南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: あった派の論理構造、横
投稿者: kikusakura2004 投稿日時: 2006/07/15 03:13 投稿番号: [11001 / 41162]
尾崎秀実は、西園寺公一を通じて、近衞に近づき、朝飯会の構成員となった。
近衞は西園寺を高く評価していた。
ゾルゲと尾崎の接点は上海か。松本重治も上海。
西安事件の結末を予測していたのは、尾崎秀美。
支那通として一目置かれた。
外務省や軍、経済企画院にも転向組がいた。
外務省内ソ連スパイ網は、ゾルゲが捕まっても維持されていた。
郭沫若, 寥承志、周恩来と西園寺公一の関係は不明だが、文革で劉少奇が失脚して日本に帰国。
これは メッセージ 10997 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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申し訳無い
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/15 02:08 投稿番号: [11000 / 41162]
皆様へ
私としては自分の調べた事が書きこめて非常に楽しいのですが
仕事の事情で少しばかり書きこみ出来ない状態となるやもしれません
申し訳無いのですが
予めご了承ください
これは メッセージ 10999 (vf88 さん)への返信です.
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Re: あった派の論理構造、横
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/15 02:03 投稿番号: [10999 / 41162]
私も惜しいと思います
これは痛恨の失敗だったと思います
尾崎の件は不明なのですが
蒋介石無視
汪兆銘政権樹立策は積極的に説いているようですね
近衛は国民の人気取りが主眼だったようで
世間ではもっとやれ
という意見が多かったようです
本当は
政治家として近代戦ではあまり益が無い事を国民に説明し納得してもらうか
国民の批判を被っても国益を考えるべきでしたが
そのように動けなかったようです
スパイとしてはゾルゲの方が面白いかもしれませんよ
これは メッセージ 10997 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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Re: 南京虐殺なんてないですよ
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/15 01:46 投稿番号: [10998 / 41162]
いつと言われれば
上海から南京にかけてでしょう
浸透戦術や並行進撃があり南京の包囲
陥落
ですからね
実数の特定はほぼ不可能でしょう
残された資料から見て5万から15万の間と推定する以外無いと思います
部隊も指揮官の記述などから推測するしかないですね
私は優秀ではないでしょう
ただ事実を知りたくて資料を突き合せていった結果です
私も所謂
南京大虐殺は無かったと思いますよ
ただ捕虜の殺害がありそれは国際法違反だ
と言っているのです
私も「裁判の内容や判決理由」まで認めるとは思いません
しかし
判決は認めねばなりません
当然おっしゃる通り
刑の執行の継承もです
そんな事を認めねばならなくなったのは不本意ではありませんか?
もしトラウトマン工作が成功して一時でも和平が成立し
日米戦(おこなわれないと思われますが)で敗戦しても東京裁判では事案には出来ません
既に妥結した物として扱われ二次大戦とは別物とされたでしょう
私はあったと思われる資料も論も説明した
では無かったと思われる反証をしてみてください
浸透戦術を如何にして捕虜を出さずに行うか
(これはほぼ不可能です
何故なら包囲し降伏させるのが目的ですから)
並行進撃時
投降する兵に患わされず
如何に急速に進撃するか
またこの作戦時に
捕虜に対処する手段を考慮していなかった野戦軍が如何に対処するのか
そこまで調べた上での事なのですけどね
これは メッセージ 10990 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: あった派の論理構造、横
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/15 01:42 投稿番号: [10997 / 41162]
>近衛は反対
米内は「それでは内閣が総辞職する」として反対
この辺の事情はよく知らないのだが、かえすがえすも惜しいチャンスを逃したと思う。
近衛の側近に尾崎秀実とかいうコミンテルンのスパイがいたらしいが、尾崎の近衛にたいする影響はどうだったのだろうか。尾崎がいなくても近衛の対蒋介石政策に大差なかったのだろうか。
これは メッセージ 10995 (vf88 さん)への返信です.
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Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/15 01:36 投稿番号: [10996 / 41162]
>したがって、証言には絨毯爆撃という言葉が使用されたりしているが、東京大空襲のような住宅地への焼夷弾のばら撒きとは違うので犠牲者は少なかった。
・『重慶抗戦紀事』(1937−1945、中国人民政治協商会議四川省重慶市委員会文史資料研究委員会編、1985年8月刊)によると、1939年〜1943年の5年間で死者1万1889人。
>海軍航空隊の指揮官として、重慶爆撃に参加した巌谷二三男氏の証言
「
[一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」
なるほど。米軍東京大空襲の絨毯爆撃とは質量が違ったわけだ。米軍にいわせると、日本は家内工場でわれわれを攻撃する爆撃機戦闘機などの部品を作っていた。だから立派な軍需施設だ。われわれはその軍需施設を爆撃したのだ。どこが悪いというわけらしいが、そのような理屈が通るなら、重慶爆撃は立派な軍需施設攻撃なわけだ。市民の死傷者数も格段に低いようだし。
これは メッセージ 10982 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: あった派の論理構造
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/15 01:15 投稿番号: [10995 / 41162]
まだわかりませんか
それに一部だけをみていますね
詳細付記も見ましたか?
これを何も検討せず飲んだら失脚するかもしれない
ですから蒋介石は日本に照会を求めたのです
日本側から蒋介石へ
そして蒋介石から日本へ照会を求めた
という格好になります
ここまではわかりましたよね?
