イスラエル/パレスチナ和平

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すでに戦争状態にあった

投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/05/18 22:59 投稿番号: [13377 / 20008]
イモの山さんとおじんさん、それにコクナンさんのおっしゃることを自分なりにまとめてみるとですね、つまりイスラエル建国前からイスラエル国となる場所にいたアラブ人とユダヤ人の間ですでにあちこちで戦闘が起きていた。

ユダヤ人は建国と共にアラブ連合軍が攻めてくることも予期していた。

となれば、国内にいる反乱分子をそのままにしておくのは危険。

それで建国後に反乱を起こしそうな分子は前もって追い出した。

ということじゃないかな。正式な宣戦布告がなかったとしても、すでに戦争状態にあったのであれば、要するにアラブ人は戦争に負けて追い出されたわけであって、おとなしくユダヤ人と共存しようと暮らしていたのを突然追い出されたわけじゃない。ま、そんなつもりはなかったのに追い立てられた人も中にはいるだろうけど、それが戦争ってもんでしょう。

戦争には難民がつき物ですからね。それと同時にアラブ諸国にいたユダヤ人も追い出されたわけだから、双方でエスニッククレンジングが行われたってことです。道義上よい悪いは別としてそういうことは世界中の何処でも起きたことです。(スペインからはモーアが追い出された例もあるしね)

どうしてイスラエルだけがいつまでもぐたぐた言われなくちゃならないのか、そこのところがわからないなあ。

ティベリウス、ハイファ

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/18 18:43 投稿番号: [13376 / 20008]
>>そうだとすれば結果的に民族浄化となったとしても、その責任は追い出されたアラブ人にもおおいにある。

>これはひどいっすよ。ダーレット計画は基本的にはユダヤ人国家の安全確保でしたが、そのためにはパレスチナ人の土地を収奪することも認められていたのですから。

>・・・4月中旬にはハガナがティベリウスの攻撃。この時、パレスチナ人村落は壊滅的な打撃を受けました。・・・



横レスにて失礼します m(_ _)m

このティベリウスですが、パレスチナ側のURLによれば日付(April 22nd, 1948)から、TIBERIAS だろうと思われますが、イスラエルから見れば、今のガラリア湖に面した西の村ですよね。
http://www.palestineremembered.com/Tiberias/index.html

これは、181国連分割決議ではユダヤ人側の土地になっています。
http://www.mfa.gov.il/MFA/Facts+About+Israel/Israel+in+Maps/1947+UN+Partition+Plan.htm

また、ここには4月13日頃に正規のアラブ連盟軍がシリアからパレスチナに南下したと国連の記録にあり、ゴラン高原もあったりして、川に沿って南下するには便利な位置づけとなっています。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13373

また、3週間以上前の3月28日にはハイファとテルアビブの中間に位置するシャロンでは全面戦争に突入したと報道されています。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13358

当時は、第二次大戦後でしたから、既に無線があり、直ちにユダヤ人側に情報が流れていてもおかしくないと思います。

ユダヤ人の独立まで、3週間ほどです。   そのまま、アラブ連盟軍を駐留させておいていいのでしょうか?   直ぐ近くでは、全面戦争に突入しているというのに。
勝手な憶測ですが、181決議を死守するために、ティベリウスの村がシリアから南下してきて居座り続けるアラブ連盟軍との戦場となったのではないでしょうか?







>・・・4月下旬、ハガナはイギリス軍撤退を機にハイファを攻撃。・・・


これもアラブ人暴動の後、治安が安定せず、絶えずアラブ側の狙撃や砲撃にさらし続けています。   このハイファも 181国連決議のユダヤ人の土地になる予定のところです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Capture_of_Haifa_in_1948
After the UN resolution to partition Palestine, the Jewish neighborhoods of Haifa were under constant attacks by Arab snipers. The neighborhoods of Hadar suffered major shelling from the Arab neighborhood of Halisa. Further attacks were carried on from the Arab villages on the shore of the Mediterranean, blocking transportation between the Jewish neighborhoods of Haifa and Tel Aviv.

アラブ側は、181国連決議に示された範囲の外、すなわち、ハイファの直ぐ北にあるアラブ側の港・アッコに非難するよう助言したのだそうです。
The Arabs declined, having been advised by the Arab military command in Akko that there was a large Arab force south of Haifa, near Kibbutz Mishmar Haemek, planning to attack. The military command also advised Arabs in Haifa to evacuate to Akko by sea. The harbour soon filled with Arabs fleeing the city.

攻撃後、アラブ人の脱出を留まるよう説得したが、そのことは、シンパの人たちには認めてもらえない状況となっています。
The next day, April 23, the Arab leadership met with Stockwell to discuss the organization of the evacuation, despite the efforts of some Jewish civil leaders to block the flight.


正式ではない全面戦争というその地で暮らすことは   追い出す以前の問題   ではないでしょうか?

劣化コピペマンの楽しいところ

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/18 10:23 投稿番号: [13375 / 20008]
もともとメガトン級のバカで、それゆえ、常にバカな発言をしている。それを突っ込むとさらにバカな発言へと進化する。その支離滅裂さが何とも楽しい。

劣等感の塊だが、常に正義ぶりたい劣化コピペマンの憧れはさぞかしジェダイの騎士なんだろうが、こいつの場合、ものの数分で暗黒面に落ちて、ありとあらゆる危害を加えてそうだな。

Re: かかしさんにお願い

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2007/05/18 08:56 投稿番号: [13374 / 20008]
どうして私には女性のストーカーがつくのかな?   (苦笑)

ほうっといてください。もう話かけないでね。これまで遠慮していいませんでしたが、あなたも変質者ほど下品ではないにしろ、あたまのねじがどっかはずれてますね。

気違いみたいに怒鳴ったのはあなたの方で、私ではありません。そういうのを投影というのです。

ではごきげんよう。無視リストに入れてください。

1948年4月14日付け国連記録

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/18 08:53 投稿番号: [13373 / 20008]
【商店街 No.13325】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13325

>国境周辺に待機していたアラブ諸国軍の眼前で、パレスチナのアラブ同胞にエスニック・クレンジングが行われているのをただ傍観することしかできませんでした。
>5月15日までは国境を超えられないのだからです。








(注釈)4月9日   ヤシン村の虐殺事件

14 April 1948
大量のアクセスがあるらしく国連ページへの接続不能中。   シンパの仕業か?

Jerusalem, April 13:-    Arabs trapped 3 buses of a Jewish convoy on the slopes of Mr.Scopus on route to Hadassah Hospital and in a 7-hour battle killed 34 physicians, nurses, patients and number of Hebrew University student, and wounded 20. Among the dead was Dr.Haim Yasski, director of the hospital and   head of the Hadassah Medical Organization in Palestine.
  Police reports from other parts of Palestine listed 1 Jews and 10 Arabs killed and 9 Arabs and 1 British soldier wounded.

Jelsalem, April 13:-    The Zionist General Council was reported to have nemed a 13-man "cabinet" to govern the Jewish State proclaimed by the Council yesterday.

Damascus, April 13:-    A second Arab army began moving into Palestine from Syrian training camps. About 5,000 uniformed Syrian, Iraqi, Lebanese, Egyptian, Transjordan and Palestine troops moved out of their bases in small groups, leaving less than 1,000 trainees in the camps.
  The new detachments, it was reported, will be commanded by a Syrian colonel and will operate South of Fauji al-Kawukji's Yarmouk Army, and between it and a third force expected to move into Southern Palestine from Egypt.
  The three groups will be under the command of Ismail Safwat Pasha, who was reported to have advised the Arab League against widening the scope of present Arab military operations in Palestine.   He told the League that the Arabs did not have enough equipment or trained manpower at the moment to isolate Jerusalem, and said that Arab forces could not extend themselves as they wished without exhausting their arms and ammunition within six weeks. (N.Y. TIMES, N.Y. HERALD TRIBUNE)

【エルサレム、4月13日】
  アラブ人らは、ハダッサー病院へ向かう坂でユダヤ人輸送軍団の3台のバスを急襲し、7時間の戦いで、34人の医師、看護婦、患者とヘブライ大学の学生らを殺害し、20人を負傷させました。死者の中には、病院長のヤスキ博士とパレスチナのハダッサー医療機関長が含まれています。
  警察によればパレスチナの他の地区でも、ユダヤ人1人、アラブ人10人が殺害され、アラブ人9人と英兵1人が負傷したと報告した。

【エルサレム、4月13日】
  シオン評議会は昨日、宣言されたユダヤの州を管理するために13人の「閣僚」を指名したと報告しました。

【ダマスカス、4月13日】
  第二陣のアラブ師団が、シリアのトレーニング・キャンプからパレスチナに移動を開始しました。それぞれ各国の軍服で身を固めたシリア、イラク、レバノン、エジプト、ヨルダンとパレスチナ兵、約5,000人が、1,000人以下の訓練兵を残してベース・キャンプから移動しました。
  報告によれば、派遣隊はシリアの連隊長が指揮し、ヤルモウク軍の南に展開するでしょう。第三陣はエジプトからパレスチナに入るものと思われます。
  3個師団は、パレスチナにある現在のアラブの軍事行動の範囲を広げないよう通達したとされるパスハ将軍(?)の管理下に置かれます。将軍は連盟に、アラブ人らは十分に軍備が装備されていなかったと伝え、エルサレムを孤立させるために訓練を実施しているところであり、アラブ軍は6週間で武器弾薬を使い果たないよう望んだように引き伸ばしはできないと述べた。

Moshe Dayan

投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/18 06:12 投稿番号: [13372 / 20008]
17. "Jewish villages were built in the place of Arab villages. You do not even know the names of these Arab villages, and I do not blame you because geography books no longer exist. Not only do the books not exist, the Arab villages are not there either. Nahlal arose in the place of Mahlul; Kibbutz Gvat in the place of Jibta; Kibbutz Sarid in the place of Huneifis; and Kefar Yehushua in the place of Tal al-Shuman. There is not a single place built in this country that did not have a former Arab population." Moshe Dayan, address to the Technion, Haifa, reported in Haaretz, April 4, 1969.

additional reference

More than 400 Palestinian villages were destroyed -- in its entirety or partially -- by Zionist gangs as part of a programmed plan of uprooting native Palestinians from their homeland,Palestine, and breaking new ground for a bizarre colonial project called Israel, which the days of its first stage were closing in on that awful year of 1948.
http://www.jerusalemites.org/crimes/destroyed_villages/41.htm

Destroyed villages 1948
http://www.jerusalemites.org/crimes/destroyed_villages1948/index.htm

