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レッドカード > ixka5f0

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 20:22 投稿番号: [1600 / 230347]
さようなら。
あなたこそ、日本人(なわけないか)の恥です。

簡略に

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 19:18 投稿番号: [1599 / 230347]
今、仕事場で、そろそろ帰宅しますので、簡略に書きます。すみません。

>・朝鮮には日露戦争当時にはまだ、国内で何が起きているか無関心なほど国民という意識が乏しかった。

あくまで私の印象ですが、南の方ではその傾向があったでしょうが、北部の方では比較的、新教育を通して「力」への志向なり、教育への情熱は僅かずつでしょうができつつあった方なのではないでしょうか。ただ、彼らが分かっていたのは、わが民族に力はない、ということだったのではないか、という気がします。典拠はありません。

>・日本人に対する憎悪は保護条約で芽生えたものではなく、以前からあった。

これは、そうだったと思います。憎悪というよりも、軽蔑といったほうがいいかもしれません。

>推測されるのは、朝鮮人は他ならぬ「日本人」だから、支配を屈辱と感じたのではないか、ということです。残念ながら。

屈辱と自らの民族の至らなさ、かといって近代化の必要と野蛮な部分の小さくなかったロシア・清の存在もあり、いろいろ複雑な感情があったことでしょう。いちばん大きかったのは帝国主義の時代において劣者としての自己規定を迫られた、その民族的な自尊心の鬱屈なのではないかという気もしています。自分らには力がない、という自覚、それは激しいゲリラ的な闘争か、ひたすら日本人となるか、あるいは何でもいいから生活だけを考えるか、それしかないということ。あとは延々と準備論からあまり抜け出せないまま、植民地民族主義となっていったのではないでしょうか。

>これらを統合すると、朝鮮人の意識は当時民族意識ではなく、小中華思想に支配されていたのではないかという、疑問が登場するわけです。

小中華思想は、韓末のいくつかの改革の動きを経る中で徐々に薄れつつあったのも一方では確かかと思います。それが一気になしとげられるだけの力が開化派にはなかったわけですが、その動きはあったといわざるを得ないでしょう。一般人の生活感情では、国民意識としての民族意識にはいかぬにせよ、改革への意識はなきにしもあらずだったのではないでしょうか。前代では東学あたりの展開にもその片鱗があるかもしれませんし、1905年頃には北部では基督教の受容や啓蒙運動などです。

民族意識ということに限って言うと、私は一般人の中でもそうした意識の芽生えはあったし、とりわけ北部でしょうが啓蒙運動の影響は近代という形を伴ってだんだんと広がる過程にあったと見ています。

ちなみに、私がイザべラバードの本で好きなくだりは、船に乗っていて、陸にペンギンが一杯いると思ってよく見ると、白衣の人たちだった(大意)、というやつです。

返事2

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 18:37 投稿番号: [1598 / 230347]
この新聞とも無関係ではありませんが、愛国啓蒙運動の精神をうかがわせる大韓自強会の創設趣旨文(1906)にこういうのがあります。
「国家の独立はただ自強のいかんにかかわっている。わが韓はかつて自強の策を講ぜず、人民が自ら愚昧に固まったがために国力がおのずと衰退におもむき、ついに今日の艱棘にいたって外人の保護をこうむることになった。…もしその自強の術をきわめるなば、ほかでもない、教育を振興し、殖産興業を図るしかないのである。…内に祖国の精神を養い、外に文明の学術を吸収することが今日の時局の急務である」
こうした愛国啓蒙運動は民族主義運動そのものであり、さらに民主主義思想の普及に努めたものでもありました。

八月の書き込みを目につく範囲で読ませていただきました。私は朝鮮の民族主義を論ずるのであれば、基本的には反日義兵戦争の流れではなく、この愛国啓蒙運動によりその答えが隠されているものと思われます。ただし、反日義兵運動にものちには、平民出身の将軍も出てきましたね(洪範図など複数います)。また、李りん栄の思想が結局、国民ではなく朱子学に向かったにせよ朱子学が国家意識の一部であったこと、彼等の団体が各国領事館に自らを国際法上の交戦国と認めるように訴えたことはそれはそれで彼らなりの自意識のあらわれであったことでしょう。その国家意識そのものは一筋縄では片付けられそうにもありません。

愛国啓蒙運動の流れの中でも、とりわけ教育振興は朝鮮の平民に新学問を教え、社会進化論を教え、国権回復の意識を広めたものと思われます。この流れはキリスト教徒とも無関係ではなかった側面はありますが、その民族的な傾向は疑いようはないものと思われます。この新学問の教育と民族主義の問題については、間島地方の新興学校を観察すれば分かりやすいかもしれません。残念ながら私は素人ですから、そこまで論じる力はありませんが。いずれにしても、民族意識のための運動が存在したということ、それは決して小さなものと切り捨てようもない、それなりの影響力があり、そこに日本から懐柔と統制が加えられていたということ、そのあたりが、私の典拠です。

いろいろと具体的なことを書くときりがありませんし、あまり論ずる力もありませんので、さしあたり1900-1910の頃において反日義兵戦争よりは愛国啓蒙運動に民族意識の存在の可能性をより具体的に見られることを提示しておきます。では、長々とすみませんでした。失礼します。

>今さらですが  訂正です

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/01 18:35 投稿番号: [1597 / 230347]
>(以下引用)1885年当時
日本人居留地はこれよりはるかに人口も多

1895年として下さい。

訂正してお詫びします。

返事1

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 18:33 投稿番号: [1596 / 230347]
はじめまして。この度は議論の場を荒らして失礼致しました。

さて、併合時の朝鮮は国民(民族)国家ではなかったとのことですが、国民主権主義が徹底して否定されたこと、資本主義の未発達、性理学体制の一貫した姿勢からもうかがえるように、それはたしかに成熟していたとはいえません。富国強兵といえるほどのものもなかったと言っていいでしょう。国民的な力量の限界など「国民国家」としての姿は求めるに無理があると言えるでしょう。

