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Re: 埒外の身分

投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2011/02/08 00:15 投稿番号: [186520 / 196466]
>日本文化の象徴とも言える相撲に目をつけたのもそれが目的でしょうね。<

「日本文化の象徴」=「相撲」?

なるほど!

しかし、爬虫類は2011/ 2/ 7 8:05 [ No.186499 ]にこう書いた:

>相撲の八百長など昔から半ば常識で、楽しくだまされる面もあることも考える必要があるでしょうね。あれが純粋なスポーツになってしまったらつまらないですよ。 <

よく日本人から聞いた:「相撲は日本の国技です。」

「相撲の八百長など昔から半ば常識」なら、日本の国技は馴れ合いもの、ぐるになってお客様、視聴者、日本国民を馬鹿にする、他人を騙すこと。

つまり、日本の国技は他人を騙すこと、日本の文化は売春だけではなく、他人を騙すこと。



納得!



Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 00:14 投稿番号: [186519 / 196466]
>『日本書紀』の該当箇所ですが「俳優(わざおぎ・はいゆう)」という言葉が
登場しています。
「ものまねをしたり、おかしなことを言う」という意味です。
だから、まともな句は「和歌」であり、おかしな句は「俳句」といいます。
「俳優」がこのように古い言葉だということは驚きです。<

(ノ゜⊿゜)ノびっくり!!
すごい勉強になります。

Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/08 00:11 投稿番号: [186518 / 196466]
riseidekanngaeruさん、もう口をさしはさんではダメよ☆
そのことは、あなたならわかるでしょお?
お二人の間の学術的なお話しを見守りましょう。

つかぁ、あたしには専門的過ぎてついていけないけどぉ

それに、やっぱりあたしにとっては、にーはおはただのバカなんだけどねー

(〃^∇^)o_彡☆あははははっ

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 23:52 投稿番号: [186517 / 196466]
芸能界とはこういうところです。昨夜のぶんにプラス。

★ A という女性歌手。
「A を慰めにいかせましょうか」と事務所に売られていた。

★ H という女優。
清純派で売っていたが、スポンサーがいることを暴露され、テレビ・映画に
出演することができなくなり、ほそぼそと舞台女優をしている。
演技派ならモンダイなかったかも。

★ N という女性歌手。
売れないとき、売れない漫画家と同棲していた。
ホステスのアルバイトをしていてスポンサーを見つけ、
漫画家を捨てて売り出した。
後に漫画家も有名になり、そのいきさつを実名で漫画に描いた。

★未成年をグループで売り出すことが得意のプロダクション。
社長と少年たちとのスキャンダルが発覚。

★ M という男優。
知人がこの男優の所属する劇団の支援をしていた。
知人が聞いたその男優の言葉。
「この世界はめちゃくちゃなんだ」
「僕たちはもう汚れきっていて、普通の人とは結婚できない」
そして東京に出てそこそこ有名になったが、新人女優をどうこうしたという
女性スキャンダルでほとんど出てこなくなった。

★ 有名老女優と不自然な関係の若い歌手。好かれたら断れない。

★国民的大歌手(女性)。
自宅御殿に若い男優を寄宿させ話題になった。断れない。

★ H という男性歌手。妻がテレビで暴露した。
H が新人のとき、ある歌手に「そこにすわれ」と命令され、
すわったら頭の上から放尿された。

★シンスケが「言葉遣いが悪い」と事務職員を殴って告訴されたのは有名。


少数例ですが、これが芸能界です。一般社会ではありえません。
現在の芸能界は最早「賤業」ではなくなったかもしれませんが、
実際に行われていることを
「賤」といわずして何を「賤」というのでしょうか。


>あなたも、阿呆達がこれに食いついて来ても
相手にされない方がいいと思います。<


「人を以て、言を廃せず」といいますよ。

.

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 23:51 投稿番号: [186516 / 196466]
差別という言葉にもともと悪い意味はなかったと思われます。

また「不可触」という言葉の意味するものに二通りあったと思います。
一般の者が触れてはならないものは「貴」と「賤」であり、
これはまた「不可知」なものです。
同類と異類、同質と異質を区別するものであり、
内と外とを区別するものであり、
定住者と漂白者を区別するものであり、
生産する者と生産しない者を区別する概念が含まれています。
その後者に述べたもののうち「貴」を除いた者が「賤」なのです。
そこで相撲について考えてみますと、後者に該当するが「貴」とは思えない。
だから、ニーハオさんは「賤」と定義なさったのではないかと推測します。

また「不可触」「不可知」には「差別と憧憬」「賤視と畏敬」
「汚穢と神聖」が混沌と入り混じっているように思います。

「祝」「葬」「屠」はどれも同じく「はふり」と読みます。
「祝」は神に奉仕することを意味し神聖であり、
「葬」「屠」は不浄(穢れ)であって、
まったく相反する概念を持つ字であるにもかかわらず、です。
「葬」は、草むらのなかに死体があることを表現している字です。
草むらに死体を捨てに行く「賤」の仕事をしていた人がいました。
中国もついこのあいだまで、幼児が死ぬと死体処理業者にまかせました。
業者はむしろで死体をくるんで、どこかに捨てに行きました。
ただし、「祝」には「のろう」意味もありますが。

こういったところに今われわれが議論をしている原因があるように思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

相撲が「賤」であるとは思っておりませんが、
芸能界で多く行われていることは、間違いなく「賤」であると思います。
「賤」を行う仕事、あるいは「賤」を必要とされる仕事が
「賤業」であることは自明の理ではありませんか。
どのように言を左右しようとも。

ただし、全員とは言っておりませんので念のため。

歴史的にみて、芸能が賤業とされていたことは間違いありません。
現在、そういう意識は薄れてきており、実態も昔とは変化していますが
やっていることは「賤」の部類に入り、その仲間になれば、もともと
「賤」でない人でも「賤業」に就いたということになるのではないですか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

つづく

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 23:47 投稿番号: [186515 / 196466]
>>3)伊豆の踊子一行は農村で入るなと言われた。<<
>それならなぜ旅役者や旅回りの舞踊団が成り立つのか。
旅回りの芸人は農村で受けれらていたから。
また、農民が、農閑期に芸能一座を作って全国を回る例もあった。<


専業と余技とは違います。

一座を入れてくれない農村もあった、ということでしょう。
理由は「賤」のほかにもあると思います。
自分たち農民とは異質の世界に棲息している、ちゃらちゃらしたどこの
馬の骨ともわからない若い男に娘がたぶらかされたらたまらん、
とか、以前にやってきた一座が盗みを働いたとか・・。