Moshe Dayan
http://en.wikipedia.org/wiki/Moshe_Dayan

米国の衰退とともにイスラエルは滅ぶ

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 03:05 投稿番号: [13371 / 20008]
所詮、米国の過保護がなければやっていけない国だし米国自体の衰退の責任追求の動きがでれば真っ先にスケープゴートにされるのがユダヤってことになる。

米国のユダヤが狩り出され援助が止まれば十年としない内にイスラエル国内はボロボロになって自壊していき恨み骨髄の周辺各国にどつきまわされて見るも無残なことになるだろう。

イラクの泥沼、アフガンもきな臭い状態になってきたところをみるとその日はわりと早く来るかも知れない。

その時には精々擁護してあげるけど今現在ユダヤのバカが振り上げた拳を下ろせぬ以上、その時に拳を振り上げているバカも手が下ろせるとも思えない。

世論の批判や国連の非難決議を踏み躙り続けているのは現在のイスラエル自身で同じルールが適用されることになるだろう。

これを回避するには余力のある今の内にさっさと全ての国連決議を受け入れパレスチナに誠意を持って謝罪し和解して民族融和をするしかないんだが、ま、一国まるごとファシスト右翼のナチ化しちまっている以上今更無理か。

しかもそのモードで何十年も固定されちまってるんだから救いがないなぁ。

次回の大離散の際に起こりうる大量殺戮は米国で起こる出あろう現代の「魔女狩り」と合わせてナチス・ドイツのホロコーストを越えたものとなるかもしれない。

予想される最悪の未来を回避するのもこっちの目的の一つなんだがもの考えないで自分の首を絞めたがったり足元を掘り崩そうとするバカばっかりだったりするのを見ているとこのまま放っとこうかなぁとも思う今日この頃。

「パレスチナ・ナウ」四方田犬彦

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/18 01:33 投稿番号: [13370 / 20008]
Israelis from Iraq remember Babylon
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6611667.stm


第二次大戦後、イラクで映画第一作目が作られた。
しかし、その後、「イラク映画は中断される。
撮影所を創設したのはユダヤ人であった。
多くのユダヤ人が建国されたばかりのイスラエルという国家に移住し、
間もなく第一次中東戦争が生じたためである。
このフィルムに関わったユダヤ人スタッフはその後、イスラエルの中で
スファラディーンと呼ばれ、二級市民の扱いを受けることになった。
だがここで忘れてはいけないのは、そのユダヤ系の撮影所が
イラクの一般大衆を想定して、「アラブは変わらなければいけない」という
科白のあるメロドラマを制作していたという事実である。
そこにはシオニズム的な排他主義など、微塵もなかったのだ」
(「パレスチナ・ナウ」四方田犬彦 P.228)

目の前の現実を見ないとね

投稿者: miniiwa2 投稿日時: 2007/05/18 01:26 投稿番号: [13369 / 20008]
無意味

イラクのユダヤ人(第3部)5

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 01:13 投稿番号: [13368 / 20008]
我々イスラムの地出身のユダヤ人は、自然発生的なユダヤ人とイスラム教徒の敵対のために祖先の地を離れることはしなかった。そして我々アラブ人は――私は私の妻の言語ゆえに、また私が自宅で未だにその言葉を話しているがゆえに、自分をアラブ人と言うが――われわれアラブ人は、数多くの機会にあのユダヤ人国家との平和を探ってきたのである。そして最終的に、米国市民・米国納税者として、私は次のように言わせてもらおう。我々米国人はイスラエルにおける人種差別をやめさせ、ヨルダン川西岸、ガザ、レバノン南部、そしてゴラン高原での残虐な土地・財産の剥奪をやめさせる必要があるのだ。

(後略)

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真実の声はなお遠く。。。

イラクのユダヤ人(第3部)4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 01:07 投稿番号: [13367 / 20008]
『親愛なるジラディ氏へ。

あなたの手紙は、ほとんど忘れかけていてほんのいくつかの詳細しか覚えていないあることを、私に思い出させてくれました。

イブラヒム・イザットは、もし記憶に間違いなければ、外務省かその支局かの要請の元で、私のところにやって来ました。彼は私の家にいてそして我々は何時間も話しました。私は彼がナセルの遣いで来たと言っていた記憶はありません。しかし彼がその意識で来ていたと理解できたことに間違いはありません。

ナセルが英国とフランスの反対にも関わらずスエズ運河の国有化を決定したとき、ラジオ・カイロはヘブライ語でそれを伝えました。

もしイスラエル政府が英国とフランスの帝国主義者に影響を受けていないのなら、両国の間には大きな理解が次第に生まれてくるでしょうし、エジプトはイスラエルのスエズ運河への通路を持ちたいという要求を認めることでしょう。

イスラエルはエジプトに対しては何の意図も無いと答えました。しかしちょうどそのときに、イスラエルの代表者たちはフランスにいて、1956年に起こるべき3方向の攻撃を計画中でした。

その間中ベン・グリオンは「中東のヒトラー」と言い続けました。これは1970年9月、ガマール・アブデル・ナセルが去ってしまうまで続きました。そのとき、ダヴィッド・ベン・グリオンは記者団に、奇跡中の奇跡だ、と言ったのです。

彼が死ぬ1週間前に私はアブデル・ナセルからの使者を迎えました。彼はイスラエルとアラブ世界の問題解決のために緊急に私に会いたいと求めました。

一般の人は驚きました。彼らはアブデル・ナセルが和平を今まで望み続けたことを知らなかったのです。しかしイスラエルはそれを妨害しました。

イスラエルとの平和を望んでいたアラブの指導者はナセルだけではなかったのです。他にも大勢いました。アブデル・カリム・カセム(Abdel Karim Qasem)准将は1958年7月にイラクの実権を握る前に、秘密合意を結ぶためにイスラエルに代表団を送る地下組織を率いていました。ベン・グリオンは彼に会うことすら拒否しました。私はイスラエルでジャーナリストをしていたときにこのことを知りました。しかし私がこのことのほんの一部でも公表しようとすると、いつでも検閲が「不許可」の印を押したのです。

現在、ネタニヤフ(Netanyahu)の時代で、我々は再び、平和を作る利益を欺く新たなイスラエル首相の目撃者となりつつあります。ネタニヤフとリクードはアラファトを盛り立てて、イスラエルの「安全保障」のためにもっともっと抑圧的な方法を確立するように要求しています。遅かれ早かれ、パレスチナ人はアラファトの、イスラエルの買弁としての強権的手法にうんざりしてしまうだろう、そして彼は殺されるのではないか、と疑っています。そうなればイスラエル政府は言うでしょう。「見なさい。我々は彼にすべてを与える準備があったのだ。あなた方はアラブ人たちを信用してはならない。彼らは互いに殺しあう。いまや平和について語るべき者は誰もいない。」と。』


結論

アレクシス・デ・トケビレ(Alexis de Tocqueville)はかつて、複雑な真実よりも単純な嘘の方が世界にとって受け入れやすい、ということを見て取った。近頃では、ユダヤ人は反ユダヤ主義のためにアラブの土地から立ち退かされた、あるいは、決してアラブではなくイスラエルこそが平和を追求した、といったシオニストの嘘の方が世界に受け入れやすくなっている。真実ははるかに識別が可能なものである。世界の舞台でのより大きな俳優が糸を引いているのだ。

これらの俳優たちは自分たちの犯罪に責任を負わされるべきである、と私は信じる。特に彼らがある種の思想的使命を聖壇に祭って、それによって、無実の人々に対して意欲的にテロを行い、略奪し、殺害する場合である。

私は同時に、これらの指導者の子孫が犠牲者とその子孫たちに償いをする、それも単なる賠償ではなく、歴史的な記録を真っ直ぐに正すことによってそのようにする、道義的責任がある、と信じる。

このことが、私がイスラエルで、イラクでの財産と地位を残して立ち去ることを強いられたイラク系ユダヤ人の補償を求めて調査組織を作った理由だった。これが、私がイスラムの地からやってきたイスラエルのユダヤ人の嘆きをもってイスラエル政府と闘う「ブラックパンサー」に参加した理由だった。そしてこれが、私がこの問題についての私の本を書いた理由だった。それは、歴史的な記録を真っ直ぐに正すこと、なのである。

イラクのユダヤ人(第3部)3

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 01:06 投稿番号: [13366 / 20008]
ベン・グリオンは、イスラエルは分割案を受け入れると世界に語り、アラブはそれを拒否した。次にイスラエルはアラブの国家と約束された土地の半分を占領した。そして彼はまだ十分ではないと言い続けた。イスラエルはもっと土地を求めた。一つの国が隣国の土地を取り上げることを望んだら、どうやって彼らとの平和を作ることができるだろうか。一つの国がその国境線に満足すると言おうとしないなら、どのようにして安全保障を求めることができるだろうか。そのような国にとって平和とは不便なものであろう。

私は今、多くのアラブ諸国の指導者たちが最初からイスラエルと和平を結ぶことを望んでいたことを知っている。しかしイスラエルは常にそれを拒否した。ベン・グリオンはプロパガンダでそれを覆い隠した。彼は、アラブ諸国はイスラエルを海の中に突き落としたいのだ、と言い、ガマール・アブデル・ナセル(Gamal Abdel Nasser)を、イスラエルを破壊することが最高の目標である「中東のヒトラー」と呼んだ。彼は米国と英国がナセルをパーリア【インドの不可触選民:訳注】のように扱うよう求めた。

1954年に米国はナセルに対する非難を弱めつつあるように見えた。すると6月の3週間で、多くの爆弾テロが起こった。カイロとアレクサンドリアの米国情報センターで、英国が所有する劇場で、そしてカイロの中央郵便局で。アレクサンドリアの映画館への焼夷弾攻撃の試みは、爆弾が犯人たちの一人のポケットから転げ落ちたために失敗した。これによって、テロリストたちが反西側エジプト人ではなく、エジプトと米国の温かい関係に水をさそうとするイスラエルのスパイであることが明らかになった。このことはラヴォン事件(the Lavon Affair)として知られるようになった。

ベン・グリオンは彼のキブツに住み続けていた。首相のモシェ・シャレット(Moshe Sharett)は、英国のモーリス・オーバック(Maurice Orbach)卿のオフィスを通してアブデル・ナセルに接触中であった。シャレットはナセルに捕らえられたスパイに対する寛大な処置を求めた。そしてナセルは両国間の状況の悪化を避けるために彼の力でできる限りのことをやった。

それからベン・グリオンは1955年2月に国防相として復帰した。この月の後半にイスラエル軍はガザにあるエジプト軍キャンプとパレスチナ難民を襲撃し、54名を殺害して多くの負傷者を出した。その襲撃の当夜、オーバック卿はナセルに対するメッセージを送っているところだった。しかしその軍事行動のために続けることが不可能になった。オーバックが電話をかけたときに、ナセルの秘書が彼に、この攻撃はイスラエルが平和を望んでいないことを証明している、そして彼は仲介者として時間を浪費している、と語ったのだ。

