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Re: 差別は正しい

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/09 12:54 投稿番号: [186560 / 196466]
仰ぐとおりです。

感想としては、
>性別、人種、門地、年齢、出身などを理由にした差別は不当であり、許されない。
<<<

さらに、犯罪歴、血液型、病歴、指紋、DNA等の写真も付けたり、恋愛、結婚歴、学歴・職歴などを属性(要素)とした要素を付け加えたりして出来るだけ中立的な立場から物理的で客観的な差別区別してもよりよいと思います。
勿論、インターネットなどの通信歴、GPSによる行動パターンの監視もなど。

問題なのは、それぞれの属性を立場によって如何に扱われ、扱うかです。

区別もし差別もしてよいが、どう利用するかが問題です。

>tokaちゃんは、もっとよく考えなさい。<<<

素質が生まれつきで決まったのか、もう決まったから、
どう考えても、どうこう解決できそうにもならない。

笑いながら、
DAMEトカゲなどは、ゴキブリ、蛆虫など以下でどうでも良いから、
問題なのは、自称だろうなんだろう教師という職業の人間は、ね!

Re: 差別は正しい

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/09 11:30 投稿番号: [186559 / 196466]
すり替えはやめんかい。

>言葉がかみ合わないと云うより、言葉の背景にある文化、習俗、価値観が異なるのだから出てくる言葉はそれぞれに意味が違うのだ。

言葉の定義のみについて言っているときに文化だの価値観だの蜂の頭だの持ち出すんでない。これらが世界中で異なるのは当たり前であり、家族内でも友人間でも起こりうることだ。それを前提としての、言葉の定義の確認だろうが。

愛人の手紙(日本語)、愛人的手紙(中国語)が同じ意味かどうかは文化や価値観など関係がない。単に言葉の定義の問題だろう。すり替えちゃいかん。

Re: 横 Re: 埒外の身分

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/09 11:13 投稿番号: [186558 / 196466]
くそ便にアホ教師へだからな、
年に、念のために。

区別は、属性による分類→主に認識的
差別は、その分類にさらに差をつけて扱う→主に行為的

差別は正しい

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/09 11:01 投稿番号: [186557 / 196466]
>私たちが何かの論争をするとき、言葉の定義は統一して置かなくては論争もかみ合いません。
夢更紗さんもご同意いただいたように、差別は、区別の方法です。差別は人間の上下を区別することであり、だから時には良くて時には悪いのではなくいつも悪いのです。<

言葉の概念など統一できるはずもない。日本の小さな小さな村社会ならそれもあり得ようが、世界に出るなら言葉は必ずかみ合わない。
言葉がかみ合わないと云うより、言葉の背景にある文化、習俗、価値観が異なるのだから出てくる言葉はそれぞれに意味が違うのだ。

その道理をこのワシが何回言って聞かせても、狭い世界に暮らす田舎者は理解できない。

我らは人間社会に暮らしているが、人間社会は差別の中にあるのだ。
差別は当然であり、良いも悪いもない。
意識が浅薄で、突き詰めて考える習慣のない者は「差別された〜・・許せない」などと言って怒り狂うが、本当は差別が許せないのではないだろう。

許せないのは「不当な差別」なのであり、「差別」ではない。

学校の先生が教室で子供たちに何か質問する。ハイ、ハイ、ハ〜イと10人の子供が元気に手を挙げる。先生はA君に当てて答えさせた・・とさ。
ほら、ご覧なさい。先生はここでもう差別している。
先生は何故にA君を選び、他の9人を無視したか。差別しているではないか。

現実に、所謂「モンスター・ペアレンツ」はこんな理由で教師を訴えるのだ。「うちの子が差別を受けた」とか言って息巻くのだ。

「差別」と云う言葉が出されると人は大概恐れ入る。常識で「差別は悪」と思い込んでいるし、自分は差別した意識がないから差別に慣れていない。

言葉は正確でなければならない。
差別は悪くないし、差別は正しいのである。
許せないのは「不当な差別」である。

性別、人種、門地、年齢、出身などを理由にした差別は不当であり、許されない。
男に生まれるか女に生まれるか、金持ちの家に生まれるか貧乏家庭に生まれるか、どの国に生まれるか・・などはその人が選択できないのだし、努力で克服できない宿命。
だから、これらを理由にするのは不当と言われる。

正しくは・・差別が問題なのではなく、不当かどうかが問題なのだ。

tokaちゃんは、もっとよく考えなさい。

Re: 横 Re: 埒外の身分

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/09 11:01 投稿番号: [186556 / 196466]
>世間一般的な了解では、区別は良いけど、差別はダメですよね?
つまり、差別とは不当な理由で差をつけて不利益をこうむらせることを言うのであって、正当な理由であれば、差別とは言わないというのが現在の共通認識だと思うんですね。
<<<


何が共通認識だ、これでも教師か、よく笑わせるなよ。
差別、区別が別に元来いいもわるいもないことだろう。
問題なのはその目的はなんだと問われるだけのことだろう。

商品の差別化、市場差別化戦略

>差別一般が悪いのではなくて、不当な差別が悪いんだみたいな?
<<<

アホか、
ナニに関しても、「不当」と言い出してしまえば、
なんでも駄目なんだよ。

>凡人=大多数の一般人が共通認識として理解している言葉を、勝手に違う意味として使って論を進めるので、常識から逸脱した身勝手で偏った結論になってしまうのだと思います。
<<<

大多数の一般人ってなんだかね?(笑)
凡人って才能のない人でもあるんだろう。
才能のない人で尚且つ多数からの結論がそもそも駄目じゃないのか?