1月15日に大本営連絡会議を参謀本部の要求で開催
会議は午前9時30分から午後7時30分まで行われる
多田参謀本部次長は蒋介石の照会に応ずるべきと主張
近衛は反対
米内は「それでは内閣が総辞職する」として反対
1月15日午後9時20分
参謀総長閑院宮は帷幄上奏を行ったが昭和天皇はとりあげず
1月16日に蒋介石との交渉打ちきり
以降蒋介石を相手にしない事を通告
十分日本側から蹴っていますが?
これは メッセージ 10986 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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夏淑琴証言
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/15 00:51 投稿番号: [10994 / 41162]
東中野、コーヒー両氏がまだはっきりと指摘していないと思われる、夏淑琴証言の弱点。
身体に何個所かの深手を負った少女が二週間も生き延びられるはずがないとはよく言われるが、その医学的科学的根拠がはっきり述べられていないと思う。それは、出血多量ということだ。7、8才の少女、それも何分間だか何時間だか気絶していたという、に止血できたという可能性は非常に低い。それに化膿ということもある。
いやそんなことはいわなくてもわかりきったことだろう。何個所かの深手とはそういうことだ、というかもしれないが、あいまいだ。上記のように具体的に言うべきだ。
これは メッセージ 10991 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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Re: 百人斬りなどより南京軍敵前逃亡だ
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/15 00:42 投稿番号: [10993 / 41162]
頭が崩壊し、認知障害のJr.よ
頼むから、これ以上の恥の上塗りはやめてくれ。
軍司令部は敵前逃亡夜逃げして崩壊し、食料も無く明日おも知れぬ敗残中国兵が中国人をレイプ虐殺したのは当然だよ。
どこの国の軍隊であれ、レイプ虐殺をしない軍隊などないのだから、
敗残国民党軍の行った南京大虐殺など別に隠すことでも恥じることでもない。
そうだろ、アホJr.
もう今夜は遅いから、子供は寝床に行け、ボケ
Richard
Cheney
Sr.
これは メッセージ 10989 (richard_cheney_jr さん)への返信です.
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虐殺は嘘14 国際委員会報告も出鱈目
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/15 00:41 投稿番号: [10992 / 41162]
安全区国際委員会の日軍犯罪統計
殺人 49件
傷害 44件
強姦 361件
◇多数3件
◇数名6件
連行 390件
◇多数1件
◇数名2件
掠奪その他 170件
これらの犯罪は国際委員会に報告されたものですが、検証されたものではありません。現場の確認がされていない事件もかなり含まれています。中国軍によるかく乱工作として、日本軍が犯罪を行っていると宣伝されたと考えるとつじつまが合います。こういった事件の相当数は検証されず、日本大使館に報告され、外務省ルートで日本政府に届けられました。それが下の統計です。
日本政府の高官に、南京で暴行があったのは事実であると記している者がいるのは当然と言えるでしょう。三ヶ月で殺人49件、強姦360件というとかなりの大事件です。では実際の状況がどうだったのか、当時南京にいた福田氏の回想を見てみましょう。
『南京事件の総括』P171
田中正明著
展転社
こうした要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏である。福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望のある政治家で、筆者とも昵懇の間柄である(東京千代田区在住)。福田氏は当時を回顧してこう語っている。
「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。
『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。
『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。『下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ』という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と三人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。朝の九時頃である。現場についてみると、人の子一人もおらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。『困るね、こういうことでは!』とぼくもきびしく注意したが、とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page054.html
これは メッセージ 10946 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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シナ兵による日本軍捕虜虐殺
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/15 00:36 投稿番号: [10991 / 41162]
>どんな事実を指すのだね?(10959)
あ、そうそうコーヒー君も10908でシナ兵による日本軍捕虜虐殺(の事実)を指摘していたのだ。
1。自国民にたいする略奪暴行虐殺。
2。日本民間人にたいする拷問虐殺。
3。漢奸にたいする拷問虐殺。
このような無法行為をしていたシナ兵が殺し合いの相手である日本兵捕虜にだけは、紳士的にふるまったというなら、よほど頭がいかれている。
証言、伝聞、記事等の傍証もある。
これは メッセージ 10973 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 南京虐殺なんてないですよ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/15 00:28 投稿番号: [10990 / 41162]
>基本的に
日本軍の捕虜虐殺に関してだけの事で話してませんか?
本当に日本軍は捕虜を虐殺したの?
例えば、いつ、どこで、どの部隊が、何人の支那人捕虜を、「虐殺」したの?
>もし民間人虐殺がテーマならば私は日本の都市に行われた事も言うでしょう
貴方は、日本軍による南京市民虐殺がなかったことを認めているだけ優秀だね。
>松井石根は1948年12月9日にこう残していますね
全く「南京大虐殺」について述べられていないよね。
「南京大虐殺」はなかったんだよ。
いったい何を言いたいの?
>裁判で本人が認めたか認めないかは別ものですし
事実を調べるにはまだ足りないが
>日本は不本意でも判決を認めねばならない状況です
だから、サンフランシスコ講和条約で日本が受諾したのは、「刑の執行の継承(判決)」であって、「裁判の内容や判決理由(裁判)」ではない。
当然、今後も「裁判の内容や判決理由(裁判)」を認めることはない。
>私は民間人の虐殺は無かったと思っているが
捕虜虐殺があったとは思っています
繰り返すが、貴方は、日本軍による南京市民虐殺がなかったことを認めているだけ優秀だね。
本当に日本軍は捕虜を虐殺したの?
