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今さらですが

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/10/01 12:56 投稿番号: [1588 / 230347]
コラムを読みました。もしかしたら最近読まれている李完用評伝などの影響もあるのかもしれませんね。このような議論が出てくるようになったのはある意味でよい方向ではあるのかもしれません。コラムという限られた紙幅の中ではありますが。

>日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。

私個人としてはこの部分にひっかかっています。どうでしょうか。当時の愛国啓蒙運動の中で、新教育なるものの担った部分にはこの民族意識が当然に含まれていたはずであり、だからこそ愛国啓蒙運動の中に社会進化論の思想が取り込まれたのではないのでしょうか。力をつけるということ、その教育ということ、その根底に民族の意識がないことには「運動」はありえたのでしょうか。そしてこの啓蒙運動は決して無視できるような小さなものでもなかったはずです。

帝国主義に理論を与えたものが社会進化論であり、それは朝鮮を保護国としていく過程において日本に思想的に影響を与えていたとみることは必ずしも間違っていないものと思われます。そして、重要なことは日本が朝鮮を完全に合併することによって日本が優者になり、朝鮮が劣者としての立場を受け入れねばならなかったということ、そしてそれを前提とした「亜日本人化」の押し付けは近代化の一言ではかれないほどの心理的な鬱屈を朝鮮人に与えることにもなりえたということを感じます。愛国啓蒙運動において力への指向は、この併合によって方向転換していかざるををなかったようにも思われます。

民族意識は、私は、当時(少なくとも1900-1910ころ)からあったと考えており、それを無視することはあらゆる朝鮮の啓蒙運動を否定することになるのではないかという気がします。その意味で、ちょっと疑問がありました。それ以外のところでは、おおむね面白く読めました。
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