イラク日本人襲撃事件

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幸子さん講演録より

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/04/09 17:00 投稿番号: [1049 / 1062]
サマワ孤児院の建設は順調そう。
もうじき完成だそうです。
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html#samawa4

モハマドくん基金の診療所の方は…?

今年2月4日、袋井市「NPO講座」での幸子さんの講演録を見ると
http://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/Files/1/39990335/html/npo.giziroku.pdf.2.txt
○寄付金2700万円、モハマドくんの治療の残りが1600万円。
○ファルージャの子供病院…5年以内につくる目標。
○サマワ…ライオンズクラブの孤児院の中に診療所を作る。7月完成予定。
○奥・井ノ上イラク子ども基金からも協力の申し出。
http://www.oku-inoue-fund.com/

進んではいるようですね。


ちょっとだけ、抜き書きを。

モハマドくんについて

『2回目の来日っていうのが、角膜の移植。そして、レンズがなかったものですから、レンズの挿入という、大手術だったんですけれども…視力からいうと0.2か3。目の前1・2メートル先の指が1本2本とかね、そういう数は見えます。日常生活に支障はありません。』

『イラクの人たちは、日本あるいは日本人っていうものに、ものすごい信頼を、信頼と尊敬をよせていました。だから、あの親切な日本っていう国の日本人だったら、もしかして自分の息子を助けてくれるかもしれない。そう思ってあの親子は、バグダッドに泊まっていた、橋田信介を訪ねてきたと思うんです。で、橋田信介は、フリーランスのジャーナリストです。フリーランスっていうのは、私3Kと言っているんですけどね、「きつい・きたない・金欠」と。…自分の取材費だけでも工面するの大変なのにね、イラク人の少年、彼を日本に連れて行って、治療させるっていうのは、自分に出来るかどうか?だけど、なんか出来るかもしれない。と思って、写真を撮って、私の所に戻ってきました。で、私の目の前で、ほんとに日本全国津々浦々、もう赤十字だとかアムネスティーだとかNGOとかね、いろんなところに電話してましたけれども、どっからもなかなかいい返事を貰えなくて、で、その時にふっと私の頭に浮かんだのが、あんまり可哀相だったんで、身抱えしてましたのでね、思わずそこにいらしゃる、一杉さんという方なんですけど、で、彼とはほんとに2003年の時に一緒に高校生三人連れてアフガニスタンのカブーンまで行ってきました。で、一緒に連れてった高校生が2004年には、大学生になってました。静大ですけれども。で、そこでその話をしましたら、ワンコイン活動をはじめてくれたんですね。モハマド君親子の、渡航費だけでもどうにかしよう。ということで、ワンコイン活動はじめてくれました。で、一杉さんが、お医者さんと、執刀医と、それと病院を探してきてくれて、で、手術代については、イラクで撮影したテープを売ればどうにかなるのではないかと、で、お金ないから、ほんとに宿泊費とか食費はね、一杉さんのところと私の所と半分ずつみなきゃだめよねぇ・・なんていうところからはじめた、本当に小さな小さなプロジェクトでした。』

襲撃事件について

『慎重な人ですから、行く道に何か異常を感じたら、日程的にも時間がありますから、彼は絶対にとまったと、サマワに。それをしなかったっていうことは、行く道何も異常を感じなかったと思うんですよね。で、帰り道にああいう事故に、事件にあってしまった。私は彼らが、拉致されたのだったらならば、絶対に全身全霊をかけて彼を救い出すことができたと、思ってるんですけどね。だけど、ああいう殺され方をしたら、しょうがないですよね。避けようがないですもんね。』

『私も今年52です。…この52年間の中で、一番苦しかったですね。ほんとに、これでもかって言うくらい、涙ってずいぶん出るもんだってなとかね、思って過ごしましたし、今でも、こう言うと怒られちゃうかもしれないけれども、10年とか20年ね、介護なさってる方にこういう話すると怒られちゃうかもしれないけど、せめて一週間なり一ヶ月なり看病が出来たら、隣で看ていって、それなりに自分の中で納得できる部分、あったんじゃないかな?あるいは、自分の目の前で撃たれて血を流している姿を見れたんだったら、それもまた、ひとつ自分で納得いくのかな。だけど、ある日突然、煙のようにね、この地球上からいなくなるっていうことについては、それを自分の中で折り合いをつけていくっていうことは、なかなか大変です。もう会えなくてもいい、声を聞けなくてもいいから、地球\xBE

幸子さん講演録より

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/04/09 17:00 投稿番号: [1049 / 1062]
サマワ孤児院の建設は順調そう。
もうじき完成だそうです。
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html#samawa4

モハマドくん基金の診療所の方は…?

今年2月4日、袋井市「NPO講座」での幸子さんの講演録を見ると
http://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/Files/1/39990335/html/npo.giziroku.pdf.2.txt
○寄付金2700万円、モハマドくんの治療の残りが1600万円。
○ファルージャの子供病院…5年以内につくる目標。
○サマワ…ライオンズクラブの孤児院の中に診療所を作る。7月完成予定。
○奥・井ノ上イラク子ども基金からも協力の申し出。
http://www.oku-inoue-fund.com/

進んではいるようですね。


ちょっとだけ、抜き書きを。

モハマドくんについて

『2回目の来日っていうのが、角膜の移植。そして、レンズがなかったものですから、レンズの挿入という、大手術だったんですけれども…視力からいうと0.2か3。目の前1・2メートル先の指が1本2本とかね、そういう数は見えます。日常生活に支障はありません。』

『イラクの人たちは、日本あるいは日本人っていうものに、ものすごい信頼を、信頼と尊敬をよせていました。だから、あの親切な日本っていう国の日本人だったら、もしかして自分の息子を助けてくれるかもしれない。そう思ってあの親子は、バグダッドに泊まっていた、橋田信介を訪ねてきたと思うんです。で、橋田信介は、フリーランスのジャーナリストです。フリーランスっていうのは、私3Kと言っているんですけどね、「きつい・きたない・金欠」と。…自分の取材費だけでも工面するの大変なのにね、イラク人の少年、彼を日本に連れて行って、治療させるっていうのは、自分に出来るかどうか?だけど、なんか出来るかもしれない。と思って、写真を撮って、私の所に戻ってきました。で、私の目の前で、ほんとに日本全国津々浦々、もう赤十字だとかアムネスティーだとかNGOとかね、いろんなところに電話してましたけれども、どっからもなかなかいい返事を貰えなくて、で、その時にふっと私の頭に浮かんだのが、あんまり可哀相だったんで、身抱えしてましたのでね、思わずそこにいらしゃる、一杉さんという方なんですけど、で、彼とはほんとに2003年の時に一緒に高校生三人連れてアフガニスタンのカブーンまで行ってきました。で、一緒に連れてった高校生が2004年には、大学生になってました。静大ですけれども。で、そこでその話をしましたら、ワンコイン活動をはじめてくれたんですね。モハマド君親子の、渡航費だけでもどうにかしよう。ということで、ワンコイン活動はじめてくれました。で、一杉さんが、お医者さんと、執刀医と、それと病院を探してきてくれて、で、手術代については、イラクで撮影したテープを売ればどうにかなるのではないかと、で、お金ないから、ほんとに宿泊費とか食費はね、一杉さんのところと私の所と半分ずつみなきゃだめよねぇ・・なんていうところからはじめた、本当に小さな小さなプロジェクトでした。』

襲撃事件について

『慎重な人ですから、行く道に何か異常を感じたら、日程的にも時間がありますから、彼は絶対にとまったと、サマワに。それをしなかったっていうことは、行く道何も異常を感じなかったと思うんですよね。で、帰り道にああいう事故に、事件にあってしまった。私は彼らが、拉致されたのだったらならば、絶対に全身全霊をかけて彼を救い出すことができたと、思ってるんですけどね。だけど、ああいう殺され方をしたら、しょうがないですよね。避けようがないですもんね。』

『私も今年52です。…この52年間の中で、一番苦しかったですね。ほんとに、これでもかって言うくらい、涙ってずいぶん出るもんだってなとかね、思って過ごしましたし、今でも、こう言うと怒られちゃうかもしれないけれども、10年とか20年ね、介護なさってる方にこういう話すると怒られちゃうかもしれないけど、せめて一週間なり一ヶ月なり看病が出来たら、隣で看ていって、それなりに自分の中で納得できる部分、あったんじゃないかな?あるいは、自分の目の前で撃たれて血を流している姿を見れたんだったら、それもまた、ひとつ自分で納得いくのかな。だけど、ある日突然、煙のようにね、この地球上からいなくなるっていうことについては、それを自分の中で折り合いをつけていくっていうことは、なかなか大変です。もう会えなくてもいい、声を聞けなくてもいいから、地球

サマーワに孤児院を!

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/03/16 22:35 投稿番号: [1048 / 1062]
ライオンズクラブ国際協会埼玉地区
サマーワに孤児院を!!! 建設募金活動の結果報告

http://www.lionsclubs330c.gr.jp/orphanage/samawa-index.html

募金目標額   2,000万円
達成額合計   22,543,107円
  内   訳
   街頭募金額             14,668,107円
   ライオンズクラブ国際財団申請額    7,875,000円

「・・・サマーワには、日本の自衛隊が派遣されています。自衛隊の
派遣に関しては賛否両論がありますが、派遣された自衛隊員の安全は、
日本人が願うものだと考えます。またライオンズクラブは政治に関与
しない原則を貫いています。日本の純粋な民間支援が、日本人である
自衛隊員の安全をお手伝いすることを希望しています。・・・」

建設状況
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html



順調なようですが、自衛隊撤収に間に合うかな。。。

モハマドくん基金の診療所の方は、どうなんだろ?
HPも更新されないし。。。

サマーワに孤児院を!

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/03/16 22:35 投稿番号: [1048 / 1062]
ライオンズクラブ国際協会埼玉地区
サマーワに孤児院を!!! 建設募金活動の結果報告

http://www.lionsclubs330c.gr.jp/orphanage/samawa-index.html

募金目標額   2,000万円
達成額合計   22,543,107円
  内   訳
   街頭募金額             14,668,107円
   ライオンズクラブ国際財団申請額    7,875,000円

「・・・サマーワには、日本の自衛隊が派遣されています。自衛隊の
派遣に関しては賛否両論がありますが、派遣された自衛隊員の安全は、
日本人が願うものだと考えます。またライオンズクラブは政治に関与
しない原則を貫いています。日本の純粋な民間支援が、日本人である
自衛隊員の安全をお手伝いすることを希望しています。・・・」

建設状況
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html



順調なようですが、自衛隊撤収に間に合うかな。。。

モハマドくん基金の診療所の方は、どうなんだろ?
HPも更新されないし。。。

<白夜通信> より

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/27 00:29 投稿番号: [1047 / 1062]
村尾建吉氏
<白夜通信> 〜「底が突き抜けた」時代の歩き方〜
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/
より

○イラクの戦場で生涯を全うしたジャーナリスト橋田信介
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/Taro10-480.pdf

カンボジアだけでも何度も銃をつきつけられた橋田さんだが、いつもそれを切り抜け
る秘術があった。
「相手がいろいろ言う前に、座っちゃうんだよ。そして、相手にも『まあ座れよ』って
言うんだ。座ったらもうしめたもので、そこから先は絶対に撃たない」
まずこちらの目線を下げる。それに従い相手も下げると奇妙な連帯感がうまれ、殺さ
ないというのである。
目線の低さは、橋田ジャーナリズムのすべてに共通する。戦争があり人が殺し合って
いても、そこには生活があり人生がある。弾が飛び交う下で、人は飯を食い糞をし、そ
して交わる。橋田さんはそれを知り尽くしていた。弾の後ろから戦争を見るジャーナリ
ストは多いが、橋田さんは弾の「下」から見たのである。弾が頭上を飛び交う場所、馬
鹿同士が殺し合う、その真ん中で弾の腹を眺めて人々の営みを描くほど、戦争とそれに
勤しむ連中を軽蔑した目線があるだろうか。


「モハマド君を連れてくるというのは単なる美談ではなく、橋田さんが長年ジャーナリ
ストとして培ってきた一種冷徹な計算でもある。少年を助けるという行為で現地の人々
の懐に入り、ディープな情報を入手しようとしたんでしょう。GMCを使ったのも、イ
ザという時には逃げられる馬力があるからです。
そもそも根っからの戦場記者の彼がバグダッドを目前にして引き返すはずがない。き
っと美談を使ってメディアから便宜を得ようとも考えたでしょう。でも、それは決して
悪いことではない。その冷静さがフリーランスには必要なんです」

妻の幸子さんが橋田氏が殺害された4ヵ月後の9月に講演した際に、「もし、橋田信介
さんが誘拐されていたとしたら、どうしましたか? 」という質問に、やや間を置いて「モ
ハマドを取引の材料に使おうと思ったでしょう」と答えたことである。《会場が一瞬静
まり返ったような気がした。そんなことを言っていいのだろうか》と、ジャーナリスト
の高瀬毅は『アエラ』(05.2.7)のなかで書いている。