さて、民族主義なり民族国家というものを規定するのは困難であり、諸説・変遷などがあるのも事実でしょうが、原始的で失礼ですが、ある民族の構成員によって外部に対する自己保身(領土・国家)がなされ、或いは反対には自らを相手に表示するその集団意識などを大枠での民族意識として捉えるなら(極めてアバウトに書きました)結論から言うと、あのコラムのように、「民族主義」も「民族」もなかったのではなく、やはり「民族主義」も「民族意識」もあったと思います。それが「国民国家」ということになると別の話になる、ということです。体制があまりに固着化していたし、国民にも限界があったといわねばなりません。

差別の禁止や清国との従属関係の破棄、その他の近代的な改革の試みは甲午改革にまずその足跡がありますが、自主独立の思想を大きくうたったものに独立教会があり、さらに独立新聞によってそれは思想的に広報されたと言えそうです。この新聞では民権思想、階級打破、貪官汚吏の摘発などが積極的になされていますね。歴史的事実を記載しているかどうかを扱うには注意は必要でしょうが、ここに提示された思想的な側面は当時においてそれなりの意義が認められるものと思われます。それは守旧派によってつぶされましたが、かといって新しい近代的な国家意識の芽生えがないともいえないのではないでしょうか。一方「皇城新聞」などは、自由平等と排外思想を中心として掲げていました。

>今さらですが

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/01 17:33 投稿番号: [1595 / 230347]
uumin3さんが、議論にふさわしく長期に渡る試みとして国民国家、民族意識についてレポートしておられます。
私は生来の怠け気質から、手っ取り早く当時の一般人の実態を知りたいと思っています。
出来れば日本側の資料ではなく、西欧または朝鮮側のオリジナルの資料(引用されたものではなく)からの情報が欲しいと思います。中央日報のコラムは韓国国内向けなので、これに該当するものです。

下の資料は以前のレスにも転写させていただいたものですが、再度コピペします。

朝鮮の一般人の意識がどのようなものだったかについて、朝鮮戦争時の将軍、白ソンヨップさんの自伝にこんな一節があります。
これは、日露戦争当時のことです。

(以下引用)
日清戦争から10年、韓半島はふたたび大陸へのかけ橋となった。豊臣秀吉の「仮道入明」が300年の時空を越えて再現されたことになる。韓国人の意思などまったく無視されたのだが、なにが起きているかを理解していた韓国人もほとんどいなかった。私の故郷江西は、第一軍主力が上陸した鎮南浦と平壌の中間にあり、第一軍の兵站基地がもうけられていた。(中略)他の地域よりも日本軍との接触が多かったと思うが、私は土地の古老から日露戦争の話を聞いた記憶がない。人びとには、ただ外国の軍隊が通り過ぎていったという程度の印象しかなかったのであろう。   (若き将軍の朝鮮戦争)

また、イザベラバードの朝鮮紀行の記述からは、朝鮮人の日本人嫌いは併合における政策の過ちが原因というより、日清戦争以前から日本人が嫌いだった、ということが分かります。

(以下引用)1885年当時
日本人居留地はこれよりはるかに人口も多く、街も広くてもったいぶっている。領事館は公館としては充分に立派である。街には小さな商店のならぶ通りが何本かあるが、扱っている商品はおもに自国の人々の需要を満たすものである。というのも外国人はアー・ウォングとイータイをひいきにしており、三世紀にわたる〔豊臣秀吉の朝鮮出兵以来の〕憎悪をいだいている朝鮮人は日本人が大嫌いで、おもに清国人と取り引きしているからである。(イザベラバード   朝鮮紀行)

さらに、日清戦争当時の記述より   慈山にて

(以下引用)
町の人々からは、清国兵は情け容赦なくものを盗む、ほしいものは金も払わずに奪い、女性に乱暴を働くという悲痛な被害の話をきいた。(中略)
日本の偵察兵ふたりが対岸にあらわれて発砲すると、清国軍派遣隊はばらばらに逃げ出したものである!慈山でもほかと同様、人々は日本人に対してひとり残らず殺してしまいたいというほど激しい反感を示していたが、やはりほかのどこでもそうであるように、日本兵の品行のよさと兵站部に物資をおさめればきちんと支払いがあるということについてしぶしぶながらも認めていた。    (朝鮮紀行より)

上記のわずかな資料から見られるものは、

・朝鮮には日露戦争当時にはまだ、国内で何が起きているか無関心なほど国民という意識が乏しかった。

・日本人に対する憎悪は保護条約で芽生えたものではなく、以前からあった。

バードの記録の中の日清戦争当時の日本軍の潔癖さは清国軍と比較すると、完璧に近い感があります。そこから推測されるのは、朝鮮人は他ならぬ「日本人」だから、支配を屈辱と感じたのではないか、ということです。残念ながら。。

これらを統合すると、朝鮮人の意識は当時民族意識ではなく、小中華思想に支配されていたのではないかという、疑問が登場するわけです。

まだ全然資料が足らず、勝手な推測の域を出ませんが、とはいえ、上のように考えると現在の日韓の確執にもある程度納得がいくものですから。。

ありがとうございました。

結論が出ているようですね。

投稿者: odanobunaga_san03 投稿日時: 2002/10/01 16:58 投稿番号: [1594 / 230347]
ここは「議論の広場」ですので、

結論の出てらっしゃる方の来るところではありません。

他所で存分に自説を披露なさっていてください。(嘲笑

失礼します。

投稿者: c5525jp 投稿日時: 2002/10/01 16:49 投稿番号: [1593 / 230347]
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/7911/R3_temp.swf?inputStr=%82%B7%82%C1%82%C6%82%B1%82%C7%82%C1%82%B1%82%A2%81I

かかわらないほうが・・・

投稿者: ixka5f0 投稿日時: 2002/10/01 16:48 投稿番号: [1592 / 230347]
韓国には、かかわらない方がいい。

最低民族チョン。

なにが日本海が領海だ。

チョンは国際常識などなにもない。

過去の事でぶうぶう言っているのはチョンだけだ。

チョンに力がなかったから植民地にされたんだ。

日本はその時代のやり方でやっただけだ。

お国の力なさに文句をいうな。

民族意識.

