これは事実の歪曲だ。
戦闘前の南京城内の人口が20万であっても、
南京市全体の人口は、それを遥かに上回るものであったし、
包囲作戦をとった日本軍に追われて
周辺部の住民が城内に逃げ込み、
結果、一時的に
城内の人口が膨れ上がった
というのが実情だった。
さらに、少数説には、南京防衛軍の兵力が
たった5万人に過ぎなかった
などという主張もあるが、これは何の根拠もない話だ。
最近の研究では、防衛軍の兵力は
ほぼ15万人と考えられている
(笠原十九司「南京防衛戦と中国軍」など参考)のであり、
5万という数字は、城内に逃げ込んだ敗残兵の推定人数に過ぎない。
実際の虐殺は、周辺農村部も含め南京市内全域で行なわれたものであり、
その犠牲者数が
膨大なものであったことは
否定できない。
ところが
南京虐殺否定派は、期間と範囲を
ことさらに狭くし、
そのうえで南京市の人口や防衛軍の兵力を極力小さく見積もることで、
犠牲者は少数だから大虐殺ではない、と見苦しく言い訳しているのだ。
これは メッセージ 26066 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/09/20 07:07 投稿番号: [26073 / 41162]
あほじゃね
本題となんの関係もないだろう
ボケナス
どうせ
おまえは
koudousuruアホ
なんだろ(笑)
真偽のほどは
読者が判断すれば
それで充分足りることだ、、
腰抜け野郎
堂々と
正面から
反論してみろ
その知識も
度胸もない
ノウタリンなのか?(笑)
お前らせいぜい
3〜4名だな、、笑っちゃうよ、、
著作者を聞いて
ヤフーに
違反投稿だなんて
イチャモン付けちゃうんだよな、、それくらいの事しか
できない
アホなんじゃよね(笑)
政治結社が
街宣車まわして
わめき立てるのと
同じで
愚かな行動だと云うこっちで
やればやるだけ
それだけ非難が集中するってことに
まだ
気づいてないボケナスなんだろうな(笑)
マ〜〜がんばれよ・
これは メッセージ 26071 (chinotabibito さん)への返信です.
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか (12)
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/20 04:28 投稿番号: [26072 / 41162]
>すでに武装を解除し、捕虜として
いったん収容した者を
その後に
集団的に殺害したことは、陸戦法規が禁じている捕虜殺害にあたり、
明白な国際法違反にほかならない。
↑「陸戦の法規慣例に関する条約」の批准を日本は行っていない。
つまり国際法違反に当たらない。
>また、敗残兵狩りなどと称して
安全区にまで立ち入って
「兵士の疑い」のある者を選び出し、裁判もなしに「処刑」したことも、
言い逃れできない不法行為であり、紛れもない大虐殺だった。
↑安全区は、米国からの要請によるものであり、南京だけにあるものではなく、日本軍の管理下に置かれたものである。
防衛省防衛研究所の資料による。
>そのうえ、南京大虐殺が
国際的に非難されるのは、
大規模な女性への凌辱を含む民間人にたいする残虐行為の数々である。
↑実証されたものはない。
防衛省防衛研究所資料による。
>この事件は、日本の侵略戦争における犯罪性を象徴する出来事なのだ。
それだけに
日本軍が引起した戦争を肯定美化しようとする愚か者からは、
くり返し
南京虐殺否定論・マボロシ説が
執拗に唱えられ、
「でっち上げ」「虚構」「捏造」だなどという攻撃が
続けられる。
↑侵略という事実はない。
防衛省防衛研究所資料、及び外務省の資料による。
これは メッセージ 26066 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26072.html
wadatumi_voice21へ、まず確かめたい。
投稿者: chinotabibito 投稿日時: 2008/09/19 23:14 投稿番号: [26071 / 41162]
1、「靖国神社参拝問題」というトピに全く同じ内容の投稿があるが、何故か?
2、南京に関する文章は自分で書いたものか?
3、文章中に他人の著作物が大量に引用尿されているが、著作権者の許諾は得たのか?
