南京事件の背景(5)軍の素質の低下③
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/21 14:08 投稿番号: [26099 / 41162]
後備兵が多いということは、軍隊としての素質低下を招かざるを得ない。
年齢の高い者は30歳代後半になっており、体力の低下は
免れない。
軍事教育を受けているといっても、古い者は大正時代の徴集兵で、
兵器も戦法も過去のものだった。
多くは
妻があり、この時代であるから子供も
4人も5人もあって
一家をささえており、後顧の憂いの多い階層でもあった。
また
同じ隊の将校や下士官が、年下であったり、
現役時代の後輩であったりすることもあって、上官と部下の関係が
かならずしも額面どおりには
いかない場合もあり、
厳正な軍紀がたもちにくい面も多かったといえる。
兵の年齢の高齢化とともに大きな問題であったのは、
現役幹部の極端な不足だった。
このことが、軍の素質の低下に大きく影響している。
日本陸軍の現役将校の補充は、基本的には陸軍士官学校の卒業生に
よるもので、戦時においても西欧諸国のような自由な任用は
いっさい行なわない建て前だった。
このことが
戦時動員にさいしての、極端な幹部の不足を招いた。
日中戦争で大動員が行なわれると、常設師団でも現役の小、中隊長が
不足し、特設師団には
まったく充当されないという状態になった。
したがって、ほとんどは予備役将校をあてることになったのだ。
あまりにも幹部が老齢なので、なんとかならないか、と編制担当者が
陸軍省に訴えた書類も残っている。
この書類は
上海戦に投入された
第百一師団の動員にさいしての
第一師団参謀長の申請だ。
(昭和12年8月「特設(乙)師団要員ニ現役幹部ヲ配属セラレ度件」)
これでみると
特設師団の中隊長には
58歳もの高齢者があり、
小隊長の大部分は大正時代の1年志願兵出身で、
せめて
大隊の4人の中隊長のうちの1人、
小隊長のうちの1人は現役者を配当してくれ、という
悲痛な訴えを
動員担当者がしているのだ。
しかも
実際には、第百一師団は、教育訓練の猶予もないまま
上海戦に投入され、戦果のあがらぬうちに大損害を受けるという
悲惨な結果を招くことになってしまった。
第百一師団は、損害多出し戦力が極端に低下したため、
上海戦の後は
南京攻略戦には使われず、後方の警備に残された。
一部が山田支隊として南京戦に参加した第十三師団の場合は、
37年9月9日に動員が下令され、10月上旬から上海戦に加入し、
損害が続出したため4次にわたる補充を受け、本隊の南京到着と
第4次補充員が部隊に追いついたのが同時になるという状態だった。
第百十四師団は、第十軍に属して杭州湾に上陸するために動員された
特設師団で、激戦を経験しているわけではなかったが、
同じ徴募区の第十四師団が
さきに動員されていたため、
幹部の質の低下を免れなかったのだ。
これは メッセージ 26098 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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