投稿者: taikingdam 投稿日時: 2002/10/01 16:37 投稿番号: [1591 / 230347]
私は民族と言う(のは)概念からが難しいのに, 民族意識と民族史観を大胆に話すことを見れば民族に対する概念を明快に分かっているようです.

私は分からないから教えてください.

>日本奥地紀行

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/01 16:01 投稿番号: [1590 / 230347]
私も実は朝鮮紀行の前に日本奥地紀行を読みました。
昔と現代の日本人がほとんど変わっていないと思いませんでしたか?
国民性というものは外観の近代化に比例して急激に変化するものではない、とやや驚きでした。
バードは進取の精神に富んだ開放的な女性ですが、キリスト教の優越性を固く信じている女性です。日本人の秩序や勤勉の根底に宗教がないことを、彼女がどう理解したか、想像すると可笑しくなります。農耕民族の気質というものを彼女には理解出来なかったと思います。

伊藤という青年はバードの眼を通して見ると、摩訶不思議な人物ですよね。完璧な仕事をこなす責任感をもち、ズルイところもあるがすべてを任せられる安心感。それとは裏腹に、二人の間に共感とか親近感が生まれたという印象は別れの場面のささいなやりとりを除いては、なかったです。それはバードのアイヌに対する愛着とは対照的でした。

伊藤という人物が謎なので、伊藤のバードに対する評価がどういうものか、よくわかりません。若い負けん気の強い青年だっただけかもしれません。或いは劣等感からくる虚勢かも。当時の日本人が西洋人を蔑視していたという事はないと思います。

この本で最も印象的だったのは、当時の日本が蚤だらけだったことと、庶民がハダカだったことです。あんなにハダカだらけだったとは、意外!でした。

日本の子供達を描いた描写がとても美しかったので、ちょっとだけ写しておきます。
日本人は変わらないと思った場面のひとつです。最近は変わったのかな?
(以下引用)

  頭のよい少年が二人いて、甲虫の背中に糸をつけて引き綱にし、紙の荷車をひっぱらせていた。八匹の甲虫が斜面の上を米の荷を引きながら運んで行く。(中略)
日本では、たくさんの子どもたちは、じっと動かず興味深げに虫の働きを見つめている。「触らないでくれ!」と嘆願する必要もない。(中略)街路にあって速く流れる水路は多くのおもちゃの水車を回している。これがうまくつくられた機械のおもちゃを動かす。その中で脱穀機の模型がもっともふつうに見られる。少年たちはこれらの模型を工夫したり、じっと見ながら、大部分の時間を過ごす。それは実に心をひきつけるものがある。


日本人の道徳観がどこにあるのかという点については、uumin3さんが詳しそうですね。村意識のなかに脈々と伝えられる古神道に源泉が見られるのかもしれません。

とりとめもなく、すみませんでした。

ありがとうございました。

横レス(民族意識)>ahirutousagiさん

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/10/01 13:25 投稿番号: [1589 / 230347]
  ahirutousagi2さん

  レスつけるのは初めてだと思います。はじめまして。
  8月頃のこのトピで、私は「併合時の朝鮮は国民(民族)国家ではなかった」という
ことを検証しようと、いろいろやっておりました。端的に言えば、それが検証される事
によって韓国の「民族史観」の妥当性が疑われることになり、いずれにしろ彼らと真っ
当な議論ができるようになるだろうと考えてのことです。(詳しくは過去レスを…)

  大まかに、義兵運動(併合前のものを含む)の頃は人々に遍く「民族意識」があった訳
でなく、なにより義兵に挙兵したリーダー達にそれがなかったため義兵運動は鎮圧された。
すでに併合して日本支配にあった3・1独立運動の時は、民族意識の萌芽(というか人々
に広まりつつあるなという感触)がある。よって「民族意識」はやはり併合下に生れた
と言えるのではないか。という感じで話をさせていただいていたもので、

>民族意識は、私は、当時(少なくとも1900-1910ころ)からあったと考えており

  これについては、何か典拠となるようなものをお持ちでしょうか?
  もしありましたら教えていただきたいのですが。
(はっきりした典拠が無い場合でも、あなたがそういう印象を持つに至った朝鮮での事例
などをお聞かせいただければ幸いです)

  よろしくお願いいたします。

今さらですが

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 12:56 投稿番号: [1588 / 230347]
コラムを読みました。もしかしたら最近読まれている李完用評伝などの影響もあるのかもしれませんね。このような議論が出てくるようになったのはある意味でよい方向ではあるのかもしれません。コラムという限られた紙幅の中ではありますが。

>日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。

私個人としてはこの部分にひっかかっています。どうでしょうか。当時の愛国啓蒙運動の中で、新教育なるものの担った部分にはこの民族意識が当然に含まれていたはずであり、だからこそ愛国啓蒙運動の中に社会進化論の思想が取り込まれたのではないのでしょうか。力をつけるということ、その教育ということ、その根底に民族の意識がないことには「運動」はありえたのでしょうか。そしてこの啓蒙運動は決して無視できるような小さなものでもなかったはずです。

帝国主義に理論を与えたものが社会進化論であり、それは朝鮮を保護国としていく過程において日本に思想的に影響を与えていたとみることは必ずしも間違っていないものと思われます。そして、重要なことは日本が朝鮮を完全に合併することによって日本が優者になり、朝鮮が劣者としての立場を受け入れねばならなかったということ、そしてそれを前提とした「亜日本人化」の押し付けは近代化の一言ではかれないほどの心理的な鬱屈を朝鮮人に与えることにもなりえたということを感じます。愛国啓蒙運動において力への指向は、この併合によって方向転換していかざるををなかったようにも思われます。