11月になってベン・グリオンはクネセットで、平和と理解を求めるためにどこででもいつでもアブデル・ナセルと喜んで会うだろう、という声明を出した。次の朝イスラエル軍はサバハ(Sabaha)地区にあるエジプト軍キャンプを攻撃した。

ナセルがイスラエルとの和平達成を悲観的に感じていたにも関わらず、彼は他の仲介を通してその試みを送り続けた。一つは米国フレンド奉仕委員会(the American Friends Service Committee)を通して、他はマルタの首相ドム・ミントフ(Dom Minthoff)の線、そしてユーゴスラビアのマーシャル・チトー(Marshall Tito)を通す道もあった。

特に期待が持てそうだったのは、ロンドンタイムズの編集長デニス・ハミルトン(Dennis Hamilton)を通してのものだった。ナセルはハミルトンに、ベン・グリオンと2時間か3時間座って話をしさえすれば、紛争を収めて二つの国の戦争状態を終わらせることができるだろう、と語った。この言葉がベン・グリオンの耳に届いたとき、彼はハミルトンと会うように手はずを整えた。彼らはロンドンのイスラエル大使アーサー・ルリア(Arthur Luria)を連絡役として話を進めることを決めた。ハミルトンの3度目のエジプト行きの際ナセルは彼に会って、ベン・グリオンが、1インチたりとも土地を譲らないし一人の難民をも戻らせないだろう、と述べた演説のテキストを見せた。ハミルトンはベン・グリオンが自分の口で和平の使命を突き崩しイスラエル・アラブ紛争を収めるチャンスをつぶしてしまったことを知った。

ナセルは、彼の友人で週刊誌ルズ・エル・ユスフ(Ruz El Yusuf)のイブラヒム・イザット(Ibrahim Izat)を派遣し、政治的空気を探るために、またもしイスラエルが平和を望むのであればどうして攻撃が起きるのかを知るために、イスラエルの指導者たちと会談させた。イザットが会った中の一人が軍の前参謀長イイガル・ヤディン(Yigal Yadin)であった。1988年、彼は私に次のような手紙を書いた。

イラクのユダヤ人(第3部)2

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 01:03 投稿番号: [13365 / 20008]
(訂正)
>アーサー・バルフォア(Arthur Balfour)外相は1017年
>アーサー・バルフォア(Arthur Balfour)外相は1917年

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[イラクの指導者たち]

摂政アブド・アル・イラーとその首相であるノウリ・エル・サイードのどちらも、ロンドンから直接の指示を受けていた。1948年の終りまでに、エル・サイードは、すでにイスラエルの首相ベン・グリオンにウイーンで会っていたのだが、イラクと英国の仲間たちといっしょに、人間の入れ替えの必要性について協議を始めていたのである。イラクがユダヤ人たちを軍用トラックに乗せてイスラエルまでヨルダン経由で輸送し、そしてイスラエルから追い出されたパレスチナ人の一部を受け取る、ということである。彼の提案には相互の財産の没収も含まれていた。ロンドンは、このアイデアは余りにも過激だ、ということで拒否した。

エル・サイードは代案を出し、イラクのユダヤ人の生活を、イスラエルへ立ち去ってしまうほどに惨めなものにさせる状況を作り始めた。ユダヤ人の国家公務員たちは解雇された。ユダヤ人商人たちは輸出入の許可を拒否された。警察はユダヤ人たちを些細な理由で逮捕し始めた。それでもなおユダヤ人たちの大部分は立ち去ろうとしなかったのである。

1949年9月にイスラエルはスパイであるモルデカイ・ベン・ポラットをイラクに派遣した。いわゆる「シオニストの蝮の毒」の一人である。ベン・ポラットが最初にやった事の一つは、エル・サイードに近づき、彼に、イラクのユダヤ人から市民権を取りあげる法律を制定させるために、金銭的な報酬を約束することだった。

そのすぐ後に、シオニストとイラクの代表者たちは、バグダッド在住の諜報員を介して伝えられたイスラエル作成のモデルに従って、その法律の素案を作り始めた。その法案は1950年3月にイラク議会を通過した。それによって政府は、この国を立ち去ることを望むユダヤ人に対して一回だけの出国ビザを発行することができるようになった。そしてその3月に爆弾攻撃が始まった。

60年の後、当時クネセット(Knesset)のメンバーであったユーリ・アヴネリ(Uri Avnery)が発行するイスラエルの雑誌ハオラム・ハゼー(Haolam Hazeh)は、バグダッドでの爆弾攻撃についてベン・ポラットを非難した。自身がクネセットのメンバーであったベン・ポラットはこの告発を否定したが、この雑誌を名誉毀損で訴えることは決してしなかった。そしてイスラエルにいるイラク系ユダヤ人たちは今もなお彼のことを「Morad Abu al-Knabel(爆弾のモルデカイ)」と呼び続ける。

私が述べたように、このことはすべて10代の人間の理解をはるかに超えたものだった。私はユダヤ人が殺され始めたと思った。そして我々を約束の地に連れて行ってくれる組織が存在した。だから私はイスラエルへの脱出(エクソダス)を手伝った。後にイスラエルで、偶然にだが、私はこれらのイラク系ユダヤ人の一部と出くわすことになった。彼らが、私がかつて彼らに行ったことのために私を殺してしまいたいという感情を示すことは、決してまれではなかったのだ。


和平のチャンス

1953年10月にイスラエルがヨルダンのキビア(Qibya)村を襲撃したとき、ベン・グリオンはネゲブにあるセデー・ボケル(Sedeh Boker)キブツでの出張ボランティアに出かけていた。そのような時には労働党は彼を訪ねていく人々のバス・ツアーを組織するのが常であった。そこで彼らは羊を追って働く元首相の姿を見た。しかしそれは単なる見せかけでしかなかった。実際に彼は日記を書き見掛けの背後で活動し続けた。私はそんなツアーの一つに出かけた。

我々はベン・グリオンに話しかけてはならないと言われていたが、私が彼に会ったとき私は、イスラエルが議会を持つ民主国家であるのにどうして憲法を持っていないのか、と尋ねた。ベン・グリオンは言った。「少年よ、(私はそのとき24歳になっていたのだが)聞きなさい。もし我々が憲法を持っているのなら我々は国の境界についてそこに書かなければならなくなる。そして今のそれはわが国の国境線ではないんだよ。」「ではどこが国境線なのでしょうか。」私は聞いた。「サハル(Sahal)の行くところならどこでも、そこが国境なのだ。」サハルとはイスラエル陸軍である。

ナクバと二重の軛 ②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/18 00:55 投稿番号: [13364 / 20008]
パレスチナの民衆は、二重の軛の下にある。
イスラエルによる占領とセクト主義の暴力との。

しかし、パレスチナの民衆は、
「可哀相な、虐げられた」民衆に踏み止まってはいない。

西岸各地でセクト主義の暴力に抗議する為に立ち上がっている。

私はこういう自ら解放の担い手たらんとする
パレスチナの民衆とこそ連帯したいと思う。

イラクのユダヤ人(第3部)1

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 00:47 投稿番号: [13363 / 20008]
http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/622.html

究極の犯罪者ども


[シオニストの指導者たち]

彼らは、ユダヤ人の国を確立させるためには、パレスチナの住民を周辺のイスラム諸国に追い出し、そしてそれらの諸国からユダヤ人を移入させなければならないことを、最初から分かっていた。

●テオドル・ヘルツルはシオニズムの建設者であり、それを社会工学(social engineering)によって成し遂げることができる、と考えていた。彼の1885年6月12日の日記に、彼は次のように書いている。シオニストの移住者は「一文無しの人間達をかきたてて国境を越えて連れて来なければならないだろう。中継する国々の中では彼らのために雇用を斡旋し、我々自身の国では雇用を拒否することによって。」

●ネタニヤフ首相の思想的な先達者であるウラジミール・ジャボチンスキー(Vladimir Jabotinsky)は、このような移送が実力によってのみ実行できたことを率直に認めた。

●イスラエルの初代首相であるダヴィッド・ベン・グリオンは、1937年のシオニスト会議で次のように語った。提案されるどのユダヤ人国家であっても『アラブ人口を区域外に移さなければならない。もし可能なら自発的な意思で、だめなら強制的に、である。』と。1948〜49年に75万人のパレスチナ人が根こそぎにされその土地が没収されたあと、ベン・グリオンは安価な労働力市場を充たすべきイスラム諸国のユダヤ人に目をつけなければならなかった。「密使たち」が、トリックか恐怖のどちらかを使ってユダヤ人たちを立ち去るように「説得する」ために、これらの国々にもぐりこまされた。

イラクのケースではその両方が使用された。教養の無いユダヤ人たちは、盲が見えるようになりびっこが歩けるようになり、たまねぎがメロンのように大きく育つメシア的イスラエルの話を吹き込まれた。教養のあるユダヤ人たちは爆弾を投げつけられた。

爆弾事件の2、3年後、1950年代の初期に、イラクで一冊の本が出版された。アラビア語で「シオニストの蝮の毒」と題された。著者は1950〜51年の爆弾事件の捜査を行った一人であり、その本の中で彼はイスラエル人たち、特にイスラエルから派遣された特使の一人であるモルデカイ・ベン・ポラット(Mordechai Ben-Porat)が、それに関与すると見ている。これが世に出るや否やその本は本屋からも姿を消した。米国大使館を通して働くイスラエル・モサドの局員がこの本をすべて買い上げ破壊した、と噂された。私は3度にわたってイスラエルで手に入れたものを私まで送ってもらおうとしたが、そのたびにイスラエル検閲当局は郵便局でそれを妨害したのだ。


[英国指導者たち]

英国はいつでもその最大の植民地的利権に添って行動した。この理由でアーサー・バルフォア(Arthur Balfour)外相は1017年に、第1次世界大戦でのシオニストの協力に対する見返りとして、ロスチャイルド卿にかの有名な手紙を送ったのである。第2次世界大戦の間、英国人たちは西側陣営にある顧客となる国々を維持することに第一の関心を抱いていた。一方でシオニストたちの最大の関心はヨーロッパのユダヤ人をパレスチナに移住させることであった。それがナチスとの協力を意味するとしても、である。(私の本の中で、私はベン・グリオンとシオニスト指導者たちによるこの種の交渉の例を数多く取り上げている。)

第2次大戦後、国際社会のチェス盤では共産主義者が資本主義者に対して戦った。米国とイラクを含む数多くの国々で、ユダヤ人たちは共産党の大きな部分を代表した。イラクでは労働者階級インテリゲンチャである何百人ものユダヤ人が共産党と社会党のヒエラルキーの最重要ポストを占領した。資本主義陣営でその顧客となる国々を維持するために、英国はそれらの政府に親英の指導者を確保しなければならなかった。そしてもし、イラクの中でのように、そういった指導者が追い出された場合には、一つか二つの反ユダヤ暴動が、首都に進駐して「正当な」指導者を復権させるための格好の口実となりえたのである。