○ジャーナリストは命懸けの現場を目指せ!−橋田幸子の切ない思い
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/Taro10-481.pdf

イラクのファルージャで日本人三人が人質になった事件を聞いたとき・・
橋田は私に電話をかけ、こう言った。
「日本では、すごいバッシングが起きているんだって? オレに何があっても、政府や世間に
助けてくださいなんて言うなよ。オレはそれなりの信念をもってやっているんだから」
「そんなこと解っているわよ。何年私と夫婦をやっているのよ。自分のオクサンを信じなさい!」
私は、事件後、橋田との約束どおり振舞うことができただろうか? しかし、夫を失
った悲しみを癒すには、それだけではだめだった。事件の真相を知らなければ、心に澱
が残った状態のまま生きていかなくてはならない。》
二ヵ月がたったからこそ、こう書けたにちがいない。「政府や世間に助けてください」
と言わないだけでなく、政府批判も禁句であった。夫の「信念」をけっして貶めないよ
うに、マスコミに言質を取られるような振舞いだけはなんとしてもしてはならなかった。
《私は、事件後、橋田との約束どおり振舞うことができただろうか?》と書いているよ
うに、そのことだけがずっと事件後の妻の心中を占め、気が張りつづけてきたことをこ
の手記は窺わせている。二ヵ月ずっと橋田信介の妻として振舞いつづけ、自分を抑制し
てきたのだから、少しは橋田幸子として感じたことをいわせてもらいますよといったニュ
アンスが、外務省や出先の大使館の事件への対応についての記述のなかに滲みでている。


・・橋田信介はもとより、共に殺害された小川功太郎もイラク
入りするために、NHKを辞めてフリージャーナリストになったのだ。現場に行くため
にフリーにならざるをえないジャーナリストが、その「フリー」であることの意味を更
に問われることになるのは、砲弾を撃ち込まれる立場を共有するまなざしにおいてであ
ろう。危険な現場の更なる危険な被弾される場所に立った取材であることにおいて、「フ
リー」であることの効果が十全に発揮され、いま起こっている戦争がどのようなもので
あるかが

<白夜通信> より

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/27 00:29 投稿番号: [1047 / 1062]
村尾建吉氏
<白夜通信> 〜「底が突き抜けた」時代の歩き方〜
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/
より

○イラクの戦場で生涯を全うしたジャーナリスト橋田信介
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/Taro10-480.pdf

カンボジアだけでも何度も銃をつきつけられた橋田さんだが、いつもそれを切り抜け
る秘術があった。
「相手がいろいろ言う前に、座っちゃうんだよ。そして、相手にも『まあ座れよ』って
言うんだ。座ったらもうしめたもので、そこから先は絶対に撃たない」
まずこちらの目線を下げる。それに従い相手も下げると奇妙な連帯感がうまれ、殺さ
ないというのである。
目線の低さは、橋田ジャーナリズムのすべてに共通する。戦争があり人が殺し合って
いても、そこには生活があり人生がある。弾が飛び交う下で、人は飯を食い糞をし、そ
して交わる。橋田さんはそれを知り尽くしていた。弾の後ろから戦争を見るジャーナリ
ストは多いが、橋田さんは弾の「下」から見たのである。弾が頭上を飛び交う場所、馬
鹿同士が殺し合う、その真ん中で弾の腹を眺めて人々の営みを描くほど、戦争とそれに
勤しむ連中を軽蔑した目線があるだろうか。


「モハマド君を連れてくるというのは単なる美談ではなく、橋田さんが長年ジャーナリ
ストとして培ってきた一種冷徹な計算でもある。少年を助けるという行為で現地の人々
の懐に入り、ディープな情報を入手しようとしたんでしょう。GMCを使ったのも、イ
ザという時には逃げられる馬力があるからです。
そもそも根っからの戦場記者の彼がバグダッドを目前にして引き返すはずがない。き
っと美談を使ってメディアから便宜を得ようとも考えたでしょう。でも、それは決して
悪いことではない。その冷静さがフリーランスには必要なんです」

妻の幸子さんが橋田氏が殺害された4ヵ月後の9月に講演した際に、「もし、橋田信介
さんが誘拐されていたとしたら、どうしましたか? 」という質問に、やや間を置いて「モ
ハマドを取引の材料に使おうと思ったでしょう」と答えたことである。《会場が一瞬静
まり返ったような気がした。そんなことを言っていいのだろうか》と、ジャーナリスト
の高瀬毅は『アエラ』(05.2.7)のなかで書いている。



○ジャーナリストは命懸けの現場を目指せ!−橋田幸子の切ない思い
http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/Taro10-481.pdf

イラクのファルージャで日本人三人が人質になった事件を聞いたとき・・
橋田は私に電話をかけ、こう言った。
「日本では、すごいバッシングが起きているんだって? オレに何があっても、政府や世間に
助けてくださいなんて言うなよ。オレはそれなりの信念をもってやっているんだから」
「そんなこと解っているわよ。何年私と夫婦をやっているのよ。自分のオクサンを信じなさい!」
私は、事件後、橋田との約束どおり振舞うことができただろうか? しかし、夫を失
った悲しみを癒すには、それだけではだめだった。事件の真相を知らなければ、心に澱
が残った状態のまま生きていかなくてはならない。》
二ヵ月がたったからこそ、こう書けたにちがいない。「政府や世間に助けてください」
と言わないだけでなく、政府批判も禁句であった。夫の「信念」をけっして貶めないよ
うに、マスコミに言質を取られるような振舞いだけはなんとしてもしてはならなかった。
《私は、事件後、橋田との約束どおり振舞うことができただろうか?》と書いているよ
うに、そのことだけがずっと事件後の妻の心中を占め、気が張りつづけてきたことをこ
の手記は窺わせている。二ヵ月ずっと橋田信介の妻として振舞いつづけ、自分を抑制し
てきたのだから、少しは橋田幸子として感じたことをいわせてもらいますよといったニュ
アンスが、外務省や出先の大使館の事件への対応についての記述のなかに滲みでている。


・・橋田信介はもとより、共に殺害された小川功太郎もイラク
入りするために、NHKを辞めてフリージャーナリストになったのだ。現場に行くため
にフリーにならざるをえないジャーナリストが、その「フリー」であることの意味を更
に問われることになるのは、砲弾を撃ち込まれる立場を共有するまなざしにおいてであ
ろう。危険な現場の更なる危険な被弾される場所に立った取材であることにおいて、「フ
リー」であることの効果が十全に発揮され、いま起こっている戦争がどのようなもので
あるかが

Re: 涙が止まらない

投稿者: iwannobaka1 投稿日時: 2006/01/27 00:17 投稿番号: [1046 / 1062]
覚悟無し
人の死を利用する無かれ

涙が止まらない

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/26 23:56 投稿番号: [1045 / 1062]
床の間に置かれた一辺50cmのガラスケースに、グレーの帽子が収まっている。右後頭部に、直径1cmにも満たない小さな穴が開いており、縁にはかすかに焦げたような跡がある。左前頭部の生地は、縦に大きく引き裂け、帽子の内側には、ところどころ薄れかかった血液のような茶色の痕跡が残っている。抜けて残った銀色の毛髪が生々しい。

世界の戦場を渡り歩いたジャーナリストの夫、信介=当時(六一)=が銃弾に頭を撃ちぬかれて命を奪われた″物証″だ。見る者に銃弾や戦争の恐ろしさを突きつけるが、妻はそこに、夫が生きたことの証しを見、ぬくもりを感じている。


二十八日午前六時二十分過ぎ、イラクに同行していた功太郎の家族から電話連絡を受けたあとは、息つく間もなかった。同日夕方の六時には、都内のホテルで記者会見に臨んだ。
「このたびは夫のことでお騒がせしまして、申し訳ありません」「夫も私も、覚悟はできていました」「ジャーナリストの大先輩として尊敬しています」矢継ぎ早になされる質問に、一つ一つ冷静に答えた。取り乱している暇はなかった。


生家の屋号から「こみかどのゆっこちゃん」と呼ばれた活発な少女は、昭和二十八年八月、静岡県清水町に生まれた。
父は国立大学の物理科を卒業した県立高校の数学の教師。一方の母も戦中、女学校で薙刀を教えていた。

両親から勉強しろといわれたことは一度もなかったという。ただ、「人さまに迷惑をかけるようなことを恥ずかしいと思う感覚、恥の精神は持っていました」。日本女子大文学部へ進み「文部省で働こう」と、漠然とした将来像も描いた。卒業論文のテーマは「フリースクール」。先進国の米国に研究にも行った。

だが、「なんだか、つまらない」と思いだした大学四年のとき、転機が訪れた。学園祭でベトナム戦争の実情を伝える展示会を企画し、写真の貸し出し依頼に出向いた日本電波ニュース社に、信介がいた。

「ひょろりと背が高く、日焼けした妙な人だわ」。これが第一印象。だが、ベトナムの戦地から戻ったばかりの信介の話は、面白かった。

志向はマスコミに変わり、大学卒業後はNHKに勤務。番組のリポーターを約二年やったが、「やっぱりつまらない」。

そんな時、信介がバンコクへ派遣されることになった。幸子は「面白そう」と同行を決めた。

「男と女の関係なんて、紙切れ一枚役所に出すか、出さないかのものではないはず、と思っていました」
結婚するつもりはなかったが、「橋田記者がバンコクの自宅に女性を連れ込んで暮らしている」と本社でうわさになっていることが分かり、入籍することにした。

以来、バンコクに通算十三年以上、ローマでも暮らした。夫はカンボジア内戦やビルマ動乱、アフガン戦争を現場から伝え続け、妻は時にパートナーとして取材に同行し、時に家で一人息子と、夫の無事を祈った。

夫に振り回され続けたようにも映るが、「信介さんとの人生は、次から次へ楽しいことばかり。本当に幸せでした。」


信介は取材の傍ら、イラク戦争で片目を負傷したファルージャの少年、モハマド君に日本で手術を受けさせようと奔走していた。だが、信介の死で少年の所在は分からなくなった。戦乱のイラクで連絡先を捜し当てることなど不可能に思えた。

だが、信介は亡くなる前日、少年親子を日本の通信社の記者に引き合わせていた。それが細い糸となって連絡が取れたからには、夫の後を引き継がねば」妻はその後も走り続け、モハマド君の来日は実現し、手術は成功した。モハマド君の名を冠した基金には、いまも多くの人の善意が集まっている。

自衛隊の宿営地、サマワに建設されることになった孤児院にも、日本の篤志家団体と協力して支援を続けてきた。昨年十二月には予定地の地ならしが始まった。施設はシーア派の宗教者協会が設立母体で、二百五十人を収容することができ、七月に完成する予定だ。

「イラクには戦争で親を亡くし、身体が傷ついた子供たちが、まだまだたくさんいます。最終的には、ファルージャに子供病院を建てたい。まだまだ頑張ります」


夫の死に接した際の気丈な姿は、一部の人には「薄情な女」とも映った。だが、事件から一年八カ月近くたっても、寂しさが抑えられないことがある。
「夜中、部屋の明かりを消して布団にひっくるまるでしょう。一人で真っ暗闇の中にいると、涙がボロボロ出て止まらなくなるの。煙のようにこの地球上からいなくなったことを受け入れるのが、つらいわ。いつまでもこんなんで、困っちゃう」

噦気丈な妻噦はそういって、固く結んだ唇を震わせながら上を向いた。

(産経新聞)

なんだかわからない何かを知るために

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/26 23:40 投稿番号: [1044 / 1062]
昨日、1月25日は、小川功太郎さんの誕生日でした。
1971年生まれ…この事件がなかったら、35歳…今頃は独立して、
橋田さんの後継者として、活躍していたでしょう。

いや、橋田さんの「助手」という報道が多かったけど、当時すでに
立派な自立したジャーナリストだったのでしょう。
2004年4月、米軍のファルージャ包囲攻撃のころ、橋田さんは一時帰国し
(朝まで生テレビに出演した頃ですね)、小川さんは1人で貴重な取材を続け、
http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200405290154.html
停戦直後のファルージャに侵入。
『月刊現代』2004年6月号に掲載された「ファルージャ突入記」は、
説得力がありました。

『・・・撮影していると、一人の青年が近づいてきた。
この家には自分の叔父が住んでいたが、半年も帰ってこない。
その米軍の攻撃で老女が2人死んだ。
子供は怖がっていまも家から出られない、と淡々と説明した。
20歳だというこの青年の物静かな口調が逆に憎しみの深さを想起させる。
冷めたように見える表情から、諦めというよりむしろ何かを決意した者のみが
持ち得るある種の凄みが感じられた。眼光が鋭い。
「これがアメリカの民主主義だ」
青年が焼けただれた家を指差す。
「罪のない人間をたくさん殺しやがって、必ず米兵を殺してやる。
  殺して遺体を八つ裂きにしてやる。
  もしこの戦いで俺が殺られてもアラーの神様が天国に導いてくれる。
  俺は必ず殺るよ」
青年の目が暗く光った。レジスタンツが生まれた瞬間のように思えた。』