民族意識は、私は、当時(少なくとも1900-1910ころ)からあったと考えており、それを無視することはあらゆる朝鮮の啓蒙運動を否定することになるのではないかという気がします。その意味で、ちょっと疑問がありました。それ以外のところでは、おおむね面白く読めました。

日本奥地紀行

投稿者: kazahayataro 投稿日時: 2002/10/01 12:54 投稿番号: [1587 / 230347]
|日本人には戒律に縛られるような宗教観はなく、節操がないように見える
|のではないでしょうか。実際には恥の意識のような強固な価値観を持って
|いると思うのですが、漠然としたものです。外からは大変わかりにくいもの
|ですし、形を伴わないので説明するのも極めて難しいですね。

イサベラ・バード『日本奥地紀行』(平凡社東洋文庫240)
P.212-213
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
多くの点においては、日本人は英国人よりも大いにすぐれている。しかし他の
多くの点では、日本人は英国人よりもはるかに劣っている。このていねいで勤
勉で文明化した国民の中に全く溶けこんで生活していると、その風俗習慣を、
英国民のように何世紀にもわたってキリスト教に培われた国民の風俗習慣と比
較してみることは、日本人に対して大いに不当な扱いをしたことになるという
ことを忘れるようになる。この国民と比較しても常に英国民が劣らぬように
《残念ながら実際にはそうではない!》、英国民がますますキリスト教化され
んことを神に祈る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一読して、なぜキリスト教がでてくるのか不審に思ったのですが、彼女の通訳
兼従者である伊藤氏に関する、
P.100
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
彼は、名目上は神道の信者であるが、実は何でもないのである。日光で私は
『ルカ伝福音書』の初めの方の何章かを、彼に読んできかせたことがある。私
が放蕩息子(第十五章)の話のところに来ると、彼はいくぶんか軽蔑的な笑い声
を立てて、「ああ、その話なら私たちの仏教の話の繰り返しですよ」と言った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
を読み返して得心しました。すくなくとも百数十年前の日本人はこうだったの
でしょう。そのかわり、
P.99
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は、彼をうまく使いこなそうと努力している。なぜなら、彼は特に「上前を
はねる」点で私をうまくごまかそうとしているのがわかったからである。彼は
きわめて日本人的であり、彼の愛国心は人間の持つ虚栄心のあらゆる短所と長
所をもっている。彼は外国のものはなんでも日本のものより劣ると思っている。
私たちの行儀作法、眼、食べ方は、彼にとってはとても我慢のできぬしろもの
らしい。彼は英国人の不作法については喜んで話をひろめる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
にみられるように、現代の日本人にあるような「適度な」相対主義(*)は、まだ
持ち合わせていなかったようです。

(*) #1585 の、
|電気もない、ほとんど裸で、粗末な建物にすんでる種族のひとにでも
|十分敬意を示すことのできる人たちです。
や、 ホーム>地域>世界の国と地域>韓国(大韓民国)>なぜ韓国人は、嫌われるのか?
の、67716, 67721 のやりとりが典型的です。

まとめコメントの罠

投稿者: kazahayataro 投稿日時: 2002/10/01 12:52 投稿番号: [1586 / 230347]
日本と韓国の議論の広場ですから、議論がおこること自体を避ける必要はないです。

taikingdamさんが陥っている罠は、私の書いた 本トピック #1015 で言えば、まさに、

|6.まとめコメントはすべきでない。ひとつの投稿の主題はひとつとすべき。まとめ
|コメントをすると議論の焦点がぼけて、議論が発散する。

です。

その危惧はみなさん持っていて、議題を絞りましょうとか、議題を選んでくださいとか、
何度か提案があるんですけど、taikingdamさんはのってこなかった。たぶん、自動翻訳
ソフトの制約が強くて、これらの提案自体がtaikingdamさんに届いていなかったんじゃな
いかな。

立場を逆にして、韓国の掲示板にひとりで行って、自動翻訳ソフトを使って議論するとい
う状況を考えれば、彼のたいへんさがわかります。多くの論点を並行して議論することは
だれの手にもあまります。

できたら、netcitizen*さんに交通整理をしていただけたらとお願いしたいと思ったのです
が、彼、もう来ないかも。

もうひとつの可能性としては、taikingdamさんの問題意識が抽象的すぎて、その問題意識
を、より小さな議題に分解すること(日本人「を」説得するための論点分解)ができないの
かもしれません。その場合、問題意識を推定して、われわれの方でより小さな議題に分解
する作業をする必要があるかもしれません。自分の問題意識とずれた議論は無意味だと思
うでしょうから、本人以外による正鵠を射た分解はたいへんで、これはなかなか難しい作
業です(#1471のような指摘は別経路の情報があったからできたこと、しかもその当否と主
観的重要性は他人にはわからない)。

いずれにしても議論の目的はお互いの認識の違いを理解することであって、認識を一致さ
せる必要はありません。より強くいえば世の中にひとつの認識しかないという状況は不健
全で、逆にいろいろ多様な認識があったほうが健全だ思っています。

日本の若者が可哀想

投稿者: lvl_alpha 投稿日時: 2002/10/01 12:00 投稿番号: [1585 / 230347]
オギャって生まれてから
もう罪を背負っていきていかなくてはならない。

身に覚えのない罪を植えつけられて
謝罪せよ、謝罪せよ!

これって、なにか間違ってると思います

韓国の人、日本の人、いや世界中の人は
20世紀までの歴史を教訓とするだけでいいのではないかと思います。

歴史を外交の手段につかったり
歴史を差別の手段につかったり

そんなことは、もうやめていけばいいと思います。

日本の若者は、口の悪い人もいるかもしれませんが、
人種で優劣を考えてるひとはほとんどいないと思います。

電気もない、ほとんど裸で、粗末な建物にすんでる種族のひとにでも
十分敬意を示すことのできる人たちです。

もう韓国の人は気づいて欲しい
日本の若者は韓国の人と優劣を議論することにうんざりしてるってこと。

逆を言えば、いま日本の若者は変な差別を受けているとも考えられます。

いつまで極悪人の子孫だといわれつづけなければいけないの?