だから、お前らがいつもナニに関しても強調しないと、意味がわからなくなっているんじゃないのか。
だから、センミンは、お祭り選挙という神事を行っても、後から毎日くそ便を食らっている感じだろう。笑

既に言われたかと思うが、全体を通して趣旨を理解しろってのことだよ。笑

神事といえば、神に全身全霊のすべてをささげる行事じゃないのか。
興行って、懐に銭ってなんなんだい、センミンのやることだろう、
しかも八百長ってよ。
文化、文化ってどこまでアホやら。笑
自殺でも、日本の死生観の文化って、
学校虐めも、大人になる教育って、
、、、
嘘ついても謙虚だのと、
、、、
凡人は、日々凡人のことだろう。

相撲取りを業とするものが凡人認識の差別でセンミンから這い上がって、
出自は所詮センミンだったんだろう。自覚しろだけのことだろう。

認識差別の変化がなければ、相撲取りがいきなり神事となれることもなかろう。

相撲取りが天皇系との係わりが深いと洗脳されただけで、
妙に「神密」となり、そして神聖になってしまった凡人達よ。笑

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/09 09:43 投稿番号: [186555 / 196466]
私のことを買っていただいてありがとうございます。
恐縮ですが、実は買い被りです。

前掲レスでnihaoさんのレスのテーゼと彼の文章の主旨を取り上げても、私のことを本題を無視しての罵倒と言って賤民であるか否かに固執する君とは言いたいことがお互いずれている感じがします。

自分は文章全体の流れでこの人を何を言いたいかを判断するタイプです。ちょっとした隙で攻めていく真珠湾攻撃みたいな手法は不得手です。考えてみれば、この板の住人は大体自分で問題提起し、意見主張を文章にする人が少なく、手当たり次第であらを拾って他人の後を追うタイプが多いようです。残念ですが、そんなことに貴重な時間を費やすようなことができません。何を言われようと徹底的に無視しています。

君にも他人の言動に左右されず、いつかスレを立てりっぱな書き込みをすることを期待しています。

あくまで個人的な感想ですが、気に留めていただければと思います。

では、楽しい掲示板生活を楽しんでください。

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/09 01:21 投稿番号: [186554 / 196466]
こんばんわ。

大夫=太夫

もともと、中国では「大」も「太」も同じ意味で、
古代でも大学があり、大学といっても太学といってもよかったんです。

日本でも、テンにとがなし、とか、咎なし点とか言って、テンなんか
あってもなくてもよかった、今のテストみたいにバツがついたりしませんでした。

現在では、ダイフと発音した場合、お医者さんのことをいいます。
ダーフと発音すると、古代の官職で、厳密にいえば時代によって
多少異なるのですが、卿の下、士の上くらいの地位です。

日本でも家老くらい。
大石内蔵助は、家臣から大夫(ダイフ)と呼ばれていました。

その呼称が支那から日本に入ってきて、高位高官の呼称になった、
それがだんだん、あらゆる分野に広がっていったのではないかと思います。

こんなのがありました。
http://blogs.yahoo.co.jp/ignatiusmariaiosephus319/1070458.html

ルンルンさんの、高貴なかたのお手を握った話、面白かったです。

時代劇を見ているとわかりますが、坊主の医者が高貴なかたの脈をとるのに
手を直接握ってはいけない、それで実際に困っちゃったそうです。
どうするんですかね、たぶん側のひとに見えないように、
布団の中とか袖のなかで直接触るんでしょうね。

昔、園遊会で、出席者のある婦人が皇后陛下のお召し物を褒めた、
それを見ていた人からこっぴどく叱られたという話をきいたことがあります。
お上のお召し物や持ち物を取りざたすることは、不敬なんですね。

許可なく直接はなしかけてもいけない。
時代劇で「直答を許す」なんてよく聞きます。
ドラマは時間の制約がありますから、まどるっこいことやってらんない。


>忌部さんと言う姓の神官系の名族がいますが・・
斎む、忌む・・もとは同義だったのか、両義があるのか、興味深く思えます。<


おっしゃるとおりなんです。
はふりの人たちは、それが神聖であるにしろ、穢れているにしろ、
農民が不可触としているものに触れる存在、不可知な神秘の世界とかかわり
を持つ人たちで、だからはふりそのものも、不可触と考えられていました。
ふつうの人が不可触とされるものに触れると禍のもとになると考えられ、
それを「忌」んだのです。

神聖にしろ賤・穢れにしろ、そういうものに触れても、自分も大丈夫、
ひとにも伝染させたりしない特別な力を身につけるために行う行為を
「斎」といい、どちらも「イミ」「イム」です。

のちに、このふたつを区分して、「聖」「浄」であるがゆえに
不可触の場合は「斎」、それ以外は「忌」を使うようになりました。


>あと、私のルーツは四国にあるのですが、<


四国では、土佐いざなぎ流が有名でしょう。
小松和彦『憑霊信仰論』を読みました、面白かったですよ。


昔はひとの名まえをよぶこともいんだのです。いみな=本名のことです。
そのためにあざなをつけました。
本名を呼んでもいいのは、親と教師とご主君くらい。


もし、よろしかったら以下もご覧になってください。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835006&tid=bcafld&sid=1835006&mid=5294

上記から連続して四つ、No.5297 まで。


それでは、おやすみなさい。

レスをありがとうございました。

.

Re: 横 Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/09 01:19 投稿番号: [186553 / 196466]
横横ながら、

私たちが何かの論争をするとき、言葉の定義は統一して置かなくては論争もかみ合いません。

夢更紗さんもご同意いただいたように、差別は、区別の方法です。差別は人間の上下を区別することであり、だから時には良くて時には悪いのではなくいつも悪いのです。

差別が悪いとは限らない、との前提は成り立たないと言うことです。これは私の感想ではなく、言葉の定義として決まっていることですので、外国人差別は良くないというのは、外国人が日本人に比べ劣っていると区別するのは良くない、との意味であり、これ以外の解釈はありません。

ただ、夢さんが持ち出したこの例では、外国人は劣った存在なので児童手当を支給するのは良くない、と言うのであれば、問題はそう言うことではないから、そのように書いた人は言葉の使い方を間違っていると指摘したわけでして、他意はございません。

芸能界で賤しいことが多いから賤しい業界だというのは事実でしょうが、芸能界は賤しい身分に生まれついたもの達の世界だというのはもちろん間違っています。区別と差別がごちゃ混ぜになった結果の認識でしょうね。

それも気になったので、よけいな一言を加えた次第です。芸能界のスキャンダルなど、別に驚くようなことでもないので、たくさんの例を示されたことに少々驚いた次第。よほど、賤しい身分の者共めがとお思いなのかなぁ。