村尾建吉氏の記事で知ったのが、

『勝谷誠彦によれば、このルポには当初、編集部とのやりとりで削除された次の数
行が付け加えられていたらしい。
《第二次大戦以降の世界の紛争地で、ここまで明確な政治的意志を持って日本人が狙わ
れたことはなかった。今のイラクに滞在すること自体、無謀だという意見はあるだろう。
批判は甘んじて受け入れる。しかし、なぜこんな事態になってしまったのか。今こそ逃
げずに考えるべきではないかと自分自身に言い聞かせながら、私はバグダッドに残って
いる。自衛隊員も外交官もNGOもジャーナリストも、少しでもイラクの役に立ちたい
という共通の思いの元に各々の「仕事」をしているのだと私は信じたい》』



小川さんがクローズアップされたのは、NHKの特集番組
「戦場から伝えるもの〜フリー映像ジャーナリストたちの記録〜」
くらい、かな。。。
番組の最後に紹介されたのが、「最後のイラク通信」として広く転送された
友人宛のメール…今も強く印象に残っています。

『人質事件が起こった今こそ、日本でもイラク問題に関する根
本的な議論が行われてもいいと思うのだけど、バッシングだけ
で終わってしまうとしたら寂しいことです。世界の中で日本が
どうあるべきか、ということを考える近年まれに見るよい機会
だと思うのですが。でも、日本にいるとそんなこと考える余裕
がないというのも確かだと思います。僕自身、働き始めてから
はそうした問題はなるべく考えずに避けて通ってたし。仕事に
追われ、そのうさを晴らすように腹いっぱいメシ喰って、ポン
だチーだと叫んでやり過ごしてた。

でも、今回ばかりは・・・という気がします。
前回イラクから帰って心から思ったけど、やっぱり平和という
のはいいものです。日本で満開の桜を見て、それを楽しむ人た
ちを見るだけで涙が出そうでした。有難いことだな、と。でき
れば世界中の誰もがこの幸せを感じられればと思うのだけど、
自分に出来ることといえば、目の前で起こってることをなんと
か伝えることと、こうして心ある人にメールを書くことくらい
です。

安全には十分注意を払い、現地大使館とも連絡をとりながら、
なるべくおとなしく暮らしています(今の大使は立派な人で、
外務省の退避勧告が出てるのに、私ごときの駆け出しジャー
ナリストを応援してくれます)。いのしし歳なので、ときには
理不尽な現場に突撃したい衝動にかられるけど、ぐっとこらえ
てチグリス川の川面を眺めています。きっといつか役に立てる
日が来ると思いながら。
なんだかわからない何かを知るために。』



改めて、ご冥福をお祈りします。

なんだかわからない何かを知るために

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/01/26 23:40 投稿番号: [1044 / 1062]
昨日、1月25日は、小川功太郎さんの誕生日でした。
1971年生まれ…この事件がなかったら、35歳…今頃は独立して、
橋田さんの後継者として、活躍していたでしょう。

いや、橋田さんの「助手」という報道が多かったけど、当時すでに
立派な自立したジャーナリストだったのでしょう。
2004年4月、米軍のファルージャ包囲攻撃のころ、橋田さんは一時帰国し
(朝まで生テレビに出演した頃ですね)、小川さんは1人で貴重な取材を続け、
http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200405290154.html
停戦直後のファルージャに侵入。
『月刊現代』2004年6月号に掲載された「ファルージャ突入記」は、
説得力がありました。

『・・・撮影していると、一人の青年が近づいてきた。
この家には自分の叔父が住んでいたが、半年も帰ってこない。
その米軍の攻撃で老女が2人死んだ。
子供は怖がっていまも家から出られない、と淡々と説明した。
20歳だというこの青年の物静かな口調が逆に憎しみの深さを想起させる。
冷めたように見える表情から、諦めというよりむしろ何かを決意した者のみが
持ち得るある種の凄みが感じられた。眼光が鋭い。
「これがアメリカの民主主義だ」
青年が焼けただれた家を指差す。
「罪のない人間をたくさん殺しやがって、必ず米兵を殺してやる。
  殺して遺体を八つ裂きにしてやる。
  もしこの戦いで俺が殺られてもアラーの神様が天国に導いてくれる。
  俺は必ず殺るよ」
青年の目が暗く光った。レジスタンツが生まれた瞬間のように思えた。』


村尾建吉氏の記事で知ったのが、

『勝谷誠彦によれば、このルポには当初、編集部とのやりとりで削除された次の数
行が付け加えられていたらしい。
《第二次大戦以降の世界の紛争地で、ここまで明確な政治的意志を持って日本人が狙わ
れたことはなかった。今のイラクに滞在すること自体、無謀だという意見はあるだろう。
批判は甘んじて受け入れる。しかし、なぜこんな事態になってしまったのか。今こそ逃
げずに考えるべきではないかと自分自身に言い聞かせながら、私はバグダッドに残って
いる。自衛隊員も外交官もNGOもジャーナリストも、少しでもイラクの役に立ちたい
という共通の思いの元に各々の「仕事」をしているのだと私は信じたい》』



小川さんがクローズアップされたのは、NHKの特集番組
「戦場から伝えるもの〜フリー映像ジャーナリストたちの記録〜」
くらい、かな。。。
番組の最後に紹介されたのが、「最後のイラク通信」として広く転送された
友人宛のメール…今も強く印象に残っています。

『人質事件が起こった今こそ、日本でもイラク問題に関する根
本的な議論が行われてもいいと思うのだけど、バッシングだけ
で終わってしまうとしたら寂しいことです。世界の中で日本が
どうあるべきか、ということを考える近年まれに見るよい機会
だと思うのですが。でも、日本にいるとそんなこと考える余裕
がないというのも確かだと思います。僕自身、働き始めてから
はそうした問題はなるべく考えずに避けて通ってたし。仕事に
追われ、そのうさを晴らすように腹いっぱいメシ喰って、ポン
だチーだと叫んでやり過ごしてた。

でも、今回ばかりは・・・という気がします。
前回イラクから帰って心から思ったけど、やっぱり平和という
のはいいものです。日本で満開の桜を見て、それを楽しむ人た
ちを見るだけで涙が出そうでした。有難いことだな、と。でき
れば世界中の誰もがこの幸せを感じられればと思うのだけど、
自分に出来ることといえば、目の前で起こってることをなんと
か伝えることと、こうして心ある人にメールを書くことくらい
です。

安全には十分注意を払い、現地大使館とも連絡をとりながら、
なるべくおとなしく暮らしています(今の大使は立派な人で、
外務省の退避勧告が出てるのに、私ごときの駆け出しジャー
ナリストを応援してくれます)。いのしし歳なので、ときには
理不尽な現場に突撃したい衝動にかられるけど、ぐっとこらえ
てチグリス川の川面を眺めています。きっといつか役に立てる
日が来ると思いながら。
なんだかわからない何かを知るために。』



改めて、ご冥福をお祈りします。

どうぞ、よいお年を

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/12/31 04:03 投稿番号: [1043 / 1062]
続きです。


橋田幸子さんは、「橋田メモリアル・モハマドくん基金100人委員会」の活動と、
ヨガの講師をしたり、タイ語を教えたり、農作業もされているとのこと。
イスラム世界では女性の体は女性しか診られないということで、「イラクの
女医さんを日本に招聘してトレーニングをする」活動をしたいそうです。
相変わらず講演に招かれることも多いようで、平和団体のシンポジウムから、
自衛隊第1次イラク復興支援群長の番匠幸一郎陸佐と一緒に講演したり、
スタンスの広さはさすがですね。
青年海外協力隊の雑誌のインタビューが読めます。
http://www.sojocv.or.jp/~v2-sojoc/interview/36.html
先月には女性ファッション誌に取り上げられ、「かっこいい女性」として
支持を集めたようです。


>有名になった「カモちゃん」のことも御存知ですよね?

すみません、「アジアパー伝」シリーズ、読んでなくて。。。
ちょっとだけ立ち読み(汗)…でも、マンガばっかり読んで(大汗)。
どれかの後書きに、橋田さんへの追悼文…ジーンときたのを覚えています。
カモさん、連載の仕事も中断中で、ファンの方も心配されているようですね。
もう、お元気になられたんでしょうか?


ブログかHPなどと、勝手なことを申し、お詫びいたします。

>現時点の自分としては、こうした掲示板の存在には重宝させられている次第です。
>周囲の友人・知人等々に向けてではなく、見知らぬ人たちに向けて自分の思いを
>伝える場が(大なり・小なり)あるということには、今の自分には、なにか
>勇気づけられる心持ちでいるというのが現状です。

ああ、その通りですね。先日もある方が、掲示板は「心の内にしまっておけない
思いをどこかに吐き出したいからこそする」とおっしゃっておられて、まさに
その通りだと思いました。

もう、一年半が経ち…正直なところ、だいぶ記憶も薄れました。
当事者でない一般市民には、この事件は風化しつつあります。
来年は、三回忌ですね。このトピも、いつかは消されるでしょう。
でも、全てが明らかになるまでは、残っていてほしいものと。。。


北朝鮮は・・・fvj_imacさまが「いよいよ重い腰を上げる」状況にならないことを
祈るのみです。


fvj_imacさま、
どうもありがとうございました。
バンコクでのお正月がどういうものか、よく知りませんが、
どうぞ、よいお年をお迎えください。

どうぞ、よいお年を

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/12/31 04:03 投稿番号: [1043 / 1062]
続きです。


橋田幸子さんは、「橋田メモリアル・モハマドくん基金100人委員会」の活動と、
ヨガの講師をしたり、タイ語を教えたり、農作業もされているとのこと。
イスラム世界では女性の体は女性しか診られないということで、「イラクの
女医さんを日本に招聘してトレーニングをする」活動をしたいそうです。
相変わらず講演に招かれることも多いようで、平和団体のシンポジウムから、
自衛隊第1次イラク復興支援群長の番匠幸一郎陸佐と一緒に講演したり、
スタンスの広さはさすがですね。
青年海外協力隊の雑誌のインタビューが読めます。
http://www.sojocv.or.jp/~v2-sojoc/interview/36.html
先月には女性ファッション誌に取り上げられ、「かっこいい女性」として
支持を集めたようです。


>有名になった「カモちゃん」のことも御存知ですよね?

すみません、「アジアパー伝」シリーズ、読んでなくて。。。
ちょっとだけ立ち読み(汗)…でも、マンガばっかり読んで(大汗)。
どれかの後書きに、橋田さんへの追悼文…ジーンときたのを覚えています。
カモさん、連載の仕事も中断中で、ファンの方も心配されているようですね。
もう、お元気になられたんでしょうか?


ブログかHPなどと、勝手なことを申し、お詫びいたします。

>現時点の自分としては、こうした掲示板の存在には重宝させられている次第です。
>周囲の友人・知人等々に向けてではなく、見知らぬ人たちに向けて自分の思いを
>伝える場が(大なり・小なり)あるということには、今の自分には、なにか
>勇気づけられる心持ちでいるというのが現状です。

ああ、その通りですね。先日もある方が、掲示板は「心の内にしまっておけない
思いをどこかに吐き出したいからこそする」とおっしゃっておられて、まさに
その通りだと思いました。

もう、一年半が経ち…正直なところ、だいぶ記憶も薄れました。
当事者でない一般市民には、この事件は風化しつつあります。
来年は、三回忌ですね。このトピも、いつかは消されるでしょう。
でも、全てが明らかになるまでは、残っていてほしいものと。。。


北朝鮮は・・・fvj_imacさまが「いよいよ重い腰を上げる」状況にならないことを
祈るのみです。


fvj_imacさま、
どうもありがとうございました。
バンコクでのお正月がどういうものか、よく知りませんが、
どうぞ、よいお年をお迎えください。

fvj_imac さま

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/12/31 03:59 投稿番号: [1042 / 1062]
fvj_imacさま
こちらから返信を途絶えさせてしまい、申し訳ありませんでした。
秋以降、関係するニュースもぷっつり無くなってしまって。。。

いろいろと貴重なお話しをうかがった後、橋田さんや幸子さんの本を
読み返し、認識を新たにすることがたくさんありました。
fvj_imacさまのようなお立場の方でも、このままピリオドを打たせたく
ないとお考えであること、よく理解できました。
早くイラクの治安が回復し、襲撃現場への訪問・遺留碑建設や、
事件の検証ができる日が来ることを願うばかりです。

結局のところ、橋田さん・小川さんは、戦争に殺されたのか?
それなら、「覚悟」があったことでしょう。
それとも、狙われて殺されたのか?
それだったら、徹底して真相を究明してほしい。
誤射という、いわば事故のような形で亡くなり、謝罪があったから、と
丸くおさめてしまうような結論で、本当に済んでしまうんでしょうか?

