イスラエル/パレスチナ和平

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イラクのユダヤ人(第3部)4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 01:07 投稿番号: [13367 / 20008]
『親愛なるジラディ氏へ。

あなたの手紙は、ほとんど忘れかけていてほんのいくつかの詳細しか覚えていないあることを、私に思い出させてくれました。

イブラヒム・イザットは、もし記憶に間違いなければ、外務省かその支局かの要請の元で、私のところにやって来ました。彼は私の家にいてそして我々は何時間も話しました。私は彼がナセルの遣いで来たと言っていた記憶はありません。しかし彼がその意識で来ていたと理解できたことに間違いはありません。

ナセルが英国とフランスの反対にも関わらずスエズ運河の国有化を決定したとき、ラジオ・カイロはヘブライ語でそれを伝えました。

もしイスラエル政府が英国とフランスの帝国主義者に影響を受けていないのなら、両国の間には大きな理解が次第に生まれてくるでしょうし、エジプトはイスラエルのスエズ運河への通路を持ちたいという要求を認めることでしょう。

イスラエルはエジプトに対しては何の意図も無いと答えました。しかしちょうどそのときに、イスラエルの代表者たちはフランスにいて、1956年に起こるべき3方向の攻撃を計画中でした。

その間中ベン・グリオンは「中東のヒトラー」と言い続けました。これは1970年9月、ガマール・アブデル・ナセルが去ってしまうまで続きました。そのとき、ダヴィッド・ベン・グリオンは記者団に、奇跡中の奇跡だ、と言ったのです。

彼が死ぬ1週間前に私はアブデル・ナセルからの使者を迎えました。彼はイスラエルとアラブ世界の問題解決のために緊急に私に会いたいと求めました。

一般の人は驚きました。彼らはアブデル・ナセルが和平を今まで望み続けたことを知らなかったのです。しかしイスラエルはそれを妨害しました。

イスラエルとの平和を望んでいたアラブの指導者はナセルだけではなかったのです。他にも大勢いました。アブデル・カリム・カセム(Abdel Karim Qasem)准将は1958年7月にイラクの実権を握る前に、秘密合意を結ぶためにイスラエルに代表団を送る地下組織を率いていました。ベン・グリオンは彼に会うことすら拒否しました。私はイスラエルでジャーナリストをしていたときにこのことを知りました。しかし私がこのことのほんの一部でも公表しようとすると、いつでも検閲が「不許可」の印を押したのです。

現在、ネタニヤフ(Netanyahu)の時代で、我々は再び、平和を作る利益を欺く新たなイスラエル首相の目撃者となりつつあります。ネタニヤフとリクードはアラファトを盛り立てて、イスラエルの「安全保障」のためにもっともっと抑圧的な方法を確立するように要求しています。遅かれ早かれ、パレスチナ人はアラファトの、イスラエルの買弁としての強権的手法にうんざりしてしまうだろう、そして彼は殺されるのではないか、と疑っています。そうなればイスラエル政府は言うでしょう。「見なさい。我々は彼にすべてを与える準備があったのだ。あなた方はアラブ人たちを信用してはならない。彼らは互いに殺しあう。いまや平和について語るべき者は誰もいない。」と。』


結論

アレクシス・デ・トケビレ(Alexis de Tocqueville)はかつて、複雑な真実よりも単純な嘘の方が世界にとって受け入れやすい、ということを見て取った。近頃では、ユダヤ人は反ユダヤ主義のためにアラブの土地から立ち退かされた、あるいは、決してアラブではなくイスラエルこそが平和を追求した、といったシオニストの嘘の方が世界に受け入れやすくなっている。真実ははるかに識別が可能なものである。世界の舞台でのより大きな俳優が糸を引いているのだ。

これらの俳優たちは自分たちの犯罪に責任を負わされるべきである、と私は信じる。特に彼らがある種の思想的使命を聖壇に祭って、それによって、無実の人々に対して意欲的にテロを行い、略奪し、殺害する場合である。

私は同時に、これらの指導者の子孫が犠牲者とその子孫たちに償いをする、それも単なる賠償ではなく、歴史的な記録を真っ直ぐに正すことによってそのようにする、道義的責任がある、と信じる。

このことが、私がイスラエルで、イラクでの財産と地位を残して立ち去ることを強いられたイラク系ユダヤ人の補償を求めて調査組織を作った理由だった。これが、私がイスラムの地からやってきたイスラエルのユダヤ人の嘆きをもってイスラエル政府と闘う「ブラックパンサー」に参加した理由だった。そしてこれが、私がこの問題についての私の本を書いた理由だった。それは、歴史的な記録を真っ直ぐに正すこと、なのである。
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