ところで

>runrun様

アメノウズメノミコトの件をお出しになったのがあなたでないとするなら、では私の指摘を夢さんが勘違いされたのでしょう。神話ではありますが、日本では芸能の始祖として認識されていますので。インド生まれの弁財天よりも古いんじゃないかな。

横 Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/09 00:52 投稿番号: [186552 / 196466]
>区別なら、たとえば国籍によって日本人と外国人と分類するだけのこと。
だから、理性さんのおっしゃるように何も悪い意味はありません。

差別なら、日本人と外国人とを区別したうえで、日本人に対する待遇と、
外国人に対する待遇とに差をつけること、じゃないかと。

もし差別がわるいというなら、外国人参政権も朝鮮高校無償化も、
外国人へのこども手当ても、すべて反対することはいけないことになる、と。

差別がいけないのではなく、差別する内容のほうを問題にすべきだと
思いました。<

これって、すごい良くわかる感覚です。
私も同じこと考えちゃいそうです。

"不当な差別"みたいなこと言われることあるじゃないですか。
だったら、正当な差別とかあるんだ?みたいな。。
AをBと区別した上で、正当な理由の下に差をつけて別ける。
差別一般が悪いのではなくて、不当な差別が悪いんだみたいな?

世間一般的にそういう共通認識が成立しているのなら、ぜんぜんのーぷろぶれむだと思うんですよ。

でも、ちと違う。。

世間一般的な了解では、区別は良いけど、差別はダメですよね?
つまり、差別とは不当な理由で差をつけて不利益をこうむらせることを言うのであって、正当な理由であれば、差別とは言わないというのが現在の共通認識だと思うんですね。

言葉とはそういうものでしょお?
にーはおのバカがよく
"凡人は○○を□□と思っているが、実はそうではないのだ。○○は△△なのだ"みたいなことを偉そうに言いますが、
凡人=大多数の一般人が共通認識として理解している言葉を、勝手に違う意味として使って論を進めるので、常識から逸脱した身勝手で偏った結論になってしまうのだと思います。
アホのエロ赤狼やカスのjpjpはそんなことさえわからないようですが。。

また、いろいろとためになるお話を聞かせてくださいネ☆
でわでわ

Re: 埒外の身分>埒もない

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/09 00:23 投稿番号: [186551 / 196466]
ニイハオ翁さんは、ワタシをどうやら、組し易しとみているようで(大笑)

もともと、

>歌舞伎役者も相撲取りも、昔は大名・豪商の「お抱(かか)え」であり、身分的には苦界(廓)に生きる「女郎」と同じだった。
>役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚せねばならない。
No.186476 (ニイハオ翁)

とまで言うから、違うでしょ。
相撲取りは賤民じゃないでしょ。
といったまで。

それに対して、

>神事にかかわるから神聖と言いたいのだろうが、そうではないのだ。
神事にかかわるからこそ不可触の賤民となるのだ。<

と言ういきなりの決め付け(笑)

ニイハオ翁さんの言うとおりなら、神事に関わる人全てが
不可触の賤民になるよね・・・じゃ、いわゆる神官も?
宮司さんも、大宮司さんも、禰宜も、権禰宜も?

と言ったら、今度は、

>神社も同じなのだ。祓い清めているのは、その前に十分に穢れ汚れているからなのだ。
もとより、それが勤めであるから神社は穢れを嫌わないし、汚れを恐れない。<

とおっしゃる(笑)

でも、神事に関わるものが賤民である、という主張はどこにいったのかな?
スルーして知らんフリ?

それに、神社はやぱり、穢れを厭いますよ。
客観的事実として。

神社に、人の亡骸や死の穢れは持ち込めないからね。
何故注連縄があるのか?
結界でしょ。

それに、神事に関わる神官は、明らかに賤民ではないよね。
賤しい人・・とはされていないよね。
ソコソコの尊敬を集めてるんじゃないですか?
神主さんって。

あんまりごまかし、すり替えに走ってると・・・
ワタシが相手だから甘くみてるんだろうけど・・・

あなたは、マジメに

>だからこそ、ニーハオさんの相撲が賤である、という説に少し興味を
持ったのです。頭から否定してしまえば、そこで終わりですから。

その根拠をよくよくうかがってみるのも一興かと。
何か面白い話があるかもしれないし。<

お答えになった方がよかろうと。

児戯にも等しいすり替えに逃げておられれば(としかみえないんだけど)
面目まるつぶれでっせ(笑)

埒もない・・・。

Re: 埒外の身分

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/08 23:59 投稿番号: [186550 / 196466]
>日本における、記録された芸能の始祖は、るんるんさんだったと思いますが、
レスされていたとおり、天の岩戸の故事の天鈿女命(あめのうずめのみこと)
であろうと思います。<

私ではありません。少なくともニイハオ翁との流れで入っておりません(汗)。
お買いかぶりでしょう(笑)

いつも、夢更紗さんのカキコ、注目して拝読しております。

>わたしの人生経験も、読書量もたかが知れています。
自分の脳内にあることが世界のすべてではないとよく承知しています。<

と夢更紗さんが言われると、私などは滝汗なのですが(苦笑)。

>また「不可触」という言葉の意味するものに二通りあったと思います。
一般の者が触れてはならないものは「貴」と「賤」であり、
これはまた「不可知」なものです。

ああ、これはよくわかります。
私、かつて、ある事情で、足元の悪いところで、高貴とされる方のお手を取ってご案内する機会があったのですが、暗に直接手をとるな・・と(不可触!)、白いハンカチ越しにお手を取るように、
と言われたことがあります。
イマドキそれもなかろうし、危ない上に、却って失礼と思いそうはいたしませんでしたが、そうした感覚はあるようですね。

>「祝」「葬」「屠」はどれも同じく「はふり」と読みます。
「祝」は神に奉仕することを意味し神聖であり、
「葬」「屠」は不浄(穢れ)であって、
まったく相反する概念を持つ字であるにもかかわらず、です。

忌部さんと言う姓の神官系の名族がいますが・・
斎む、忌む・・もとは同義だったのか、両義があるのか、興味深く思えます。

あと、私のルーツは四国にあるのですが、
神官のことを「お太夫さん(おたゆうさん)」と申します。
コレも子供心にフシギで、しかし、
四国以外にそう呼ぶところもあるようです。

お太夫さんっていえば、
文楽義太夫の太夫とか、滝の白糸の「太夫」とか・・
(水芸をする芸人である主人公を太夫と呼んでました)、
吉野太夫とか・・
神官の場合、下級の神官のみ太夫と呼ぶのか・・・?