>これも推測の域はでませんが、おそらくは「ピースボート」の現地窓口
>みたいなところへ最初の申し出があり、それに応じるために(故人や
>奥さんとも縁の深い日テレ系の)「ディア氏」が動員されたという
>事なのではないでしょうか?

橋田幸子さんの著書によると、「頭に浮かんだのが、キデル・ディアという
イラク人男性」とあり、「力を貸して欲しい」と依頼したようですね。
でも、幸子さんとは面識が無かったし、誰かが紹介したのでしょう。
ともかく、これは完全にミスキャストと思います。ディア氏は明らかに
反米側にいますから、もしも、日本人だからと狙われてというのが真相でも、
日本国民にレジスタンスへの憎悪をかき立てるような公表をできる立場には
なかったのではないでしょうか。


事件当時イラクにいた不肖・宮嶋さんは、遺体の確認に奔走しましたが、
宮嶋さんでも、犯人を自分で捜す行動に出ることは到底できない状況で
あったようですね。

宮嶋さんの「サマワのいちばん暑い日」のこの一節は、何度読んでも、、、

『少しずつ襲撃の様子が報じられるにつれ、怒りがこみ上げてくる。二人はジャーナリストととして壮絶に戦死したというべきだろう。…犯人どもは、丸腰の六一歳のジャーナリストを警告もなしに蜂の巣にし、辛うじて初弾を逃れた青年も撃ち殺した。もし、犯人どもが目の前に現われ、人を殺しても罪に問われないという特権を与えられたなら、私は躊躇なく銃口を向け、引き鉄を引ける。その時、私はエゾシカを的にかけるほどの同情も哀れみも感じないだろう。
  イラクは、そういう奴らがゴマンと生息している国なのである。何がイスラムの大義だ。何が占領軍への徹底抗戦だ。こんな国は、援助どころか徹底的に破壊したいくらいである−それがこの日の正直な感想であった。
  サマワ市内のムサンナ・テレビでは、自衛隊の人道支援活動を市民に理解してもらおうと、CMが流されていた。そんなものはもう止め、外務省は、そのカネでバグダッドのテレビ局のCM枠を片っ端から買い取れ。そして犯人逮捕につながる情報か、証拠付きで犯人の首を持ってきた者には賞金を出すというCMを流すのである。』

そして、あとがきに、

『この書を、ご迷惑でしょうが、橋田伸介氏と小川功太郎氏に捧げます…。
   :
  二人を押し留められなかった私は、どんな非難をも受ける覚悟であった。しかし、両家は、二人の故郷でもあったバンコクで執り行われた葬儀に、私を参列させてくださったばかりか、上官と最後のお別れの対面も許してくださった。
   :
  もう二度とあんな国に行くもんかと、その時の怒りも覚めてはいないのに、今、私はサマワに向かう途中のクウェートにいる。…アホは死ななきゃ治らんか。』

>take_the_rag_awayさま-2

投稿者: fvj_imac 投稿日時: 2005/09/27 15:24 投稿番号: [1041 / 1062]
> ここでは読む人も少ないでしょうが、ブログかHPなどで、fvj_imacさま
> の思いなどを伝えていただける場所があると、この事件を気にかけておら
> れる方の起点にもなるのでは、と…

一例として上記、少し「昔話」をさせて頂きました。先日の投稿でも触れたとおりですが、自分自身は現時点では報道の世界とはかけ離れた日常を送ることを余儀なくされており、残念ながら、とくに自分の思いを広く一般に(定期的に)公開しようというつもりは毛頭ないというのが現状ですが、、、。

> Yahooの掲示板には、こんな方まで投稿されるのか、と驚きました。

そういう意味では、現時点の自分としては、こうした掲示板の存在には重宝させられている次第です。周囲の友人・知人等々に向けてではなく、見知らぬ人たちに向けて自分の思いを伝える場が(大なり・小なり)あるということには、今の自分には、なにか勇気づけられる心持ちでいるというのが現状です。

先日も何か宣言めいたモノを書かせて頂きましたが、いずれ師匠の最後の場所には必ず足を踏み入れたいとは考えていますし(「カモちゃん」にも必ず同行させます)、橋田さんが最後の遺著の中でも自問自答していたように、彼が実際に最後の舞台として感じていた場所は、北朝鮮なのだろうとも(自分自身にも)思われます。もしも仮に北朝鮮が戦場と化すような事態になれば、それこそ日本人としては他人事とはなり得ませんから、そうした事態に至っては、自分自身もいよいよ重い腰を上げる潮時だと考えてはおりますが、まあ、どちらにしても今すぐということではないのでしょうね(?)。今のところはせいぜい、自分も後日になって、家族・遺族(?)から泣き言を言われないように、日々備えを怠らないでおくようにしておきたいというのが現状です。

以上、取り急ぎまして、、、

>take_the_rag_awayさま

投稿者: fvj_imac 投稿日時: 2005/09/27 15:21 投稿番号: [1040 / 1062]
take_the_rag_awayさま
毎度、御返信ありがとうございます。

> 橋田さんの著書、特に「戦場特派員」でfvj_imacさまのことを詳しく存じ
> 上げることになり…

なるほど、そういうことでしたか・・・。有名になった「カモちゃん」のことも御存知ですよね?

> 「謝罪をする」という目的には、やり方が不自然な気がしています。金子
> 氏経由・ディア氏経由と、2回行う理由もよくわかりませんし。

これも推測の域はでませんが、おそらくは「ピースボート」の現地窓口みたいなところへ最初の申し出があり、それに応じるために(故人や奥さんとも縁の深い日テレ系の)「ディア氏」が動員されたという事なのではないでしょうか?   にしても、日本の大手マスメディアの窓口の方がはるかに存在感は大きいはずのところで、なんでまたよりによって「ピースボート」へ駆け込むことになったのか?   いみじくも、そのあたりに申し出た側(犯人グループと称するモノたち)の意図が見え隠れしているようにも思われる次第なのですが、どうでしょう・・・?

> この「真相」を疑うような内容は、幸子さんの書かれたものから見つける
> ことができませんが、襲撃犯についての部分を『覚悟』から引用します:

ありがとうございます。なるほど、「誤射」であったとする謝罪を受け入れた上で、おそらくは(あの奥さんのことですから)立件に向けても何らかのアクションを起こそうとしてはみたモノの、まったくラチがあかないという感じなのが実情なのかもしれませんね・・・。ですが、そうであるのならば、(御自身もジャーナリストを自称しているようでもありますし)事の次第を白日の元に曝しながら、日本政府に対してモノを申して頂きたいと感じるところです。

> 全ての面で、本当に「奇跡的」に、目的にピッタリだったのではないで
> しょうか。天が遣わした子、と呼ぶのもうなずける気がします。

ですね。橋田さんという人は、まさにこういう人を見る目が突出して秀でていた人だったと思います。少し昔話をさせて頂くと、ボスニアの戦場をウロウロしていて、なんとか最前線を突破して反対側へ潜入しようとした時にも、難民キャンプで絵になる老婆を見つけ、国際ボランティアを説き伏せて、一緒にその老婆を(反対側の)故郷へ送り返すという名目で、潜入に成功したことを思い出しました。まあ、いわば朝鮮半島の南北に離散した家族を(当局の目を盗んで)見事に再会させたという感じでしょうか(少し誇張しすぎカモしれません)。

下半身不随の老婆同伴ですから、途中の検問でもなんとか見逃してくれた・・・といういささか冷や冷やモノの潜入ではありましたが、そこでは同行させたボランティアの身分証も威力を発揮しました。で、そのボランティアというのも、実は諜報関係の人間で、彼自身も反対側の様子を見たくてたまらなかったんです。なんとか無事に故郷に到着した途端、我々がテレビカメラを回しはじめるのと同時に、彼は付近周辺の写真撮影を始めて、現地の軍人に取り押さえられてしまいました。橋田さんは「まったくドジな007だな〜」と言いながら、彼のカメラからフィルムを抜き取り、軍人に差し出したこともあり、老婆の実家も加勢をしてくれて、事なきを得ましたが、橋田さん自身は彼を今回の潜入に巻き込もうとした時点ですでに、おそらくは諜報関係の人間なのであろうと察しはついていたようでした。

まあ、「スパイ」といってしまうと、なんだかハリウッド的に感じられてしまうでしょうが、戦場には、こうして情報を元手に換金しようとする輩(報道人というのも表面的には同種なのかもしれませんが)は、政治的な信条などとは無縁の世界で、まさにウヨウヨしているのが実情です。イラクの戦場でも欧米諸国の民間人が数多く犠牲になっているようですが、そうした実情にはおおよその察しがつくところです。

>つづく

fvj_imac様>追加です。

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/09/27 09:07 投稿番号: [1039 / 1062]
>こうして、事件そのものが無闇やたらと美化されていこうとしている一方で、
>その真相・真実がまるで追求されておらず、そういう姿勢さえも見えないと
>いう現状は、橋田信介という人がもしも健在であるならば、許し難い事態の
>ように思われるはずなんです・・・。

事件の真相そのものを追求・議論、そういう場すらないですね。
ここでは、役不足ですし・・


私は、いえ、多分、多くの方がそうだと思いますが、fvj_imacさまの
お話しを、もっと聞けたら、と願っています。

橋田信介氏から、新しい原稿が出てくることは、もうありません。
家族の中での橋田さんの素顔については、幸子さんが書いてくれました。
戦場での橋田さんのことは、fvj_imacさまのように、生きるか死ぬか
という状況を共にされた方しか、知らないのではないでしょうか。

ここでは読む人も少ないでしょうが、ブログかHPなどで、
fvj_imacさまの思いなどを伝えていただける場所があると、
この事件を気にかけておられる方の起点にもなるのでは、と…

どうか、お考えいただけないでしょうか?
ああ、勝手なことを書いて、申し訳ございません。

それでは、今日はこれで失礼いたします。
しばらくレスできないと思いますが、何卒ご了承ください。

fvj_imac様>続きです。

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/09/27 09:05 投稿番号: [1038 / 1062]
>奥さんの著書については、まるで読んではいないのですが、遺族としての心情から、
>事件直後の段階(文藝春秋での発表時点)では受け入れることにしたが、その後、
>落ち着いて考え直してみるとやはりおかしいので「許せない」みたな心情の変化に
>でも言及されているのでしょうか?

この「真相」を疑うような内容は、幸子さんの書かれたものから見つけることが
できませんが、襲撃犯についての部分を『覚悟』から引用します:

「人違いの結果だったとはいえ、最愛の夫を殺した襲撃犯を、笑って許すこと
  などできるはずがありません。でも、「憎い」とか「恨みに思う」とかの感情
  に支配されているのかというと、それも違うのです。むしろ、そういう原因
  を作ったアメリカや日本政府への「反感」のほうが強い。
   :
  信介たちは誤って殺されました。「アメリカの同盟国の人間」として直接の
  ターゲットになったとしても、客観的に見て何ら不思議ではなかったのです。
  その程度の「認識」や「覚悟」は私にも、当然信介にもありました。
  だから、そんなことにならないよう「自分たちはアメリカサイドの人間では
  ない」ことを意識的に伝える努力をしていたのです。モハマドくんの来日を
  地元新聞紙に「売り込んだ」のには、そういう意味合いもありました。
  ただし「憎んではいない」から、このままでいいわけではありません。
  イラクは一日も早く「法治国家」としての体制を整えて、襲撃犯を逮捕して
  ほしい。犯人たちはきちんと裁判を受け、犯した罪を償ってもらいたい。」


>いや〜実はその点に関しましても、真相は逆で、実はロータリークラブの方から
>頼まれた(いわば厄介事だったとまで言うと、言い過ぎかもしれませんが)と
>いう風に聞き及んでいるところです。

なるほど、そうだったんですか。。。

モハマド君については、これも悪い言い方になってしまいますが、日本で
手術を受けるのにちょうどいい負傷の程度、それと、日本にあんな小学生
がいるか、と思うくらいの真面目で明るいパーソナリティとアイドル性、
全ての面で、本当に「奇跡的」に、目的にピッタリだったのではないで
しょうか。天が遣わした子、と呼ぶのもうなずける気がします。


>最後になりますが、今現在も、襲撃現場には慰霊碑めいたものは存在せずと
>理解をしておりますが、いつの日か、誰彼はばかることなく現場を訪れる
>ことができる日がくることを祈りつつ、もしも仮にその時点でもまだ存在
>していないようであれば、是非とも建立したいと考える次第です。
>思い起こせば、数々の戦場で、殉職した記者の慰霊碑を目の当たりにし、
>橋田さんと一緒に撮影をしましたが、それはもちろん番組などで放送
>されることもなく、ただただ後からその場を目撃した者の当然の勤め
>として、誰一人なんの疑問も持たずにフィルムに収めてきたモノで
>すが、その橋田さんの最後の場所に、橋田さんの慰霊碑がないという
>状況は、自分自身としてはまったく許し難いというのが最大の想いで
>います。

心にしみるお言葉です。

幸子さんも、『世界の戦場でバカとさけぶ』の「はじめに」で、このように
書かれていたました;

「なるべく早くイラクのファルージャに「子供病院」を建て、その落成式には
  イラクを訪れ、橋田たちが事件にあったマフムディアに花をたむける…
  それがまだ私に残された「供養」だと思っている。
  橋田が亡くなった地、イラクに一日も早く平和が戻ることを願ってやまない。」

fvj_imac様>事件の真相?-2

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/09/27 08:55 投稿番号: [1037 / 1062]
>> fvj_imacさま・・・目を疑いました。よく存じ上げております。
>えっ?   「はじめまして」ともありますし、自分と面識のある方と
>いうわけではないのですよね?

