Re: あった派の論理構造、横
投稿者: kikusakura2004 投稿日時: 2006/07/15 03:13 投稿番号: [11001 / 41162]
尾崎秀実は、西園寺公一を通じて、近衞に近づき、朝飯会の構成員となった。
近衞は西園寺を高く評価していた。
ゾルゲと尾崎の接点は上海か。松本重治も上海。
西安事件の結末を予測していたのは、尾崎秀美。
支那通として一目置かれた。
外務省や軍、経済企画院にも転向組がいた。
外務省内ソ連スパイ網は、ゾルゲが捕まっても維持されていた。
郭沫若, 寥承志、周恩来と西園寺公一の関係は不明だが、文革で劉少奇が失脚して日本に帰国。
これは メッセージ 10997 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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