逆に、太夫と呼ばれれば、格式があることになるのか?
吉野太夫、竹本越路太夫とか言えば大名跡なんでしょうが。
どこかで相通じるのか?
太夫というからには芸がからんでいるのか?と常々フシギに思っていました。

まあ、辞書の意味では、

1 ⇒たいふ(大夫)12 神主・禰宜(ねぎ)などの神職の称。たいふ。3 御師(おし)の称。4 芸能をもって神事に奉仕する者の称号。5 猿楽座の座長。江戸時代以降は、観世・金春(こんぱる)・宝生・金剛の ...
(大辞泉)

なんですが。

単なる雑談です。
失礼しました。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 22:20 投稿番号: [186549 / 196466]
べつに理論でねじ伏せるつもりもありませんが、この件はニーハオ君の話題ずらしと阿呆達の罵倒>遁走だけで終わらせるのもどうかと思ったものですからね。

わたしも、一言だけ。

>少し前にトップトピで、
外国人へのこども手当て支給について議論していました。
そのとき、「差別はよくない」とレスをつけた人がいました。

その人の言葉の使い方が間違っていただけでしょうね。

Re: シナ人て

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2011/02/08 22:13 投稿番号: [186548 / 196466]
あ、どうも。

全く仰しゃる通りですね。

シナ人は何故、気狂いのような反日教育を行い、反中日本人を育ててご満足の屑ですから、こいつらそれがそれが無くなったとしても私は終生許す訳には参りませんね〜。

シナ人の反日教育が如何に凄まじいものか、日本国政府は日本国民に知らすべきですね〜。

日教組等が跋扈している内は、ダメなんでしょうかね〜。

日本立ち上がれと思う今日この頃ですね。

Re: シナ人て

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/08 21:07 投稿番号: [186547 / 196466]
シナ人は、自分のことしか考えない人が多いですね。

あれだけ人口が多いと他人のことに構っていたら競争に敗れてしまうのでシナ人には余裕というものがないのでしょう。

日本人を貶めることでしか自己満足を得られないシナ人が多いのも、そのようなシナ社会で心に歪みができたとしか言えません。

シナ人と言うのはどこの国に行っても、郷に入れば郷に従えができない人たちです。
挙句の果てに他国においてもシナ流を押し通しその国の文化を尊重しようともしないのがシナ人です。

そのためシナ人は各国でトラブルを巻き起こし、シナ人というだけで全世界で嫌われるわけですね。
北京オリンピックの聖火リレーで、日本にいる迷惑シナ人の傍若無人ぶりには多くの日本人がまゆをひそめていました。
シナ人は他国では謙虚に行動すると言う慎ましやかさがなく、厚かましく遠慮と言うことを知らない礼儀知らずの人たちです。

その点、日本人は礼儀正しい民族だと世界の人たちから評価されていますね。

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/08 21:06 投稿番号: [186546 / 196466]
今日は盛況ですね。


いろいろご教示いただきまして、参考にさせていただきました。

わたしは、何がなんでも自分の考えをひとさまに押しつけようとは思って
おりませんし、またそんなことができるわけでもないので、
この件について理性さんとのやりとりは、ここまでにいたします。


あと二点だけ、気にかかったことを申し上げておきます。


>差別とは悪い意味ですね。つまり人間の上下を言いますから。
ただし、区別には悪い意味はありませんね。<


少し前にトップトピで、
外国人へのこども手当て支給について議論していました。
そのとき、「差別はよくない」とレスをつけた人がいました。

わたしもそれまでは理性さんと同じように考えておりましたが、、
そのとき、もうちょっとよく考えてみたのです。

区別なら、たとえば国籍によって日本人と外国人と分類するだけのこと。
だから、理性さんのおっしゃるように何も悪い意味はありません。

差別なら、日本人と外国人とを区別したうえで、日本人に対する待遇と、
外国人に対する待遇とに差をつけること、じゃないかと。

もし差別がわるいというなら、外国人参政権も朝鮮高校無償化も、
外国人へのこども手当ても、すべて反対することはいけないことになる、と。

差別がいけないのではなく、差別する内容のほうを問題にすべきだと
思いました。

辞書によっては、「差別」をひくと、「くべつ」と意味が出てくるものも
ありますが、差別=区別ではないように思います。

まあ、現在の世間では、そこまで考えていないでしょうが。



>>>「人を以て、言を廃せず」といいますよ。<<
>ええ、でも言霊とは発する人間の魂が口から出てくるということです。
だから、軽々と発してはならないとされているのではありませんか。<


そうですね、誰の場合にもあてはまるんでしょうね。


その前に、「言を以て、人を挙げず」とあります。

.

Re: シナ人て

投稿者: eggusandot 投稿日時: 2011/02/08 20:51 投稿番号: [186545 / 196466]
シナ人よ、反省出来なきゃ猿にもなれぬ。

ってところでしょうか?

シナ人て

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2011/02/08 20:22 投稿番号: [186544 / 196466]
人間もどき動物と思うのですが。

ここに出てくるシナ人は、自国民を反省もしてないようですね〜。
シナ人の最低限の生活者には同情もするが、ここにびゃこするシナ人て、本当に自国の民衆の為、民衆のために活動しているとは到底思えませんね〜。

シナ人は極悪そのものと思う今日この頃。

天の岩戸沖縄県説

投稿者: eggusandot 投稿日時: 2011/02/08 19:50 投稿番号: [186543 / 196466]
天の岩戸があったと主張する場所は何カ所かありますが、その中に沖縄県伊平屋村があります。
そこまで主張する沖縄が古来から日本のものであったことは確かで、中国のものであるはずはないですよね。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 17:39 投稿番号: [186542 / 196466]
>君の勝利宣言ですか。好きですね。

君の思考力の上限に来ているので、これ以上展開しても意味がない。
よって、引き上げることにします。<


あら、あなたのこのレス方が勝利宣言にふさわしいと思いますが?