その上、もしすべてのユダヤ人社会をイスラエルに移植することによってイラクから共産主義の影響を取り除く可能性があるのなら、そのときには、それをしない手は無いのだ。特にイスラエルとイラクの指導者が共謀している場合には。

ユダヤ教の狂信による人種差別政策に

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 00:36 投稿番号: [13362 / 20008]
よって60年もの間、子供が老人になるほどの長き年月、侵略&弾圧&虐殺を続け未だ恥じることも反省することもできない外道ども。

ナチス・ドイツがナチズムの狂気に走り侵略と人種差別政策による迫害&虐殺の悪業の果てにイスラエルの長き悪業のほんの数分の一、十数年程度で敗れ去るとほとんどのドイツ人はナチズムを恥じ反省した。

そしてイスラエルは更に何十年もナチスと同じように滅びるまで侵略&弾圧&虐殺を続けることだろう。

タチの悪いことこの上ない。

しかし、ユダヤのクズどものバカさ加減も哀れなものだ。

去年のレバノン侵攻でパレスチナ&レバノン人の民間人を千人以上虐殺した時、イスラエル側の被害を言い立てて一生懸命誤魔化そうとしていたアホ弁なんかのバカがいたが多く殺した方が悪いって理屈なら紛れもなくイスラエルが悪いってことになる。

やっぱバカナンだねぇ。

Re: かかしさんにお願い

投稿者: tdg_name_ngo 投稿日時: 2007/05/18 00:34 投稿番号: [13361 / 20008]
この   文章はやっぱ全然へん

わたしは別にマドンナではないですし。

そのことで、かかしさんが失礼なことを言わないよう遠慮する必要ないじゃないですか

わたしたちはかかしさんに迷惑をしてます   と訴えたのに
逆に   あなたの失礼は目身余るとか   遠慮をしてきたとか

わたしは   大騒ぎが   うざーい   と言っただけで、話しかけてもいないので
すごい剣幕できちがいみたいに   わめきたてたのは   どなたですか

もう一度読んでみてください   意味がわからない人みたいですね

ナクバと二重の軛

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/18 00:25 投稿番号: [13359 / 20008]
The Chatastrope Al Nakba Still Alife !
http://palestinefreevoice.blogspot.com/2007/05/al-nakba-may-14-deir-yassin-massacre.htm l
Rasmia Ala kras 76-years-old still has the key and the land registry of
her house in Wadi Hnin town which has been an Arab village
until the 1948 - when Israel drove away its Arab residents.
76歳の Rasmia Ala kras は、1948年までアラブの村であった
Wadi Hnin の彼女の家の鍵と土地登記証を持っています。
イスラエルはアラブの住民達を追い払いました。

Palestinians Commemorate the "Nakba" (VIDEO)
http://www.linktv.org/mosaic/20070515


Journalists besieged in Gaza (VIDEO 3:59)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6660000/newsid_6663400/6663411.stm?bw=nb&mp=wm

Fresh raids shatter Gaza truce (VIDEO 1:15)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6660000/newsid_6663800/6663823.stm?bw=nb&mp=wm
(IBRAHIM ADWAN:BBC journalist)
「ファタハとハマスの間の銃撃戦が続いています。
ハマスが私達のいる建物に向かって銃撃を行っています。
外では、ガザが炎上しています。
街頭では、銃を持った男達が支配権を握っています。
この街は今閉鎖下にあります。
四日続いてパレスチナ人同士の戦いが続いています。
権力闘争から、報復合戦へと変貌しています。
ハマスとファタハは挙国一致内閣を作りました。
それぞれの配下に向かって停戦を呼びかけています。
しかし今の所、その配下の若者達はいうことを聞こうとしていません」


ハマスとファタハ、4度目の停戦に合意
http://www.afpbb.com/article/1601847

4回目の停戦合意、またも破られ19人死亡
http://www.afpbb.com/article/1602849

ガザ地区への空爆、連日のロケット攻撃への報復
http://www.afpbb.com/article/1601950


(注意:遺体や負傷者の映像が何度も出てきます)
Gewalt im Gazastreifen eskaliert (VIDEO 2:43)
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/inhalt/3/0,4070,5415779-6-wm_dsl,00.html
「ガザでは事態悪化の前にイスラエル軍が
戻ってきた方が良いという声さえ聞かれます」

笑えない悲喜劇だ。屈辱的な報道だが反論できない、、、

http://www.linktv.org/mosaic/20070516 (VIDEO)

Fresh raids shatter Gaza truce (VIDEO 1:25)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6660000/newsid_6663200/6663213.stm?bw=nb&mp=wm

Israeli strikes on Gaza resume (VIDEO 1:44)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6660000/newsid_6666600/6666617.stm?bw=nb&mp=wm

Israel launches Gaza air strikes
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6664917.stm

Israeli missile attack kills 5 admist Gaza fighting (VIDEO 2:06)
http://cosmos.bcst.yahoo.com/up/player/popup/?rn=49750&cl=2723406&ch=161968&src=news

スデロットで、避難シェルターに駆け込む人々の映像。
カッサムの負傷者の映像。
小学校の教室に着弾している映像
学校は休校
数百人がバスで街を退避する映像

ラファへの空爆の映像

西岸各地での武力抗争への抗議集会の映像。


パレスチナの民衆は、二重の軛の下にある。
イスラエルによる占領とセクト主義の暴力との。

1948年3月29日付け国連記録2

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/17 17:43 投稿番号: [13358 / 20008]
【商店街 No.13318】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13318

>しかし、ではイギリスは撤退するというのだから、   では、一体誰が駐留するというのかと問われれば、たちまち困ってしまいますが、とりあえず、英軍がもうしばらく駐留を続け、   まずは、停戦を実施し、国連で対応を練り直すということくらいしか考えられませんが、、、
>国連平和維持軍のようなものを送るとかでしょうね。






末尾が切れてしまいました。続けます。

【エルサレム、3月28日】
  パレスチナのアラブ最高委員会・カーリジ長官は、今日、アラブ側はパレスチナ戦争からエルサレムを除くことに同意する可能性がないことを明らかにしました。
  アラブ側は、今度の戦いでも聖地を庇護することを断言し、カーリジ長官は、エルサレムにいる100,000人の人々を守ることができなかったユダヤ人に責任がある聖地を、ユダヤ人が防衛すべく国際部隊に応援してもらおうだなんて「衝動的なユダヤ人の反動」である   と非難しました。


[Page.2]
Tel Aviv, 28 March:-    The battle for the plain of Sharon and the twin cities of Tel Aviv and Jaffa was taking shape today as the last of 12,000 to 15,000 Arab farmers and villagers began moving out of the Jewish area around, Tel Aviv and Natauya. This was seen as the government to full-scale civil war in the area.(NY HERALD TRIBUNE)

Jerusalem, 28 March:-    A ship cntaining 800 uncertified immgrant was repoted to have been intercepted by the British Navy the Palestine coast.(NY TIMES)


【テルアビブ、3月28日】
  テルアビブとヤファの姉妹都市であるシャロン市の平地での戦闘は、今日、テルアビブやネタニア周辺のユダヤ人区域から10,000〜15,000人のアラブ農民や村民が移動し始めるという具体的な形が取られました。   これは、この地域において全面な内戦状態に突入したものと見られます。

【エルサレム、3月28日】
  伝えられるところによると、証明書を持っていない800人の移民が乗っている船は、パレスチナの沖合いで英国海軍に阻止され続けているという。









【商店街 No.13318】の続き
>Plan Dalet
http://www.palestineremembered.com/Articles/General/Story1552.html

>Walid Khalidi:
>Plan Dalet The Zionist Master Plan for the Conquest of Palestine Middle East Forum   ・・・


「それに続く内容(↑)がどこに書いてあるのか?」と読んでみたら、そんなものはどこにもなかった。

結局、googleで探してみたら、↑の紹介URLと同じものは、これ(↓)だけ。
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/palestine/2007/05/1948515_cf73.html

さも、「Plan Dalet」に書かれているかのように見せかける   商店街。

セッセと、ありもしないことを広めるのに   ムダな汗を流しております。




   不思議じゃない不思議じゃない、

        君は   ジューブン   生きているヨ(わら

シオニスト語録

投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 16:30 投稿番号: [13357 / 20008]
http://www.whatreallyhappened.com/palestinians.html
http://www.youtube.com/watch?v=ooTKpGGlU3Q


いくつか抜いてみましょうか

10. Ben Gurion also warned in 1948 : "We must do everything to insure they ( the Palestinians) never do return." Assuring his fellow Zionists that Palestinians will never come back to their homes. "The old will die and the young will forget."
(われわれはありとあらゆる手段でパレスチナ人がもどってこれないようにしなくてはならない。   老いぼれは死に、餓鬼はそのうちわすれるさ。)

11. "We have to kill all the Palestinians unless they are resigned to live here as slaves." Chairman Heilbrun of the Committee for the Re-election of General Shlomo Lahat, the mayor of Tel Aviv, October 1983.   (われわれはパレスチナ人全てぶち殺すべきだ。連中がここで奴隷になる気があるなら話は別だがな。)

12. "Every time we do something you tell me America will do this and will do that . . . I want to tell you something very clear: Don't worry about American pressure on Israel. We, the Jewish people, control America, and the Americans know it." - Israeli Prime Minister, Ariel Sharon, October 3, 2001, to Shimon Peres, as reported on Kol Yisrael radio. (Certainly the FBI's cover-up of the Israeli spy ring/phone tap scandal suggests that Mr. Sharon may not have been joking.)
(アメリカがぴーぴーうるさいが心配するな。アメリカを支配してるのはわれわれユダヤだ。アメリカもそれをしってる)

16. "We must use terror, assassination, intimidation, land confiscation, and the cutting of all social services to rid the Galilee of its Arab population." Israel Koenig, "The Koenig Memorandum"
(われわれはテロ、暗殺、脅迫、土地略奪、ありとあらゆる公共サービスの停止等をもちいてガリラヤのアラブ人を追い出さなくてはならない。)

17. "Jewish villages were built in the place of Arab villages. You do not even know the names of these Arab villages, and I do not blame you because geography books no longer exist. Not only do the books not exist, the Arab villages are not there either. Nahlal arose in the place of Mahlul; Kibbutz Gvat in the place of Jibta; Kibbutz Sarid in the place of Huneifis; and Kefar Yehushua in the place of Tal al-Shuman. There is not a single place built in this country that did not have a former Arab population." Moshe Dayan, address to the Technion, Haifa, reported in Haaretz, April 4, 1969.
(イスラエルにアラブ人のすんでなかった土地などない)