例えば、いつ、どこで、どの部隊が、何人の支那人捕虜を、「虐殺」したの?
これは メッセージ 10979 (vf88 さん)への返信です.
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Re: 百人斬りなどより南京軍敵前逃亡だ
投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/07/15 00:22 投稿番号: [10989 / 41162]
>常識的に考えれば、
夜逃げした南京防衛軍司令部は、レイプ虐殺を行った中国兵たちより、はるかにたちが悪い。
その作り話には無理があるね。
中国兵が中国人をレイプ虐殺するはずがないのだよ。
どこの国の軍隊であれ、レイプ虐殺をしない軍隊などないのだから、
日本軍の行った南京大虐殺など別に隠すことでも恥じることでもない。
これは メッセージ 10987 (ipodsd さん)への返信です.
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Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/15 00:14 投稿番号: [10988 / 41162]
旧国民党軍の責任逃れの言い訳にはうんざりするね。
自分たちが戦争を仕掛けておいて、逃げる、逃げる、
清野作戦で多量の中国人民を虐殺し、督戦隊で見方の兵士を銃後から狙い撃ち、上海国際租界を無差別爆撃しながら、出ると負けで、逃げる逃げる。
南京では、敵前逃亡して、市民を守るための秩序ある降伏もできず、20万南京市民を、餓死、凍死の危機に追い込み、逃げる逃げる。
逃げ延びて作った司令部を移した重慶は爆撃の対象。
国民の生命安全を守るためには正々堂々と降伏すべきだったろーな。
出来の悪い、ノータリンの息子よ!
Richard
Cheney
Sr.
これは メッセージ 10985 (richard_cheney_jr さん)への返信です.
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Re: 百人斬りなどより南京軍敵前逃亡だ
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/15 00:03 投稿番号: [10987 / 41162]
深くお詫びして、訂正いたします
常識的に考えれば、
夜逃げした南京防衛軍司令部は、レイプ虐殺を行った中国兵たちより、はるかにたちが悪い。
出来の悪い、Jr
ゆえお許しのほど
Richard
Cheney
Sr.
これは メッセージ 10983 (richard_cheney_jr さん)への返信です.
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Re: あった派の論理構造
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/14 23:56 投稿番号: [10986 / 41162]
>そして現実として
大勝したのですから
ここで手を打つべきだったのです
だから、日本は手を打ったでしょうが?!
>第二条件は
12月21日に閣議決定されています
>支那は容共抗日満政策を放棄し日満両国の防共政策に協力する
>所要地域に非武装地帯をもうけ特殊の機構を設定する
>日満支三国間に緊密な経済協定を締結する
>支那は帝国にたいして所要の賠償をする
ほらね。
ちゃんと手を打ってたじゃん。
いったい何を言いたいの?
>この時点で蒋介石は更なる詳細説明を求める
陸軍はそれに乗る気だったが
>近衛以下陸軍以外の反対で日本側から蹴るわけです
ハァ?
日本側から蹴ったって?
もう少し詳しく説明して下さい。
これは メッセージ 10967 (vf88 さん)への返信です.
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Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/07/14 23:53 投稿番号: [10985 / 41162]
>海軍航空隊の指揮官として、重慶爆撃に参加した巌谷二三男氏の証言
「
[一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」
旧日本兵の責任逃れの言い訳にはうんざりするね。
これは メッセージ 10982 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/14 23:52 投稿番号: [10984 / 41162]
色々と見解がありますが
何を狙ったのか
によるかと思います
日本の爆撃照準があまり優秀ではなく
バラバラとまかれた状態になった
心理的圧迫という面で重要
海軍も手柄が欲しかった
様々に言われますが
実質的な効果はあまりあがってないのですよね
ただ民間人の住む都市その物を狙ったのか
あくまで軍や軍施設を狙ったのか
は分けて考えて調べるべきと思うのです
カーチス・ルメイは明確に都市と都市に住む人を狙っていますからねぇ
これは メッセージ 10964 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
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Re: 百人斬りなどより南京軍敵前逃亡だ
投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/07/14 23:50 投稿番号: [10983 / 41162]
>お前たちが糾弾しなければいけないのは、敵前逃亡し、市民の生命安全を無視して徹底抗戦などと市民を騙した、降伏を拒んだで夜逃げした南京防衛軍の責任だ。
常識的に考えれば、
夜逃げした南京防衛軍より、レイプ虐殺した日本軍のほうが悪い。
これは メッセージ 10977 (ipodsd さん)への返信です.
