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返事1

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 18:33 投稿番号: [1596 / 230347]
はじめまして。この度は議論の場を荒らして失礼致しました。

さて、併合時の朝鮮は国民(民族)国家ではなかったとのことですが、国民主権主義が徹底して否定されたこと、資本主義の未発達、性理学体制の一貫した姿勢からもうかがえるように、それはたしかに成熟していたとはいえません。富国強兵といえるほどのものもなかったと言っていいでしょう。国民的な力量の限界など「国民国家」としての姿は求めるに無理があると言えるでしょう。

さて、民族主義なり民族国家というものを規定するのは困難であり、諸説・変遷などがあるのも事実でしょうが、原始的で失礼ですが、ある民族の構成員によって外部に対する自己保身(領土・国家)がなされ、或いは反対には自らを相手に表示するその集団意識などを大枠での民族意識として捉えるなら(極めてアバウトに書きました)結論から言うと、あのコラムのように、「民族主義」も「民族」もなかったのではなく、やはり「民族主義」も「民族意識」もあったと思います。それが「国民国家」ということになると別の話になる、ということです。体制があまりに固着化していたし、国民にも限界があったといわねばなりません。

差別の禁止や清国との従属関係の破棄、その他の近代的な改革の試みは甲午改革にまずその足跡がありますが、自主独立の思想を大きくうたったものに独立教会があり、さらに独立新聞によってそれは思想的に広報されたと言えそうです。この新聞では民権思想、階級打破、貪官汚吏の摘発などが積極的になされていますね。歴史的事実を記載しているかどうかを扱うには注意は必要でしょうが、ここに提示された思想的な側面は当時においてそれなりの意義が認められるものと思われます。それは守旧派によってつぶされましたが、かといって新しい近代的な国家意識の芽生えがないともいえないのではないでしょうか。一方「皇城新聞」などは、自由平等と排外思想を中心として掲げていました。
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