たいへん、失礼いたしました。

以前のご投稿「真相は解明されるのか 1-5」には、たいへん強い印象を
受けました。その後、橋田さんの著書、特に「戦場特派員」で
fvj_imacさまのことを詳しく存じ上げることになり…Yahooの
掲示板には、こんな方まで投稿されるのか、と驚きました。

昨年8月頃よりこのトピが閑散としてきて、消されてしまう危機感
から、ポツポツと投稿をして参りました。やはり、fvj_imacさまの
ように、本気でこの事件のことを心配される方もおられるでしょうから、
このトピを存続させてほしいと願っておりました。

こうしてお話しさせていただけるのが、夢のようです。


>そうなんですよね、、、。運転手から詳しく話を聞くことができれば、
>もう少しは真相がハッキリとすると自分も思うのですが、

シバレイさんが書いておられた「当初、橋田さん達はその時一緒に仕事を
していたイラク人通訳の車(こちらは普通の乗用車)に乗ってサマワに
向かうはずだった。ところが、それまで橋田さんと仕事をしていたイラク人
ドライバーがホテルに来て、自分のGMCのでサマワに行こうと主張したのだ。
このドライバーが「お前は俺の仕事をとるのか」と通訳と口論を始めたので、
橋田さんは「わかった、わかった。じゃあ、君の車で行こう」とGMCに
乗り込んでしまったのである。」という話し・・・これを知っていながら、
取材を打ち切ってしまったんでしょうか?
また、金子氏・ディア氏が犯人と接触した時期、シバレイ氏はまだイラクに
滞在中だったのですが、全く連絡も取り合わなかったんでしょうか?
…どうも、疑問はいろいろあるのですが、シバレイさん自身は、今年5月の
ブログにも「私はこの事件について、マハムディーヤの住民から話を聞いたの
だが、現地では 「日本人は米軍のスパイ」 だと思われており、橋田さんと
小川さんは、そのために襲撃を受けたのではとのことだった。」と書いておられ
るので、「CIAと間違われて」という話しを知らなかったようにも見受けられ…
よく、わかりません。


>ちなみに、ファルージャを往来していた時点で、すでにあの襲撃された
>車両のナンバーは、何やら怪しい連中にメモされていたというような話は、
>自分も耳にしておりますが、あの運転手自身が襲撃を事前に予測することが
>できたかどうか(要は、グルだったのかどうか?)については、自分自身は
>懐疑的な印象を持っています・・・。

GMCというだけで、ナンバーも確認せずに襲撃した、なんてちょっと信じ難い
気もしますし・・・その他、事件直後、運転手は犯人は日本人と確認して
襲撃したはず、と言ってたり、犯人が襲撃の様子をビデオ撮影していた、とか
事件から約2週間後の6月8日、ほとんど同じ場所・同じ手口で、今度はGMCに
乗ったサマワ警備隊員が襲撃された(また間違えた?)とか、当初の報道と
フィットしないところが多すぎるように思います。


>あの文藝春秋の記事を書いた記者というのも、(何故か?)「ピースボート」の
>人だったんですね。

「謝罪をする」という目的には、やり方が不自然な気がしています。
金子氏経由・ディア氏経由と、2回行う理由もよくわかりませんし。

>事件の真相?-3

投稿者: fvj_imac 投稿日時: 2005/09/26 14:51 投稿番号: [1036 / 1062]
続きになります、、、

> 橋田信介氏と親しかった方々からは、この「真相」について、何のコメン
> トも出されていないように思われます。理由があってのことと推察してお
> ります。

想像の域は超えませんが、やはり(橋田さんの遺志とは無関係に)イラクとの友好親善のために一役を担おうとしている奥さんの意向を踏まえてということになるのでしょう。が、それでもしかし、奥さん自身が時間の経過とともに心情の変化をきたし、犯人グループを許せない(あの真相として主張された内容はやはり受け入れられない)と表明しているのであれば、この点についても、もはや遠慮や配慮は無用だとも思われるんですが、どうなっているんでしょう?

まあ、そもそもは、友好的に親善を深めるためにも、ああいう内容でうやむやにするよりも、(外交官襲撃事件等々も含めて)やはり相互に真相・事の次第をハッキリとさせるべきだと思われます(昨今の日中・日韓関係などについても、同様のことが当てはまりますよね)。自分自身も残念ながら、バンコクくんだりで家族持ちの身と成り果て、報道とはかけ離れた世界で日々の生活を送っているのが現状で、せめて今後の成り行きだけは見届けたいと肝に銘じるのせいぜいです。

最後になりますが、今現在も、襲撃現場には慰霊碑めいたものは存在せずと理解をしておりますが、いつの日か、誰彼はばかることなく現場を訪れることができる日がくることを祈りつつ、もしも仮にその時点でもまだ存在していないようであれば、是非とも建立したいと考える次第です。思い起こせば、数々の戦場で、殉職した記者の慰霊碑を目の当たりにし、橋田さんと一緒に撮影をしましたが、それはもちろん番組などで放送されることもなく、ただただ後からその場を目撃した者の当然の勤めとして、誰一人なんの疑問も持たずにフィルムに収めてきたモノですが、その橋田さんの最後の場所に、橋田さんの慰霊碑がないという状況は、自分自身としてはまったく許し難いというのが最大の想いでいます。

以上、取り急ぎまして、、、
今後ともどうぞよろしくお願いします。

>事件の真相?-2

投稿者: fvj_imac 投稿日時: 2005/09/26 14:47 投稿番号: [1035 / 1062]
take_the_rag_awayさま、御返信ありがとうございます。

> はじめまして。   jeff_kept_a_rollinは、忙しくてレスをいただいても
> お返事できそうにないとき、情報をあげるだけに使っているHNです。

スミマセン。すっかり勘違いをしていたようで、jeff_kept_a_rollinさんが、シバレイさんだと思いこみをしていたようです。

> fvj_imacさま・・・目を疑いました。よく存じ上げております。

えっ?   「はじめまして」ともありますし、自分と面識のある方というわけではないのですよね?

> 運転手への追求を継続していたら、もっと別の情報があったかもしれませ
> ん。その後の運転手の態度の豹変ぶり、また、犯人グループに運転手宅の
> 電話番号を知る者がいたという疑惑…これらを見ると、残念に思います。

そうなんですよね、、、。運転手から詳しく話を聞くことができれば、もう少しは真相がハッキリとすると自分も思うのですが、事件の直後(の報道でも、微妙に解釈が異なっていて、読み比べてみると何か釈然としない部分もあります)以降は、誰もそういうことをしようともしていないように思われるのが残念です。ちなみに、ファルージャを往来していた時点で、すでにあの襲撃された車両のナンバーは、何やら怪しい連中にメモされていたというような話は、自分も耳にしておりますが、あの運転手自身が襲撃を事前に予測することができたかどうか(要は、グルだったのかどうか?)については、自分自身は懐疑的な印象を持っています・・・。

> 幸子さんは、犯人を許さない、とはっきりおっしゃってますね。

その後の著書か何かでそのような言及はされているらしいですね。そうであるならばやはりなぜ、あのような主張(「真相」と称するモノ)を受け入れたのでしょう?   奥さんの著書については、まるで読んではいないのですが、遺族としての心情から、事件直後の段階(文藝春秋での発表時点)では受け入れることにしたが、その後、落ち着いて考え直してみるとやはりおかしいので「許せない」みたな心情の変化にでも言及されているのでしょうか?   (詳しいことはこの場では申し上げられませんが、私自身は奥さんとは音信不通状態にあり)もしも御存知でしたら教えてください。

> 犯人グループの特定・接触ができるのは、キデル・ディア氏。報道に携わ
> る人ならば、自分のつかんだ「真相」の証明のために、立件に協力してほ
> しいところですが…この人が、そんなことをするはずもない・・・残念で
> す。

今回の投稿後にちょっと調べてみたんですが、あの文藝春秋の記事を書いた記者というのも、(何故か?)「ピースボート」の人だったんですね。これについても何かおかしいように感じていて、実際にはわざわざイラクまで足を運ぶことなく、あの事件の「真相」とやらの背景は、日本国内のど真ん中でも探ることはできるように考えますが、それさえも誰もやろうとはいていないようなんですよね。

こうして、事件そのものが無闇やたらと美化されていこうとしている一方で、その真相・真実がまるで追求されておらず、そういう姿勢さえも見えないという現状は、橋田信介という人がもしも健在であるならば、許し難い事態のように思われるはずなんです・・・。

> 言い方は悪いですが、橋田さんは、ファルージャに侵入するためにモハメ
> ドくんを利用した…そのために、日本で「お金が余っていて、使う名目を
> 必要としていた」ロータリークラブに話しをつけていた…といったところ
> でしょうか。

いや〜実はその点に関しましても、真相は逆で、実はロータリークラブの方から頼まれた(いわば厄介事だったとまで言うと、言い過ぎかもしれませんが)という風に聞き及んでいるところです。橋田さんの方はまさに、これをうまく「利用」することができれば・・・と考えただけのことのように自分には思われてなりません。事件直後の週刊文春でも、不肖・宮島さんが、橋田さんは「日本」でどのように受け止められるのかを(偽善的すぎるのではないかと)心配していた様子だったと語っています。それはつまり自分としては、橋田さんは「イラク」で報道されることの方を本来の目的と考えていたのであろうと推察する次第です。

fvj_imac様>続きです。

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/09/25 12:00 投稿番号: [1034 / 1062]
>なお、故人に成り代わり、せめてここで声を大にしておきますが、橋田信介という
>人間は、決してあの番組の中で描かれていたような偽善的な人物ではありません。
>国連ボランティアの日本人青年が殺害された事件を検証した時のことです。あの時も、
>まさしく今回と同様に、あの青年はカンボジアのために死んでいったかの如くに…
  :
>自分には現在の状況が、まさにあの時と酷似していることもあり、この番組
>そのものが故人の遺志を冒涜しているように思えてならなかった次第です。

結果的にNさんのケースと似た状況になり、忸怩たる思いを感じておられること、
部外者ながら、理解できる気がします。

言い方は悪いですが、橋田さんは、ファルージャに侵入するために
モハメドくんを利用した…そのために、日本で「お金が余っていて、
使う名目を必要としていた」ロータリークラブに話しをつけていた…
といったところでしょうか。
「善意の人」みたいな報道、センチメンタルな味付け…日本人好みといえば
それまでですが、よくご存じの方ほど違和感をおもちなのでは、と
推察いたします。

でも、約束は約束。
幸子夫人は、本当に素晴らしい仕事をされたのではないでしょうか。

信介氏が亡くなったことで、基金に予定以上のお金が集まってしまった…
幸子さんが支援先に選んだのが、自衛隊のいるサマワと、ファルージャです。
このバランス感覚が、素晴らしいと思いました。
ファルージャも、反戦団体に渡すのではなく、ファルージャ市と交渉し子供病院用の
土地を提供してもらうとのこと。
作業は現地住民に任せ、「サポートはするけどヘルプはしない」と明言されています。
この支援に政治的意図が含まれないよう、細心の注意が払われています。
私は、このやり方を支持しています。


>故人がもしも現状を知り得るとするならば、やはり事件の真相が
>解明されていないということを最も憂慮することでしょう。
>もしもですが、あの真相とやらが、日本とイラクの友好親善団体みたいな
>勢力の意向を踏まえたでっち上げだったとしたならば、それこそ自分は、
>宇部の墓参りにも行くことができません。

お気持ち、胸が熱くなりました。

確かに「あの真相」は、一方の団体に都合のいい結果になっています。
橋田信介氏と親しかった方々からは、この「真相」について、何のコメントも
出されていないように思われます。
理由があってのことと推察しております。


ドラマ・判決・モハマドくんの件が終わり、もう当分、このトピに
書き込みする事もないと思っておりました。

fvj_imacさまの書き込みを読ませていただき、
自分に何かできるわけではありませんが、
この事件を忘れないでおこう、注意していよう、と
思った次第です。

どうもありがとうございました。

fvj_imac様>事件の真相は?

