橋田さん達が乗ったGMC
投稿者: jeff_kept_a_rollin 投稿日時: 2005/07/01 22:45 投稿番号: [1018 / 1062]
シバレイのblog
新イラク取材日記 2005-06-07
http://reishiva.exblog.jp/2891337/
ニュースを目にした人も多いかと思うが、橋田信介さん・小川功太郎さん襲撃事件のドラマ化が決定、制作が急ピッチですすめられている(関連情報)。私も、制作チームから橋田さん達の襲撃事件を報じた現地新聞が欲しいと頼まれたので、喜んで提供させてもらった。ドラマはこの夏、8月15日にTBSが終戦の日スペシャルドラマとして放送される予定だ。
早いもので、先月27日で橋田さん、小川さんがイラク中部マハムディーヤで襲撃・殺害されてから一年がたってしまった。橋田さんとは、03年3月、空爆下のバグダッドでお会いしたのが初めてだった。取材中、サダム政権の情報省に国外追放されたりとか、結構大変な目にあわれたようだが、義勇兵ビザを取るなど、あの手この手で取材を続けようとする根性には、敬服したのを覚えている。その後、2004年2月、再び、橋田さんにバグダッドでお会いした。その時は小川さんも一緒で、私達は同じアルサフィールホテルに泊まっていたのだった。小川さんとは、昨年5月、やはりアルサフィールホテルで再会したが、それは襲撃事件のわずか4日前だった。23日の晩、「最近、治安がすごく悪くなっているから、お互い気をつけましょうね」と小川さんと話し合ったのを覚えている。小川さんと最後に会ったのは24日の朝だったが、「今は、拉致家族帰国のニュースで日本はもちきりだろうから、少しゆっくりしますよ。来月は主権移譲に向けていろいろ忙しくなるでしょうから」とサマワに行くというような様子はなかった。私は、その後、市内にある安ホテルに移動したため、橋田さんには会っていなかったが、アルサフィールホテルで小川さんと合流し、サマワに向かったようだ。
今、思い出しても悔やまれるのは、私がもう少しアルサフィールホテルに留まっていれば、橋田さんに「GMCに乗ってサマワに行くのは、あまりに危険だ」と忠告できたということだ。GMCとは、米国産の四輪駆動車なのだが、米軍関係者が好んで乗るために、米軍の車両と間違われ襲撃を受ける恐れがあったのだ。その後、橋田信介さんの夫人・幸子さんが報道関係者の協力を得て調査したところ、やはり橋田さん達が乗ったGMCがCIAのものであると現地武装勢力に勘違いされたのだという。
後日、アルサフィール・ホテルの従業員等から聞いたのだが、当初、橋田さん達はその時一緒に仕事をしていたイラク人通訳の車(こちらは普通の乗用車)に乗ってサマワに向かうはずだった。ところが、それまで橋田さんと仕事をしていたイラク人ドライバーがホテルに来て、自分のGMCのでサマワに行こうと主張したのだ。このドライバーが「お前は俺の仕事をとるのか」と通訳と口論を始めたので、橋田さんは「わかった、わかった。じゃあ、君の車で行こう」とGMCに乗り込んでしまったのである。橋田さんも、GMCに乗ることがリスキーであることはわかっていたのかもしれない。だが、このイラク人ドライバーとは橋田さんは何度も仕事をしてきたので、むげには断れなかったのだろう。そういう橋田さんの優しさが命取りになってしまった。
(以下省略)
???
参考 <旧シバレイのブログ>
2004/05/28 襲撃された橋田さんと小川さんのこと
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/229494
2004/05/31 橋田さん、小川さんのドライバーへのインタビュー
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/235624
2004/06/12 日本人襲撃事件の背景?マハムディーヤの現状
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/263800
http://reishiva.exblog.jp/2891337/
ニュースを目にした人も多いかと思うが、橋田信介さん・小川功太郎さん襲撃事件のドラマ化が決定、制作が急ピッチですすめられている(関連情報)。私も、制作チームから橋田さん達の襲撃事件を報じた現地新聞が欲しいと頼まれたので、喜んで提供させてもらった。ドラマはこの夏、8月15日にTBSが終戦の日スペシャルドラマとして放送される予定だ。
早いもので、先月27日で橋田さん、小川さんがイラク中部マハムディーヤで襲撃・殺害されてから一年がたってしまった。橋田さんとは、03年3月、空爆下のバグダッドでお会いしたのが初めてだった。取材中、サダム政権の情報省に国外追放されたりとか、結構大変な目にあわれたようだが、義勇兵ビザを取るなど、あの手この手で取材を続けようとする根性には、敬服したのを覚えている。その後、2004年2月、再び、橋田さんにバグダッドでお会いした。その時は小川さんも一緒で、私達は同じアルサフィールホテルに泊まっていたのだった。小川さんとは、昨年5月、やはりアルサフィールホテルで再会したが、それは襲撃事件のわずか4日前だった。23日の晩、「最近、治安がすごく悪くなっているから、お互い気をつけましょうね」と小川さんと話し合ったのを覚えている。小川さんと最後に会ったのは24日の朝だったが、「今は、拉致家族帰国のニュースで日本はもちきりだろうから、少しゆっくりしますよ。来月は主権移譲に向けていろいろ忙しくなるでしょうから」とサマワに行くというような様子はなかった。私は、その後、市内にある安ホテルに移動したため、橋田さんには会っていなかったが、アルサフィールホテルで小川さんと合流し、サマワに向かったようだ。
今、思い出しても悔やまれるのは、私がもう少しアルサフィールホテルに留まっていれば、橋田さんに「GMCに乗ってサマワに行くのは、あまりに危険だ」と忠告できたということだ。GMCとは、米国産の四輪駆動車なのだが、米軍関係者が好んで乗るために、米軍の車両と間違われ襲撃を受ける恐れがあったのだ。その後、橋田信介さんの夫人・幸子さんが報道関係者の協力を得て調査したところ、やはり橋田さん達が乗ったGMCがCIAのものであると現地武装勢力に勘違いされたのだという。
後日、アルサフィール・ホテルの従業員等から聞いたのだが、当初、橋田さん達はその時一緒に仕事をしていたイラク人通訳の車(こちらは普通の乗用車)に乗ってサマワに向かうはずだった。ところが、それまで橋田さんと仕事をしていたイラク人ドライバーがホテルに来て、自分のGMCのでサマワに行こうと主張したのだ。このドライバーが「お前は俺の仕事をとるのか」と通訳と口論を始めたので、橋田さんは「わかった、わかった。じゃあ、君の車で行こう」とGMCに乗り込んでしまったのである。橋田さんも、GMCに乗ることがリスキーであることはわかっていたのかもしれない。だが、このイラク人ドライバーとは橋田さんは何度も仕事をしてきたので、むげには断れなかったのだろう。そういう橋田さんの優しさが命取りになってしまった。
(以下省略)
???
参考 <旧シバレイのブログ>
2004/05/28 襲撃された橋田さんと小川さんのこと
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/229494
2004/05/31 橋田さん、小川さんのドライバーへのインタビュー
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/235624
2004/06/12 日本人襲撃事件の背景?マハムディーヤの現状
http://www.doblog.com/weblog/myblog/10644/263800
これは メッセージ 1016 (jeff_kept_a_rollin さん)への返信です.
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