こんな異常な状態にいつまでも耐えられる筈がない
日本の若者は、きっとここから抜け出す道を模索し始めると思います

いい方向になればいいのですが・・・
自分を省みるにつけ、そうはならないような気がします。

いずれにしても、彼次第でしょう。

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 11:31 投稿番号: [1584 / 230347]
>一応「僑胞」の方なら、少しは先様も意見を聞きそうな気がしますし…
>というわけで、お時間がありましたら(そして彼の方がまだ来られるようでしたら)お願いできないでしょうか?   >netcitizenさま

日本人側のメンバーの方は分かるが、
肝心の彼がそれに応じるのであれば、べつに構わない。

>ちょっと意見 (in Japan)

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 11:27 投稿番号: [1583 / 230347]
>今の日本人に対する韓国人のイメージは、1980年ごろから急速に作り上げられた、と言う説もありますし、鄭と言う人の本(だったかな?)には、植民地時代の韓国人、日本人の感情は戦後よりずっと良かったとあります。

その見解は正しいと思います。
ただ、これは韓国本土での話で、在日韓国人の場合、必ずしも当てはまりません。

1980年代は韓国も躍進の年代で、ようやっと途上国から脱した時代に感じます。
また日本は国際化へ踏み出した時代でもあり、多くの外国人が日本にくるようになった時代でして、当時で訳90%近かった外国人のなかでの韓国人の比率も大きく変化しました。

そういった時代背景で、在日韓国人に対する日本人側の意識も急変したようです。
在日の場合、戦後〜70年代まで差別を激しく受けた時代といえます。
80年代からは、転換して、友好的な日本人、とりわけ当時の10代・20代において、との間で日本・韓国関係が別の局面を迎えました。

鄭はそういった外国における韓国人の実情は全くしらないでしょう。自国でしかものをみれない輩ですから、W杯での彼に対する評価にあるとおり、愚か者なのです。

とはいえ、本土と在日間で、意見が多くくいちがうのは80年代以後に形成されたお互いの感覚の相違にあると私は思います。

投稿者: kimhenu 投稿日時: 2002/10/01 10:47 投稿番号: [1582 / 230347]
僕のチャット部屋に勝手に付いて来て「キムは個人情報をばらしてる犯罪者です!」っていいながらチャットの皆と僕をふざけてる荒らし(その荒らしの殆どが喧嘩部屋のヤツラ)が沢山いるけど先ず、その疑問に対して真面目に説明しますと、
僕に中傷を与えた二人の荒らしの個人情報を僕のフロフィに揚げました。何度もこっちへ謝罪を求めるチャンスを与えたのにも関わらず、さらに僕を馬鹿にしました。その時の僕の気持ちはヤツラに犯されてない人には解らないと思います。チャットの利用者には年配のかたや真面目に人の話を受け入れる方が多いのを忘れないでください。仕付けのないヤツラにはチャント返すべき!

1級荒らしの特徴:先ず声が優しい、誰もが納得いくよう言葉使いと嘘が上手い。弱点皆の調子に乗ると同じ事だけ繰り返す。

2級荒らしの特徴:1級と3級の中間。

3級荒らしの特徴:単なる荒らしで、気持ちを押えず馬鹿とか死ねとかをよく言うから皆に直ぐ無視されてしまう。

私も降ります(反省)

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/10/01 10:13 投稿番号: [1581 / 230347]
  昨日は、土日に異様に延びた投稿を一気に読みまして、ちょうど彼の方が来られて、
他の皆さんのレスがあまりつかなかったものですから、勝手に一人で挑発されて(恥)
思わず挑んでしまいましたが、確かに色々な方に同時に話し掛けられているのも大変
でしょうし、このままでは議論になりにくい情況だと思いますので、先様から返事が
来ない限り、私も議論から降りさせていただきます。

>できればnetさんあたりに行司役をしていただければなとおもいます
(by   nishina3777さん)

  同感です。まあ、勝手に押し付けるのも何なんですが、他にできそうな方が居られ
ても、一応「僑胞」の方なら、少しは先様も意見を聞きそうな気がしますし…

  というわけで、お時間がありましたら(そして彼の方がまだ来られるようでしたら)
お願いできないでしょうか?   >netcitizenさま

ちょっと反論

投稿者: nishina3777 投稿日時: 2002/10/01 09:48 投稿番号: [1580 / 230347]
  ここで植民地支配を正当化している人は多数派ではないと思います。
  >あまり声高に「植民地支配は正しかった」などと言うのには疑問を感じるのですが・・・。
  ここは植民地支配の正邪善悪を判断しようという場所ではなく、上記の意味での植民地化正当論は疑問と言うよりも論外であると考えています。ただ事実として存在した朝鮮支配について同じく正邪善悪の判断基準によらず論ずることは可であると思います。
  余談ですが、みなさん「近代化」ということを肯定的な意味でのみ論じているように感じられますが、現在の我々(いわゆる先進国の国民)にとっては近代化は絶対的に良いことで、それを達成することは「成功」であると認識できますが、当時の大部分の日本、朝鮮の住民(あえて国民とは書かないです。)にとっては災厄以外の何者でもありません。(ついでに現代の「後進国」にとっても)
  つまり、自前で近代化できた=立派、他国の影響で近代化された=恥、というような感覚はこの場の議論に必要ないものと考えます。
  現在、日本国憲法は押しつけだとか、戦後の日本を否定するような言辞をたまに見かけますが、アメリカ軍による占領と独立の喪失は決して否定できない事実であります。このことは確かに屈辱的なことかもしれませんが、現代の日本はこの時のアメリカの影響なくして語ることは出来ません。(アメリカによる日本民主化論は論外だが)
  >植民地支配を正当化することは韓国の人達にとっては断じて許せないことなのではないでしょうか。
  許せないか許せるかは韓国が決めることでしょうが、大韓民国を生み出した直接の母胎である大日本帝国をだだ否定するだけならば韓国に不利益となるだけでしょう。
  出来得れば韓国がよりふさわしい日本のパートナーとなってくれること願います。