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/09/25 11:45 投稿番号: [1033 / 1062]
はじめまして。   jeff_kept_a_rollinは、忙しくてレスをいただいても
お返事できそうにないとき、情報をあげるだけに使っているHNです。

fvj_imacさま・・・目を疑いました。よく存じ上げております。
再びご投稿いただけるとは、夢にも思ってもおりませんでした。
橋田さんと、崖っぷちの修羅場を潜ってこられた方の貴重なご意見、
本当にありがとうございます。


>ようやくのことで「番組」を拝見することができたのですが、
>その後、気分はすっかり滅入ってしまいました。

私も、橋田さんをドラマ化するのなら、もっと他に伝えるべきことが
たくさんあるだろうに、と思いました。

あのドラマは、幸子さんの言葉にもあるように、あくまでフィクション、
ということですね。でも、多くの視聴者は、そうは思っていない…
中途半端なものになってしまったと思います。


>文藝春秋で事件の「真相」と称するモノが発表されて以来、ずっと
>気がかりでいたのですが、犯人グループと称する人達と接触する
>過程では、シバレイさんも関与していたのでしょうか?

シバレイ氏は、橋田氏とモハマドくんの記事を掲載した現地の新聞を
テレビ局に提供しただけだと思います。

シバレイさんも、お知り合いですか?

シバレイ氏が、批判を押し切ってバグダッドへ行き、ブログで日々の活動を公開、
電話番号まで載せているのを見ていて、売名行為だけの人かと思ってました。
襲撃事件直後、すばやく運転手にインタビューし、ブログに掲載したときには
見直しましたが、それで問い合わせが殺到、取材が終わってしまいました。
運転手への追求を継続していたら、もっと別の情報があったかもしれません。
その後の運転手の態度の豹変ぶり、また、犯人グループに運転手宅の電話番号を
知る者がいたという疑惑…これらを見ると、残念に思います。
今、魂を売り渡してしまったようなシバレイ氏には、興味も期待も持てない、
というのが正直なところです。


>どうやらあの真相というのは、奥さんがそのように解釈をして、
>まあ、自分を納得させたいだけという性格のモノのように
>思えてならないのですが、いかがなモノでしょうか?

fvj_imacさんでも、そう思われますか・・
私の考えは、#1029で書いた通り、現時点ではそれも仕方ないのかな、
とも思っています。


>ああして真相として語られている内容が明らかになる過程では、
>犯人グループを特定することができているわけですから、なにも
>保険金を受け取るために裁判をするくらいなら、犯人を捕まえる
>ための裁判(というか、立件手続きというか)の方にこそ、努力
>を傾注すべきなようにも思われるのですが、それもまあ、犯人と
>称するモノたちの謝罪を受け入れたから不要ということにでも
>なるのでしょうか?

幸子さんは、犯人を許さない、とはっきりおっしゃってますね。

犯人グループの特定・接触ができるのは、キデル・ディア氏。
報道に携わる人ならば、自分のつかんだ「真相」の証明のために、
立件に協力してほしいところですが…この人が、そんなことを
するはずもない・・・残念です。


>自分にはどうしても、あの「真相」の背後には、なにか政治的な
>ニオイが感じられてならないのですが、もしも接触する過程で
>何らかの関与をされていたようであれば、その辺の事情を教えて
>ください。

「疑惑の宝庫」ディア氏ですから、多くの人が同じニオイを
感じているのではないでしょうか。
http://www.geocities.jp/marikatokyo/infsk/n6zu19a.htm
http://www.geocities.jp/marikatokyo/infsk/n6zu19b.htm

事件の真相は?

投稿者: fvj_imac 投稿日時: 2005/09/22 15:51 投稿番号: [1032 / 1062]
はじめまして。故・橋田信介の元弟子筋にあたるモノです(在バンコク)。
ようやくのことで「番組」を拝見することができたのですが、その後、気分はすっかり滅入ってしまいました。文藝春秋で事件の「真相」と称するモノが発表されて以来、ずっと気がかりでいたのですが、犯人グループと称する人達と接触する過程では、シバレイさんも関与していたのでしょうか?
あの番組を見てしまって以来、いろいろとネット上を検索しまくってみましたが、どうやらあの真相というのは、奥さんがそのように解釈をして、まあ、自分を納得させたいだけという性格のモノのように思えてならないのですが、いかがなモノでしょうか?
ああして真相として語られている内容が明らかになる過程では、犯人グループを特定することができているわけですから、なにも保険金を受け取るために裁判をするくらいなら、犯人を捕まえるための裁判(というか、立件手続きというか)の方にこそ、努力を傾注すべきなようにも思われるのですが、それもまあ、犯人と称するモノたちの謝罪を受け入れたから不要ということにでもなるのでしょうか?
自分にはどうしても、あの「真相」の背後には、なにか政治的なニオイが感じられてならないのですが、もしも接触する過程で何らかの関与をされていたようであれば、その辺の事情を教えてください。

なお、故人に成り代わり、せめてここで声を大にしておきますが、橋田信介という人間は、決してあの番組の中で描かれていたような偽善的な人物ではありません。

かつてカンボジアの取材では常に自分も同行しておりました。とくに今も強く脳裏に焼き付いているのは、国連ボランティアの日本人青年が殺害された事件を検証した時のことです。あの時も、まさしく今回と同様に、あの青年はカンボジアのために死んでいったかの如くに祭り上げられ、遺族となった父親はその後、財団・基金みたいなモノを設立して、カンボジアとの友好親善に一役を担うことになるのですが、故人はそれこそ声を大にして(それは自分のように掲示板という手法ではなく、もちろん雑誌等々でですが・・・)、怒りを表明しておりました。

自分には現在の状況が、まさにあの時と酷似していることもあり、この番組そのものが故人の遺志を冒涜しているように思えてならなかった次第です。カンボジアの事件では、女性問題に端を発する逆恨みで殺害されたというのが真相なんです。故人の著書を読まれた方ならば、御存知ですよね?   故人がもしも現状を知り得るとするならば、やはり事件の真相が解明されていないということを最も憂慮することでしょう。もしもですが、あの真相とやらが、日本とイラクの友好親善団体みたな勢力の意向を踏まえたでっち上げだったとしたならば、それこそ自分は、宇部の墓参りにも行くことができません。

テロリズムを 根絶

投稿者: taked4700 投稿日時: 2005/08/23 22:14 投稿番号: [1031 / 1062]
長くなってすいませんが、田中宇という国際ジャーナリストが次のような文を書いています。http://www.tanakanews.com/f0823terror.htm    より引用。

この記事は「アルカイダは諜報機関の作りもの」の続きです。

  前回の記事で「テロ戦争」とはアメリカなどの諜報機関が世界支配の強化のために仕掛けている作戦のようだと書いたが、だとしたら、諜報機関はどうやって自爆テロ志願者を集めているのだろうか。

  その答えとなりそうなのは、最近、米英当局者が言い出した「アルカイダはテロ計画の立案実行には関与せず、単にテロを誘発するイスラム原理主義の理念をばらまいているだけの存在である」という分析である。これはビンラディンは「資本論」のカール・マルクスと同様、革命的な理念を表明しただけで、実際の革命(テロ)活動は、その理念に感化された人々が勝手に行っている、という見方である。(関連記事)

「アルカイダは、ネットワークではなく、ウイルスのようなものだ」という主張も出てきた。世界各地にばらばらに存在するイスラム過激派の地元組織を感化して自発的にテロをやらせているのがアルカイダであるという主張である。(関連記事)

「アルカイダの幹部」たちは、中東や北アフリカ、西欧や北米、東南アジアなどの都会にある貧しいイスラム教徒たちが住む地域の、モスクを中心とするコミュニティの中に入り込み、失業者が多く欲求不満が募り、最近では反米感情も高まっている若者たちに時間をかけて接近し、彼らを「聖戦」に立ち上がる気にさせる。彼らは「アルカイダの幹部」たちは、米英などの諜報機関に通じているから、そのルートで爆弾も入手できる。

(中略)
  ここで指摘しておかねばならないのは、米英の当局の全員が、自作自演のテロ戦争に荷担しているわけではないということである。アルカイダを操っているのは、当局者の中のごく一部で、秘密に行動することが多い諜報機関である。英米などの諜報機関は、政府のトップに直結しており、たとえばCIAは大統領の命令にのみ従う。ブッシュ大統領と、ホワイトハウスの側近は、CIAが「アルカイダ」を操作していることを知りうるが、その他の役人や警察官などは、自分の政府が自作自演のテロをやっているなどとは思っていない。

  そのため911事件の前には、FBIなどの現場の捜査官が、テロに関与しそうな容疑者に対する捜査を申請しても、上部から「必要ない」と却下され、事件後に「何であのとき却下したのか」と問題になった。

  911や、7月7日のロンドンテロの当日には、実際に起きたテロとほとんど同じ想定で訓練が行われており、現場の係官たちが、テロなのか訓練なのか分からずに混乱するような仕掛けが、あらかじめ作られていた。これも、テロを演出する上層部による、何も知らない現場担当者たちが正常に動いてテロの発生が阻止されるのを防ぐための作戦だったと考えることができる。(関連記事)

引用終わり
 
僕も含めて、かなり多くの人が世界貿易センタービルのテロやアフガン侵攻、イラク戦争などを見ていて、かなりの部分が、でっち上げとしか見えないといっている。
その根拠は、世界貿易センタービルのテロでのさまざまな矛盾した状況など具体的にあげることが出来ます。

テロリズムを 根絶

投稿者: taked4700 投稿日時: 2005/08/23 22:14 投稿番号: [1031 / 1062]
長くなってすいませんが、田中宇という国際ジャーナリストが次のような文を書いています。http://www.tanakanews.com/f0823terror.htm    より引用。

この記事は「アルカイダは諜報機関の作りもの」の続きです。

  前回の記事で「テロ戦争」とはアメリカなどの諜報機関が世界支配の強化のために仕掛けている作戦のようだと書いたが、だとしたら、諜報機関はどうやって自爆テロ志願者を集めているのだろうか。

  その答えとなりそうなのは、最近、米英当局者が言い出した「アルカイダはテロ計画の立案実行には関与せず、単にテロを誘発するイスラム原理主義の理念をばらまいているだけの存在である」という分析である。これはビンラディンは「資本論」のカール・マルクスと同様、革命的な理念を表明しただけで、実際の革命(テロ)活動は、その理念に感化された人々が勝手に行っている、という見方である。(関連記事)

「アルカイダは、ネットワークではなく、ウイルスのようなものだ」という主張も出てきた。世界各地にばらばらに存在するイスラム過激派の地元組織を感化して自発的にテロをやらせているのがアルカイダであるという主張である。(関連記事)

「アルカイダの幹部」たちは、中東や北アフリカ、西欧や北米、東南アジアなどの都会にある貧しいイスラム教徒たちが住む地域の、モスクを中心とするコミュニティの中に入り込み、失業者が多く欲求不満が募り、最近では反米感情も高まっている若者たちに時間をかけて接近し、彼らを「聖戦」に立ち上がる気にさせる。彼らは「アルカイダの幹部」たちは、米英などの諜報機関に通じているから、そのルートで爆弾も入手できる。

(中略)
  ここで指摘しておかねばならないのは、米英の当局の全員が、自作自演のテロ戦争に荷担しているわけではないということである。アルカイダを操っているのは、当局者の中のごく一部で、秘密に行動することが多い諜報機関である。英米などの諜報機関は、政府のトップに直結しており、たとえばCIAは大統領の命令にのみ従う。ブッシュ大統領と、ホワイトハウスの側近は、CIAが「アルカイダ」を操作していることを知りうるが、その他の役人や警察官などは、自分の政府が自作自演のテロをやっているなどとは思っていない。

  そのため911事件の前には、FBIなどの現場の捜査官が、テロに関与しそうな容疑者に対する捜査を申請しても、上部から「必要ない」と却下され、事件後に「何であのとき却下したのか」と問題になった。

  911や、7月7日のロンドンテロの当日には、実際に起きたテロとほとんど同じ想定で訓練が行われており、現場の係官たちが、テロなのか訓練なのか分からずに混乱するような仕掛けが、あらかじめ作られていた。これも、テロを演出する上層部による、何も知らない現場担当者たちが正常に動いてテロの発生が阻止されるのを防ぐための作戦だったと考えることができる。(関連記事)

