Re: 埒外の身分
投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 00:58 投稿番号: [186522 / 196466]
>「正業」とはなんでしょうか、「賤業」とは何でしょうか。
私の言う正業とは、いわば本業と同じ、副業に対するものとお考えください。辞書では社会で認められているまともな職業という意味ですが、売春も役者にとっては社会に認められている仕事の内だ、という意味です。賤業とは、文字通り賤しい職業であり、時代によって定義が変わります。
今は売春は賤業でしょうが、私の言っている時代では正業です。ディックミネの時代でも正業だったということです。ただし、社会が変わっても、ディックミネの意識は変わっていなかったと言うことですが。しかし、今は芸能界でも賤業と意識されているから、それをおおっぴらには言いませんね。
>しかしその記述によって、誰もがそういったことを容認し
>歓迎していたと受け取ることは早計だと思います。
誰でも、の範疇が明らかではありませんが、当時の社会常識では別にふつうのことだったようですよ。ただし、娘を売る行為自体がやむを得ずしたのであって、誰もがふつうに行ったわけではないでしょう。賤業だからではなく、過酷な環境に娘を追いやることにためらいがあったわけで、それは小さな子供を丁稚奉公に出すのと同じような感覚だったと思われます。
ご存じのことでしょうが、江戸時代は女日照りで、町人の男はなかなか結婚できなかったのが実情です。だから吉原が必要だったのですが、それと女性が習い事をしてどこかの旦那に囲われることは別に珍しいことでもなく、結局只でさえ少ない女性が金持ちや武士のものになってしまったから、ますます江戸の女日照りが深刻になったといわれています。
>それは役者の世界という特殊な世界で当たり前のことであって、
>世間一般では当たり前のことではないですから、
>ニーハオさんのご指摘のように「賤」なのではありませんか。
>ニーハオさんも同じ趣旨の発言をしておられますよ。
ここで、賤の定義ですが、本来賤民とは賤しい身分に生まれついた者を言います。賤しい行為をする者が賤民なのではありません。現在の芸能界について言えば、賤しい行為が一般社会とは別の基準で正当化されているのは事実でしょうが、それは芸能人が賤しい身分に生まれているからではありません。
>まあ現在の日本では、中学生・高校生までも援助交際とかいう言葉で実態を
>ぼかし売春をやっているのですから、普通と賤の境界もなくなりつつあります。
>嘆かわしいことだとわたしは思いますが。
嘆かわしいですね。つまり、売春のみが賤しいとも思いませんし、政治家実業家などにも賤しいことをする人間は多々居ります。
>差別という言葉にもともと悪い意味はなかったと思われます。
差別とは悪い意味ですね。つまり人間の上下を言いますから。ただし、区別には悪い意味はありませんね。
>だから、ニーハオさんは「賤」と定義なさったのではないかと推測します。
推測しても仕方がありませんが、そうであれば明らかに間違いです。
>歴史的にみて、芸能が賤業とされていたことは間違いありません。
つまり、武士がたしなんだ能や舞も賤しいと言うことでしょうか。武士の教養として大いに発展したはずだし、世阿弥などは公家と同等に取り立てられ(まあ非難はあったとのことですけれど)ています。芸能が賤しいと思われていたわけではなく、そのようなことを行う者がいたと言うこと。ただし、売春をしていたから賤しいというわけではないでしょうね。
水戸光圀に切られた藤井紋太夫も一説には能役者だったといわれていますが、家老職だったはず。芸能にも様々ありひっくるめて芸能が賤しいと決めつけるのは間違いです。
>やっていることは「賤」の部類に入り、その仲間になれば、もともと
>「賤」でない人でも「賤業」に就いたということになるのではないですか。
それはあなたの分類分けですね。賤しいことをする連中が今の芸能界には確かに多いですよ。
>芸能界とはこういうところです。昨夜のぶんにプラス。
>「賤」といわずして何を「賤」というのでしょうか。
これらの行為は賤で間違いないでしょうね。でもアメノウズメノミコトの時代から一貫して賤だったかどうかは別の話だし、賤を行う輩は芸能界の他にもたくさんいますよ。芸能界には賤が多いでしょうが、彼らが生まれつき賤しい身分に生まれついたと言うことではないでしょうね。
>「人を以て、言を廃せず」といいますよ。
ええ、でも言霊とは発する人間の魂が口から出てくるということです。だから、軽々と発してはならないとされているのではありませんか。