人はどの民族であれ、基本的に芸能を好みます。
おっしゃるとおり、一座を作って農閑期に出稼ぎに行ったり、
個人でお正月などに漫才をして歩いたり、胡弓や三味線で
かどづけをしたり。ただ、これらはあくまで副業です。
収穫後のお祭りに演じられる地域の村芝居を担っていたのは、
そこの土地の農民でした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

「賤」というのは実は「貴」と表裏一体の関係にあります。
以下は中国の例ですが、
流れ者の盲人芸能者が、神格化されていると描写された作品があります。
日本も同様の意識があった場合もあった(笑)と思われます。

URL を貼りませんが、興味があったら「鹿鳴」No.5229のロムを。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

>さらに売春が正業の一種と考えられていた時代、
売春=賤しいものとの決めつけはできません<


「正業」とはなんでしょうか、「賤業」とは何でしょうか。

たしかに女性史の本を読むと、江戸時代に貧しい農村の娘が都市に
売春の出稼ぎに出て、お金がたまると村に帰って結婚する、
ということは書いてありました。
しかしその記述によって、誰もがそういったことを容認し
歓迎していたと受け取ることは早計だと思います。


>ディックミネが女性関係でスキャンダルを書き立てられた時、
フアンサービスをして何が悪いんだ、ときょとんとしていたとか。
贔屓に対し体でサービスするのは役者の当たり前の仕事だった面もあります。<


それは役者の世界という特殊な世界で当たり前のことであって、
世間一般では当たり前のことではないですから、
ニーハオさんのご指摘のように「賤」なのではありませんか。
ニーハオさんも同じ趣旨の発言をしておられますよ。

まあ現在の日本では、中学生・高校生までも援助交際とかいう言葉で実態を
ぼかし売春をやっているのですから、普通と賤の境界もなくなりつつあります。
嘆かわしいことだとわたしは思いますが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

つづく

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 23:41 投稿番号: [186514 / 196466]
>>2)芸能の始祖は巫女など、神事に関わっていた<<
>これは一例でしかなく、芸能がすべて神事に関わっていたわけではない。<

日本における、記録された芸能の始祖は、るんるんさんだったと思いますが、
レスされていたとおり、天の岩戸の故事の天鈿女命(あめのうずめのみこと)
であろうと思います。

又&#29480;女君遠祖。天鈿女命。則手持茅纏之&#30687;。立於天石窟戸之前。
巧作★★★俳優★★★。亦以天香山之眞坂樹爲鬘。以蘿。〔羅。此云比舸碇。〕
爲手繦。〔注釈 : 手繦。此云多須枳〕。而火處焼。覆槽置。
〔注釈 : 槽。此云于該〕顯神明之憑談。是時天照大神。聞之而曰。
吾比閉居石窟。謂當豐葦原中國。必爲長夜。云何天鈿女命。&#22129;樂如此者乎。
乃以御手。細開磐戸窺之。時手力雄神。則奉承天照大神之手。引而奉出。

又&#29480;女君(さるめのきみ)の遠祖、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、則ち手に
茅纏(ちまき)の&#30687;(ほこ)を持ち、天石窟戸(あまのいわやと)の前に立ち、
巧みに★★★俳優(わざおぎ)★★★を作す。
亦た天香山の眞坂樹(まさかき)を以て鬘(まんorかつら)に爲し、
蘿を以て〔羅。此に比舸碇(ひかけ)と云う。〕手繦(たすき)と爲し
〔注釈 : 手繦。此に多須枳(たすき)と云う。〕火處(ほところ)に焼き、
槽(うけ)を覆(かぶ)せ置く。〔注釈 : 槽。此に于該(うけ)と云う〕。
神明の憑談(ひょうだん)を顯(あきらか)にす。
是の時天照大神、これを聞きて曰く、吾れ比(このごろ)石窟(いわや)に閉居
(へいきょorこもりおり)す。謂(おも)うに當に豐葦原の中國(なかつくに)
は必ず長夜(とこやみ)爲(た)るべし。
云何(いかんぞ)天鈿女命、&#22129;樂(ぎゃくらく)すること此(か)くの如しや。
乃ち御手(みて)を以て、磐戸を細く開きてこれを窺う。
時に手力雄神、則ち天照大神の手を奉承(ほうしょう)して、
引き出で奉(たてまつ)る。


『日本書紀』の該当箇所ですが「俳優(わざおぎ・はいゆう)」という言葉が
登場しています。
「ものまねをしたり、おかしなことを言う」という意味です。
だから、まともな句は「和歌」であり、おかしな句は「俳句」といいます。
「俳優」がこのように古い言葉だということは驚きです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ニーハオさんのように、巫女も芸能の範疇に入れるかどうかはちょっと・・
というところですが、
白拍子は巫女のなりをして歌と踊りと春を売っていました。

芸能がすべて神事にかかわっていたのではない、とはおっしゃるとおりなの
でしょうが、いろいろ書かれているように農事とは結びついていましたね。
農事と暦と神事には深い結びつきがあります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

つづく

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 23:40 投稿番号: [186513 / 196466]
こんばんは。

>>1)相撲も芸能界も同じ賤しい存在だ<<
>これは全くの嘘<


相撲の起源は、――釈迦に説法・班面弄斧かと思いますが――
古代における野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)の
御前試合です。
この野見さんが菅原道真のご先祖とされています。
ここには、どう見ても「賤」の要素はありません。

わたしは、相撲に関しては、ニーハオさんのいわれるような
「賤」ではないと考えております。
これまでわたしが読んだ本、学んだことのなかのどこにも「相撲は
賤である」と書かれたものに遭遇したことは一度もありません。

先のレスの冒頭で「・・・思います。」という表現にしたのは、
ニーハオさんの説が珍説であるので、
その由来を知りたいという気持ちがあったからです。
どこからその根拠を持ってきたのか、或いは誰の何という本に書いてあるのか。
しかしまた、はっきりとそれを尋ねても、ニーハオさんの提示された本を
取り寄せ、すぐに読む時間がとれるかどうか・・
そういう迷いがあって「思う」という曖昧な表現にしたのです。

わたしの人生経験も、読書量もたかが知れています。
自分の脳内にあることが世界のすべてではないとよく承知しています。
だからこそ、ニーハオさんの相撲が賤である、という説に少し興味を
持ったのです。頭から否定してしまえば、そこで終わりですから。

その根拠をよくよくうかがってみるのも一興かと。
何か面白い話があるかもしれないし。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

つづく

jpjpちゃん。

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2011/02/07 23:01 投稿番号: [186512 / 196466]
お前何で日本国に棲息するんや〜。

遣日使として日本国に来て、散々反日して、偉大なる華夷秩序を叫んでいるのかね〜。

孔建がテレビに出ていたが、孔子の子孫で論語を振りまいていたな〜。
ま、地下の孔子とはもう何の関係もないのが、おまえらシナ人の民度そのものよの〜。

Re: 回答

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/07 20:04 投稿番号: [186511 / 196466]
なに誤魔化そうとしてるのよ?