それとも、本題を無視しての罵倒はあなたの思考力の上限ではないとでも?


>数々の暴言、失礼しました。<

いえ、私があなたのことを実はとても買っていることはご存知の上でのことと思っています。
買い被り過ぎているのかもしれないと思うくらいにです。

ではいずれまた。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 17:26 投稿番号: [186541 / 196466]
>お笑いですね☆
ついに、本題を無視して罵倒をくりだし、逃げにかかりましたか?
ならば、いくら強がりを言ってもチャイニーズは死ぬまでチャイニーズのレベルにとどまると言ってさしあけます。
エロ赤狼、語るに落ちましたね。
嘲笑という言葉しか思い浮かびません。<

君の勝利宣言ですか。好きですね。

君の思考力の上限に来ているので、これ以上展開しても意味がない。
よって、引き上げることにします。

数々の暴言、失礼しました。

では、また。。。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 16:13 投稿番号: [186540 / 196466]
お笑いですね☆
ついに、本題を無視して罵倒をくりだし、逃げにかかりましたか?

それに

>まあ、所詮中学高校の教師にすぎない<


(* ̄- ̄)ふ〜ん   いつものことですがチャイニーズは差別意識が強いですね。

>いくら強がりを言っても中学教師は死ぬまで中学生レベルにとどまる。<

悔し紛れの世迷言ですか?
ならば、いくら強がりを言ってもチャイニーズは死ぬまでチャイニーズのレベルにとどまると言ってさしあけます。


>君にはちょっと残酷だけど、慣れているでしょ。<

はい、慣れています。
あなたたちチャイニーズが怖ろしく愚劣でバカだと言う事実に。

エロ赤狼、語るに落ちましたね。
嘲笑という言葉しか思い浮かびません。

でわ☆

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 15:50 投稿番号: [186539 / 196466]
心配していたんだ、気になっているなら、今夜空いてるっていえばわかるよね。

いくら強がりを言っても中学教師は死ぬまで中学生レベルにとどまる。将来が託されている教え子よりも哀れで、成長できないまま老けてしまう。

君にはちょっと残酷だけど、慣れているでしょ。

Re: 不可触の賤民とは・・

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 15:34 投稿番号: [186538 / 196466]
逃げて逃げて逃げまくって、どこまですり替えるのか見ものだわ。
さあ。もっと芸をしてごらん。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 15:25 投稿番号: [186537 / 196466]
おまえってさぁ、やっぱり心配していた通りのやつだったんだ。
そんな予感がしてたけど。。

バカなんじゃないの?
子どもの使いじゃないんだから、身分秩序と関係ない部分の記述だけ抜き書きしてよこしてどうするの?
そうじゃないでしょ。
今まで身分秩序としての賤民と表現してきたが、実はそうではなくてということをはっきりと述べてあるのはどこなのよって
訊いているのがわからないんだ?

( ̄○ ̄)ア( ̄о ̄)ホ!

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 15:14 投稿番号: [186536 / 196466]
まあ、所詮中学高校の教師にすぎないのだから、大事にはならないけれど、中学の作文優等生レベルの脳みそであることがわかる。
君の教え子がかわいそうなだけの話。

「芸能の命・・賤民」
役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚せねばならない。
実は、その精神こそが芸能の命なのだ。


「埒外の身分」
神はお客の中に混じってご覧あそばす。・・・精魂を尽くしてやらなければ神に対して不敬となるのだ。

中学の作文指導ではないし、おれにはそんな義務もない。
これぐらいのことがわからなければ、君は今日間違いなく日の丸だ。

不可触の賤民とは・・

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/08 15:13 投稿番号: [186535 / 196466]
私が話していること、これをトピずれと思う人がいるかも知れない。
だが、そうではないのだ。
日本人が日本の常識に拘泥し、それ以上の思考が停止するなら、外国人・・特に中国人なんかと討論する場合、一発でKO(ノックアウト)されると言いたいのだ。

「不可触の賤民」と言うなら、普通の人はインドあたりのカースト制度の最下層民などを思い浮かべる。ドロドロ、ボロボロで触るのも怖いような、そんなイメージか。

そうではないのだ。例えば神に奉仕するために差し出された童子や幼女などは、もちろん童貞であり処女である。彼らは神前に差し出された「生贄(いけにえ)、犠牲」なのであり、そうであれば世俗の者は彼らをどうすることもできない。

彼らの姿がどんなに美しくても、世俗の感覚で彼らを我が手に奪うことはできないし、結婚などはあり得ない。もとより彼らに懸想するなどは考えられないことであり、たとえ国王と云うぐらいの権力者でも思うままにはできないのだ。
当然である、彼らは神に仕え、世俗を超越した存在なのだ。
「触ってはいけない」・・不可触とは本来そう云う意味なのだ。

世俗の秩序、世俗の身分から外れたところに置かれているのだから彼らは特殊な存在であり、世俗の常識から言うなら「賤民」となるのだ。
彼らの精神背景は神と交わる神域であるから世俗の権力を恐れる必要がなく、その意味で常に自由人なのである。

芸能の発祥とはそう云うものであり、それ故に神がかりなのだ。

古代、神に仕える者が禁欲だったと云うわけではない。古代、男女の関係は実に大らかなもので、巫女さんが望んで体を許すというなら、それは神との交合と云うことになる。
お祭りともなれば、村落の男女が暗闇の中で誰とも知らぬ相手と思いのまま、好きなように目合(まぐわ)ったのだ。「目合い」とはとはSEXのこと。それは一種、神との目合いであり、それで妻が身ごもったなら夫は神から授かった子として育てたのだ。

歌も踊りも芝居も相撲も、そのルーツを突き詰めるなら、それは「神への奉納」なのだ。
そこに奉職する者は世俗に於いては身分の埒外に置かれた特殊の存在なのである。
だから、芸人が芸を捨て、芸を忘れたなら、その身の賤しさ「いぬ、ねこ」以下であり、救いようがないのである。
芸人が人気を博したら神にも近づくが、反面、落ちぶれたら人とは見なされない。

Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 14:33 投稿番号: [186534 / 196466]
最初の命題からとことんずらして、遁走をはかろうとしているのがミエミエですね☆

こいつのクズ文に時間を費やすのが惜しいから、なにも書かないけどさあ。
また、爆笑もののこと書いてるわよ。

それに気が付かないカスのjpjpやエロ狼は誉めそやすのかしら?