  >国が乗っ取られて名前を外国式に変えさせられたら、誰も嬉しくは思わないのではないでしょうか?
  この点は事実とは多少違っていると私は考えております。もしよろしければここで以前私が書いた「創氏改名について」等を見て下さい。
  >感情的には大いにわだかまりを残したことは間違い無いので
  私は感情的にわだかまりを残したというよりも、戦後大きなわだかまりを意図的に作ったと思っています。このことについてはまたいつか時間がありましたら書き込みたいと思っています。
  なかながと雑文を書いて失礼いたしました。以後もよろしくお願いします。

  追記
  taikingdamさんの件につきましては、できればあまり議論、論敵を拡散させないで話を進めていってくれたら良いと思いますが、どうしても多数を相手になってしまいそうですね。私は参加せず、誰かに委任したいと思います。
  できればnetさんあたりに行司役をしていただければなとおもいます。

アイルランド >こたさん

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/01 01:59 投稿番号: [1579 / 230347]
英国が自国防衛のために、隣国を確保するという意味では韓国併合に似ているようです。
宗教対立による弾圧というイメージで、原料供給地且つ市場という通常の植民地のイメージがないのです。

難しいけど、アイルランドは植民地とは一線を画す感じがする。。。。

お休みなさい。zzz

>ちょっと意見

投稿者: caffelatte_1848 投稿日時: 2002/10/01 01:23 投稿番号: [1578 / 230347]
これは私の個人的な意見ですが。。。
私は、植民地支配を正当化しようとか、日本が来て発展して良かったとか、そういうことを言いたいのでは全くないです。

あまりに無批判に自国(韓国)の捏造された歴史を信じ、これまた無批判に日本や日本人を非難している。

全てが全てそうではない、もっといろんな角度から捉えてほしいです。

今の日本人に対する韓国人のイメージは、1980年ごろから急速に作り上げられた、と言う説もありますし、鄭と言う人の本(だったかな?)には、植民地時代の韓国人、日本人の感情は戦後よりずっと良かったとあります。

ミクロな視点から見れば、不幸な出来事はそれはもちろんあったでしょう。でも総じて、植民地時代の韓国は、今の韓国人が言うほどひどい暮らし、ひどい仕打ちがあったとは考えられません。
こんな事は、今までいろいろな研究者がすでに言っている事でしょう。
そういう当たり前の事も知ってほしい。

べつに歴史を共有する必要はありませんけど、多分に韓国の歴史は作られた、意図的なものをぷんぷん感じます。そういったものを少しでも取り除ければ。。。
その上で議論ができるようになったらと、そう望んでいるだけです。

この発言をヨーロッパの人がみたら、

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 00:59 投稿番号: [1577 / 230347]
「なんだ、文化が交わるのは、当たり前のことじゃない。僕らもギリシア・ローマの影響を受けている。でもそれは僕らにとっては手習いの教科書だ。僕らの文化は僕らが考えて築いたものだからね。」と一蹴にふされてしまうだろうね。

半島と日本のエリアに限定するから、どこか、してあげた・してあげない、という話になってしまいます。
アジアとか世界からみれば、もう少しちがう対局観もあるはず。

親日派の著者も欧州のそういうところに触発されたから、韓国を冷静にみれたはずなだ。そのことを、親日派への弁明の読者はきっと分かっているとおもうのだが。

私もききたいですね。

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 00:50 投稿番号: [1576 / 230347]
>それから、あなたの言ってる皇国史観てなに?

他の方に失礼とはおもいますが、この単語は私は使ったことがありません。
在日韓国人の間でも、あまり耳にしない言葉なので、どういう意味でつかっているのか良くわかりませんでした。

良かったら教えていただけません?

また、私としては
「過去の史実と全くきり離し、今後の日本と世界が1位・2位の国にそれぞれ成長することを期待したい。そのために韓国本土人とのチャネルを築いているのだが、君個人の意見でもいいので聞かせてもらえないか?」

ハングル

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 00:41 投稿番号: [1575 / 230347]
>netcitizen さんからハングル漢字混じりをベースにするようアドバイスがありましたが

文法的には韓国語と日本語は大差がないので、40%漢字があればきれいや訳になるはずなんだけどね。

 こたさん 鴨と鹿の話

投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2002/10/01 00:33 投稿番号: [1574 / 230347]
鴨と鹿の話が実は結構好きだったりして。
鴨がいないと歴史の面白さも半減してしまいそう。。ついそちらに話を持っていきそうになってしまいます。

アイルランド併合は旧教対英国国教会という宗教対立が歴然としていたからか、アイルランド側の抵抗も激しく、結局は自力で独立したんですよね、確か。この「自力で独立」という過去があればねぇ。

江華島条約以前から、やってみます?
征韓論あたりも、今一つ実体がつかめない感じがする。明治維新前後も曖昧。ゆっくりお願いしますね。お手柔らかに。

>互いの民族性・国民性の批判に落ちていくんです。それでは余りに味気ないし意味がない。

これがねえ。別に韓国の民族性をどうこう言っているわけじゃないんですよね。
ただ、反日教育はやめてくれ、迷惑をかけるなと、言っているだけなのに。

taikingdamさん

投稿者: netcitizenmaster 投稿日時: 2002/10/01 00:33 投稿番号: [1573 / 230347]
>私を 審問することか? 私を今 公聴会することか? 笑わせますね. ^^

君はぼくに聞いてみたいことあるのかな、
率直に答えてあげるけど?

ぼくも少し君に質問が寄りすぎたかな?とおもってたんで、ROMにしてたんだけど。だが、それだけ君が人気者だということなんだ。

でも、ひとつ、態度を正してね。
理性のある大人は、こういうところはきちっとしないといけない。

> ==== =>>私は伝統的に日本人たちの歴史観は精神病者たちの歴史観だと思います.