私の言う正業とは、いわば本業と同じ、副業に対するものとお考えください。辞書では社会で認められているまともな職業という意味ですが、売春も役者にとっては社会に認められている仕事の内だ、という意味です。賤業とは、文字通り賤しい職業であり、時代によって定義が変わります。
今は売春は賤業でしょうが、私の言っている時代では正業です。ディックミネの時代でも正業だったということです。ただし、社会が変わっても、ディックミネの意識は変わっていなかったと言うことですが。しかし、今は芸能界でも賤業と意識されているから、それをおおっぴらには言いませんね。
>しかしその記述によって、誰もがそういったことを容認し
>歓迎していたと受け取ることは早計だと思います。
誰でも、の範疇が明らかではありませんが、当時の社会常識では別にふつうのことだったようですよ。ただし、娘を売る行為自体がやむを得ずしたのであって、誰もがふつうに行ったわけではないでしょう。賤業だからではなく、過酷な環境に娘を追いやることにためらいがあったわけで、それは小さな子供を丁稚奉公に出すのと同じような感覚だったと思われます。
ご存じのことでしょうが、江戸時代は女日照りで、町人の男はなかなか結婚できなかったのが実情です。だから吉原が必要だったのですが、それと女性が習い事をしてどこかの旦那に囲われることは別に珍しいことでもなく、結局只でさえ少ない女性が金持ちや武士のものになってしまったから、ますます江戸の女日照りが深刻になったといわれています。
>それは役者の世界という特殊な世界で当たり前のことであって、
>世間一般では当たり前のことではないですから、
>ニーハオさんのご指摘のように「賤」なのではありませんか。
>ニーハオさんも同じ趣旨の発言をしておられますよ。
ここで、賤の定義ですが、本来賤民とは賤しい身分に生まれついた者を言います。賤しい行為をする者が賤民なのではありません。現在の芸能界について言えば、賤しい行為が一般社会とは別の基準で正当化されているのは事実でしょうが、それは芸能人が賤しい身分に生まれているからではありません。
>まあ現在の日本では、中学生・高校生までも援助交際とかいう言葉で実態を
>ぼかし売春をやっているのですから、普通と賤の境界もなくなりつつあります。
>嘆かわしいことだとわたしは思いますが。
嘆かわしいですね。つまり、売春のみが賤しいとも思いませんし、政治家実業家などにも賤しいことをする人間は多々居ります。
>差別という言葉にもともと悪い意味はなかったと思われます。
差別とは悪い意味ですね。つまり人間の上下を言いますから。ただし、区別には悪い意味はありませんね。
>だから、ニーハオさんは「賤」と定義なさったのではないかと推測します。
推測しても仕方がありませんが、そうであれば明らかに間違いです。
>歴史的にみて、芸能が賤業とされていたことは間違いありません。
つまり、武士がたしなんだ能や舞も賤しいと言うことでしょうか。武士の教養として大いに発展したはずだし、世阿弥などは公家と同等に取り立てられ(まあ非難はあったとのことですけれど)ています。芸能が賤しいと思われていたわけではなく、そのようなことを行う者がいたと言うこと。ただし、売春をしていたから賤しいというわけではないでしょうね。
水戸光圀に切られた藤井紋太夫も一説には能役者だったといわれていますが、家老職だったはず。芸能にも様々ありひっくるめて芸能が賤しいと決めつけるのは間違いです。
>やっていることは「賤」の部類に入り、その仲間になれば、もともと
>「賤」でない人でも「賤業」に就いたということになるのではないですか。
それはあなたの分類分けですね。賤しいことをする連中が今の芸能界には確かに多いですよ。
>芸能界とはこういうところです。昨夜のぶんにプラス。
>「賤」といわずして何を「賤」というのでしょうか。
これらの行為は賤で間違いないでしょうね。でもアメノウズメノミコトの時代から一貫して賤だったかどうかは別の話だし、賤を行う輩は芸能界の他にもたくさんいますよ。芸能界には賤が多いでしょうが、彼らが生まれつき賤しい身分に生まれついたと言うことではないでしょうね。
>「人を以て、言を廃せず」といいますよ。
ええ、でも言霊とは発する人間の魂が口から出てくるということです。だから、軽々と発してはならないとされているのではありませんか。
これは メッセージ 186521 (riseidekanngaeru さん)への返信です.
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