笑っちゃうわね☆

知性の低い者同士で褒め合えばいいわ。

バカバカしい。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 14:23 投稿番号: [186533 / 196466]
>括弧付きの「河原乞食」以外に、いろいろ書いているから、片言隻句で文章の主旨からずれた議論はもともと無意味で成立しない議論です。<

テーゼって理解できてる?

それに、色々書いてあるその文章のどこに、身分秩序とは関係ない、おまえの言う賤という意味で使っているのだと書いてあるわけ?
書いてあるなら、その部分をはっきりと示してごらん。

要するにお前がこの程度の文章を読みこなすことができていないだけでしょ。
そのくせ、自分勝手に解釈してる。
もともと、話に口をさしはさむ資格さえないのよ。


>血が上るような議論はほどほどにしなさい。<

(゜Д゜) ハア??
なに言っちゃってくれちゃてるわけ?
印象操作のつもり?
血が上っていつもエロエロしているのはおまえでしょ。

Re: 埒外の身分

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/08 12:06 投稿番号: [186532 / 196466]
>あんた、神道がどんなに穢れを嫌うか、知ってる?
神事にかかかるからこそ不可触の賤民???
何寝言いってんだか。
祓いたまえ清めたまえ・・。
これが神道における祝詞の頻出フレーズ。<

思考が未熟なんだな。本質を見極める習慣がないから、こう云う常識的なことしか言えない。

神社の神職の日々のお勤めは、言うまでもなく、朝に祓い、夕に清めることである。祓い清めるのが神社のお勤め。
それでは、何故、かくも必死になって日夜、祓い清めねばならないか?

それは世の中も自然も、全ての人間が穢(けが)れに穢れ、汚れに汚れているからなのだ。
何をしなくても、ただ歳月が過ぎただけでも物は古び、穢れが生じ、汚れが積もり積もるのだ。

それら穢れ多き者どもが、どどっと神社に押し寄せる。
「穢れを祓い清めてくださいな」とお願いしに来るのだな。
つまり、神社は「汚れ、穢れ」が大集合するところなのだ。
神様も神職も大変だ。こやつら、とことん汚れ穢(けが)れた多数の輩(やから)を相手にして、祓(はら)い清めてやらねばならない。
それなのに、お賽銭はワンコイン(百円)しか出さないのだから、ずうずうしいにも程がある。

もっと、わかり易く言うならば・・だ、
例えば病院をご覧なさい。ここは病気を治療するところだけれど、その前に、ここには病気が大集合するところなのだ。
病院にやって来るのは病人ばかり。健康なら病院に用はないし、医者もいらない。
病院に集まるのは病人ばかりであり、ここではインフルエンザのウイルスも濃密に舞い飛んでいる。
医者は病原菌にまみれながら病気を治療しているが、反面、病気を嫌わず、恐れない。

神社も同じなのだ。祓い清めているのは、その前に十分に穢れ汚れているからなのだ。
もとより、それが勤めであるから神社は穢れを嫌わないし、汚れを恐れない。

キミは神社の神様、神職の皆様に感謝しなさい。
お賽銭も万札を出しなさい。

言葉の定義

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 11:12 投稿番号: [186531 / 196466]
について垢狼が何をほざこうと、別に検討する意味がないのは、このゴキブリの言葉自体がゴキブリの魂を吐露しているからだ。

言葉によって人を判断すべきではないと考えられる方もいるようだが、その言葉の定義は、それをはき出す者の在り方により真反対の者になる。

「馬鹿だなぁ」という一言でも、恋人の甘いささやきと特亜が日本人をののしる場合では全く意味合いもニュアンスも違うのであり、いちいち定義を確認する必要もない。

およそ、日本語をすさまじいまでに毀損している垢狼の言葉が、たまにまともを装ってはき出されても、いっさい検討の対象にならないのはそのためである。何しろ魂が腐りきって腐臭を放っているのだ。

わたしがニーハオ君に答えるのは、彼がそこまで日本語を毀損していないからだ。中国に取り込まれているとはいえ、彼が日本人であるだろうことは私は信じている。そのうえで、ニーハオ君は最初ニコのテーマが出されたMsg.186476で:

「歌舞伎役者は言うまでもなく、相撲取りも一般の芸能人も、さらに言うならスポーツ選手も同様に、極端な言い方をすれば、これらは全て「この世の泡(あぶく)」みたいな存在なのだ。

彼ら芸能人は人間社会の秩序の外、身分制度の埒外(らちがい)に置かれた存在であり、言葉は悪いが、その出自は「賤民階級」なのだ。
それは日本に限らず世界の何処でも、芸を売って銭(ぜに)を稼ぐ所謂(いわゆる)芸能人は特殊の階級であった。」

と相撲取りを賤民階級だと定義をしている。それでおしまい。議論の余地もない。

ゴキブリのがさごそ音など、無関係だ。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 10:43 投稿番号: [186530 / 196466]
訂正:

×そうでなければ、煎餅屋の看板に「食べる煎餅」って注を付けなければなりません。


○そうでなければ、饅頭屋の看板に「食べる饅頭」って注を付けなければなりません。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 10:33 投稿番号: [186529 / 196466]
>言葉にはその言葉の定義というのがあるわよね。<

だから、「お饅頭」の定義はなんですかね。
お前がお饅頭が痛いと言ったら、ああ、装填が欲しいものが壊れていると絶対瓦せんべいと間違えられないでしょう。
括弧付きの「河原乞食」以外に、いろいろ書いているから、片言隻句で文章の主旨からずれた議論はもともと無意味で成立しない議論です。

そうでなければ、煎餅屋の看板に「食べる煎餅」って注を付けなければなりません。

血が上るような議論はほどほどにしなさい。

Re: 読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 07:58 投稿番号: [186528 / 196466]
言葉にはその言葉の定義というのがあるわよね。

例えば、私が「お饅頭」という言葉を使ってパブリックに論じていて、みんながその論議に参加しているのに、
後から、実は私が「お饅頭」と言っているのは「ケーキ」と同様の意味で言っていたのだとか言い出したら、論議なんてなりたたないわよね。