これは良くない。
一応、ここのルールでは、発言者個人を非難してはいけないことになっている。
君もその点は理解してほしい。

ちょっと意見

投稿者: roger_ze 投稿日時: 2002/10/01 00:20 投稿番号: [1572 / 230347]
taikingdamさんの肩を持つわけではありませんが、植民地支配を正当化すること
は韓国の人達にとっては断じて許せないことなのではないでしょうか。

例えインフラが整備されたとしても、国が乗っ取られて名前を外国式に変えさせ
られたら、誰も嬉しくは思わないのではないでしょうか?

プラス面が無かったとは言いませんが、感情的には大いにわだかまりを残したこ
とは間違い無いので、あまり声高に「植民地支配は正しかった」などと言うのに
は疑問を感じるのですが・・・。

同感です

投稿者: roger_ze 投稿日時: 2002/10/01 00:05 投稿番号: [1571 / 230347]
僕が感じていることもsunflowersさんの意見と同じです。

途中まではいい感じで、内容的にも勉強になっていたのですが、最近はひどいですね。
以前来られていた韓国の方も姿を見せなくなってしまいましたし・・・。

お互いに価値観が異なるのは当然なので、相手との違いを追及するのではなく、
違いは違いとして置いといて(これには忍耐が必要ですが)、話し合いをする姿勢が
必要だと思うのですが・・・。

それにしても、すぐ過去の話(しかも多くは1000年以上前)になってしまいますねぇ。
いちばん重要なのは現在と未来だと思うのですが。

数千年保存されても種の発芽は突然に起きる

投稿者: jaway 投稿日時: 2002/09/30 23:15 投稿番号: [1570 / 230347]
>数千年間 停滞になった民族が日本の 36の間の支配を受けるとすぐ 停滞性が消えたらそれも奇蹟ですね.

朝鮮族と言う種に、日本が発芽を促す強い刺激を与えてしまったんでしょう。

とでも書くのが筋書き通りの返答ってものでしょうね。

皆さんすみません

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/09/30 22:54 投稿番号: [1569 / 230347]
皆さん、いろいろと失礼しました。うんざりなさったことでしょう。私もそうなのですから、当然そうでしょう。あらためてお詫びします。

タイキン君、もう皆さんに迷惑をかけるのはやめませんか。議論の仕方を少し考えてください。さもないと私はこれ以上皆さんに迷惑をかけたくないので某トピでと同様にあなたを無視します。

タイキン君の言いたいことは分かっています。日本が皇国史観と植民史観で教育を行い、また韓国をそのような差別的な見方によって規定しているというものでしょう。

それはそれで議論の仕方があるというものです。

最近発言しない理由。

投稿者: sunflowers0526 投稿日時: 2002/09/30 22:33 投稿番号: [1568 / 230347]
激しく感情的だから。
少なくとも相手が日本語を余り理解できていないことを念頭に置きながら議論しませんか?

そして日本の掲示板へ来るなら多少なりとも日本語を学んでから来たらいかがですか?

誰とは言いませんよ。読んでるうちに鬱になってきますから最近は飛ばし読み。

まあ、なんとなく予想通りの韓国人の反応って感覚はしますが、返答している日本人側も予想通りの反応ですよ、なんかつまらないし。議論になってないから発言する気も起きません。

私がおかしいのですかね?

>韓国国定歴史教科書

投稿者: kotakyara 投稿日時: 2002/09/30 22:29 投稿番号: [1567 / 230347]
kazahayataroさん、資料ありがとうございました。
矛盾性に気付けよ!と言いたくなりますね。
任那の記述が出来ない意味もわかるような気がします。。

---------------------------- -

研究   わが国と日本との関係について右の事実を中心に簡単に理解しよう。
 
わが国と日本が最初に交流し始めた時、わが国が日本に伝えた文化。
わが国が日本に施した助け。
日本がわが国に助けを差し伸べたことと、害を与えたこと。

学    習    整    理
1、わが祖先は、日本の古代文化の発展に大きな役割を果たした。
  (1) 三国の芸術が日本に伝わった跡を様々な所で発見することができる。
  (2) わが祖先は、日本人をして文化と学問に覚醒させた。
2、わが祖先は早くから海外活動に積極的に取り組み成果の花を開かせた。
  (1) となりの国との活発な貿易をするために南海の制海権をつかんだ。
  (2) 他の国にわが国民が住む居住地をつくるなど海外進出が活発だった。
3、朝鮮時代にも、日本にわが国の文化を伝達した。
  (1) 日本は、文化的に発達したわが国との交流を願っていた。
  (2) 朝鮮通信使は日本の文化的な発展に大きく貢献した。


これは、韓国の歴史教科書(小学校)の「わが民族の海外活動 」についてのまとめページです。


日本に対する優越性が滲み出ていますね。

>賠償分かる! 2

投稿者: taikingdam 投稿日時: 2002/09/30 22:05 投稿番号: [1566 / 230347]
これはヒトラーのユダヤ人差別してその意図が同じことですか? 植民支配を 正当化させるための名分というですね. 私が言いました. 歴史は名分(reason)を捜すのではなくて原因(cause)を捜すことだという話です. あなたは日本の軍部に置物学者たちと同じく絶え間なく reasonを捜して歩き回るあほらしい仕事を今島しているという話です. これが帝国主義皇国史観を作らなければならなかった日本の悲劇というですね. それは結局韓国にまで 悪影響をかけるというソリブニだ.
日本民族と違い韓国はそんな民族だと言ったら多分世界人類,人種, 歴史学者たちが集まって韓国人に対して特別な関心を持って研究するでしょう.
こんな言葉が史学で通用すると思いますか?
科学的研究を下と言う言葉です. 韓国人や日本人や米国人や中国人もすべて共感が行くことができるように.......

私寝ます. 明日話をするか, 巻くかしてください.

そして私の上の言葉に韓国はどうだというけちをつけない.