それで、トピずれは?

どうせニーハオに向かって言えないとは確信していたけどさぁ

おまえ、だらしがない男なのね。

ダブスタチャイニーズなんて、もともと信用力ゼロなんだけどさぁ、おまえほどでたらめだと何を言っても誰も信じないのよね。

豚の鳴き声程度にしか感じなくなっているわけ。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/07 19:18 投稿番号: [186510 / 196466]
ニーハオに対する分析としてはおっしゃるとおりなんでしょうね。でも馬鹿ほど、自分が馬鹿であることを知りません。だから、言ってるそばからでたらめだと見抜かれていることももちろん知りません。もともと馬鹿なのか、中国に取り込まれて馬鹿になったのか・・・おそらく両方だと思います。


案の定売春ネタに食いつくだぼハゼ馬鹿も本当にわかりやすい馬鹿、でも自分では馬鹿だと知らない馬鹿。

ま、本当に論ずる意味はないんですが、夢更紗さんが引っかかったようなので、この方は非常に真摯な方ですから、まさかこれほどの馬鹿がいるとの認識をもしかしたらお持ちではないのかと、ついお節介を焼いてしまいました。

しかし、日本をおとしめるためならどんな嘘でもためらい無く口にする連中だとは日々認識を新たにしています。日本文化の象徴とも言える相撲に目をつけたのもそれが目的でしょうね。

Re: 回答

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/07 19:05 投稿番号: [186509 / 196466]
>国技なら、外国には受け入れてもらえる。
>単に神事としたら、受け入れてもらえないことも起きる。


jpjptmd2004はどうしようもない馬鹿だな。
相撲は神事だからそれが理解できないで受け入れられない国には受け入れられなくて良いんだよ。
そんな国には行くだけ無駄。
相撲の意味すらわかっていないjpjptmd2004が日本に留学したと自慢しているなんて、jpjptmd2004は何のために日本に留学したのか。
日本文化の真髄すら理解できないなら、日本に留学する意味はない。
jpjptmd2004は新宿歌舞伎町で密航してきて日本で売春する中国人売春婦と遊びたかっただけなのか。

中国が外交樹立で日本に送りこんだのは

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/07 18:59 投稿番号: [186508 / 196466]
>日本の大相撲は、外交樹立当時、30周年の祝いとして、中国の表舞台に出たからな。

中国が外交樹立で日本に送りこんだのは売春婦と泥棒と密入国者だろう。

jpjptmd2004もコンテナに隠れて日本にやってきた密入国者の一人じゃないのか。
中国への帰国は強制送還を利用してタダで帰国したんだろう。
中国人は厚かましいわな。

ろくに何も知らないjpjptmd2004が、アホか

投稿者: dame_china_nante 投稿日時: 2011/02/07 18:53 投稿番号: [186507 / 196466]
>売春は日本の文化でもあるが、日本の憲法や法律で認められている職業ではないだわな。

中国の売春婦の数は世界一だわな。
中国では中学生ぐらいの少女も金目当てに売春を持ちかけてくるわな。
売春は中国の貧しい人たちの伝統的職業だわな。
それでも中国では売春婦を市中引き回して人権侵害を行っているわな。


>相撲取りは、半裸になって踏ん張って芸を売ってこそ飯が食える業である。
>いまのように思われるほどの神事ではなかったから、
>いまにいたっては、散々「迫害」受けてきたのではなかろうか。

アホか。
jpjptmd2004の日本留学はもぐりだわな。
相撲というものはもともと神の前で行う神事が出発点だ。
興行として相撲が行われるようになったのは、ごく最近のことだ。
jpjptmd2004はその程度の知識しか持ち合わせていないくせに偉そうにしたり顔で投稿したらいけないわな。


>国技館で行われているからって、大相撲は、一種のスポーツ競技にすぎず、国技ではない。

日本文化のイロハも知らないちゃんころ支那助満州人のjpjptmd2004が決めることではないわな。


>神事だの、神事だのと、精々神事を行う多くの行為のひとつに過ぎず、そんなに高尚なものではない。

神すら散在しない野蛮人のチャンころ支那助満州人のjpjptmd2004には、相撲が神事が最も大切なメインであり興行は付属物に過ぎないということすら理解できないんだわな。


>確かに初めて大相撲を観た時、珍しがって喜んでいた。

珍しがることぐらいしか相撲に関心がもてないjpjptmd2004には相撲と神事と日本文化のつながりすら理解できないわな、アホ。

Re: 回答

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/07 18:37 投稿番号: [186506 / 196466]
くそ便と同じく走婆も脳の皺寄せない。

国技なら、外国には受け入れてもらえる。
単に神事としたら、受け入れてもらえないことも起きる。

わかったか。

Re: 回答

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/07 18:31 投稿番号: [186505 / 196466]
笑わせるわね

トピずれはどうしたの?

逃げるんじゃないわよ☆

Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/07 18:30 投稿番号: [186504 / 196466]
ニーハオというバカの今回の最初の投稿はNo.186476で、そのテーゼは


"役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚し、そのことが芸能の命なのだ。"

というものでした。

大した知識などなくても、まっとうな日本人でしたら直感的にバカバカしいと感じます。
ですから、その後に百万言を費やそうと、こんなバカバカしいテーゼなど論ずるに値しません。

それに、芸能関係の人が河原者とされていたことなど、多くの日本人は知っています。
神様関係の人達がセンミンとされたなど、普通にはあり得ないことも知っています。

常識がどうのこうののレベルじゃありません。

意図的という疑いもありますが、長年この物体を見ていると、ただのバカなんだと思います。
知性が低いくせに、俺様俺様と目立ちたがる結果だと思います。

たぶん今回も、相撲の不祥事から芸能人を、そして河原者、センミンと連想して、思いつきのままにそのバカバカしさにも
気が付かずに書き散らかしたのではないかと思います。

まあ、バカをバカとあえて言わないと、騙されてしまう人がいるかもしれませんけど。。

Re: 回答

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/07 18:20 投稿番号: [186503 / 196466]
あほか、

