南京事件の背景(1)日本「皇軍」の特質
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 00:25 投稿番号: [26082 / 41162]
これまで引用してきたとおり、数多くの日本軍の記録や将兵たちの証言、
圧倒的多数の歴史学者の研究成果などによって、南京虐殺マボロシ論は
まったく議論に値しない 虚言にすぎないことが明白となってしまう。
国際社会で“Nanking Atrocities”と呼ばれる 南京での残虐行為は、
日本政府を含め、世界の国々が「歴史的事実」として認識している。
もはや 真剣に議論すべきことは、
南京虐殺があったか否か、などという 幼稚な議論などではないのだ。
南京大虐殺のような大規模な残虐行為を、どうして日本軍が起こしたのか。
本来は温和で礼節を重んじる民族性を持つ日本人が、歴史の一時期とはいえ
突然 このような事件の主役となったのには、それだけの背景と原因がある
はずであり、それを原因を追究することが、事実の究明のためにも、
そこから教訓を学ぶためにも、ぜひとも必要な作業であろうと思う。
もともと 軍隊は 暴力組織であり、きちんとした統制がたもたれ、
明白な自律意識をもっていなければ、残虐な行為に走りやすい性質を持つ。
事実、満州事変での平頂山事件や、ベトナム戦争でのソンミ事件のように、
内外に いくつも例がある。 だが、それらに比べても、南京大虐殺は、
あまりにも大規模で、しかも 組織的な行為だったのだ。
それが、なぜ実行され、また 防げなかったのかを知るためには、
日本軍=「皇軍」の性格と特質について 検証する必要があるだろう。
第一に 近代の日本軍隊の特徴は、世界にも稀なほどに
厳しい規律と、兵士にたいする服従の強制にある。
兵士の自主性を尊重したり、自発的意志に期待することなく、
がんじがらめの規則と罰則とで、軍隊の秩序を維持しようとしていた。
このことは、明治維新にはじまる日本の近代が、軍事と経済の
近代化ばかりを急いで、欧米の近代化の柱であった人権と自由という
思想を学ばなかったことと関係がある。
自由民権運動を圧殺した上に成立した天皇制国家は、軍事と経済の面では
アジアの先頭をきって発展したが、人権と自由、個人の解放という面では
遅れた国のままだった。フランスに学んだ徴兵制度も、その前提であった
農民解放を実現しなかったから、兵士の自発性を期待することができず、
きびしい規則と訓練、懲罰にたより、兵士の人権は 極度に無視された。
上級者が下級者にたいする 苛刻なまでの絶対服従の強制、
古参兵が新兵にたいしてふるった私的制裁という名の肉体的暴力などの
人権無視の例は あまりにもの有名だ。たとえば 漫画家の水木しげるは、
エッセーに「僕は戦争というとすぐ ビンタを思い出してしまう。」
「初年兵は飛んでくる敵弾の数の10倍位なぐられる」
「初年兵というのは 動物のペット以下という感じだった」
と 自己の軍隊体験を語っている。
(出典:『文芸春秋』00年2月臨時増刊号)
このような暴力と抑圧は、上級者から下級者へ、古参兵から初年兵へと、
委譲されていくが、抑圧を委譲する相手のいない末端の兵士たちは、
それを より弱い者、無力な捕虜や占領地住民へ委譲することになった。
自国の中でさえも、また自己の軍隊の中でも、
人権と自由を尊重していないのであるから、その権力の下に入った
敵国軍の捕虜や そこの民衆にたいする処遇に、
人権を求めるのは とてもできないことだった と言えるだろう。
圧倒的多数の歴史学者の研究成果などによって、南京虐殺マボロシ論は
まったく議論に値しない 虚言にすぎないことが明白となってしまう。
国際社会で“Nanking Atrocities”と呼ばれる 南京での残虐行為は、
日本政府を含め、世界の国々が「歴史的事実」として認識している。
もはや 真剣に議論すべきことは、
南京虐殺があったか否か、などという 幼稚な議論などではないのだ。
南京大虐殺のような大規模な残虐行為を、どうして日本軍が起こしたのか。
本来は温和で礼節を重んじる民族性を持つ日本人が、歴史の一時期とはいえ
突然 このような事件の主役となったのには、それだけの背景と原因がある
はずであり、それを原因を追究することが、事実の究明のためにも、
そこから教訓を学ぶためにも、ぜひとも必要な作業であろうと思う。
もともと 軍隊は 暴力組織であり、きちんとした統制がたもたれ、
明白な自律意識をもっていなければ、残虐な行為に走りやすい性質を持つ。
事実、満州事変での平頂山事件や、ベトナム戦争でのソンミ事件のように、
内外に いくつも例がある。 だが、それらに比べても、南京大虐殺は、
あまりにも大規模で、しかも 組織的な行為だったのだ。
それが、なぜ実行され、また 防げなかったのかを知るためには、
日本軍=「皇軍」の性格と特質について 検証する必要があるだろう。
第一に 近代の日本軍隊の特徴は、世界にも稀なほどに
厳しい規律と、兵士にたいする服従の強制にある。
兵士の自主性を尊重したり、自発的意志に期待することなく、
がんじがらめの規則と罰則とで、軍隊の秩序を維持しようとしていた。
このことは、明治維新にはじまる日本の近代が、軍事と経済の
近代化ばかりを急いで、欧米の近代化の柱であった人権と自由という
思想を学ばなかったことと関係がある。
自由民権運動を圧殺した上に成立した天皇制国家は、軍事と経済の面では
アジアの先頭をきって発展したが、人権と自由、個人の解放という面では
遅れた国のままだった。フランスに学んだ徴兵制度も、その前提であった
農民解放を実現しなかったから、兵士の自発性を期待することができず、
きびしい規則と訓練、懲罰にたより、兵士の人権は 極度に無視された。
上級者が下級者にたいする 苛刻なまでの絶対服従の強制、
古参兵が新兵にたいしてふるった私的制裁という名の肉体的暴力などの
人権無視の例は あまりにもの有名だ。たとえば 漫画家の水木しげるは、
エッセーに「僕は戦争というとすぐ ビンタを思い出してしまう。」
「初年兵は飛んでくる敵弾の数の10倍位なぐられる」
「初年兵というのは 動物のペット以下という感じだった」
と 自己の軍隊体験を語っている。
(出典:『文芸春秋』00年2月臨時増刊号)
このような暴力と抑圧は、上級者から下級者へ、古参兵から初年兵へと、
委譲されていくが、抑圧を委譲する相手のいない末端の兵士たちは、
それを より弱い者、無力な捕虜や占領地住民へ委譲することになった。
自国の中でさえも、また自己の軍隊の中でも、
人権と自由を尊重していないのであるから、その権力の下に入った
敵国軍の捕虜や そこの民衆にたいする処遇に、
人権を求めるのは とてもできないことだった と言えるだろう。
これは メッセージ 26075 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.