幸子さん講演録より
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/04/09 17:00 投稿番号: [1049 / 1062]
サマワ孤児院の建設は順調そう。
もうじき完成だそうです。
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html#samawa4
モハマドくん基金の診療所の方は…?
今年2月4日、袋井市「NPO講座」での幸子さんの講演録を見ると
http://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/Files/1/39990335/html/npo.giziroku.pdf.2.txt
○寄付金2700万円、モハマドくんの治療の残りが1600万円。
○ファルージャの子供病院…5年以内につくる目標。
○サマワ…ライオンズクラブの孤児院の中に診療所を作る。7月完成予定。
○奥・井ノ上イラク子ども基金からも協力の申し出。
http://www.oku-inoue-fund.com/
進んではいるようですね。
ちょっとだけ、抜き書きを。
モハマドくんについて
『2回目の来日っていうのが、角膜の移植。そして、レンズがなかったものですから、レンズの挿入という、大手術だったんですけれども…視力からいうと0.2か3。目の前1・2メートル先の指が1本2本とかね、そういう数は見えます。日常生活に支障はありません。』
『イラクの人たちは、日本あるいは日本人っていうものに、ものすごい信頼を、信頼と尊敬をよせていました。だから、あの親切な日本っていう国の日本人だったら、もしかして自分の息子を助けてくれるかもしれない。そう思ってあの親子は、バグダッドに泊まっていた、橋田信介を訪ねてきたと思うんです。で、橋田信介は、フリーランスのジャーナリストです。フリーランスっていうのは、私3Kと言っているんですけどね、「きつい・きたない・金欠」と。…自分の取材費だけでも工面するの大変なのにね、イラク人の少年、彼を日本に連れて行って、治療させるっていうのは、自分に出来るかどうか?だけど、なんか出来るかもしれない。と思って、写真を撮って、私の所に戻ってきました。で、私の目の前で、ほんとに日本全国津々浦々、もう赤十字だとかアムネスティーだとかNGOとかね、いろんなところに電話してましたけれども、どっからもなかなかいい返事を貰えなくて、で、その時にふっと私の頭に浮かんだのが、あんまり可哀相だったんで、身抱えしてましたのでね、思わずそこにいらしゃる、一杉さんという方なんですけど、で、彼とはほんとに2003年の時に一緒に高校生三人連れてアフガニスタンのカブーンまで行ってきました。で、一緒に連れてった高校生が2004年には、大学生になってました。静大ですけれども。で、そこでその話をしましたら、ワンコイン活動をはじめてくれたんですね。モハマド君親子の、渡航費だけでもどうにかしよう。ということで、ワンコイン活動はじめてくれました。で、一杉さんが、お医者さんと、執刀医と、それと病院を探してきてくれて、で、手術代については、イラクで撮影したテープを売ればどうにかなるのではないかと、で、お金ないから、ほんとに宿泊費とか食費はね、一杉さんのところと私の所と半分ずつみなきゃだめよねぇ・・なんていうところからはじめた、本当に小さな小さなプロジェクトでした。』
襲撃事件について
『慎重な人ですから、行く道に何か異常を感じたら、日程的にも時間がありますから、彼は絶対にとまったと、サマワに。それをしなかったっていうことは、行く道何も異常を感じなかったと思うんですよね。で、帰り道にああいう事故に、事件にあってしまった。私は彼らが、拉致されたのだったらならば、絶対に全身全霊をかけて彼を救い出すことができたと、思ってるんですけどね。だけど、ああいう殺され方をしたら、しょうがないですよね。避けようがないですもんね。』
『私も今年52です。…この52年間の中で、一番苦しかったですね。ほんとに、これでもかって言うくらい、涙ってずいぶん出るもんだってなとかね、思って過ごしましたし、今でも、こう言うと怒られちゃうかもしれないけれども、10年とか20年ね、介護なさってる方にこういう話すると怒られちゃうかもしれないけど、せめて一週間なり一ヶ月なり看病が出来たら、隣で看ていって、それなりに自分の中で納得できる部分、あったんじゃないかな?あるいは、自分の目の前で撃たれて血を流している姿を見れたんだったら、それもまた、ひとつ自分で納得いくのかな。だけど、ある日突然、煙のようにね、この地球上からいなくなるっていうことについては、それを自分の中で折り合いをつけていくっていうことは、なかなか大変です。もう会えなくてもいい、声を聞けなくてもいいから、地球\xBE
もうじき完成だそうです。
http://www.lionsclubs330c.gr.jp/cab_news/samawa/samawa.html#samawa4
モハマドくん基金の診療所の方は…?
