Re: 埒外の身分
投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/08 00:57 投稿番号: [186521 / 196466]
いろいろご丁寧に回答いただき恐縮です。
とりあえず、要点のみ感想を述べさせていただきます。必ずしも反論ではありませんが、すこし焦点がずれていると思いましたもので。
>相撲の起源は、――釈迦に説法・班面弄斧かと思いますが――
>ここには、どう見ても「賤」の要素はありません。
相撲の発祥伝説については存じておりますし、ここに賤の要素は全くありません。ただ、賤の定義については後述します。
この発端はあくまでニーハオ君が相撲は選民の業としたことに対する指摘であり、それ似たいし、彼が話題をずらしてきたことが問題と言うことです。ですから、芸能については、あらかたあなたに同意しますが、2,3気になるところはあります。したがって、ニーハオ君の相撲選民論はすでに論破したと言うことで、芸能に対する認識を少し述べさせていただきたい。
>>>2)芸能の始祖は巫女など、神事に関わっていた<<
>>これは一例でしかなく、芸能がすべて神事に関わっていたわけではない。<
>日本における、記録された芸能の始祖は、るんるんさんだったと思いますが、
>レスされていたとおり、天の岩戸の故事の天鈿女命(あめのうずめのみこと)
>であろうと思います。
るんるんさんのご指摘は知りませんが、私も指摘しております。いわば常識であろう事柄ですから。
>ニーハオさんのように、巫女も芸能の範疇に入れるかどうかはちょっと・・
>というところですが、
>白拍子は巫女のなりをして歌と踊りと春を売っていました。
存じておりますが、これも彼ら彼女らの正業の内だったということであり、賤しいからと憂いことでもなかったと思われます。名前ばかりのことですが、比丘尼という売春婦もおりましたしね。
>専業と余技とは違います。
むろん違いますが、芸能という行為が賤しく見られていたわけではないということです。
>一座を入れてくれない農村もあった、ということでしょう。
>理由は「賤」のほかにもあると思います。
私もそう書いているつもりですが。すなわち賤民として排除されたのではなく他の理由があったのだろうし、なにしろ小説の中のこと、川端康成の分身、「私」と踊り子の世界の遠さを表現したものだと解釈したのですが、むろん、川端君に聞いてみなくては分かりませんね。事実を書いたかどうかも含めて。
>
>人はどの民族であれ、基本的に芸能を好みます。
>おっしゃるとおり、一座を作って農閑期に出稼ぎに行ったり、
>個人でお正月などに漫才をして歩いたり、胡弓や三味線で
>かどづけをしたり。ただ、これらはあくまで副業です。
>収穫後のお祭りに演じられる地域の村芝居を担っていたのは、
>そこの土地の農民でした。
ええ、副業でしょうが、観る側からすれば芸能を行う一団ですよ。また専業の旅役者や踊り子の一団も全国を行き来していて、観る方がそれを副業専業で区別していたと思いますか。上手か大根かで投げ銭も変わったでしょうけれど。
>「賤」というのは実は「貴」と表裏一体の関係にあります。
>以下は中国の例ですが、
>流れ者の盲人芸能者が、神格化されていると描写された作品があります。
>日本も同様の意識があった場合もあった(笑)と思われます。
世界中でありますよ。ミストレルは当時は唯一のニュースソースでしたしね。
>>さらに売春が正業の一種と考えられていた時代、
>売春=賤しいものとの決めつけはできません<
つづく
とりあえず、要点のみ感想を述べさせていただきます。必ずしも反論ではありませんが、すこし焦点がずれていると思いましたもので。
>相撲の起源は、――釈迦に説法・班面弄斧かと思いますが――
>ここには、どう見ても「賤」の要素はありません。
相撲の発祥伝説については存じておりますし、ここに賤の要素は全くありません。ただ、賤の定義については後述します。
この発端はあくまでニーハオ君が相撲は選民の業としたことに対する指摘であり、それ似たいし、彼が話題をずらしてきたことが問題と言うことです。ですから、芸能については、あらかたあなたに同意しますが、2,3気になるところはあります。したがって、ニーハオ君の相撲選民論はすでに論破したと言うことで、芸能に対する認識を少し述べさせていただきたい。
>>>2)芸能の始祖は巫女など、神事に関わっていた<<
>>これは一例でしかなく、芸能がすべて神事に関わっていたわけではない。<
>日本における、記録された芸能の始祖は、るんるんさんだったと思いますが、
>レスされていたとおり、天の岩戸の故事の天鈿女命(あめのうずめのみこと)
>であろうと思います。
るんるんさんのご指摘は知りませんが、私も指摘しております。いわば常識であろう事柄ですから。
>ニーハオさんのように、巫女も芸能の範疇に入れるかどうかはちょっと・・
>というところですが、
>白拍子は巫女のなりをして歌と踊りと春を売っていました。
存じておりますが、これも彼ら彼女らの正業の内だったということであり、賤しいからと憂いことでもなかったと思われます。名前ばかりのことですが、比丘尼という売春婦もおりましたしね。
>専業と余技とは違います。
むろん違いますが、芸能という行為が賤しく見られていたわけではないということです。
>一座を入れてくれない農村もあった、ということでしょう。
>理由は「賤」のほかにもあると思います。
私もそう書いているつもりですが。すなわち賤民として排除されたのではなく他の理由があったのだろうし、なにしろ小説の中のこと、川端康成の分身、「私」と踊り子の世界の遠さを表現したものだと解釈したのですが、むろん、川端君に聞いてみなくては分かりませんね。事実を書いたかどうかも含めて。
>
>人はどの民族であれ、基本的に芸能を好みます。
>おっしゃるとおり、一座を作って農閑期に出稼ぎに行ったり、
>個人でお正月などに漫才をして歩いたり、胡弓や三味線で
>かどづけをしたり。ただ、これらはあくまで副業です。
>収穫後のお祭りに演じられる地域の村芝居を担っていたのは、
>そこの土地の農民でした。
ええ、副業でしょうが、観る側からすれば芸能を行う一団ですよ。また専業の旅役者や踊り子の一団も全国を行き来していて、観る方がそれを副業専業で区別していたと思いますか。上手か大根かで投げ銭も変わったでしょうけれど。
>「賤」というのは実は「貴」と表裏一体の関係にあります。
>以下は中国の例ですが、
>流れ者の盲人芸能者が、神格化されていると描写された作品があります。
>日本も同様の意識があった場合もあった(笑)と思われます。
世界中でありますよ。ミストレルは当時は唯一のニュースソースでしたしね。
>>さらに売春が正業の一種と考えられていた時代、
>売春=賤しいものとの決めつけはできません<
つづく
これは メッセージ 186517 (yume_sarasa1211 さん)への返信です.
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