まず、以上3点について、投稿内容が検証に値すものかどうか判断する為に必要なことであるから、必ずレスされたい。
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか
投稿者: chinotabibito 投稿日時: 2008/09/19 22:32 投稿番号: [26070 / 41162]
>今後とも、旧日本軍関係者が残した記録資料を丹念に掘り起こし、
真実を見極めて行きたい
と考えている。
南京で日本兵は
何を見たのか──
大本営発表のみを信じ込む諸氏には
おそらく想像も及ばない
歴史の事実が発見できるに違いない。
ぜひ
ご期待願いたい。
wadatumi_voice21 の学識がどの程度のものか?
とくと拝見しようか。
これは メッセージ 25997 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか (12)
投稿者: chinotabibito 投稿日時: 2008/09/19 21:40 投稿番号: [26069 / 41162]
>こうした少数説には、故意に
いくつもの事実をねじ曲げた前提がある。
今後、それら捏造の仕組みについても、一つひとつ
検証していきたい。
乞うご期待。
大きく出たもんだな。その検証とやらを検証させてもらおうか。
これは メッセージ 26066 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26069.html
Re: 南京で日本兵は何を見たのか (12)
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2008/09/19 21:11 投稿番号: [26068 / 41162]
で、シナ人が日本人に対しての虐殺行為に付いては知らん振りってか〜。
ま、反日日本人の典型的御仁では有るなぁ〜。トドリガ淵と同じ価値観。
で、何時まで日本人として生き続けるんだい〜?
ハヨ、日本人止めな〜。
それが、当然な行為と思うのだが、日本人として生き続けている反日日本人〜?ホンに馬鹿ったれー!
これは メッセージ 26066 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/19 21:04 投稿番号: [26067 / 41162]
お前が調べたことを証明も出来ない様だな、馬鹿もんが。
これは メッセージ 26066 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26067.html
南京で日本兵は何を見たのか (12)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/19 20:36 投稿番号: [26066 / 41162]
世界的には「南京アトロシティーズ」(南京残虐行為)と呼ばれる事件は、
①収容した捕虜を
大量に殺害したこと、
②敗残兵狩りという名目で行なわれた兵士や市民の「処刑」、
③女性への強姦致死を含む一般市民への残虐行為、
これらを
総称したものだ。
すでに武装を解除し、捕虜として
いったん収容した者を
その後に
集団的に殺害したことは、陸戦法規が禁じている捕虜殺害にあたり、
明白な国際法違反にほかならない。
また、敗残兵狩りなどと称して
安全区にまで立ち入って
「兵士の疑い」のある者を選び出し、裁判もなしに「処刑」したことも、
言い逃れできない不法行為であり、紛れもない大虐殺だった。
そのうえ、南京大虐殺が
国際的に非難されるのは、
大規模な女性への凌辱を含む民間人にたいする残虐行為の数々である。
この事件は、日本の侵略戦争における犯罪性を象徴する出来事なのだ。
それだけに
日本軍が引起した戦争を肯定美化しようとする愚か者からは、
くり返し
南京虐殺否定論・マボロシ説が
執拗に唱えられ、
「でっち上げ」「虚構」「捏造」だなどという攻撃が
続けられる。
しかし
右翼政治家や無知な馬鹿ウヨが
どんなに「ウソだ」と吠えても
虐殺が行なわれたという歴史の事実を
いまさら否定することはできない。
事件をめぐる論争は
何回もくり返されたが、
現在では
事件の存在そのものを否定するのは、
狂信的なヤスクニ派か、または
確信犯的な政治勢力しか残っていない
というのが
実態だ。
そこで
苦し紛れに登場してくるのは、事件そのものは認めざるを得ないが
犠牲者の数は少ないのだから
大虐殺ではない、という
少数説だ。
この議論も、戦争を美化する南京事件マボロシ派の亜流にすぎない。
たとえば、南京の人口は20万人だったのだから
犠牲者30万はウソだ、
中国兵の捕虜は
指揮官の命令なしに降伏したのだから捕虜の特権はなく、
処刑しても違法ではない、などといった話を
大マジメに吹聴する。
なかには、中国兵の死者の大半は自軍同士の殺し合いによるものだ、
などという話まで、本気で主張してみせるのだから呆れるほかない。
これらを証明する旧日本軍の記録史料があるのなら、ぜひ見たいものだが、
こうした少数説には、故意に
いくつもの事実をねじ曲げた前提がある。
今後、それら捏造の仕組みについても、一つひとつ
検証していきたい。
乞うご期待。
これは メッセージ 26064 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/19 08:42 投稿番号: [26065 / 41162]