日本の大相撲は、外交樹立当時、30周年の祝いとして、中国の表舞台に出たからな。

少しでも勉強しろや。

争点が、自分のことを、どの政党に尻尾を振るか、
日々、迷いにまよって走り迷う狗と思っているようだ。
どう走り迷っても、行き着くところはアメリカの走狗だろう。

Re: 回答

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/07 18:10 投稿番号: [186502 / 196466]
カスのjpjptmdじゃん。
ほら、ニーハオにトピずれは他でやれって言ってごらん。
いえるわけないわよねぇ
ダブスタご都合主義のCCPの狗だもんねぇ。

Re: 回答

投稿者: jpjptmd2004 投稿日時: 2011/02/07 18:05 投稿番号: [186501 / 196466]
くそ便じゃないか。

>這篇文章強調<<<

常識でも態々強調し話を進めたら、話にならんわな。

>職業無分貴賤,即使妓女也要在床上盡情討好客人,對不對?:)<<<

売春は日本の文化でもあるが、日本の憲法や法律で認められている職業ではないだわな。

くそ便は元々臭いから、いくら偉そうにいってもな、
法律においては、「職業無分貴賤」ではあるが、
職業に対して認識の差があるからな。


相撲取りは、半裸になって踏ん張って芸を売ってこそ飯が食える業である。
いまのように思われるほどの神事ではなかったから、
いまにいたっては、散々「迫害」受けてきたのではなかろうか。

国技館で行われているからって、大相撲は、一種のスポーツ競技にすぎず、国技ではない。

神事だの、神事だのと、精々神事を行う多くの行為のひとつに過ぎず、そんなに高尚なものではない。

相撲協会には、日本国からも資金を注ぎ、洗脳されて期待する日本国民も大いにいるようだが、どうも、歴史的にはチンピラなどの係わりもあってこそ発展してきた。
賎しいところがあったからこそ、時々禁止もされ、
日本の国民が外国人に自慢できるような競技へ、日本国民の期待を裏切らないように、賎しくやらんようにな。笑

確かに初めて大相撲を観た時、珍しがって喜んでいた。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/07 08:05 投稿番号: [186499 / 196466]
芸能界についてはおっしゃるとおりですし、だから、私ももし自分の子供が行きたいと言えば反対すると言っています。幸いそんなことはありませんでしたがね。

ニーハオ君の勘違いは

1)相撲も芸能界も同じ賤しい存在だ

これは全くの嘘

2)芸能の始祖は巫女など、神事に関わっていた

これは一例でしかなく、芸能がすべて神事に関わっていたわけではない。

3)伊豆の踊子一行は農村で入るなと言われた。

それならなぜ旅役者や旅回りの舞踊団が成り立つのか。旅回りの芸人は農村で受けれらていたから。また、農民が、農閑期に芸能一座を作って全国を回る例もあった。

ただし、私も認めているように、河原乞食といわれていたのは事実であり、売春と結びついていた面があったのも事実。しかしすべてではなく、さらに売春が正業の一種と考えられていた時代、売春=賤しいものとの決めつけはできません。

ディックミネが女性関係でスキャンダルを書き立てられた時、フアンサービスをして何が悪いんだ、ときょとんとしていたとか。贔屓に対し体でサービスするのは役者の当たり前の仕事だった面もあります。

ゆえに、あなたの指摘はあまり意味がありません。売春をしていたから賤しい身分というわけではなかったからです。まあ、例の馬鹿が飛びついてくる話題ですが、今から予想も付くので反応するつもりはありませんが。あなたも、阿呆達がこれに食いついて来ても相手にされない方がいいと思います。

河原乞食とは現代では芸能人に対する差別用語で、むしろ新しい言葉ですが、実際に昔彼らが賤民であったかどうかは確定していません。ただ、あなたも指摘されているように、昔から芸能界にはいかがわしいものが多く、現代でも子供があこがれることに危機感を持つ親がふつうでしょう。覚醒剤やしまりのない男女関係、元ちんぴら、ズベ公、暴力団との関係などなどたしかに軽蔑されても仕方のない状態も多くあります。もちろん、そうでない場合もありますがね。

芸能界の乱れは事実でも、ニーハオ君がそれをことさら強調し、相撲取りが同じだと言うこと自体が間違っていると言うことです。自分が不利になると黙るか話題をずらし、ずらした方で賛同を得ることで、もともとの自分のごまかしをあたかもそれも含めて賛同を得たかのようにしてしまう、中国論法を駆使するのが問題なんです。

趣旨をご理解ください。ニーハオ君は多分知っていての話題ずらしですから。

ちょっとずれますが、相撲は神事であり、そこから発展した興業であり、オリンピックのようなスポーツとは同じではありませんね。各地の神社などで、豊作を占う行事などがありますが、ほとんど豊作になるめでたしめでたしという八百長です。それが当たり前で、凶作になるという結果など出したりしたらもめますから。

相撲の八百長など昔から半ば常識で、楽しくだまされる面もあることも考える必要があるでしょうね。あれが純粋なスポーツになってしまったらつまらないですよ。

Re: 埒外の身分

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/02/07 02:47 投稿番号: [186496 / 196466]
ニーハオさんの説について、相撲は違うんじゃないかと思いますが、
芸能に関しては、ほぼ正しいと思います。

江戸時代の中ごろまで、
歌舞伎は非人頭浅草弾左衛門の支配下におかれていました。
ここから抜け出せたとき、歌舞伎界は狂喜乱舞したといいます。

出雲の阿国の昔から、否、それ以前から、
こういう芸能に必ずつきものなのが売春です。
これは現在の芸能界にもあてはまります。韓国でも問題になりました。

売れなくなった若い歌手・タレントが、テレビ局関係者と温泉に行く。
週刊誌にバラされて叩かれ、芸能生活が危くなる。
恋愛じゃなく仕事を得るためですよね。

枕営業を強要された歌手が自殺する。

ミス○○という人が芸能界に入るが、まともな人はほぼ一年前後でやめる。
枕営業の強要があるからでしょうね。そうした証言もありました。

男性でも同じです。
「オヤジ、涅槃で待っている」と言って自殺した俳優がいたそうですね。

ある有名な男性歌手は、若い頃、男色のスポンサーがいたということは
有名です。

芸能界は特殊な世界です。全部とはいいませんが、芸能界というところは
ソー○とドー○とザイ○○ばかりだ、というのが多くの人の認識です。

嘗て、わたしの親戚の中学生の女の子にも、芸能プロダクションから
勧誘がありました。
両親は烈火のごとく怒り、言った言葉が
「バカにするな。まだ、そこまでおちぶれていない」でした。