引用終わり
 
僕も含めて、かなり多くの人が世界貿易センタービルのテロやアフガン侵攻、イラク戦争などを見ていて、かなりの部分が、でっち上げとしか見えないといっている。
その根拠は、世界貿易センタービルのテロでのさまざまな矛盾した状況など具体的にあげることが出来ます。

免責事項

投稿者: taked4700 投稿日時: 2005/08/23 22:03 投稿番号: [1030 / 1062]
柴田寛之裁判長は「契約上、保険金の支払いが免責される『武装反乱』が原因だった」と述べ、請求を棄却した。

ということみたいですね。
しかし、世界貿易センタービルのテロによる崩壊では、保険金が下りたと聞きます。あれはいわゆる武装反乱ではないのですかね。

ようするに、裁判所は、役人、アメリカ政府の意向に沿う形の判決しか書けないのでしょうね。

フリージャーナリスの活躍により、どのぐらい世界が破滅から救われてきたか、それを理解せずに、ただ自分たちの都合だけを優先する。

イラクで犠牲になられた方々に捧げる

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/08/11 00:03 投稿番号: [1029 / 1062]
もうひとつ・・

小説宝石『特集「戦争」を描く』に、橋田幸子さんが「イラクで犠牲に
なられた方々に捧げる」という2ページのエッセイを寄せていました。

イラクで拘束され、この6月、157日ぶりに解放されたフランス人記者に対する
フランスでの対応と、5人の日本人犠牲者のケース、さらに、解放された人質
5人のケースを比べ、フランスと日本の国情の違いを述べています。

政府・マスコミ・市民団体が一体となって解放運動を繰り広げたフランスに対し、
事件の究明も何もされない日本。
外務省に問い合わせると、「イラクの警察から何も連絡がないからわからない」と
返答されたそうです。

最後の一文:
「戦後60年、世界のあらゆる組織にパイプを築き情報を収集しようという
  努力を怠ってきた日本政府のツケを払うのは私たちなのです。」


フランスと日本では、事情が違う・・・それはその通りでしょう。

でも、幸子さんを突き動かしたのは、何よりこの「無念さ」。
一貫して訴え続けているのは、この点につきます。

橋田信介さんが、個人的なパイプから取材をしてきたことは、本を一冊
読めばよくわかります。その延長線上にあるのが、モハマドくん。
そして、フリー・ジャーナリストが、欠けた情報をうめる役割を果たして
きたという面は、確かにあるでしょう。


8月15日には、ドラマ「覚悟 〜戦場ジャーナリスト橋田信介物語〜」が
放映されます。
http://www.tbs.co.jp/syusensp_kakugo/

幸子さん、インタビューに答えて:
「自分なりに気持ちの整理をするために書いたものがドラマになるとは
  思いませんでした。」
「あくまでドラマですしフィクションですから、それはそれとして
  割り切ってはいます。」
「夫がイラクの武装グループに襲撃されるシーンでは、これが本物の
  犯人だったら殺してやろうと思いました(笑)。」

ドラマで、どう描かれるかわかりませんが・・

原作『覚悟』でも、襲撃事件について綴った第一章の最後に、イラクでの事件が
ことごとく“迷宮入り”、手をこまねいているだけの政府、それを追求しようとも
しない新聞やテレビにふれ、「世界中に、こんな国、はたしてあるでしょうか。」
と結んでいます。

私個人の意見は、日本政府・警察・公安が、そこまで無能だとは思わない、
信じたくない、というところ。
国益のために、公表できないこともあるだろう、と。
何より大事なのは、自衛隊が無傷で任務を完了すること。
今、いかなる武装勢力も、刺激すべきではない・・
イラクが落ち着いたら・・・虚しい願望かもしれませんが。

このドラマのストーリーが「事件の真相」であるという根拠は、
「襲撃犯を名乗る人物」からのインタビューテープと、
あの「キデル・ディア氏」とお兄さんの現地取材、それだけです。

この事件、決してピリオドは打たれていないと思います。

しかし、幸子さんが自ら動き、自分を納得させた結論。
他に何の手がかりもないんですから・・

幸子さんの活動、全てに共感するワケではありませんが、
賞賛には変わりがない・・尊敬しています。
一体誰が、あれ以上のことをできたでしょう。


ドラマを見て、「自業自得を美談にするな」とか、「どうして
一少年だけに・・」とか、書き込みをしようと思われた方・・・
そんな問題でないと思いますが・・・どうでしょう?

義士は死しても・・

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/08/10 23:16 投稿番号: [1028 / 1062]
総選挙の公示、8月30日。
その一週間前、8月23日が、橋田幸子さんがAIU保険を相手に起こした
裁判の判決の日。
東京地裁の判決は、場合によっては注目を集めるかもしれません。

AIUは、「イラクは戦闘地域だから免責事項にあたる」という理由で
橋田信介さんの死亡保険金の支払いを拒否。
「戦闘地域ではない」と言い続けてきたのは、日本政府。

司法がAIUの主張を認めれば、自衛隊派遣・駐留の根拠が失われます。
外交政策を選挙の争点にしたくない小泉陣営は、話題にあがるだけで
イヤでしょうし、野党側には格好の攻撃材料になるでしょう。
勝谷誠彦氏が言った「橋田信介さんが残した時限爆弾」が、絶好の時期に
爆発することになるかも・・

この裁判については、幸子さんを批判する意見をよく目にします。

「危険は予測可能」・・常識的に見て、AIUの言い分が正当。
そんなことは百も承知で、負ける裁判に打って出たんでしょう?
間違っているのは政府であることを、司法判断の場に引き出すために。

でも・・
あくまで個人的希望ですが・・・幸子さんには、勝ってほしい!

裁判所は、「非戦闘地域」であることの資料を、政府に請求したんだろうか?
ならば外務省は、意地でもそう主張してほしい。
「非戦闘地域」の圧力で、国内の保険会社にはイラクへの海外旅行保険を
通常料金にさせたんでしょ?
AIUが外資だからって、手を抜かないで・・

幸子さんは、勝訴して保険金の1500万円が支払われたら、
フリー・ジャーナリストを支援する基金を設立するとのこと。
これ、どうなんだろ?
保険金は、家族のために残されたもの。自分のために使ったらいい。
幸子さんは能力のある人だから、これからの活動の資本にしていいと思います。
それが故人の遺志じゃないでしょうか?

幸子さん、信介氏の弔いは、もう十分・・・
周りの人、誰もそう言ってあげないんだろうか、と思ったり。

しかしながら、裁判所が、当時のイラクが武装反乱の状況下だったかどうか、
その判断を下すだろうか・・・それには、ちょっと悲観的。

橋田さんが襲撃されたのは、サマワではない。
「逃げ」の判決に、失望・・・そんな予感が当たらないことを願っています。

来日中のモハマドくん

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2005/07/31 18:59 投稿番号: [1027 / 1062]
イラク戦争で左目に傷を負った少年、モハマド・ハイサム・サレハ君。

日本で治療を受けられるよう尽力していた橋田信介氏が銃弾に倒れ、
遺志を継承した幸子夫人の努力で「モハメドくん基金」が設立。
昨年6月の来日で診断・検査、12月に手術が実現しました。

そのモハマド君3度目の来日(7月7日〜23日)の様子が伝えられています。

数多くの交流会や夏休み直前の小学校の訪問、静岡の施設見学や富士山登山、
愛知万博観光、加えて、イラク大使にも面会(こんなこと、小学生が希望する?)。
帰国当日の23日も、沼津で開かれた「ショクラン(感謝の心)の集い」で
市内児童と交流し、深夜、関西空港から出国というハードなスケジュール。

前回は疲労とホームシックで最後にダウン、幾つか予定をキャンセルしましたが、
今回は、報道写真を見る限り、終始、明るくふるまった様子。


今回の来日は、【治療後の左目の状態や視力の回復具合を確かめるのが目的】。
しかし、医師による診断は、来日してすぐ、ちょっと行っただけ。
【日常生活には支障はないと診断】…これが主目的で、17日間の来日計画を?


気になったことが、3つ。

(1) TBSの終戦の日スペシャルドラマ「覚悟〜戦場ジャーナリスト橋田信介物語」。
制作サイドは、モハマド君の映像を織り込むと発表していましたが…。

また、ロケに関するニュースと同時に伝えられたのが、
【6月半ば、モハマド君に2人目の弟が誕生。橋田夫妻の長男・大介さんと
  もう1人の日本人関係者にあやかって「ダイスケ」と名付けられた。】
すでにいろんなところで引用されていますが、その後のニュース報道では、
「6月に生まれたばかりの弟のアイマンちゃん」と変更されています。
よくわかりませんが・・・「あやかって」なら「シンスケ」だろうに・・


(2) モハマド君、愛知万博(愛・地球博)を満喫、というニュースが伝えられました。
  しかし、そこでは重要な仕事が・・

【未来創造「夢の共和国」〜モハマド君を迎えて〜】
瀬戸会場市民パビリオンに参加している市民プロジェクト、未来創造「夢の共和国」では、
イラクで亡くなったジャーナリスト橋田信介氏の意思を引継ぎ、橋田幸子さんと仲間による
活動で、眼の治療を日本で実施することができたモハマド・ハイサム君が登場します。
7月14日(木)10:30-11:30
○モハマドくんと3人の日本人小学生(名古屋市内と一宮市内)との対話
○モハマド君をモチーフにした曲のコンサート
  (曲名) ・平和へのコンサート・少年の目・I WISH ・ショクラン*
・・・
曲名を見ても、随分前から企画・準備されていたことがわかります。
眼の診断で「支障あり」とでもなっていたら、どうするつもりだったのでしょう。


(3) もう一つのスポンサー・・それは、学研。

「モハマド君、イラクのこと、教えて!」
http://kids.gakken.co.jp/iraq/
ネットに加え、いろんな記事のネタとして好都合なようです。
今回も、
【2005年7月7日から3度目の来日をしたモハマドくんのようすを、
  モハマドくん自身がとった写真とともにお伝えしていきます。】

自分で撮った写真に自分が写っているはずがない・・・
プレゼントにデジタルカメラを選んだことまで、裏の意図を感じてしまう・・


皮肉たっぷりに見すぎなんでしょうが、「診断」にかこつけてわざわざ
日本まで来させ、いろんなことに使った、という印象・・
別に、悪い話しでも何でもないかもしれません。
結果的にこれで賛同者が増え、寄付が多く集まれば、利益のあることでしょう。
モハマドくん自身も、来日は望んだことで、十分に楽しんだかもしれません。

美談を美談として語るのはいい、でも、造られた美談には何倍もの嫌悪感が
かえってくるということ・・
一人の少年を囲む大人たち、もう少し配慮があってもよかったのでは?


それにしても、モハマドくんのしっかりしてること。
我が家にも同じ年頃のチビがおりますが・・
精神年齢、5つは違うな。。。(号泣)

イラク戦“生の声”映像化

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/07/21 22:38 投稿番号: [1026 / 1062]
京の米国人女性、16日初公開

  京都市左京区在住の米国人女性が、イラク戦争をきっかけに、日米両国の市民の意識を探るドキュメンタリー映画を制作、16日に初公開する。戦争を始めた米国、それを支持する日本という図式の中で、一般の市民はそれぞれの国をどう見ているのか、30人を超えるインタビュー取材で浮き彫りにした。

  ■デモ参加者らに体当たり取材

  翻訳家のジェニス・トルーティングさん(38)。留学生として同志社大大学院を修了、現在は日本人男性と結婚して市内で暮らしている。

  2年前のイラク戦争開戦を受け、「戦争に反対する立場から米国人として何か訴えたい」とドキュメンタリー制作を思い立った。

  ドキュメンタリー作りは初めてだったが、京都や大阪、サンフランシスコやニューヨークで道行く人々やデモ参加者らに体当たりでマイクを向けた。戦争への思いや互いの国、市民に対する印象をそれぞれ17人ずつにインタビューした。

  米国では、戦意高揚のため国旗を掲げる乗用車や、戦争に反対するたれ幕を掲げる民家の映像も収録。同国内でも戦争にはさまざまな受け止め方があることを表した。

  日本では、「ブッシュ大統領のやり方はおかしい」「戦争に反対する米国民がいるのも知っている」など、イラク戦争に対するさまざまな思いを紹介している。

  56分にまとめたドキュメンタリーのタイトルは「期待と最後通牒(つうちょう)」。漠然と米国へのあこがれや期待を抱く日本人と、自分の意志を力づくでも貫徹しようとする米国民の意識を象徴したという。

  トルーティングさんは「市民一人一人の意識が、戦争を支えると同時に、戦争を止める力にもなる。両国の市民が何を考えているのかを互いに知ることは、無益ではないと思う」と話している。

  作品の上映は16日午後6時から、京都市左京区鹿ケ谷の法然院で。600円。いずれ米国でも上映するという。

イラク戦“生の声”映像化

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/07/21 22:38 投稿番号: [1026 / 1062]
京の米国人女性、16日初公開