24. "One million Arabs are not worth a Jewish fingernail." -- Rabbi Yaacov Perrin, Feb. 27, 1994 [Source: N.Y. Times, Feb. 28, 1994, p. 1]
(アラブ人100万人の命はユダヤ人のつめ一つにも値しない)

25. "We Jews, we are the destroyers and will remain the destroyers. Nothing you can do will meet our demands and needs. We will forever destroy because we want a world of our own." (You Gentiles, by Jewish Author Maurice Samuels, p. 155).
(我々ユダヤは破壊者だ。そしてそうありつづけるだろう。   誰も我々をとめられない。我々は破壊をつづける。なぜなら我々は我々だけの世界を欲してるからだ。)

"The Promised Land extends from the River of Egypt to the Euphrates. It includes parts of Syria and Lebanon."
(約束の地とはエジプトの川からのびている。シリアとレバノンの一部もそうだ)


はっきりいってパレスチナ人全員が集団自決でもやってくれれば話は早いな   ふふふ
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=103208&n=1

>はっきりいって中東の平和を望むならパレスチナを崩壊してしまう方が手っ取り早いでしょうね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action

Re: 民族浄化:本当の敵は誰なのか ①

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/17 15:13 投稿番号: [13356 / 20008]
>そうだとすれば結果的に民族浄化となったとしても、その責任は追い出されたアラブ人にもおおいにある。

これはひどいっすよ。ダーレット計画は基本的にはユダヤ人国家の安全確保でしたが、そのためにはパレスチナ人の土地を収奪することも認められていたのですから。

1948年4月上旬、ダーレット計画の最中に発生したディル・ヤシン事件は(これはイルグンの暴走だと思う)、パレスチナ人の間に恐慌を引き起こしましたが、4月中旬にはハガナがティベリウスの攻撃。この時、パレスチナ人村落は壊滅的な打撃を受けました。4月下旬、ハガナはイギリス軍撤退を機にハイファを攻撃。この時点においてはまだ数万人のパレスチナ人が残っていましたが、この攻撃によってほとんどが難民と化しました。5月に入ると、北部の町が次々と占領される事態となっています(アラブ人国家に割り当てられた地域まで占領された)。

いずれにせよ、イスラエル建国以前にもパレスチナ人の迫害は行なわれていたことは間違いないと思います。

中東戦争がはじまると、さらに多くの難民が発生しましたが、やはりこれはイスラエル側による攻撃が最大の原因と考えられています。イスラエルはアラブ諸国が「ユダヤ人なんぞ地中海に叩き落してやるから、安心して避難しろ」という放送があったと主張していますが、実際にこの放送内容は現時点でも確認されていません。

また、「移住委員会」という機関が設置されましたが、この機関の方針は

①パレスチナ難民の機関の妨害
②戦争により接収したパレスチナ人村落の除去
③パレスチナ難民の周辺アラブ諸国への定住化の促進

であり、それを元にパレスチナ人村落の除去が行なわれ、また、ベングリオンは難民の帰還は一切認められないと明言しています。


しかし、イスラエル建国後、逆にアラブ各国からユダヤ人が難民と化したという事実。こちらになると語られることさえありません。現在、アラブ諸国でユダヤ人が比較的残っているのはモロッコだけであり、他国のユダヤ人コミュニティは完全に壊滅しました。シンパはちっとも問題にしませんけどね。

Re: かかしさんにお願い

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2007/05/17 14:29 投稿番号: [13355 / 20008]
ひむかさん、

お断り申し上げます。

私はあなたがイスパレにしろ頑張れトピにしろ、参加者の皆さんからマドンナ的存在の人だということを尊重して、あなたには失礼なことを言わないように遠慮してきました。それに引き換えあなたの失礼は目に余ります。

何度も申し上げましたが、私にかまわないでください。読みたくないなら無視リストに入れといてください。お互いに無視しあいましょう。それが得策です。

パレスチナの今後の予想

投稿者: oldfirehall 投稿日時: 2007/05/17 13:36 投稿番号: [13354 / 20008]
これまでパレスチナには独立する機会が何度かあったが、どうやらその機会を逃したようだ。パレスチナの現状からして、そう思わざるを得ない。これまでの約100年間の経緯を見るにつけ、事ここに至ってパレスチナ人に独立国家を維持していくだけの当事者能力があるとはとても思えない。世界の主要国はもちろん、アラブ諸国の中にさえ、口先ではともかく心の底からパレスチナの独立が可能だと思っている国など実際はほとんどないのではないのだろうか。特にアラブ諸国は、「パレスチナ独立」という大義名分にはどこも逆らえないし、「パレスチナ問題」を政治的に利用している面もあるので、表立ってはいえないが、本心は「現状では、ちょっと独立は難しいな」と感じている国が大多数ではないかという気がする。

パレスチナに行ったことがある人なら誰でも分かるが、岩石砂漠や荒野の合間のところどころにオアシスがあるだけのウエストバンクと、人口過剰でスラム化したガザを合わせても6165k㎡しか土地のないパレスチナに、現状でも300万人(うち難民170万人)が住んでいるのである。石油が出るわけでもなく、特別な産業とてないパレスチナでは、世界からの半永久的な支援がなければ、生きていくことさえ難しい。しかもこの地に、さらにヨルダン、シリア、レバノン、エジプトなどで暮らしているパレスチナ人が300万人以上(うち難民250万人)帰ってこようかというのであるから、土台生活が成り立つわけがないのである。
もちろん、いざパレスチナという国家が「独立宣言」したとしても、実際は周辺諸国のパレスチナ人が大挙して帰ってくるということにはならないだろう。なぜなら生活基盤のないところに、何の見通しもなく帰ってきたところで、たちまち窮民となるのは目に見えているからである。

ヨルダンなどは、かなり前からパレスチナ難民が望めば「ヨルダン国籍」を与える政策に転換しており、現在ではヨルダン領土内のパレスチナ難民のヨルダン人化が進行しているという。
レバノン、シリア、エジプトなども、ヨルダンに倣い、パレスチナ難民に積極的に国籍を与える政策を取り、パレスチナ難民を可能な限り国民として吸収すべきである。
既に「第一次中東戦争」から60年近くが経過し、難民も第二世代、第三世代となっているわけだから、いつまでも難民に「反イスラエル闘争」を戦って故郷に帰るべきなどと示唆するのではなく、まず第一に現在居住している国への帰化を促すべきである。

今後は「パレスチナ」という独立国家の建設より、現実的にパレスチナ人が自立して生きていける道を示すことの方が重要になってくるのではないだろうか。
そういう意味では、ウエストバンクをヨルダンの統治下に、ガザをエジプトの統治下に置き、それぞれの地域でパレスチナ人が「自治政府」を作り、高度な自治を行なっていくというのが、二十一世紀の現状からした現実的な「パレスチナ問題」の解決策になっていくのではないだろうか。

ナチズム劣化コピペマン

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/17 10:20 投稿番号: [13353 / 20008]
今日と明日は会社休みだから非常にお気楽な気分だったけど(ゴールデンウィークに出勤した振替休日)、相変わらず劣化コピペマンは香ばしいな。もっとも、最近は相手にされるのが怖いらしくて、最近”返信”もしてこなくなったが。

>すでにナチの悪逆非道すらも越えた人非人、人の心を捨て悪魔に魂を売り渡した外道どもだな。

▲ナチは1942年から、ポーランド各地のゲットーや各国のユダヤ人を次々と抹殺していった。もっとも、その以前から、1941年6月のナチのソ連侵攻に伴い、ソ連占領地域のユダヤ人は行動部隊によって老若男女関係なく、全員射殺されて、巨大な穴に埋められた。イスラエルはこれを越える蛮行をパレスチナ人にやっているのだろうか?   もっとも、占領地区はゲットーに例えることはできる思うが、ナチのゲットーにおいては、1年で1万人近い餓死者が出るような想像を絶する状況。もし、イスラエルの蛮行がナチを超えるなら、1年に最低数万単位の餓死者が出ていなくてはならないの。しかし、いずれもありえない話である。

いずれにせよ、ナチの行為に関しては全くの無知であるのもかかわらず、イスラエルの行為はナチを超えると断言できる、お前は超能力でもあるのか?(嘲笑)

これを悪質なデマゴーグという。


>ユダヤ教の神様ってのは実は蝙蝠の翼や黒い尻尾でも生えているんじゃあないかなぁ?

▲アホ。ユダヤ教徒、キリスト教、イスラーム教の神は同じ。ユダヤ教の神を侮辱することはイスラームを侮辱することと同じ。ヤハウェもアッラーも神の名ではなく、「神」と言う意味であり、それは中東か宗教を少しでもかじっているなら常識である。相変わらず日本の書物は「イスラームの神はアッラーです」「ユダヤ教の神はヤハウェです」と間抜けなことを書いているが、鼻息荒い劣化コピペマンの知識レベルはこのレベルと言うこと。初心者なら別にいいが。

いずれにせよ、イスラエルを非難するのは結構であるが、ユダヤ人そのものユダヤ教そのものを否定することは狂信者のすることであり、常識と理性のある人間のすることではない。つまり、劣化コピペマンは我ら凡人を超越した存在なのである。ナチズムに到達する日も遠くないかもしれない。

これを悪質な人種差別主義者と言う。

>どうもその手の眷属としか思えない分かり易い人間のクズのサンプルがその辺跋扈してるし

▲と、結局罵詈雑言しかできない。こういう奴は社会においては信頼されない。

ネタ元のP−naviもパレスチナにおけるファタハとハマスの抗争はいつもの事ながら隠蔽か。もっとも、それに書いているイスラエルの行為は激しく非難されてしかるべきであるが、臭い物に蓋と言う姿勢は相変わらずご健在のようだ。

1948年3月29日付け国連記録

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/17 09:19 投稿番号: [13352 / 20008]
その前に、前回の報告で載せられなかった   商店街の発言   を加えておきます。

【商店街 No.13318】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13318

>>5月15日は決定的な意味を持ちます。   その日までは、イギリスの統治が続いているのですから、アラブ軍は国境を越えることができません。   もし正規軍が国境を越えれば、それはイギリスに宣戦布告するということですから、そんなことはあり得ません。









29 March 1948
http://domino.un.org/pdfs/AAC21P37.pdf

Jerusalem, 28 March:-    Two large-scale Arab attacked on Jewish convoys resulted in the death of 70 Jews. At Kabiri, East of Naharia, 45 Jews were killed when 250 Arabs ambushed a convoy of five trucks and an armed car. Arab casualties were believed to have been 6 dead and 4 wounded.
  In the other engagement 25 Jews were killed and 24 wounded in a 30-hour fight with 3,000 Arabs one and half miles from Bethlehem in the Solomon's Pool area. The convoy, which was returning after carrying supplies to Kfar Etzion convoy, contained 59 armored vehicles. After a truce had been negotiated by the Jewish Agency and the Arab Higher
Committee, with the British as intermediaries, 149 survivors of the convoy surrendered to the Arabs and were escorted to safety by British troops. Hagana estimated the Arab dead and wounded at 135.
  Thirteen other incidents occurred during the day, in which 5 Jews, 3 Arabs and 2 Britons were killed, and 12 Jews, 5 Arabs, and 8 Britons wounded. (NY TIMES)

Jerusalem, 28 March:-    Official and unofficial reports listed at least 106 Jews and Arabs as killed in Easter weekend violence throughout Palestine. (UNITED PRESS, NEW YORK HERALD TRIBUNE)

Jerusalem, 28 March:-    Dr.hussein Khalidi, Secretary of the Arab Higher Executive Committee for Palestine, said today that there is no possibility that the Arabs will agree to remove Jerusalem from the Palestine war.
  Asserting that the Aravs will protect the City's holy places during the coming battles, Dr.Khalidi charged that what he termed "sudden Jewish efforts" to obtain an international force to protect the Holy Land's Shrines were due to a realization by the Jews that they could not protect their 100,000 people in the Jerusalem.