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Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/14 23:46 投稿番号: [10982 / 41162]
>このことから考えると、ほとんど無抵抗の都市にこれだけの攻撃を加える軍事基地が有ったとは考えられず、残念ながら無差別爆撃であったと言われても、よほどの証拠が無い限り反論の余地は少ないものと思います。
また、支那軍が上海で行なった故意にホテルやデパートを狙った大量殺戮爆撃や米軍が行った東京などの住宅地への焼夷弾による絨毯爆撃や広島・長崎への原爆投下と同列にするのは大間違い。
【重慶爆撃】
・支那軍が対空砲台を市街地に設置していた。
・1938年から始まり、当初は飛行場や軍事施設のみを攻撃していたが、相手の被害が少なく味方の被害が増大していった。
・1940年後半からは、蒋介石政権の軍事政治経済の中枢機関、重要資源、主要交通線等を爆撃するようになった。(決して住民狙いではない)
・したがって、証言には絨毯爆撃という言葉が使用されたりしているが、東京大空襲のような住宅地への焼夷弾のばら撒きとは違うので犠牲者は少なかった。
・『重慶抗戦紀事』(1937−1945、中国人民政治協商会議四川省重慶市委員会文史資料研究委員会編、1985年8月刊)によると、1939年〜1943年の5年間で死者1万1889人。
・戦争の早期終結への願望も要因としてあっただろう。
(参考)
#5913、#5927、#5934など
(参考資料)
――――――
海軍航空隊の指揮官として、重慶爆撃に参加した巌谷二三男氏の証言
「
[一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」
これは メッセージ 10964 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/10982.html
Re: 韓国のジャンヌ・ダルク
投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/07/14 23:42 投稿番号: [10981 / 41162]
>当時の朝鮮には警察官がたったの6千人(半数以上が朝鮮人)しかいなかったので過剰防衛はあったが、過激なテロリストを射殺することは、ある程度はやむを得ない。
日本が朝鮮を侵略したときの事件だから、
それはテロリストではなくてレジスタンスというのだよ。
これは メッセージ 10978 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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平頂山事件
投稿者: jyugunianfunohigeki 投稿日時: 2006/07/14 23:40 投稿番号: [10980 / 41162]
平頂山事件(へいちょうざんじけん)とは、1932年9月16日、撫順炭鉱を警備する日本軍が、楊柏堡村付近の平頂山集落のほとんど全ての住民を虐殺した事件。虐殺された人数は、400-800人とも、3,000人とも言われている(集落の世帯数は約400)。
撫順炭鉱は、満鉄の所有で、日本軍守備隊が警備していた。当時は、満州国の建国宣言(1932年3月1日)以来、反満抗日運動が活発化していた。
1932年9月15日、反満抗日ゲリラである遼寧民衆自衛軍は、平頂山集落を通過し撫順炭鉱を襲撃した。この襲撃により、炭鉱所所長含む死者5名、負傷者6名、総額21万8,125円の被害を受けた。
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Re: 南京虐殺なんてないですよ
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/14 23:32 投稿番号: [10979 / 41162]
いえ
たぶん勘違いというよりは
そちらは相対的なものと考えているからでしょう
私は相対的な物とは考えません
状況としては考慮しますけどね
何より事実であるかないかが最優先だからです
敵味方の相対的なものであれば
貴方のおっしゃる通りでしょうが
個別にみなければならない事で
双方過ちがあれば個別に対処することです
私の文面を良くみてましょう
基本的に
日本軍の捕虜虐殺に関してだけの事で話してませんか?
もし民間人虐殺がテーマならば私は日本の都市に行われた事も言うでしょう
松井石根は1948年12月9日にこう残していますね
南京事件はお恥ずかしい限りです
私は日露戦争の時
大尉として従軍したが
その当時の師団長と
今度の師団長などと比べてみると
問題にならんほど悪いですね
日露戦争のときはシナ人に対してはもちろんだが
ロシア人に対しても俘虜の取り扱い
その他よくいっていた
今度はそうはいかなかった
慰霊祭の直後
私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った
そのときは朝香宮もおられ
柳川中将も軍司令官だったが折角皇威を輝かしたのに
あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落としてしまったと
ところが
このあとでみなが笑った
甚だしいのは
ある師団長如きは「当たり前ですよ」とさえ言った
従って
私だけでもこういう結果になることは当時の軍人達に一人でも多く深い反省を与えるという意味でたいへんに嬉しい
折角こうなったのだから
このまま往生したいと思っている
裁判で本人が認めたか認めないかは別ものですし
事実を調べるにはまだ足りないが
日本は不本意でも判決を認めねばならない状況です
私は民間人の虐殺は無かったと思っているが
捕虜虐殺があったとは思っています
そして現状は
民間人の虐殺まで取り扱っている
これは何とも宜しく無い事と思っています
トラウトマン工作が成功していれば
裁判でも事案としてすら取り上げられなかったでしょう
また日米との戦争自体も無かったと思いますよ
これは メッセージ 10941 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 韓国のジャンヌ・ダルク
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/14 23:12 投稿番号: [10978 / 41162]
>柳寛順烈士13歳の時である。
>1919年3月3日、韓国の民衆は遂に立ち上がった。
>人間としての尊厳と、民族の自立と、国家の独立をめざして日帝に立ち向かったのである。
>有名な3.1(サミル)独立運動である。