うちでもタレント志望の子をテレビなどで見ると、
「よく、親がやらすなあ」です。

よほど才能があって、自力で売れるシンガーソングライターみたいな
人なら例外かもしれません。事務所が非常に強くしっかりしているとか。

まあ、若い人たちの見方は、わたしのような中年とは異なるのかもしれません。

~~~~~~~~~~~~

相撲の四股とシコメがどうとかのウィキの記述の紹介がありましたが、
はじめて聞く説です。

歌舞伎の、花道で六方を踏むことと四股との間には関係があるように思います。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835006&tid=bcafld&sid=1835006&mid=326#under-deli

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835006&tid=bcafld&sid=1835006&mid=327#under-deli

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Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/07 02:11 投稿番号: [186495 / 196466]
>もちろん、時代が違うと言うなら、その通りなんだが。

もちろん、これも言えるが、相撲取りが賤しい身分という話からずれているな。相撲が芸能ではなく、また賤しくもなく、相撲取りが賤民でもないことは確認したのかね。

で、暇だからちょっとつきあってやろう。

子供がタレントにあこがれると反対する親は今も多いよ。あたしも同じ立場なら反対するだろうな。だが、それはタレントが賤しいからではなく、日の目を見るタレントは100人に一人も居なくて、しかも実力で必ずのし上がれるわけではないからだ。

それに、芸能界すべてがそうとは言えないだろうが、ろくに実力も経験もないのに売れる社会が正常とは言い難い。確かに子供を入れたいような環境の社会ではないからな。ちんぴらでもズベ公でも売れればなんぼという世界に入れたいとは思わないだろう。とにかく、その手のスキャンダルが多すぎる。

とはいえ、いちいちそんな目でタレントを見ているわけではないがね。本当にそれだけの理由や才能で輝いているタレントも確かにいるし、他の社会でも実力だけで完全にのし上がれるわけではないだろうからね。ま、子供のタレント志望を許すか許さないかは、人それぞれだな。

だが、そんな芸能界と、能、歌舞伎などの伝統芸能と一緒くたにしても意味はないぞ。君の屁理屈も意味がない。

伊豆の踊子の話がどうであれ、たとえば昔から各地に農民芸能が盛んにあり、農民歌舞伎などは文化遺産になっている。別に芸能や芸能をするものが差別されていたわけではない。

伊豆の踊子の例はあくまでよそ者排除であり、実際に彼らが旅をしながら農村を回って生活ができたのは多くの農村で受け入れらていた証だろう。結局、川端君の描写は、本人をモデルにした「私」と踊り子の距離を表現したにすぎない。この身分の違いをこんな形で描写する川端君もあるいみ鼻持ちならないがね。

>伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

あほぬかせ。そんなことを言い出したら、日本の芸能の祖はアメノウズメノミコトだ。巫女やそれから発生したと言われる白拍子も芸能の祖かもしれないが、農民達が自然に集まって舞い踊った田楽、猿楽が能に発展した。つまり、何が芸能の祖だと絞れるものではない。大名お抱えの御伽衆が落語や講談のはじめだとも言われている。

したがって、偉そうに

>芸能史を学ぶなら、これらのこと、基礎の基礎、基本の基本だぞ。
古代、神社で神に仕える「巫女(みこ)」などは当然処女であり、その美しさも、その若さも神にささげられた「生贄(いけにえ)であり、すでにしてこの世の人ではなかったのだ。
伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

と言っても説得力は全くない。

芸能など世界中で自然発生的なものだ。神と関係もその一つにすぎない。

だが、今の芸能人(一般に言うタレント)と力士を同一だとこじつける理由は全くない。今の相撲取りがタレント化しているから連想したのか?

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/07 01:51 投稿番号: [186494 / 196466]
>もちろん、時代が違うと言うなら、その通りなんだが。

もちろん、これも言えるが、相撲取りが賤しい身分という話からずれているな。

子供がタレントにあこがれると反対する親は今も多いよ。あたしも同じ立場なら反対するだろうな。だが、それはタレントが賤しいからではなく、日の目を見るタレントは100人に一人も居なくて、しかも実力で必ずのし上がれるわけではないからだ。

それに、芸能界すべてがそうとは言えないだろうが、ろくに実力も経験もないのに売れる社会が正常とは言い難い。確かに子供を入れたいような環境の社会ではないからな。ちんぴらでもズベ公でも売れればなんぼという世界に入れたいとは思わないだろう。

とはいえ、いちいちそんな目でタレントを見ているわけではないがね。本当にそれだけの理由や才能で輝いているタレントも確かにいるしね。ま、子供のタレント志望を許すか許さないかは、人それぞれだな。

だが、そんな芸能界と、能、歌舞伎などの伝統芸能と一緒くたにしても意味はないぞ。君の屁理屈も意味がない。

伊豆の踊子の話がどうであれ、たとえば昔から各地に農民芸能が盛んにあり、農民歌舞伎などは文化遺産になっている。別に芸能や芸能をするものが差別されていたわけではない。

伊豆の踊子の例はあくまでよそ者排除であり、実際に彼らが旅をしながら農村を回って生活ができたのは多くの農村で受け入れらていた証だろう。結局、川端君の描写は、本人をモデルにした「私」と踊り子の距離を表現したにすぎない。この身分の違いをこんな形で描写する川端君もあるいみ鼻持ちならないがね。

まして、相撲取りが賤民だ等とまだ言い張るつもりか?つまらん意地はるな。

>伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

あほぬかせ。巫女やそれから発生したと言われる白拍子も芸能の祖かもしれないが、農民達が自然に集まって舞い踊った田楽、猿楽が能に発展した。つまり、芸能の祖は君が言うだけのものではない。

>芸能史を学ぶなら、これらのこと、基礎の基礎、基本の基本だぞ。
古代、神社で神に仕える「巫女(みこ)」などは当然処女であり、その美しさも、その若さも神にささげられた「生贄(いけにえ)であり、すでにしてこの世の人ではなかったのだ。
伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

で、そこから発生した芸能人は賤民か?支離滅裂な男だな。今のタレントは巫女の子孫か。

芸能など世界中で自然発生的なものだ。神と関係もその一つにすぎない。