私がここで言った言葉はあなたの考えがいくら誤ったのなのかを証明するためにまったく同じな論理を適用させたのだから..

>賠償分かる! 2

投稿者: taikingdam 投稿日時: 2002/09/30 22:02 投稿番号: [1565 / 230347]
これはヒトラーのユダヤ人差別してその意図が同じことですか? 植民支配を 正当化させるための名分というソリブニだ. 私が言いました. 歴史は名分(reason)を捜すのではなくて原因(cause)を捜すことだというソリブニだ. あなたは日本の軍部に置物学者たちと同じく絶え間なく reasonを捜して歩き回るあほらしい仕事を今島しているというソリブニだ. これが帝国主義皇国史観を作らなければならなかった日本の悲劇というソリブニだ. それは結局韓国にまで 悪影響をかけるというソリブニだ.
日本民族と違い韓国はそんな民族だと言ったら多分世界人類,人種, 歴史学者たちが集まって韓国人に対して特別な関心を持って研究するでしょう.
こんな言葉が史学で通用すると思いますか?
科学的研究をするというソリブニだ. 韓国人や日本人や米国人や中国人もすべて共感が行くことができるように.......

私ザロがだから明日話すか巻くかしてください.

そして私の上の言葉に韓国はどうだというけちをつけない.

私がここで言った言葉はあなたの考えがいくら誤ったのなのかを証明するためにまったく同じな論理を適用させたのだから..

>賠償分かる! 1

投稿者: taikingdam 投稿日時: 2002/09/30 22:02 投稿番号: [1564 / 230347]
==== >>賠償分かる! 何の言葉ですか? ^^
小説什しないでと言う言葉は 小説を使わないと言うね.
あなたは 科学や勉強する時 cause 科 effectが分かってからは息苦しいですか?
そして疑問が生ずるんですか? 科学に 人種差別必要だったですか? 劣等民族が必要だったですか? 近代化が 必要したですか? 運命論が必要だったですか? 歴史が科学科違うことは原理が分かる時必要な ifがないということだけが違うというソリブニだ.
ところで日本学者たちが韓国の人々は 停滞になった民族というものを言うことを聞いて何を感じるから? 朝鮮社会の内部的矛盾によって近代化ができないことだけでそれが証明されると思いますか? 数千年間 停滞になった民族が日本の 36の間の支配を受けるとすぐ 停滞性が消えたらそれも奇蹟ですね.

訂正 ↓

投稿者: kotakyara 投稿日時: 2002/09/30 21:32 投稿番号: [1563 / 230347]
>朝鮮民族も日本人として日本と共に対露・対米と対峙して欲しい。そうなってくれるはずだ。同民族なんだし・・・。

朝鮮民族も日本人として日本と共に対露・対米と対峙して欲しい。そうなってくれるはずだ。同種族なんだし・・・。

に訂正し、お詫びいたします。。

葵さん 精神論的発想

投稿者: kotakyara 投稿日時: 2002/09/30 21:08 投稿番号: [1562 / 230347]
英国式植民地と言う事でしたら、1800年のアイルランド併合があります。隣国同士・同人種という点では
日本と朝鮮と同じ条件です。違っていたのは英国が執った方法が収奪・搾取・抑圧・愚民化政策であったということです。
日本が近代国家形成の際に、方々の方式を学んだことから見てこれを知らずにいたとは思いません。
もしかしたら、知っていたからこそ別の併合方法を模索したのかもしれません。
福沢が朝鮮救済を唱える以前の「脱亜論」の中で言っていたのは
「これからの日本は、欧英諸国と肩を並べ共にやっていく道を模索し、支那朝鮮は無視しよう」だったと思うのですが
この論説を曲げなければ、或いは違った日朝関係があったかもしれませんね。
あ、鴨とか鹿の話はやめときましょうね。そうでなくても混乱の元だし(笑)
どうであれ、見切り発車的だと思われる併合が1910年始まったのですから。

こうしてみると、日本人はつくづく精神論的発想が好きな民族ですね。根性・努力・精神・和・・・・^^;
民族間の精神的融合を求める事の困難さに、今同様気付いていなかったのかもしれません。
朝鮮民族も日本人として日本と共に対露・対米と対峙して欲しい。そうなってくれるはずだ。同民族なんだし・・・。
そんな思い込みがあったように感じませんか?本来融和できないはずのものを、甘く見ていた気がします。
理解する部分もお座成りになっていたのも否めません。
併合時の同化政策も行き過ぎであった皇民化政策も、同じ発想の元で行ったのでしょう。
ただ、戦時中は日本人として朝鮮民族も共に戦ったのは忘れてはならないと思います。
それと同時に、結果を教訓と生かすことも。

>現在の日韓関係は、日本の統治方法の問題というよりも、あちらさまの問題という感じがする。
>何が悪かったのか、まともに考えることが時々アホらしくなります。
これは、禿同です(笑)

日韓問題を突き詰めて議論すると、最終的には「民族間の融和」は可能かなんて大それた事にはならず
互いの民族性・国民性の批判に落ちていくんです。それでは余りに味気ないし意味がない。
そうならないためにも、茶々入れ・罵倒大好きな私も無い知恵を絞って書いてるのですから
葵さんのお手をもう少しだけ煩わせる由、お願いいたします。

砲艦外交だった江華島条約締結以前のことをもう少し突き詰めて覗いてみるのも悪くないと思います。
それとも、併合時の日本の執った政策についてにしてみますか?

タイキンさん

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/09/30 20:39 投稿番号: [1561 / 230347]
ランケを引っ張ってきて「私は基本的に史家の主観が排除されるありのままの敍述原則をよほど重要に思っています」だなんて、意外と純情な人かもしれませんね。タイキンさん。

日韓の間で具体的な問題を提示してね。難しいこと言わずに、あなたの主観で結構。史料において主観が排除できないこともランケが批判を受けた一つの理由だったんじゃないの?任那は飽きたから他のでいきましょう。

それから、あなたの言ってる皇国史観てなに?
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