【エルサレム、3月28日】
  2件の大規模なアラブ人の攻撃でユダヤ人輸送軍団が攻撃され、70人のユダヤ人が殺害されました。   ナハリアの東、カビリでは、5台のトラックと1台の装甲車からなる輸送軍団が250人のアラブ人に待ち伏せ攻撃を受け、45人のユダヤ人が殺害されました。   アラブ人の死傷者は6人、4人が負傷したという。
  他の交戦では、ソロモン池(?)地区から1.5マイルでは3000人のアラブ人との30時間に及ぶ戦いで25人のユダヤ人が殺害され、24人が負傷しました。   クファ・エツジオンの軍団へ搬送した後のその輸送軍団は、59台の装甲車両も含まれます。   ユダヤ人当局とアラブ最高委員会(Arab Higher Committee)と交渉後、イギリス人を仲裁人として、アラブ人らに囲まれた輸送軍団の149人の生存者はイギリス軍によって安全に護送されました。   ハガナは、アラブ人の死者と負傷者を135人と推定しています。
  その日、他にも13件起きました。   ユダヤ人5人、アラブ人3人とイギリス人2人が殺害され、ユダヤ人12人、アラブ人5人、そしてイギリス人8人が負傷しました。

【エルサレム、3月28日】
  公式・非公式の報告によれば、パレスチナ全域でイースター後の暴力によって106人のユダヤ人とアラブ人が殺害されました。

【エルサレム、3月28日】
  パレスチナのアラブ最高委員会・カーリジ長官は、今日、アラブ側はパレスチナ戦争からエルサレムを除くことに同意する可能性がないことを明らかにしました。
  アラブ側は、今度の戦いでも聖地を庇護することを断言し、カーリジ長官は、エルサレムにいる100,000人の人々を守ることができなかったユダヤ人側に責\xC7

パレスチナの内紛、死者40名

投稿者: miniiwa2 投稿日時: 2007/05/17 07:34 投稿番号: [13351 / 20008]
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20070517AT2M1601B16052007.html

エジプトが仲介したのに、この有様。

なんだかな。

こいつらは

投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 03:37 投稿番号: [13350 / 20008]
イラク難民も”自発的避難民”とそのうち呼称するだろう


こいつら
www.heinleinsociety.org/conventions/conjose2002/ConJ_Connell.html

かかしさんにお願い

投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/17 02:33 投稿番号: [13349 / 20008]
また   いろいろ   考えたのですが、
あどべんさんもこのように以上をきたしておりますので、このとぴへはご遠慮していただけないでしょうか

こくなんさんは感情的にこの問題を考えてらっしゃるようで、かかしさんと話もできるのではないでしょうか

でも私とあどべんさんは全くかかしさんについては違う感情をもっています。

イラクとぴを見さしていただいて、かかしさんは言論をたのしんでらっしゃるのだとわかりましたが、ここは   そのようなところではございません。

あどべんは私にかなり近い時限にいるため、あのようになってしまうのでしょう

まじめにいっているのですが、ここはあなたのような者のくるようなところではない   意味わかりますか   私はこのかぼそい生命体で地球をひっぱってきました。

ですから、ここでの、私のまわりでのことは現実に激しく影響します。
ですから、いままでそうであったように、ここでの大騒ぎはあどべんをあのようにかえました。わたしがかかしさんにこういうと   いつもあらしとかストーカーとかのことをおっしゃいますが

あなたのせいでしょ   あなたがそうさせているのではないですか
あどべんはかかしさんが大嫌いですよ   彼のことはわかってあげてくださいね

遊ぶのはこくなんさんのとびだけにしてください
ここにはこないでください   私たちにはかかわらないでください
それでも   こられるなら   かならず   あなたには災難がふりかかります
ぱれすちなげりらやアルカイダから命をねらわれるかもしれませんよ


これほど私はあなたから迷惑をこうむっています   私の友人あどべんは掲示板からきえました。再度言いますが   あのストーカーは彼です。

私たちがやろうとしていることはあなたとは違います。
私はあどべんにお会いできてもいません   全く関係ないあなたがどうして私たちのなかに割り込むのですか

あの飯家さんは   わたしにそろそろ   あきらめたら   とおっしゃいましたよ
あのひとには   全く関係ないことですのに、案山子さん同様おつむがいかれていらっしゃいますね

こんな現状をつくったかかしをゆるせません
せきにんとれよ   てめえ   大人だろうが

消される村、取り上げられる土地

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/17 01:50 投稿番号: [13348 / 20008]
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200705132343.htm

イスラエルによる隔離壁や入植地建設などによって、パレスチナ人の土地は日々、削り取られていっているが、チューバスに近いアカバ村では村の80%が消されそうになっているというニュースが入ってきた。

アカバ村の村議会長が語ったところでは、イスラエル当局は弁護士を通じて、新しい村の境界を定めた地図を手渡してきたという。正当化されえないイスラエル軍の命令では、村の80%の土地が地図から消えていただけでなく、境界内に残った5、6軒の家を除いて、境界外になってしまった残りのすべての建物を取り除けとしている。

岩の多い丘の上にあるアカバ村は、三方をイスラエル軍が「軍事封鎖地域」と宣言した土地に囲まれ、家を新築したり、増築したりするスペースがないために多くの人が近隣へと移住し、1000人いた人口は300人までに減少している。

今回の新しい地図がやって来るのに先立ち、少なくとも28人/軒の村人は家屋の破壊令状を渡されていた。イスラエル軍の新地図によると、これらの家は村の境界の外に位置するということになる。

村議会長は、村人たちが何年にも渡り、家屋破壊をイスラエル法廷に持ち込んで闘ってきたが、いまだに裁決が下りていないと語った。議会長はイスラエル軍が裁決を下されるのを避けるために、[地図を持ち出すなどの]トリックを仕掛けてきていると考えている。(11日付)

( Israeli Army deletes 80% of Palestinian village buildings (アカバの場所がわかる西岸地図あり)より)

関連記事: Dr. Barghouthi warns of Israel’s illegal plan displace a Palestinian village

壊される家があれば、作られる家もある。しかし、作られるのは、イスラエルの入植者のためのものだけだ。

イスラエルの日刊紙・ハアレツが報じたところでは、イスラエル政府はエルサレム周辺に新たに2万戸の入植者用住宅を、東エルサレムのアブ・ディース付近では500戸の入植者用住宅を建設することを計画しているという。

(イスラエルの)エルサレム市助役のヨシュア・ポラック氏は、この計画がベツレヘムの東にあるグッシュ・エツィオン入植地群とエルサレム市の北部の入植地をつなげるものだと説明している。

が、イスラエル左派メレツ党のビビ・アラウ氏は、この計画の意図するところは、比較的落ち着いているエルサレムを特に狙い、パレスチナ人を挑発することだけだと語っている。

イスラエルはエルサレムにおけるユダヤ人人口の優位を保つために、人口バランスについてつねに気を遣ってきた。イスラエルのエルサレム研究所からは、エルサレム内のパレスチナ人の出生率がユダヤ人の2倍であるという研究結果が発表されている。

このままでいくと、2020年までにはユダヤ人人口は現在の60%から54%になり、パレスチナ人人口は34%から40%に増加、さらに2035年だと50%にまで上昇すると研究所は仮定している。

パレスチナ自治政府のエレカット主任交渉人は、この入植地の増加は、西岸と東エルサレムからイスラエルが撤退することを求めたアラブ和平プランへの、イスラエルの回答だと見られると語った。

「イスラエルはエルサレムでパレスチナ人の家や団体の建物を取り壊しているいっぽうで、東エルサレムに不法な入植地を3つも建設することを承認している。これらの入植地は自分たちの街に住むエルサレムのパレスチナ住人たちの存在(プレゼンス)を危うくするものだ。」(エレカット氏)

(後略)

------------------------ -

そして今も延々と弾圧と虐殺は続く。

殺し奪い踏み躙り続ける60年。

短い期間のことなら衝動的な暴走ってのもありかもしれないがこれは確信犯、つーか明らかに計画的に続けている。

すでにナチの悪逆非道すらも越えた人非人、人の心を捨て悪魔に魂を売り渡した外道どもだな。

ユダヤ教の神様ってのは実は蝙蝠の翼や黒い尻尾でも生えているんじゃあないかなぁ?