だが、今の芸能人(一般に言うタレント)と力士を同一だと論ずるでたらめさなど、まったく何を考えてのことやら。

Re: 埒外の身分

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/07 01:12 投稿番号: [186493 / 196466]
>たしかに役者などはかつて河原乞食といわれていたかもしれないが、そんな時代からも庶民のあこがれであり、そして現代も役者(タレント)を賤民だどとさげすんでいる意識は日本では無いな。役者や相撲取りが日本文化に与えた豊かさは言い尽くせないほどだ。<

キミは分かってないね。
川端康成の代表作は「伊豆の踊子」
主人公が踊り子たち旅芸人の家族と知り合い、伊豆の山を越えるお話。
当時、旅芸人などは身分的に差別されており、村の境界に「旅芸人、立ち入るな」と書いてあったりする。

これが芸人のリアルな姿なのだ。
歌舞伎座の大舞台に上がるような役者はエリート中のエリートなのであり、その数は少ない。
多くは諸国を旅してまわる旅役者であり、役者も相撲取りも寺や神社の祭りに呼ばれて舞台をつとめ、土俵に上がっていた。

人別帳にも載らないような埒外の身分でも、それを卑下する以前に一芸を磨いて稼いでいたのだ。
伝統芸能と言うからには、伝統の何たるかを自覚せねばならない。

芸能史を学ぶなら、これらのこと、基礎の基礎、基本の基本だぞ。
古代、神社で神に仕える「巫女(みこ)」などは当然処女であり、その美しさも、その若さも神にささげられた「生贄(いけにえ)であり、すでにしてこの世の人ではなかったのだ。
伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

わしはあくまで本質を語っているのであり、細かい歴史は言うまでもなく知り尽くしている。
数十年前まで、女の子が「私は女優になる、歌手になる」などと言ったら親は半狂乱になって反対した。
芸能界などはヤクザの世界であり、良家の子女が安易に踏み込む世界ではなかったのだ。

もちろん、時代が違うと言うなら、その通りなんだが。

埒外の身分・・芸能人

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/07 00:05 投稿番号: [186492 / 196466]
>然し、硬直化した思惟あるの老人は今の俳優と歌手の地位を昔の傳統的な價値觀で評論して話題の内容を摩り替えるつもりです。<

芸能、それも「伝統芸能」とか称して、その「伝統」を強調するつもりなら、当然、芸能本来の精神を自覚しなければならない。
一芸を頼りに生きている、その身の程を知れ・・と言うのだ。
そう云う話なのだ。

伝統を意識しない現代の役者は、ただの「タレント」。
「タレント」がどうあろうと、それは知ったこっちゃない。
それにしても、最近、お笑い芸人の数が多すぎる。芸にもならぬ芸を芸と称して、やたら番組に顔を出す。のさばり過ぎだな。
その数、十分の一ぐらいに淘汰してもいいと思う。

Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/06 23:53 投稿番号: [186491 / 196466]
>人間、常識に縛られると、ここまでバカになるか・・と云う話だ。

そりゃ君だね。ここまで馬鹿を主張する理由は何かと考える・・・意味もないか。

まず相撲取りは昔は各藩大名のお抱えであり、士農工商でも武士に近い身分と認識されていた。だから帯刀も認められていた。力士が賤民だったことは全くない。

ちなみに、士農工商という身分は、現実には後生の認識であり、僧侶、神官、医者などなどどれにも当てはまらない階層があり、僧侶などはどのような階層からもなれたし、修行次第では大名をも礼儀を尽くさせる身分だった。相撲取りも同じことが言える。

たしかに役者などはかつて河原乞食といわれていたかもしれないが、そんな時代からも庶民のあこがれであり、そして現代も役者(タレント)を賤民だどとさげすんでいる意識は日本では無いな。役者や相撲取りが日本文化に与えた豊かさは言い尽くせないほどだ。むしろ、士農工商とは、身分制度と言うより、カテゴリーの違いくらいの意味しかなかったから、大名でも豪商に逆らえなかったり、武士の切り捨てごめんも実際はその正当性が証明されない限り、家を取りつぶされたり、腹を切らされたりしたから、滅多に起きたことはない。つまり、昔から役者を身分的にさげすむようなことはなかった。まして、力士は尊敬の対象であっても賤しいなどと考えることなど無かったよ。横綱谷風などは、その人格の高さから、当時の人々の尊敬を一身に集めていた。

  それと、役者や相撲取りがいなくなっても全く痛痒はないという意識を本当に持っているなら、脳みそがすっかり文革のときにやられたんだろうな。中国では多くの芸能があの時期、生産性のない堕落した存在として駆逐されてしまった。

  たしかに、芸術やスポーツは直接の生産には関わっていないかもしれないが、(それらに関わる産業はきわめて大きいが)それらが全くなくなったら、人間は極論すれば生きている意味がないのだよ。生きている喜びが満たされるから人間は働くし文化をはぐくんできた。寒くなければいいと人民服だけを着、食えて栄養分があれば良いとペット同様かりかりだけを食べ、雨露、寒さ暑さがしのげればよいとコンテナに住む生活に意味があるか。
 
  精一杯働いて、余暇には芸術やスポーツで楽しむ。極言すれば人間の生活はそのような楽しみがあるから意味があるのだ。文化はこのような部分で発展してきたのだよ。人間の生活は100パーセント遊びだと言って過言ではないな。
 
  それを敵視したのが文革であり、中国人の心を今に至るまで荒廃させている元凶の一つだ。まあ、君も荒廃したのだろうなぁ。というより、もともと潤いがなかったのか。
 

Re: 優秀なる相撲醜聞と野球醜聞の映畫につ

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 23:43 投稿番号: [186490 / 196466]
>僕は智慧あるの老人・年寄りを非常に尊敬しています。(家有一老,如有一寶・家には一つの年寄りがいるなら、一つの寶蔵があるらしいです)

ああ、実にいい言葉ですね。
素敵な言葉をありがとう。

おやすみなさい。

Re: 埒外の身分(訂正)

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 23:29 投稿番号: [186488 / 196466]
誤   横綱が太刀持ちと弓取りを従えてるのはなんで〜?。
誤   賤民が太刀持ちと弓取りを従えてるわけ???

横綱が従えているのは、太刀持ちと露払い・・

従って、

正   横綱が太刀持ちと露払いを従えてるのはなんで〜?。
正   賤民が太刀持ちと露払い従えてるわけ???

弓取力士つうのは、大相撲の最後で、弓グルグル回してる人です。

失礼しました。

Re: 埒外の身分

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 22:50 投稿番号: [186487 / 196466]