3・1事件というのは、基本的には日韓併合以前に朝鮮民衆を虐め抜いて搾取しまくっていた両班や軍人や儒家たちが権力の巻き返しを狙ったテロ事件だったんだよ。
他にもいろんな立場の人間がいろんな理由で参加したが、「人間としての尊厳と、民族の自立と、国家の独立をめざして日帝に立ち向かった運動」でなかったことは確かだよ。
――――――
日本の憲兵六名と警察官二名を殺害し、また放火等による官公署建築物破壊をなした朝鮮人の被疑者に対して、朝鮮固有の拷問は皆無であった。さらに証拠主義に徹して、多くの被疑者が無罪放免となった。さらに死刑も無期も一人としてなく軽罰の判決しか出さなかった。とくに、四月三日に水原郡雨汀面(村)の花樹里警察官駐在所(日本人巡査一名、朝鮮人巡査補三名が勤務)の川端豊太郎巡査を石と棍棒で殺した上に(創痕51箇所)、耳と鼻をそぎおとし陰具を切断した惨殺事件があったのに、裁判は「報復」的なことは一切しなかった。
官公署の被害は、朝鮮総督府の調査によれば次のようなものであった。面事務所(村役場)の全壊十九.うち放火によるもの五。窓硝子破壊、器物・書類の焼却など村役場の一部破壊二十八.警察署・警察官駐在所・憲兵分隊・同分遣所・同駐在所については全壊十六ヶ所、一部破壊二十九ヶ所。郵便局の全壊二、一部破壊九。
前述の川端巡査殺害と放火で起訴された被告五十二名につき、予審を担当した京城地方法院は半数にもなる二十五名を証拠不十分で免訴かつ放免を決定した。高等法院に刑法第七十七条該当として送致したのは二十七名であった。日本統治下の司法は送検された被告に対して、朝鮮人だからといって手抜きの処理も、法を無視した重罰の起訴も、しなかった。
中川八洋著『歴史を偽造する韓国』
――――――
(参考)
――――――
3月下旬、同地方(水原郡南方の堤岩里)では官公署の破壊焼却されたものが少なくなかった。殊に花樹、抄江の両地では巡査を虐殺し、其の死体を凌辱した。また当地在住の内地人の被害頻々として起こり、民心の恐怖・憤怒一時其の極に達した。発安場に於いては3月31日、市の日に際し、約1000名の暴民が大極旗を押立て路上演説をし内地人家屋に投石暴行し、終に白昼小学校に放火して高唱するなどの暴行を行った。翌4月1日の晩より発安場周囲の山上80余箇所にかがり火を焚き、内地人の退去を迫った。そのため、内地人婦女子43名は幾多の危険、困難を排し3里離れた三渓里に避難した。
『憲兵隊司令官・児島惣次郎の報告書』(公文書)
――――――
当時の朝鮮には警察官がたったの6千人(半数以上が朝鮮人)しかいなかったので過剰防衛はあったが、過激なテロリストを射殺することは、ある程度はやむを得ない。
これは メッセージ 10962 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
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Re: 百人斬りなどより南京軍敵前逃亡だ
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/14 22:58 投稿番号: [10977 / 41162]
百人とかケチなことをグデグデ言うなよ、ボケ!
徹底抗戦とワメーてながら、自分たちだけ夜逃げ敵前逃亡した南京防衛軍司令官等の責任でも糾弾しろ!
南京包囲を継続し、兵糧攻めとにすれば、合法的に南京市民を全員、餓死・凍死させる事だってできたんだそ。
日本軍様のお慈悲で生き延びることのできた市民が多数いただけでも日本軍様に感謝しろ。
お前たちが糾弾しなければいけないのは、敵前逃亡し、市民の生命安全を無視して徹底抗戦などと市民を騙した、降伏を拒んだで夜逃げした南京防衛軍の責任だ。
ボケ!
これは メッセージ 10953 (pipopipo555jp さん)への返信です.
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Re: 天然ボケ?なりすまし記事?笑える!!
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/14 22:57 投稿番号: [10976 / 41162]
>何故に無辜の支那人らが信じきってしまったかが、透けて見えてくる。
>日本人、日本兵、日本部隊が善行を積んでいたら、
>『ニッポンジン、イバッテルケド、ワルジャナイ』
>と支那人皆思い、
>そのように「信じきることもなく」、
>「発覚もすばやく」できたはず
>
・・・・でなかったかな?
くだらん・・・
記事を良く読め。
>>この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、…
これは メッセージ 10948 (pipopipo555jp さん)への返信です.
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Re: 百人斬り競争は真っ赤な嘘勇士の命
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/14 22:54 投稿番号: [10975 / 41162]
>そーか!
きっと日本兵は中国人が怖くて、皆殺しにしちゃったんだね。
でもなんで、日本はそんなところに大勢の軍隊をおくったの?
矛盾しているというより、バカだよね。
トウヘイ爺さん頭たしかか。冗談、皮肉にしても幼稚すぎるぞ。
これは メッセージ 10966 (fukagawatohei さん)への返信です.
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素人によるCNNサイトニュースの紹介
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/14 22:38 投稿番号: [10973 / 41162]
>君は、
>日本人や日本協力者の殺害を写した写真に付いての解説文をコピペした、
>その解説文がデマなのだから、
>それを不用意に掲載したことを詫びなくては成らぬ
俺は、CNNのサイトに「支那軍が日本人捕虜や日本に協力した支那人たちを殺しまくった」という記事を見つけたから、自分で一部を翻訳して紹介しただけなんだがね。
俺は写真の専門家ではないから、いちいちCNNサイトのニュース記事で使用されていた小さな写真が本物か偽物かまで気にしない。
その写真が偽物だと教えてくれた君には感謝するが、俺が君に詫びの指図までされる筋合いはない。
支那軍が日本人捕虜や日本に協力した支那人たちを殺しまくったこと自体は事実なのだし。
俺は写真の専門家でも歴史学者でもない素人に過ぎない。
どうしてもと言うなら詫びはCNNに対して要求してほしい。
それと、君はサイトを作って「南京大虐殺」の偽物写真を擁護している。
それって、ダブスタじゃないのか?