どうもその手の眷属としか思えない分かり易い人間のクズのサンプルがその辺跋扈してるし。

シオニストの世界では

投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 01:00 投稿番号: [13347 / 20008]
>おじんさんが出し資料に関して、ただそれを反論せずにデマゴギーと言い切ってしまうのはどうかな?イスラエル領からアラブ人が出て行った理由が強制的に追い出されたのか自発的に避難したのか、それには充分に議論の余地がある。

エスニック・クレンジングを”自発的避難”と呼称するらしい。

ユダヤってのは自然災害なんだなー   (笑

Re: 民族浄化:本当の敵は誰なのか ①

投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/05/16 23:25 投稿番号: [13346 / 20008]
>1948年のイスラエル建国時に、
ユダヤ人がパレスチナ人に対して、エスニック・クレンジングを行ったこと。
>こんなことは、既に歴史的事実、史実なのであって、
そんなことを議論するつもりなどない。

歴史的事実だといってるのは反イスラエル勢力であって、完全に証明されているわけではないですよね。私もこのあたりの歴史はちょっとはかじってますが、歴史学者の間ですでに全面的に受け入れられてる事実じゃない。

おじんさんが出し資料に関して、ただそれを反論せずにデマゴギーと言い切ってしまうのはどうかな?イスラエル領からアラブ人が出て行った理由が強制的に追い出されたのか自発的に避難したのか、それには充分に議論の余地がある。

当時のイスラエル領のアラブ人たちが民兵として武装しユダヤ人を攻撃していたことは事実であり、善良に平和に暮らしていたアラブ人がある日突然イスラエル軍に武力で追い出されたというわけではないでしょう。近隣アラブ諸国からの援助もあったのだし、いずれアラブ連合軍が攻めてくるという期待もあったはず。

イスラエル軍がアラブ人を攻撃した事実はあるだろう。だがそれは一方的なものではない。1948年の時点ですでにイスラエル地域でアラブ人対ユダヤ人の戦争が起きていたと考えるべきで、アラブ人は単にその戦いに負けて避難せざる終えなくなったのかもしれない。

そうだとすれば結果的に民族浄化となったとしても、その責任は追い出されたアラブ人にもおおいにある。イスラエルだけを責めるのはおかしい。

ナクバの日に内部抗争とは、、、

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/16 22:47 投稿番号: [13345 / 20008]
ファタハとハマスの衝突が各地で発生、11人死亡
http://www.afpbb.com/article/1596589

http://www3.nhk.or.jp/news/2007/05/16/d20070516000044.html
「ハマスの軍事部門は、15日、イスラエルに向けてロケット弾を発射し、
イスラエル国内の学校や住宅に相次いで着弾しました。
イスラエル軍によりますと、5人がけがをしたということで、
イスラエル空軍は、ロケット弾の発射地点となっているガザ地区北部に対し
威嚇攻撃を行いました」

http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4800/news/20070514id22.htm
「カルニ検問所付近では、両派の交戦現場から約1キロ・メートル離れた
イスラエル側から、同国軍がガザ側に発砲し、パレスチナ人1人が死亡した」


(注意:遺体や負傷者の映像が何度も何度も出てきます)

Eight killed in 'Hamas ambush' (VIDEO 1:38)
http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_6650000/newsid_6658200/6658293.stm?bw=nb&mp=wm

http://www.linktv.org/mosaic/20070515

ハマスは関与を全面的に否定
アッバス議長は、対立はパレスチナ国民の国益に悪影響を与えると声明



5月15日は、59回目のナクバの日なのに、、、
ナクバを訴える集会に集まった市民は、
抗争に激昂していました。
アルジャジーラのインタビューを受けた市民二人は、
セクトによる対立抗争、セクタリズムを激しく非難していました。

本来なら、5月15日は、イスラエルにエスニック・クレンジングされた
ナクバ(大厄災)の日です。
こんな日にパレスチナ人同士が殺し合うとは、、、

しかもカッサム・ロケットをイスラエルのスデロットに発射し、
一般市民五人を負傷させたそうです。

内部矛盾を外部に転嫁しようという手法ですね。
占領と戦う勢力内の対立を、
何の関係もないイスラエルの一般市民を殺傷することにより、
イスラエルの侵攻を招き、内部対立を克服しようという手法でしょう。
パレスチナの内部矛盾を外部に転嫁するという手口自体が誤っていますし、
しかもその為にイスラエルの一般市民に
被害を与えても構わないという意味では、腐敗しています。

内部矛盾の外部への転嫁は政治権力者の手法です。
占領と戦う筈の勢力がこんな手法を使うべきではありません。


"Al Nakba" -- The Palestinian Catastrophe of 1948 (ビデオ映像 7分)
http://www.youtube.com/watch?v=XDK_c8dORa0

2つの「ナクバ」   ──パレスチナとイラクで
http://www.onweb.to/palestine/siryo/nakba-najwa14may07.html

かかしさんごめんなさい

投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/16 20:22 投稿番号: [13344 / 20008]
下の投票イラクトビに朝書いたつもりで、見てみてないので、投票拒否にあったとおもってしまって今日は出かけたのですが、

一日考えてみてやっぱり   かかしさんの   おっしゃっているとうりなんだろうと   思いました

ほんとのこといって   あどべんには   もう表現できないくらい頭にきていますら   かかしさんにもそれが行ったようです

ごめんなさい    とりあえず

1948年3月19日付け国連記録

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/16 17:17 投稿番号: [13343 / 20008]
【商店街 No.13295】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13295

>ハイファなどの巨大都市は、そうもいかないので、正規軍で軍事的に叩き出すのだ。「出て行くか、死ぬか、どっちでもお好きなように」と。


【商店街 No.13325】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13325

>ユダヤ側によるエスニック・クレンジングの完遂は、「イギリスが徐々に撤退していくことで可能」となったのです。英軍が撤退していく地域には権力の空白が生じます。その権力の空白を埋めるのは、ユダヤ側とパレスチナ側の軍事力です。







19, March 1948
http://domino.un.org/pdfs/AAC21P34.pdf

Jerusalem, March 18:-    Haifa was the center of violence today when 6 British soldiers and 7 Jews were killed and 1 soldier, 1 British official of the Palestine Railways and 1 arab were wounded.
  Jews sources reported that 250 armed Arabs attacked a Jewish armored car outside the Arab village of Ishwa in the foothils of Judea and killed its crew of 8 Haganah men.
  Another Jewish convoy of 21 trucks, gurded by a British Army escort was attacked by Arabs on the Jaffa-Gazza road.
  Jerusalem was generally quiet throughout the day.
  The unofficial death toll since November 29 rose to 1,830. (N.Y.TIMES, N.Y.HERALD TRIBUNE).

Hebron, Palestine, March 18:-    Troops of the arab Legion moved into Palestine today and took over security control in to Arab districts. They are the first soldiers belong to a regular amy of a neighboring Arab state to enter Palestine in their own uniform "under authority of the Arab Leage".
  Sheik Mohammed Ali Jabari, Mayor of Hebron, told a reporter: "They are here representing and under orders of the Arab League, not King Abdullah of Trans-Jordan".
   The soldiers moved into evacuated British Army barracks in the Hebron district and into quarters in Nablus. (N.Y. HERALD TRIBUNE)

【エルサレム、3月18日】
  6人の英兵と7人のユダヤ人、一人の兵士が殺害され、1人のパレスチナ鉄道英国公務員と1人のアラブ人が負傷という、今日の暴力の中心はハイファでした。
  ユダヤ人の話によれば、250名のアラブ義勇兵がユダヤの丘のイシュワというアラブの町の郊外にいたユダヤ側装甲車を襲撃し、ハガナー隊員8人と乗務員1人を殺害したという。
  一方、1台の英国軍自動車に先導された21台の護送ユダヤ輸送隊は、ヤファ〜ガザ間の道路でアラブ人による攻撃を受けました。
  エルサレムは、今日一日中、およそ静かでした。
  非公式の死者数は、11月29日(181国連決議)から1,830名に達しました。

【パレスチナ・ヘブロン、3月18日】
  アラブ兵の部隊は、今日、パレスチナのヘブロンへ移動し、アラブ人地区の治安に配属されました。彼らは、近隣諸国としては始めての通常連帯の兵隊たちで、「アラブ連盟軍」という独自の軍服姿でパレスチナに入りました。
  モハメッド・アリ・ジャバリ族長とヘブロン市長は記者たちに次のように話ました:「彼らアラブ兵はヨルダンのアブドラ国王ではなく、アラブ連盟の要請を受け、その代役を担って、今、ここにいます。」
  兵士らは、3ヶ月間の任務に就くべく撤退を命じられたヘブロン地区英兵の兵舎に引越しました。

劣化コピペマンのネタ元

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/16 11:27 投稿番号: [13342 / 20008]
この劣化コピペマンのネタ元である阿部正雄はイラクのフセイン体制を褒め称えていたDQN。フセインの100%賛成選挙を呑気に信じていたほどであるから、その真贋能力と分析能力のレベルが知れる。イラク戦争の反対意見では本筋からかけ離れた頓珍漢な意見がたくさん見られたが、いくら左派でもフセイン体制を擁護する奴は皆無だった。御仁は貴重なその中でもお一人と言えるだろう。

この文章は何もかもイスラエルが悪いという実に香ばしい文章で、突込みどころ満載であるが、もっともふざけているのはこの文章。


>一般にまだ根強く残っているのは「アラブ人はユダヤ人を海に投げ込もうとしている」というシオニストの逆宣伝である

▲おそらくハマスの憲章を読んだことがないのか、わざととぼけているのかのどちらかだ。ハマスの憲章は英訳が出ているので誰でも読むことができるし、例え、英訳が出ていなくともハマスの方針は常識中の常識である。また、ハマスでなくてもパレスチナの教育内容やマスメディアを調べれば分かるはずである。このようなことを知らない、あるいは、わざととぼける人間にパレスチナを語る資格はない。


>イスラエルと戦前の日本の類似点を研究することは、日本軍国主義への反省として多くの貴重な教訓を与えてくれる。
>イスラエルの政治に色濃くつきまとうのは軍国主義である。ベンダサン氏が「日本人とユダヤ人」の中で、さかんに日本の平和主義者を攻撃し、日本の再軍備促進を叱汰激励するのもナチ・ドイツの政策を継承しているからである。彼はシオニストとして、かつてのナチの盟友、日本への軍国主義への郷愁を何とか現実に変えたいとの焦燥感を正直に(?)に告白しているにすぎない。

▲どあほ。

Re: この地図見ていつも私のおもうことは

投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/16 06:49 投稿番号: [13341 / 20008]
これは   ストーキング   ではありませんね。

そうでない書き込みも増えてきました。だってひむかをまもるためには必要ですもの。

誤解です。とおっしゃったけど   ほんとかかしさんて   すごい

以前boyの田宮さんがあどべんに言い寄って言い寄って   くっつきまくって
他のとびへ連れて行ったことがあるんです。ものすごく強く押し捲られるとあどべんは   動いてしまう人なんです。(そして   それが原因で彼はイスラエルに行った私は言っていた)

あなたがそうさせているということですよ
だって遠回りしてイスパレにちかずいた
めしあさんが   私がいすぱれでマドンナではやまこがとてもショックだったと見えるって   おっしゃっていましたしね

でもあどべんはあなたが好きだからストーカーをやっているわけではありませんから

だいいち私をおいて掲示板からいなくなるわけはないし

わからないそうなので教えてあげますがストーカーはあどべんです。
私とかれは特別にリンクされているから私にはわかるのですよ

でもあの大騒ぎ。。。ストーカーはあなたが希望したことですね
だから   うれしくて   たまんないんだ

ねえ   かかしさん

パレスチナと国連40年の記録

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/16 06:13 投稿番号: [13340 / 20008]
【商店街の発言   No.13295:『イスラエル』パレスチナ難民という原罪①】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5 aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13295

>自分が祖国であると観念している土地に、同じ人間が先祖代々、生き、生活してきたのだ。そして、エスニック・クレンジングによって、土地を奪ってきたのだ。
>真っ当な、人間らしい心があるのなら、罪の意識に苛まれる筈なのだ。

>1947年
>・11月29日:国連分割案採択
>1948年
>・3月19日:米が分割案の停止を求め、信託統治領を提案
>・4月1日:国連安保理は停戦案を採択
>・4月4日:「ダーレット作戦」発動










◇Palestine and the U.N. in Retrospect: The Forties
  振り返るパレスチナと国連の40年
http://www.un.int/palestine/forties.shtml

・The Special Committee on Palestine completes its work on 31 August 1947, with agreement on terminating the mandate but without consensus on settlement of the question of Palestine. The majority recommends partition of Palestine into two states with special international status for Jerusalem, while the minority (India, Iran and Yugoslavia) propose a federal state comprising an Arab state and a Jewish state, with Jerusalem as the capital of the federation. (Australia abstains on the two plans.)