今年2月4日、袋井市「NPO講座」での幸子さんの講演録を見ると
http://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/Files/1/39990335/html/npo.giziroku.pdf.2.txt
○寄付金2700万円、モハマドくんの治療の残りが1600万円。
○ファルージャの子供病院…5年以内につくる目標。
○サマワ…ライオンズクラブの孤児院の中に診療所を作る。7月完成予定。
○奥・井ノ上イラク子ども基金からも協力の申し出。
http://www.oku-inoue-fund.com/
進んではいるようですね。
ちょっとだけ、抜き書きを。
モハマドくんについて
『2回目の来日っていうのが、角膜の移植。そして、レンズがなかったものですから、レンズの挿入という、大手術だったんですけれども…視力からいうと0.2か3。目の前1・2メートル先の指が1本2本とかね、そういう数は見えます。日常生活に支障はありません。』
『イラクの人たちは、日本あるいは日本人っていうものに、ものすごい信頼を、信頼と尊敬をよせていました。だから、あの親切な日本っていう国の日本人だったら、もしかして自分の息子を助けてくれるかもしれない。そう思ってあの親子は、バグダッドに泊まっていた、橋田信介を訪ねてきたと思うんです。で、橋田信介は、フリーランスのジャーナリストです。フリーランスっていうのは、私3Kと言っているんですけどね、「きつい・きたない・金欠」と。…自分の取材費だけでも工面するの大変なのにね、イラク人の少年、彼を日本に連れて行って、治療させるっていうのは、自分に出来るかどうか?だけど、なんか出来るかもしれない。と思って、写真を撮って、私の所に戻ってきました。で、私の目の前で、ほんとに日本全国津々浦々、もう赤十字だとかアムネスティーだとかNGOとかね、いろんなところに電話してましたけれども、どっからもなかなかいい返事を貰えなくて、で、その時にふっと私の頭に浮かんだのが、あんまり可哀相だったんで、身抱えしてましたのでね、思わずそこにいらしゃる、一杉さんという方なんですけど、で、彼とはほんとに2003年の時に一緒に高校生三人連れてアフガニスタンのカブーンまで行ってきました。で、一緒に連れてった高校生が2004年には、大学生になってました。静大ですけれども。で、そこでその話をしましたら、ワンコイン活動をはじめてくれたんですね。モハマド君親子の、渡航費だけでもどうにかしよう。ということで、ワンコイン活動はじめてくれました。で、一杉さんが、お医者さんと、執刀医と、それと病院を探してきてくれて、で、手術代については、イラクで撮影したテープを売ればどうにかなるのではないかと、で、お金ないから、ほんとに宿泊費とか食費はね、一杉さんのところと私の所と半分ずつみなきゃだめよねぇ・・なんていうところからはじめた、本当に小さな小さなプロジェクトでした。』
襲撃事件について
『慎重な人ですから、行く道に何か異常を感じたら、日程的にも時間がありますから、彼は絶対にとまったと、サマワに。それをしなかったっていうことは、行く道何も異常を感じなかったと思うんですよね。で、帰り道にああいう事故に、事件にあってしまった。私は彼らが、拉致されたのだったらならば、絶対に全身全霊をかけて彼を救い出すことができたと、思ってるんですけどね。だけど、ああいう殺され方をしたら、しょうがないですよね。避けようがないですもんね。』
『私も今年52です。…この52年間の中で、一番苦しかったですね。ほんとに、これでもかって言うくらい、涙ってずいぶん出るもんだってなとかね、思って過ごしましたし、今でも、こう言うと怒られちゃうかもしれないけれども、10年とか20年ね、介護なさってる方にこういう話すると怒られちゃうかもしれないけど、せめて一週間なり一ヶ月なり看病が出来たら、隣で看ていって、それなりに自分の中で納得できる部分、あったんじゃないかな?あるいは、自分の目の前で撃たれて血を流している姿を見れたんだったら、それもまた、ひとつ自分で納得いくのかな。だけど、ある日突然、煙のようにね、この地球上からいなくなるっていうことについては、それを自分の中で折り合いをつけていくっていうことは、なかなか大変です。もう会えなくてもいい、声を聞けなくてもいいから、地球\xBE
これは メッセージ 1048 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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