Re: 埒外の身分
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2011/02/08 12:06 投稿番号: [186532 / 196466]
>あんた、神道がどんなに穢れを嫌うか、知ってる?
神事にかかかるからこそ不可触の賤民???
何寝言いってんだか。
祓いたまえ清めたまえ・・。
これが神道における祝詞の頻出フレーズ。<
思考が未熟なんだな。本質を見極める習慣がないから、こう云う常識的なことしか言えない。
神社の神職の日々のお勤めは、言うまでもなく、朝に祓い、夕に清めることである。祓い清めるのが神社のお勤め。
それでは、何故、かくも必死になって日夜、祓い清めねばならないか?
それは世の中も自然も、全ての人間が穢(けが)れに穢れ、汚れに汚れているからなのだ。
何をしなくても、ただ歳月が過ぎただけでも物は古び、穢れが生じ、汚れが積もり積もるのだ。
それら穢れ多き者どもが、どどっと神社に押し寄せる。
「穢れを祓い清めてくださいな」とお願いしに来るのだな。
つまり、神社は「汚れ、穢れ」が大集合するところなのだ。
神様も神職も大変だ。こやつら、とことん汚れ穢(けが)れた多数の輩(やから)を相手にして、祓(はら)い清めてやらねばならない。
それなのに、お賽銭はワンコイン(百円)しか出さないのだから、ずうずうしいにも程がある。
もっと、わかり易く言うならば・・だ、
例えば病院をご覧なさい。ここは病気を治療するところだけれど、その前に、ここには病気が大集合するところなのだ。
病院にやって来るのは病人ばかり。健康なら病院に用はないし、医者もいらない。
病院に集まるのは病人ばかりであり、ここではインフルエンザのウイルスも濃密に舞い飛んでいる。
医者は病原菌にまみれながら病気を治療しているが、反面、病気を嫌わず、恐れない。
神社も同じなのだ。祓い清めているのは、その前に十分に穢れ汚れているからなのだ。
もとより、それが勤めであるから神社は穢れを嫌わないし、汚れを恐れない。
キミは神社の神様、神職の皆様に感謝しなさい。
お賽銭も万札を出しなさい。
これは メッセージ 186487 (run_run72 さん)への返信です.
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