エロ赤狼くんが言っていることは、そういうことよ。

にーはおのバカははっきりと河原者、賤民と言っているわ。
身分制度の賤ではないなど一言も言っていないでしょ。
言ってもいないことを、あなたが翻訳するのはやめてください。

読書ガイド nihao流の「賤」とは

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2011/02/08 03:41 投稿番号: [186527 / 196466]
確か、数年前にnihaoさんは自分がこの板で歌舞伎座の常連であるというようなことを仰っていた。
多分、各場所の千秋楽の日に指を咥えてテレビの前で優勝の瞬間を楽しみにしていただろう。
残酷なことに、現実は彼の中の威風堂々の力士像とはあまりにもかけ離れており、かなり落胆していると思う。

氏が言うように、相撲取りは常に「河原乞食」、「賤民」であること自覚しながら芸一筋に精進しなければ取るに足りない存在になってしまう。
賤民であるだのでないだの皆様が熱論を交わしているが、nihaoさんのお話の中心は、それではないようだ。

「君が代」の君は国王かそれとも国民かという問題と同じように、聖域の土俵に視線を向けている神も観客も渾然一体となっているのだ。
そんな聖なる存在を前に、穢れがなく美しい姿を見せなければならない。
そういう意味で、憚りながらこのわたくしでも相撲道の精髄を披露させていただくという敬虔な心持が必要である。誰もそんなことを強要しないけれど。。。

「モノづくり」立国が唱えられている現在、日本人特有の職人気質がすこぶる貴重なものである。
精密機械から、一本の箒にまで、随所に職人特有の丹念さが感じられている。
自分が直面する対象にそのような敬虔な念を抱いて臨まないと、世界から称賛されるmade in japanが誕生できなかったはずだ。
自分も周りの中国の同胞に日本人の職人気質が実に恐ろしいものだ、中国人もそれを会得できれば、中国製品も世界中に喜ばれるに違いないと言っている。

nihaoさんがいう「賤」とは身分制のそれと違って、自分が人生のすべて(金は別の話)をかけたものを尊敬し、いろいろな面でまだまだ不適格者だという自覚を持つことであろう。
もし、そんな心構えがなければ、神も民も眼中になく、邪道に入ってしまうだろう。

八百長サッカーを賭博対称にする支那人

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/08 03:05 投稿番号: [186526 / 196466]
中国のサッカーでは八百長は常識だ。

中国のサッカーでは賭博も常識だ。

八百長のサッカーに熱狂する中国人は、八百長による事前の取り決めどおりに勝敗が決しなかったら、賭博で賭けたお金を損すると言って憤る。

それが支那のサッカーの支那人観客の常識です。

ちゃんころ支那助満州人jpjptmd2004

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/08 03:00 投稿番号: [186525 / 196466]
日本の文化のイロハも理解していないjpjptmd2004よ、ちゃんころ支那助満州人の恥を晒す投稿を繰り返すなよ。

Re: 埒外の身分

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/08 01:11 投稿番号: [186524 / 196466]
>つまり、日本の国技は他人を騙すこと<<<

逆に考えると、「メール通りの勝敗」で他人をよ〜騙すから、どう持ち上げようとも、八百長を洗浄排除しようとも、言うとおりの、期待通りの国技にはなれていない。笑。


所詮、相撲取りの土壌は猿楽や能と同じだ。

「新田さんの説によれば,相撲節によって一定の様式化をはたした相撲は,やがて庶民の娯楽として普及するところとなり,相撲人の系譜につらなる人たちは社寺の祭礼相撲へと転じ,次第に芸能化していった,という。しかも,その土壌は猿楽や能と同じで,地方の社寺を巡回する芸能集団を形成して相撲人の命脈を保った,という。したがって身分もきわめて低く,猿楽などと同様,賤民あつかいをされながら,地方の社寺の祭礼を彩る芸能の一つとして相撲が演じられていた,というのである。」

http://inamasa.blogspot.com/2010/09/blog-post_28.html

どう宇宙エレベーターへ持ち上げて打ち上げても、このままではな、
プロレスの試合後に、神事を行わせて、神事にしたほうがよっぽと面白い、ような。

猫騙し!

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 01:01 投稿番号: [186523 / 196466]
>riseidekanngaeruさん、もう口をさしはさんではダメよ☆
そのことは、あなたならわかるでしょお?

あ、ちょっと一足遅かったです。レスしてしまいました。まあ、ニーハオ君と論争は意味もないのでもうしませんが、ちょっと夢更紗さんの見解に興味があったものですから。

そういやぁ、だぼハゼが合間に食いついてますね。刻んでこませにします。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 00:58 投稿番号: [186522 / 196466]
>「正業」とはなんでしょうか、「賤業」とは何でしょうか。

私の言う正業とは、いわば本業と同じ、副業に対するものとお考えください。辞書では社会で認められているまともな職業という意味ですが、売春も役者にとっては社会に認められている仕事の内だ、という意味です。賤業とは、文字通り賤しい職業であり、時代によって定義が変わります。

今は売春は賤業でしょうが、私の言っている時代では正業です。ディックミネの時代でも正業だったということです。ただし、社会が変わっても、ディックミネの意識は変わっていなかったと言うことですが。しかし、今は芸能界でも賤業と意識されているから、それをおおっぴらには言いませんね。

>しかしその記述によって、誰もがそういったことを容認し
>歓迎していたと受け取ることは早計だと思います。

誰でも、の範疇が明らかではありませんが、当時の社会常識では別にふつうのことだったようですよ。ただし、娘を売る行為自体がやむを得ずしたのであって、誰もがふつうに行ったわけではないでしょう。賤業だからではなく、過酷な環境に娘を追いやることにためらいがあったわけで、それは小さな子供を丁稚奉公に出すのと同じような感覚だったと思われます。

ご存じのことでしょうが、江戸時代は女日照りで、町人の男はなかなか結婚できなかったのが実情です。だから吉原が必要だったのですが、それと女性が習い事をしてどこかの旦那に囲われることは別に珍しいことでもなく、結局只でさえ少ない女性が金持ちや武士のものになってしまったから、ますます江戸の女日照りが深刻になったといわれています。