これは メッセージ 10947 (pipopipo555jp さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺は事実だった
投稿者: saruyama0077 投稿日時: 2006/07/14 21:50 投稿番号: [10971 / 41162]
虐殺とは中国伝統文化の一つで、今まで行った中国の内戦では欠かすことのできない中国軍の習慣である。
中国政府が創作した日本軍の「大虐殺」「三光作戦」「万人坑」などは、すべて日本ではなく中国文化が反映されたものである。
虐殺した中国人の死体を大量に投げ捨てたとされる「万人坑」などは、古代より中国の武将らが自らの戦功を記念して作った「京観」から来るものだ。
日中戦争当時中国軍には従軍カメラマンが少なく、その「戦記」が語るものほとんどが伝聞だ。
日本軍の「暴行」とされるものは、中国の文人が中国史の知識をもって類推して創出したものがほとんどなのだ。
そのことは中国人経験を嫌というほど味わされてきた台湾人がもっともよく知っている。
残念なのは日本軍暴行譚について、中国虐殺文化史との比較研究に取り組む学者が、中国にはいないことだ。
青春出版社
著作:黄 文雄
これは メッセージ 10955 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺は嘘じゃない
投稿者: saruyama0077 投稿日時: 2006/07/14 21:47 投稿番号: [10970 / 41162]
南京大虐殺が侵略のシンボルとして強調されている。
日本憎しのためとはいえ、残虐行為のでっち上げ方は、想像を絶するものがある。日本人の猟奇小説の作家でも、あれほどまでの残虐な話はなかなか思いつかない。たとえ思いついても非現実的と考え馬鹿ばかしくてかけないだろう。
例えば、南京大虐殺の記念館の展示が語る「暴行」のうち、日本兵が中国人老若男女を問わず生きた人間を切り裂き、生き埋めにし、生き皮を剥ぎ、はらわたを引きずり出し肝を食べるといったようなものは日本には見られない戦争文化である。
しかし、中国人なら戦争はそういうものだと信じている。
特に、肝を食べるのは日本人には絶対不可能なことで、それは中国の戦争習慣で、戦場で倒れた兵士の肝を薬用にすることは、李時珍の不朽の大著「本草網目」にもあるとおりだ。
中国にも戦争文化があり、それがどういうものかを知るには、戦争、虐殺、略奪の易姓革命を中心とする中国史を眺めればよい。
日本史の戦争文化は、戦場を武士としての誇りを表明する場と捉えるような競技性と演劇性の強い戦争を展開している。
戦乱国家の中国から見れば残虐さに欠ける生ぬるい内戦である。
このようなことから、「南京大虐殺」など中国人自らが行ってきた内戦の残虐行為をモデルにしただけの創作である。
青春出版社
著者:黄
文雄
これは メッセージ 10968 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
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南京大虐殺は嘘じゃない
投稿者: jyugunianfunohigeki 投稿日時: 2006/07/14 20:42 投稿番号: [10968 / 41162]
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: あった派の論理構造
投稿者: vf88 投稿日時: 2006/07/14 20:33 投稿番号: [10967 / 41162]
御返事ありがとう
現場の日本軍は戦闘においてのみに権限があるし指示は仕官が行うものです
無抵抗なら良いし
百歩譲っても捕縛しているなら確実に捕虜です
戦闘中に戦闘不能になった者の規定もありますから
捕虜扱いせねばならないでしょう
当然軍政に移行し処理せねばならない問題です
また
それは手続き以外にも意味があるのです
精一杯戦って戦闘不能になった者は
良好な環境で遇されるが
自ら投降した者は場合によっては敵前逃亡となります
その為にも陸戦協定があるのですからね
要するに趣旨も理解せねばなりません
しかし日本軍の多くの将校が
東郷さんみたいに国際法に明るいとは限りませんけどね
蒋介石は大軍を持っていましたから
負ける前はやる気だったでしょう
それだけに日本軍は打撃を与えねば交渉は難航すると思われたわけです
そして現実として
大勝したのですから
ここで手を打つべきだったのです
第二条件は
12月21日に閣議決定されています
支那は容共抗日満政策を放棄し日満両国の防共政策に協力する
所要地域に非武装地帯をもうけ特殊の機構を設定する
日満支三国間に緊密な経済協定を締結する
支那は帝国にたいして所要の賠償をする
以下は詳細の説明
支那は満州国を承認する
支那は排日反満政策を放棄する
北支・内蒙古に非武装地帯を設定する
北支は支那主権の下において日満支三国の共存共栄を実現するに適当な機構を
設定しこれに広汎な権限を与え日満支経済合作の実をあげる
内蒙古に防共自治政府を設定する
支那は防共政策を確立し日満両国の防共政策遂行に協力する
日本軍の中支占拠地域に非武装地帯を設定して特殊機構を設ける
また上海市には租界外に特殊政権をもうけ日支協力して治安維持と経済発展にあたる
日満支三国は資源開発、関税、交易、航空、通信に関し協定を締結する
北支
内蒙古
中支の一定地域に必要な期間
日本軍の保障駐屯することを認める
前諸項に関する日支間の協定成立後に停戦す
この時点で蒋介石は更なる詳細説明を求める
陸軍はそれに乗る気だったが
近衛以下陸軍以外の反対で日本側から蹴るわけです
多田駿が必死になって閣僚を説得したのですけどね
力及ばずだったようです
一月に近衛は
蒋介石を相手にせず
と宣言してしまう
これは メッセージ 10939 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 百人斬り競争は真っ赤な嘘勇士の命
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/14 20:23 投稿番号: [10966 / 41162]
>中国人は日本兵を捕虜にすると鼻をそいだり、耳を落としたりしてなるべく苦しめるようにしました。これは私の小学校の担任の先生から聞いた話です。この先生はことある毎に戦争の矛盾さを話していました。白兵戦を戦った先生の話ですから迫力がありました。
そーか!