  181決議3ヶ月前の1947年8月31日、5月15日に結成されたパレスチナ特別委員会は意見が一致することなく解散する。   大多数はこの特別な国際情勢の中、二つの国にパレスチナを分割することを勧告する。   一方、少数派のインド、イランとユ−ゴスラビアはエルサレムを首都とするアラブとユダヤの2連邦制を提案する。(オーストラリアは棄権)。


・The General Assembly adopts resolution 181 (II) of 29 November 1947 on the future government of Palestine, setting forth a Plan of Partition with Economic Union, consisting of four parts: future constitution and government of Palestine; boundaries; city of Jerusalem; and capitulations. ・・・The result of the vote on resolution 181 (II) was 33 in favor, 13 against and 10 abstaining.

  1947年11月29日、パレスチナの将来の国に関し4項目(未来のパレスチナ憲章と政府:境界線:エルサレム:そして降伏)からなる経済連合の分割案を国連決議181を採択する。・・・投票の結果は、賛成33、反対13、棄権10。


・The Security Council adopts resolution 42 (1948) on 5 March 1948, appealing to all governments and peoples, particularly in and around Palestine, to take all possible action to prevent or reduce such disorders as are occurring in Palestine.

  1948年3月5日、安保理は   特にパレスチナ周辺、あるいはパレスチナにいるすべての国と人たちに   今、パレスチナで起こっているような騒乱を減らすかあるいは抑止するよう、決議42を発表する。


・3月19日:米が分割案の停止を求め、信託統治領を提案???

  商店街が提示した3月19日の案件↑は、この国連記録には該当なし。


・The Security Council adopts resolution 43 (1948) on 1 April 1948, calling for an immediate truce in Palestine and calling upon the Jewish Agency for Palestine and the Arab Higher Committee to make available representatives to the Security Council for the purpose of arranging a truce.

  1948年4月1日、安保理はアラブ最高委員会(Arab Higher Committee)とユダヤ人当局に対し即時停戦を勧告・・・。








・・・on 5 March 1948, appealing to all governments and peoples, particularly in and around Palestine,・・・
3月5日、特にパレスチナ周辺およびパレスチナ内部にいるすべての政府と人々に対しアピールする

は、商店街   が書かないところを見ると、パレスチナの参考本にはないらしい♪


・・・on 1 April 1948, calling for an immediate truce in Palestine and calling upon the Jewish Agency for Palestine and the Arab Higher Committee・・・
4月1日、ユダヤ人当局とアラブ最高委員会に対

この地図見ていつも私のおもうことは

投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/16 05:36 投稿番号: [13339 / 20008]
石油産油国への地中海からの陸路を確保してるようにみえます。
http://en.wikipedia.org/wiki/1947_UN_Partition_Plan

パレスチナ低抗運動の足跡5

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:52 投稿番号: [13338 / 20008]
  また、ベン・グリオン自身、かつて一九四六年の米英調査委員会にたいし、「われわれは、アラブ人や非アラブ人を平等に扱い、アラブ的性格、言語、生活の維持もとくに生活水準の向上に凡ゆる努力を行なう」とのべている。
  しかし、これは全くのごまかしである。その「平等」の扱いがいかに出鱈目であるかは、広河隆一著「ユダヤ国家とアラブ・ゲリラ」にも登場するイスラエル国内に住む弁護士のサブリ・ジュリス氏が凡ゆる弾圧にひるまず書いた「イスラエルのアラブ人」が一九六六年に発表されてからやっと明るみにでるようになった。
  農民にたいする苛酷な差別や仕打ちも、農民を土地から追い出し、その土地のあとにユダヤ人の移民を入植させてしまおうという政策であり、こうした土地をすてて、都会に流入するアラブ労働者の数は増えている。五万四〇〇〇人のアラブ人労働者のうち、三万七〇〇〇人が出稼労働者で、その多くは、一週間あるいは一ヵ月に一度家に帰ることができるにすぎない。
  こうしたアラブ人労働者にたいしてヒスタドルート〔イスラエル労働総同盟〕(第皿章参照)は、アラブの労働者は非組織労働者だから、非組織労働者の雇用に反対して闘うのは労働組合の義務だと理窟にならない理窟をつけてアラブ人を締め出してきた。この組織はユダヤ人の労働者をつくり出すのが目的であったため、アラブ労働者を加入させることなどおよそ問題にはしていたかったのである。
  こうした差別は、教育の分野でも同じである。その教育政策は一貫して、アラブの民族的教育を抑圧し、アラブ人としての自覚を喪失させようと努めてきている。
  宗教上の聖地にたいして、狂信的青年によるエルサレムの回教寺院・ユル・アクサ放火事件や、三大宗教の聖地エルサレムの現状を勝手に変更し、サンフランシスコのような近代都市に切換えようとしているなど、国連総会や安保理事会の一致した非難を尻目にこの聖地の美しさ、神聖さを破壊している。
(後略)

--------------------

ありゃ?ほとんどイスラエルの侵略による虐殺&弾圧の足跡になってる。

ま、それが実態だからな。

パレスチナ低抗運動の足跡4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:45 投稿番号: [13337 / 20008]
  しかし、ここでもイスラエルは、”清無用”とばかり、家屋の破壊、投獄、拷問、戒厳令、集団懲罰、通行許可制など凡ゆる手段をつくしてパレスチナ人の追い出しを計っている。
  とくにその中で最も強大な抵抗の基地になっているのはガザ地区である。僅か一〇〇平方マイルの地域に三五万人のアラブ人が住み、地域自体が一種の”収容所”の観を呈している。
  これらすべては、一般市民の保護を規定した一九四九年のジュネーブ国際協定に違反するものとして、国連から占領下のアラブ人民の人権を調査したいと再三イスラエルに調査団の入国を求めているがイスラエルは頑強に拒否しつづけている。一九七〇年一二月の国連総会で圧倒的多数でイスラエル占領下におけるアラブ人の人権侵害が糾弾された。

6   占領地域のアラブ人

〈解説〉軍政による抑圧

  一九四八年九月のパレスチナ戦争終結後も、イスラエル国内に残ったアラブ人は、約一六万人、現在では自然増加によって約三〇万人に達している。
  しかし、シオニストたちは、一九四八年の独立宣言の中で白々しくも次のように言明した。
  「イスラエル国は、イスラエルの預言者たちが夢想したような、自由、正義、平和に基礎をおくものとする。全市民の社会的、政治的権利は、信教、人種、性別による差別はなく全く平等とする。」
  そして彼らは、世界の眼をパレスチナ難民にそそがせている間に、パレスチナの完全なイスラエル化を目標にこれらイスラエルに残ったアラブ人の土地を着々と没収した。それはアラブ人の土地の八○%に達している。
  イスラエル創設の最初の一〇年間、イスラエル当局は、もっぱら軍政の施行を通してアラブ人にたいし厳しい抑制や圧迫政策をとり、必要とするアラブの土地をことごとく没収し、続々移住してきたユダヤ人を定着させた。
  本文にもあるように、不在地主法(一九五〇年三月)と土地取得法(一九五三年)など一連の悪法は”土地の収奪を合法化するため”につくられた法律であった。かくて、イスラエル建国当時、一七五万ドナムあったアラブ人の土地は五〇万ドナムに縮小されてしまった。
  しかし、六〇年代の初頭には、イスラエル政権は、少し戦術を変え、アラブ人との関係を改善するためにアラブ人への抑圧をやや緩めたが、その狙いは、イスラエル当局に協力し、シオニズムの政策に服従しないアラブ人と対抗する裏切り分子を支援するなど、いわば「分割支配」のアメとムチの政策であった。
  現在、イスラエルに住むアラブ人は邪魔ものの第二級の市民として、その九〇%は軍政に基づく、悪名高い南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)にも通じるような治安地域の中に、いわば”外国人”として住まわされているのである。
  では、このようなアラブ人への一切の抑圧手段として用いられた軍政とはどんなものであろうか?
  この軍政制度は、イスラエルが創設されてから強大な権力をふるってきたのであるが、もともとこうした軍政制度は、一九四五年当時のイギリス委任統治政庁の国防法(非常事態法)と一九四九年六月のイスラエルの国防関係法(治安地域)にー基づいている。イギリスによる国防法は、かつてユダヤ人の移民制限から反英テロ活動を行なったイルグン。ツパイ。レウミ、シテュルンなどユダヤ人の過激テロ分子を取締るためつくられたもので、今のイスラエルの指導的法律家たちは、この法律が制定された一九四五年当時には、これらの法律は、文明国には例のない、ナチ・ドイツにも存
在せぬ悪法であり、市民の基本的権利を脅かすものとして反対したいわくつきのものであった。しかし、一たんイスラエルが建国されるとこのような法律を引継ぐことには、僅か一人を例外として、誰も反対しなかった。


〈解説〉奪われているアラブ人の基本的人権

  イスラエルに招待されたジャーナリストや知識人は、イスラエル政府がお膳立てしたお定りのコースを視察したあと「イスラエルに住むアラブ人の生活は、アラブ諸国内のアラブ人よりも”より豊かな生活”を楽しんでいる」という記事を書いている。
  たしかに、イスラエルのアラブ人の一部が、部分的に改善された面があるにしても、圧倒的大多数のアラブ人の基本的人権は守られていないし、その社会生活面でも多くの差別を受けている。
  第一、イスラエルはその建国の根拠を国連分割案にもとめているが、その分割案では「すべてのものに市民的、政治的・経済的問題での平等がつ無差別の権利と人権や基本的自由の享受を保証」しており、「人種、宗教、言語、性別を基礎に住民にーたいする差別はしない」とうたわれていたのであった。
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