>それは役者の世界という特殊な世界で当たり前のことであって、
>世間一般では当たり前のことではないですから、
>ニーハオさんのご指摘のように「賤」なのではありませんか。
>ニーハオさんも同じ趣旨の発言をしておられますよ。

ここで、賤の定義ですが、本来賤民とは賤しい身分に生まれついた者を言います。賤しい行為をする者が賤民なのではありません。現在の芸能界について言えば、賤しい行為が一般社会とは別の基準で正当化されているのは事実でしょうが、それは芸能人が賤しい身分に生まれているからではありません。

>まあ現在の日本では、中学生・高校生までも援助交際とかいう言葉で実態を
>ぼかし売春をやっているのですから、普通と賤の境界もなくなりつつあります。
>嘆かわしいことだとわたしは思いますが。

嘆かわしいですね。つまり、売春のみが賤しいとも思いませんし、政治家実業家などにも賤しいことをする人間は多々居ります。

>差別という言葉にもともと悪い意味はなかったと思われます。

差別とは悪い意味ですね。つまり人間の上下を言いますから。ただし、区別には悪い意味はありませんね。

>だから、ニーハオさんは「賤」と定義なさったのではないかと推測します。

推測しても仕方がありませんが、そうであれば明らかに間違いです。

>歴史的にみて、芸能が賤業とされていたことは間違いありません。

つまり、武士がたしなんだ能や舞も賤しいと言うことでしょうか。武士の教養として大いに発展したはずだし、世阿弥などは公家と同等に取り立てられ(まあ非難はあったとのことですけれど)ています。芸能が賤しいと思われていたわけではなく、そのようなことを行う者がいたと言うこと。ただし、売春をしていたから賤しいというわけではないでしょうね。

水戸光圀に切られた藤井紋太夫も一説には能役者だったといわれていますが、家老職だったはず。芸能にも様々ありひっくるめて芸能が賤しいと決めつけるのは間違いです。

>やっていることは「賤」の部類に入り、その仲間になれば、もともと
>「賤」でない人でも「賤業」に就いたということになるのではないですか。

それはあなたの分類分けですね。賤しいことをする連中が今の芸能界には確かに多いですよ。

>芸能界とはこういうところです。昨夜のぶんにプラス。

>「賤」といわずして何を「賤」というのでしょうか。

これらの行為は賤で間違いないでしょうね。でもアメノウズメノミコトの時代から一貫して賤だったかどうかは別の話だし、賤を行う輩は芸能界の他にもたくさんいますよ。芸能界には賤が多いでしょうが、彼らが生まれつき賤しい身分に生まれついたと言うことではないでしょうね。

>「人を以て、言を廃せず」といいますよ。

ええ、でも言霊とは発する人間の魂が口から出てくるということです。だから、軽々と発してはならないとされているのではありませんか。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 00:57 投稿番号: [186521 / 196466]
いろいろご丁寧に回答いただき恐縮です。

とりあえず、要点のみ感想を述べさせていただきます。必ずしも反論ではありませんが、すこし焦点がずれていると思いましたもので。

>相撲の起源は、――釈迦に説法・班面弄斧かと思いますが――

>ここには、どう見ても「賤」の要素はありません。

相撲の発祥伝説については存じておりますし、ここに賤の要素は全くありません。ただ、賤の定義については後述します。

この発端はあくまでニーハオ君が相撲は選民の業としたことに対する指摘であり、それ似たいし、彼が話題をずらしてきたことが問題と言うことです。ですから、芸能については、あらかたあなたに同意しますが、2,3気になるところはあります。したがって、ニーハオ君の相撲選民論はすでに論破したと言うことで、芸能に対する認識を少し述べさせていただきたい。

>>>2)芸能の始祖は巫女など、神事に関わっていた<<
>>これは一例でしかなく、芸能がすべて神事に関わっていたわけではない。<

>日本における、記録された芸能の始祖は、るんるんさんだったと思いますが、
>レスされていたとおり、天の岩戸の故事の天鈿女命(あめのうずめのみこと)
>であろうと思います。

るんるんさんのご指摘は知りませんが、私も指摘しております。いわば常識であろう事柄ですから。

>ニーハオさんのように、巫女も芸能の範疇に入れるかどうかはちょっと・・
>というところですが、
>白拍子は巫女のなりをして歌と踊りと春を売っていました。

存じておりますが、これも彼ら彼女らの正業の内だったということであり、賤しいからと憂いことでもなかったと思われます。名前ばかりのことですが、比丘尼という売春婦もおりましたしね。

>専業と余技とは違います。

むろん違いますが、芸能という行為が賤しく見られていたわけではないということです。

>一座を入れてくれない農村もあった、ということでしょう。
>理由は「賤」のほかにもあると思います。

私もそう書いているつもりですが。すなわち賤民として排除されたのではなく他の理由があったのだろうし、なにしろ小説の中のこと、川端康成の分身、「私」と踊り子の世界の遠さを表現したものだと解釈したのですが、むろん、川端君に聞いてみなくては分かりませんね。事実を書いたかどうかも含めて。
>
>人はどの民族であれ、基本的に芸能を好みます。
>おっしゃるとおり、一座を作って農閑期に出稼ぎに行ったり、
>個人でお正月などに漫才をして歩いたり、胡弓や三味線で
>かどづけをしたり。ただ、これらはあくまで副業です。
>収穫後のお祭りに演じられる地域の村芝居を担っていたのは、
>そこの土地の農民でした。

ええ、副業でしょうが、観る側からすれば芸能を行う一団ですよ。また専業の旅役者や踊り子の一団も全国を行き来していて、観る方がそれを副業専業で区別していたと思いますか。上手か大根かで投げ銭も変わったでしょうけれど。

>「賤」というのは実は「貴」と表裏一体の関係にあります。
>以下は中国の例ですが、
>流れ者の盲人芸能者が、神格化されていると描写された作品があります。
>日本も同様の意識があった場合もあった(笑)と思われます。

世界中でありますよ。ミストレルは当時は唯一のニュースソースでしたしね。

>>さらに売春が正業の一種と考えられていた時代、
>売春=賤しいものとの決めつけはできません<

つづく
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