きっと日本兵は中国人が怖くて、皆殺しにしちゃったんだね。
でもなんで、日本はそんなところに大勢の軍隊をおくったの?
矛盾しているというより、バカだよね。
これは メッセージ 10961 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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Re:夜逃げ南京防衛軍司令官の責任
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/14 19:08 投稿番号: [10965 / 41162]
そもそも首謀者の蒋介石は南京を切り捨て早々と脱走し、南京防衛軍司令官唐生智ら上層部は、南京攻防戦直前まで部下の兵士やメディアには徹底抗戦を叫び、日本軍の投降勧告を無視しながら、自分たちだけは直前に南京から敵前逃亡、夜逃げし、市民や兵士の生命安全確保の人間としての義務を無視・放棄した。
この敵前逃亡・夜逃げした中国軍の責任糾弾無く、何が、捏造南京虐殺か!
そもそも、この敵前逃亡した上層部、つまり国民党政府は、この敵前逃亡の時点で南京住民を虐殺していたということである。
国民党軍の十八番の清野作戦による一連の自国民大虐殺と同じである。
本来、住民の生命安全を守る義務のある政府・軍隊であるなら、負けるための無駄な戦闘は避け、秩序正しく投降勧告を受け入れ、市民の生命安全を確保すべきであっただろーが。
城壁都市内での市街戦は凄惨を極めることは常識。完全爆撃破壊されても文句あるまい。市民が生き残ったことだけでも日本軍に感謝すべきだ。
こうした中で、混乱壊滅し倫理観の全く欠如した狡猾な中国兵が何をしたかは明らか。
政府からも人民からも見放され、生きるすべを失った中国兵が何をしたのかは明らかだ。
これが捏造南京大虐殺の実態。
南京での国民政府、国民政府軍の実態を明らかにし、責任の糾弾をすることなく、日本軍を非難するなど論外である。
Re: 日中戦争は日本の正当防衛行為5
日中戦争の直接的端緒
上海事件
1937
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=54225上海事変から南京陥落にいたる不毛な戦乱の責任が中国側にあることは明らか。謝罪すべきは中国。日本は中国に謝罪と損害賠償を請求すべきだ。
これは メッセージ 10964 (jyugunianfunohigeki さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/10965.html
旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: jyugunianfunohigeki 投稿日時: 2006/07/14 18:27 投稿番号: [10964 / 41162]
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2004/0406/hi-se.html
この重慶爆撃は、主に海軍航空隊によって行われたもので、昭和十三年二月十八日を皮切りとして、同年には三次、十四年には十三次、十五年には四十六次、そして大東亜戦争の始まる直前の十六年には、重慶さえ叩けば蒋介石政府が手を上げるだろうとの見当違いの予想のもとに特に激しく行われ、五月三日から九月二十八日までの間に海軍航空隊だけで三十二次も重慶を空襲したとのことです。特に八月中旬から月末にかけて行われた第二十六次から第三十次の攻撃は凄まじく、この間昼夜のべつまくなしの波状攻撃で、漢口の基地から重慶に飛んだ海軍の重爆撃機は、延べ二千四百機、投下した爆弾は一万五千個と記録されているそうです。
この間重慶空軍の反撃はほとんど無く、対空砲火は有ったでしょうが、たいした抵抗は受けず、我が軍の損害はほとんど無かったそうです。この重慶定期便もいたずらに爆弾を消耗するだけで、一向に効果が上がらないうちに大東亜戦争となり、海軍航空隊は南方戦線に転進して、重慶爆撃は一段落したとのことです。以上、元毎日新聞社ラジオ報道部副部長、益井康一氏の『大陸航空決戦の實相』に記述されています。
このことから考えると、ほとんど無抵抗の都市にこれだけの攻撃を加える軍事基地が有ったとは考えられず、残念ながら無差別爆撃であったと言われても、よほどの証拠が無い限り反論の余地は少ないものと思います。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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もし中国の言う通り虐殺があったら
投稿者: in_the_sunsunsun 投稿日時: 2006/07/14 18:23 投稿番号: [10963 / 41162]
南京市民が一切存在しなくなるレベルの話じゃない。
当時の南京市の人口以上に人が死んだことになるんじゃないの?