資料の原本を見せることが出来ない捏造野郎、和田罪チョン。
これは メッセージ 26064 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか (11)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/19 06:20 投稿番号: [26064 / 41162]
前述した慰安所の設置に関し、岡村中将(のち大将、支那派遣軍総司令官)
は、戦後の講演で次のように語っている。
(出典:防衛研究所図書館所蔵文書、岡村寧次「戦場に反映した国民精神」
昭和29年4月18日偕行会総会に於ける講演案を補訂)
軍司令官着任后先ず某師団長を訪問したところ、同師団長は
「私の師団の将兵は
戦闘第一主義に徹し、勇剛絶倫なるも掠奪、
強姦等の非行を軽視し、団結心強きも排他心も強い。南京事件は
前師団長時代のことであるが相当暴行をしたことは確実である云々」
と、公平率直に報告した。
(中略)
当時各兵団は数十名の慰安婦を同行していた。兵站の重要なる一機関
になっているが、強姦予防のため上司も黙認と云ふ有様であったので
ある。日露戦争時代には慰安婦の同行はなかったが
強姦も無かった
のである。
我が陸軍では、昭和七年春
第一次上海事変の際、海軍側に倣って、
公然慰安婦を設けたのが最初である。その当時極めて少数であったが
強姦罪が発生したが、此慰安婦を始めてからは、此犯罪が無くなった
のを記憶している。
然るに昭和十二年の今日慰安婦を同行しても、なお多くの強姦する者
を続出するのである。
第十一軍隷下で南京戦に参加し、その後
師団長が交代しているのは
第六師団長だけであるから、ここで「某師団長」とされているのは、
稲葉四郎中将であり、「前師団長」というのは、戦後の南京の戦犯裁判で
死刑となった
谷壽夫中将のことだろうと思われる。
以上のように
一般市民への残虐行為には、日本軍の幹部を含めて加害者、
被害者、第三者の
それぞれが、多数の証言や史料を残している。
現場にいた人々が、たしかに
実体験し、あるいは目撃した事実を語り、
記録していることを、ウソだ捏造だ
などと口をきわめて罵るのは
世界中を探しても
日本国内の馬鹿ウヨしか存在しない。
いまさら
南京事件はマボロシだったなどと血眼になって宣伝流布して、
いったい、何の利益があるというのだろうか。
むしろ
世界に対して
見苦しい恥をさらすだけだ。
本来
議論すべきことは、南京事件があったか無かったか
などという
間抜けな話ではなく、そうした組織的な犯罪行為が
なぜ発生したのか、
なぜ防げなかったのか、ということの徹底検証であり、そのことによって
二度とふたたび
この世界に悲劇を繰り返さないための教訓を得ることだ。
これは メッセージ 26058 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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ID削除された名誉ある屑君(嘲笑)
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/09/18 22:06 投稿番号: [26062 / 41162]
内容のないと言うのはこう言うのを言うのだよ。
>あ〜〜ほ〜〜
情け無いね(笑)
ああ誰かと思ったらID削除された名誉ある屑の投稿だったな(大笑)
さすが主張どころか嘘を吐いて逃げ回る屑(嘲笑)
これは メッセージ 26061 (todorigafuti さん)への返信です.
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか (10)
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/09/18 21:57 投稿番号: [26061 / 41162]
相変わらず
ゴミクズ投稿だな
君は〜〜
云いたいこと
主張したいことあるなら
堂々と
投稿したらど〜〜う(笑)
思考する
ってこと
知らない日本人?か
(笑)
君も長い間
ここで投稿してるようだけど
一向に
君って人物像が見えないんだよね、、ゴミクズ投稿ばかりだから、、たんなる
野次馬程度にしか、認識できないんだよね(笑)
koudousuruahoと同じで
なんの感動も
蘊蓄も観られない
哀れなゴミだってことになるのだが、、主張すべき根性も
信念も無しか?(笑)
悔しければ
堂々と
反論してみな〜〜
なさけないやっちゃでぇ〜〜
これは メッセージ 26060 (thirteen_satan さん)への返信です.
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Re: 南京で日本兵は何を見たのか (10)
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/09/18 17:32 投稿番号: [26060 / 41162]
毎度の便所の張り紙か(嘲笑)
共産支那主張の「南京大虐殺」の証明になってないぞ。
これは メッセージ 26058 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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