>神事にかかわるからこそ不可触の賤民となるのだ。

あんた、神道がどんなに穢れを嫌うか、知ってる?

神事にかかかるからこそ不可触の賤民???

何寝言いってんだか。

祓いたまえ清めたまえ・・。
これが神道における祝詞の頻出フレーズ。

神社には不浄道といわれる道がある・・・
って友達に教えられたことがある。

相撲取りが賤民であれば、不浄道を通れ・・ってことになるよね。

堂々と神前で、土俵入りなんて披露できないよ。

>神事にかかわるからこそ不可触の賤民となるのだ。

すると、神官や大宮司や権禰宜とか言う人々はみーんなアンタッチャブルかい(大笑)

どこの国のハナシをしてるんだろ。

ちょっと、キツイね。

Re: 埒外の身分

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 22:32 投稿番号: [186486 / 196466]
風呂から出てきてみれば・・・苦笑

横綱が太刀持ちと弓取りを従えてるのはなんで〜?。

賤民が太刀持ちと弓取りを従えてるわけ???

土佐の海とか安芸の海とか、郷土の名前を力士につけるのはなんで〜?

賤しいと思ってる人間にそんな四股名許すわけないじゃん。

1年を10日?で過ごすいい男・・・って
1場所しかない時代の相撲取りのことだけど、
どこに、賤民ってニュアンスがあるかなあ?

新横綱の綱を作る儀式が大々的にニュースになったり

横綱になってはじめて、
明治神宮で、奉納土俵入りをするのはなんで〜?

>役者も相撲取りも「川原乞食」「賤民」であることを自覚して、芸一筋の精神を取り戻さねばならないのだ。

役者と相撲取りを無理矢理一緒にしようとしてもムダだって。

相撲取りは河原乞食じゃないからね。

Re: 埒外の身分

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/06 22:18 投稿番号: [186485 / 196466]
自己陶酔。
得意満面。
ですか?

ですが、自己矛盾と身勝手な言葉の意味づけの羅列ですね。

話したいことを話すのではなくて、聴かせる努力をしましょう。
ぁ、ここまででたらめだと普通に話しても意味ふめーですが。

この物体は常識に縛られる以前に、常識がありませんね。
無いから縛られない?
いえ、それではただのバカです。

あまりのひとりよがりに笑っちゃいました。

埒外の身分

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/06 22:08 投稿番号: [186484 / 196466]
人間、常識に縛られると、ここまでバカになるか・・と云う話だ。

神事にかかわるから神聖と言いたいのだろうが、そうではないのだ。
神事にかかわるからこそ不可触の賤民となるのだ。
賤民とは、つまり「普通の人」ではない・・と云うこと。
人としての社会的身分もなく、だから、人間社会の常識、掟(おきて)に縛られず、解放された自由人でもある。

世界を眺めてみなさい。
神に仕える者は、例えば神職の「巫女(みこ)」などは結婚も許されず、社会から隔絶して神に仕え、時には神への「生贄(いけにえ)」として殺されるのだ。
そう云う身分、そう云う存在なのだ。

古代から、世間一般の幸せを享受しようなどと云う根性なら神事に奉職することなどできない。
芸能の起源は本来、神に見せる為のもの、或いは吉凶を占うためのもの。
だから、芸人がどんなに美しく着飾っても、それは自分の為ではないし、また人の為ではないのだ。

神に仕えるから、身分の埒外(らちがい)に置かれ、それ故に社会的には秩序から外れて自由人となるのだ。
賤民とはそう云うことであり、人間社会からははじかれて差別を受けてきたのだ。

役者は舞台の上で天皇にもなり、大名にもなり、時に阿婆擦れの女郎にもなり、乞食も演じる。
されば、役者が天皇の気分になったとしても許されるが、一般の人が天皇・お大名のつもりで振る舞ったなら、必ずや「不埒者」として咎めを受ける。

役者も相撲取りも「川原乞食」「賤民」であることを自覚して、芸一筋の精神を取り戻さねばならないのだ。
賤民ならぬ貴族・一般庶民は身分秩序によって守られるが、芸人が芸を失ったなら、それこそ犬猫(いぬねこ)以下の存在でしかないのだ。

歌舞伎役者は、海老蔵もそうだが、女と何をして遊ぼうとかまわない。
家の外に子供をもうけてもかまわない。贅沢三昧、放埓(ほうらつ)の限りを尽くしても、まあ、大した問題にはならない。
役者とはそう云うものであり、世間の常識から外れていてもお咎めなしなのだ。

だが、役者が舞台に穴を空けたなら、それは万死に値する大罪なのだ。
役者にとって舞台はある意味、神の領域となるからだ。
舞台も土俵も、本来は神に見せるもの。そして、神はお客の中に混じってご覧あそばす。それ故に、役者も相撲取りもお客の目を気に掛ける。精魂を尽くしてやらなければ神に対して不敬となるのだ。

Re: 相撲取り≠賤民 いい加減にして下さい

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 20:58 投稿番号: [186483 / 196466]
>日本人なら、いくら日本を批判する時でも母国に対する目線温度の温かさが感じられるものですが、にーはおには感じられません。

たしかにそうですね。

>デタラメな知識とデタラメな論理、日本を辱める目的。
あの人達に共通するものを感じないわけでもないですね。

ハッキリと悪意を感じます。
だんだんお里が知れてきた・・・って気が・・。

Re: 相撲取り≠賤民 いい加減にして下さい

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/06 20:50 投稿番号: [186482 / 196466]
にーはおには事実なんて関係ないと思いますよぉ゜
ウソでも論理矛盾があってものープロブレムなんですから。
目的は日本を辱めること、チャイナを称揚すること。

日本人なら、いくら日本を批判する時でも母国に対する目線温度の温かさが感じられるものですが、にーはおには感じられません。
日本に恨みを持っているのかもしれませんね。

デタラメな知識とデタラメな論理、日本を辱める目的。
あの人達に共通するものを感じないわけでもないですね。

Re: 芸能の命・・賤民

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2011/02/06 20:41 投稿番号: [186481 / 196466]
>歌舞伎役者、相撲取り、歌手、芸能人がいなくなっても世の中としては多分、何の痛痒もないだろう。庶民の生活は全然困らない。<

神父も牧師も神主も坊主も同様なんですが。
人はパンのみに生きるにあらずと仰ったかたもいらっしゃいましたが。


>役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚せねばならない。<

おまえ馬鹿なの?