戦争中だから全く死者が出ないと言うことはあり得ない。
その死者数を虐殺レベルまで誇張し、その後もあり得ないレベルまで
死者数をさらに誇張。どこまで誇張すれば気が済むのでしょう。
このような出来事を利用して、人民を煽らなければ体制を維持できない
中国共産党ですから自滅は近い。気楽にその時を待ちましょう。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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韓国のジャンヌ・ダルク
投稿者: jyugunianfunohigeki 投稿日時: 2006/07/14 18:15 投稿番号: [10962 / 41162]
★柳寛順烈士は、1902年11月17日、大韓民国は忠清南道(チュンチョンナムド)天安郡(チョナングン)龍頭里(ヨンドリ)で、父・柳重権(ユ・ジュングォン)、母・李少悌(イ・ソジュ)との間に生まれた。
彼女が生まれ育った時代といえば、1910年に日帝による韓国併合が行われ、日本人憲兵や巡査、それに高利貸しなどが地方にも大手を振って闊歩し、韓国の民衆を睥睨していた頃である。
父・重権は、進歩的思想の持ち主で、民族的教育の必要性を痛感し、友人たちと民族学校の経営に乗り出したが、生徒が思うように集まらず、たちまち経営は行き詰まり、300円(当時)の借金はやがて3,000円にも膨らんだ。
そして、重権の家には連日にわたって日本人高利貸しが追い込みをかけ、彼を罵倒したのである。
そのような時代背景と家庭の事情から、柳寛順烈士は、日本に好印象は持たなかったであろうことは、容易に想像できる。
彼女は、非常に活発で聡明な子供であり、やがて地方を巡回してきたキリスト教伝道団の女性宣教師アリス・H・シャープに見いだされ、給費を得てソウル(当時は京城)は梨花学堂(イファハクドン=現在の梨花女子大学)の普通科3年生に編入することになった。
柳寛順烈士13歳の時である。
1919年3月3日、韓国の民衆は遂に立ち上がった。
人間としての尊厳と、民族の自立と、国家の独立をめざして日帝に立ち向かったのである。
有名な3.1(サミル)独立運動である。
柳寛順烈士は、同級生たちと小遣いを出し合い太極旗(韓国国旗)を用意してデモに参加しようとした。
しかしながら、それは学校側によって禁止されてしまった。
日帝の総督府は、独立運動の多くの活動家が学生であったことから、各大学や学校に休校を命じた。
3月13日、柳寛順烈士は故郷に帰り、独立運動を行うことを目指した。
そして、地元の有力者に働きかけて説得し、4月1日(旧3月1日)、地元の並川市場(ピョンチョンシジャン)にて運動ののろしを上げた。
柳寛順烈士、時に弱冠16歳であった。
彼女は並列市場に集まった数千の群衆に対して、少女とは思えぬ堂々とした演説を行った。
群衆は、少女の訴えに感動した。
「大韓万歳!」
人々の独立に対する意気込みは、彼女の演説によって頂点に達した。
「憲兵分遣隊に行こう!」
誰からともなく、そのような声がわき上がった!
人々は、日帝による圧制の象徴でもあった日本軍の憲兵隊に、平和的デモ行進を敢行した。
それに対して憲兵隊は銃口をもってこたえたのである。
世にいう並川事件である。
憲兵隊の発砲により人々の悲鳴が上がり、あたり一面血の海となった。
だが人々はひるまなかった!
そのさなか、父・重権は憲兵隊の発砲により被弾、瀕死の重傷を負い、三日後死亡する。
急を聞きつけた妻の李少悌は、夫の恨みをはらすため、今度はデモ隊の先頭に立った。
だがその日の4時頃、夫の後を追うがごとく、彼女までもが憲兵隊に斬殺された・・・。
目の前で一度に父母を失った16歳の柳寛順烈士にとって過酷な一日であった。
彼女は、デモの首謀者として日帝に逮捕された。
そうして西大門刑務所に留置され、連日、過酷な拷問を伴った取り調べを受ける。
「首謀者は誰だっ!」
「私だ!」
彼女は、どのような拷問にも屈しなかった。
1920年4月の恩赦の時にも、逮捕された多くの学生が釈放されたのに、彼女だけは釈放されなかった。
自分の信念を曲げなかったからである。
「おまえたちは私の父母を殺し、兄まで留置し、無実の同胞を殺している。
その大罪はきっと神が裁いてくれるでしょう。
私は大韓の人間で、日本人の裁判を受ける理由はない!
おまえたちに私を裁く権利はない!」
拷問は来る日も来る日も続けられた。
やがて、栄養失調と劣悪な環境と度重なる拷問により、1920年10月12日、柳寛順烈士は息を引き取った・・・。
最後の言葉は、「日本は必ず滅びる・・・」であった。
韓国のジャンヌ・ダルクと呼ばれる柳寛順烈士の生涯である。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: 百人斬り競争は真っ赤な嘘勇士の命
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/14 17:04 投稿番号: [10961 / 41162]
>>シナ軍の日本兵捕虜虐殺はどうだったのだろうか
どんな事実を指すのだね?
もう一つ。
相も変らず日本を悪者扱いにしなければ気がすまない人がいるのですね。
アメリカ軍も中国軍も天使のような人達だと思っているのですかね。アメリカ人にしても、中国人にしてもその残虐さにおいては日本兵の比ではありません。中国人は日本兵を捕虜にすると鼻をそいだり、耳を落としたりしてなるべく苦しめるようにしました。これは私の小学校の担任の先生から聞いた話です。この先生はことある毎に戦争の矛盾さを話していました。白兵戦を戦った先生の話ですから迫力がありました。作り話をするはずがありません。それで負傷して動けなくなった戦友は味方の手でという悲しい話もされました。少しでも息があると、何をされるかわからなかったのです。このような背景があるからこそ捕虜にさせることを嫌ったのです。投降せずに捕虜にならなかった話を聞くと反日家は鬼の首を取ったように軍は最後まで戦うことを強いたとの悪口を書き立てるのが常です。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=1826577これは伝聞であって事実ではない?自国民に対してさえ残虐だったシナ兵が敵である日本兵に天使のようにやさしかったとでもいうのか。
これは メッセージ 10959 (pipopipo555jp さん)への返信です.
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