  京都市左京区在住の米国人女性が、イラク戦争をきっかけに、日米両国の市民の意識を探るドキュメンタリー映画を制作、16日に初公開する。戦争を始めた米国、それを支持する日本という図式の中で、一般の市民はそれぞれの国をどう見ているのか、30人を超えるインタビュー取材で浮き彫りにした。

  ■デモ参加者らに体当たり取材

  翻訳家のジェニス・トルーティングさん(38)。留学生として同志社大大学院を修了、現在は日本人男性と結婚して市内で暮らしている。

  2年前のイラク戦争開戦を受け、「戦争に反対する立場から米国人として何か訴えたい」とドキュメンタリー制作を思い立った。

  ドキュメンタリー作りは初めてだったが、京都や大阪、サンフランシスコやニューヨークで道行く人々やデモ参加者らに体当たりでマイクを向けた。戦争への思いや互いの国、市民に対する印象をそれぞれ17人ずつにインタビューした。

  米国では、戦意高揚のため国旗を掲げる乗用車や、戦争に反対するたれ幕を掲げる民家の映像も収録。同国内でも戦争にはさまざまな受け止め方があることを表した。

  日本では、「ブッシュ大統領のやり方はおかしい」「戦争に反対する米国民がいるのも知っている」など、イラク戦争に対するさまざまな思いを紹介している。

  56分にまとめたドキュメンタリーのタイトルは「期待と最後通牒(つうちょう)」。漠然と米国へのあこがれや期待を抱く日本人と、自分の意志を力づくでも貫徹しようとする米国民の意識を象徴したという。

  トルーティングさんは「市民一人一人の意識が、戦争を支えると同時に、戦争を止める力にもなる。両国の市民が何を考えているのかを互いに知ることは、無益ではないと思う」と話している。

  作品の上映は16日午後6時から、京都市左京区鹿ケ谷の法然院で。600円。いずれ米国でも上映するという。

>報道に戦争が止められるのならば・・・

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2005/07/13 10:25 投稿番号: [1025 / 1062]
戦争やテロがなくなったらニュースが減って商売ならんだろう。
営業妨害は止めてね。

報道に戦争が止められるのならば・・・

投稿者: real_days365 投稿日時: 2005/07/10 00:28 投稿番号: [1024 / 1062]
まず、報道のチカラで

テロリズムを   根絶してみて欲しいもんだ。


今回の戦争も、911から始まったんだしな。


それが出来ない、しないのなら

報道なんて、テロの後方支援機関だな。

イラクは

投稿者: dobokuykentaro 投稿日時: 2005/07/08 13:18 投稿番号: [1023 / 1062]
イラクの人々は幸せ
http://www.geocities.jp/orange_buyer/

またTBSのやらせじゃん

投稿者: Gaki_de_warui_2nd 投稿日時: 2005/07/08 12:24 投稿番号: [1022 / 1062]
治療を必要としてるのは、

このモハメドだけじゃないし。



事実上自殺しに

わざわざイラクにまで行った

身勝手で偽善者な

自称カメラマンとかの

クズのためのくだらない演出には、

まじ、

うんざりだね。

モハマド君、3度目の来日

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2005/07/08 03:28 投稿番号: [1021 / 1062]
モハマド君が3回目の来日

イラクで戦闘に巻き込まれて左目を負傷し、昨年、日本で手術を受けたモハマド・ハイサム・サレハ君が、診察を受けるため来日。羽田空港で、橋田幸子さんに迎えられるモハマド君。愛知万博も訪れる予定(7日夜)(時事通信社)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050707-02565408-jijp-soci.view-00 1

完治することを祈るばかりです。

報道の自由のために

投稿者: jeff_kept_a_rollin 投稿日時: 2005/07/01 22:48 投稿番号: [1020 / 1062]
「国境なき記者団」写真集出版記念記者会見
2005.06.16

国境なき記者団写真集「ヘルムト・ニュートン写真集・報道の自由のために」の日本語出版記念記者会見が、東京・青山にあるアニエスベー青山店で行われました。
http://www.readers.jp/disp.asp?kno=1&cno=9&dno=62

ゲストスピーカーに、昨年イラク戦争取材中に襲撃され亡くなった、報道カメラマンの橋田信介氏の夫人で、ジャーナリストの橋田幸子氏が招かれました。

橋田幸子氏は、報道カメラマンであり夫の橋田信介氏と、ジャーナリストで甥の小川功太郎氏をイラクで亡くし、ご自身もジャーナリストという立場から、「自分が現場に立たないと分からない事がある。兵隊の次にリスクの多いフリージャーナリストという立場に対して政府やNGO団体がもっと支援して行かねばなりません」と強く訴えました。
http://www.readers.jp/pict/900062001.jpg

橋田氏はイラクで戦闘に巻き込まれ、左目の眼球を負傷したイラクのモハマド少年の治療を支援する活動をしています。少年は7月7日に再び来日し、おぼろげながら戻った視力をさらに上げる手術をします。


「ジャーナリストとして、政府などからどのような理解やサポートがあればいいと思うか」など幸子氏に積極的に質問する女優の秋吉久美子さん
http://www.readers.jp/pict/900062005.jpg




ヘルムート・ニュートン RSF写真集
定価2,000円 2005-06-16 発行
20世紀最高の写真家のひとりとして、世界中で敬愛されているヘルムート・ニュートン氏。1920年にベルリンで生まれ、1970年にフランス版ヴォーグ誌に写真を掲載し、一躍有名に。以来、精密さと意外性、そしてショッキングな作品の数々は話題を独占し続けてきました。2004年、交通事故で83歳の生涯を閉じたニュートン氏。常にセンセーショナルな写真を撮り続けた彼の、代表的な、そして貴重な写真を集めたこの一冊は、最後の作品集でもあります。
http://www1.hfm.co.jp/books/mag/?id=436

ヘルムート・ニュートン氏の過去の写真集
Helmut Newton's SUMO BOOK(1999)
全世界1万部限定   日本国内定価(2004年現在)68万2500円
重量   30kg(専用テーブル付属)
http://homepage1.nifty.com/spacekids/newton.html

幸子さん−テレビ出演

投稿者: jeff_kept_a_rollin 投稿日時: 2005/07/01 22:47 投稿番号: [1019 / 1062]
NHK静岡放送局「たっぷり静岡」6/30(木)放送
「橋田幸子さん」
フリージャーナリスト橋田信介さんが亡くなって1年。イラク・サマーワに診療所建設を計画中の妻の幸子さんに「今」を聞く。

去年5月イラクで夫を亡くした橋田幸子さんは、夫の遺志を引き継ぎイラク少年・モハマド君の目の治療をしてきました。そして、今、イラクのサマーワに診療所を作る計画が進む。 幸子さんの思いとは?

<動き始めた診療所建設>
イラクで負傷した子どもたちを救うための幸子さんの計画が形となって動き始めています。イラクのサマーワに建設計画中の診療所の工事が今年9月にも始まる見込みなのです。先月末、幸子さんはクウェートを訪ね現地の宗教指導者に協力を要請しました。

<夫の命を奪ったイラクに支援する思い>
この1年、幸子さんは夫の遺志を引き継ぐために過ごしてきました。戦争の取材にこだわり、長年、戦争の取材を続けてきた信介さん。モハマド君の治療をするためにイラクへ迎えに行った際、武装グループに襲撃された命を落としました。夫の命を奪ったイラクに対し、なぜ支援を続けるのか?幸子さんは語ります。「憎しみからは何も生まれない。」「イラクの子ども達が負った“傷”と“傷ついた心”を回復させたい。」・・・

<全国から寄せられる支援に支えられ>
夢の実現に奔走する幸子さんを支えているのは、全国各地から寄せられる支援の輪だといいます。広島県のアルツハイマー症の患者や秋田県の子どもたちが寄せてくれたプレゼントに幸子さんは励まされています。

<モハマド君の現在>
先月下旬、幸子さんはヨルダンを訪問し、モハマド君の半年ぶりに再会しました。目の状態は悪くなく、安心した幸子さんです。

http://www.nhk.or.jp/shizuoka/prog/kininaru/index.html#hashida

橋田さん達が乗ったGMC

投稿者: jeff_kept_a_rollin 投稿日時: 2005/07/01 22:45 投稿番号: [1018 / 1062]
シバレイのblog   新イラク取材日記 2005-06-07
http://reishiva.exblog.jp/2891337/

  ニュースを目にした人も多いかと思うが、橋田信介さん・小川功太郎さん襲撃事件のドラマ化が決定、制作が急ピッチですすめられている(関連情報)。私も、制作チームから橋田さん達の襲撃事件を報じた現地新聞が欲しいと頼まれたので、喜んで提供させてもらった。ドラマはこの夏、8月15日にTBSが終戦の日スペシャルドラマとして放送される予定だ。

  早いもので、先月27日で橋田さん、小川さんがイラク中部マハムディーヤで襲撃・殺害されてから一年がたってしまった。橋田さんとは、03年3月、空爆下のバグダッドでお会いしたのが初めてだった。取材中、サダム政権の情報省に国外追放されたりとか、結構大変な目にあわれたようだが、義勇兵ビザを取るなど、あの手この手で取材を続けようとする根性には、敬服したのを覚えている。その後、2004年2月、再び、橋田さんにバグダッドでお会いした。その時は小川さんも一緒で、私達は同じアルサフィールホテルに泊まっていたのだった。小川さんとは、昨年5月、やはりアルサフィールホテルで再会したが、それは襲撃事件のわずか4日前だった。23日の晩、「最近、治安がすごく悪くなっているから、お互い気をつけましょうね」と小川さんと話し合ったのを覚えている。小川さんと最後に会ったのは24日の朝だったが、「今は、拉致家族帰国のニュースで日本はもちきりだろうから、少しゆっくりしますよ。来月は主権移譲に向けていろいろ忙しくなるでしょうから」とサマワに行くというような様子はなかった。私は、その後、市内にある安ホテルに移動したため、橋田さんには会っていなかったが、アルサフィールホテルで小川さんと合流し、サマワに向かったようだ。

  今、思い出しても悔やまれるのは、私がもう少しアルサフィールホテルに留まっていれば、橋田さんに「GMCに乗ってサマワに行くのは、あまりに危険だ」と忠告できたということだ。GMCとは、米国産の四輪駆動車なのだが、米軍関係者が好んで乗るために、米軍の車両と間違われ襲撃を受ける恐れがあったのだ。その後、橋田信介さんの夫人・幸子さんが報道関係者の協力を得て調査したところ、やはり橋田さん達が乗ったGMCがCIAのものであると現地武装勢力に勘違いされたのだという。

  後日、アルサフィール・ホテルの従業員等から聞いたのだが、当初、橋田さん達はその時一緒に仕事をしていたイラク人通訳の車(こちらは普通の乗用車)に乗ってサマワに向かうはずだった。ところが、それまで橋田さんと仕事をしていたイラク人ドライバーがホテルに来て、自分のGMCのでサマワに行こうと主張したのだ。このドライバーが「お前は俺の仕事をとるのか」と通訳と口論を始めたので、橋田さんは「わかった、わかった。じゃあ、君の車で行こう」とGMCに乗り込んでしまったのである。橋田さんも、GMCに乗ることがリスキーであることはわかっていたのかもしれない。だが、このイラク人ドライバーとは橋田さんは何度も仕事をしてきたので、むげには断れなかったのだろう。そういう橋田さんの優しさが命取りになってしまった。

(以下省略)


???


参考   <旧シバレイのブログ>
2004/05/28   襲撃された橋田さんと小川さんのこと
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/229494
2004/05/31   橋田さん、小川さんのドライバーへのインタビュー
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/235624
2004/06/12   日本人襲撃事件の背景?マハムディーヤの現状
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/263800

橋田さん一周忌、6/9東京で平和の集い

投稿者: jeff_kept_a_rollin 投稿日時: 2005/06/06 21:59 投稿番号: [1017 / 1062]
橋田信介さん一周忌、東京で平和の集い−−妻・幸子さん講演

  イラクでジャーナリストの橋田信介さん(当時61歳)が武装グループに殺害されて、27日で1年が過ぎた。妻の幸子さんをゲストに迎え、世界の平和を問い直す集いが6月9日、東京都文京区の文京シビック小ホールで開かれる。
  「平塚らいてうの記録映画を上映する会」が主催。橋田さんの講演「約束〜戦場ジャーナリスト橋田信介を通してみるイラク」のほか、声楽家、佐藤真子さんのステージなどが予定されている。「らいてうと橋田さんは母校が同じで、平和への祈りも相通じる。2人の女性を通して世界の現状を考えたい」と、「上映する会」副会長の山田よし恵さん。
  午後6時40分から。2000円。要予約。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050528ddm013040124000c.html


文京シビックホールスケジュール
http://www.b-civichall.com/moyooshimono/sch_main.html
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