21世紀に、なんで芸能人や相撲取りに賤民の自覚が必要なの?

おまえの投稿は、全文クズ。
無意味。
なんて思い込みの強い、偏った人格なの。
これでは、リアルでも誰からも相手にされないわね。

だいたいさぁ、
>中国で戲子(しーず   役者)と云うなら下層階級としてさげすまれた。<
この一言入れたら、トピずれじゃないとでも?

>話したいから話すのではなく、聞かせたから話すよう・・努力しなさい。
ま、TPOをわきまえなさい・・と云うこと。
TPO・・わかるよね。 <

わら〜☆

Re: 優秀なる相撲醜聞と野球醜聞の映畫につ

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 19:32 投稿番号: [186480 / 196466]
お久しぶりです。

確かに、日本では、昔は、役者は河原乞食なんていわれて、
身分制の埒外にあったみたいです。

でも、世阿弥の著した風姿花伝は素晴らしい本ですし、
歌舞伎も面白い。
彼等がどういう存在であるかは別として、
とても魅力的で素晴らしい芸能を生んだことは確かです。

戦後、旧華族出身の役者さんも出ましたし、
ああ、喜劇俳優もいたみたいですね。

現在、俳優さんたちは、
優秀でおうちもよく・・・って人も多い。
年若いころから、芸術に接し・・という環境で役者を
志した方もいらっしゃるでしょうね。

役者はバカでは務まらない仕事・・・・ですよね。

今の日本では誰も俳優や歌手を蔑む人はいませんし、
人気商売で浮き沈みはあるけど、憧れの職業の一つです。

だから、何もご心配なく。

相撲取り≠賤民 いい加減にして下さい

投稿者: run_run72 投稿日時: 2011/02/06 19:24 投稿番号: [186479 / 196466]
>歌舞伎役者も相撲取りも、昔は大名・豪商の「お抱(かか)え」であり、身分的には苦界(廓)に生きる「女郎」と同じだった。
金持ちの旦那に面白おかしく遊ばれ、そうやって何がしかの給金をいただく。そうやって生きてきたのだ。
>役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚せねばならない。

エラそうに、いい加減なことは言わないでほしい。
相撲取りは河原乞食でも賤民ではない。

相撲取りと役者を一緒くたにするのは大間違いです。
相撲についてわかってない、ということを自覚しなくちゃ。

なんで、横綱だけが、土俵入りのとき、化粧回しの上に、
注連縄をしめてるかわかる?

注連縄をつけるものって、ご神木とか、そういうものなんだよ。

彼らは、神の依り代、とされるものだからなんだが?
(下にウイキペディアを引用しとくので参照してください)

相撲は神事なんだよ?それすら知らないの?

相撲は神社や寺で行われる勧進相撲と言われるものが多かった。

確かに、有名どころの力士は、大名のお抱えだったが、
ニイハオお爺さんの考えているような存在とは違う。

以前にここであげたが、今昔物語で、殿様・・と呼ばれてる
相撲取りがでてくるエピソードがある。

新撰組が大阪で力士とトラブルを起こしたとき、
力士の一群と隊士達が道を開ける開けないで争ったんだよ。

役者なら・・・道をあけるだろうね。
   
なんか、今回の八百長騒ぎ、あわよくば、
日本の伝統的なものを一つ一つ破壊していこうとでも言う
流れなんじゃないか・・・と勘ぐりたくもなる。
まあ、相撲界も情けないけどね。

神事なら神事にこの際戻ってもいいのかもしれないけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%9B%E5%A3%AB

相撲はもともと神前で行われ、日本固有の宗教である神道にもとづき神に奉納される神事である。力士とは四股名を持ち、神託によって神の依り代になり特別な力(神通力)を備え、神からの御利益のある特別な者である。具体的には四股を踏む「しこ」とは醜女(しこめ)の「しこ」をあらわし、穢れ、邪気を祓う行為。それによりその土地に五穀豊穣や無病息災をもたらすと言われている。また、力士に赤子を抱いてもらうと、その子は健やかに育つと言われている。手形などは縁起物として珍重される。力士の中で最高位の者を横綱と呼び、全ての力士の象徴として神の依り代の証である「注連縄を張る」のは御神木や夫婦岩などと同じである。

芸能の命・・賤民

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/06 16:37 投稿番号: [186476 / 196466]
歌舞伎役者は言うまでもなく、相撲取りも一般の芸能人も、さらに言うならスポーツ選手も同様に、極端な言い方をすれば、これらは全て「この世の泡(あぶく)」みたいな存在なのだ。

彼ら芸能人は人間社会の秩序の外、身分制度の埒外(らちがい)に置かれた存在であり、言葉は悪いが、その出自は「賤民階級」なのだ。
それは日本に限らず世界の何処でも、芸を売って銭(ぜに)を稼ぐ所謂(いわゆる)芸能人は特殊の階級であった。

日本なら「河原乞食(かわらこじき)」と呼ばれ、中国で戲子(しーず   役者)と云うなら下層階級としてさげすまれた。
どんなに有名な役者でも所詮は世間様の「おもちゃ」であり、愛玩動物、ペットの類(たぐい)と同じなのだ。

歌舞伎役者も相撲取りも、昔は大名・豪商の「お抱(かか)え」であり、身分的には苦界(廓)に生きる「女郎」と同じだった。
金持ちの旦那に面白おかしく遊ばれ、そうやって何がしかの給金をいただく。そうやって生きてきたのだ。

世の中、バスの運転手さん、飛行機のパイロットがいなくなれば大変なことになる。世の中が動かなくなってしまうだろう。
だが、歌舞伎役者、相撲取り、歌手、芸能人がいなくなっても世の中としては多分、何の痛痒もないだろう。庶民の生活は全然困らない。

役者も相撲取りも、その他芸能人も自分が何者なのか・・考えなければならないのだ。その存在はあっても困らず、無くてもかまわない・・と云うぐらいに軽いだろう。
さればとて、身分から外れた賤しい存在であることを自覚し、恐れ入って卑下しろと云うのではない。
反対に、むしろ外れているからこそ世間の常識、世の中の秩序に縛られない自由があり、芸に専心できる特権を享受できるのだ。
役者なら舞台、相撲取りなら土俵がつとまればそれ以上は何も要らない。

ただし、残酷なもので世間の人気者であっても、明日はもう飽きられて打ち捨てられる。
まして、思い上がった傲慢な態度ならたちまち叩き潰される。

役者も相撲取りも「河原乞食」の賤民であることを自覚せねばならない。
実は、その精神こそが芸能の命なのだ。
生きるも死ぬも自分次第。世の中は誰も助けない。

Re: 私に泣きついてきたjpjptmd2004

投稿者: china_nante3 投稿日時: 2011/02/06 13:01 投稿番号: [186474 / 196466]
dame_china_nante さん、


jpjptmd2004に対する指導教育を再開したいと思います。
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