Re: 旧日本軍の重慶爆撃
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/15 01:36 投稿番号: [10996 / 41162]
>したがって、証言には絨毯爆撃という言葉が使用されたりしているが、東京大空襲のような住宅地への焼夷弾のばら撒きとは違うので犠牲者は少なかった。
・『重慶抗戦紀事』(1937−1945、中国人民政治協商会議四川省重慶市委員会文史資料研究委員会編、1985年8月刊)によると、1939年〜1943年の5年間で死者1万1889人。
>海軍航空隊の指揮官として、重慶爆撃に参加した巌谷二三男氏の証言
「
[一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」
なるほど。米軍東京大空襲の絨毯爆撃とは質量が違ったわけだ。米軍にいわせると、日本は家内工場でわれわれを攻撃する爆撃機戦闘機などの部品を作っていた。だから立派な軍需施設だ。われわれはその軍需施設を爆撃したのだ。どこが悪いというわけらしいが、そのような理屈が通るなら、重慶爆撃は立派な軍需施設攻撃なわけだ。市民の死傷者数も格段に低いようだし。
これは メッセージ 10982 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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