パレスチナ低抗運動の足跡5
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:52 投稿番号: [13338 / 20008]
また、ベン・グリオン自身、かつて一九四六年の米英調査委員会にたいし、「われわれは、アラブ人や非アラブ人を平等に扱い、アラブ的性格、言語、生活の維持もとくに生活水準の向上に凡ゆる努力を行なう」とのべている。
しかし、これは全くのごまかしである。その「平等」の扱いがいかに出鱈目であるかは、広河隆一著「ユダヤ国家とアラブ・ゲリラ」にも登場するイスラエル国内に住む弁護士のサブリ・ジュリス氏が凡ゆる弾圧にひるまず書いた「イスラエルのアラブ人」が一九六六年に発表されてからやっと明るみにでるようになった。
農民にたいする苛酷な差別や仕打ちも、農民を土地から追い出し、その土地のあとにユダヤ人の移民を入植させてしまおうという政策であり、こうした土地をすてて、都会に流入するアラブ労働者の数は増えている。五万四〇〇〇人のアラブ人労働者のうち、三万七〇〇〇人が出稼労働者で、その多くは、一週間あるいは一ヵ月に一度家に帰ることができるにすぎない。
こうしたアラブ人労働者にたいしてヒスタドルート〔イスラエル労働総同盟〕(第皿章参照)は、アラブの労働者は非組織労働者だから、非組織労働者の雇用に反対して闘うのは労働組合の義務だと理窟にならない理窟をつけてアラブ人を締め出してきた。この組織はユダヤ人の労働者をつくり出すのが目的であったため、アラブ労働者を加入させることなどおよそ問題にはしていたかったのである。
こうした差別は、教育の分野でも同じである。その教育政策は一貫して、アラブの民族的教育を抑圧し、アラブ人としての自覚を喪失させようと努めてきている。
宗教上の聖地にたいして、狂信的青年によるエルサレムの回教寺院・ユル・アクサ放火事件や、三大宗教の聖地エルサレムの現状を勝手に変更し、サンフランシスコのような近代都市に切換えようとしているなど、国連総会や安保理事会の一致した非難を尻目にこの聖地の美しさ、神聖さを破壊している。
(後略)
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ありゃ?ほとんどイスラエルの侵略による虐殺&弾圧の足跡になってる。
ま、それが実態だからな。
これは メッセージ 13337 (jyonnconner さん)への返信です.
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